巨人が生まれた日 ◆wd6lXpjSKY



扉を開けたエレン。彼を待っていたのは年上の教師ではなかった。
一人の少女が此方を向いて立っていた。
彼は小萌先生なる存在の見た目を把握していなかったが、目の前の少女が先生ではないことぐらい解る。
ミカサのように綺麗な黒髪の少女を無言で数秒見つめた後に、声を出した。

「えっと、誰だ」

自然と出て来た疑問は何故目の前に少女が居るのか。
学園は事件が起きた背景もあって、職員室に入るまでは人影一つなかった。
そもそも小萌先生は何処に居るのか。
それらをまとめて一言で少女に投げ掛けた。

「私は美樹さやか。貴方と同じクラスの……保健委員よ」

髪をかきあげながら名乗った美樹さやかは真剣に彼を見つめていた。
吸い込まれるような瞳は何処か強い自己主張を秘めているようで視線を逸らす気はないらしい。

「美樹さやか? 俺はエレン・イェーガー……あれだ、ドイツから来た」

「勿論知っているわ。体調を崩して休んでいる所悪いのだけれど少し用事があったの」

彼は本来ドイツとは関わりのない世界から聖杯戦争に望んでいる。
長い間、閉じ篭もり蓄えた知識によって彼は文明を超えて会話が出来るようになっている。
前までの彼なら出会い頭に調査兵団だのトロスト区だの言い放っていただろう。
しかし壁の内側でもない世界ではただの妄言にしかならない。
聖杯戦争に置いて自分を隠すには文明の知識を得ることが一番利口だろう。

エレンは用事があると言った彼女に対し、中身を聞き出すため口を開く。

「用事ってなぁ美樹さやか。こんな時に呼び出すか普通?」

「逆に聞くけどこんな時に呼ばれたら普通は来るかしら」

(うわっ……)

感じの悪い女だ。
短いやりとりの中でエレンが感じた美樹さやかの印象である。
元々呼び出したのは彼女であり、応じたのが自分だ。つまり発端は彼女。
可怪しいのは彼女で自分は寧ろ被害者ではないのか。
けれど応じた自分も自分であり、言い返せない状況が歯痒い。

「まぁいいわ。それで、貴方はなんで休んだのか聞かせてもらうわ」

「それは体調を崩したってお前も言っていたよな。その通りだよ」

嘘である。
堂々とサーヴァントに外出するなと言われたので学園を休みましたなど言えるはずがない。
適当且つそれらしい言葉で取り繕うしかないだろう。

「でも元気よね」

「よ、夜だしな。薬飲んで一日寝てれば大分治るだろ」

「随分と重い荷物を持っているようだけど、病み上がりの人が持てるかしら」

エレンが腰にぶら下げている謎の装置を指さしながら美樹さやかは疑問を述べた。
この場を流したい彼は立体機動装置についてどう説明するか迷っている。
適当な言葉が見つからず、頭を回転させるがそれらしい解答は浮かんでこない。
沈黙は流石に疑われてしまうため、何とか返したいが喉元で全てが詰まってしまう。

「よくみたらワイヤーかしら……それに刃も」

「――っ!」

「そのジャケットの裏の翼……まるで何処かの軍隊みたいね」

「か、かっこいいだろ!」

「そうかもしれないけど私には武器を持った兵士にしか見えないわ。
 日常とはかけ離れている装備なんて何処から入手したのかしらね。
 貴方が独自のルートで手に入れたか、ゲームやアニメの世界に憧れてコス――」

「そう、コスプレだよ! 俺は調査兵団に憧れてるから立体機動装置や自由の翼を持っているんだ!」


「――プレなんて有り得ないわ。導かれる答えは最初から貴方が聖杯戦争の参加者であることしか考えられないわ」


美樹さやかの言葉を聞き終えた時、エレンの鼓動は一瞬止まり、一拍も置かずに激動する。
頭の回転もままならないまま解答を続けていた。
それが間違いだったのだろうか。今の彼にそんなことを考えている余裕はない。

沈黙は肯定に繋がる。現状だと嘘を憑いていると認めてしまうことになるため焦っていた。
出てくる言葉は解答になっておらず、幼い子供のように単純で会話にならない程に短い。
挙句の果てに立体機動装置や自由の翼など、他の世界には存在しない単語を使ってしまう。

自分で焦っていることに気付くが、止めることは出来ずに穴へ嵌っていく。
身動きが取れなくなっていたところに告げられる聖杯戦争の響き。
何故美樹さやかが聖杯戦争を知っているかは不明だが、自分の所在が知られている。

この事実が彼の心を煽り、焦りと不安と恐怖心。負の感情を加速させていた。

「せ……聖杯戦争ってなんだ……?」

「とぼけないで。どんなに嘘を並べようと貴方の身ぐるみを剥がして令呪を見れば一発で解るのよ?」

「身ぐるみを剥がすって物騒だな……」

(やばいやばいやばい、なんだこいつ、どうして俺が聖杯戦争に参加していることを知っているんだ!?
 今まで接触した人はそんなこと一つも言わなかったし襲いもしなかった……)

