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絵空事の具現化

セーラー、一年生みずしほ。城村優雨花ちゃん友情出演。
ないぞうさんのイラストがすべて。
絵空事の溺死の続編です。

城村優雨花でも目を白黒させる時はある。
一週間前の席替えで前になった、黒のセーラー服の彼女が、いらいらしている。その棒のような細い足を何度も組み直しては、シャーペンをプリントに叩きつけていた。
感情が表に出やすい子なのだな、と改めて思う。

彼女をそんなに怒らせるのは、たった一人しか思い当たらない。

優雨花と、目の前の間宮紫歩のいる、このクラスは三組で、紫歩を怒らせたのは一組の雑賀瑞生だろう。
優雨花の持つ美少女手帳でかなりの割合を占める二人だ。趣味は美少女ウォッチだと言ってはばからない優雨花が、入学式前の入学説明会で目をつけた二人だ。セットでとんでもなく可愛い子がいる! と浮かれたのは今も記憶に新しい。165cmという女子の中では長身の部類の優雨花と、ほぼ変わらないであろう身長で、少しだけ猫背気味のショートカットの少女と、頭半分ほど低いロングヘアーの少女。彫刻めいた彫りの深い冴えた美人と、目のぱっちりした華やかな美少女。しかも、この二人は旧知の仲のようで、にこやかに話している。
説明会はそっちのけで、優雨花の視線は二人に注がれていた。
話しかけようと思った矢先、自身の知人に声をかけられ、見失ってしまった。
必ず、入学したら話しかけて、そして仲良くなる、と固く誓った。
神様は微笑んだと言えるのか、片方と同じクラスになることに成功した。
歴史の長い公立女子高でありながら、自らの意思で布を選びデザインを選ぶ、特殊な制服システムで、よりによって間宮紫歩は地味な黒のセーラーを選んでいた。
とはいえ、目を凝らせば、スカートのサイドには大きめのリボンがついているし、前も巻きスカートめいた意匠で、彼女なりに楽しんだ結果なのだ、と思い至る。カラフルな中で、黒というのは大変目立つので、優雨花としてはありがたかった。
話しかけ、最初はつっけんどんな対応をされたものの、そんなことで諦める城村優雨花ではない。
可愛い子とは安易に軽率に仲良くなりたいんだ! と叫ぶ彼女の熱意に、紫歩は折れるしかなかったようだ。
演劇部に入り、他のまだ見ぬ可愛い子を探す優雨花と、生徒会と文芸部に入り、まったく動きが読めず、何をしているのか友達である自分も知らない紫歩は、そこまで話すこともなかった。授業と授業の間なら予習、復習で話しかけられないオーラを放っているし、最も楽しい時間である昼休みに、紫歩はほとんど教室にいなかったのだ。
何があったのかは詮索できないが、夏に向けて気温を上げてゆく世界の中で、紫歩は弱っていっていた。カフェオレを飲んでいる姿は目にしても、何かを食べている姿はレアで、授業中も真っ青な顔をしていることが多かった。
話しかけるな、構うな、という手負いの獣さながらの唸り声が聞こえるようだった。
元から細身だったのに、制服から見える足や顔すら痩せてきた時は、さすがに視線を逸らしそうになった。
歯痒くもあった。
可愛い子が苦しんでいるのに、何もできない、だなんて。
体育で走っていて、突然倒れた時なんかは今も忘れられない。そのことを後から知った瑞生の凄まじい顔も忘れられなかった。
人の目から光が失われる瞬間、というのは演技をしていても、なかなか出来るものではない。
軽率で安易なことはできるが、誠実で深刻なことはする勇気がなかった。

だが、さして仲良くもないクラスメイトたちですら、紫歩の異変に気づき出してすぐに、紫歩はなんとか立ち直るきっかけを得たようだった。
優雨花の観察の結果では、おそらく生徒会長であり二年生の甲埜美南という、小柄で優しい美少女の尽力が最も大きかったように見受けられた。

