あの空の向こう側へ◆BATn1hMhn2




周囲を覆っていた闇は晴れ、世界に光が満ちようとしていた。
朝の訪れに、銀髪の少女レミリア・スカーレットは顔をしかめる。
吸血鬼たる彼女にしてみれば、太陽の登場ほど忌々しいものはない。
夜の世界では彼女は並び立つ者がいない女王にして主役であるというのに、朝が来た途端にその舞台から追い出されてしまうのだ。

「ウォルター、あとは貴方に任せようかしら。
 私は次の出番が来るまで、少し休んでおくことにするわ。『ソレ』の片付けもお願いね?」
「かしこまりました、お嬢様。しかし……まだ飲み残しがあるようですが?」
「私は小食なのよ。欲望のままに食い散らかすような下品な輩と一緒にしないで欲しいわね」

そう言って妖しく笑うレミリアの口元は、紅く濡れていた。
先の戦闘で消費した魔力を補給するために、吸血鬼の食事――つまり吸血を行ったのだ。
不幸にも吸血姫のお眼鏡にかなってしまったNPCが、息も絶え絶えにレミリアの背後に横たわっている。
血の気が抜けて真っ白になってしまった肌。首すじには二本の牙の痕がぷっくりと残っているのが生々しい。
レミリアの傍らに控える執事服に身を包んだ老人――ウォルターは、NPCを一瞥し、すぐさまレミリアのほうへと視線を上げた。

「これは失礼いたしました。『後処理』は私にお任せください。
 主人の手を煩わせぬのが執事の務め――この程度、朝飯前でございます」
「ふふ、侍女ばかり召しいてきたけれど、執事も悪くないものね」
「光栄でございます、お嬢様」

深々と頭を垂れる執事を前に、吸血姫は満足そうな笑みを浮かべた。
さて――と、レミリアは白み始めた空を眺める。
もう間もなく、吸血鬼の弱点の一つである太陽はその姿を完全に現すことだろう。

実際のところ、レミリアにとって陽光は致命傷になるほどの脅威ではない。
世界に残る吸血鬼の逸話には陽光を浴びた途端に全身が灰となり死んでしまうものもあるが、レミリアの場合は軽い火傷になる程度。
勿論浴び続ければ無視できないほどの酷い傷になるだろうが、それでも日傘でも差して直射日光を避ければ吸血鬼の超人的な回復力も相まって、日中だろうとなんら問題なく行動できる。

しかしレミリアは、日の昇っている時間帯は休息に充てることに決めた。
この聖杯戦争に対して、『本気』になることにしたのだ。
全力を出すことが出来ない日中にあえて行動する――なるほど、幻想郷ならばそれも有り得ただろう。
なぜなら彼処での行いの全ては、遊戯の延長に過ぎなかったからだ。
だがこれから行う闘争は――遊戯ではない。血と死を避けられぬ戦争だ。
ならば十全を発揮できるように尽力するのが道理だろう。
吸血鬼がその真の力を発揮できる夜――それがレミリアが動き出す時間だ。

知らず知らずのうちに、レミリアは口の端を歪めていた。
――『本気』を出せる。ただそれだけで、どうしようもなく興奮し、期待を募らせている自分がいることに、レミリアは気付いた。

「それじゃあウォルター、また夜にでも。……そういえば、貴方は休まなくていいのかしら?」
「老齢の身なれど、一週間ばかりなら不眠不休で動けますとも」
「あら、頼りになる執事ね。でも、いざというときに私が使う分の魔力まで無くなっていたら話にもならないわ。
 ちゃんと私の分も残しておいてくれないとダメよ?」

そう言うと、レミリアは姿を消した。霊体化し、不可視の存在となったのだ。
主人である麗しき吸血姫がこの場を去ったのを確認し、ウォルターは真っ青な顔をした哀れなNPCの方へと向き直った。
ガタガタと歯を震わせ、今にも泣き出しそうな顔をしているNPCに向かって、ウォルターは優しく微笑んだ。

