何のことはない、誰にでもあることだ。若い時分には、よくある話さ。
 惚れた女がいた。人を殺しても悪びれないどうしようもない女だったが、どうしようもなく好きだった。顔も、声も、スタイルも、性格すらも。
 当時の俺にとって、そいつは魅力的に過ぎたんだ。
 相手はマフィアの女だが、まあ、どうだってよかった。チンピラの俺には目もくれやしなかったが、何度も何度も会いに行った。
 顔を合わせる間もなく追い出されたこともあったし、シカト決め込まれ、一日中そいつの部屋の前で座り込んでたこともあった。
 酷い時には女の仲間と一緒に袋叩きにされたこともある。それでも諦めきれなかったのは、つまるところ、他に何もなかったからなんだろう。
 家族もいないし、仲間もいない。仕事もなけりゃ、金もない。腹が減ったら盗みを働き、何もなければ何もしない。糞つまらねえ人生だった。
 もっとも、そいつは今でも変わっちゃいないのかもしれないが。とにかく、何もない俺にとっては、その女だけが生きがいだった。俺にはない物全てを持ってるように見えたんだ。

 ある日のことだ。
 突然、女が俺の家に訪ねてきた。家といってもただの廃屋で、床も天井も穴だらけの、家とも呼べないガラクタ置き場みたいなもんだった。
 どうしてこの場所を知っているのか。今になって疑問に思うが、どうでもいいことだ。「匿って欲しい」女はそう言った。
 何があったのか聞くまでもない。以前からその女のいる組織は内部抗争が絶えなかった。トップのオッサンがおっ死んで、後に残ったのは血気盛んな息子が二人。
 始めは仲良くやってたようだが、些細な喧嘩は数年もすれば血で血を洗う殺し合いにまで発展した。
 女が二人の息子のどっちについていたのかは分からない。なんにせよ、抗争が激化して、ついには女のところにまで銃口が向けられたんだろう。
 何も言わずに、中へ入れてやった。俺にとってはまたとないチャンスだったからだ。

 こうして、俺と女の逃亡生活が始まった。といってもロマンも何もない、酷い経験だった。人を見たらこそこそ隠れ、ドブネズミみたいにあちこち逃げ回って、挙げ句の果てには糞溜めの中で半日過ごしたことだってあった。あの時ほど、女を家に招き入れたことを後悔したことはない。当たり前だ、クソッタレ。
 しかしまあ、結末は悪くなかった。ああ。悪くなかった。
 とうとう限界のきた俺たちは、やけになってマフィアの本拠地に忍び込んだ。勿論無駄死にするつもりなんてない。勝算はあった。
 やつらの隠し持っていたACを盗み出して、そいつらの居る建物を丸ごと吹っ飛ばしてやったんだ。
 あれは爽快だった。
 俺も女も笑い転げて、これでようやく逃亡生活も終わると、喜びあった。
 そう思ったのも束の間だ。今度は街の警備の連中が俺たちを追いかけてきた。
 甘い汁をすすり、マフィアを放し飼いにしてやがった糞領主様様が、マフィアがぶっ潰れた途端、今度は正義ヅラして制裁を寄越しにきやがったんだ。
 胸糞悪い話だが、数が数だ。田舎のマフィア程度が所持しているようなオンボロACに、ど素人のパイロットじゃ歯が立たない。
 今度こそはと死を覚悟したが、幸運なことに、俺たちはまんまと逃げおおせた。

 どうやって逃げ切ったのかなんて憶えちゃいない。無我夢中でACを走らせて、気づいたら無人の荒野につっ立っていた。
 蒸し暑く、狭苦しいコクピットの中で、今後のことを話し合った。
 とりあえずACを売っぱらって、金を作ってから考えようということで結論がついたが、そこでまた俺たちに幸運が訪れた。
 通りがかりの輸送車両が数台、遠くの方に見えた。チャンスだと、女が言った。
 燃料の残り少ないポンコツで輸送車両をそっくりそのまま強奪し、中にいた連中は全員ぶっ殺した。
 こうして移動手段が手に入ったわけだ。ACを格納出来る程度の大型車両だったのも幸いだった。
 移動手段に、武器も十分にある。となればやることは決まっていた。
 次の日から、俺たちは傭兵になった。あてなんてなかったが、意外となんとかなるもんだ。
 激戦区に近づけば、いくらでも仕事の話が舞い込んで来る。戦闘経験の殆ど無い素人傭兵に美味い話なんてのはそうそうなかったが、それでも俺たちはどうにか数年を生き延びた。

