愛を込めて花束を

みなしほ
TLみなしほ補足
鴨さん著「揺れるポッピングシャワー」
http://privatter.net/p/438494
の読後を推奨します。

美南の家に行くと、少なからず緊張する。
その緊張は、放課後、生徒会室で二人きりになってからずっと続いている。
隠しきれていないのだろうオーラに周りが示し合わせたように仕事を処理して帰っていって、美南と紫歩、二人だけになる。
毎日顔を合わせていて、話すことはそんなに特別な話題はない。
美南の口から生まれる、科学部の活動の話だとか、家庭のこと、彼女自身のこと。それらを、にこにこ聞いていられたら、紫歩は充足感に包まれる。
照明の煌々と光る中を、窓から見える暗闇との対比にくらくらしながら見回りしてゆく。今日は文芸部は綾葉の脱稿祝いに一週間休みであるし、漫研部の賑やかな面々も帰っているらしい。たまにダンス部の先輩が一人、音楽に合わせて夜遅くまで練習していたりもするが、それもなかった。演劇部も、あの少し流れる時間のゆっくりしたメンバーたちは帰って行ったらしい。
やたらと賑やかな屋上にも、空色のセーラーの親友や、彼女に熱い視線を注ぐ二年の先輩も居なかった。二人乗りで帰る姿を頻繁に見るようになってから、少し経つ。距離は縮まったのだろうか。
クールな美貌で赤タイツの風紀委員長も帰ったらしい。美南には、近寄り難いのは見た目だけで普通の子だよ、なんて笑われたけど、紫歩は風紀委員長のことが憧れだった。
美術室も、真っ暗だった。そういえば今週は何かと予定が立て込んで、行けなかったと思う。あの、あひゃひゃ女がそれをどう感じたかはわからないが、さみしい。来週になったら、昼休み、一緒にコンビニでも行くか、と勝手に予定を決める。
なんとなく、人の気配を察する。ヒールの音がかすかに聞こえる。
背筋がゾッとすることはなく、ああ、きっとあの人か、と美術室から離れた。
隣にいる美南には、そのコツコツと歩く音も聞こえなかったようだ。
意地悪な人ね、と内心クスクスしてしまう。それに存外シャイなのだろう。美南のことが好きだから、わざと姿を隠しているに違いない。
図書館も消灯、施錠されていた。一公立高に相応しくない、あまりに立派な図書館が暗闇の中でも、少ない灯りに照らされて、ぬぼおっとそびえ立っている。借りっぱなしの本があることを思い出し、月曜の朝一番に返さないとな、と予定が埋まってゆく。
会話をすればするほど、冬に向けて着込んだ真っ黒のカーディガンが外気を吸い込んでゆくほど。
身体は熱くなる。顔と冷気の差に、肌がぴりぴりする。
「大丈夫? 紫歩」
「ええ……何でもないの」
「紫歩はそうやって何でもかんでも隠すからなあ。ちゃんと私に頼ってよ?」
「うん。あなたに伝えなきゃいけないことは、ちゃんと言うから」
少し視線の下にあるお団子が、ひょいっと揺れる。自分より明るい髪に、明るい虹彩は暗がりの中でもきらきらして見えた。
母親じみた慈愛の目線に、心臓が高鳴りだす。
旧校舎は見回りの範囲ではない。電子の防犯センサーが入り口についている程度で、生徒には立ち入り禁止を申し付けているのだから、という判断だった。
今のところ、目撃情報も上がっていない。
美南は真面目だから、きっと真っ当な理由以外で訪ねたことはないだろう。
三年の、あの雀が煙草の煙に、小さな小さな鳴き声を乗せていることも、きっと知らない。
紫歩は煙草が嫌いだ。母も、二人の父も煙草を吸わないから、鼻がまったく慣れない。
たまに気分を変えに遊びに行くと、先客として鎮座しているあの雀には嫌味をよく言われるし、言ってしまう。何もやましいことはしていないし、するつもりもないが、きっと美南は良い顔をしないだろう。
美術室に足繁く通うことも、それは中学からの習慣だと知っていても、どこか寂しげな顔をして話を聞く彼女だ。
下手に誤解を招いたり、傷つけてしまうなら、言いたくはなかった。
美南が思っているほど、紫歩は綺麗でも美しくも何ともない。世俗の欲に塗れた、ただの15歳だ。眩しそうに見つめられると、嬉しいのに、どこかで、この人が見ている間宮紫歩は本物なのか? と疑問に感じられてしまう。

