だからね、あたしは大丈夫だよ ◆BATn1hMhn2




地図でいうC-7に位置する病院――その屋上で一組の主従が柵にもたれかかり、地上を歩く人々を眺めている。
時刻は午前七時三十分。通勤や通学のために多くの人達が道を行き交っていた。
ぼんやりと地上の人々を眺めるマスター――美樹さやかに、バーサーカーは声をかける。

「さやか。きみは学校に行かなくていいのか?」
「うーん……本当なら行かなくちゃいけないんだろうけど、気分じゃないんだよね。
 ったく、殺し合いをしろって言ってるのに学校にはちゃんと行きなさいだなんて、天戯ってやつもヘンなとこでマジメというかなんというか……」

ぶつくさと文句を言うさやかを見て、バーサーカーは微笑んだ。
美樹さやかという少女は、その小さく細い身体に見合わないほど巨大で苛酷な運命を背負わされている。
少なくともバーサーカーには、そのように見えていた。
だからさやかが歳相応に、学校になんか行きたくないと軽口を叩きだしたのを見て、少し安心したのだ。

(――まだこの子は、摩耗していない。この子の心は、きっとおれが守ってみせる)

かつて守ることが出来なかった『美樹』と再び巡り合ったのは、誰が仕組んだ運命か。
だが、誰が何を考えていようと関係ない。今度こそ『美樹』を守ってみせると、バーサーカーは決意を新たにする。

一方で、さやかはこの聖杯戦争を仕組んだ男の真意を考えていた。
日常生活を送りながら殺し合いをしろという天戯弥勒の真意は一体何なのか。

「ねぇバーサーカー。あなたが知っている聖杯戦争は、こんな風に学生の真似事をしなくちゃいけないようなものだった?」
「いや、違うな。そもそもおれの知識にある聖杯戦争には、異なる地の人間を召喚するような仕掛けはなかったぜ。
 聖杯を求める魔術師は己の意志で冬木に集い、聖杯戦争に臨む……
 マスターであると周囲に気取られぬように魔術師であること、サーヴァントを従えていることを秘匿し、目立たぬ生活を送るのは確かに基本戦術の一つだ。
 だけど遠く離れた地から召喚され、新たに与えられた身分と役柄を演じる必要があるなど聞いたことがないぜ」

バーサーカーの説明のおかげで、さやかの中で違和感は一層強くなる。
既存の聖杯戦争の形式を崩さないために新たに設けられたルールだと言われれば納得するしかないだろう。
しかしこのままでは、ただでさえ信用出来ない天戯弥勒――ひいては聖杯そのものに対しても不審の目を向けざるを得なくなる。

だからさやかは、敢えて学校に行かないという選択肢を選ぶことにしたのだ。
もしさやかの行動に対して天戯弥勒が干渉してくるのならば、与えられた役柄を演じることに意味があるということになる。
だが、さやかの行動を見過ごすようであれば――

「どちらにしろ、天戯弥勒が何を考えてるかはっきりしないとあたしたちも動きようがないかぁ」

天戯弥勒の真意をはかりかねて、さやかは嘆息した。
さやかの目的はあくまでも悪魔になった暁美ほむらに対抗する手段を見つけることなのだ。
聖杯がその手段になるというのなら聖杯を手に入れるのも吝かではないが、如何せん聖杯の存在自体が怪しすぎる。

「……さやか。猿の手という話を知っているか?」

さやかの焦燥を見透かしたかのように、バーサーカーはさやかに語りかける。
猿の手――さやかも聞いたことがある。願いを何でも叶える、猿の手のミイラを巡る話だったはずだ。
猿の手は願いを三つまで叶えてくれる。だが、猿の手が叶えるのはあくまでも持ち主の願いの『結果』だけだった。

金が欲しいと願えば、息子が事故死し代わりに僅かな賠償金を貰い。
息子を生き返らせて欲しいと願えば、死んだはずの息子は怪異――おぞましい何かになり、家の門を叩く。
最後の願いで息子を再び墓に戻し――猿の手の持ち主は、多大な犠牲を払うことで元の日常を取り返した。