夏休みを終えて姿を見せた間宮紫歩は、いつの間にか今まで見た中で最も元気な姿だったのだ。もっと仲良くなったら、きっと話してくれるだろう。そう思い、今は距離を縮めているところである。


美術室に優雨花と同じ身長のあの美少女が居ることは春先にすぐに知れ渡った。中学卒業間際に出していたらしいコンクールの結果が返ってきて、全校生徒の前で、雑賀瑞生は表彰されたのだった。
美術部員であり、絵もものすごく上手い。
美術室に出向いて、彼女と共に絵を描くという経験を経て、ぐっと距離が縮まった。
もしかしたら人が嫌いというタイプなのかも、と不安に思ったことはあったが、話しかけてみれば、北欧人のような透き通る金髪に染めている彼女は、気さくだった。
そこに、間宮紫歩が度々訪れることがあり、優雨花よりも先に訪れていることもある。
入学前から目をつけていた二人の関係は、中学の同級生なのだという。とはいえ、三年になってから知り合ったらしいが、幼馴染のように気が合っていて、何とも仲睦まじかった。
優雨花と仲良くしてくれるのが一番であるが、美少女同士が二人で、優雨花の中ではいちゃいちゃしてくれるのは至高である。
「いちゃいちゃしてるね」
と言うと、ステレオ攻撃で否定されるのだが、あれは絶対にお互いのことが好きだ、と優雨花の勘は言っている。
伊達に美少女ウォッチをしてきたわけではない。瑞生一人だけの時だと、時々扉を見て、黒のセーラーを待っている。そして実際に来ると、嬉しそうにしている。紫歩とて、瑞生の話を振ると、顔が穏やかになる。どんな表情でも、女の子は可愛いのだけれど、瑞生は無愛想だし、紫歩はむすっとしていることが多いのが玉に瑕だと失礼ながら思っている。そんな二人が、お互いがいると途端に顔が華やぐのだ。普通の友達なら、ここまではあからさまじゃない。
恋だ、と思う他なかった。
前期の、紫歩のおそらくは拒食だろう行動を、瑞生がどうケアしていたのかは知る由もない。
とにかく、現に紫歩は復活を遂げた。細すぎて不安になるほどだった体型は、じわじわとあるべき筋肉と脂肪がついてきている。



だからこその喧嘩なのだろうな、と、やり終えたプリントに落書きしながら考える。
自習時間の煽りを受けて、隣のクラスに注意されないぎりぎりの音量で少女たちは話し込んでいる。この喧騒の中なら、どんな話も周りに漏れないだろう。
恋の話題はデリケートだ。
紫歩の自分のことはあまり多く語らない性分を見るに、聞かれたくはないだろう。
声をかけて話を聞くべきか迷っていたら、本人がくるりと振り向いた。
「ねえ、話聞いて」
「うん、いいよ! 紫歩ちゃん今日も可愛いね」
「ばか、真剣な話なんだから。……瑞生と喧嘩してるのよね」
「どうしたのさ」
「向こうが、突然怒りだしたの。私が何を考えてるかわからない、って。理不尽よね? 私はいつも瑞生のことを考えてるのに」
「……ん?」
「今のなし、いや事実だけど。優雨花には話したこと、あるわよね?」
ほんの一週間前に、嵐のような勢いで、瑞生が好きなのだと聞かされた。
知ってるよ! と演劇部で鍛えた大声を張り上げそうになったが、堪えた。
見た目からは想像つかない激しい性格の紫歩からは考えつかないような、初恋を楽しむ少女そのものといった内容に、優雨花は、にこやかに相槌を打っていたばかりだ。
「うん」
「で、そろそろ告白しようと思った矢先にね。牽制球みたい。私、やっぱり瑞生に嫌われてるんだ……」
「そんなことないよ! 絶対、瑞生ちゃんは、紫歩ちゃんのことが好きだよ!」
「そうなのかしら」
紫歩は横を向き、黙りこくって外を見ている。窓際の席は夏なら熱くて座れたものではないが、秋が深まるこの時期なら程よくあったかい。
優雨花の後ろでは、鍋島雪恵というアルビノのことさらレベルの高い美少女が、さながら猫のようにすぅすぅ寝ていた。