美樹さやかの意識を聖杯戦争から逸そうととぼけるが、彼女は譲らない。
会話の主導権を握られてしまい、強く言葉の端を切られると、声が震えてしまう。

この状況はエレン・イェーガーにとってメリットは存在せずに。
美樹さやかと名乗った少女によって優しい世界は残酷な世界へと変貌し始める。

「サーヴァントは何処にいるのかしら。紹介しなさい」

「だからサーヴァントってなんだよ!? 俺は何も知らないぞ!?
 令呪とか聖杯戦争とか……お前はさっきから何を言って――マジかよ……」

せめて声量だけでも彼女を圧倒するように声を張り上げるエレン。
守ったら負けてしまう。唯でさえ主導権を握られている今、受け身のままではいずれ崩されてしまう。
ならば、強引にでも押し切ってしまえば流れを何とか此方に引き寄せれると思ったが、世界は其処まで優しくないらしい。

「私に時間は無いの――もう一度聞くわ。貴方のサーヴァントは何処にいる」

「銃……ッ」

時間が無いと告げた美樹さやかはエレンに銃を向ける。
黒光りがまるで先の見えない今後を示すような闇で意識が奪われてしまう。
引き金を引かれれば間違いなく死ぬ。

どうにか銃口を逸らさせようと口を開くも肝心の言葉が出て来ない。
何を言えばいいのか解らないのだ。どう説得すれば彼女を落ち着かせれるのか。
思考の海に飛び込むも見つかる宝はどれも説得力に欠ける瓦礫のようで。
そもそも時間が無いと告げた美樹さやかが待ってくれるはずもない。

「サーヴァントの居場所を教えればそれだけで貴方は解放されるの」

(どうする……素直に言うか? でも俺はアサシンの居場所を知らない。
 でも、黙ってれば撃たれる……のか、っくそ解かんねえ。大体なんでこいつはサーヴァントの情報を欲しがってんだ……)

時間が無いと彼女は言った。
何か急いでいると考えるのが普通であり、エレンもその線が最初に思い浮かんだ。
時間は夜、それも日付が数時間で変わる深夜帯で何を急ぐというのか。

(朝に弱い……あれか、吸血鬼って奴。
 暁美ほむらは吸血……有り得ないな。こいつはサーヴァントじゃない)

テレビやネットを介してエレンには様々な知識が蓄積されている。
本来彼の知らない世界の文明を把握しているのは、家に閉じ籠もっている間が暇なため。

(普通の人間が吸血鬼みたいな生物なわけが……まてよ、俺は巨人だ)

サーヴァントならば人外が居ても可笑しくはないと考える。
しかしマスターは完全に人間かどうかとなった時、エレン自身の存在が浮かんでくる。
彼は巨人になれる人間である。この聖杯戦争には多くの世界から参加者が招かれているらしい。
ならば吸血鬼になれる人間が居ても不思議ではないのだろうか。

(……解るわけ無いよな……ははっ)

心の中で自分を対象に笑う。
考えても答えは出ない。今まで何度も感じている。
この場面は考える場面ではなく、銃を向けられている現状に抗う場面である。
そのためにも暁美ほむらの興味を何とか逸らす必要があるのだが彼女は止まらない。

「言えないのかしら……解らないなら解らないと言いなさい……。
 貴方のサーヴァントは何処かしら、エレン・イェーガー……はやく言いなさい!」

美樹さやかが話している間に校庭から聞いたこともない轟音が響いて来る。
その音を聞いてから、彼女の言動が荒くなった。

黙っているエレンに対して優しい言葉を掛ける訳でもなく、再度通告する。
どうやら聖杯戦争関係者と特定されているのは確定事項らしい。
どう取り繕っても意味が無いと判断したエレンは覚悟を決める覚悟をしながら口を開く。

「そうだ……今は何処にいるか知らない」

「呼び出すことは可能よね、呼びなさい」

「喧嘩……したんだ」

「黙りなさい。私は子供と話しているつもりはないの。
 喧嘩したから呼べない? 貴方は何のために聖杯戦争に参加しているのか知りたいわね。
 率直に言うわ、帰りなさい。喧嘩の一つで自分のサーヴァントに見限られる人間が生き残れるとは思わない」

「……そんなの解らないだろ」


「それも子供みたいな発言ね……まぁいいわ。
 今日はごめんなさい、そして――さようなら、エレン・イェーガー」


ごめんなさいとさようなら。
その言葉の意味を理解する時間は無い。

まるで少しの間、たった数秒の感覚を失った気になる。
その光景が突然ワープしてきたようで、瞳を閉じたつもりはないが信じられない。

「あ、アサシン……!?」

エレンの目の前には美樹さやかではなく、彼のサーヴァントであるアサシンが立っているのだ。




(エレン・イェーガー……使えない男)

エレンと会話をしている時、暁美ほむらは苛ついていた。
サーヴァントが見当たらないと思えば、喧嘩したと言っている。
そんな子供の言い訳が通用すると考えたかは不明だが、正直に言って馬鹿だ。

聖杯戦争においてサーヴァント無しで勝ち抜くなど不可能である。
そうでなければ自分がこうして必死に新しいサーヴァントを探す理由が無い。

(令呪を使用させてでも呼んでもらう)

令呪の命令は絶対である。
強制的にサーヴァントを呼び出しさえすれば此方の勝ちである。
時間を止めて背後を取る。後部に銃口を押し当てサーヴァントと交渉する。
従わなければエレンを殺す、と。
自分と契約を交わさせ、エレンは公衆電話で聖杯戦争から退場してもらう。

(手始めに――)