「さて――不肖ながら後を任されました、ウォルター・C・ドルネーズと申します」
「た……たすけ、て……」
「ご心配なく。私は貴方を苦しめるつもりはありません」

ウォルターの言葉を聞いて、真っ青だったNPCの顔に喜色が差した。
だが――少しだけ緩んだその表情は、そのまま凍り付くことになる。
吸血姫の牙の痕が残る首に、一筋の赤い線が入った。そしてその線に沿って、ずるりとNPCの首がスライドする。
何が起きたのか分からないまま、痛みを微塵も感じることなく、NPCは絶命した。
ごろりと転がった首を一瞥すらせずに、ウォルターは踵を返して去っていく。

「ただの食事の残り滓ならば見逃していてもよかったのですが……生憎、此度の闘争には負けられない理由がありましてな。
 敗因に繋がりかねない要素は、全て消させていただきます。
 吸血鬼が暗躍しているなどと街の噂にされるわけにはいきませんのでね」

他のマスターとサーヴァントに、レミリアの正体を知られるわけにはいかなかった。
幾つかの弱点は克服しているレミリアだったが、それでもまだ吸血鬼の伝承通りの弱点は残っている。
故に、血を吸う人外の存在がいるなどと吹聴されては困る。
戦場では何が敗因になるか分からないということを、ウォルターは長年の経験から知っていた。
万全を期すためには、ここでNPCの口封じをしておく必要があったのだ。

「さて、まずはどこから向かいましょうか」

情報は全てに先んじる――他の主従の能力、点在する施設の情報など、調べなければならないことは山のようにある。
ウォルターは幾つかの候補地を思い浮かべ、その中から病院を優先することに決めた。
他のマスターたちもウォルターと同様に見知らぬこの地に招かれたのならば、戦争に臨む準備は不足しているはずだ。
もしも負傷をした場合は、この街に元から存在する施設や物資を利用するに違いない。
つまり聖杯戦争が進行すればするほど病院を訪れるマスターは増えていくだろうと、ウォルターは考えた。
そうなれば病院が戦場となる可能性も高くなる――予め戦地の下見をしておく必要があった。

また、病院ならば輸血用の血液もある程度備えているだろうというのも理由の一つだった。
レミリアの魔力、体力を回復させるには吸血が有効だが、頻繁にNPCを吸血対象にすればそれだけこちらの正体や動向を他の組に察知されてしまう危険性が高まってしまう。
レミリアは文句を言うかもしれないが、輸血用血液パックで代用してもらうことも考えなくてはならないだろう。
病院の情報と、輸血用血液パックの確保の二つを目的に、ウォルターは進路を病院に定めた。

 ◆

太陽が昇った空は青く澄み渡っていた。どこまでも続く大空が、浅羽たちの頭上に広がっている。
こんなに綺麗な空を見るたびに、浅羽の胸はぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。
空の向こう側に行ってしまった彼女のことを――伊里野加奈のことを思い出すからだろうか。
あのとき何も出来なかった自分を、思い出すからだろうか。

伊里野がいなくなったばかりの頃は、空ばかり眺めていた。
浅羽は、想像する。

ブラックマンタ(人類最後の希望)に乗り込んだ伊里野が、単身で敵性宇宙人の編隊を翻弄するのだ。
色んな種類の三角定規を組み合わせたようなヘンテコな形をした戦闘機は、人類の科学技術の粋を集めて作られた最新鋭の一機だ。
伊里野はそれを、自分の手足のように操る。息を吸って、吐いて、その一呼吸の間に伊里野の世界は音速を超える。

伊里野が乗るブラックマンタはどんどん敵機を撃墜していく。
しかしそれ以上に、ブラックマンタも傷ついている。敵の苛烈な攻撃によって装甲板は剥げ、限界を超えた急制動の繰り返しで燃料は残り少ない。
出発するときにありったけを積んできたというのに、弾薬も残り僅かだ。
伊里野の細くて白い髪が、汗でべっとりと濡れて彼女の小さな額に貼りついていた。

