紅蓮の座標 ◆wd6lXpjSKY



モリガンが月夜を感じている時、使い魔がキャスターの居場所を発見していた。
北の方角にある温泉に彼女達は移動しているらしく、同行者もいるらしい。

学生のマスターと大柄なサーヴァント。
聞けば一度交戦しているあのライダーが、キャスターと共に行動しているのだ。
同盟を組んだか偶然居合わせたかは不明だが、このままキャスターに攻め入ると彼らとも戦わなくてはならない。

「ちょっと骨が折れそうね」

モリガンのマスターであるタダノは現在病院で安静を取っている。
考えなしに魔力を使い込んでは、彼の身体に悪い影響を与えてしまう。
しかし手を抜いた状態でキャスターとライダーの相手をするのは危険だ。

キャスターならば度外視な魔術を所有されていない限り、なんとかなる。
ライダーの相手をするならば、宝具の開放を行ってしまう可能性が高い。
足枷を考えた場合、今のモリガンはお遊び程度の戦闘しか行えないのだ。

「普段なら楽しい方にお邪魔するんだけど……」

空中で急停止し、西の方角へ振り向き、人差し指を唇に当てる。

「あっちも楽しそう……ふふっ」

タダノに負傷を負わせるきっかけとなったキャスターには痛い目を見てもらわないと困る。
しかし、西の方角から溢れ出る魔力はモリガンの好奇心を奪っている。
本調子で戦えない今、彼女は西へ誘われていく。

「ちょっとだけお邪魔しようかしら」



  ◆  ◆  ◆


日付が変わる前の深夜。
月が世界を照らす今宵の宴に、遅れて現れた少年エレン・イェーガー。
彼が守りたい全ての存在を心の中で描きながら、巨人が誕生した。


「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


雷鳴と共に誕生した体長十五メートル級の巨人は己の存在を主張するように吠える。
大気を振動させる咆哮は学園の窓を次々と破損させ巨人の規格外さを示しているようだ。
その巨人が誕生した理由――天戯弥勒を殺すため。


(天戯弥勒……アイツはミカサやアルミンを殺すって言った。
 平行世界だか多元世界だか知らねえけど、アイツなら何でも出来そうだ。
 俺の大切な仲間を殺すならその前に俺が――殺す!)


躊躇う必要などない。
エレンは自分を聖杯戦争に巻き込んだ張本人に鉄槌を下すだろう。
天戯弥勒が元の世界に趣き、仲間を殺すならば黙って見過ごせる訳もなく此処で殺す。
殺してしまえば聖杯に辿り着けないかもしれないが、仲間の生命には釣り合わないのだ。
願望器と云えど、多くの犠牲が生まれてしまえば血で創られた偽りの世界になってしまう。

エレンを守るために多くの犠牲が生まれた。
今更甘い戯言を言うつもりはない。
だが、エレンはまだ生きている。帰れば仲間がいる。
彼らにはまだ時間と希望が残されているのだ。聖杯が無くても進める意思が残っている。
此処で天戯弥勒を殺し聖杯戦争が白紙になったとしても、未来は残されている。

殺せ、戸惑うな。
此処は引く場面ではなく、選択をする場面だ。
雌型の巨人と対峙した時、自分が巨人になるのが遅かったからリヴァイ班は全滅した。
巨人化すれば生き残った……一つの可能性であり、エレンは胸の中で自分を責める。

(もう迷わねえ殺す――い、いない?)

視界に映るのは半壊している学園だけ。
光の枝でエレンを刺していた天戯弥勒が目の前から消えていた。
巨人化に伴い、一瞬ではあるがエレンの視界は途切れていた。
そのタイミングで見失った可能性も在るが、こうも音沙汰無く消え去ることが出来るのか。

「無事かエレン」

大きな図体で辺りを見渡しているエレンの肩にアサシンが飛び乗ってきた。
天戯弥勒失踪に伴い、彼が展開していた光の枝も消えたようだ。

(あの光……魔力の他に何かを帯びていた)

天戯弥勒と交戦する中で刃が通らなかったエネルギーフィールド。
魔力とは異なる異物で構成されていた力は天戯弥勒の能力なのか。
魔術と云っても世界の数だけ数多の流派が存在している故に正解を当て嵌めるのは至難の業である。
次は必ず仕留める。今はそれだけで充分であった。

『俺は無事だアサシン。天戯弥勒が何処に行ったか解るか?』

『アイツは消えた……俺にも行方は解らない』

最初は全く出来なかった念話も今では呼吸をするように行える。
エレンは肩に乗ったアサシンに天戯弥勒の行方を聞くが彼も知らないようだ。
暗殺者の目を盗み消えることが出来る天戯弥勒は何者なのか。
職員室に現れた時も突然の出来事、天戯弥勒は移転する能力を持っているかもしれない。

『そっか……じゃあ俺、もとに戻るか』

『そうだな。その身体は目立つからな――守れ、エレン!』

比較的平穏な状態で会話をしている中、アサシンは突然声を荒げ剣を引き抜いた。
エレンに防御の命令を下した後、彼の肩を蹴り地上へその身を落とす。
対の剣を構え、対象を殺すために動いたようだ。

命令されたエレンは何から身を守ればいいか解らず戸惑ってしまう。
アサシンが飛び降り、向かっている先を見ると一人の少女が浮かんでいた。

(浮かんでいる……?)

翼を宿した少女は妖しい笑みを浮かべてアサシンを待ち受けている。
エレンの脳内に走る情報によりサーヴァントと断定、天戯弥勒の他にも敵が潜んでいた。
他の参加者とは友好を築けるのならば同盟を結びたいと思っていたが時間が無い。
放たれる魔力と殺気から相手は此方を敵と断定している。

「私も混ぜてもらってもいいかしら」

「断る」

「残念……でも運命は決っているの」

アサシンが到達するよりも早く少女は掲げた右腕を振り下ろす。
すると上空に構成されていた赤い槍が少女の前へ放たれた。
空気を斬り裂くその一撃は異常な程魔力を纏っておりアサシンの顔が歪む。

(宝具――ッ!)

自分に備えられた対魔力のスキルも飾り程度にしかならない、覚悟を決める。
少女へ飛んでいる最中ではあるが、腕を前で組み槍から耐える体勢に移行する。
気休め程度にしかならないが、直撃よりは遥かにマシと判断し、次なる一手を張り巡らせる。
槍を受けた後どうするか、そもそも動けるのか、相手を殺せるのか。

様々な可能性を模索している中、アサシンにとって予想外の結果となる。
赤い槍が自分を無視して後方へ飛んで行った。自分から外れていたのだ。
横を通り過ぎる時、魔力と単純な速度の影響か風圧により吹き飛ばされそうになるも耐え抜く。

何にせよ外れたならばそれは運が良かった結果だけが残る。
剣を少女の首元へ走らせ、狩り取ろうとするも数多の球体が阻む。
少女は両腕から弾幕と呼ばれる魔力の球体を射出し、アサシンの身動きを止めた。
アサシンは剣で弾幕を弾き続け、損傷は無い。
しかし何時迄も空中に留まっていられる訳もなく、大地に足を落とす。

「……ランサーか?」

「さぁどうかしら。それよりあの巨人は貴方の知り合い?
 頭を潰したはずなんだけど超再生能力……でもサーヴァントの類ではないのね」

「ァァアアアアアアアアアアアアアアア」

赤槍から少女をランサーのサーヴァントと推測したアサシン。
その問に少女は白を切る。そして後方の巨人について逆に聞く。
少女が語る頭を潰すと超再生能力の単語を聞いたアサシンは後ろへ振り返った。

「エレ――マスター!」

赤槍が額に突き刺さり、叫ぶ巨人の姿が瞳に映る。
蒸気のような白い煙を発しながら痛みに苦しんでいるが傷は再生されている。
巨人の能力は夢で認識した程度ではあるが、魔力にも対抗出来るようである。

(痛え……けど、倒れるまではいかない)

エレンは痛覚で意識が飛ばないよう、己に喝を飛ばし拳を少女へ振り下ろした。
少女は簡単に避け、拳は大地を殴り付け、辺りに震動を発生させる。
アサシンは大地を蹴り上げ跳躍することで震動から回避、そのまま巨人の左肩へ移動した。

「マスター……そう。
 巨人がマスターだなんて面白いわね……いや、巨人に変身出来る少年か」

宙に漂う少女は一人納得するように嗤いながら巨人の正体に興味を馳せていた。
少女の言動からエレンとアサシンは人間状態であるエレンの素性が割れていると認識した。
つまり事前に情報を掴まれていたか、この短時間で知られたかの二択。

アサシンによる籠城によってエレンは必要以上に表へ出ていない。
その際に右腕の令呪は隠しており、アサシンも魔力を発していない。
普段の生活に置いてエレンを聖杯戦争の参加者と見抜くのは有り得ないはず。
ならば残されている答えはこの学園での戦闘である。

天戯弥勒の力によりエレンは職員室の窓を突き破り宙に固定された。
反逆するために巨人化。この瞬間を目撃されていればエレンが巨人の正体であると解る。

「マスター……お前のマスターは何処にいる」

「答えると思っているのかしらね。普通は答えないと思うけど」

「……あの老人は何処にいると聞いている」

「……あら。何処で見られていたのかしら」

アサシンのマスターの身元が割れているなら。
少女のマスターをアサシンは目撃している。

早朝の段階でアサシンは情報収集の際に少女とライダーの交戦を目撃している。
あの時は宝具を使用していない小手調べ程度の戦闘だった。
今回は初手から全開を発揮しており、夜になると本調子になる類のサーヴァントだろうか。
近くに立っていた老人の存在を訪ねても少女は答える素振りを見せなかった。

「まぁいいわ。だって貴方はこれから私と遊ぶのだから。
 私のマスターが何処にいようが関係ないってことなの」

「そうか、俺は既にお前のマスターを見つけているがな」

「な、――ッ!」

会話の幕切れはアサシンが投げた剣。
吸い込まれるようにランサーへ投げられた剣、それを追い掛けるようにアサシンは巨人の肩から飛んだ。
手に握るは対の片割れ、投擲はあくまで気を逸らすための捨て牌である。
会話の中で相手に攻める形で無理矢理切り上げたことによって動揺を誘う。
剣はランサーへ向かっているが方角が同じなだけであり、本命は学園の柱、更に奥に潜む人間。