時間が止まる。
暁美ほむらだけが認識を許された隔絶世界の中で、彼女は一人歩く。
楽にエレンの背後を取ると、銃口を持ち上げ、瞳を大きく開く。


意味が解らない。
目の前に存在する男の姿を見た彼女が本能で感じた感想。


この空間つまり職員室には暁美ほむらとエレン・イェーガーの二人しか存在しない。
少し前に天戯弥勒が居たがそれは今になれば関係のない話。
暁美ほむらが数分前に立っていた場所で剣を持つ男が一人、首を狩り取るように武器を振るっていた。
西洋の剣よりは短く、かと言ってナイフよりは長い得物。

黒き男は何時現れたのか。
暁美ほむらとエレン・イェーガーが問答をしている間に扉は開いていない。
無論窓も開いておらず、この場に侵入するのは不可能である。

可能性が在るとすれば天戯弥勒のように突然現れる方法だろう。
サーヴァントならばワープの一つや二つ出来ても不可解ではない。
目の前に起こる非現実は全て現実であり、受け入れる必要が在る。

「時間と止めていなかったら私は死んでいた……ッ」

汗が身体全体を包み込む。
偶然だ、この生命は偶然助かった。
時間を止めていなかったら自分は首を斬り落とされて死んでいた。

サーヴァントはアサシン。
暗殺者ならば背後を取るのも容易なのか。
少なくとも気配を感じなかったため、彼女が知りうる中では最上位の強者。
狂戦士はその名の通り圧倒的破壊力を証明するならば、暗殺者は音を、全てを殺せるのだろう。

「勝てない……っ、此処まで来て……私には時間が無いのに」

撤退。
彼女が選んだ行動である。
エレンを人質に取ったところで、サーヴァントに勝てる自信が沸かない。
問答無用で殺しに掛かる暗殺者と交渉出来る気がしないのだ。

残された時間は少ない。
しかし死んでしまえば全てが終わる。
願いを叶えるどころか、明日を迎えることも出来ない。

職員室の扉を雑にこじ開けると彼女は廊下へ飛び出した。
校庭ではサーヴァント同士の戦闘が起きている。
それも感じる魔力の強さから宝具でも開放したのだろうか。
彼女の本能が告げている、この場所は危険だ、と。

とりあえず玄関の近くへ足を運び、周囲の様子を伺う。
学園内に侵入されていれば窓からでも這い出て逃げればいい。

階段を飛び降りた矢先、暁美ほむらは一つの異物を見つける。

「これは……血……保健室に向ってる?」




「アサシン……なぁ、アサシン。お前何で……ひっ」

自分の前に現れたサーヴァントを見てエレンは声を掛ける。
美樹さやかが消えた事には驚いたが、それよりもアサシンへの対処である。
自分は黙って家を飛び出した。言い付けを破り外へ出た。

アサシンの出方を伺おうと声を出すが返ってきたのは無言で睨まれる行為。
鋭い眼光は対象を殺す機械のように冷たく、無機質で潤いのない瞳。
自然と声が漏れてしまう。やばい、自分は何かされると。

「……逃げるぞ」

「は……え?」

「……」

「わ、わかったよ……」

剣を懐に戻しながらアサシンは短く呟くと顎で扉を指しエレンを誘導する。
殴られるぐらいの覚悟をしていたエレンだったが少なくとも痛みを感じなくて済むようだ。
何に対して逃げるかは解らないがアサシンが言うからには危険なのだろう。

ならば黙って扉を抜ければいい。

思えば今日は色々なことがあった。いや、外に出れた。
一度外出を試みた時、アサシンに止められた時は情けなかった。
現実と現状に戸惑う自分が小さくて、それでも暖かさを感じながら一人腐ってる自分が情けなかった。

この世界にみんなが居れば。
どれだけ幸せだろうか。巨人の居ない優しい世界に。

聖杯を勝ち取れば、世界から巨人を駆逐出来る。
壁の外で堂々と暮らせる日が、大切な存在を奪い続けた巨人を駆逐出来る日が来る。

だから自分一人で腐る訳にはいかない。
幻覚を見た時、自分の気合を入れ直した。
逃げない。みんなが巨人と戦っているなら。

「俺はこの聖杯戦争で戦い続けてやる」



「なら戦ってこい、エレン・イェーガー」



何が起きたか解らなかった。
聞こえた声に反応することもなく立ち止まっていた。
首根っこをアサシンに掴まれ後ろに投げられた。
机の上に置いてある小物をぶち撒けながら壁に激突した。痛え。

アサシンは軽く跳躍してから誰かを斬ろうとしていた。
いや、頭に剣を刺そうとしている。
美樹さやかが帰ってきたと思ったけど、違うみたいだ。

頭が大分回って来た。
気付けば魔力をたくさん感じる。
美樹さやかと話していた時は気にしていなかったけど。

バチバチと電流が走るような音が響いた。
見ればアサシンの剣が何かに防がれている。
サーヴァントの攻撃を防ぐってことは相手もサーヴァントだな。

俺は顔を出して覗いてみた。
サーヴァントならある程度目視出来るからどんな奴か見てやる。

「サーヴァントじゃない……!?」


「俺は天戯弥勒……知っているよな?」




浅羽は夜風を浴びながらフェンスを掴んでいた。
アーチャーと一緒に学園近くのビルの屋上に上がり、フェンスの隙間から世界を覗く。
人通りは思ったよりも多くない。架空世界は都会なイメージがあったが、学園事件の関係で人が少ないようだ。

