拝火教


概要

 ヤギホ人がこの大陸に定住して以来信仰を続けている民族宗教。
 『拝火教』とは、非ヤギホ系の国家による他称であり、ヤギホ人が自ら「拝火教徒」と名乗ることはない。ヤギホ人の生活文化と不可分の民族宗教であるため、ヤギホ人はこの宗教を宗教として認識しておらず、自らの生活様式に名付けを行わない。
 国内南部にある国内最高峰の火山、通称『神の火の山』をもっとも神聖なものとし、『神の火の山』を擬人化したものと思われる女神を最高神に位置付けた多神教。その女神の直系の子孫であると称するホカゲ族の首長兼ヤギホ人の女王を最高司祭としている。女神の娘である以上女王や王女も女神であるとみなし、司祭であると同時に信仰の対象としている。
 アニミズムであり、『神の火の山』より産出されたものや『神の火の山』を連想させるもの、『神の火の山』にまつわるものをすべて神の宿るものと捉えて尊重している。

創世神話


 今は昔、この世に父たる天つ神と母たる土の神のみしがおはしけり。
 天つ神と契られたる母御神、あまたの子を得たまへば、子らもおのずから山や島、川や谷作られけり。

 中に火の山の御神らおはしけり。火の山の御神ら姉妹にてあらせられけれども、北の御方ぞあまたの子らもうけられるる。おのおのひととなりしかば、ヤギホ族の父祖たりぬ。

訳:

 今となっては昔の話だが、この世界には父である天空の神と母である大地の神のみがいらした。
 天空の神と契りを結んだ母なる神は、たくさんの子をもうけた。その子たちも両親に倣って自然と山や島、川や谷といった自然物に変化していった。

 天空の神と大地の神の子供たちの中に、火の山の神々がいらした。火の山の神々は姉妹でいらしたが、北の山の神の方がたくさんの子供をお産みになった。北の山の神が産んだたくさんの子供たちがヤギホ族の祖先となった。

 ゆえに、ヤギホ族は皆神の子である。

 七部族が特別視される理由については後述。


神々

 多神教。
 ただし神々の間の序列がはっきりとしている。特に『火の山の神』は至高の存在として絶対のものとしているため、外国人には『火の山の神』を唯一神であるかのように解釈されることもある。実際の『火の山の神』はヤギホ人にとっての主神でありヤギホノミヤマ王国の守護神でしかなく、全智全能であるとの記述もない。神話では美しい容貌と苛烈な性格を持ち合わせた女神として人間味豊かに表現されている。
 世界の始まりの時、父なる天の神と母なる大地の神が多数の神々を生んだとされるが、この神々のうち個別に認識される神は「北の火の山の女神」と「南の火の山の女神」の二柱だけである。ヤギホ人は「北の火の山の女神」を『神の火の山』の女神であるとし、『火の山の神』と呼んでいる。「南の火の山の女神」は現在の壁の国に奪われたと考えており、壁の国への敵視につながっている。
 『神の火の山』の女神は様々なもの(人間や無機物など多様なエピソードが伝えられている)と交わり、すべてのものと子をなしている。このすべての子が神となっていて、ヤギホ人の「万物に神が宿る」というアニミズム的思想とつながっている。同時に『良くない神』も多数誕生しており、この邪神が他の宗教における悪魔の役割を担う。いずれにしても、ヤギホ人は「自分たち人間の手には負えないもの」「人智を超えたもの」をすべて神として祀ることで良くも悪くも遠ざける傾向にある。

信仰の対象(無機物)

 ヤギホ人が女神の子孫として特に重んじているものは、無機物では炎と鉄である。

 『神の火の山』の火砕流や熔岩を神の怒りと捉え、『良くないこと』が起こると神が怒り炎の岩を降らせると信じられている。
 『良くないもの』は、焼き払うことにより浄化することができると考えられている。したがって、死や悪事を想起させるものはすべて火にくべる。冠婚葬祭では必ず大々的にかがり火が焚かれる。年中行事ごとにも火を灯す。
 各集落ごとに守り神としての炎が受け継がれている。形式は部族または氏族によって異なるが、かがり火に絶えず薪をくべて燃やし続けているところが多い(薪を初めとする植物性の物品はヤギホでは高級品のため供物に相応しいとされる)。集落の中心部にある大きな神社に安置されているが、神官が常駐しない小さな集落では独自の社を構えていることもある。

