「現代ファンタジーカッコカリ(ジョニー)」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

現代ファンタジーカッコカリ(ジョニー) - (2016/12/18 (日) 23:09:50) のソース

 妻と交際を始めたのは、大学生の時だった。
 当時の彼女は腰のあたりまで髪を伸ばしており、僕はその流れるような綺麗な髪が好きだった。
 しかし交際を始めた途端、彼女は長かった髪をばっさりと切り落とし、僕を、周囲を驚かせた。
 どうして髪を切ったのかと尋ねると、そんなに大した理由ではないからと口をつぐんだ。
 それから何度も理由を聞いてみたものの、彼女は一向に口を開こうとはせず、結局その答えを知ったのは結婚して子供が生まれてからになる。
 生まれたばかりの娘を抱きしめながら微笑む妻を見て、いつものように僕は問いかけた。
 すると妻は呆れた様子で、そろそろいいかと、ついに重い口を開いたのだった。

「失恋したからよ」

 意味が分からず、咄嗟に聞き返す。
 なぜ失恋をしたら髪を伸ばすのか、普通は逆じゃないか、と。

「失恋したら髪を切るって、要するに辛い思い出と一緒に髪を切り捨ててしまおうってことでしょ。
 それってただの逃避じゃない? 逃げるってことは、つまり過去の自分を否定するってことよね。
 私はいつでも今の自分が好きだから、過去の自分を否定したくない。過去を否定するということは、今の自分を否定してるのと同じだから。
 だから髪を切らないで、ずっと伸ばしてたの。切ったら、なんだか今の自分を否定するような気がしちゃって」

 どこまでも前向きな妻らしい答えに、納得しながらも思わず苦笑してしまう。

「実際は大したこだわりでもなかったんだけど。何となくそうしていたら、切りに行けなくなっちゃってさ。
それでほら、新しい男を捕まえてからなら、こう、無効になる気がするでしょ」

 気恥かしそうに、わかるようなわからないような言い訳を必死に続ける彼女の姿を見て、僕を笑いをこらえきれなくなる。

「するでしょ? するわよねえ。……ねぇ?」

 同意を求めても無駄だと思ったのか、妻は抱いていた子供に向かって話しかけ始めたのだった。
 幸せな日々だった。
 喧嘩をすることもあったし、時には辛いこともあったが、それすら含めて、僕達は幸せな日々を送っていたと思う。
 すべてが順調で、何もかもがうまくいっていた。
 このまま歳を重ね、子供はいつしか大人になり、結婚し、孫が生まれ、祝福に包まれながら、僕と妻は死んでいくのだと。
 そんな未来を、思い描いていた。

----

 中野製鉄工場は、今日も暑かった。

 山内町南部の工業地帯にある工場の中でも一際目立つ馬鹿でかい建物、それが中野製鉄工場だ。俺の勤務地でもある。
 ここは無駄にでかく、工場内で働く人数だけでも無駄に二百人以上居る。社員食堂は無駄に広く、無駄に高い。社員割引で五百円は頭がおかしいとしかいいようがない。
 どれだけ外面を取り繕おうとも、こういった部分にその会社の真の姿というものが現れる。間違いない。間違いなく、糞だ。
 その証拠に、工場内の空調設備は整っていなかった。入社前の会社情報にはしっかりと「冷暖房完備」と表記されていたはずだが、そんなものはない。
 あるのは扇風機だけ。それも業務用のではなく、一般用のものだ。上司に掛け合ったが、今は無理だと即答された。
 これからも変わらず暑さと暑さと暑さに心と精神と肉体を苛まれることだろう。

 この会社を一言で表すなら――糞ったれ、だ。

 近年、山内町では都市再開発事業が行われている。その影響もあって、工場は大変忙しい。
 元々夏場は一般受注が多くあるため多忙期になっているので、工場は朝から夜までフル稼働、六月の頭から残業も5時間に切り替わるという労働基準法を完全に無視したシフト形態になった。
 休日出勤も当然のようにあるので、社員はみな疲弊しきっている。

 その男、高山太郎もまた、同じだった。
 目は虚ろで、疲労によって肩は垂れ下がり、足を引きずるようにして歩いていた。
 無数のフォークリフトが行き交う工場内は風が吹けども蒸し暑く、全身は汗にまみれている。首にかけたタオルで額の汗を拭うが、数秒後には再び汗が吹き出すのであまり意味はない。
 高山は力なくため息をつき、重い足を動かして、出口へと向かっていた。
 午後5時。今日は休日出勤で、定時あがりを許可されているので、高山の足取りは、まあ、いつもよりは軽かった。
 恨めしそうに見やる同僚たちの視線が突き刺さるが、そんなことを気にしてはいられない。
 出口付近で自動販売機が目に入り、財布から硬貨を取り出して、適当にスポーツ飲料を購入した。
 がたんと音を立てて落下してきたペットボトルを手に取り、口を付ける。
 すると。

