新しい絵を描こう R18

黒田さんの書かれた長編みずしほの二人をままお借りしております。
こちらの一覧、最下部の『タイトルは、欲望。』から順にお読みになったこと前提かつ、
花びらは夜開く
こちらのお話の続きを許可を得て書かせていただきました。
力不足ゆえ蛇足でしかないとは思います。黒田さんの作品たちは、本当に素晴らしいみずしほでしたので、触発されました。快く許可いただき、誠にありがとうございます。


あの、日記帳を見てしまった時は、こんな部屋ではなかった。

どこに座ったらいいかもわからず、勝手に部屋を漁って読んだ結果、紫歩の運命を、そして、瑞生の運命をも大きく変えた。
あの時は知ってしまったことを、なんとか取り繕って隠した。読んだわ、だなんて言えるはずもない。彼氏がいる以上、そして、彼氏との結婚を真剣に考えていたからだ。温かい家庭という普遍的なものに、憧れていた。家に帰ったら電気が点いていて、仲睦まじい男女の姿がそこにはあり、二人の愛を思う存分に受ける子どもの姿。
早く早くと夢見ていた。
だが、瑞生の日記を読んでから、我に返ることが多くなった。
これから、どうしてゆくべきか。
道に迷うようになった。

高校の一つ上の先輩である鶴留沙冬子が、紫歩が狙っている市役所に受かったと知るや否や、対策をとことん訊いた。勉強を重ね、公務員試験を受け、沙冬子の後輩となることが決まった。
高校の時から、その氷のような美貌と、どこか抜けている可愛らしいキャラクターに心底、紫歩は惚れ込んで懐いていた。
懐いている様を見た瑞生には、お前あんなキャラじゃないだろ、と冷ややかな目で見られるくらいには。
最初から良き先輩が一人いるという心強さもあって、仕事はいたって順調だった。くじ運は高校の時から恵まれているらしい。悪癖である部分は猫被りと揶揄されようが隠し、特に嫌われることもなく、堅実な仕事を日々こなしている。
安定した職を得て、想像通りの社会人生活が始まり、彼氏とのデートの回数も減り、また、瑞生と予定が合うことも減った。仕事中、隙を見つけて、パソコンの検索欄に雑賀瑞生と入れるのが息抜きになった。
彼女の名前一つで、彼女の勤務先のサイトが出てくる。そこには最新の仕事まで、ずらりと記されていた。
印刷すると息抜きがバレるので、手帳にメモを取った。
彼女にはわざわざ言わなかったものの、表紙を担当した文芸誌は購入したし、瑞生のような若手作家、デザイナーの有志によるグループ展は休みの日に必ずや足を運んだ。瑞生がそこで、ヒーローインタビューかのごとく囲まれているのを、遠巻きに見つめていた。
その時点で、彼氏を誘って行くのはやめた。
彼女が嬉しがらないことを知っていて、できない。
瑞生という人が、どんなキャラクターであるか、紫歩は誰より把握している自負がある。口には出さないものの、あんなに熱い心を持った彼女が、誰かを愛するというのであれば。それがいかに青白く燃える炎めいた想いになるか、想像は容易かった。
どうしたいのだろうか。
このまま、どうなりたいのか。
彼氏と結婚して、子どもを産み、育ててゆくために選んだ職であり、始まった社会人生活であったのに。
結婚したい、と彼にわがままを言うことは減っていった。相手側の性格や経済力に、なんの不満もなかったけれど、ただ、彼の髪型や背格好が似ていることに、今さらになって気づいてしまった。
後に智由利から指摘されて、他人にまで筒抜けだったか、と悔やむばかり。
きっと初めから心は彼女の元にしか、なかったのだ。
だが、紫歩はそこまで器用な人間ではない。精神的にも脆い自覚がある。
道に迷うしかなかった。
だが、それを彼氏にも瑞生にも悟られたくなかった。
三年が経ったある日突然、青天の霹靂のように訪れた、彼氏からの離縁宣言を聞くまでは、隠し通せていると確信していたのだった。
慢心だった。
野村茉莉として今では美しすぎる若手女流作家、という、冷やかしめいた響きを本の帯につけられながら、スターダムを駆け上っている菱沼綾葉と、彼女のアシスタントである灰原実花が、大学時代に付き合いだしたと聞いた昔。何か頭を強く殴られた衝撃を受けた。ふらふらと大学のキャンパスを歩いていて、大丈夫? と声をかけてくれた。そういえば、彼は入学してすぐのタームの同じ教養クラスだった。
今は元気にしているだろうか。
あんなに、苦しそうな、何か我慢した顔で振られた理由は、後に瑞生から聞いて納得した。
周りばかり見つめて、自分のことを、とんと省みなかった。傷つけてばかりだ。
身勝手ながら、彼の幸せを祈る。
何もかも包み込んで、許してくれる恋人が、今、紫歩の隣には居てくれる。その幸せを、彼もまた味わってくれていれば。