フェンスから数歩離れると、近くで弓を引いているアーチャーに視線を移す。
得意料理みたいな手際の良さで、弓矢を発現したアーチャーは学園を対象に弓を引いている。

浅羽の目からすれば学園で赤い光が動いているようにしか見えない。
尋常無い魔力を感じたため、サーヴァント同士の戦いだと解ったが、本来は何も気づかなかっただろう。
夜の学園に潜入して花火で遊んでいる生徒が居る。そんな感覚だ。

アーチャーは何か考えているような表情だった。
具体的に言えば若干口元が緩んでいるけど、其れ以外は真剣其の物。
浅羽は自分で何を考えているか解らなくなるが、アーチャーは何か考えているのだろうと思う。

聖杯戦争でも浅羽をリードしてくれているため、常に物事を考えているのだろう。

「さようなら――御老人」

小さく呟くと、アーチャーは矢を離し必殺の一撃が放たれた。

その瞬間だけ時間が止まったかのように空気や音が消えた。
小さい頃耳元で縄跳びを力一杯振り回すとふぉんふぉんと風を斬る音が聞こえる。

アーチャーが矢を離した時、この辺りを包む風を斬っていた。
近くから音が消える感覚には慣れそうにもないと浅羽は思った。
しばらくしてからアーチャーは苦い表情を浮かべて浅羽に話し掛ける。

「殺せなかったみたいだ。千里眼でもあれば大分確率は上がるんだろうけど」

その言葉にどう反応すればいいか解らなく、浅羽は下を向いてしまった。
聖杯戦争を勝ち抜くには誰かを殺すのは必然になる。その現実が重くなる。
矢では殺せなかったようだが、これからは戦闘する機会も増えるだろう。

御老人と言っていた。この世界で出会った特徴的な老人は病院の屋上で会っている。
聖杯戦争の参加者だった。学園で戦っていたのはどうやらあの老人だったようだ。
顔を知っている人間を殺す。その感覚や感触はどんなものなのか。考えたくもない。
出来れば誰も死なない世界が望ましい。そんな綺麗事が実現する筈もない。

「……もう少し此処に居ようか」

黙っている浅羽に気を遣ってアーチャーは時間を取る提案をした。
その言葉に浅羽は首を縦に振り、再びフェンスに近づく。

穴に指を入れて力強く覗いてみる。
学園に先ほどのような赤い光はなく、この場所からだと平穏に見えていた。

「此処なら戦闘が起きても有利に戦えるからね」

隣に来たアーチャーはタンクを指差しながら発言した。
ビルの屋上にはスプリンクラー用の貯水タンクが備わっている。
それが有利に戦える理由になるらしいが浅羽は何も知らないため疑問に思う。

ふと空を見上げてみる。綺麗な夜空だった。
月がはっきりと見える雲一つ無い綺麗な満月の夜。

「……誰だろう?」

もう一度学園を見下ろしてみると校庭に誰かが来たようだ。
戦っていた人物か、新しく来た人かは解らない。
などと考えていたら、急に光に包まれていた。

後に浅羽は思う。
この時、自分は何で暗い校庭で人影を見つけることが出来たのか。




セイバーに抱えられたカレンは保健室で止血を行い、包帯で自分の腕を包んでいた。
肉が露見しているため、現状でも応急処置にしか過ぎず、病院に行く必要が在る。
セイバーはカレンの手当を申し出るが、これを一蹴……でもないが断った。

自分のミスで怪我をした。
だからこの傷は自分で処置をする。

不覚だった。

ウォルターと呼ばれていた老人は優れた身体能力を持ち合わせていた。
見た目からは想像出来ない速さで此方に近付き、ワイヤーを自在に操っていた。
銃弾をも躱す動体視力は信じられず、まるでギアスの加護を受けているかのようであった。

圧倒的戦力差を感じ取ったカレンは何も出来ないまま、右腕を粉砕されてしまった。

「情けない……悔しい……ッ!」

使える左拳を強く握る。
銃弾を躱す人間に勝てる程カレンは強くない。負けるのは必然であった。
けれど何も出来ずに負けてしまった自分が情けない。
勝率など存在すらしていないが、それでも正面から負けた。

「生かされた……」

ウォルターは自分を殺すことも可能だった。簡単なまでに。
それでも殺さなかったのはランサーが戦闘を楽しみたいから。
マスターが死ねば基本サーヴァントも消えてしまうから。それだけの理由。
自分には何一つ関係なく、敵の娯楽のために生かされている。

戦争で戦う戦士にとってそれは侮辱と変わらない。

「――」

その姿を見てセイバーは何を思うのか。
宝具まで発動した戦闘はランサーとセイバー、共に大きな傷は負っていない。
必中の魔槍と放たれる弾幕、吸血鬼のような赤い瞳と鋭い牙。
ランサーの正体は確定に近いが、この先どうすればいいのか。

カレンを連れたまま戦闘を行うのは無理だ。
傷つけてしまったのは己の実力不足が原因である。
また戦闘が始まれば助けれる保証など存在しない。だから。

「バイクで病院に向かう?」

セイバーの提案にカレンは反応した。
ランサーの目を盗み、バイクを回収し腕を診てもらう打算らしい。
その提案にカレンは喜ぶが、言葉には出さない。
心の中で何度も、運ばれている時に何度も思っていたことを口に出す。