「バーサーカーは、天戯弥勒の言う聖杯は猿の手のようなものかもしれない――って言いたいの?」
「その可能性もあるという話だ。さやか、きみにどうしても叶えたい願いがあることはおれも分かっている。
 だけどな、願いを叶えるその過程は、けっして間違えてはならないんだ。歪んだ手段で手に入れた結果は、また歪んでいく――」

――知っていた。さやか自身、願いを叶えるために犠牲を払ったことがあるのだから。
そのときさやかが支払った代償は、人間をやめること。
魂をソウルジェムという器に移し替え、やがて魔女になることを約束された魔法少女になることでさやかは己の願いを叶えたのだ。
魔女と魔法少女の真実を知り、苛酷な現実に心身を擦り減らし魔女へと堕ちたこともあった。
身を引き裂くほどの悲嘆と絶望の中で、自分の選択を呪ったこともあった。

マスターであるさやかとリンクしたバーサーカーは、彼女の過去を感じ取り、己と重ね合わせる。
バーサーカーもまた、人間としての生を捨て人類を脅かすデーモンと同じ姿となり戦い続けてきたからだ。
だが、守るべき存在だったはずの人類は、デーモンの恐怖に錯乱し、残虐な暴徒と成り果てた!
暴走した人類は悪魔狩りと称し、同じ人間を拷問し、殺し始めたのだ。
そして『美樹』は――悪魔狩りの犠牲となり、その生命を散らしたのだ。

「――おれは、きみが傷つく姿を見たくないんだ」
「……ありがとう。心配してくれるのは嬉しいよ。だけどねバーサーカー。
 あたしは――もちろん、人間やめちゃったことはショックなんだけど、それでも――魔法少女になったことは、後悔してないんだよ」

魔法少女になってしまったことを思い悩んだときもあった。
だけど今、さやかは魔法少女になってよかったと、そう思っている。

「あたしはさ、誰かを守りたい、救いたいと思って魔法少女になったんだ。それがあたしの根源なんだ」

さやかが得た力で、誰かが救われる。それだけでさやかは、魔法少女になった選択は間違いじゃなかったと思うことが出来る。

「だからね、あたしは大丈夫だよ」

そう言って、さやかは笑ってみせた。
バーサーカーにはその笑顔が、とても尊いものに見えた。

「……そうか。きみは強いんだな、さやか」
「そうだよっ! へへっ、なんたってあたしは、みんなの憧れ魔法少女なんだからね!」

――たとえその身体が既に人間ではなくなっていたとしても。さやか、きみの心は間違いなく人間のそれだ。
誰にも伝えることなく、ただ自分の胸中でバーサーカーは呟く。

「さて、それじゃあそろそろ行きますかー」

んん、と背伸びをして、さやかは屋内へと続く扉に手をかけた。

「学校に行く気になったのかい?」
「ぜーんぜん! でも何もしないわけにはいかないでしょ。だったらとりあえず動こうよ」
「フッ、そうだな」

こうして、美樹さやかとバーサーカーの聖杯戦争は動き出したのだ。


【C-7・病院/一日目・早朝】

【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語】
[状態]健康
[装備]ソウルジェム
[道具]グリーフシード×5@魔法少女まどか☆マギカ
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯が信用できるかどうか調べる
1.とりあえず動いてみる
2.与えられた役柄を放棄し学校に行かないことで、天戯弥勒の出方を見る
[備考]

【不動明(アモン)@デビルマン】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯が信用できるかどうか調べる
1.とりあえず動いてみる
2.マスターを守る
[備考]





BACK NEXT
020:Bとの邂逅/ネジレタユガミ 投下順 022:気絶するほど悩ましい
020:Bとの邂逅/ネジレタユガミ 時系列順 022:気絶するほど悩ましい


BACK 登場キャラ NEXT
015:悪魔の証明 美樹さやか&バーサーカー(不動明 025:日常に潜む妖怪

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2014年10月28日 21:04