太陽は闇に葬られん◆A23CJmo9LE
月の見えない天井。
無機質な空間。
戦場から離れた静寂で男は佇む。
「不動明……あの姿は一体……?」
そう呟くと男、天戯弥勒は右眼を覆うように手をやった。
その掌の下で目線を何かを探すように様々に走らせる。
そしてあるところに視点を定め、目当てのものを見つけて納得の声を上げる。
「なるほど、そういうことか。逆光運河・創世光年を成さず、人類を進化させようとするとそういう真似をするのか、あの獣は」
「あの正体を知っているのか」
新たに一人、男が姿を見せる。
先刻あった不意の来客と同じ、金色の髪に容姿端麗な存在がどこからともなく現れたのに驚きもせず、言い咎めることもなく弥勒は問いに答える。
「ああ、今答えを見たところだ」
「聞かせてほしい」
右眼から手を放し、疼くように少しだけ表情を歪めると、その眼で見たものの解説を始めた。
それを暗闇から現れた男、飛鳥了は静かに傾聴する。
「あれは魔神柱というものらしい。ゲーティアに記された72柱の悪魔の名を冠する使い魔だ。アモンはその中でも高名な悪魔だろう?」
「私の知るアモンの姿はあのような醜悪な肉の柱ではなかったが……」
グリーフシードに満ちたケイオスタイドによる影響とはいえ、明の善性があれば魂まで汚濁することはないと思っていた。
ルシファーと並ぶ強壮なる悪魔アモンの肉体が変質するとも了には思えなかった。
「私たちが今いる世界とは基準を異にする編纂事象では魔術王が人類すべてが進化させようとしていた。
その結果人類の大半は悪魔族へと転じた……不動明は獣魔族アモンと呼ばれる悪魔となった。
人が名付ける前から悪魔であった真性悪魔、デーモン族。人が人であるがゆえに切り捨てることの叶わない人類悪。この二つは極めて近しい概念だ。
そしてサーヴァントとは意思を持つ存在を使い魔という術式に落とし込むもの。
魔神柱というのは魔術王の保有する術式が意思をもったものらしい。
二つの近似する概念に加え、並行世界の魔術王とアモンの繋がりゆえに魔神柱へと姿を変えてしまった、というところだろう。些かと言わず外法な地だからな、ここは」
弥勒のつらつらと語る魔神柱というものの正体に理解はしかねるも納得はする了。
肉体はともかく魂のラベルが無事ならばひとまずは目的を達することができると焦燥を抑える。
「情報に感謝する。私にも伝えておくとしよう……しかし今更だが超能力者にしては魔術に精通しているな。
根源にでもつながったか?私以上の知識とは」
「詳しいわけじゃない。答えを見た、と言ったろう」
そう言いながら弥勒はまた右眼を抑えるように右手を伸ばす。
了はその手の下を探るように見つめ、ゆっくりと答えを出す。
「魔眼か?いや、まさか千里眼?生まれつきではないな。どうやって手に入れたんだそんな代物」
了の顔に珍しく驚きが浮かぶ。
その珍しい表情を可笑しそうに見返し、弥勒はその眼の出どころを喋り始めた。
「生命樹信仰というのは様々な神話に様々な名で存在する。
ある神話では、キスカヌ。別の神話では、娑羅双樹。また別の神話では、ゴフェル。あるいは、セフィロトにユグドラシル。
これらは同一の元型を持つものであり、俺のPSI、そして魂の『起源』にも通ずるらしい。
生命の樹は世界を支え、あるいは繋ぐ……流れてきたのさ、世界から俺に向けて情報が。
世界樹ユグドラシルの根元に繋がる命の泉がデンマークにあることを、俺はセフィロトを通じて知ることができた」
世界樹ユグドラシル。命の泉。
それは北欧神話に語られる大神が智慧を得た舞台として有名だ。
ルーン魔術の開祖と言われる大神は無窮の叡智の代償を払い、世界を見通す神となった。
払った代償は、自らの命と、そして泉に捧げた右眼。そう、つまり……
