浅羽直之&アーチャー◆BATn1hMhn2




10月26日に世界が変わってしまったことは、世間の常識になっている。
長いこと続いていて、誰とどこと戦っているのかもみんな分からなくなっていたような、いつの間にか日常の一部として溶け込んでいた戦争が終わったのが、その日だった。
10月25日が終わって10月26日に変わったばかりのころ、夜中だというのにテレビの向こう側で大勢の人間が大騒ぎをして、戦争が終わったのだと叫んでいた。
それを見て本当に戦争が終わったんだという実感を得た人間は多かったものの、本当のところ何が起きたのかを知っている人間は少ない。
浅羽直之は知っている側である数少ない人間だったけれど、浅羽が知っていることだって真実のほんの一部分なんだろうと、彼は思っている。

――10月26日の夕方。浅羽直之は大好きだった女の子が戦場に向かうのを止められなかった。
伊里野加奈が戦いを嫌って、逃げ出して、傷付いて、たくさん泣いてきた女の子だということを知っていたのに。
世界が滅ぼうとも彼女のことを守ってやると、大見得を切ったというのに。
伊里野は浅羽が住む世界を守るために、最新鋭の技術を用いて作られたという真っ黒でへんてこな形をした飛行機に乗り込んで、そのまま帰ってこなかった。
それが浅羽にとっての世界の真実で、テレビ越しに騒がれていた虚偽まみれの情報とは比べ物にならないくらいリアルで確かな経験で、ただの中学二年生にはどうしようもない現実だった。

あのときの浅羽は世界で一番格好悪くて情けない男だったに違いない。
好きな女の子ひとり守ることも出来ず、彼女をそこまで追い詰めた大人たちに何の仕返しも出来ず、出来ない出来ない出来ない尽くし。
きっとそれが普通の中学二年生の姿なんだろう。世界の敵になってでもヒロインを守る少年なんて、フィクションの世界でしかありえないんだろう。
浅羽がそれを無理やりに納得させられて、自分がどんなにちっぽけな存在だったかを分からされたとき。

伊里野は空に帰っていって、UFOの夏は終わった。


夏が終わって秋も過ぎて、冬が訪れてまた去っていく。
季節が一周りして浅羽の学年も上がり、晴れて中学三年生になった彼は、園原中学校非公認部活動である園原電波新聞部の部室へと歩を進めていた。
口喧しかった元部長の姿はもうない。中学校を卒業したあとどこかに行ってしまって、それきりだった。
便りがないのは良い便りという言葉もあるけれど、本当に音沙汰なくなってしまったのは逆に不気味だ。
信じられないくらいのエネルギーを持っていた彼のことだから何をやっているのか噂の一つくらい聞こえてきてもいいものだけど。
もしかしたら本当にCIAにでも入ってしまって、身を隠さなくてはならない仕事でもやっているのかもしれない。

部室の扉を開けると現部長の須藤晶穂が眉を吊り上げて浅羽の方を睨んでいた。

「おっそーい!」
「遅くないよ。これでも急いできたんだ」

嘘だった。本当は帰りのHRが終わってからゆっくりと帰り支度をして、ちんたらと歩いてきたところである。
晶穂は文句を言い足りなさそうな顔をしていたが怒りを呆れが上回ったのかそれ以上の追求はしてこない。
代わりに晶穂の口から出てきたのは、

「そういえば浅羽、次の記事のネタは決めた? あ、その顔じゃ決めてないか。
 だったら調べてほしいって要望が多いネタがあるんだけど」

園原電波新聞は今も学内外のあれこれを記事にして園原中学の生徒たちの注目をそれなりに集めている。
けれど元部長がいなくなってからオカルトめいた記事は少なくなってしまっていて、園原の隠れオカルトファンは寂しい思いをしているという。
今では紙面の八割は晶穂が書いていて、浅羽は残りの二割を差し障りの無い至極普通の記事で埋めてお茶を濁している。

「――赤いテレホンカードって、知ってる?」

おやおやこれは意外な単語が出てきたぞと浅羽は思った。
生憎ながら浅羽はその話について聞いたことがなかったけれど、赤いテレホンカードだなんてあからさまに怪しい響きをしている。
以前紙面の大半を占めていたオカルト記事を毛嫌いしていた晶穂の口からそんな単語が出てくるだなんて。

「さぁ、聞いたことがないなぁ。何かのおまじない?」

「だったらいいんだけどね。ちらっと聞いた話だと神隠しに関係してるとか願いがなんでも叶うだとか……噂にしても支離滅裂で滅茶苦茶なのよ。
 誰も噂の全容を知ってる人はいないんじゃないかってくらいで、うちに調べてくれって声が結構あるのよねー。
 だから浅羽、あんたの仕事はその赤いテレホンカードについて調べて、一つの記事にまとめあげること。分かった? 締め切りは来週の末ね」

