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「伝奇(ジョニー)」(2016/12/18 (日) 23:15:41) の最新版変更点
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探偵業を営んでいる男吉は、いつものように事務所のソファに腰を下ろし、ぼんやりとノートパソコンでネットサーフィンを……まあ要するに暇を持て余していた。
有名な事務所であればひっきりなしに電話がかかってくるのだろう。
よくはわからないがきっとそのはずだ。
男吉の探偵事務所というイメージ像はそんなものだった。
だが彼は駆け出しの探偵だ。
開業してまだ1年にも満たない。
となれば当然、イメージとは全く違う現実がそこにあったとしてもなんの不思議があろうはずもない。
始めたばかりの頃は物珍しさに電話が殺到したり、毎日のように顧客が訪れたものだが、それも一ヶ月二ヶ月と時間が経つほどに少なくなり、今では1週間に二、三件の依頼がくるかどうかといった有様である。
もちろん依頼がこなくともやることはあるのだが、かといってすぐにやらなければならないような事があるわけでもない。
電柱の張り紙も、やりすぎたために若干警察や近隣住民からマークされつつあるので、仕方なく事務所のソファでのんびりとしていたという次第だ。
そこへ、珍しく来客が訪れたのだ。
男吉は吸い始めたタバコを慌てて消し、中へ迎え入れた。
ドアの向こうに居たのは30代後半から40代の女性、恐らくは主婦だろう。身なりは小奇麗で、実際の年齢よりは若く見えるのだろうが、化粧で誤魔化しきれないわずかな小皺が老いを明確に物語っていた。
主婦が依頼人となると、その内容もおおかた予想がつく。多いのは浮気調査と人探しで、希に子供のいじめに関する相談もある。
男吉の差し出した茶を一口すすり、湯呑をテーブルに置いてから、彼女はまず自己紹介をはじめた。
すかさずメモ帳を取り出し、すらすらと彼女のプロフィールを書き記していく。、
名前は宮島トネ。
世代を考えると、随分古めかしい名前だ。
軽く咳払いをしたので、本人も少し気にしているのだろう。
メモ帳に、名前に関する話題はNGと書き足した。
予想通り専業主婦で、三つ年上の旦那と、今年大学生になる息子が一人いるらしい。
続いて住まいと連絡先、さらに身分証を提示したところで、突然彼女の携帯が鳴った。
すみません、と一言残し、彼女はソファから少し離れたところで話し始めた。
やれやれとため息をつきながら、男吉は電話が終わるのを待った。
5分、10分、15分と経過し、ようやくトネが戻ってくる。
待ち疲れた男吉は丁度タバコを吸い始めたところで、一口しか吸っていないタバコをまたもや消さなくてはならなくなったため、流石に苛立ちが募る。
顔には出さず、あくまで笑顔を保ってはいるが。
「ごめんなさいね。ちょっとはずせない用事だったもので」
「いえ。お気になさらずに」
とは言うもののあまり悪びれない様子のトネに、思わず右ストレートをお見舞いしたくなるのをグッとこらえて、男吉は言った。
「それで、本日のご用件は……」
prrrrrrrrr。
再び鳴り出す着信音。
「あらやだ、ごめんなさい」
またもや席を外すトネ。
畜生、なんだこれ。
「それでねえ、その奥さんが言うにはね、吉岡さんの旦那さんと篠宮さんとこのお嬢さんが援助交際をなさってるって。私、もうびっくりしちゃって」
「ほう。それはいけませんな」
30分ほど経過し、戻ってそうそうトネが口にしたのは全くよくわからない世間話だった。
吉岡さんと篠宮さんが一体誰なのか。
男吉には皆目見当もつかなかったが、問いただすような愚行は犯さない。
無駄話が余計に長引いてしまうからだ。