「ミミルの泉からオティヌスの右眼を回収したのか。
数多の並行世界を生み出すが故に、その並行世界を俯瞰する規格外の千里眼を持つ『魔神』……グランドキャスター、オティヌス。
捨てられたその眼に未だ機能が残っていたとは驚かせてくれる。
ある意味では『宝石』の魔眼より扱いの難しい代物をよくその身に宿せたものだ」
身体に依存する千里眼は宿主が死しても、宿主のもとを離れても機能を続ける。
オティヌスの眼が千里眼となった時点で、泉に捨てた眼もまたグランドキャスターの資格である千里眼へと性質を変えていたのだ。
「イルミナの移植に比べればなんてことはない……といっても俺はその実態がどんなものかは知らないが。ウラヌスには感謝しかないよ」
創造主と呼ばれる天才サイキッカーの少女が人を人ならざるものに処置できる技能があった。
その力を借り右眼を霊的に移植すれば、あとは起源の類似する生命の樹の保持者である弥勒になら規格外の千里眼もある程度は使いこなすことができた。
あらゆる並行世界を見渡し、テレホンカードを手にする者を見極め、今も時折会場での戦端に目を配っている。
「並行世界を見渡す千里眼を、たかだか聖杯戦争の監視に使うなど贅沢な」
「俺も、お前ももとより聖杯など欲していまい。心底それを望んでいるのが神に最も近いマンセマットなのは何とも皮肉なものだ。
俺たちの目的は聖杯戦争のその先なのだから、そのためならば魔神の眼も相応しいと言える」
「とはいえ人の身でその眼は扱いきれるものではないだろう。器が足りない。私の知る限りその眼を持つものはどれも純潔の人間ではなかったはずだ」
英雄王ギルガメッシュ。魔術王ソロモン。キングメイカーことマーリン。
神の血や知識、あるいは夢魔の血が混ざった人外でもなくば脳髄や神経が焼き切れてもおかしくない。
「扱えてないさ。見えるものすべてをまともに受け止めていたら今頃俺は廃人だ。
……さっきまで垣根帝督がやっていたあれと似たようなものだ。リスク処理というやつだな。
脳が焼ける前に俺の手で視神経をレイラインごと切ることでまばたきの代わりにしている。視点の切り替えも同様だ」
そう言っている間にも右眼の視神経を焼き切り、そして生命の樹によって回復する。
まばたき程度の気軽さで訪れるその激痛に苛まれても、弥勒は少し疼いたくらいの反応で右手を目にやり不敵に笑みを浮かべるだけ。
「もちろん使いこなすための腹案はある。それが俺の目的のために必要なことなのだからな」
そう言いながら保管したエレン・イェーガーのもとへと歩み寄る。
「肉体のスペックを向上させる必要がある。死徒化などではまるで足りない……この身に神を、オティヌス自信を混ぜ、疑似サーヴァントになることだ。
もちろんそのままでは神の意識に俺の人格は呑まれ、僅かな思念を遺す程度になってしまうだろう。
必要なのはエレン・イェーガーに宿る『始祖の巨人』の力だ。巨人を掌握する力を秘めたそれを奪い取ることで、ユミルの継嗣である半神半巨人のオティヌスの意思をねじ伏せる。
そうすることで、俺はオティヌスの疑似サーヴァントとなっても人格を侵されることなく俺の意思を保つことができるだろう」
「君は完全にオティヌスを降ろすつもりなのか……?確かに神霊であるあの女の力を使いこなすにはそれしかないだろうが、そうまでするか」
冠位の魔術師の、神霊の力を手にしなければならないことなどそうはない。
その欲深さと、何より血走った眼でエレンを睨む弥勒の凄味には了も多少なり感心する。
「この眼を通じて知ったことがある。
俺たちの生きる宇宙は異なる展開を見せる並行世界を許容する。しかし際限なく並行世界を発生させ続けると宇宙の寿命が尽きてしまう。