「ちょ、ちょっと、それはあんまり横暴が過ぎるんじゃないか? 晶穂が頼まれたんなら晶穂が書くのが筋ってものじゃない?」

「あたしは別の記事を書かなくちゃいけないの。浅羽、あんた最近気ィ抜きすぎ。
 このままじゃあたしが一人で作る個人新聞になっちゃうから浅羽にも仕事を割り振ることにしたわけ。
 文句があるんだったら自分で一つ記事をあげてから言いなさい」

ぐうの音も出ない正論だった。事実、浅羽は今月に入ってからまともな記事を一つも書いていない。
割り振られたスペースを埋めるために締切直前に作ったクロスワードパズルは九割が他紙からの引用で、モラルや著作権意識の欠片もない完全にやる気の枯れ果てたものだった。
とりあえずあたしが聞いた話はまとめてあるから、と晶穂から渡された紙束には怪しげな単語がいくつも並んでいる。
秘密結社サイレン。サイレンの使者、ネメシスQ。なんでも願いが叶えられる楽園。

「なんでも願いが叶えられる、か……」

浅羽は、この噂について調べて欲しがっていたという彼や彼女のことを想像した。
きっと彼らには願い事があるのだろう。中学生の願い事なんてだいたいはお金と異性の二つに集約される。
一生遊んで暮らせるほどの大金が欲しいだとか、好きなあの子と付き合いたい、あわよくばエロいことをしてみたいとか。
だけど、その手の願いは叶えようと思えば叶えられる夢だ。魔法を使わなければ絶対に叶えられないような夢じゃない。
どうせ願いが叶うのだとしたら、絶対に実現不可能な願いが叶うほうが、きっといいのだと思う。

急に胸のあたりが痛くなって、浅羽はそのまま机に突っ伏した。
晶穂が怒鳴る声が頭の上のあたりから聞こえてくるけども全部無視することにする。
……会いたい。伊里野に会いたい。その欲求は時折こうして激しく浅羽の身体の中を駆け巡って、そのたびに浅羽はどうしようもなくなってしまう。

あの夏は、終わったはずだった。浅羽ひとりで園原基地の裏山に大きな「よかったマーク」を刻んで、夏を終わらせたはずだった。
なのに今でもこうやって、引きずっている。結局のところ、浅羽はあの夏が忘れられないのだ。
瞳を閉じればいつだって伊里野の姿が浮かんでくる。浅羽が切った、白くて綺麗な髪の感触が蘇ってくる。

――浅羽が目を覚ましたとき、晶穂はもういなくなっていた。
机に突っ伏したまま、眠ってしまっていたらしい。
何年前から部室にあるのか分からないほど古びた壁掛け時計の短針は、最後に見たときよりも30度ほど進んでいる。

「……帰るか」

夕陽は完全に沈んでしまっていて、わずかに残ったオレンジの光が青みがかった薄暮と混じりあって淡い紫色になっている。
窓から入ってくる光量は外でじじじと変な音を立てる電灯の分だけで、それは勿論廊下を照らすには不十分だから階段を降りるときには足を踏み外さないように慎重に歩かなければならなかった。
一階の正面玄関のすぐそばまで来たときに――浅羽の耳が、聞き慣れない音を捉えた。

じりりりりり、じりりりりり。音は、来客受付用の窓口のすぐ横に設置されている公衆電話から鳴っていた。
公衆電話にも固有の電話番号は設定されているから、その番号に電話をかければ公衆電話が着信音を鳴らすことだってあるというのは雑学の一つとして知っていた。
だけど実際に公衆電話が鳴っているところを見るのは初めてで――

ごくり、と音がした。浅羽がつばを飲み込んだ音だった。

三台並んだ公衆電話の、一番右端。音はそこから鳴っていた。浅羽は恐る恐る近づいていく。
浅羽が目の前まで来た途端に、公衆電話は、りん、と小さな音を最後に沈黙した。
公衆電話の排出口には、一枚のテレホンカードが残っている。浅羽はそれを一気に引き抜いた。

「赤い……テレホンカードだ」

浅羽の手に握られたテレホンカードの色は赤。そこに書かれていた文字は、

「PSYREN……? なんて読むんだろうこれ。プシ……違う、PSYはサイキックのサイと同じだから……サイレン?」

これが――これが、なんでも願いを叶えてくれるという赤いテレホンカードなのだろうか。
浅羽はもう一度、ごくりと息を飲んだ。これをどう使えば願いが叶えられるのだろう。
テレホンカードの表面を見てみても、PSYRENという文字の他には目立った特徴はなかった。
だけどこれがテレホンカードならば、その使い道は、一つしかない。分かりきっている。