あくまで笑顔で、相槌をうつ。聞き手の基本中の基本だ。
それだけだと、相手は自分の話に興味がないのかと思われてしまうので、適度に自分の感想を一言二言挟み、反応にバリエーションを持たせることも忘れてはならない。
「でもねえ、言われてみれば確かにお二人が一緒に歩いているのを、見かけたことがあるのよね。その時はなんとも思わなかったのだけれど、今にしてみれば確かにおかしなはな」
「おかしいのはてめえだ糞ババア要件をとっとと言えやコラァ!」
言うが早いか、男吉の右ストレートはトネの右頬を的確に捉えていた。
ソファに腰掛けていたトネはソファごと後方に大きく吹き飛び、壁に激突し、大きな尻餅をついて、そのまま静かになってしまった。
拳を突き出した姿勢のまま、男吉は数十秒ほど目をつぶり、開く。
トネに反応はない。恐らく気絶しているのだろう。
ふうと大きなため息をついて、男吉は腰を下ろし、タバコを吸い出す。
そして、
「まぁたやっちまったぁ……」
深々と項垂れ、ぼやくのだった。
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「あ」
「あ」
視線と視線がぶつかり合い、両者は同時に、全く同じ言葉を漏らした。
ドアノブから手を離すこともなく、互いが互いの姿から目を離せずにいる。
そのまま数秒程の時間が流れ、
「ええと、お邪魔しました」
そう告げたのは男吉ではなく、男吉の目の前にいる女だった。
20代前半、ロングヘア、平均的な身長に控えめなバストだが、身なりは整っていて、顔立ちは悪くない方だ……と、いつもの癖で男吉は瞬時にその女の身体的特徴を捉えていた。
「ああ、いや、ええと」
どうしたものかと考えていると、女はそれ以上何も言わず、やや訝しげな表情を浮かべたまま去ってしまった。
考えるまでもなく、客だったのだろう。
惜しいことをしたかもしれない。
後を追って話を聞くべきだったのだろうが、今、男吉はそれどころではなかった。
悔やみつつも、仕方ないと自分に言い聞かせ、ドアを閉める。
一応鍵をかけて、階段をゆっくりと一段づつ下り、周囲を警戒しながらビルを出た。
5月ももう半分を過ぎている。だというのに肌寒く、時折吹き荒ぶ風が男吉の身体を震わせた。
コートを着てくるべきだったと後悔しながら、目的地へと足早に移動を始める。
目的の場所は、そう遠くない。というよりそれはビルのすぐ裏側にある、ゴミ置き場だった。
「どっこいしょ……と」
掛け声とともに男吉は背に抱えていたソレを、敷き詰めるように置かれているゴミ袋の上へと放った。
「これでよし」
任務完了だ。やれやれ、などと呟きながらそのゴミ置き場を後にして、再びビルの中へもどろうとしたその矢先。
「あの」
唐突に声がかけられ、男吉はハッとなって振り返った。
そこに居たのは、先ほど事務所を出るときに会った、あの女だった。
「お、おお。なんですか」
「何してるんですか?」
率直に彼女は尋ねる。実に単純な問いかけだった。思わず返答に困ってしまうほどに、シンプルだった。
見事だ。男吉は心の中で賞賛を送る。
「……聞いてます?」
「あ、ああ。聞いてるぞ」
「いや、あの……」
彼女の怪訝な瞳が、一層濃さを増したことに危機感を憶え、男吉はシンプルに答えた。
「ゴミ捨てだ」
「ゴミ捨て?」
「ああ。見ればわかるだろ。ごみ捨てだ」
「あの女性が?」
「ぶふぉ」
咄嗟に吹き出してしまう男吉。
そう、彼が先ほどゴミ捨て場に放ったのは、何を隠そう、元・依頼人である宮島トネであった。
「死体遺棄ってことなんですかね、つまり」
「待て。人聞きの悪いことを言うな。まだ死んでないぞあれは」
「まだ?」
「いや、これからもだ。これからも死ぬことはない。いやいつかそのうち人は死ぬものだが、すぐには死なない」
「はあ」