「気付かれていましたか……」

ランサーのマスターである老人――ウォルターが柱の影から最小限の歩数で現れた。
彼が前まで隠れていた柱はアサシンの投擲によって貫通穴が出来ていた。

滴る血滴を、左肩を抑えながら登場した執事。
傷の割には余裕な素振りを見せ、アサシンに襲われた状況ではあるが顔は嗤っていた。

(それにこのアサシンはどうやら私達を何処かで見ていた……。
 私の傷は遠方からの狙撃、つまりアーチャーの攻め手と見る。
 アーチャー……なるほど)

その傷を創った存在に心当たりが在る。
しかしそれを知るのはウォルター自身だけである。
言葉に出しても意味が無い、伝わらないならば声に出す必要がない。

「アサシン……私を殺すと?」

「その前に私がアサシンを殺すから安心しなさい」

「そうですか……なら今宵の獲物は巨人……クク。
 吸血鬼が現代を彷徨うなら巨人の一体や二体問題無いと言うか」

ウォルターが声を出した時。
アサシンの剣をランサーが赤い槍で防いだ瞬間であった。
火花とも捉えられる魔力の煌きが溢れる中、ランサーは可愛い笑みを浮かべアサシンを見つめる。
見た目だけなら幼い少女、けれど真は赤い月の眠らない妖女。
英霊である以上、その背景に彩られた歴史の重さは伊達ではなく、見た目で判断すれば首を狩られるだろう。

挑発に近い宣言を受けたアサシンは黙って剣に力を込める。
ギリギリと音を立てる剣と赤槍、どちらも引くつもりはないが宝具は規格外である。
男と女の均衡は徐々に女に傾き始めているのだ。

単純な数値で言えば筋力値はランサーが上である。
CとB、数字にすれば三十と四十と称されるステータス。

しかしそれは飾りである。
現実の戦において数値など飾り、現場で使えなければ意味を成さない。
数値が低いから正面でぶつかれば負ける。それはそうであると言えるが、必ずしも、というわけではない。
全ての現象が混ざり合っての結果であり、肌で空気を感じていない人間が何を言おうがそれは雑音と同義である。
つまり、ステータスが全てではなく、戦場は常に流動的である。
単純に数値だけで戦を語る者に舞台の終局を見る資格など無く、その身で戦を感じていない存在が口を出すな。

「――押し返す」

「出来るかもね。でも、貴方は空を飛べない」

ランサーは身体に宿った翼を使役し宙を翔けることが出来る。
しかし暗殺者であるアサシンに宙を飛ぶ術など知っている訳もなく、彼は大地へ落ちていく。
力を踏ん張るにも足場が無く、彼は黙って落下するしか無い。
その隙を見逃さないランサーは槍で追撃を試みようとアサシンの額目掛け突きを放つ。
突きを首捻りによって回避に成功するアサシンだが、その顔は浮かばれない表情で。

「チッ」

切先はアサシンの衣服に刺さっており、ランサーは黒い笑みを浮かべて大胆に槍を引き上げた。
動きによりアサシンの身体は上に上がると、勢いを殺すことなく後ろへ飛ばされる。
その先には学園――職員室の窓があり、アサシンはガラスを破って再び職員室へ踏み入ることになった。

アサシンを飛ばしたランサーは槍を演舞のように扱い、一度構えを取り形を整えた。
すると自分の身を闘争の渦中へ投げ出す如くアサシンを追うように宙を掛け職員室へ飛んで行った。


『アサシン! 大丈夫か、おい!!』


飛ばされたアサシンを見て念話を飛ばすエレンだが反応はない。
言葉では説明しにくいが魔力のパスは切れていない。つまり、まだ生きている。
サーヴァントは規格外の存在である。たかが窓ガラス如きで致命的な傷を負うことはないと思うが。自己解決する。

アサシンとランサーの交戦は手を出せなかった。
巨人となった今、巨体ではアサシンの邪魔をする可能性が大いに在ったから。
それにサーヴァントに傷を負わせることは不可能であろう。
一説によると神秘を秘めていないとダメージが通らないと言うのだ。
実際に感じたことが無いため、何とも言えないが自分の攻撃が聞かないのなら意味が無い。

(巨人は神秘に溢れているんじゃないか……次、試してみるか)

宝具の一撃も再生出来た巨人なら此方の攻撃を与えるのも可能ではないか。
淡い希望を抱きながらエレンはアサシンを追うために巨人状態を解除しようとするがそんな時間は無い。







「上から一方的に見下ろす景色は美しいか?」







「ウ……ア……?」

自然と漏れた声、ゆっくりと顔を左へ向けると肩の上に一人の老人が乗っていた。
袖を破り左肩の止血をしているのが印象的なその男が腕を動かすと巨人の視界は赤に染まる。

「!?」

エレンが気付いた時には既に左目が潰されていた。
痛みを追い掛けるように腕で目を覆うが、痛みが和らぐ訳ではない。
生きている右目に映るは赤い一筋の糸――ワイヤーである。

ワイヤーを視線で辿るとその元は肩に乗っている老人だ。
当然ではあるがこの状況でエレンに害を与える存在は一人しかいなく、正体は老人だ。
月夜に似合う不敵な笑みを浮かべた直後、腕を天に伸ばしながらエレンの元を離れる。

「ウヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

老人は重力に身を任せ――エレンの左肩にワイヤーを突き刺したまま飛び降りたのだ。
抉れる音を響かせながら崩れていく巨人の左腕。
鮮血が舞い、赤く夜を染め上げ、剥がれた皮膚から見える肉塊が生々しい。

飛び散った鮮血は大地に落ちると、焼けるような音を上げ蒸発していく。
その光景を不思議そうに見つめるウォルターはワイヤーを数回動かし、見上げる形でエレンを見る。
数秒前に破壊した左腕が何事も無かったように修復されているのだ。
更に見上げるとどうやら左目も再生されているようで、巨人とやらは傷に強いらしい。

(ランサーの宝具の傷も再生していたところを見ると、魔力に耐性がある)

冷静に。
目の前に化け物が存在しようと決して焦ることはなく、冷たく、冷静に見極める。
戦場は常に動き続ける。流れを読み違えた者から死んでいくのが理だ。
だが、どうにも予測出来ないことだって存在するのが戦場である。

「――――――――――――ッ!!」

吠えるエレンは己の右脚を高く上げると元の場所へ戻すように下げた。
大地を突き破るように轟音を響かせ、砂塵が舞い、岩が飛び散り、地面が抉れる。
誕生した風圧は学園どころか近辺一帯を震動させ、月夜に舞い降りた宴を現実へ叩き付ける。
戦場においてエレンに一番近い場所にいたウォルターは、震動を全身で浴びることになり、無慈悲に吹き飛ばされる。

身体は大地を何度も跳ねるように転がり続けるが、その際に手頃な岩片を掴む。
岩片を逆手に持つと、自分の身体が大地に向き直す瞬間に腕を振り下ろし岩片を大地に突き刺す。
大地を抉り続けながら、岩片を抑止力代わりに活用し、己の速度を強制的に減速させる。
自分は足の裏を大地に付け、中腰となり、重心を下に委ねることで更なる負荷を以って減速に拍車を掛ける。

大地を滑走する中、エレンを視界に捉えたウォルターはワイヤーを右手に見える学園の柱に掛ける。
抑止力となっていた岩片が負荷に耐え切れず、弾け飛ぶと同時にウォルターは全力で大地を蹴り上げた。
ワイヤーの先に移動するように跳んだ身体が重力に蝕まれようと、我構わずと謂わんばかりに跳び続ける。

「さぁ私は此方だがお前は何処を殴っている?」

数秒前にウォルターが滑走していた地点をエレンの拳が通り過ぎていった。
エレンの追撃を躱したウォルターは己の身体が学園の壁に近づくと、それを蹴り上げ、更に上へ登る。
窓の縁を力強く掴むと、腕の力と蹴り上げる脚の力を利用して、映画のように壁を登り彼は屋上へと到達する。

空を見上げると、月が総てを笑うような美しい夜であった。
大地を転がり、滑走し、跳び続けたことによって衣服に付着した砂塵等を腕で払う。
汚れが落ちる訳などないが、戦場に似合わない仕草はエレンを挑発させる充分な材料であった。


「今日は月が美しい……最後の夜がこんなにも美しい夜とはな。
 名も知らない哀れで醜い化物よ、お前に夜明けは訪れないさ」


鮮血を帯びたワイヤーが地獄へ誘う赤い蜘蛛の巣のように月に反射していた。


  ◆  ◆  ◆


吹き飛ばしたアサシンを追い掛けるように職員室へ踏み入ったランサーは荒れた部屋を見渡す。
自分がアーチャーの襲撃にあった辺りで学園内から感じた魔力は此処から溢れていたと確信する。
吹き荒れたオフィス用品、めくれた床、割れた窓。
戦闘痕から察するにアサシン或いは時の勇者を始めとするサーヴァントが交戦していたのだろう。

「………………」

神鎗を構え、息を殺し周囲を警戒する。
どの方角から攻められても対処出来るように、右手には槍を、左手は何時でも弾幕を放てる体勢へ。
魔力が感じられないがアサシンが職員室へ来てからランサーが追い掛けるまで数秒しか経過していない。
短時間でこの場所から離れることなど不可能に近い。職員室の扉は開いているが血痕が見当たらない。
流石に間接的とは言え宝具の一撃を身に感じたアサシンだ。血の一つや二つ出ているだろう。

ならば部屋に忍んでいるに違いない。
確信しているものの何処に居るかは把握出来ていなく、容易に背後を取られてしまう。

「――――――――ゥ!!」

暗殺者と云えど英霊の背後を奪うのは簡単なことではない。
気付いた時には刃が首裏へ迫っており、ランサーが取った行動は左手からエネルギー体を放つこと。
無論、ランサーの左手はアサシンの方へ向いておらず、強いて言えば首だけ振り向こうとしている状態だ。

無理矢理エネルギー体を放ったことによって生まれる衝撃の力を利用して、己の身体を強引に右へずらす。
アサシンの刃はランサーの左腕を縦に流れるように一閃し、鮮血が職員室を飛び舞う。
放った一撃の勢いを殺さず、軸足を中心に回転するとランサーの左脇腹に蹴りを叩き込む。