故に世界は選択し、記録し、収束する。『もっとも強く、安定したルート』から外れた世界を伐採し、エネルギーの消費を抑えるのだ。
消えゆく世界を『剪定事象』と呼び、基幹となる世界を『編纂事象』と呼ぶ」
弥勒の眼付が変わった。
千里眼を得て、神の視点に立ったことで人間味が薄れている。
「ふむ。魔術師の言うところの『人理』のことか」
「そうだ。人理に記録された事象はいかなる過程を経ようと覆ることはない。
神代のそれでもなお足りない、規格外の魔術師でなくば人理を焼却し、それを否定することはできない」
そう。
歴史を変える偉業を成すのは容易いことではないのだと、神の眼を得て思い知らされた。
世界を騙した、姉と宿敵がどれほどのことをしていたのかを改めて弥勒は知ったのだ。
そして、自らがそれに挑むことがどれほどの苦行であるかを。
「なるほど、そうか。『主神の槍(グングニル)』により世界を作り変える魔神オティヌスならば人理焼却も成ると考えたか。しかし疑似サーヴァント程度でそこまでできるかどうか」
「かまわんさ。何も人類史すべてを否定しようというわけじゃあない。そんなものは獣の所業だ。
俺はほんの少し現代を守り、未来を変えることができればそれでいい」
弥勒の眼に少しづつ人間性が戻る。
千里眼を通じて見るのではなく、過去を振り返るとき彼は紛れもなく個人になっていた。
その様子に少しだけ了は疑問を覚えた。
「オティヌスの千里眼は未来視にまで至るのか?」
「さあな。本来のものならどうか知らんが、少なくとも俺は並行世界を覗き見るのが精いっぱいだよ」
「ならどうして君は固定された未来を知った?」
質問を受けると弥勒は複雑な表情で懐から赤いテレホンカードを取り出した。
懐かしむようで、誇らしげで、しかし悲しげでもある。
「姉さんと…夜科アゲハが教えてくれたのさ。10年後の未来と、それに至るまでの戦いの歴史を」
想起する。
姉と宿敵が届けてくれたメッセージを。
自ら紡いだその結末を。
「10年後、この地球が地球外の存在によって滅ぶ未来を見た」
思い返すのは自らの愚かさとその罪。
「俺の呼び寄せてしまったクァト・ネヴァスの手によって地球上の生命体の大半は絶滅の危機に陥る。
その未来は第一波である約束の涙を手にしたミスラを俺と夜科アゲハの手によって殺し、消し去ったはずだが。
それはおそらく人理に記録されている。数多の世界で似たような事象を観測したからな」
自ら引き起こしてしまった事件は幕を下ろした、はずだ。
そして同じような事件は、全く異なる地でも起きていたのを知っている。
弥勒は再び右眼を抑えるようにし、そしてかつて見た世界の記憶を手繰り寄せる。
「纏流子の刃で原初生命繊維は断ち切られた。
鹿目まどかの願いが絶望の魔女を救済した。
伊里野加奈の尽力によって異星人の侵略は防がれた。
現時点で地球は宙よりの侵略者に敗北することはないと人理に刻まれたはずだ。だが、10年後はどうかは……不安材料も多い」
あらゆる世界の歴史に刻まれている。
地球は外宇宙の存在になど負けはしないと。
しかし、弥勒は知っている。10年後の未来に外宇宙からの侵略者の本隊が訪れる可能性があることを。
ミスラによりウロボロスが呼ばれるように、何かが地球に訪れる危険がある。
「人吉善吉の過ごす世界で鶴喰梟という男が生命活動を停止した場合、その男の遺言により月が地球に落ちることになっている。
インキュベーターという地球外知性体の魔の手に未だ脅かされる世界もある。
直近の事象としてはそれだが……ほぼすべての世界に共通して見られる『捕食遊星』の伝説が気になる。
ヴェルバーと呼ばれるそれは月の干渉がなければ地球を訪れ、滅ぼす……あたかも『ウロボロス』のようにな」
地球が救われるのが人理に刻まれたとしても、10年後の滅びまでも記録されているかもしれない。