「まあ少なく見積もっても、3、40年は確実に生きるだろうな。まったく人間って奴はしぶといもんさ」
「なんであんな場所に捨てたんです?」
「ん、まあ、他にこれといった場所もなかったしな……」
「そうですか」
と、そこで彼女はその場を去ろうとした。
男吉は慌てて彼女の手を取り、
「まて。どこに行くつもりだ君」
「や、警察署に」
「ぶふぉ」
再び吹き出す男吉。
咳き込みながらも、掴んだ手を振りほどこうとする彼女の手を、更に強く握り締める。
「待て。落ち着け。なんで警察なんかに」
「むしろ今警察署以外にいくべき場所はないんじゃないかと」
「いや、違うな」
フッ、と彼女の発言を鼻で笑う男吉に、彼女は疑問符を浮かべた。
「君が行くべき場所は他にあるはずだ」
「いや、特にないですけど」
「ある。あるはずだ」
「そんなこと言われても……」
「思い出せ。俺たちが最初に出会った時のことを」
「出会った時のこと?」
そこでようやく彼女はだん吉の手を振りほどこうとするのをやめて、かわりに思案を始める。
「そう。君が最初に俺の前に姿を現した場所はどこだ?」
「えーと、ここの事務所の前だったと思いますけど」
「その通りだ」
男吉は指を鳴らして、彼女を指差し、
「つまり、君はこの探偵事務所に用事があった。そういうことだ」
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「あんまりいい所でもないが、まあゆっくりしていってくれ」
「どうでもいいけど、なんでソファが倒れてるの?」
「気にするな」
言いながら、男吉は戸棚からカップを二つ手にとって、コーヒーメーカーの電源を入れた。
「君はコーヒー嫌いか? 紅茶ならあるけど」
「おかまいなく」
「よせよせ。若いのに変に気を遣うことはないぜ」
「や、別に欲しくないからいってるだけで……」
「お茶もあるぞ。お湯を沸かすのが面倒だから正直コーヒーにして欲しいところだが」
いつの間にか彼女の口調が変わっていることに気付いて、若干の違和感を覚えながらも、特に何も言わず男吉はテーブルにコーヒーカップを並べた。
「砂糖とガムシロップならある。ミルクはないけど」
「いらないってのに」
「ふむ」
口元に手を当て、彼女をじっと見つめる男吉。
その視線に居心地の悪さを感じたのか、視線を逸らす。
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松山男吉は探偵である。
25歳にして仕事もなく路頭に迷っていたところ、駅前の吉野家の傍にある電柱の張り紙にふと目が止まった。
探偵アルバイト、募集中。
日本ではあまり馴染みのない探偵という言葉に、男吉の心は揺さぶられた。
ただの好奇心と言ってしまえばそれまでだが、心惹かれるものがあるのは間違いない。
気付いた時には探偵事務所の門戸を叩き、契約書にサインしていた。
現実を思い知らされたのはその後すぐにだった。
ドラマや小説、漫画であるように、殺人事件の捜査を警察から依頼されるようなこともなければ、泥棒の犯行予告を受けて夜通し宝石店で警備につくようなことはない。
浮気調査のためにそこそこ稼いでいそうなオッサンの後を何時間もつけまわしラブホテルの前で丸々半日待ち構えたり、或いは30年前に蒸発したオッサンの30年前の写真と名前だけを頼りに聞き込み調査をしたりと
とにかく地味で根気のいる夢もロマンもへったくれもない、どうしようもない現実だけがそこにあったのだ。
探偵として独立しようと思い至るまでにさほど時間はかからなかった。
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[[伝奇]]の二階堂マオとかいうキャラクターの設定からうまいこと話を作ってやろうと画策し、そうそうに飽きた。
あの設定だけで書けるわけねえ。おわり。