身体を折り曲げられたランサーは唾を撒き散らしながら天を仰ぐ形で机の上に乗り上げてしまう。
更に追い打ちを掛けるべく、アサシンは跳び、ランサーの心臓目掛けて剣を振り下ろす。
ランサーは弾幕を本来の役目通り、壁として使用するために自分とアサシンの間に魔力の川を作る。
アサシンは空中で行動を変えることも出来ず、損傷覚悟で弾幕へ己の身を投げる。

(狭い空間じゃ不利なのは私ね……)

対魔力と呼ばれる飾りを最大限に活用した、正面からの魔力突破。
嘗て魔防と呼ばれる数値がスキルへと昇華したアサシンは弾幕を正面から受けランサーを狙う。

「調子に――乗るなッ!」

天井を仰いでいる体勢でランサーは己の証である神鎗を放つ。
溢れ出る魔力は赤い雪のように粒子をばら撒きながら弾幕の川を超えアサシンに迫る。
対するアサシンは剣でその一撃を防ぐか、必中の神鎗は止まらない。
刀身を流れるように逸れた神鎗はアサシンの左肩を貫き、そのまま彼を天井まで運ぶ。
天井に突き刺さった神鎗と貼り付けられたアサシンの瞳はランサーを捉えている。

斬られた左腕を右指で辿り、血が塗り付いた指を加えるアサシン。
その表情は生まれて初めて玩具を与えられた幼い子供のように狂いの無い笑顔。
人差し指を唇に密着させ、間を感じた後に上へ伸ばすと、掌に魔力を収束させる。

「次で貴方はお終い。この夜は貴方にとって最後の月夜になる」

一点に収束する魔力は球体を創り上げ伸びるように変化し一つの槍を精製する。

「私が貴方を終わりにしてあげる」

「お前が死ね」

吸血鬼が支配していた空間を斬り裂く一陣の風が吹き荒れる。
アサシンの腕から放たれた剣は何事にも止められることなく吸血鬼の左目を貫く。
怒りを表すように槍を床に突き刺した吸血鬼――ランサーは左目を抑え痛みから叫んでいた。


「ふっぅ、ふぅ……許さない、許さない……ッ」


呼吸を整えるが痛みが和らぐことはない。
この瞳が回復するには時間が必要であり、少なくとも夜明けまで待たなくてはならない。
己が主役となれる闇夜から幕を引くことになるとはお笑い者だ。
愚民どもに指を指されても仕方がない人徳無き王のように。


「死ね! 貴方は、お前は死になさいッ!」


アサシンが放った剣を風と表現するならランサーが放った槍は……何だろうか。
風を越すものならば嵐と表現したいところだがそぐわない。
槍は槍でありその一撃は空間を斬り裂くどころか総てを無かったことにすると錯覚する世界の確変。
神鎗はアサシンの腹を突き破り、ランサーは跳躍すると槍を掴み己の重さで天井に貼り付け状態であるアサシンを引き摺り下ろす。

「――――――――ッ」

声にならない叫びを上げるアサシン。
彼の身体は左肩を槍に突き刺され天井に貼り付け状態だ。
そこに追い撃ちを掛けるように腹に槍が突き刺さる。
身体の中で臓器が潰れる音を響かせながら血液を含む体液を職員室の床へぶち撒ける。
この時点で死亡段階だが英霊である以上、人間よりも耐久力は遥かに高い。
生命の火が消えないアサシンに水を吹っかけるようにランサーはまた追い撃ちを掛ける。

アサシンの腹に突き刺さる槍を掴み、己の重さを利用し下へ全体重と力を流す。

ズズズと鈍い音を響かせながらアサシンの身体は下へと動いて行き、やがて天井から開放される。
臓器を身体の中でぐちゃぐちゃにされながら開放されたアサシンを待っていたのは復讐鬼のような形相を浮かべたランサー。

消えなさい。

小さな言霊が宙へ消えた直後。

槍の持ち手で顔面を強打されたアサシンは数分前と同じように窓を突き破って外へ放り出された。


 ◆  ◆  ◆


生まれて初めて生で巨人を見た。ビルより高い訳でもなく、リアルな大きさだった。
テレビで見たウルトラマンやゴジラのように巨大な存在が校庭に現れたのを見て、浅羽は夢を見ている気分になる。
当然夢ではなくて現実であり、巨人の咆哮が耳にビリビリとノイズを発生させている。

思わず耳を塞いで目を瞑る。
隣に立っているアーチャーは特段リアクションをする訳でもなく、黙って巨人を見つめていた。
矢を放ったあとにアーチャーは学園がおかしいと呟いてから何処か難しい顔をしている。

おかしい。

浅羽にとっては聖杯戦争自体がおかしいので、何がおかしいが解っていない。
どうしてですかと聞くと、魔力反応が急に膨れ上がったとアーチャーは言っていた。
確かに魔力反応が大きくなっているのは身で感じているので解る。
けれどそれはサーヴァントが増えただけであり、別におかしいこととは思わなかった。

疑問が晴れないまま月夜を見上げていると、校庭が突然幾つもの筋を浮かび上がらせるように輝いた。
目を疑ったが現実であった。ビルの屋上から眺めていると綺麗だがそんな感想は直ぐに消える。

バリバリと空を引き裂くような雷が轟いた後、校庭に巨人が立っていた。

何が起きたか解らない。
浅羽は前にアーチャーが言ったことを思い出し、一人納得することになる。

おかしい、と。

そして何か見の危険を感じて振り返った浅羽。其処には天戯弥勒が立っていた。


  ◆  ◆  ◆


アーチャーは巨人を目撃した直後に嫌な予感を感じて振り向いていた。
浅羽よりも先に振り向いていた彼は黙って現れた男を見つめている。
止まること無く溢れ出る水をバックコーラスに、彼らは口を動かす。

「主催者が堂々と登場して問題ないのかい?」

「お前らの自由を尊重して必要以上の干渉はしていないんだ。
 少しぐらい出歩いても裁かれないんだよ。俺が裁かない限りな」

「君は不思議なことだらけだ。僕達英霊を召喚している以上それは聖杯の力だろう。
 でも、君は何のために聖杯戦争を開いているんだ。
 嘗ての人間のように根源に辿り着くみたいな理由ではないだろうね」

「根源か……それも悪くないか。
 俺が求めるものはお前ら参加者には関係のないことだ」

「だったら僕達の魂を以って器を満たせばいいじゃないか。
 なんでこうも面倒なやり方をしているんだ。
 戦争の形を取らなくても君がそのまま英霊を全員消せばいいだろうに」

「器――聖杯を見ていないお前たちが何を考察出来るんだ」

「……なに?」

アーチャーと天戯弥勒のやりとりを黙って聞いていた浅羽。
当然のように理解出来ていなく、頷くことさえ許されない。
知識がある程度参加した段階で脳内に直接叩きこまれたようにぼんやりと存在していた。
その外付けにあった知識を頼りに紐を解いてみる。

主催者。
天戯弥勒は聖杯戦争を開いた男である。

干渉。
始まりの儀式以降天戯弥勒を見かけていない。

英霊。
アーチャーを始めとする歴史の誇り。

聖杯。
願望器と呼ばれる多くの人々が求める夢の扉。

根源。
なんのだろう。

結論として、答え何て出る訳が無かった。


「お前達は聖杯を見ていない。それがどんな形状をしているか知らない」

「まさかホムンクルスが型どってるとか言うのかい?」

「そう思うか? 俺は思わないがな。
 それよりも俺が此処に来た理由、知りたいだろう? 天の獄に触れた人間を見に来た」

「天の獄……?」

「比喩みたいなものだから気にするな。超能力に覚醒し始めている浅羽直之」


言葉遊びのように、役者のように語り続ける天戯弥勒の真意は見えない。
曇りや霧ではなく闇だ。見える希望すら存在しない。
聖杯が嘗てとある世界で行われた器とは違いホムンクルスが使われていないことは解った。ただそれだけである。
天の獄と言われても何一つ解らないが、浅羽を襲った風土病は天戯弥勒謂わく超能力らしい。

「超能力……」

左掌を開けて中心を見つめながら呟く浅羽。
自分はその領域に踏み入ったことに対し何とも言えない感情を抱いていた。
瞳に宿すのは濁りか潤いか。空を見上げても隣に彼女はいない。

誰も反応しなくて、気付いてもくれない。この月夜の下で彼はひとりぼっちだろうか。



















時間は遡り巨人が生まれる前。
無言で三人乗りを続けて時間が経過した後、彼女達はバイクから降りた。

一人は黒髪の魔法少女。
一人は赤髪のテロリスト。
一人は伝説の時の勇者である。

今もアッシュフォード学園で血を振り撒いているランサーと交戦した紅月カレンとセイバー。
サーヴァント同士の戦いはどちらも譲らない己と己のぶつかり合いであった。
しかしマスター同士の戦いは現実悲しく軍配は敵に上がり、カレンは右腕を負傷した。
ワイヤーによって斬り裂かれた右腕は肉が露出し骨も見える程に抉り取られていた。
学園の保健室で応急処置を済ませ、止血は終わったが根本的な解決には至っていない。

このままでは後遺症が残り、これからの人生にとって嬉しくない干渉が起きてしまう。

聖杯を手に入れれば願いを叶えることが出来る。
けれど死んでしまえば、願いを叶えるどころか、甘い願いに溺れることさえ許されない。

カレンは選んだ。
元の世界に戻り、己の力で願いを叶えることを。
黒の騎士団はまだ終わってはいない。火はまだ消えていない。
反逆の狼煙を上げれば、もう一度私達は戦える。日本を取り戻すために死力を尽くす。

聖杯を諦め、世界に戻る決意。

幻想を見限り、己の足で現実へ帰ることを選んだ紅月カレン。
願いを叶える反則級の力を持った聖杯を諦めるのは一生に一度の奇跡を溝に捨てるのと同義である。
奇跡を成すためには、ゼロのように何重にも策を張り巡らせて世界を掌握するしかない。
その手間と時間を吹き飛ばし結果だけを手に入れる、それが聖杯。

聖杯を捨てたカレンが拾い上げるように手を伸ばすのが公衆電話の扉。
全ての始まりを司る赤いテレホンカードを鍵として扱い、世界の扉を開く。
実際に帰れるかどうかは不明だが、どの道現状の傷で聖杯戦争を勝ち抜くなど不可能である。
悪魔のようなアーチャー。結界を破る女のセイバー。学園に巣食うキャスター。
他にも多くの強敵が潜む中で、自分の傷は戦争に着いて行けずに足を引っ張ってしまう。