「じゃあ、帰ろっか」
ようやく繋がれた手は、またとなく温かかった。
紫歩の不安を塗り替えるくらいに。
寒さゆえにゆっくりと歩く。秋冬用に厚手に変えたタイツでも、風が通ってゆく。スカート丈を長くしたら温かいのか、と思うが、自分のファッションの信条上、嫌だった。
隣の美南は寒がりではないのか、元気そうである。
ちらちら見ていると、視線に気づかれた。
「私の顔、何かついてる? 何か、今日のあなたはたくさん考えごとをしているみたいだけど」
「取り留めもないことよ」
「そうやって隠される方が、つらいんだよ? ねえ。私たちは付き合ってるんだから、さ。あなたが人に自分の気持ちを吐露するのが苦手なことは知ってるし、理解してるんだけど。やっぱり、ちゃんと言ってほしいな。時間がかかってもいいから」
「うん……」
「ごめん、私も結構、感情的で、一言に留めておくつもりが言葉をぶつけちゃうことがあるんだ。追い詰めたり、怖がらせたいわけじゃないんだけど、怒ってる、ように聞こえちゃうかな」
美南の家は目前で、家に入ってから話をしたらいいのに。
暗い中でも一番明るい電柱の下で、見つめ合う。
車も人も通らない閑静な住宅街。闇に溶け込む私とは違って、美南はクリーム色で、光の色をしている。
「それだけ言ってくれるのは、私のことが好きだからで」
「うん。あなたのことが、好きだよ。紫歩」
「ありがとう。一人きりの家に帰っても、あなたがいるから寂しくないの。この世界に、自分はたった一人じゃないと思えるから」
美南は、私の両手を握った。抱き締めるにも、万一窓から見られたら、ご家族に知られてしまうから、踏みとどまっている。
「そっか。良かった」
「たぶん、明日からいきなり、はっきり口にできるように、なんてはならないと思うわ。私が、頑張って、頑張ってやっと私が今どう思っているかを伝えられるようになる。時間はかかると思うの。癖、だし、生き方、だから。秘密がいっぱい、に思えるかもしれないし、不安にさせてしまうと思うけど、待っててほしい。美南のことは、本当に好きなの……あなたがいいから」
簡単に私は涙声になってしまう。簡単なことで泣く女なんて、嫌な奴なのに。
「うん……このままだと、紫歩が泣いちゃいそうだね。家、帰ろっか」
自分より背丈は小さな、一つ上の恋人に、手を握られて、柔らかな温もりに包まれたお家に招かれる。
紫歩はゆっくり目を閉じて、涙を引っ込めた。

ご家族に挨拶を済ませ、スマホのゲームやろ! と元気に声をかけてくる、美南の妹のつぐみの頭を優しく撫でる。
美南はきちんと、紫歩が泊りにくることを事前に伝えているから、椅子も用意されていて、一緒に出来たての料理をいただくことができる。
遠い昔は、こんな景色を毎日見ていた気がする。確かにあったような。
気を遣ってもらって、会話も弾む。時間は過ぎてゆく。
お風呂には先に入っていいよ、と言われ、自宅だったら一時間でも二時間でも楽しむところを三十分に留めてあがる。
美南はもう少し短い時間で部屋に戻ってくる。その間、スマホでファッションサイトをチェックしているだけで、なるべく夜のことは考えないようにしていた。
「あの、さ」
後は寝るだけ、だがベッドそばに座って暇つぶしにストレッチしている紫歩に美南が声をかけてくる。
「……美南?」
「伊織とは、その」
「ああ、伊織とは……褒められた関係じゃなかったわね」
一つ上の、美南と同い年の、紫歩とはまた違う病的に細い短髪の彼女。美南が振り向く日が来るとは知らず、彼女と不埒な遊びを−−生きるために、死なないために、互いの肌で心臓の音を聞きあったのは事実だった。伊織曰く、校内で抱き締め合っていたのを美南が目撃したことがあるらしいのも聞いている。
「私、ちゃんと紫歩の口から聞きたくて。過去の話だとはわかってるんだけど、さ」
じいっと美南の顔を見つめてしまう。考え込むと、相手を見てしまう。普通は、怖いと怒られるが、美南は視線をそらさない。
「ねえ、美南。伊織とは、途中まで、しかしてないの。途中までって言うと、変かもしれないけど。やっぱり、ちゃんと付き合った人のために最後は取っておこうって」
しばし沈黙が流れた。美南は美南で、考え込んでいるようだった。真向かいで、見慣れないおろし髪に、リラックスできるからか、いつもより幼く見える様子に、何を考えているのかはか読めない。
「教えてくれて、ありがとう。ごめんね、付き合ってない時の話なのに、詳しく話せ、なんて言っちゃって。でも、知りたかったんだ。紫歩のことだから」
美南が近づいてきて、ふわ、と抱き締められる。
紫歩はそれだけで泣きそうになった。
「ちゃんと話してくれたよね。私、嬉しい。紫歩が、自分のことをあんまり話さない紫歩が、ちゃんと、私をあなたの領域に許してくれたんだって思えるから」
耳元で囁かれ、身体がびくっと跳ねる。
今まで何度もハグもキスもしてきたが、雰囲気が違った。もっと、濃厚な何かがある。
「紫歩は、私と、したい?」
「……うん、もちろん」
「良かった。じゃあ、電気暗くするね?」
「……はい」
豆電球に照らされて、何度もキスをする。寒くないように、ベッドの中に招かれる。不慣れな美南の震える手が、紫歩の肌を揺らす。
溢れる涙は、至上の喜びゆえに流れてゆく。

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最終更新:2014年12月20日 18:33