だけどその奥に光る伊里野の瞳は、光に満ちて輝いている。
伊里野は諦めていない。伊里野には、帰る場所があるからだ。
伊里野は呟く。あと、一機。
最後に残った敵の総大将と伊里野が、交錯する。

画面が、暗転する。次の瞬間、映るのは――伊里野の笑顔だ。
あれだけ感情を出すのが下手だった伊里野が、とても可愛い顔をして笑っている。
そして感動的なエンディングテーマと一緒に、伊里野は帰還するのだ。

――もちろんそんな夢想は、現実にはならなかった。
浅羽がいくら空の向こう側のことを考えたって伊里野が帰ってくることはなかったから――だから浅羽は、いつしか空を見るのが嫌いになっていた。
なのに今、浅羽は空を見つめている。この痛みを胸に刻みつけるためだ。
自分の願いをしっかりと刻み込んで、二度と忘れないようにするためだ。

「空が好きなのかい?」
「アーチャー……さん」
「”さん”はいらないよ、浅羽くん。僕のことはアーチャーと呼んでくれてかまわない」
「す、すみません。それで、えっと、空は――あまり好きじゃないです。
 ……だけど、今見ておかないといけない気がして」

浅羽に声をかけたのは、弓兵のクラスを冠するサーヴァント――アーチャーだった。
実体化したその姿は往来を歩く若者たちと大して変わらない。制服を着ていれば学生だと言っても通用するだろう。
召喚した当初の険のある雰囲気も今はなく、男性にしては長い肩まで伸びた髪や涼しげな甘いマスクでとても女性受けしそうな風貌をしている。
中学の制服に身を包んだ浅羽と並んでいると、似ていない兄弟か先輩後輩の間柄だと思われるに違いない。

「そういえばまだ聞いていなかったね。君がいったい何のために戦っているのかを。
 きっとそれが、君が好きでもない空を見ている理由なんだろう?」

アーチャーは優しく問いかけた。
浅羽は遠い目をしながら、アーチャーの問いに答える。

「――あの空の向こうに行ったきり、帰ってこない女の子がいるんです。
 ぼくはずっと、彼女の、伊里野の帰りを待ってた。だけど伊里野は帰ってこなかった。
 ……気付いたんです。ただ帰りを待ってるだけじゃ駄目なんだって。ぼくが伊里野を探してあげなくちゃいけないんだって」

どんな願いでも叶えるテレホンカードの噂を聞いて、浅羽の中にあったその願いははっきりとした形になった。
思えばそれは、浅羽が初めて伊里野と出会ったときからずっと願っていたことだった。

浅羽直之は、伊里野加奈のために何かをしてあげたいんだ。

自己満足だとか傲慢だとか、そんなありふれた言葉で否定されてもかまわない。
ただただ純粋に、浅羽は伊里野のために行動をしたい。彼女が喜ぶ姿を見てみたい。
伊里野は自分の感情をどういう風に表現すればいいのかよく知らないから、まるで小さな子どもみたいに喜んだり悲しんだりする。
顔を真っ赤にして泣き叫んだりする。顔を真っ赤にして照れたりする。
そんな伊里野の全てが愛おしかった。そんな伊里野のために何かをしてあげたかった。

「ぼくは最後まで何も出来なかったから……だから今度こそ、伊里野を助けたいんです。
 聖杯がぼくの願いを叶えてくれるんなら、ぼくは何としてでも聖杯を手に入れなくちゃならない」

だが、浅羽が聖杯を手にするためにはアーチャーの協力が必要不可欠だ。
浅羽の願いを聞いて、それでもアーチャーは浅羽のために力を貸してくれるのだろうか。
不安と期待がないまぜになった浅羽の視線がアーチャーに向けられる。
アーチャーは少し笑って、

「君は伊里野ちゃんのことが好きなんだね」
「……はい。ぼくは、伊里野のことが好きなんです」
「君の真っ直ぐなところは嫌いじゃない。好ましいと思っているよ。
 ……少し、僕の話も聞いてくれるかな」