セイバーにも願いがあるかもしれない。
なら、自分が枷になってしまえば、彼に迷惑を掛けてしまう。
有りもしない奇跡に縋ったのだ、最後くらいは自分の手で選択するべきだ。

「暁美ほむら。
 私はあんたのことをよく解っていない。でも、願いが在るのは解った」

「ええ。言ったように私は救いたい人がいる」

保健室で出会った彼女達は対照的だった。
舞台から降りるためにサーヴァントとの別れを選んだ紅月カレン。
舞台から降ろされないためにサーヴァントを求めていた暁美ほむら。
エレン・イェーガーの従者を奪い取る作戦が失敗してしまった暁美ほむらに訪れた好機。
学園内に落ちている血を辿った結果、保健室で応急処置を行っている紅月カレンと接触。
数少ないやりとりがあっただけだが、彼女達の目的と行動は一致していた。
その時のやりとりを思い出す。


  『貴方は私を信用しなくてはならない』

  『そうだね……セイバーを素性の知らないあんたに譲らないといけないんだよね。
   どう思う? あんたが私の立場なら』

  『信じないわ。それでも帰るためにはセイバーと縁を切らなければならないのは事実。
   どうであれ私は元の世界に帰るために行動すると思う』

  『……聞くけど、あんたの願いはなに』

  『大切な人を救うためよ。
   彼女を救うためなら神に逆らっても、この身を悪魔に売ろうと構わない』

  『それだけ思える大切な人があんたにはいるのね』

  『そうよ。世界中探しても一人しかいない私にとって大切な人。
   全世界に自慢してやりたいぐらいだわ……だから、その人のために私は聖杯戦争を続けなければならない』

  『じゃあその人を救うためにあんたは他の人を』『舞台から削ぎ落とす』『……!』

  『当然よ。貴方だって戦う理由が在ったんでしょうに、紅月カレン。
   いや、在ったんじゃなくて今も在るのよね。貴方は戦場を変えるけど私は此処に残る』


記憶を振り返るにはまだそれ程時間が経っていない。
カレンは今を生きる存在であり、過去を振り返るにはまだ速い。
意識を再び現実へ戻すと、暁美ほむらとの会話を続ける。

「あんたにとってその人がどれぐらいの存在かは解らないよ。
 でもさ、誰かのために頑張れるってのは良いことだと思う。
 それが聖杯戦争じゃなかったら精一杯応援するし協力もしたと思う」

「……そう。当然だけど出会いが違っていたら別の関係が築けたかもしれないわね。貴方はもう帰るけど。
 私はセイバーと一緒に聖杯を手に入れるわ。貴方が向こうの日本で戦うように私も、願いのために戦うわ」

月夜を背景にまるで役者のように言葉を並べる暁美ほむら。
その言葉は台本に書かれている誰かが用意した台詞ではなく、己の信念を込めた迷い無き言葉。
彼女の中に存在する鹿目まどかのためならば彼女はどんな罪をも引き受けるだろう。

紅月カレンはこの戦場《聖杯戦争》では戦えない。だが暁美ほむらはまだ戦える。
それが結果であり全てであり、剣が託される結末へと物語は動きだす。

紅月カレンが、退場する役者が残す言葉など存在しない。
言葉を紡ぐぐらいなら黙って降壇し己が必要とされている次の戦場へ移るべきだ。
聖杯戦争。
紅月カレンが協力出来ることは無い。
そもそも有りもしない奇跡に縋って夢を見たのが間違いだった。
関係のない人間を殺してまでも叶えたい願いだっとのか。
夜科アゲハと人吉善吉を始めとする他世界の日本人を殺してまでも聖杯を手に入れるのが正しい選択なのか。

彼女は黒の騎士団として戦っていた。
その活動が実を結びゼロが加入した今、確実に日本奪還へと物語は動いている。
現状で紅月カレンが黒の騎士団を離れるのは、残された者に多大な影響を与えているのだ。
ルルーシュ不在の今、油を売っている暇など無く、聖杯に眩み日常を過ごしている暇何て無い。


「ねぇセイバー……迷惑しか掛けなかったね」


視界の照準を暁美ほむらからバイクの隣に立っているセイバーへ移す。
多くを語らない時の勇者は黙って紅月カレンを見つめていた。

「セイバーのオカリナ、とっても好きな音色だったよ。
 特に森で聞いた曲……サリアさんだっけ。うん、よく解らないけど心に響く音楽だった」

「……」

「なんかごめんね。結局私はセイバーの足を引っ張ってるだけだった。
 私が居なかったら少女のランサーにも勝ててたと思う。本当にごめんね」

セイバーは強い。
魔術的知識や概念が備わっていない紅月カレンがマスターでも一線を張れる程には強い。
けれど聖杯戦争における戦績は実力に伴わず、白星と呼べる実績は無い。
そのことを紅月カレンは気にしていた。もし自分が魔術師だったら。
ギアスでもあれば違った未来を手に取れたかもしれないが、その未来を掴み取ることは出来ない。

紅月カレンの言葉を黙ってセイバーは聞いている。
ただ、首を振ることによって彼女が枷になっていたことを否定していた。


「あはは……やっぱセイバーは優しいよね。一緒に来てってお願いしたいぐらいには頼れる存在だった。
 でもね。私は帰るよ。聖杯に頼らないで皆と一緒に日本を取り戻すだから――勝って」

彼女は戦場を去る。
けれどセイバーは残りこの聖杯戦争に再び身を投げる。
仕える主は変われど、主を守る剣として戦場に名を馳せるだろう。

紅月カレンの言葉を聞いたセイバーは歩き出し、彼女の目の前にまで来ると腕を差し出す。
彼女は一瞬戸惑うも表情を和らげ微笑むと、その手を握った。


「ありがとうセイバー……貴方のことは忘れないから。私は貴方のことを忘れない」


繋がれた手はたった数日のみで築かれた淡い絆。
それでも他の誰にも断ち切れない永遠の絆を感じて。

手を離すと紅月カレンは再び微笑むと振り向いて歩き出す。
一歩一歩が重く感じるほど時の流れが遅い。

公衆電話に辿り着くまでどれ程掛かったのかは誰にも解らない。
扉に触れ中に入ると始まりの赤いテレホンカードを取り出す。
運命を弄ばれた神の一品を紅月カレンは無言で公衆電話に差し、受話器を取る。

終わる。

どうなるかは不明だがこれで紅月カレンの聖杯戦争が幕を閉じる。
そして日本開放のために黒の騎士団の戦いが幕を開ける。

「ねぇ暁美ほむら。セイバーのこと……頼んだよ」

世界を去る前に。
紅月カレンは暁美ほむらに語り掛ける。
その中身は自分と別れるセイバーのこと。託した剣のこと。
これから戦う暁美ほむらに頼む必要は無いかもしれないが、口が動いてしまった。

言葉を受けた暁美ほむらは固まりながらも口を動かす。
短いながらも分かりやく、彼女の覚悟が伝わる言霊である。

「頼まれる筋合いは無いかもしれないけど……貴方も私も簡単に諦められる程単純じゃないわ」





「そう……うん、そうだよね――ねぇセイバー、ありがとう。そしてさようなら」




受話器を耳に当てた時、紅月カレンはこの舞台から姿を消した。





  ◆  ◆  ◆




地上より月に近いアッシュフォード学園付近のビルの屋上。
夜風に吹かれている彼らは巨人の咆哮を背景に会話を進めていた。

「超能力……あの風土病は力の産声だった」

「そうだ。慣れない力で脳がな」

天戯弥勒が語る超能力。
彼曰く浅羽直之は超能力に覚醒したらしく天の獄に触れたらしい。
天の獄が何かは不明だが、それによって体調を崩したのは間違いないだろうとアーチャーは判断する。

「天の獄を教えてもらってもいいかな」

「自分で考えろと言いたいところだが……この世界の一部に蔓延る特別な粒子だ」

「意外と教えてくれるんだね君は」

「これでも主催者だからな……急に襲って来たアサシンとは大違いだよアーチャー」

浅羽直之は粒子に触れた。天戯弥勒の言葉を借りればだがアーチャーの目に粒子など映っていなかった。
タイミングとしてはバーサーカー同士の戦闘よりも前で、老人と接触した辺り。
一部に蔓延る。言葉から察するに架空世界全土に広がっている訳ではなさそうだが。

アーチャーは一度浅羽の方へ振り向き、彼の顔色を伺う。
良い顔色とは言えないが悪くもないといったところであり、確認すると再び天戯弥勒を視界に捉える。
アサシンは彼と戦ったらしいがその気持は解る。
不可解な聖杯戦争に何か裏があるのではないか、だどしたら糸を引いているのは天戯弥勒かもしれない。

聖杯戦争は碌でもない。
存在するはずの無い奇跡に縋る哀れな現実逃避を正当化した戦争だ。
唯でさえ退けぬ状況を必然的に生み出すと言うのに聖杯が存在するかも怪しいのだ。
先の対話から聖杯は存在することが確定しているが、どうも信じ切れないと言うのが本音である。

「主催者が狙われない理由も無いからね。
 別に天戯弥勒が退場しようが聖杯が満たされれば僕達は構わない。


 どうして僕達の前に姿を現したか聞かせてもらおうか」

「簡単だ、力に覚醒し始めている浅羽直之を見に来ただけだ。
 そしてその力を俺自身の目で見るために一つ小さな戦闘でも仕掛けようと思ってな」



言葉を耳にしてから考えるよりも早く身体が動いていた。
ゴムを瞬時に引っ張ったアーチャーはダーツの矢を乘せ天戯弥勒の額へ放つ。
空間を弾く音が屋上に響き、ダーツは常人には見えない速度で風を斬っていた。
天戯弥勒は口角を少し上げ喜びのような表情を見せると少しだけ首を傾けた。
僅かな動作だけでダーツを躱し、外れたダーツはスプリンクラーのタンクに直撃した。
生まれた穴から水が流れ始め、屋上が水浸しになるのは時間の問題だろう。


「浅羽くん! 少し下がって」


一息。
天戯弥勒を目の前にしながらアーチャーは一呼吸置いて己の状態を集中へ誘う。
ゴムごと後ろに引いた右手に魔力を収束させた彼が創るは水弾。
氣を極限にまで高めた水弾を水を用いず魔力だけで精製したアーチャー。