浅羽はゆっくりと、テレホンカードを公衆電話のスリットに挿し込んだ。
当たり前の話だけれど、電話というものは電話番号を入力しないとどこにも繋がらない。
赤いテレホンカードには電話番号なんてまったく書かれていなかった。願いを聞いてくれるという割にはすごく不親切だ。
だけど浅羽は、何の迷いもなく銀色のボタンを押した。

#、0、6、2、4。

伊里野の持っていたグレーのテレホンカードを使って、たった一度だけかけたことがある番号だった。
あのときも一階の正面入口に並ぶ公衆電話の、一番右端――つまり、今使っている公衆電話とまったく同じ場所だったことを思い出す。
これは何かの偶然なんだろうか。それとも必然なんだろうか。
どくんどくんと心臓が脈打っているのが分かる。その鼓動はいつもより早くて、強い。

「おはようございます! 世界はつ・な・が・る――サイレン入国管理センターです」
「あ、」

ボタンを押し終わって、呼び出し音の一つも鳴らないうちに受話器の向こうから聞こえてきたのは女の人の声だった。
いきなりのことに驚いた浅羽が意味を持たない単音を発しても、受話器の向こうの相手はまるで浅羽の困惑なんて無視して喋り続ける。

「――それではこれから入国審査を行います。質問にお答えください」
「あ……は、はい!」

浅羽の了解の返事が終わらないうちに、受話器越しの質問は始まった。

「第1問――12歳以上の日本人である」
「はい」
「第2問――この国の未来に絶望している」
「……はい」
「第3問――過去に脳に傷を負った事、あるいは疾患があると認められた事がある」
「いいえ」
「第4問――慢性的な呼吸困難、もしくはこの星の空気が息苦しいと感じる事がある」
「いいえ」
「第5問――喋る羊の夢を見た事がある」
「はい」
「第6問――宇宙人はいると思う」

どきりとして背筋がすっと冷たくなった。浅羽の答えは、YESだ。
宇宙人はいる。伊里野がずっと戦ってきた相手が、宇宙人なのだ。
伊里野は宇宙人と戦って、そして帰ってこなくて――

「第8問――1から30までの数字の間に素数はいくつありますか」

浅羽の答えを聞かずに、受話器の向こうの相手は次々と質問を投げかけてくる。

「第14問――球型プラズマ、蜃気楼、観測気球。あなたが写真に撮るとしたらどれ?」
「これは、」
「第15問――マンテル。チャイルズ=ウィテッド。その次は?」
「ゴーマン」

マンテル大尉墜落、チャイルズ=ウィテッド目撃、ゴーマン空中戦。
UFO目撃史上における三大事件だ。

「第29問――自分の手の指や七本あるように思えたり、誰かがあなたの臓器を抜き取る相談をしている声が聞こえたりはしなかった?」

「第32問――螺旋アダムスキー脊髄受信体って言葉に聞き覚えがある気はする?」

「第41問――ラジオのノイズから金星人の声が聞こえたことはある?」

「第45問――太陽をじっと見つめていると霊体ミミズが視界に入ることは?」

「第46問――さっきからずっとあなたの後ろにいるのは誰?」

ごくりとつばを飲み込もうとして、飲み込む唾液もないくらいに口の中がからからに渇いていることに気付いた。
放課後の校舎の中で電話をしているだけだというのに、見知らぬ異世界に放り込まれたような違和感しかない。
体温が低くなって、なのに心臓の鼓動だけは早鐘のように鳴り続けて、頭がぼうっとしてくる。

「第53問――『アルミホイルで包まれた心臓は六角電波の影響を受けない』というフレーズに聞き覚えがある気はしませんか?」
「、椎名先生、あなたなんですか」

これと似た質問をされたことがある。あの夏の間だけ園原中学校の保健教諭になっていた椎名真由美が、かつて浅羽にした質問とそっくりだった。
当たり前のように浅羽の質問は無視されて、受話器から聞こえる女性の声は機械か何かが喋っているんじゃないかと思うほどに一定の速度を保ったままだ。

「第54問――猫すき?」

頭をハンマーで思い切り殴りつけられたような衝撃を感じて、浅羽は目眩を覚えた。
この質問は――二人しか知らないはずなのに。
伊里野と二人だけで話した、秘密だったはずなのに。