部屋というものは整理されすぎると、落ち着かない。
紫歩はごちゃごちゃした部屋が好きだ。圧迫感で落ち着く。部屋が汚い人は寂しがりやだという俗説を、紫歩は痛感しているし、この歳になると、私はそういう性格なのだと認めるしかない。
瑞生から自慢げに部屋を掃除した、と写真付きのメッセージが飛んできて、持ち前のセンスを発揮しやがって、と唇を噛みつつ、自宅を掃除したが、いかんせん、物の絶対的な数が多すぎる。
溜め込んだ雑誌に、着なくなった派手すぎる服に。
そういえば付き合いだして、瑞生からの連絡が来るようになった。スマホの画面に瑞生、と発信者の名前が出るだけで、心が晴れる。
意識しすぎるあまり連絡の一つも自ら取れなかったのだろう。来ないなら来ないで紫歩から電話して、約束を取り付けるが、やはり相手から会いたいと言われる喜びはひとしおである。

--今度は、私も部屋をこれくらい綺麗にしてやる、と誓いつつ、出された瑞生お手製の食事をぺろりと平らげた。
彼女の凝り性かつ器用さは何にでも発揮される。泣きながら食べた粥だって美味しかったし、今日作ってくれたアマトリチャーナだって、この前二人で行ったイタリアンより紫歩好みの味付けだった。
紫歩も対人の記憶力には自信があり、仕事もこの長所で上手く回っている面があるが、瑞生の記憶力もさながらだった。紫歩が美味しいと言ったものは、覚えている。惚気て言うなら、自分専用のシェフのような彼女が居る。
そのため、紫歩は料理をする機会を喪失した。
今度のバレンタインには、せめて手作りをあげたいが、どうせ千倍美味しいものを貰うのだ。
たまに、料理の不得手を口にしたら、私は別にお前が作ってくれたものなら何だって美味しいよ、と、はにかんだように笑ってくる。
その顔はずるい。瑞生がめったに見せない、幼い笑顔には、見惚れてやまない。

歯を磨き、生まれつき血色の悪い唇にグロスを少しだけ塗る。
洗面台から部屋に戻れば、瑞生の声が飛んできた。
「そういやお前、食欲も戻ったんだな」
「昔より食べるようになったわよ」
そうだな、と瑞生は頷く。紫歩が食べるようになったからこそ、瑞生の料理の腕はますます上がったのだ。
「健康的になった。顔色だっていい」
「ありがとう」
「……生理不順もましになったのか?」
「ああ、うん。高校の時からずっとピルは飲んだままだけどね。生理がいつ来るかわかるから、便利だわ。この歳になって、ようやく、地に足着いたって思うもの。10年前は、ろくに生理もこないし、まずご飯も食べられないことが多かったし。家のどこかにセーラー服置いてるんじゃないかしら。あの喪服」
紫歩が食事の後片付けを手伝おうとしても、お前が水仕事に慣れてないのは、その綺麗な手を見たらわかるから、座っといてくれ、と制止された。最低限しか置いていないから、割られたくないのだ、と。
喪服、と紫歩が言った途端、あひゃひゃと瑞生の魔女笑いが響いた。
「何よ」
「いや、そうだと思って。まさに喪服だったよな。あれだけの選択肢の中から、黒を選ぶなんて、お前あの時は頭おかしかったよ」
「うるさいわね! 入学式の時点であんたには散々、何だその喪服って馬鹿にされたの忘れてないわよ?」
「ああ、でも。お前があの集団の中では、目立つ恰好だったおかげで。どこからでもお前の姿は見つけやすかったよ」
「あれだけ馬鹿にしておいて今さら……」
二人の声を遮る水音が止まった。食器はすべて、片付けられ、瑞生は手を拭いてから、紫歩の隣に腰掛けた。
付き合いだしてから、じわじわと瑞生との物理的な意味でも、精神的な意味でも、距離が縮んでいることに紫歩は気づいていた。
むろん、明確な瑞生の意思でのことだ。
「今さら、だから。言えるんだ」
水に触れていたせいか、一段と冷たい瑞生の手が肩に触れる。
今でも、生来のスキンシップ嫌いは変わらない。
生理的に、身体が跳ねてしまう。瑞生はそのことをわかっているから、驚かない。でも、近いうちにはこんな拒絶反応もしない自分になりたい。
「あの時から、ずっとお前は美人だったよ。だから、どんなきついことでも言えたんだ」
反論しようとした矢先、顎を掴まれて、瑞生の側を向けと暗に指示される。
目を閉じれば、少しの間を置いてから、柔らかな唇がちゅ、と音を鳴らして触れてきた。
触れるだけでは物足りないのか、瑞生の舌が、紫歩の唇を割り開く。
この関係になってから、こうやって、どちらかの自室にいる時は、いつもキスをするようになった。
それは、瑞生からの時もあれば、紫歩からの時もある。
はっきり言って、瑞生は何事もそつなくこなしやがる、ハイスペックな女だった。こちらだけが色事の経験者だというのに、瑞生はまったく引けを取らなかった。
思わず、あんたにとって私は何人目なのよ? と、こちらが言いたくなるくらいキスが上手い。
しかも至近距離で見ると、その顔の端正さに驚かされる。鼻筋は通っているし、少し切れ長気味の目は鋭いものの優しさが滲み出ている。顎は小さく、きつそうに見えるだろうが、女性的な魅力がそこかしこにある。白人の血でも入っていて不思議じゃない彫りの深さに、見惚れてしまう。大人びた雰囲気に、飲めないはずの酒に酔わされたように、くらくらしてしまう。何せ、すっぴんでこれ。世の女性が怒り狂って暴動を起こすだろうくらい、化粧要らずなのだ。
ふざけないでほしい。こっちは真剣に化粧をしても、瑞生の横に並ぶに相応しいか不安なのに。