右足を大きく後退させ左腕を突き出し右腕と平行に構え、狙いを天戯弥勒に定める。
水滴が屋上に落ちると同時に右腕からゴムを離し水弾を射出。

ダーツの矢が風を斬るなら水弾は世界を弾けさせる。
射出された三連弾に対し天戯弥勒はアサシン戦と同様にPSIの力によって己を中心にエネルギーフィールドを展開。
水弾が到着するよりも早く展開され、水弾はフィールドの表面に接触すると大気を破壊するような轟音を響かせる。
弾け飛んだ水弾は雨のように屋上に降り続け、奥に潜む天戯弥勒を演出しているようだ。
まるで雨のように此方には干渉してくるが、此方が手を伸ばそうにも全体を掴めない。

水が振り続ける中、アーチャーは走り出し天戯弥勒と距離を詰める。
弓兵の称号を持つアーチャーだが、彼にとっては遠距離よりも中距離の方が己の真価を発揮出来るレンジである。
面白半分に天戯弥勒が右腕から光の枝を延ばしてくるが、触れる前に水弾を弾き相殺させる。


水弾だけではなく矢を放ち、戦闘によって生まれたコンクリートなど様々な物を天戯弥勒にぶつけるが傷を与えられない。
天戯弥勒を退けるには今よりも強い力で攻撃しなければならないようだ。


「火力不足だぞアーチャー。俺に通用させるには程遠いな」

「言ってろ――次で壊す」


宣言したアーチャーは屋上を駆けていた足を止めて天戯弥勒に冷たい視線を飛ばす。
その先に見える浅羽の無事を確認するとアーチャーは一瞬だけ笑顔を見せ、武人の顔へ切り替える。

彼が力強く左足を踏み込むとその衝撃からコンクリートが捲れ浮かび、彼の前方に残骸が浮かび上がる。
浮かび上がるのは残骸だけではない。鈍い音と共に響く水面を叩く音――スプリンクラーのタンクから漏れた水も浮かび上がっている。
アーチャーの右掌には先程と同様に水弾が練られているが、あれは何も無い空間から魔力で精製した水弾だ。

周囲に水が満ちている恵まれている状況こそが、彼が真なる力を発揮出来る戦場だ。
氣の練度を高め創り上げた水弾と共に右腕を大きく引き、左腕を突き出し天戯弥勒に向けてゴムの射出ラインを整える。
一寸の狂いも無く天戯弥勒を捉えた射線。彼を逃がさないように鋭い視線を飛ばすアーチャー。

時を同じくして学園で巨人が咆哮を上げた時。
それを引き金に水弾がアーチャーの元を離れ、天戯弥勒に向けて蒼き一矢が放たれた。

風を斬るだとか、世界を弾けさせるだとか。
そんな言葉を使うよりも、思いつくよりも早く水弾は天戯弥勒のエネルギーフィールドに着弾していた。
耳に水弾の衝突音が聞こえたかと思うと、その時点で主催者を覆う結界は消え去っていた。
超能力で展開されていたエネルギーフィールドはガラスのように割れ散り屋上に散乱している。
水弾名残の水滴が月夜と残骸に反射し降り注ぐ。中心に立っている天戯弥勒を照らしているようだった。


「雨の中で裸だと風邪を引くよ……どうする?」


障壁を破壊して尚アーチャーは水弾を練り上げ天戯弥勒に対し構えを取っている。
先の手は此方が抑えている。相手の動向を伺ってから対処を行える射程範囲だ。
後の先など考える必要も無く、天戯弥勒はアーチャーのレンジに捉えられていた。

「また壊されたか。
 やはり適当に発動したPSIだけではサーヴァント格の攻撃を防げないみたいだな」

(また――僕は今壊したばかりだ。つまり天戯弥勒は既に他のサーヴァントと交戦している……って言ってたか)

アサシンと交戦していた事を仄めかしていた天戯弥勒。
彼の言葉を信じるならば正午の段階で暗殺者が一人脱落しており、生きているのは一人だけ。
アーチャーとて最大級の攻撃は行っていないが、比較的力に優れないアサシンが障壁を破壊すること。
現状最後のアサシンはどうやら戦闘能力に長けた存在なんだろうか。

「…………まぁ、いいだろう。俺も暇じゃないんだアーチャー、浅羽直之。
 目醒めた力をどう使うかはお前ら次第だ。
 理想郷に招かれるような能力者になることを少しだけ期待しておこうか」

「天戯弥勒……一体何を言って――っ」

言葉を言い切るよりも早く吹き荒れる風が屋上ごと彼らを包み込む。
天戯弥勒を中心に円を描くように風が吹き荒れ、彼に比較的近い場所にいたアーチャーは腕で風に耐える。
目を薄ら開けてみると目の前に天戯弥勒の姿は無く、最初から存在していなかったように消えていた。

風が止むと腕を降ろし、水が溜まった屋上を歩きながら天戯弥勒が立っていた場所に向かう。
障壁を構成していたPSIとやらの破片が蒸発するように消えていた。
魔術とは異なる概念を持った超能力の使い手が天戯弥勒らしい。
そしてその超能力に目覚めているのが浅羽直之だと天戯弥勒は言っていた。

風土病と扱われていた体温の急激な上昇と脳の圧迫。
それは未知に触れた結果耐性の無い人間が襲われてしまう人種の篩分けだ。
浅羽は体調を崩し発熱等で済んだが、耐性がまるで無い人間は脳が焼き切れ絶命してしまうかもしれない。

彼が生き残ったのは偶然か必然かは不明だ、それこそ神にでも聞かなければ真実は得られない。
しかし浅羽は日常から非日常へ踏み入った存在でもある。
一夏の経験と思い出が何らかの結果や耐性となって彼に力を貸してくれたかもしれない。

アーチャーは天戯弥勒との戦闘を行っている間、特に障壁が展開されてからマスターに対する注意が逸れていた。
目の前に現れた主催者、そして牙を剥き始めた舞台の上の道化との戦いに集中するため。
天戯弥勒は人間であるかどうかさえ不明であるが、サーヴァント相手に正面から戦えるのだ。
強い。彼を物語から排除して聖杯を霞む取るのは至難の業であるようだ。


「そろそろ病院に戻ろうか。少ない時間だったけど収穫は大きい――チィッ!」


アーチャーが振り返った時、彼の瞳に映ったのは風によってフェンスの向こう側に飛ばされた浅羽直之の姿。
こうも鮮明に捉えることが出来るとは。己の無力を無理やり茶化したアーチャーは跳躍するように数歩でフェンスに到達。
勢いを殺すこと無く、フェンスを蹴り上げ一気に上昇しフェンスの上に立つと落ちていく浅羽に身体の向きを合わせた。

それから行動までに数秒と掛からなかった。
まるで背中に翼を宿したかのようにアーチャーは跳んでいた。
身体を大きく広げ風をその身で受けながら彼が目指すはマスターである浅羽直之。

落下している浅羽がアーチャーに気付いたようで、一瞬ではあるが視線が交差した。
何が起きているか解らないような表情であったが、アーチャーが自分を助けるために行動しているのを知って多少だが表情が緩む。

アーチャーは落ちて行く状況の中、腕を伸ばすが浅羽には届かず一度空を掴むだけに終わる。
埒が明かないと判断した彼は左掌に魔力を収束させ水弾を練り上げると、身体を折り曲げ無理やり上半身を背後に向けた。
ギチギチと音を立てながらゴムを引き、それを離す。
水弾はビルへ直撃し、弾ける音を響かせながら大気を揺るがしていた。
アーチャーは水弾の反動を利用し、身動きの取れない空中で常識外れの加速を付加させる。
弾かれた身体は浅羽に吸い込まれて行き、その距離は腕が届く範囲にまで近付いていた。

「浅羽くん、この手を!」

伸ばした腕が掴んだのは空。
距離は完璧であり、浅羽の腕が掴めない理由は彼らに存在しない。
あるとすれば外部からの強い因子による干渉だけである。

空中を落下して行くアーチャーと上昇していく浅羽。


「――サーヴァントッ!?」


アーチャーの視界に割り込んできたのは身体を大胆に露出した緑のサーヴァント。
悪魔のような翼を宿した女は控えめに言っても人間には見えない。
英霊であるが故に人間ではないのだが、あのサーヴァントは人種を超えている。
直感で判断すると悪魔のような種族としか言えないが、重要なのは其処ではない。

自分のマスターが攫われたこの状況でアーチャーは水弾を飛ばそうとするが、運が悪い。
地上に激突せんと右腕で街灯を掴み、身体を柱に垂らす形となって身動きが取れない状況になってしまう。

ぶら下がりながら顔を上げるとサーヴァントに抱き抱えられ上昇していく浅羽の姿。
降りたばかりだが再び高い地点にまで到達しなくてはならないようだ。

大地に降りたアーチャーは屋上へ上がるためビルの中へ走りだした。


【C-3/ビル・入り口/一日目・夜】


【穹徹仙@天上天下】
[状態]疲労(小)、魔力消費(中)
[装備]NATO製特殊ゴム
[道具]ダーツ×n本
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を目指す
0:浅羽を救出する。
[備考]
※学園の事件を知りました。
※PSIの存在を知りました。
※巨人を目撃しました。
※天戯弥勒と接触しました。


気付けば空中に吹き飛ばされ、気付けばサーヴァント――異なるアーチャーに身体を抱えられていた浅羽。
大胆に強調されている胸元に顔を抑え付けられ上手く呼吸が出来ない。
上がり続ける心拍数は呼吸出来ない故か、将又別の理由でもあるのだろうか。

少なくとも生命がこの瞬間だけは無事であることが証明されている。
再び屋上へ連れて来られた浅羽は翼のアーチャーと対面し、彼女の言葉を待っていた。

「急にごめんなさいね。ちょっとお願いがあるの」

人差し指を唇に当て小悪魔風な物言いで迫る翼のアーチャー。
その仕草と言葉で説明出来ない妖気に頭がクラクラとなってしまう浅羽。
彼は知らないが小悪魔風ではなく目の前にいるアーチャーは立派な悪魔である。

「これから貴方のサーヴァントが来るよね? 少しの間でいいから協力をお願いしたいの」

浅羽の背後に周り腕を回したアーチャーは彼の耳元で囁いた。
返答をしようにも浅羽は脳が上手く回らない感覚に陥り、意識を途絶えさせないだけで精一杯である。
魅了された状態で真っ当な返答など最初から出来る訳が無いと言うのに。