 どれだけの時間が経ったかもう忘れたが、俺たちはすっかり腕の立つ傭兵コンビとして名が売れていた。
 知られていたのは女の方ばかりで、俺はさして有名ではなかったが、まあ、どうでもいいことだった。
 その頃になると、昔のすさんだ人生が、嘘のようにバラ色に……というには少しばかり血腥いモンではあるが。
 とにかくすべてが満ち足りていた。食料にも、着る物にも、住む場所にも困らない。
 欲しい物があればなんだって買えるし、孤独に震えて一人寂しい夜を過ごすなんてことにゃ無縁になった。
 悪くない人生だと思っていた。ああ、この時までは、だ。

 これだけは忘れもしねえ。二年前の冬の日だった。
 依頼を受けた俺たちは、いつものようにACに乗り込み、いつものように任務をこなしていた。
 あいつは前衛で、俺は後衛。話し合って決めたわけじゃない。前に出る度胸のない俺に代わって、自然とあいつが囮役をこなすようになった。
 今まではそれで上手く回ってた。それでいいと思っていた。思い込んでいた。
 だが、その日は違った。
 相手は名の知れた傭兵だったが、腕前は中の上。勝てない相手じゃあない。勝算はあったはずだ。
 そいつらのやり方は、狡猾だった。
 開幕、威勢のいい言葉をべらべらと並べ立て、こちらを煽った。俺もあいつも、安い挑発に乗るほど馬鹿じゃない。つまらん御託を無視して、着実に、確実に、そいつを追い詰めていった。
 もちろん、相手もそれなりに出来る奴だ。劣勢に立たされてるとは言え、前衛のあいつもダメージを受けていた。
 下がらせるべきだった。
 気づいたときには、俺とあいつの距離はかなり離れていた。追いかけたところで、どうにもならないほどに。
 一瞬の出来事だった。
 甲高い音が、聞こえた気がした。聞き覚えのある、嫌な音だ。
 ハッとなり、モニターを凝視して、あいつの姿が映っていないことに気づく。当然だ、それだけ離れた場所にいたのだから。
 だが、おかしい。嫌な予感がして、咄嗟に無線を繋ごうとするが、反応がない。
 そこで、確かめるべきだった。あいつの姿を。視認出来る距離まで、近づくべきだった。
 たとえ、友軍信号が途絶えていたとしても、俺は、前に出るべきだったんだ。

 今思い出すだけでも、震えが止まらない。情けねえ話だ。
 あの時の俺も、震えていた。何もせず、呆然と立ち尽くし、現状を把握しないまま、その場から逃亡した。
 マフィアから、糞領主から逃げ出したあの時と同じように、恐怖に怯えて、なりふり構わず逃げ出した。
 住処に戻ってきてからも、あいつの死を確認することすらせず、閉じこもり、がたがたと震えていた。

 まともな思考が働くようになったのは明け方だ。吐き気が止まらなかったせいで、一睡もできず、最悪の気分だった。
 何気なくネットに繋いで、ランキングを眺めた。
 そこに、あいつの名前はなかった。

 その時になって、ようやく涙が出てきた。失って、初めて気付いた。あいつの存在の大きさに。
 あいつ殺されてなお、復讐どころか、死を確認すら出来ず恐怖に怯えて逃げ出した自分の愚かさに。
 そして気付いちまったんだ。
 どうして俺が涙を流しているのかを。
 あいつが死んだからじゃあない。
 俺はただ、生き延びることが出来たことを、心から喜んでいただけだったんだ。

 何のこたぁない、誰にでもあることだ。
 感極まって、涙を流すことなんてのは。




  • 解説
 これだけ読むと全然わけわからん話。
 そもそも勢いで一気に最後まで書いたので、あちこちおかしい部分がある。
 要するにこの男がとことん意気地なしのチキン野郎だったというお話。これをきっかけにショットガン・マリッジ(キャラクター名)くんは前衛型のACを使うようになり、さらに使用禁止薬物(麻薬とか)によって恐怖を克服していたのでどんどん性格がぶっ壊れていく、という感じにする予定でした。

 最後まで女の名前が出てこなかったのは考えるのが面倒くさかったから。ショットガンくんの改名前の名前も考えてなかったので名前は出しませんでした。
 ちなみに女を殺したのはジンキ隊長のキャラクターのイトネだったはず。べらべらしゃべって誘い込んでた男はヤヌスというどうでもいい裏話。

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最終更新:2016年12月18日 22:29