紫歩は考え事をする時、相手の目をじいっと見つめる癖がある。見つめられて嬉しさいっぱいだが、不機嫌そうな顔で見つめられると、何も特に理由はないが怒られるのかと身構えてしまう。
「もし、私が好きって言ったらどうするの? って試しちゃったのよね」
「ああ……」
「わかりやすくて。筆は落とすし、顔は真っ赤だし、口は何かもごもごしてるし。でも、私もそこから先は言えなかったの。そしたら、怒り出して。私の感情を弄ぶな、って」
紫歩の臆病な性格なら、そう言うだろうし、言われてパニックになる瑞生も容易に想像がつく。
「それが月曜で、金曜の今日に至るまであいつは美術室の鍵閉めて部活してるの。どう思う? 腹立たない?」
美術部の部長はそういや引退しているから、実質あの部屋には瑞生しかいない。
時折、美少女の気配を感じさせて、ハイヒールの音が聞こえることはあるが、優雨花はまだ何らかの存在を認めたくはない。
一人きり、広めの美術室で、鍵を閉めて、黒セーラーの彼女の影にびくついているのだろうか。
優雨花は瑞生サイドの話も聞いていた。聞かせて! と盛り立てたのは事実だが、そこは各自のプライベートの領域である。話してくれる仲になれていたことが、嬉しいが、まさか二人を繋ぐ存在にまでなるとは思ってもみなかった。
優雨花が何と答えるかで、この二人の恋の行方が変わる。観察者としてあるはずが、もはや当事者になっていることに、目が白黒する。
「瑞生ちゃんも、真剣なんじゃないかな? あの子、すごいよく考える子だよね。瑞生ちゃんのことは、紫歩ちゃんの方が絶対! 詳しいんだけどさ。たぶん軽率にできなくて、でも、紫歩ちゃんと向き合うのはまだ怖い、んだと僕は思うよ」
「怖い……か」
「だってさ、紫歩ちゃんが本当に冗談だったら、瑞生ちゃんは大ショックだよね。振られちゃったも同然になるし。これから二年半気まずいと思う。紫歩ちゃんが気にしない、友達でいよう? なんて言っても、瑞生ちゃんは割り切れるタイプには思えない。できるなら遠ざかっちゃいそう」
「それは嫌」
「だからさ、紫歩ちゃんがイライラするのもすごくわかるんだけど、ね。紫歩ちゃんから、言わないと難しいんじゃないかなあ」
「私から何を?」
「まず謝るしかないじゃん。怒ってるんだから、向こうは。かつ、冗談なのか、冗談じゃないのかだよ。紫歩ちゃんは瑞生ちゃんのこと、好きなんだよね? 付き合いたいって言うくらいには」
「ええ」
「だから、私は本気なの、ってのを伝えないと」
シャーペンをくるくると回しだす。穏やかな日差しの中で、少しウェーブを描く柔らかそうな髪の毛は栗色に染まる。
「そうね。私が、言うしかないのよね。ありがとう。言いにくいことも言ってくれて」
「いやいや、とんでもない。僕は可愛い子たちを全力で応援してるだけだから!」
「ひひっ、優雨花も、恋話聞かせなさいよ?」
「僕は、そのうち」
紫歩は言い淀んだ優雨花に対して、にたぁと笑った。そうやって奥深くまで察して、察したことを伝えるから魔女って呼ばれるんだよ、とお節介な発言を喉元で必死で止める。
あとは、紫歩がどうするかだ。話は聞けるだろうし、見たらわかるだろう。
他にも心配していた三年生の日比野礼望に、今日は何もしないであげてください、とメールをしておくか、と授業終わりのチャイムに思った。