離れたところから見ても美人は美人だし、彼女が、本人に言うと苦虫を噛み潰した顔をされるが、若手美人アーティストとして有名なのも前々から知っている。
それは高校の時点で、すでに評判としてあったからだ。美術部が決して盛んな学校ではなく、部員もほぼ0に近かったのに廃部の話が出ることもなければ、部員の数からは考えられない部費をあてて貰えていたのも、すべては瑞生の功績だった。全校集会で生徒の前に出て、表彰状を貰う機会が多い彼女は、その色を抜いて染めた鮮やかな髪色と、シャープな顔立ちで、知らない者は居ないくらいの存在に瞬く間になっていた。
髪を染める、程度ならいくらでもいるが、ブリーチして、ずば抜けた明るさにする生徒はごく少数だったのだ。とんでもない画力を持った美人の美術部員となれば、同性であれ放っておくわけがなかった。
遠巻きながら、彼女は視線をずっと集め続けていた。
--たまたま、この顔に生まれついただけで、顔で評価された、だなんて思うと、私は夜も眠れなくなる。
と本人は嫌悪感を顕にするので、黙っているが。
これで口から毒を吐かなければ、と、たまに残念に思うが、それを言うと自分の首をも絞めるのでやめておいた。
口が悪いのは、生来のものだ。原体験はわからない。悪化してゆく家庭環境のせいで、パステルカラーのセーラーで通うつもりだった高校には即座に行けなくなった。
次年度、一瞬だけ顔を合わせた新二年生に会いたくなくて、何にも染まりたくなくて、黒のセーラーにした。瑞生はさぞびっくりしただろうが、痩せ細って元気はないのに口ばかり虚飾が飛び出る紫歩に、あの時から優しかった。
鶴留沙冬子とも年の差はないが、学年が違うのなら、それがすべてだ。可愛い後輩であれることは、紫歩にとって喜びだった。
あの学校には、履歴上、四年在学したことになる。要するに瑞生とは一個違いで、一つだけお姉さんだが、出先で瑞生が姉だと勘違いされることもあるし、紫歩は気にするのをやめた。
そもそも顔立ちはまるきり違うのに、なんで姉妹なのよ? と言ったら、雰囲気が似てきたんじゃないか、なんて笑っていた。
その小さな年の差があるからこそ、余計にお前のことは放っておけないと思った、と付き合いだしてから言われた。
どこで学んだのか気障なことを、爆弾のように言うが、そんな彼女のストレートな物言いに、いつも紫歩は惚れ直している。