「この傷は病院に行っても行かなくても変わらないよ。
 完治するには数日じゃ足りない、聖杯戦争は終わっているかもしれない」

セイバーの提案を断ったカレンは更に紡ぐ。

「私には……私の日本には時間が残されていないってのは言ったことあるよね。
 ルルー……セロも居なくなった今、黒の騎士団は壊滅状態に近いの」

自分で自分を苦しめながらカレンは喋る。

「聖杯があれば日本を取り戻せると思った。願いが叶えられるんだからね。
 でも、この怪我じゃ無理。セイバーの足を引っ張るだけ。だから私は自分に出来る事をする」

自分に出来る事。それは小さいけれど夢へ繋がる大きな一歩。

「やっぱり聖杯に頼るのが可笑しかったよ……はは。
 私は元の世界へ帰って、自分の力で黒の騎士団を再建して、日本を取り戻す」

本来通りに努力することだ。
夢物語を追いかけないで、自分の手で届く範囲から地道に頑張っていく。
人生は長い、そして積み上げが大切である。
世界中に住んでいる人間全員がギアスを持っているワケでもない。

「ごめんね……最後までわがままで」

自分の不甲斐なさに謝罪をするカレン。
セイバーには迷惑ばかり掛けていた聖杯戦争であった。
恩の一つも返せないまま退場と考えると、本当に情けない。

その言葉にセイバーは責めることもなく、優しい笑顔で返答した。
カレンの心は暖かくなるが、余計に自分の無力さを感じてしまう。

けれど引き摺る訳にはいかない。
彼女にはこれから日本を取り戻すために再びブリタニアと戦わなければならない。
黒の騎士団のエースとして、何時迄も席を開けている訳にはいかないのだ。
ゼロが失脚し、恐らく藤堂を始めとする戦力もブリタニアに大きく削られている筈。
自分だけが平穏な学生生活を送る訳にもいかない。


「でも聖杯戦争から還るにはサーヴァントを失わなければならない」


「誰!?」


保健室に響く知らない女の声に振り向いたカレンはメスを握り叫んだ。
拳銃は校庭に忘れてしまっため、先手を撃つことは出来ない。
セイバーも剣を取り出し、その対象に注目していた。

「私は暁美ほむら……サーヴァントを失ったマスターと言えば解るかしら」

其処には黒い髪を持った少女が一人。名は暁美ほむらと言うらしい。
サーヴァントを失ったマスター。
天戯弥勒の言葉を信じるならば、その身体は六時間後に消滅すると言う。
そしてその六時間以内に再契約を結べなかった場合、身体は灰になる。
回避するには公衆電話を使用し元の世界へ還るか、新しい契約を結ばなくてはならない。

「……私は突然現れたあんたを信用出来ない」

「でしょうね。立場が逆なら私もそう思うわ」

「でも」

「それでも」

「私はあんたを信用しなくちゃいけない」

「貴方は私を信じるしかない」




剣を引き抜いた後、壁を蹴りもう一度攻撃を加える。
質量を持った光に阻まれ失敗、床を削るように後退し相手の出方を伺う。

「サーヴァント。
 その攻撃が一般人と思われる俺に通用しないのはどんな気分だ?」

魔術とは違う異能を操る天戯弥勒は目の前のアサシンを挑発した。
本来サーヴァントの攻撃を人間が防ぐのは有り得ない……話でもないが普通は有り得ない。
元々天戯弥勒の正体が不明なため、明確な答えを導くことは不可能だが主催者特権だろうか。

「向かってくるか」

アサシンは天戯弥勒の言葉に耳を傾けずに、再度接近する。
その速度は普通の人間の肉眼では捉えられない速度である。
吸血鬼のレミリアと違って夜の恩恵を絶大に活かせはしないがアサシンは闇を生業とする。
深夜の影響によって彼の身体は本来の時間、つまり自分の世界を思う存分発揮出来る時。

天戯弥勒が飛ばす光の枝を剣で流し、懐に飛び込む。
首を掻っ切ろうと横に振るうが、枝に防がれてしまう。
剣と枝の衝突を支点とし、右足で床を力強く蹴ると、下半身を上に上げる。
そのまま回らず、空中で体勢を維持しながら、力を下方向へ流し、下半身を元の場所へ戻す。
つまり勢いを利用した踵落としを天戯弥勒の脳天へ叩き付ける。

その一撃は大きな轟音を響かせる。
衝撃の余波は職員室に置かれているデスク類を振動させ一部を壊滅させる程。
人間ならば頭蓋骨粉砕、死へ直結するが天戯弥勒は生きている。
しかもダメージを喰らった素振りを見せず、アサシンの足首を掴んだ。

子供が落ちている石を拾い投げるような軽さでアサシンを投げ飛ばす。
アサシンは壁に激突することなく、足と腕を壁に貼り付け、力だけでもう一度天戯弥勒に向かう。

腕を振るい、机の上に残ってある小物を天戯弥勒の視界にばら撒く。
目眩ましになれば儲け物だが光の枝は全てを貫いており、無意味。
別の机を蹴り飛ばすも、天戯弥勒は拳で殴り返すように机を返す。

この攻撃にアサシンは剣で机を一閃。
二つに裂けた机は窓ガラスに直撃し、破裂音を響かせながら外へ落ちていった。

「俺を殺してみろアサシン」


接近してくるアサシンの攻撃を天戯弥勒は枝で防いだ。
両者、身体は近く、手が届きそうな範囲ではあるが、攻撃は届いていない。

「黙っていろ、直ぐに殺してやる」

アサシンの刃が届くよりも早く、天戯弥勒は力の収束場を己に展開させる。
つまり、自分の身体を中心にエネルギーフィールドを球体状に発現させ、アサシンを吹き飛ばした。
見たことのない攻撃を受けたアサシンは受け身を取り、転がることなく立ち上がる。