アーチャーは、彼がまだ穹徹仙という一人の人間だった頃の話を始めた。
彼が先祖から継いだ穹の血は、太古の昔より弓を司ってきた。
日本に武が生まれたときから幾百、幾千という永い時をかけて、その技術を磨いてきたのだという。

「武全般に言えることだけれども、武技を磨くということは殺人の技術を磨くということと同義だ。
 その中でも弓は、特に殺人に特化した武術の一つでもある」

弓は、ただ一つの目的に特化した攻撃専門の武器である。
防御を捨てたこの武器に求められるのは、相手を殺傷する能力だけだ。
敵を殺せなければ、殺されるのは自分なのだ。
人を殺せない弓に意味はない。戦場においてこそ武は真の価値を発揮すると考える者たちにとって、それは絶対の価値観だった。

「だけど僕は、殺さない技術にも意味はあると思ったんだ」

いずれ人と魔を二分する百年に及ぶ戦が起こるという伝承に従い、穹たちは各々の技術を磨いてきた。
確かに百年の戦においてもっとも重宝されるのは敵を殺す技術だろう。
だが、百年の戦が終わったあとには、武によって平定された千年の世が来るのだ。
そのときにこそ殺さない技術は必要となる――他家には一笑に付された穹の理念だったが、一人だけ、彼を認めてくれる男がいた。

「それが僕たちが目指した武の頂点に君臨する高柳家の当主、光臣さんだった」

光臣の人柄に感銘を受けた穹は、彼の矢になると誓ったのだ。
彼を高みまで押し上げる翼になるのだと。
だが――穹はとある一戦を理由に力を失い、前線を退くことになってしまう。
光臣と共に百年の戦を戦い抜くと誓ったというのに、穹は置いていかれてしまった。

「何も出来なかった自分に腹が立ったよ。そう、君みたいにね。
 自分はいったい何のために力を磨いてきたのか何度も自問したけれど、答えは出てこなかった」

と、そこまで話したところで――穹は、己を召喚したマスターに何らかの異変が起こっていることに気付く。
いつの間にか浅羽の息は荒くなっており、顔は紅潮していた。目の焦点は合わず、虚空をぼんやりと見つめている。
立っているのもやっとというほどに浅羽の身体はふらついていて、もし穹が抱き留めるのが数秒遅れていたならその場に崩れ落ちていただろう。

「浅羽くん、大丈夫か!?」
「す、すみません。なんだか急に身体がきつくなって……」
「喋らなくていい。目を閉じて、身体の力を抜いて。安心してくれ、君は僕が守る」

意識が混濁していく中で、浅羽は自分の顔がぬるりと濡れていることに気付いた。
唇のあたりに変な感触の何かが垂れてくる。ぺろりと舌を出して、それを舐めてみた。
錆びた古鉄のような味と匂いがして、浅羽はそれが鼻血なんだと気付く。
その次の瞬間には浅羽の意識は闇の中に沈んでいった。

(敵の能力か……? いや、違う。周囲に魔力は感じない。それに攻撃が目的なら、僕が対象になっていないのもおかしい)

穹が目を凝らしても、近辺には他のマスターやサーヴァントの気配は感じられない。
気配遮断のスキルを持ったサーヴァントの仕業かとも考えたが、穹に全く悟られることなく浅羽への攻撃を完了したとは考えにくい。
それに、気になる点は他にもあった。

「浅羽くんの身体の中で……魔力が増加している……?」

浅羽と魔術的に繋がっている穹は、浅羽の中で何が起きているのかおぼろげに感じることが出来る。
パスを通じて穹に流れ込んでくる浅羽の魔力が僅かながら増加していた。
通常ならばあり得ないことだ。魔力や氣の類は、血の滲むような修練の末にようやく使えるようになるもの。
ただの一般人に過ぎない浅羽は、本来ならばサーヴァントの使役など不可能なレベルの魔力しか有していなかったはずだ。
それが今や一般的な魔術師と比べても遜色ないほどに魔力を溢れさせている。

(つまり他のサーヴァントの攻撃である可能性は薄い……この聖杯戦争が通常のそれと違うことが関係しているのか?)