キスから始まり、いつもなら止まるはずの瑞生が、紫歩のシャツを脱がして行った。そういうことなのだな、と観念する。
もともと、拒む理由なんてどこにもなかった。
瑞生さえ欲しいと思ってくれるならば、いつだって差し出す準備はあった。
だが、瑞生の内心が読めないので、誘うなんてこともできなかっただけだ。
絵にしたい、と酔狂なことを言われて、張り倒しそうになったが、彼女なりの照れ隠しだなんてことくらい、わかっている。
首に痕をつけられるのも、職が違えば、いくらでもつけて欲しかった。
「みずき……」
彼女の唇は降りてゆくばかりで、首筋だけならず、シャツを着たら見えるはずのない胸元や、腹にまで赤い花が咲いてゆく。
そのこそばゆさに、身をよじってしまう。
自然な動きで瑞生の腕が背中に回り、ブラのホックが外された。
支えを失って、外界に触れた胸は、すでに先が尖っている。
思春期に栄養不良状態に陥ることが何度もあったにも関わらず、体型に見合わない大きさに実ったことを、紫歩としては長年忌々しく思っていた。
「ふにふにしてて、気持ちいいよ。紫歩のここ」
「ばか、そんなに揉まなくていいから」
「いつまでも触っていたくなる」
「あんたはどこのおっさんなのよ……」
「なんとでも言え。こっちが何年我慢したと思ってるんだ」
両手で、紫歩の胸を弄んでいたかと思えば、唐突に舌で触れた。びく、と身体が跳ねる。
教えるのも変なので言わなかったが、紫歩は胸が弱い。
「っ、あ……んんっ……」
片方を舐めている間は、瑞生の大きい手がもう片方を揉みしだき、そして指先でてっぺんを弾いてゆく。
紫歩の声が止まらなくなるころには、両胸とも室内灯で照らされて光っていた。
さっきから、ずんずん子宮が疼くような快感が紫歩を襲っていた。
仕事用のタイトスカートのホックを外され、ジッパーを下ろされ、するりと脱がされる。敷かれた布団の上に、無言で優しく身体を移動された。ストッキングも脱がされそうになって、かすかな違和感に、紫歩は唸った。
「あんた、伝線させたわね? 新品だったのに」
「……ごめん」
「安いものだからいいのよ。自分で脱げばよかったわ」
「脱がしたかったんだ。お前、高校の時もタイツだっただろ? 脱がすか、破くかしたいって思ってた」
「変態」
「変態でいい。今やお前の恋人なんだから、これからのことも覚悟しとけよ」
え、今後何が起こるの? と考えさせられている間に、部屋の照明が暗くなった。間接照明だけがぼんやりと部屋を照らす。
少しだけ足を開かされ、下着の上から、瑞生の指がくにくにと触れてくる。
緩すぎる刺激に、胸だけで高められている身体は物足りない。
「いいから、瑞生。触って……?」
思ったより、声が震えた。やけに初々しくなってしまった。
高校生だったころからは、遠い年齢になったというのに、まるであのころにしている気分になる。
こくり、と瑞生が頷き、ショーツも脱がされてしまう。
彼女にじっくりと秘部を見られるのは初めてだった。
「お前、薄いんだな」
「気にしてるんだから……温泉とか行くの恥ずかしいのよ」
確かに角度次第では、紫歩の秘所はほとんど生えていないように見える。
「よく見えて良いよ。コンプレックスに思うな」
「ばか!」
濡れていることはわかっている。
瑞生と二人きりというだけで、興奮するようになったのは、本人のせいだ。
たまに、ものすごく熱い視線を向けてくる。デッサンのために、目前の静物を捉えていたあの眼差しよりも、熱いものが。
気づかないわけがない。
紫歩は生来、察しが良い。
瑞生がどれだけの青白い炎を、その長身に秘めているか知らないわけがない。
目を閉じて、様子を窺いながら、つぷりと、入ってくる指を感じる。商売道具と言って差し支えない彼女の手が、こんなことに使われている。
それだけで、紫歩の心は満たされてゆく。
蜜がしとどに溢れ、紫歩の甲高い声に合わせて、瑞生の指が一つ増えた。長くて、骨張ったその指が紫歩の中を弄って、そして良いところを探ろうとしている。
こんな日が来るとは思わなかった。回り道はしたし、悲しい思いをさせた人もいるが、本当なら、10年前からこんな関係であれたのかもしれない。
その後悔を吹き飛ばすような快感に、しばし紫歩は身を委ねた。