その因子は様々な世界に転がっていた。
そしてもう未来を見ることの叶わない弥勒ではその可能性を人並みに予測することしかできない。
「もし君の見た未来が人理に記録されていたならば地球が彼方からの来訪者によって滅ぼされる、と。
それを防ぐために魔神の力を手にしようとは意外と人のいいところがある」
「わざわざ否定はしないが。あくまでそれは二の次だ」
弥勒の眼に映っているのは、世界を滅ぼしてでも救いたいものだった。弥勒を人間足らしめている存在だった。
世界の危機よりもその危機の方がよほど重要だ。
「現代において5本の指に入るだろうサイキッカー、八雲祭という女がいた。
そいつは明らかに格下である俺の部下の一人の毒を受け、ある歴史ではその毒による弱体化が原因で死に至っている。
あの女の服毒はあらゆる世界で観測される、人理に記録された不変の歴史だ」
語るのは人理に刻まれた不変の現象。
赤いテレホンカードを通じて知った事象においても、歴史を変えることはできないと一人の女の危機を通じて世界は知らしめてきた。
「それがいかなる歴史を固定しているのか。俺の生存か、それに付随するクァト・ネヴァスの襲来か。
その答えは分からないが、歴史においては個人に発生する事象もまた記録され……何より観測された死は絶対となりえる」
いかなる歴史をたどろうと滅びを迎えると決まったものは滅びるらしい。
ブリテンという一国であろうと。ムーンセルという規格外の演算器であっても。
ならばもちろん数人の人間の死など容易く世界はもたらしてしまうだろう。
「なるほど。特異点と呼ばれる歴史のシミであっても死を記録されたなら、特異点修正後もその死の運命は覆されない。
多少時期にずれは生じるだろうが、人理焼却という異常事態を引き起こさない限り必ず死に至るだろう。
……『赤いテレホンカード』の力で未来を変えたとしても、その未来で死んだものはやはり死ぬ可能性が高い」
「ドルキ。ウラヌス。ヴィーゴ。シャイナ。ジュナス。そして俺にグラナ。クァト・ネヴァスの訪れた未来においてW.I.S.Eは殆ど全滅だ。
その未来にも多少のショックは受けたが……この眼を通じて霊子記録固定帯のことを知ったときはその比じゃなかった」
10年以内に自分も含めてほとんどの仲間が命を落とす。
これが歴史に記録されているとすれば、それは地獄などというものではない。
「かつての俺の計画が原因で世界が滅ぶ。それが必要ならばまあいい。
だが仲間と共に過ごす世界を求めておいて、その結果が仲間の死など受け入れられるわけがない。
……あいつらが10年前後で必ず死にゆく世界など認めるものか」
そう、弥勒は一人漏らす。
一人たりとも仲間の手は借りず、悪魔や天使に手を伸ばしてまで彼は仲間を巻き込むのを避けた。
聖杯戦争などという大事に巻き込んでは、その過程で命を落としてもおかしくはないのだから。
10年以内に死ぬという歴史をここで確定させてしまうわけにはいかないのだから。
世界が滅んでも別に構いはしない。その過程で仲間が消えゆくのは我慢ならない。
弥勒のその意識は、魔王の思う混沌とした世界を生きるに相応しい強く、倫理に囚われない自由なものだった。
その凄烈な、新たな魔王かあるいは獣と言える在り方に了は笑みを深めた。
「英霊を喚ぶ聖杯戦争という形をとり、マンセマットと私のような人外も交えて、人理焼却というとびっきりの人類悪を成そうとする。
明が並行世界の因果を引き寄せてしまったのを見るに随分術式を歪めたものだ。
もしやティアマトを倒したヒトナリや、原初への『回帰』を願う私、それに『愛欲』の果てを知ったほむらは呼び水で、グランドクラスを召喚するために原点の決戦術式・英霊召喚に近づけたな?