「休日出勤、お疲れさま」

 透き通るような声が聞こえた。
 聞き覚えのある声だ。振り返りもせず、高山は「おう」とそっけない返事をして、再びスポーツ飲料を口にする。

「高山君、今日はもう上がるのかしら」
「残業なんてやってられねえよ。今日で14連勤だぞ」

 心底嫌そうに顔を歪めながら、高山はそこでようやく話しかけてきた女性に向き直った。
 20代半頃の女性だった。これだけの暑さにも関わらずスーツを着こなし、平然としている。顔立ちは整っていて、いわゆる顔面偏差値は平均より上だろう、と高山は思っている。
 肩まで伸びた茶髪は暑いだろうに、しかし不思議と涼しげな印象を与える。一言で言うなら、そう、つまりは美人だった。

「毎年のことだけど、繁忙期だから仕方ないわよ。私も先週は休み無しだったし……」
「クーラーガンガンの事務所でのんびり椅子に座って電話番してるだけだろ。遊んでるようなもんじゃねえか。羨ましいねえ」

 鼻で笑う高山に、流石に苛立ったのだろう。彼女は目を細め、射抜くような視線で高山を睨め付けた。

「すいぶん言ってくれるじゃない」
「おーこわいこわい」

 高山はそれをへらへらと受け流し、ついでに空になったペットボトルをゴミ箱に放った。
 そしてそのまま出入口に向かって歩き出す。

「こわいから、俺帰る。お疲れー」
「あ、ちょっと待って!」

 追いかけてきた彼女が、高山の肩をがっしりと掴む。
 嫌な予感が、高山の脳裏をよぎった。

「飲みには付き合わねーぞ」
「そういうのは絶対誘わないから大丈夫。それより緊急の用事があって」
「さよなら」

 彼女の手を振りほどき、再度歩き出す高山。しかし逃げることはかなわず、今度は左手をがっしりと掴まれてしまう。

「高山君、残念だけど……」
「やめてくれ。聞きたくない。俺は忙しいんだ。帰って飯食って風呂入ってシコって寝るんだ」

 必死に引き剥がそうとするが、振りほどけない。彼女のどこにそんな力があるのか。
 恐る恐る彼女の顔を見ると、にっこりと微笑み、そして絶望的な一言を高山に告げるのだった。

「残業、頑張って」


----

 山内町のとある廃ビルに、夜な夜な黒い巨人が現れるという噂が、主に学生達の間でまことしやかに囁かれていた。
 八月の半ばに差し掛かっていたということもあり、肝試しにはちょうど良かったのだろう。
 男三人、女三人、計六名の高校生が、件の廃ビルへ忍び込んだ。
 当然、廃ビルは立ち入りが禁止されている。それぞれ両親には適当な理由をつけ、外泊するから二、三日家を空けると話していた。
 学生達が忍び込んでから五日経ち、連絡がないことを不審に思った家族から警察へ連絡が届け出され、捜索が始まった。
 七日目の夜、学生達は一向に見つからなかったものの、噂の廃ビルの中で、学生達の物と思われる衣服の一部が発見された。
 何かで引き裂かれようにぼろぼろになったそれには、大量の血痕が付着していた。
 警察は何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いと見て、大掛かりな捜索が開始されることとなった。



 ……先週の話だ。
 男――高山は気だるげに髪をかきあげながら、スマートフォンを取り出した。
 SNSを起動し、小指を使って簡潔な文章を打ち込む。

「現場到着。新入会し」

 変換が上手くいかず、誤字になってしまったが、気にせずメッセージを送信する。どうせ意味は伝わるだろう。
 数秒で返事がくる。

「変換くらい面倒くさがらないで。真面目にやって」

 うるせえとつぶやきながら、返信はせずにスマートフォンをポケットへと忍ばせた。
 さて、と、高山は目前に控える廃ビルの全体を見やる。
 数年もまともに手入れされていないため、外壁は見事に薄汚れていた。正面の窓ガラスも、割れているものが殆どだ。
 夕暮れ時のせいか、どこか哀愁を漂わせているように感じられる。
 赤く染まった廃ビルというのは、これはこれで悪くないと高山はうなづいた。状況が状況でさえなければの話だが。

「うし。行くか」

 意を決して、歩き出す。人目につくことはないだろうが、一応周囲を警戒してから、KEEPOUTと書かれた危険表示のテープをかいくぐり、中へと歩を進めた。
 入ってすぐの左手にカウンターがある。元はパチンコ店だったと聞く。そこが景品交換のカウンターなのだろう。カウンターの奥には何も置かれていない棚と、奥へと続くドアがあった。
 それらを無視して、さらに通路の奥へと歩いていく。
 開きっぱなしの自動ドアの向こうは、大きな広間になっていた。ここが一階のホールだろう。ぐるりと見渡すが、これといっておかしなものは何もない。
 壊れた椅子や広告のポスターがそこかしこに散らばってはいるが、それだけだ。
 二階へと続く階段を見つけ、高山はあくびをしながら登ってゆく。
 と。
 階段の一部が赤く染まっていたことに気付き、咄嗟に身構えた。
 うへえと顔を歪めながらそれを睨めつけるように凝視する。血痕だ。新しいものか、古いものか。そんなことは一切分からなかったが、恐らく例の学生達のものだろう、と高山は思った。





----

現代ファンタジーカッコカリとかいうよくわからん設定をよくわからんまま使って小説を書きました。
挫折しました。おわり。