お決まりの気だるさの中で、紫歩はふと、隣で自分を抱きしめて離さない女が、ほとんど着崩れしていないことに気づく。ラフなパーカーに、スエットという恰好のままだ。
そういえば、瑞生は初めてのはず。
紫歩があげられなかったものの、もらってあげられるものだ。
「ねえ、瑞生」
「なんだ」
「私も、あんたに触りたい。あんたが私にしてくれたように、したい。今までたくさん、お世話になったから。その分を、今から返していきたい」
暗がりの中でも、紫歩は夜目が利く。瑞生が一瞬で顔を真っ赤にしたのがわかった。
形勢逆転、と瑞生の上に乗っかった。
「お前、その……刺激的」
朱に染まったままで瑞生は呟く。そういえば自分は全裸のままだった。
「あんたが脱がせたんでしょうが」
「……そうだけどさ」
パーカーを脱がせ、スエットだって脱がせてしまう。抵抗はなかった。
どこかで 、彼女もこうなることを望んでいたかのように。
「それでも、恥ずかしいんだよ……私は、シャイだから」
「知ってるわよ。10年前から、というか中学の時から、ずっとあんたを見てきたんだから」
当分、瑞生の赤面は戻らないと確信した。
飾り気のない下着姿にして、紫歩は瑞生の耳に触れた。
紫歩への想いを封じるかのように増えていったピアスを、ひとつずつ外してゆく。
アクセサリーの価値には明るくないが、大事なものもあるだろう。失くなったら大事だと、近くに置いてあった小さいプラスチックケースに、音を鳴らして、何個あるんだか数えたくないピアスたちは外されていった。
穴だらけ、というのが正しい瑞生の耳に、舌で触れる。
この穴たちは、最初に開けられていたいくつかを除いて、紫歩のせいで作られたものだ。
丹念に耳を舐め、その音で瑞生の世界を支配する。
ぴくぴくと身体は跳ねるが、声を少しもあげやしない。さっきはあれだけ、こっちの声を枯らそうとせんばかりだったのに。ふざけるな。絶対に声を聞かせてもらう。
「あんた、いつまで強情でいられるのかしらね? ひひっ。なめないで」
目で睨まれたが、潤んだ目で睨まれても、それはただ可愛いだけである。
普段は見下ろされる身長差が、布団の上でのみ対等になれる。マウントポジションを奪った紫歩の圧倒的有利だった。
ずいぶんと耳が良いのか、声だけは我慢しているものの、身体が熱くなっている。
舌でなぶるのをやめ、普段はなかなかできない、顎を掴んでの大胆なキスをする。
紫歩の唾液で濡れたままのその耳を優しく片手でマッサージしつつ、瑞生の咥内を舌で制してゆけば、瑞生の顔がどんどん蕩けてゆく。
普段は憎たらしいか、真剣な顔しか、ほぼ知らないので新鮮であった。
顔を離し、荒く肩で息をする瑞生を横目に、ブラをずらす。
自分と比べると小さいのだろうが、それでも、彼女とて女性らしい膨らみを持っている。
手際よくブラもショーツも取り払ってしまえば、世界には、裸の女が二人になった。
「好き」
瑞生の身体を抱き起こし、思いきり、抱き着いた。何にも遮られず、胸同士が、腹同士が、皮膚同士がくっつき合う。
「待たせて、ごめんね。瑞生」
「紫歩……」
「愛してるわ。死ぬまで、死んでからも、一緒よ?」
「あひゃひゃ、怖いこと言うな。さすが魔女。……いいよ、連れて行ってくれ」
「当たり前じゃない」
有無を言わさず、瑞生の長い首筋に紫歩は唇を押し当てた。
さっきの仕返しと言わんばかりに、彼女の白い肌によく映える赤い花を咲かせる。
浮いた噂一つなくて、無性愛者なのでは、だなんていう噂すら立っているのを知っている。もしくはパトロンと不埒なことをしている、とか。そんなことをせずとも、瑞生の収入の方が紫歩の上を行っているのに。
人の女のことを好き勝手、言わないでほしい。
これが周りの目に入って、瑞生にもそういう相手がいるのだと、知れ渡ればいい。
「ちょっと、紫歩……あっ」
指を、瑞生の大事なところに押し当てた。そこは、触れただけで音が立つくらい、濡れそぼっていて、紫歩が触れるたびに、切なげにひくついている。
豆を揺らせば、瑞生の聞いたことのない声が漏れた。
にたぁと笑う。
出せるんじゃない、あんただって。
嬉しくなってきて、押し倒して、足を広げさせる。長い脚だ。鍛えているのか、筋肉の筋すら見える。
人のことを揶揄っていたが、瑞生の下生えも薄かった。もしかしたら、手入れしているのかもしれないが。
指をいったん離し、顔を近づけ、舌で彼女の秘所を味わってゆく。
これが、瑞生の味なのだと、紫歩の細胞一つ一つが喜んでいる。
水音の中に、瑞生の声が聞こえた。
商売道具の手は噛めないから、本当に意思だけで自分を抑え込もうとしているのだろう。
可愛い。
心底、思う。この女は本当に可愛い。健気だし、尽くしてくれるし、心の強さだってある。
もし、紫歩が高校の時に恋心を抱いていたら--いや、あの時からすでに紫歩は瑞生のことが好きだった。絵に惚れたのではない。絵も好きだが、何より、瑞生その人の魅力に惹かれたから、そばにいたのだ。
伝える勇気を持たなかった。物怖じしない社交的な性格ではあるが、永遠に焦がれるあまり、いつか終わるかもしれない恋人関係になるのは消極的だった。怖かった。それに瑞生は優しいから。紫歩が告白すれば応えるのは、目に見えていた。無理やりなら要らない。瑞生から、言ってきてほしい。
わがままだった。そんな臆病さゆえに、瑞生はあれだけ悩み苦しみ、そして出会ってから10年もかかったのだ。