戦闘を見ているエレンは別次元を感じ、黙って立体機動装置を装着していた。


落ちている椅子を天戯弥勒へ投げると、球体のフィールドはこれを弾いた。
防壁となっているようだ。
接近戦しか行えないアサシンには邪魔な壁となるが、関係ない。
自分達の前に現れた主催者。碌な事が起こらないだろう。
今すぐにも無力化し、今回の聖杯戦争に問い質したいところだが、無理そうだ。


「さて、少しは話させてもらおうか」


気付けばアサシンは無数の光の枝に包囲されていた。
少しでも動けば己を刺し殺すために一斉に動き出す、と言ったところか。
自然にエレンの前を陣取り、異常事態に備えるアサシン。
どうやらこの場は天戯弥勒の言うとおりにするしかないようだ。

「エレン・イェーガー。お前は聖杯戦争で何をした」

「……俺?」

「そうだ、お前に聞いている。お前の言葉で答えろ」

突然の指名に驚いたエレンはアサシンの背中を見つめる。
此方に振り向く素振りを見せないため、信頼でもされているのだろうか。
天戯弥勒は自分の言葉で答えることを所望している。ならば。

思っていることをありのままにぶちまけてやる。

「俺はアサシンに命令されて……無理やりずっと家に閉じ籠もっていた」

「……!」

「そうか……ならお前は何のために聖杯戦争に参加している」

思っていることを、あったことをありのままに言葉にする。
アサシンの身体が少し動いたようだが気にしない。

「巨人を駆逐するのに聖杯を手に入れるためだ」

「では戦え」

「別に俺達が全員倒す必要はないだろ」

「力無き者に聖杯が勝ち取れると思っているのか」

「俺一人じゃ巨人を全て駆逐することは出来ない。それと一緒だ」

天戯弥勒の煽りを流しつつ、エレンは返答する。
思ったよりも頭は透明に物事を考えられるようになっている。
理由としてはアサシンに責められなかったことが大きい。
子供の考えではあるが、説教を覚悟していため、それが無いと気分が楽になっているようだ。

戦闘を目の前にしても、自分の考えを主張出来るぐらいにはなっている。

「そうか……お前が望めばサーヴァントを変えてやろうと思っていたが……どうする」

マスターを縛るサーヴァント。
行動を制限するサーヴァント。

従者としての立場を超越した行いはマスターに多大な精神的負担を掛ける。
エレンも戦争と平穏の狭間に揺れ、仲間の幻覚を見る程に精神を摩耗させていた。
その小さな亀裂につけ入れるように割り込んでくる天戯弥勒の提案。

エレンにとってその提案は受け取るべき物だ。
この提案を受け入れれば自分は楽になる。楽に行動出来る。自由に行動できる。
アサシンは振り向くつもりはないようだ。武器を構え硬直状態である。

エレンは思う。
答えは最初から決っている。ありのまま思っていることをぶち撒けてやる。
アサシンは嫌な奴だ。
それでも俺のことを思ってくれる大切なサーヴァントだ。


「うるせえ……うるせえ!
 俺と一緒になったサーヴァントにケチつけてんじゃねえ!!」


怒号を聞いたアサシンはエレンへ振り向かないまま口元を緩めた。
何を言うかと思えばこの男は……とでも思っているのだろうか。
誰にも知られない感情を抱いたまま、アサシンは天戯弥勒のフィールドを壊すために仕掛ける。

どうやらタイミングは奇跡的にエレンの言葉と重なったらしい。
演出にしては出来過ぎているぐらいに丁度いいこの瞬間、アサシンの宝具発動と重なっていた。

アサシンの宝具は任意では発動出来ない。強いて言えば常に発動している事象だ。
その効果を発揮するのは確率の問題であり、その方程式は不明である。
また確率も高い訳ではない。

剣を手元で何度か回し真上に投げる。
綺羅やかに刀身は職員室の全てを映し出し、アサシンの手元に再び収まった。

「……は?」

「宝具か……来い死神」

エレンは己の目を疑った。
アサシンが剣を手元で回し、それを投げて手に取るまでの間。
彼の身体が影のように何重にも見え、分身が誕生しているようだった。
けれど目を擦ってもう一度見ると、当然のようにアサシンは一人であった。
天戯弥勒の呟きからすれば宝具らしいが、聞く前に光の枝が動き出していた。

枝はアサシンを貫くために一斉に彼へ動き出した。
鋭利な先端は床や机を貫きながら、勢い衰えること無くアサシンへ向かうがそれは無意味。
枝が全て動き切った時、その場所にアサシンは存在していない。

「お前を――引き摺り出す」

アサシンが現れたのは天戯弥勒の背後、それも真上。
暗殺者の名に恥じること無い隠密行動、気配を消した移動は戦闘中でも発揮される。
球体を破壊するために彼が振り下ろす剣は宝具を帯びた必殺の一撃である。

一瞬。
たった一瞬である。

運良くその光景を目撃した人物は皆口を揃えて言う。
あの暗殺は一振りの攻撃でありながら無数の一撃を加える必殺の一撃、と。

「死ね」

球体を全方位から攻撃するように無数の斬撃が天戯弥勒へ襲い掛かる。
アサシンが右斜めから落下するように攻撃したかと思えば、左上に現れもう一撃加える。
その後も何度も何度も、肉眼で捉えられない速度で攻撃を繰り返す。