悪魔染みた発想だ。全く感服するよ、弥勒」
「お前の目的とかち合うことはないと確信できたか?」
「ああ。明は狙い通りソウルジェムに満ちたケイオスタイドを啜り、絶望の果てに受肉した。あれなら英霊の座でなくヴラヴァやシレーヌの待つ地獄へと送ることができる。
巨人族やデビルマンの堕ちた地獄で神々の悪辣さをその眼で確かめてくれるだろう」
多少なり気に食わないことはあるが、それが最善の道であると了は砂をかんだような表情で堪える。
「同胞を地獄送りとは大層な友情だな」
「なに、問題はないさ。ケルベロスはおろか闇の帝王ハデスだろうと明には敵わないだろうからね。
……さて、俺はそろそろお暇しよう。私とともに明のひとまずの最期を見届けなくては。それと、ついでにマンセマットの末路も冷やかしておこうか」
そう言うと口元に嗤いを浮かべて、闇へと了は去っていく。
そうして空間には一人弥勒だけが残され、数秒の間耳に痛いほどの沈黙が下りた。
そこへ銃声に近い炸裂音が響き、静寂を切り裂く。
炸裂音と共にどこからか放たれた強大な弾丸が弥勒を貫き、その肉体は衝撃で宙を舞う。
胸元に空いた風穴、甚大な出血、誰が見ても天戯弥勒は間違いなく死んだと思うだろう。
銃声の主もそう考えて、暗闇から姿を見せる。
その正体は女神ノルン。
大天使マンセマットの同胞であり、此度の聖杯戦争においてはその能力で時間操作に制限を課す役割を果たしていた女神である。
「まさか、アレは…ルシファーが噛んでいたとは」
弥勒の死体を確かめるノルンの口から言葉が漏れる。
「聖柱は顕現し、もはや我らの計画が大詰めだというのに――」
「あいつや俺に邪魔されるわけにはいかない、か?」
ノルンの言葉を継ぐように弥勒の亡骸…だったはずのものから声が放たれた。
「今のはグランドタックだな。神樹ユグドラシルの放つ、至高の魔弾に手を伸ばさんとした強力な銃撃。
ここまで死にかけたのはグラナの天墜をまともに浴びて以来かな。大したものだよ」
エレン・イェーガーの死体から光る枝が伸びて、その枝に触れたところから弥勒の傷が癒えていく。
エレンの肉体も死んでいるとは思えないような瑞々しさを保っていたが、その生命力を奪うように、弥勒の傷が癒えるほどに逆にエレンの体は朽ちていく。
最後に自重でエレンの体が枯れ枝のように折れると、弥勒の体は完全に癒え、再び堂々と立ち上がった。
つい先ほどまで間違いなく死んでいた男の復活に、何よりその見覚えのある枝にノルンも瞠目する。
「生命の樹“王国”……どうしたノルン?お前の中の一人はワルキューレだろう?死者が立ち上がり戦うなど幾度も見てきたはずだ。
それともこの生命の樹に見覚えがあるか?かつてウルズの泉の水でお前が育てていた生命の樹に似ているのが驚きか?」
ニンゲンの戯言と切って捨てるように再び銃撃を構える。
次の瞬間に銃声
「ひれ伏せ」
ではなく弥勒の発したその命令が響き、その通りにノルンは突如重力が増したかのように倒れ、『ひれ伏す』。
令呪で命令されたサーヴァントのように意思に反した行動を強制され、ノルンの脳裏に次々と屈辱が、疑問が駆け巡る。
人間風情が。おのれ、何をした。動けるようになったなら即座に縊り殺してくれる。
女神の美しいかんばせにその悪意を存分に浮かべ弥勒を睨むが、睨まれた方は涼しい顔でそれを受け流す。
「なぜ?と聞きたそうだから答えてやろう。エレン・イェーガーのおかげだよ。彼に宿った『座標』の力をものにしたのさ。
あらゆる巨人の繋がる空間を超越した道の交差点が今の俺の中にはある」
生命の樹によって生命を奪われ、枯れ落ちたエレンの亡骸を背後に弥勒が歩み、ノルンに近づく。
「巨人の力を宿したユミルの民が命を落とした時、宿った巨人はどこかのユミルの民に転生する。
……エレン・イェーガーが死ねばその身に宿った二つの巨人の力は別の誰かのもとへと移ってしまう。奪うには生かしたまま喰らわねばならない」
崩れたエレンの亡骸が灰へと転じた。
「この世界で死んだ者は灰へと帰る。転じて言うならば、灰になっていないものは世界の認識において死んでいないということだ。
セフィロトを通じて俺とパスを繋ぎ、命を共融している間は奴に巨人の力は宿り続けた……そして先ほど、そのパスを通じてエレン・イェーガーの命を喰らった。