「ちょっと度が過ぎたキャスターを懲らしめるの。
 私一人じゃ寂しいから貴方達もお願い――だから一緒に戦ってくれるように説得してちょうだい」


【C-3/ビル・屋上/一日目・夜】


【浅羽直之@イリヤの空、UFOの夏】
[状態]魔力消費(中)、魅了状態(一歩手前)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得を目指す。
0:???
[備考]
※PSI粒子の影響を受け、PSIの力に目覚めかけています。身体の不調はそのためです。
→念話を問題なく扱えるようになりました。今後トランス系のPSIなどをさらに習得できるかは後続の方にお任せします。
※学園の事件を知りました。
※タダノがマスターであることを知りました。
※まどか、ライダー(ルフィ)を確認しました。
※巨人を目撃しました。
※天戯弥勒と接触しました。
※モリガンを確認しました。

【アーチャー(モリガン・アーンスランド)@ヴァンパイアシリーズ】
[状態]魔力消費(中) 、右肩に裂傷(回復中)
[装備]
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を堪能しマスターを含む男を虜にする
1:アーチャー(弩)と共にキャスター(みさきち)を殺しに向かう。
2:上記討伐が不可能と判明した段階で撤退する。無理はしない。
3:タダノが少し心配だが、ライダー(ルフィ)に任せる
[備考]
※セイバー(リンク)、カレンを確認しました。(名前を知りません)
※リンクを相当な戦闘能力のあるサーヴァントと認識しています。
※拠点は現段階では不明です。
※NPCを数人喰らっています。
※ライダー(ニューゲート)、刑兆と交戦しました。(名前を知りません)
※C-4の北東部から使い魔の蝙蝠を放ち、バーサーカー(一方通行)を探させています。
 タダノから指示を受けたため、他の用途に使うつもりは今のところありません。 
※まどか&ライダー(ルフィ)と同盟を結ぶました。
 自分たちの能力の一部、連絡先、学生マスターと交戦したことなどの情報を提供しましたが、具体的な内容については後続の方にお任せします。 
※人吉、セイバー(纒流子)、ルキア、ランサー(慶次)、キャスター(食蜂)を確認しました。
※アゲハの攻撃はキャスター(食蜂)が何らかの作用をしたものと察しています。
※セイバー(纏流子)と交戦しました。宝具の情報と真名を得ています。
※C-6を中心に使い魔の蝙蝠を放ち、キャスター(食蜂)を捜索しています。
※巨人を目撃しました。
※アーチャー(弩)を確認しました。




消えた。
最初から存在しなかったように消えた。
公衆電話を使った紅月カレンは映画で見るような粒子状となって徐々に消える姿ではなく、一瞬で消えた。

その光景を見ていた暁美ほむらは先程まで居たのに、舞台から降りてしまった紅月カレンを見て何とも言えぬ感情を抱く。
聖杯戦争と云えど脱落する時は呆気無いものである。テレホンカード一つでさようなら、ということ。
在るかどうかさえ不明な奇跡に縋った夢彷徨い人の最後にしては呆気無いものであった。

暁美ほむらがこれから取る行動。
過程はどうであれサーヴァントを手に入れた彼女は時間切れによる灰化を心配しなくてもよい。
明日の正午には遊園地にて美樹さやかから同盟の可否を聞く審判の時が来る。
それが最後の会話になるかもしれないが、鹿目まどかを守るための仕方がない手段である。

(遊園地……キャスターが死んだなら気味の悪い人形も消えているわよね)

遊園地を徘徊する古ぼけた人形達。
彼らを見ていても何一つ心が安らがない。寧ろ気分が悪くなってくる。
創造主が創造主なら造られる人形もまた創造主に似た気に食わない存在であった。
キャスター達の最後の時を見れなかったのは残念だが、碌な死に方ではないことを祈る。
とても英霊だとは思えないあの男。もう座とやらから呼ばれないことも祈っておこう。


「これからはよろしく頼むわセイバー。
 道中で話したけれど私には大切な人――聖杯戦争にも参加している鹿目まどかを救うために戦う」


振り向いた先には紅月カレンから譲り受けた新たなる従者、セイバーが立っていた。
最優のサーヴァントと呼ばれるだけあって性能はキャスターよりも確実に上だ。
正面からの戦闘にも充分に対応出来る心強い仲間を得ることが出来た。
当初の予定だとエレン・イェーガーのサーヴァントを奪うつもりであった。
結果として手に入るのはアサシンだったが、無理矢理契約を結ぶよりは遥かにマシな結果である。

暁美ほむらの言葉を聞いたセイバーは黙って頷く。
自己主張が無い訳ではなく、セイバーにも大切な存在はいた。
守る立場のことも解るが故にマスターである暁美ほむらに反論はない。

「ありがとう……何だか知らないけれど私は貴方と一度会ったことが在るような気がするの」

ある程度意思を無視して勝手に決まった感じがあるマスターを受け入れてくれたセイバーに礼を告げる。
そして保健室で出会った時から思っていたことを虚空に呟くように一人で語りだした。


「私が契約を結んだのはキャスターでそれだけ……でも貴方達を見た時、何処かで会ったような気がしたの」

月夜を見上げてその光を全身で受け止める。
視線の先に月を捉えながら暁美ほむらは言葉を紡ぐ。

「インキュベーター……あとで詳しく話すけどどうしようもない屑が私に聖杯戦争の話を振って来たの。
 その時に手にしたのは赤いテレホンカードではなくてゴフェ……?」

彼女の記憶に眠る聖杯戦争との異なる出会い。
インキュベーターから貰い受けた媒体を呟こうとした所で脳内に雑音が生まれる。
言葉を呟こうとする程、雑音は膨れ上がり脳内を圧迫していく。
それは航海中に嵐に襲われるかのような不条理な外部因子による干渉のような。
何が起きているか不明ではあるが、暁美ほむらは語りを続けた。

「……とにかく私は聖杯戦争に参加した。
 気付けば天戯弥勒の言葉ではなくて、私は神殿で目を覚ましたの」

「………………」

「神殿で私は剣を引き抜いた。そして、貴方に出会ったの――と言う世迷い言よ。気にしないで」

一人言葉を吐き終えた暁美ほむらは一度微笑むと気を引き締め直し、セイバーの前まで歩く。
辿り着くと先程の紅月カレンの真似ではないが腕を差し出しながらセイバーに語り掛ける。

「形だけの関係でも構わない。だから、聖杯戦争の間は私に力を貸してセイバー」

暁美ほむらの身体は小さい。
胸部を指している訳ではなく、全体が小柄であり、正しく少女の身体である。
小さい彼女であるがその言葉の中には芯が通っており、とても力強い意思を感じる。
差し出された腕をセイバーは拒むことなく、彼もまた腕を差し出し握り返す。

「ありがとう……出会いが聖杯戦争じゃなければゆっくり出来たのだけれど、それどころじゃないわね。
 巨人に対して注意しながら撤退して適当な宿で休息を取るの。明日には遊園地に向かうわ……急で申し訳無いけれど付き合って貰うしか無いの」

学園から脱出出来たのも巨人が出現し吸血鬼のランサーを引き付けてくれた功績があったから。
紅月カレンから聞くと彼女とランサーは敵対しており、彼女の傷はランサーのマスターから受けた物であった。
ならばランサーは紅月カレンに止めを刺すと思われるが突然現れた巨人と交戦を始めたため、無事に逃げることが出来た。

巨人を見てからセイバーの表情に曇が入り、何か思うことが在るようだ。
しかし無駄な魔力の消費を避けたいため、討伐には向かわない。
セイバーは暁美ほむらのサーヴァントであり、決定権は暁美ほむらに委ねられている。

職員室に入っていた留守電の中に一つ、病院からのメッセージがあった。
アッシュフォード学園の生徒である鹿目まどかが入院した旨、伝えるメッセージ。
運が暁美ほむらに味方し始めたのか、苦労すること無く鹿目まどかの居場所を掴むことが出来たのだ。
もう一人男子生徒が入院しているらしいが、名前は忘れている。

彼女の行動。
明日の正午に美樹さやかとの同盟返答を待ち、結果はどうであれその後病院に向かい、鹿目まどかと接触する。

総ては鹿目まどかのために暁美ほむらの理は回り続ける。




【B-3/公衆電話前/一日目・夜】




【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]疲労(中)
[令呪]残り3画
[装備]ソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ
[道具]グリーフシード(個数不明)@魔法少女まどか☆マギカ(二つ穢れが溜まりきっている)
[思考・状況]
基本:聖杯の力を以てまどかを救う。
1:巨人に警戒しつつ撤退する。
2:2日目正午には遊園地に辿り着き、美樹さやかと対話を行う。
3:上記終了後病院に向かい鹿目まどかと接触。
4:キャスターに対するかなり強い不快感。
[備考]
※自分の能力の制限と、自動人形の命令系統について知りました。
※『時間停止』はおよそ10秒。連続で止め続けることは難しいようです。
※アポリオン越しにさやか、まどか、タダノ、モリガン、アゲハ、流子、ルキア、慶次、善吉、操祈の姿を確認しました。
※明、ルフィのステータスと姿を確認しました。
※美樹さやかとの交渉期限は2日目正午までです。
※美樹さやかの存在に疑問が生じています(見たことのない(劇場版)美樹さやかに対して)
※フェイスレスは武将風のサーヴァント(慶次)に負けて消失したと思っています
※一瞬ソウルジェムに穢れが溜まりきり、魔女化寸前・肉体的に死亡にまでなりました。それによりフェイスレスとの契約が破棄されました。他に何らかの影響をもたらすかは不明です。
※エレン、さやか、まどかの自宅連絡先を知りました。
※ジャファル、レミリア、ウォルターを確認しました。
※天戯弥勒と接触しました。
※巨人を目撃しました。







【セイバー(リンク)@ゼルダの伝説 時のオカリナ】
[状態]魔力消費(小)、疲労(小)
[装備]なし
[道具]バイク(盗品)
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに全てを捧げる
0:カレンの意思を引き継ぎ、聖杯戦争を勝ち抜く。
1:暁美ほむらに従う。
[備考]
※アーチャー(モリガン)を確認しました。
※セイバー(纒流子)を確認しました。
※夜科アゲハの暴王の流星を目視しました。
※犬飼伊介、キャスター(食蜂操祈)を確認しました。
※人吉善吉、アサシン(垣根帝督)を確認しました。
※垣根帝督から食蜂操祈の能力を聞きました。
※朽木ルキア、ランサー(前田慶次)を確認しました。
※ウォルター、ランサー(レミリア)を確認しました。
※巨人を目撃しました。