 炎にまつわるヤギホ古語の単語を名前に入れることも神の恩寵を受けるまじないの一種として有効である。
 ヤギホ古語の教養のある上流階級では、子供、特に娘に炎と関連のある名前をつけることが多い。『照(テル)』『焚(タキ)』『燃(モシ)』『篝(カガリ)』などが人気で、男児の幼名にも『炎麻呂(ホノオマロ)』『焦麻呂(コガシマロ)』がある。
 特にホカゲ族では娘の真名に必ず炎にまつわる文字を入れるならわしがあり、女王の真名には『火(ホ)』が入っていなければならない(真名に『火』のない王女が女王になる時は必ず改名する)。

 『神の火の山』より採掘される『力の源の石(鉄鉱石)』は、ヤギホ人たちを守る女神の恵みである。
 炎をもって鉄を鍛える鍛冶は神事の一種で、特にヤギホ人の戦闘民族としての象徴である刀の鍛冶職人は多大な名誉を受ける。また、神官や巫女が神事を行う際にも内容次第で剣舞が取り入れられる。
 鉄は強さ、猛々しさ、勇ましさを表し、特に攻撃性の高い刀は『武士の命』とされ、尊重される。
 『力の源の石』が山中の土の中から掘り出されること、また『神の火の山』の灰が鍛冶の工程や農作業の中で活用されることから、土や大地も信仰の対象としている。火山岩をご神体とする神社も各地に点在している。『神の火の山』信仰が地母神信仰にも通じていることの表れである。

 土は母であり女である。鉄は息子であり男である。仲立ちをするのが娘の炎の力である。――と解釈する学説もある。


信仰の対象(現人神)と身分制度とのつながり

 神殿の大神官が代々編纂し継承しているヤギホノミヤマ王国公式の年代記『夜芸火神語(やぎほかんがたり)』によれば、『神の火の山』の女神は人間の男たちとも交わり子をなした。この人間の男たちがどこから来た人々なのかは記録にない。『神の火の山』の女神こそ現ヤギホノミヤマ王国領に住んでいた土着の精霊であり、彼女の夫になった男たちの方が渡来した古ヤギホ民族ではないか、と推測されるが、証拠となる史料は発見されていない。
 女神は多数の子供を産んだようだが、存在が確からしいのは7名だけである。その7名の子孫がそれぞれ現在の七部族と呼ばれている部族に相当する。
 7名の内訳は『猛きおのこどもの子ら』3名、『聡きおのこどもの子ら』3名、『御神の血の色濃く引きたる姫』1名であり、『猛きおのこどもの子ら』が『いくさびと』つまり武士の家系に、『聡きおのこどもの子ら』が『まつりびと』つまり神官の家系に、『御神の血の色濃く引きたる姫』がホカゲ族の先祖である、とヤギホノミヤマ王国の公的な歴史は断じている。
 他のヤギホ人の部族は、七部族の分家か、人間ではなかった神の子の子孫であるとされているため、七部族より格下の扱いを受ける。ただし、いずれにしても神の血をひいていることに変わりはないので、ヤギホ人は便宜上全員が神の子孫ということになる

七部族
  1. ホカゲ族(火影族):『神の血の色濃く引きたる姫』の子孫、《神の血族》
  2. カガリ族(炬族):『聡きおのこどもの子』、『まつりびと』
  3. テルハゼ族(光爆族):『聡きおのこどもの子』、『まつりびと』
  4. トモシビ族(燈火族):『聡きおのこどもの子』、『まつりびと』
  5. マオキ族(目熾族):『猛きおのこどもの子』、『いくさびと』
  6. ネアブリ族(根炙族):『猛きおのこどもの子』、『いくさびと』
  7. ノシ族(熨族):『猛きおのこどもの子』、『いくさびと』
 かつては七部族の中だけは上下関係の開きがなく、七部族の首長たちによる合議制が採られていた。ホカゲ族は『神の血の色濃く引きたる姫』の子孫ではあるが、取り立てて何らかの伝説が残っているわけではないため、仮の代表者であり、王としての性格まで備えているわけではなかった。
 ホカゲ族だけが他の六部族より圧倒的優位に立ったのは、1000年前の独立戦争時の英雄・ナナツマホヒコおよび初代女王ヤエケブリホムラオオキミの輩出に拠る。
 しかし年々ホカゲ族の力が弱体化、形骸化し、数百年間にわたって他の部族出身の大神官が政治の実権を握ることも多々あった。
 ただし、現在の女王であるホヅカサヅチオオキミがホカゲ族の首長となってからは、七部族すべてが皆一様に沈黙している。




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最終更新:2015年07月16日 12:59