そう、そもそも従来の聖杯戦争のシステムならば、浅羽のように魔術の素養がない人間がマスターになることすらあり得ないのだ。
もしかすると浅羽の不調はこの聖杯戦争を仕組んだ天戯弥勒の仕業なのだろうか。
浅羽の魔力が増えること自体は穹も歓迎したいが、その副作用がこれでは話にならないぞと苦々しく思う。

「……とにかく、このままにしておくわけにもいかないな」

穹は浅羽の荷物を物色すると、中から財布を取り出した。
中身を確認してみる。千円札が数枚と、硬貨が十枚ほど。もちろんクレジットカードやキャッシュカードの類は持ち合わせていない。
中学生の平均的な所持金そのもので、これから戦争をするには心許ないという表現では到底足りない額だ。

「でもまァ、診察代にはなるかなぁ。ここからタクシー代まで出そうにはないけどね」

穹は浅羽を背中に担ぐ。
この不調の原因が魔術に関係する何かだったならば、病院で処置をしてもらっても効果は薄いかもしれない。
だが何もせずに手をこまねいているよりはマシだろうと判断し、穹は病院に向かって駆け始めた。

「すみません……」

意識を取り戻した浅羽が、穹の背後から声をかける。その声には悔しさが混じっていた。
今度こそと決意を新たにした途端に倒れたのだ。浅羽が己の不甲斐なさを情けなく思っても仕方がないだろう。
浅羽の心情が分かるからこそ、穹は優しく諭すように言葉を返した。

「君が悪いわけじゃない。気にすることはないさ。ただ……少し、面倒なことになりそうだ」

穹の言葉を聞いて浅羽の頭の中に疑問符を浮かぶ。面倒なことっていったい何だ?
浅羽の疑問に答えるように穹と浅羽の前に現れたのは――執事服に身を包んだ老人だった。
老人の姿を確認した途端に、穹の纏っていた雰囲気が一変する。

「何か御用でしょうか、御老人?」
「わざわざ教えずとも分からないほど愚図ではあるますまい。
 ウォルター・C・ドルネーズと申します。以後お見知り置きを――アーチャーのサーヴァント様」

ウォルターと名乗った老人は、一目見て穹のクラスを看破した。
つまり、穹のステータスを視認したということだ。
間違いなく他のマスターの一人だと確信した穹は、さらに警戒を強める。

(近くにサーヴァントの気配はない……マスターが単独行動しているのか?
 あるいは気配遮断のスキルを使用して、どこかに潜んでいるのか……)

どちらにせよ奇襲を仕掛けずにこうやって姿を現してきたということは、問答無用でこちらを殺すつもりはないということだろう。
相手の第一目的が戦闘ではないと分かっただけでも随分とやりやすくはなる。
何しろこちらはマスターが倒れる寸前なのだ。
穹も並大抵のサーヴァントに後れをとるつもりはないが、浅羽をかばいながら戦闘をするのは骨が折れる。

「手荒なことをするつもりは御座いません。少しばかり話をお伺いしたいと思いましてね」
「こちらも急いでるんだ。簡潔に頼むよ」
「それでは用件だけ単刀直入に述べさせてもらいましょう。私どもと手を組むつもりはありませんかな?」

ウォルターから穹たちに提案されたのは同盟だった。
最後に聖杯を得ることが出来るのはただ一組のみだということはみんな理解している。
だが同盟を組み共闘をすることで、最後の一組になる確率はかなり上がることになるだろう。
もちろんある程度局面が進んでしまえば同盟は解消することになるだろうし、穏便に別れることは出来ないかもしれない。
だがそれらのデメリットを上回るだけのメリットが存在していることも確かだ。
どうしても聖杯を得ようと思うのならば、選択する価値は十分にある。
だが、穹の口から出てきたのは保留の言葉だった。