怒りと共に組んだ腕を鎚のように振り下ろす巨人。
屋上の淵に当たるも勢いが殺されることは無く、壁ごと削りとって大地まで落ちる。
攻撃の標的対象であったウォルターは階段を降り学園の中へ移動していた。


「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


自分の攻撃対象が消えたことに対して雄叫びを上げる巨人。
こんなところで油を売っている暇など存在しない。一刻も早く天戯弥勒を殺さなければならないのだ。
老人が攻めてくる理由は十中八九聖杯戦争の参加者であるからだろう。
ならば拒む理由も道理も存在しないが、時間を取られては苛立ちしか生まれない。

「よく吠える化物だ」

階段を一跳びで一気に降りたウォルターは吠える巨人に対し悪態をつく。
その生体は不思議であるが碌な物ではないだろう。
吸血鬼が現代を彷徨うなら巨人の一つ可笑しくないと納得するしかあるまい。

「――血か」

廊下を曲がったところで血痕を発見する。
適切な処置を行わずに移動していたのか、何点にも溢れており、マーキングのようになっている。
学園に逃げ込んだ怪我人はランサーと交戦していたセイバーのマスターしか思い浮かばない。
つまり紅い髪の少女が血痕の持ち主であると断定出来る。

「この状況で見つけるとはね。全く時間が無いんだがね」

血痕を頼りに廊下を走るウォルターはワイヤーを広げ角を曲がる。
曲がった地点の右先で血痕は切れており、場所は保健室であった。
左足で廊下の床を蹴り上げ、軽く跳んだ彼は右足で保健室の扉を蹴り破るように突入。

何時でも殺せる状態で突入したが時は既に遅かった。
保健室には誰もいなく、窓が開いているだけであり、どうやら逃げられた後であった。


紅い髪の少女が保健室に居なかったことは別段問題ではない。
今やるべきことは巨人を殺すことであり、撹乱するために学園内に移動した。

外から内部を視認するなど透視能力でもなければ不可能である。
戦闘した感覚から巨人にそのような能力は無いと思われるため、後はどのようにして攻めるか。
小回りは圧倒的にウォルターが有利だが範囲と威力は巨人が圧倒的に上回っている。

その場で足踏みをされるだけでも、人間にとっては大きな脅威となってしまう。
ワイヤーを用いて中距離からの攻撃が好ましいが、人間と巨人の中距離は異なる。
火力も違うため、巨人を殺せるかどうかも解らない。


「――私を喰らう気か、そうかそうか」


一段と増して暗い保健室。
窓を見ると巨人が口を開けてウォルターを覗きこんでいた。
その光景を見たウォルターは本能で跳び上がり、蛍光灯を素手で握り込む。

数秒前まで彼が立っていた地点を巨人の拳を通り過ぎた。
学園の窓と壁を破壊しながら突き進む拳は直撃しなくても風圧だけで人間を殺せる兵器である。

蛍光灯を離し巨人の腕に着地したウォルターは手を軽く捻りワイヤーを動かした。

「――――――――ッッ!!」

すると巨人の拳が簡単に斬り落とされた。
痛みによって声にならない叫びを上げる巨人だが、ウォルターには何の関係も無い。
構わず巨人の腕上を走り、最終地点は巨人の首。

保健室を飛び出したウォルターは巨人の首を斬り落とさんと行動をするが、巨人は的ではない。

巨人は力づくで腕を天高く振り上げ、その上に立っていたウォルターを空中へ放り投げる形に追い込む。
この時ウォルターの顔が歪むが巨人には何の関係も無い。

逆の腕をラリアットの要領で空間ごと削り取るように振るう。
ウォルターは苦し紛れにワイヤーを網状にし打撃の軽減を図るが気休め程度だろう。

無慈悲にもラリアットが直撃し、彼の身体は大地を転がるように校庭を跳ね上げていた。

追撃の手を休まず走りだす巨人だが、胸に小さい衝撃が生まれる。
何かと思い優しく掴んでみると、腹を大きく抉られていたアサシンの身体であった。
何が起きているか解らなく戸惑った巨人はその場で足を止め緊急停止。
校庭を大きく削りながら止まった彼を待っていたのは顔面目前に迫っていた赤い槍。


「貴方もアサシンも死になさいッ!!」


巨人はその一撃を既に受けていた。
ランサーが放った神鎗によって顔全体が吹き飛ぶとそのまま倒れこむ。
回復が追い付かず、巨人化出来る限界を超えてしまい身体中から蒸気が溢れだす。
説明は不可能だが魔力に対する回復は物理単体よりも大きく疲労するようだ。

うなじがら這い上がるように出て来たエレンの視界には上空に聳える赤い槍。
今にも自分を貫かんとしているようで、魔力によって震えている光景が興奮しているようにも見える。
エレンが直感で感じ取ったのは自分は此処で死ぬという簡単で曖昧なこと。

視線を横に逸らせば明らかに致命傷を負っているアサシンの姿。
左肩と腹から大きく血を流しており、人間ならばとっくに死んでいる出血量である。
信じたくはないがアサシンはランサーとの戦いにおいて敗戦を喫したのだろう。

本来アサシンの能力値はランサーよりも劣る。
寧ろエレンが見ていた段階で善戦していたジャファルが強かっただけのこと。
弱肉強食。聖杯戦争は遊びではなく戦争だ。弱い者から脱落していくのが条理である。

「ウォルターは――生きているようね」

「はは……あのジジィ化物かよ……」

ランサーの視線に促されて自分の首を傾けたエレンの視界には倒れているウォルターの姿。
遠目でも解る程度には肩で息をしているのが伺えるのだ。あの男は生きている。
直撃とまではいかないが、巨人の攻撃を受けて生きているとは信じ難い存在だ。
別次元の人間が彼処まで強いならお前らが俺の世界に住みやがれ、心で叫びたい。

唯でさえ巨人化直後によって意識の霧が晴れない中、追い打ちを掛けるように現実がエレンを追い込む。
このまま倒れた方が楽ではなかろうか。そんな現実逃避の信号が脳内にで発信されている。


「今宵の宴はまぁ樂しかったわ。貴方達の死を以って終わりにしましょう」


現実逃避をする前に現実から終わってくれるようだ。
ランサーが黒い笑みを浮かべながら囁くように今宵の賛辞を送っている。
終劇は役者の死を以って。
物語における部の〆にしては定番である一区切りの幕切れだ。
脱落した者は舞台から除外され、生き残った者は舞台の上で演じ続ける。

聖杯を求めたエレン・イェーガーの戦いはこれにて終劇を迎える。
彼が死ぬことによって世界に残されたミカサ達を始めとする仲間も終劇を迎える。
壁に閉ざされた世界を包む謎の真理に触れられないまま、多くの人間が巨人に怯えて死を待っている。

(それでいいのかよ)

此処で死ねば自分は死ぬ。当然だ。
世界に残されているミカサやアルミン、リヴァイ兵長を始めとする仲間はどうなる。
最強のリヴァイ班は自分を生存させるためにその生命を散らした。
彼らだけでは無く、多くの兵士がエレンを守るために死んだ。

(俺が死ねば誰が――誰が責任取ってくれんだよ)

首から下げている鍵が月に反射する。
自分には謎を解き明かす使命が、役目が残っている。
黙って投資した人物達はエレンに一種の賭けを行った。
何が起こっても不思議ではない世界で、信じられもしない巨人人間に総てを投げ売った。

(死ねねえ……俺が死んだら誰が)

エレンが死ねば巨人に変化出来る存在はアニ、ライナー、ベルトルトの三名のみ。
同じ同期の仲間では在るが、人類の敵である。
ライナーとベルトルトはエレン自身の目で確かめていないが、黒に近いらしい。

(誰が!)

エレンが死ねば人類は巨人の生態に関する情報が急激に減ってしまう。
そうすれば唯でさえ調査兵団に対し高まっていた不信感が膨れ上がり排除されてしまう。
仲間の居場所を殺してしまう。


(誰が!)


ミカサ、アルミン、ジャン、コニー、サシャ、クリスタ、ユミル……マルコ。
序にアニとライナーとベルトルトも加えてやるよ。
その他の同期の奴らもだ。
リヴァイ兵長にハンジさん。エルヴィン団長にピクシス指令やキース教官。ハンネスさんもだ。
オルオさん、ペトラさん、グンタさん、エルドさん。
そして母さんと父さん。
俺のために死んだ人と今も生きている人達。


(誰が!)


俺って知らない間に色んなモン背負ってた。
ゲロ吐きそうだ、どうしてこんなにクソ重たいモン背負ってんだよ……なぁ。
お前もこっち来いよアルミン、海が綺麗だぜ。
汚いのはもう捨てて新しいマフラー買ってやるからよ、ミカサ。


(誰が!)


