本編B-9

放課後、音楽室。
可憐な花が一輪儚げに咲くかの様に、道重はひとりピアノに向き合っていた。
譜面台に置かれた紙を見つめながら、ただぼんやりとメロディともつかない音色を奏でる。
そんな静穏な営みは総じて喧騒によって崩されるのが世の習い。
ぶち破らんばかりの勢いで開かれるドア。
「先生!来たっちゃ!」
溜息をふっとひとつついて、屈託ない笑顔を浮かべる生田に視線を移す。
後ろには少し申し訳なさそうに佇む飯窪もいる。
「ハロプロヘッポコ部の話、聞かせてくれっちゃ!」
若さって素晴らしい、そんな事が頭をよぎったが今考えることではないだろう。
「あら、ホントに来たの?しょうがないわね。じゃあちょっとだけお話ししようかしら。」
そう言ってから道重は言葉を選びながら話しだした。

そもそもハロプロヘッポコ部とはなにか。正式名称や発足の目的については黙っておいた。
別に彼女達に語らなくともいいことである。部員達で目的を決めて達成する。
そんな簡単なルールだけ話して聞かせた。
それから自らの体験。一年生の時に先生に言われてなんとなく入部したこと。
何も出来ない自分に先輩達が厳しくも優しく様々なことを教えてくれたこと。
先輩達の挑戦、役に立てなかったことの悔しさ、歯がゆさ。
泣きながら先輩達に謝ったこと。それでも先輩達はありがとうって言ってくれたこと。
記憶をたどるうちに、当時の想いまで蘇ってくるようで、なんだか熱いものがこみ上げてきそうだったが生徒の手前ぐっとこらえた。
「三年生になった時にはね、私が部長になったの。何でだったか忘れちゃったけど、話の成り行きかな。
とにかくそれで自分達の代は何をするかって言うことを話し合ったわ。
あーでもないこーでもないって一週間かけてね。それで決めた目標が『アイドルになる』って言うことだったの。」
「アイドル!ですか?」
飯窪が丸い目を更にまん丸にして驚く。
「そう、アイドル。当時はまだご当地アイドルなんてものはなかったから、もしかしたら私たちが草分けなのかしらね。」
ちょっと嬉しそうに微笑む道重。
目を輝かせた生田が先を急かす。
「それで?どんな事したと?」
「ええ、それはね…」

歌もダンスも全くの素人だった道重たち。カラオケボックスに入り浸って歌の練習をした。
仲良くなった店長さんが歌のレッスンをしてくれたけれど、歌わされたのは演歌だった。
ダンス部のレッスンをこっそり覗きに行って追い出された。
懲りずに何度も何度も足を運んだら、見かねたダンス部のキャプテンが一緒に練習しようと言ってくれた。
それから、
「ダンス部のキャプテンとはよく喧嘩したわ。私達がやりたいダンスとダンス部の求めるダンスは違うから。当たり前なんだけどね。
一緒に練習させてもらってるのにそんなの関係なしで、こっちの方がカッコイイとか可愛らしいとか。
キャプテンの方が学年が一つ下だからって遠慮なしに言っちゃってたの。それがある日行き過ぎちゃってね。」
おもむろにピアノへ向かい譜面台にあった一枚の紙を持ってきた。
それは朝、職員室で道重の手元にあったものでもあるのだが。古ぼけてすこしくしゃくしゃになったチラシのようだった。
「みてごらん。」生田に手渡す。



「トゥーザビクトリー…バトル…ライブ?対バンみたいなもんやろか。ってこれ道重先生じゃなかと!?」
「可愛い!…あれ?右上はもしかして清水先生ですか!?」
覗きこんでいた飯窪も声を上げる。
「そうよ、清水センセ。キャプテンっていうのはね清水先生のこと。お互い一歩も引かなくてね、どういうわけか勝負をしようって話になったの。
どちらがより観客を魅了するかみたいな。相手は全国で何度も優勝してるダンス部なのにね。何考えてたのかしらね。」
そう言ってケタケタ笑う道重はまるで女子高生に戻ったかのような輝いた表情をみせた。
「学校の体育館にお客さんを集めてライブをするっていうことになったのよ。
それが決まってからはダンス部も一緒に練習してくれなくなっちゃって、仕方なく私たちは河川敷で練習したわ。」
何となく顔を見合わせる生田と飯窪。
「それでどっちが勝ったんですか、その…バトルライブ!」
「うーん。どうだったのかしらね。やることを決めたのはいいけど明確に勝敗を決める方法なんて誰も何も考えてなかったし。」
「なーんだ。」
「でもね、終わってからキャプテンに言われたの。私たちの負けですって。」
「どういうことっちゃろ?」
「もちろんダンスのクオリティとかそんなことで私たちが勝てるとは思ってなかったけど、キャプテン…清水先生が言うにはね、楽しそうだったんですって。」
「楽しそう?」
「そう、やってることはともかく、ハロプロヘッポコ部はとにかく楽しそうでキラキラしてたって。」
「キラキラ。」
「そう、そう言ってもらって嬉しかったけど、自分たちじゃわからないから。」
何となく恥ずかしげに道重が呟く。
その後、本来はその年の活動を終えるはずだったハロプロヘッポコ部だったが、清水の強い要請でダンス部のコンテストまで練習に付き合ったこと。
そのダンス部が全国大会で優勝したのが自分たちの事のように嬉しかったこと。
そんなことを語り終え、道重は肩の荷が下りたかのようにもうひとつふっとため息をついた。

まるで夢の中で話を聞いているかのようで生田と飯窪は暫く呆然としていた。
そんな中、声を発したのは勝田だった。
え?勝田?

「先生、その部活、私たちもやりたいです。」




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最終更新:2014年07月12日 02:15