今の私…俺は『進撃の巨人』と『始祖の巨人』の継承者だ。わかるか、ノルン?巨人族の三姉妹よりなる女神よ」
「座標の力が、私を縛っていると…!?」
ノルンを形成するのは幾柱かの女神の要素である。
特にその頂点の三姉妹、現在過去未来を司る巨人族の女神のことを指す。
彼女の道もまた、どこかで『座標』に通じているらしい。
「俺の右眼はオティヌス…ユミルの一族である魔神オーディンのものだ。巨人の王ユミルの系譜の力に触れていれば片鱗とはいえ『始祖の巨人』の力を振るうことができる。どうやら実験は成功したな」
「私で、力を試したというのか……!」
「その通りだ」
ノルンの目と鼻の先に立ち、弥勒は見下すようにして掌からセフィロトを展開する。
「最期になるがノルン。お前には感謝している。
ユグドラシルに一度奪われたその力を再び身に宿したため、お前はただでさえ深い世界樹との繋がりをより濃くすることとなった。
それがあったからこそ、ユグドラシルは輝きを取り戻し、俺のセフィロトへ居場所を知らせてくれたのだろう。オティヌスの眼を見つけることができたのはお前のおかげだ。
そしてセフィロトとユグドラシルの繋がりがあったからこそ、俺はそこへ千里眼を向けることでお前とマンセマットを発見できた。その繋がりにテレパスを送ることもな。
この聖杯戦争の開催にお前という存在は欠かせなかった。そして、俺の目的の終結のためにもお前の存在は欠かせない」
掌から出されたセフィロトが束ねられ、強靭な槍のようになる。
「俺に跪き、糧となって死ね。ノルン」
そしてその槍が、何もできず跪くノルンを貫く。
うめき声ひとつあげる間もなくノルンもまた灰へと帰る。
……その灰の山に一つ、残るものがあった。弥勒はそれを手に取り、大切そうに懐にしまう。
「ユグドラシルの枝。お前が宿した力の結晶、タダノ風に言うならフォルマか。思ったより小さいな。こんな僅かな傷から世界樹が枯れるとは神秘の衰退とは恐ろしいものだ。
しかし小さい木片しか得られなかったな。これでは槍にするには少し足りないか?」
やはりスペアに手を出すか、とつぶやき、改め得て千里眼で会場に目をやる。
視界にまず飛び込むのは二つの戦場。
聖なる柱と向き合う、人間と悪魔。
魔なる柱を向きあう、人間と悪魔を宿すものたち。
それを取り巻く、戦場の空気。
「綺麗だ」
その大気はすでにPSI粒子以外にも様々なものに侵されている。
未元物質であり、テレズマであり、スタンドエネルギーであり、マッカであり、ケイオスタイドであり、心象風景そのものでもある。
「あらゆる世界のあらゆる法則が入り乱れ戦うことで、空気に魔力が満ちていく。
かつて神が闊歩した時代の空気は、こんなふうに輝いて見えたんだろうな……これならオティヌスも馴染むだろう」
場が整いつつあることを確かめ、今度は自らの胸に手を当てる。
「必要なものは『座標』である。巨人を従える始祖の巨人の力でもってオティヌスの意思をねじ伏せる」
ゆっくりと深呼吸をして、そこに力があると認識を深める。
ノルンが屈したその力は本物だと改めて確信する。
「オティヌスの右眼を宿していれば巨人を操る力を行使できることは確信できた。
ノルンを失い、暁美ほむらの枷は外れてしまったが、もはや佳境だ。夜明けごろには時間素行までできるようになってしまうかもしれないが、それも些末事」
再び戦場に意識を向ける。
今度は大気でなく、現れた規格外の怪物二柱に絞って。
「魔神柱に聖柱とはずいぶん規格外ではあるが、英霊と人間の合体という実例もこの眼で観測できた。
召喚はまだしも合体には多少の不安があったが、あの分なら俺にもさほど難しくはなさそうだ」
マンセマットの術式は観察できた。デビルマンの合体も見た。
サーヴァントを現世にエーテルで器を与えるのではなく、天戯弥勒という器に流し込み、それによって器自体も変質させればよいのだ。
すでに千里眼を宿し、変質しつつある体にオティヌスは馴染むはずだと自分に言い聞かせる。
「巨人を抑えるのに最も適したカタチの魔術回路も奪った。この手だけは守り切れば、抑えることができる」
今度は千里眼の先でなく、右手の甲に目をやる。
そこにあるのは自由の翼。エレン・イェーガーに刻まれていた令呪を巨人の力ごと奪ったのだ。
巨人を制するのに彼のもの以上に優れたマスターはいないだろうと、その魔術回路ごと奪い取った。