……来れる訳ないよなぁ、自分だけ逃げるってことだもんな。
はは……悪い、聖杯は持ち帰れそうにない。
けど、俺が生きて帰ったら一気にシガンシナ区まで攻め込むぞ。
俺が得た知識をアルミン達に伝えればきっと今より強い兵器が完成する。
ライナー達も俺が説得してやる――出来なかったらあの人殺しの屑共は俺がこの手で殺す。

だから俺は死ねねえ。当然だよな。
こんな優しい世界から抜け出してやる、俺が生きるのは此処じゃ無え。
捨てて来たモン全部もう一回背負い上げて全部成し遂げてやるよ――だから。


「俺が此処で死んだら誰が巨人ぶっ殺して世界を救うんだよ!! いい加減にしやがれ、死んだ奴がヘラヘラして生意気ぶっ込んでじゃねえ!!」


右腕に齧り付いたエレンを雷撃のような閃光が包み込む。
その光景を間近で目撃したランサーは顔を引き攣らせ神鎗を放つ。

「なら貴方も死人の仲間入りよ――さようなら」

時空を斬り裂く因果律を超えた一撃は空間を抉り取るようにエレンに迫る。
その数は三つであり、一つでも喰らえば彼は絶命する。

巨人化する段階で先に両腕を己の目の前で盾になるように配置し、到達を防ぐ。
しかしそれは気休めにもならなず、巨人の腕を貫通してエレン本体に直撃するだろう。
威勢良く啖呵を切ったエレンだがその生命は此処で潰えるようだ。彼だけならば。


「最後まで世話の焼ける奴だな」


この場で戦うのはエレンだけではない。
ジャファルは死に体である身体を無理矢理動かし、エレンの前に現れた。
その傷と出血量では明らかに限界を超えているが彼は黙って剣を引き抜き槍を迎え撃つ。

残像。
ジャファルを見ていたランサーは目の錯覚に陥った。
嘗ても目撃したジャファルの宝具が宝具としての性能を魂現する瞬間だ。
その一撃は絶対必中の神鎗をも――破壊する。

剣を己の一部のように空中へ放り投げ消えたジャファル。
気付けば神鎗の上に現れており、総てを乘せた一撃を上から叩き落とし神鎗を破壊。

着地すると同時に右足で半円を描くように大きく引き摺り砂塵を巻き起こす。
砂塵の中に身を隠したジャファルは瞬速でもう一つの神鎗の背後に姿を現していた。

「事象を連続で引き起こした……っ」

瀕死の状態で己の生業を連続で成立させるジャファルに驚きの声を上げるランサー。
因果律を覆す神鎗を破壊することは己もまた因果律を超えた必殺の一撃を放つと同義。
ジャファルがその宝具を簡単に発動出来ればランサーはとっくに死んでいる筈だ。
今もランサーが生命を感じているのはジャファルに決め手となる宝具が簡単には発動出来ないから。

因果律を覆す一撃――ジャファルは運命に叛逆し破壊し続けている。



「でも最後の一撃はどうするのかしら」

「――決っている」

「な……貴方は……ッ!」


残る一撃を破壊出来る程奇跡は起きない。
死神ジャファルの必殺は二度までしか発動せず、最後の一振りは通常の攻撃だ。
因果律に干渉出来る筈もなく、止める手段は無い。

ならば勢いだけでも殺す。

「自分を盾にして……」

ジャファルの上半身に深く突き刺さる神鎗。
赤い槍は彼が吐く鮮血よって更に赤く染め上がっている。
一度ならず二度目の直撃によってジャファルが現界出来る許容範囲が確実に崩れ去ってしまった。

放たれた神鎗はエレンに向けて発動した絶対必中の一撃。
ジャファルが貫かれようと、神鎗は本来の結末であるエレンに向かって尚も動いてる。
それはジャファルも解っていた。理解していながらその身体で引き受けた。

彼ごとエレンを貫くために動く神鎗。
巨人の両腕が組まれた硬い壁に直撃するが、神鎗は止まらない。
巨人の肉を抉り、骨を削り進んで行くが、エレン本体に辿り着く前に神鎗は雪のように赤く散り散りとなって消えた。

巨人と云えどエレン・イェーガーに変わりはないため、因果律の結果は満たされている。
直撃こそしなかったものの、この場面から叛逆の狼煙を上げるには無理がある。

総てを悟っているジャファルはエレンの首裏まで無理矢理自分の身体を動かすと、剣でうなじを切り取りエレンを取り出した。


「逃げろ。それだけの時間は稼いでやる」

「……お前馬鹿かよ……何勝手に死に急いでんだよ」


身体中を鮮血で赤く染め上げ今にも死にそうなジャファルがエレンに逃亡を促す。
死にそうなのは自分の癖に他人を優先するジャファルにエレンは反論するが声は小さい。
彼も解っている。巨人の力だけではランサーに敵わない。
条件が悪すぎる。絶対必中の槍と小柄な上に飛行出来る翼。総てがエレンにとって不利。

このまま戦っても負け戦。
少しでも可能性が在る方に賭けるべきだが、エレンは馬鹿である。
例え正しく判断出来ようと、状況と情に流される男である。

『俺も戦う、一緒に戦って此処から逃げるぞ』

そう宣言するだろう。
しかし彼が言い放つ瞬間より先に光の枝は背後からエレンを貫いていた。















「あ…………みんな…………………ごめ……………………な」



それからの結末は誰でも想像可能であった。
絶命したエレンを見たジャファルは限界を超えた身体を動かし天戯弥勒を殺しに掛かる。
しかし瀕死の状態では戦闘がままならず、終始天戯弥勒が圧倒し続ける展開が続く。

神はジャファルを見放したのか、頼みの宝具も発動せず、エレン同様光の枝に腹を突き刺された。
神鎗二撃と光の枝一撃。
三度の攻撃を身体に受けたジャファルは遂に動きを止め、身体が粒子状へと変化していく。
魔力が途切れ英霊としての現界を終え、再び座へと帰還する神座の万象。

その光景を天戯弥勒は高笑い一つで見下していた。

「じゃあな死神。
 お前の人生は呪われているんだ。コイツのようなガキを少しでも生活出来ただけマシと思え」

最後に聞いた言葉は記憶に記録を拒否する雑音だ。
ジャファルは最後の力を振り絞り剣を投擲し、天戯弥勒の首を狙うも光の枝に弾かれて終わる。
舌打ちを行い、最後の最後まで天戯弥勒を睨み続けるジャファル。
彼が最後まで心配していたのはエレンの安否であった。



「王家の力を得ないお前が見せる神話を楽しみにしていたが……幕切れはこんなもんか。
 真実に辿り着いていない今のお前にしては努力した方だが……所詮は始祖の力を操れない木偶か」


エレンの身体を右肩に担いだ天戯弥勒は巨人の結末に対し勝手に評価を始めた。
この言葉を聞いているのはランサーだけであり、観客もまた彼女一人。
主催者の襲来。参加者への干渉。マスターとサーヴァントの殺害。
流れるように引き起こる現象に頭を悩ませたいが、そんな時間は無いだろう。

「随分と勝手に暴れる主催者ね……それがPSIって力かしら?」

「どうせエレン・イェーガーはお前の神鎗で死んでいたさレミリア・スカーレット。
 お前は夜科アゲハから俺の力を聞いたらしいが……どうだ、実際に実物を見た感想は」

「……ご想像にお任せするわ」
(こいつ……総てを見透かしているつもりかしら?)

日中に接触した夜科アゲハの存在を天戯弥勒は知っていた。
あの場を目撃している人間は居なく、使い魔一つ反応が無かった。
当然ではあるが、天戯弥勒は架空世界を、聖杯戦争を監視している。


「まぁいい。
 それにしても今日は月が美しい夜だな。まるで今にも落ちて来そうなぐらいに」

「詩人みたいな物言いね。貴方ってロマンチスト?」

「喩え話だ、少しでもいいから頭の中に引っ掛けておけ。
 夜はお前の時間だがそれは永遠では無いことだ。訪れない時も在る」

「――それって何のことかしら」

「さぁな。俺は主催者らしくまた消えるとしよう」

「は、ちょ、待ちなさ――っ、身勝手な男ね」


レミリアが言葉を掛けた時、既に天戯弥勒は消えていた。
最初から居なかったかのように、風のようにその場から消え去っていた。



残されたレミリアは倒れているウォルターの元へ駆け付ける。
意識を失っているようだが、息は在るらしく、しぶとい老人だ。
出血量から見て巨人の一撃を受けたらしいが……どうして生きているのかが謎だ。


「人間も進化している……のかしら」


一人呟くが彼女の言葉に反応する存在は居ない。
校庭に残されたのは彼女一人と荒れ果てた土地と建物だけ。
明日から学園は問答無用で閉鎖だろう。校舎は半壊し校庭は未開拓地のように荒れている。

レミリアは小柄な身体でウォルターを担ぎ上げると飛翔し、館へと飛び立つ。
アサシンは死んだが、狙撃してきたアーチャーや時の勇者が潜んでいるかもしれない。
負傷し魔力を消費した今、例え夜だとしても無駄な戦闘は避けたいところである。

仕方なく飛翔するレミリアは一つ、小さなことだが一つ思い出す。


「天戯弥勒……あの少年の身体を持って行ったのかしら、ね」





【紅月カレン@コードギアス反逆のルルーシュ 退場】
【エレン・イェーガー@進撃の巨人      退場】
【ジャファル@ファイアーエムブレム烈火の剣 死亡】






【ランサー(レミリア・スカーレット)@東方project】
[状態]左肩貫通、左目失明(両方共回復中)魔力消費(大)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ウォルターのためにも聖杯戦争を勝ち抜く
1:ウォルターを運び館へ戻る。
2:殺せる敵から殺していく。
3:天戯弥勒に警戒。
[備考]
※アーチャー(モリガン)を確認しました。
※夜科アゲハを確認しました。
※天戯弥勒がサイキッカー(超能力者)と知りました。
※天戯弥勒を確認しました。



【ウォルター・C・ドルネーズ@HELLSING】
[状態]疲労(極大)出血(大)両腕にヒビ、肋骨骨折(少々)魔力消費(大)
[令呪]残り3画
[装備]鋼線(ワイヤー)
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:全盛期の力を取り戻すため、聖杯を手にする
0:気絶中。
[備考]
※浅羽、アーチャー(弩)を確認しました。



[共通備考]
※虹村刑兆&ライダー(エドワード・ニューゲート)と交戦、バッド・カンパニーのビジョンとおおよその効果、大薙刀と衝撃波(震動)を確認しました。
※発言とレミリアの判断より海賊のライダーと推察しています。
※巨人を目撃しました。
※エレン、アサシン(ジャファル)を確認しました。
※カレン、セイバー(リンク)を確認しました。



※アッシュフォード学園は6割程度全壊しています。





BACK NEXT
050-b:巨人が生まれた日 投下順 051:Masquerade
050-b:巨人が生まれた日 時系列順 051:Masquerade

BACK 登場キャラ NEXT
050-b:巨人が生まれた日 暁美ほむら&セイバー(リンク 052:Surgam identidem
ウォルター・C・ドルネーズ&ランサー(レミリア・スカーレット 053:運命「ミゼラブルフェイト」
アーチャー(モリガン・アーンスランド 057-a:未知との再会
浅羽直之&アーチャー(穹徹仙 057-b:翼をください
天戯弥勒 056:CALL.2:満月
紅月カレン Epilogue:私だけのWORLD END
エレン・イェーガー DEAD END
アサシン(ジャファル

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2016年01月24日 15:31