廊下を足音鳴らして、ずんずん歩くと勝手に生徒たちが避けてゆく。遠巻きにされるのも白い目で見られるのも慣れている。
今はそれどころじゃない。
優雨花の言うことは尤もだと頭ではわかっていても、心はなかなか聞かん坊である。
相手に告白して欲しいとはわがまま言わないが、鍵を閉められたのは相応にショックだった。
瑞生の絵が好きで、瑞生のことももちろん好きで。
一度、彼女が授業中に、彫刻刀で利き手の人差し指を深めに切ったことがあった。
器用な彼女らしくないミスだと思ったが、何よりその後が凄まじかった。
絵筆を握っても、感覚が違いすぎて絵が描けないと真っ白な顔になっていた。
−−なあ紫歩、私がもし、絵が描けなくても、お前は私の隣に居てくれるのか?
切なげな声で訊かれた時は、さすがに胸が締め付けられた。
自分が夏休みの間に食欲も体重も戻して復活したばかりだったのに、一時期の癖が戻って胃酸が駆け上ってきそうになった。
−−馬鹿言わないで。私は、絵目的であんたのそばにいるんじゃないの。あんたのことを、無二の親友だと思ってるわ。
とっさに出た言葉は、普段なら口にしないほど、本音だった。
途端にこちらも顔が熱くなり、向こうも真っ赤だった。
それから、少しして、これだ。
告白まがいのことをすでにやっているだけに、不器用なことをせずに、あの時点で言ってしまえば良かったと内省する。
美術室に辿り着くと、案の定、鍵は閉められている。
「雑賀瑞生! あんた、いるんでしょうが。何逃げてんのよ私から。逃げられると思ってんの? 逃がさないわよ。私は瑞生のことが、好きだから」
手で叩くにも痛かったので、足でドン、とドアを蹴りつける。意外と力が強かったのか、かなりの音を立ててドアが揺れた。
器物損壊! と怯えつつも反省文を書くのと、大事な人と疎遠になるのなら、百枚でも反省文を書いてやると開き直る。
「瑞生! 鍵開けなさいよ! 聞こえてる?!」
ドアをガンガン蹴り飛ばす。
耳が良い彼女にはかなりの轟音として聞こえているだろう。
ドアのすりガラスに、人影が近づいてきた。
がちゃり、とドアが開く。
「瑞生……」
眠れていないのかクマが凄まじい。
すごい顔、という言葉は、瑞生からの抱擁によって吸い込まれた。
今まで、彼女に触れられたことなんてない。紫歩もなかなかのスキンシップ嫌いだが、輪にかけて瑞生は嫌っていた。優雨花や礼望というさり気ないスキンシップが上手いメンバーに囲まれて、変わったのだろうか。
「紫歩」
「うん……?」
「好きだよ」
「……ん」
聞いたことがない、不安げな、絞り出すような声が耳に届く。
「私と、付き合って欲しいんだ。もう我慢したくない」
「私も、好き。瑞生のことが大好き」
「本気で言ってる? 私を弄んでないか」
「誰が今ここで冗談なんか言うの。絵が好きなだけなら、毎日のように美術室に普通は来ないでしょ。前から、ばれてると思ってた」
瑞生の抱きしめる力が、一段と強くなる。制服越しに互いの熱が通い合う。
「……ずっと、不安だったし、変な期待もしてた……紫歩はきっと、私のことが好きなんだ。だからこうしてくれるんだ、と。でも、やっぱり、言わなきゃわからないだろ。私にはお前しかいないけど、お前にはたくさんいるんだし」
「……あんたしかいないわよ」
ぐす、と泣きそうになっている瑞生の背中に腕を回す。スレンダーな彼女の身体を、手で感じる。悩みごとがあると紫歩は食べなくなるが、瑞生は寝れなくなるらしいのは知っていた。
「ありがとう」
「こちらこそ……」
すぅ、と瑞生の力が抜けてゆく。
まさか、と思いつつ、うとうとしている瑞生を美術室の中に連れて行く。
いつもなら紫歩が寝ている椅子を三つ並べたところに、横たえる。
たぶん、またこの件で自己嫌悪に陥るんだろうなあ、この子は、と思いつつ、起きるまで、起きてからも、これからも手を繋いでいることにした。
大きくて、温かい手だった。