……オティヌスを抑えるための準備は重ねている。
「必要なものは礼装である。魔神の振るった『槍』、世界樹ユグドラシルの枝……ゴフェルと呼ばれる木片を。そして、竜を従える『弩』を」
あとは呼び寄せるだけ。
そのための触媒をノルンを殺め、手にした。
不足ならば他にも候補は用意している。
左眼に体の随所から発生させた、世界樹と名付けたPSIが映る。
そして右眼に映る戦場の景色を移動させていく。
まず映ったのはアーチャーのサーヴァント、穹が戦地に遺した矢が突き刺さる公園だった。
そしてすぐに千里眼に見える景色を切り替える。
グングニルの名を冠する槍を持つランサーのサーヴァント、レミリア・スカーレットを彼方より見やる。
そしてとある世界において『主神の槍(グングニル)』の材料となった、生きるゴフェルともいえる存在……今や聖柱と呼ばれる存在になったテイトクを睨みつける。
材料はある。
あとは召喚に適した環境と、肉体のピークのタイミング。
「必要なものは引力である。月と地球の引力が条件を満たすその時に、俺はオティヌスをこの身に宿す疑似サーヴァントとなる」
そしてまた、千里眼に映る世界を切り替える。
右眼の視界に捉えたのはこの地で誰より因縁深いサイキッカーだった。
太陽の対となる、月の姿。
「生きてこの世界を見届けろといったな、夜科アゲハ。
結局俺の作る世界は破壊の果てにあるようだ。世界が俺や仲間を殺すなら、俺はその世界を焼き尽くす。
俺の選んだ道はお前の目にどう映る?」
数多の剪定事象で殺し殺され、一度だけ共通の敵を見据えた男。
ドルキ以外にはおそらく唯一自分と同じ高みに至り、同じ世界を異なる見方で捉えていた男。
「世界をまわり、仲間を集め、草の冠から始めるつもりだったんだよ。
それが、集めた仲間が世界に殺されるのを防ぎたければ冠位の力が必要なんてな。
世界樹の力を結集した、最高級の草の冠を用意する羽目になってしまった。
姉さんの言いたかったのはそういうものじゃないんだろうが……10年経とうと、その成れの果てを知ろうと俺にはやはりこれしかできないらしい」
「月は近づく。天国の時は近い……さて。オティヌスの触媒でもある、弩と木片の回収に行かねばな」
【天戯弥勒@PSYREN-サイレン-】
[状態]魔力(PSI)消費(小)、『始祖の巨人』及び『進撃の巨人』吸収
[令呪]三画
[装備]オティヌスの右眼(EXランクの千里眼)
[道具]フォルマ:世界樹の木片
[思考・状況]
基本行動方針:オティヌスの疑似サーヴァントとなり、人理に刻まれた自身と仲間の死を歴史から焼却する
1.『槍』と『弩』を回収するため穹の遺品、レミリア、テイトクのいずれかのもとへ向かう
2.オティヌスを召喚する
[備考]
※エレンの死体をセフィロトを通じて喰らいました。『始祖の巨人』、『進撃の巨人』の力を一部得ています。
【飛鳥了@デビルマン】
[状態]健康
[令呪]???
[装備]???
[道具]???
[思考・状況]
基本行動方針:神々との闘争に勝利し、デーモンの天下を
1.聖杯戦争を通じて明たち同胞に神を敵としてもらいたい
2.神々との闘争に備えて準備。その方策として受肉した明を地獄に送る
3.必要に応じて参加者にも主催にも介入する
4.戦力増強のためルイと子を産むことも考える
[備考]
※ルシファーの男性としての面を強く顕現した分身です。
両性具有の堕天使としての特徴を失うことで神々の一派の目を欺いています。
[全体備考]
※ノルンが死亡しました。それにより暁美ほむらの時間操作の制限がなくなっています。弥勒の見立てでは夜明けごろには時間遡行も可能と予想しています。
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登場キャラ |
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057-b:翼をください |
天戯弥勒 |
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飛鳥了 |
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最終更新:2017年11月12日 16:02