「すまないが、こちらのマスターは不調で判断が覚束ないところでね。
 魅力的な提案はありがたいが、マスターの回復まで返事は保留ということにしたい」
「ふむ……それは残念ですな。ならば、もう一つ。今度は貴方一人に聞きましょうか、アーチャー。
 ――その少年から私に鞍替えをするつもりはありませんかな?」
「……僕にマスターを裏切れと?」
「見たところ、その少年は戦いには向いておらぬようです。真に聖杯を望むのならば、私の側につくのが得策かと。
 私のサーヴァントはどうやら聖杯には興味がないようですので、最後に取り合うようなことにもならないでしょう」

ウォルターが目を付けたのは、アーチャーのクラススキルである単独行動だった。
穹の持つ単独行動のランクはB。これは、戦闘をしなければマスター不在であろうと数日は現界可能なランクである。
ウォルターのサーヴァントであるレミリアには、昼間はその行動を制限されるという大きなディスアドバンテージがある。
そのためウォルターたちは昼間の行動に大きな制約がついてしまう。
だがアーチャーという第二のサーヴァントを従えることが出来ればその弱点をカバーすることが出来る上に、戦闘力の面で他の組を大きく上回ることだろう。
単独行動持ちのアーチャーならば、魔力に乏しいウォルターへの負担も小さくなる。アーチャーが相手だからこそ、ウォルターはこの提案を持ちかけたのだ。

「……一つ聞いてもいいでしょうか」
「なんなりと」
「――貴方はいったい、誰のために戦っている?」
「ふふ、愚問ですな。それは勿論己のためですとも。
 満たされぬ思いを抱えたまま、私は数十年を過ごしてきた……その悲願を叶えるために、私はこの戦争を望んだのです」

ウォルターの言葉を聞くと、穹は小さく息を吐いた。
穹の長い髪の間から覗く瞳が、ウォルターを真っ直ぐに見つめている。
次いで穹が発した言葉は――

「悪いですが、僕は貴方の下につくつもりはありません。僕の主は昔からただ一人と決まってましてね。
 それに――僕は、自分のために戦う人間よりも、誰かのために戦おうとする人間の方が好きなんですよ」
「その少年の方が私よりもいいと。フられてしまいましたか。ならば――次に会ったときは、敵同士ですな」
「年寄り相手でも手加減はしませんよ、御老人」
「なぁに、まだまだ若い者に席を譲るつもりもありませんとも。それでは――ごきげんよう、弓兵のサーヴァントとそのマスター様」

にやりと笑い――ウォルターは、穹たちの前から姿を消した。
完全にウォルターの気配が無くなったのを確認して、穹は背中の浅羽に話しかける。

「――君も聞いていたとおり、僕の主は昔から光臣さんただ一人だけだ」
「…………はい」
「だけど、君と僕はよく似ている。誰かのために何かをしたくて、なのに何も出来なかった者同士だ。
 だから僕たちはいい友達になれるんじゃないかと思ってるよ、浅羽くん」

穹をはじめとした六人の武門宗家の当主たちが光臣の側に仕えていたとき、彼らは「F」と呼ばれていた。
アルファベットの六番目の文字であり、武の頂点である高柳家の家紋、飛翔鳳凰を型作る羽根(feather)を意味する「F」だ。
光臣を高みまで届かせるための翼になることが、穹の存在意義だった。
だが、穹が前線を退いているうちに百年の戦になると言われていた人と魔の戦は終わり、光臣もまた武の道を弟に譲ることになった。

――存在意義を失った翼は、ずっと羽ばたく場所を求めていた。

「君が空の向こう側まで伊里野ちゃんを迎えに行くというなら、僕が君の翼になろう。
 ……たったこれだけを伝えるために、随分と長話をしてしまったね。
 昔から、お前は名前に似合わずまわりくどい男だとよく言われてたんだ」