音だけが響く中、エレンが気付いた時には天戯弥勒を包んでいたエネルギーフィールドは破壊されていた。

その瞬間はたった一秒にも満たない刹那である。
死神――暗殺者であるジャファルの異名だ。
指令は絶対であり、得物は確実に殺す黒い牙が誇る四牙の一人死神ジャファル。
彼の瞬殺は相手が認知することなく無数の斬撃を浴びさせ絶命させる必殺の一撃である。

「次はお前を殺す」

身体を包むエネルギーフィールド――PSIが崩れた今、天戯弥勒を守る壁は存在しない。
光の枝が展開されるよりも早くアサシンは剣を握り、天戯弥勒の首を狙う。
必殺の宝具は発動しないが、人間一人の首を取るには容易い状況であるはずだったが流石主催者と言うべきか。

光の枝がアサシンに急速で向かっていたため、これを防ぐために剣を引き戻す。
正面から防ぐことには成功するが、急な防御であるため、踏ん張ることも出来ずに飛ばされてしまう。
その方向は窓、アサシンは窓ガラスを突き破り外へ飛び出してしまった。

「アサシン! っくそ!」

飛ばされたアサシンを心配して声を張り上げるが、エレンに助ける余裕は存在しない。
ブレードを取り出すと、天戯弥勒を視界から逃がさないように捉える。
次にやられるのは自分だ、一瞬の隙も見せてはならない。

「話の続きだが……お前は閉じ籠もっている間、何をしていた」

「随分と戻るな。俺はテレビ見てたり寝てたりしてたよ」

「元の世界でもそんなことをしていたか?」

「は? テレビ何て存在してないし毎日存分寝れる生活はしていない」

「聖杯戦争の生活――ずっとしたくはないか?」

「――っ」

言葉が詰まってしまう。
これが漫画やアニメの世界ならばかっこ良く言い切る場面だろう。
そんな生活は要らない、俺に必要なのは仲間だ。青臭い言葉を叫ぶ場面だ。
だが言葉が素直に出て来ない。
エレン自身、今の生活は悪くなかった。
出来るならば、この世界に全員招待したいぐらいだった。それ程までにこの世界は優しい。

「お前が望むなら一生生活させてやることも可能だ」

「……ミカサやアルミン達はどうなる」

「お前の仲間か?
 望むならお前が指定した人間全てをこの世界に召喚……招くことも可能だが」

天戯弥勒の発現にエレンの心臓が跳ね上がる。
今、この男は何を言った。

「え……もう一回」

「お前が望むなら仲間と共にこの生活を提供してやる」

その言葉は儚くて、永遠に求めていた神の一声だった。

「……い、いいのか」

「俺の条件を飲めば、な」

エレンは何も考えること無く本能が赴くままに発言していた。
それはアサシンの命令に従って何もせずに時間を流していたあの日々と一緒だった。
今のエレンは天戯弥勒の言葉に踊らされている。
現実に直面している筈だが、甘い夢が近くに現れ難しく考える事を放棄していた。

天戯弥勒の条件とは何なのか。
エレンに思い当たる節など存在しないが、早く発言しろと本能が叫んでいる。
何だってしてやる、ダカラ早く、早く喋ろ。

天戯弥勒が口元を緩ませた時、エレンは唾を飲み込んだ。



「エレン・イェーガー……黙って死んでくれ」










「――は?」





頭が嘘なくらい真っ白になった。
追い打ちを掛けるように自分へ伸びてくる光の枝を防ぐためとりあえずブレードを構える。
しかし枝は無常にもエレンの両肩を貫き、鮮血が宙を舞う。


「あ、あああああああああああああああああああああああああああああ」


痛みで我を取り戻したエレン。
肩に刺さっている枝を見つめた後、痛覚が反応し、痛みによって叫び声を上げてしまう。
天戯弥勒の条件に言い返すことも出来ずに、意識を失わないように踏ん張るだけで精一杯であった。

下がった顔を上げると天戯弥勒は嗤っていた。
その笑みは邪悪で、それでも純粋のように見えるドス黒い笑顔。
天戯弥勒が何を考えているか何て解りたくもないが、彼の発現は気になる。

天戯弥勒は宙に浮かびながらエレンに話し掛ける。

「俺と世界のために死んでくれ、エレン・イェーガー」

「は、っあ……あああああ……ックソォ!!」

光の枝はエレンに刺さったまま移動を開始し、窓ガラスを突き破りエレンを外に連れ出した。

「本日二回目の外だ、喜べ巨人」

天戯弥勒の煽りに反応することは出来ない。
自分の呼吸を整えていたエレンは周囲を見渡す。
両肩に刺さった光の枝を支点として、自分は宙に浮いているらしい。

足が大地に着いていないため力が入らない。
立体機動装置で宙をかけることは度在ったが、黙って留まることは少ない。
妙な感覚に違和感を感じながらも、エレンは口を頑張って動かす。