もし、瑞生が大学で彼氏を作っていたら。ショックのあまり、紫歩は死んでいたかもしれない。
ありもしないことを一瞬考えたが、瑞生の低めの嬌声によって、現実に戻ってくる。
あ、っ……という掠れ声とともに、身体が大きく痙攣する。秘所が生き物のようにひくつく。
「いったのね」
「紫歩……わざわざ言葉にするな……ひっ」
「敏感なうちに、ね」
瑞生には負けるが、紫歩も指は長い自信があった。ぬかるんだそこに、二本の指がするすると入り込んでゆく。
それを瑞生が感じて、中がきつくなる。狭い一本道の中で、指をすべて飲み込まれた先に、お目当てのものを見つけた。
「瑞生の初めて、頂くわね」
音も何もしなかったが、紫歩の指には確かな感触があった。
涙目の瑞生の耳にキスをする。そうすれば、瑞生はまた、中をきつくした。
「耳は、やめろばか……変になる」
「気持ち良いんでしょ?」
「たぶん、そうなんだろうけどさ」
「これから、教えてあげるから。ひひっ」
「悪魔め」
「なんとでも言って。……痛みはない?」
「少し、少しだけ。裂けた痛みはあるよ。でも、どうってことない。お前への片想いのほうが、つらかった。何より、つらかったんだ」
瑞生の処女膜を壊した指には、うっすらと血がついていた。愛液と混ざって薄まったそれを、舐める。
鉄錆の味に、彼女のこれまでを想い、身勝手な行為なのに、はら、と涙が頬を伝う。
「あひゃひゃ、ばか紫歩。お前が泣いてどうするんだよ……私の大事なものを、もらっておいて」
瑞生の指が伸びてきて、紫歩の涙を拭う。
「あんたって、なんでどこまでも私に優しいのよ……」
「お前が好きだからだよ」
「何しても、いいのかと勘違いしちゃうじゃない」
「勘違いじゃない。お前になら、何をされてもいい。だって、紫歩は私に愛をくれるだろ。それだけで私は、生まれてきて良かったと思えるんだよ」
紫歩はもう、何も言えなかった。
抱きついて、抱きしめられる。体重を預けても、お前は軽いよな、と言ってくれる。
肌の熱を分け合い、見つめ合って、またキスをした。
瑞生の手が再び、紫歩の汗ばんだ身体を弄りだす。恋人の痴態に興奮していたのが筒抜けになり、口にされ、紫歩はぎゅっと目を閉じた。
夜が明けるまで、ゼロ距離で愛し合えばいい。
好き、可愛い、吐息交じりの言葉が闇を彩って更けてゆく。
身体を交わらせたことで、一つ大きく変わった。
紫歩は、突然身体に触れられても、びくつかなくなった。

これから先、行こうか、逃げようか。
君が望むままに。


あの日に描いた深い青
黒田さんによるみずしほ、これから5年後、30歳の彼女たち。

『これからも愛を描く』
私による、この話の直接の続編です。

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最終更新:2014年12月20日 11:22