穹の言葉は、高熱と倦怠感で混濁した浅羽の頭にも、なぜかすんなりと入ってきた。
突き抜けるような青い空を見たとき、胸の奥の方まで涼やかな気持ちが通り抜けるように。

「――ありがとう、ございます」
「さぁ、病院まで急ごうか。どうやら少しは落ち着いてきたみたいだけど、まだ熱もあるようだし……おっと、鼻血も出てきてるよ」

穹の指摘を受けて、浅羽はずずっと鼻をすすった。血の臭いが鼻腔を刺激して、少し気分が悪くなる。
そういえば、と伊里野のことを思い出す。伊里野も、よく鼻血を出していた。
鼻血が出るだなんて全然喜ばしいことじゃないのに、伊里野と同じだと思うだけでなんだか少し嬉しく感じる自分は変態なんだろうか。
そんなことを、浅羽は思った。


浅羽は、自分の身体の中で何が起きているのかを知らない。
此度の聖杯戦争が行われているのは、かつて夜科アゲハが死のゲーム「サイレン」に巻き込まれた世界と同一の世界である。
その世界には、あるものが充満していた。
普段は九割を休眠状態にあるという人間の脳細胞の全てを活性化させ、現代科学の常識を遙かに超えた事象を引き起こす思念の力――PSI(サイ)。
その力の源が、粒子となってこの世界にも存在している。アゲハがPSIの力に目覚めたのも、サイレン世界でPSI粒子を吸引したからだ。

またPSIは人間の脳細胞に多大な負荷をかけるために、その副作用として身体の不調や出血などを誘引することがある。
浅羽の不調はこのPSI粒子によるものであり、穹が感じた浅羽の魔力の増加とは、浅羽がPSIの力に目覚めていることの現れに他ならない。
この不調は半日も寝ていれば勝手に治る類のものであるが、目覚めたPSIの力を浅羽が使えるかどうかは未知数である。

かつてのサイレン世界と違うのは、この街ではあちらこちらにPSIの力が満ちているわけではないということだ。
サイレン世界は本来、草一つ生えない荒野の世界――自然も文明も朽ちてしまった世界だった。
だが聖杯戦争の舞台となっているこの都市は、現代日本のそれとまったく変わらない。
いったいどのような術で天戯弥勒がこの街を用意したのかは不明だが、本来ならばあり得ない街であるためか、そこかしこに歪みが発生していた。
歪みは、PSIの力の偏りを生んだ。街の各地に点在する公衆電話――それに引き寄せられるようにPSI粒子が偏在している。
浅羽のように公衆電話が存在するエリアに近づいた者しか、PSI粒子の影響を受けることはないだろう。



【C-5・市街地/一日目・午前】

【浅羽直之@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]発熱、鼻血
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得を目指す
1.穹に連れられて病院へ
[備考]
  • PSIの影響を受け、PSIの力に目覚めかけています。身体の不調はそのためです。

【穹徹仙@天上天下】
[状態]健康
[装備]NATO製特殊ゴム
[道具]ダーツ×n本
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を目指す
1.浅羽を連れて病院へ
[備考]

【ウォルター・C・ドルネーズ@HELLSING】
[状態]健康、魔力消費(微小)
[令呪]残り3画
[装備]鋼線(ワイヤー)
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:全盛期の力を取り戻すため、聖杯を手にする
1.夜になるまでは単独で情報収集
2.アーチャーたちが向かうであろう病院は後回し


【不明/一日目・午前】

【ランサー(レミリア・スカーレット)@東方project】
[状態]ダメージ(小、スキル:吸血鬼により現在進行形で回復中)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ウォルターのためにも聖杯戦争を勝ち抜く
1.夜になるまでは拠点で休息

[共通備考]
虹村刑兆&ライダー(エドワード・ニューゲート)と交戦、バッド・カンパニーのビジョンとおおよその効果、大薙刀と衝撃波(震動)を確認しました。
発言とレミリアの判断より海賊のライダーと推察しています。



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027:MY TIME TO SHINE 時系列順 029:クール&スマイル


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017:Vのため闘う者/老兵は死なず ウォルター・C・ドルネーズ 037:近くとも遠く
ランサー(レミリア・スカーレット 038:闇夜に生ける者たち

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