「し、死んでたまるぁ……」

「なに、いずれ死ぬ運命を少し早めるだけだ。
 俺と俺が望む世界のためにお前には光の礎となってもらう」

誰がお前のために死んでやるか。
言い返したいが、意識が薄れていく。

「エレンッ!!」

地上ではアサシンが無数の光の枝に対抗しながら叫んでいる。
エレンを救出に向かいたい所だが、枝がその道を阻み、邪魔している。

グラウンドを縦横無尽に駆け回り、枝を斬り裂いているがその数は衰えない。

「誰も助けることは出来ないぞ、このまま死ぬか」

「誰が死ぬかよ……」

「なら代りにお前の世界に残っている奴らを殺す」

「――」

「お前のために何人死んだと思っている?
 今更な話だろう。お前が俺の条件を断ったから殺す。
 今までと変わらないんだよ。お前のために仲間が死ぬ、それだけだ」

「――」

何を喋ればいいか解らない。

「――」

この男、天戯弥勒は今何と言ったのか。
自分の耳が痛みによって可笑しくなったのではないかと錯覚したいぐらいだ。

「――」

お前の世界に残ってい奴らを殺す。
天戯弥勒は言った。言葉通りならミカサやアルミン達を殺すのだろうか。
許されるか、許される筈がない。死んでいい生命などあるものか。

「ふざけるな」

自分のために何人死んだ……それは解らない。
巨人になれる自分のために多くの犠牲があったのは事実である。
リヴァイ班を始めとする多くの調査兵団がエレンのために死んでいる。
だけど。けれど。そのために更なる生命が無駄になっていい理由にはならない。

「させるもんかよ」

仲間はもう誰も失いたくない。
母のように、マルコのように、リヴァイ班のように、自分のために犠牲になってくれた人のように。
もうこれ以上自分のために死ぬ生命を見たくない。
そのためには巨人を駆逐する。そしてその前に目の前の男を殺さなくてはならない。
しかし今のエレンは無力な人間である。両肩を固定され宙に浮いているこの状況で何をするのか。
立体機動装置での一撃はおそらく無力だろう。アサシンの攻撃を防ぐ天戯弥勒に自分の攻撃が通るとは思えない。
頼れるアサシンは地上で天戯弥勒の枝――生命の樹と戦っているため、加勢は不可能である。

自分に出来る最大火力と言えば――考えるまでも無かった。

(ミカサ、アルミン、みんな……俺、間違ってた)

この生命を救うために犠牲になった人々。
彼らは何のために自分を守っていたのか。

(聖杯戦争での日常……これがずっと続けばいいと思ってた。
 でも、この世界は別に優しい世界じゃなかった)

囚われたこの地平を、壁に包まれた世界を巨人から取り戻すための希望だから。

(俺だけずっとこのままでいい……ははっ、ジャンに殺されちまう。
 本当は平和な世界何て何処にも存在しないのにさ。
 壁と巨人が無くなればすっかり腑抜けになっちまった……死に急ぎ野郎と言われた俺が)

自分には何が出来る。
巨人を駆逐するために自分だけに出来ることは何だ。
殺すための技術か、いいや違う。
お前にはお前だけの翼が在るはずだ。籠の中では物足りない大いなる翼が背中に宿っている。
自由の翼は飾りではない。調査兵団の意地を、人類の意地を見せつけろ。

(もう少し待っててくれ……俺だけがこんな平穏な世界に浸っているわけにもいかないしな。
 聖杯を持ち帰って、みんなで明日に怯えること無く笑顔で過ごそうぜ。
 俺はお前らに海を見せてやりたい。なぁ、アルミン……海は本当に綺麗で何処までも広がっていたよ)

右腕を自分の顔に近付けるエレン。
痛みで少しでも動かすと激痛が走る。しかし甘えてはいけない。
此処で自分が踏ん張らなければ仲間が死んでしまうのだ。
これ以上天戯弥勒の言葉に踊らされてたまるか。意地を見せろ、男の挟持を果たせ。

(だからまずは――天戯弥勒を殺すッ!)

無意味な死で在ったと言わせない。
自分のために死んでくれた人々のためにも死ぬわけには行かない。
エレンには元の世界へ帰り、人類の希望を巨人から取り戻す努めが在る。

巨人を駆逐すると誓ったあの日から。
握り締めた決意は左胸に宿っている。人類のために犠牲になる覚悟が。
その努めを果たすためにも自分だけこの優しい――どうしようもない残酷な世界で死ぬ訳にはいかない。

「ははっ……っし」

右腕を口元まで寄せたエレンは天戯弥勒を睨む。
その眼光にはお前の思い通りには絶対ならねえ。強い意志が込められている。

呼吸を整えるように、一息吸い込むとエレンは叫んだ。
仲間の元へ声を届けるぐらいの大声で。

「俺は死なねえ、テメェを殺してやる……殺してやる!!」

その決意、殺せるなら殺してみろ。

(なんでこんなに熱くなってるか意味分かんないな……いや、聖杯戦争自体意味分かんないか)

考えれば不可解だらけである。
自分は何故、聖杯戦争に参加しているか。最初の時点で謎が多い。
それを解明するためにも天戯弥勒の口から真実を聞かなくてはならない。
つまり、どの道こんな所で死ぬわけにはいかないのだ。

エレンの発言に対し、天戯弥勒は嗤っていた。
その顔は当然のように笑み。何かを企んでいて、見透かしているような笑み。

エレンは息を再び大きく吸い込むと自分の右腕に囓り付いた。
己の身体に傷を与え、彼に与えられた神秘の力を此処に魂現させるために。


「そうだ……その力を俺に見せてみろッ!
 お前は俺が選んだ一つの鍵、その力を発動してみせろ!
 クハハ……ハハハハハハハハ!! 選ばれた巨人、エレン・イェーガー」


一筋の雷鳴が轟いた時、この物語を終焉へと動かす一つの歯車が回った。





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最終更新:2016年01月12日 19:37