「まさか、伊里野、」
「第55問――UFOの夏は、もう終わり?」
「……終わらない、終わらせない!」

反射的に叫んでいた。お腹の底の方から何かが込み上げてきて、身体中が熱くなってくる。
#0624は
、6月24日は、全世界的にUFOの日なんだ。
伊里野が空から帰ってきて、UFOの夏はいつまでも終わらない。それがぼくの望みなんだ。
ぼくはビターエンドに納得できるほど大人じゃないんだ。
ちん毛がぼーぼーになったって、髭を毎日剃らなきゃいけなくなったって、我儘を言いたいだけの子どものままなんだ。
赤いテレホンカード、お前がなんでも願いを叶えてくれるというなら、


「ぼくは、伊里野にまた会いたい……!」
「――審査が終了しました。ようこそ、サイレンの世界へ」


ジリリリリリリリリリ。呼び出し音が鳴る。


 ◇ ◇ ◇


「再び会える事を期待している――人殺し」


 ◇ ◇ ◇


現実離れした経験を済ませた浅羽は、ひとまず自分の頬をつねってみることにした。

「……痛い」

痛覚はきちんとある。もう少し強くつねってみると、痛みも増していく。
なのに夢から覚める気配は全然なかった。だからきっと、これは全て現実なのだろう。
最後の一人が決まるまで、これは――聖杯戦争は、続けられると、天戯弥勒を名乗った男は言った。
そして聖杯戦争には、対になるサーヴァントという存在と共に臨むことになるのだとも。
ならば、浅羽の目の前に傅いている男こそが、

「あなたが……ぼくのサーヴァントなんですか?」

眉目秀麗という形容がよく似合う、まだ成人もしていないだろう若い男は、こくりと頷いた。

「クラスはアーチャー――主の矢となり、敵を打ち貫く弓兵だ。真名は――」

穹(いしゆみ)と、アーチャーは名乗った。穹徹仙というのが、アーチャーの真名――つまり本名らしい。
これ以上ないほどに弓兵のクラスに相応しい名前だと浅羽は思った。

浅羽は、国語の成績は人並みだった。あまり本を読まないし、漢字の読み書きは得意ではない。
だからアーチャーの真名が持つ、もう一つの意味に気付くことがなかった。
穹――この字には、天空という意味が含まれている。
伊里野が帰っていったあの場所と、同じ意味が込められている。


【マスター】
浅羽直之@イリヤの空、UFOの夏

【参加時期】
原作終了後(中学三年生に進級済み)

【マスターとしての願い】
伊里野加奈ともう一度会う

【weapon】
なし

【能力・技能】
なし

【人物背景】
イリヤの空、UFOの夏の主人公。これといって特徴も得意なこともない普通の男子中学生。
周りに流されやすく奥手な性格だが、時折突飛な行動力を見せることもある。
実家が理髪店を経営しているため散髪が得意で、校内で生徒相手に散髪をして小遣い稼ぎをしている。
中学二年生の夏休み最後の日に伊里野加奈と出会ったことで、彼の運命は大きく変わってしまう。

【方針】
伊里野と会うためならなんだってやってやる


【クラス】
アーチャー

【真名】
穹徹仙@天上天下

【パラメータ】
筋力B 耐久C 敏捷C 魔力E 幸運E 宝具D

【属性】
混沌・善

【クラス別スキル】
対魔力:E
単独行動:B

【保有スキル】
白羽(穹):A
太古の昔より磨かれてきた武芸を受け継ぐ。穹は弓を司る血筋であり、アーチャーは穹家の現当主である。

龍門:E
氣を操るスキル。龍に喰われた故事により、大幅に弱体化している。

【宝具】

『蒼穹一矢』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:1
太古より弓術を司ってきた穹の武の結晶ともいえる一擲が、宝具へと昇華した。

【weapon】
ダーツの矢

【人物背景】
非常に美しい容姿の男。一人称は「僕」「俺」。
近代の科学技術を応用した技を使う他、水龍の龍門を持ち、水滴に氣を込めて、弓の如く投射する術を持っていた。
しかし異能の力を喰らう龍拳に龍門を喰われ、能力を喪失してしまう。
主である高柳光臣に忠誠を誓っており、彼の人柄に惚れ込んでいる。
実は仮面ライダーマニアで、昭和も平成も両方を愛する主義の持ち主である。

【サーヴァントとしての願い】
主であるマスターの願いを叶えるために自らの力を奮う。
出来ることならばもう一度光臣のために力を使いたい。

【基本戦術、方針、運用法】
正面切っての戦闘で他のサーヴァントより優位に立つことは難しい。
アーチャーの本分である狙撃とクラス特性の単独行動を有効に活用し、勝つことではなく生き残ることを優先すべきだろう。






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参戦 浅羽直之&アーチャー(穹徹仙 028:あの空の向こう側へ

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最終更新:2014年10月23日 22:24