Cat Fight!!! ◆lb.YEGOV..


「鮮血!」
『応っ!』
「人衣一体!神衣鮮血!」

流子の声に答える様に、彼女の纏っていた服が蠢き形を変える。
戦闘形態へと姿を変え、片太刀バサミを手に、眼前のアーチャーへと構えた。
人吉が正体不明のマスターらしき人物に浚われた以上、なるべく早めにここを切り抜け、助けにいかねばならない。
人吉を浚った相手について回っていた人形達から、恐らくサーヴァントを連れている可能性が高い。
であるならば眼前のサーヴァントを自分が相手どり、アゲハだけを救出に向かわせるのは下策。
故に流子の出した最適解は、目の前のサーヴァントをぶっ飛ばすことと、人吉が連れていかれた方向、橋の先めがけて突き進むことだ。
操られたからとはいえ相手のマスターを不意打ちで攻撃してしまった事に申し訳なく感じる気持ちも多少なりともありはするが、それはそれ、キャスターを恨めと割りきる事にする。

「あら、随分と刺激的な格好ね、なら――」

露出の多い戦闘形態へと姿を変えた流子の姿に、対峙するモリガンが楽しそうな声をあげる。
刹那、無数の羽音と共にモリガンの足下から蝙蝠達が沸きだし彼女の美貌を包む。
だが、それも一瞬の事。
モリガンの肢体を覆っていた蝙蝠達がにわかに形を変えていく。
胸元を露にし、その扇情的な体のラインをくっきりと映し出す黒いボディースーツと、引き締まった足を際立たせるピンクのタイツをその身に纏う。
これが彼女の戦闘着なのだと流子は直感的に感じた。

「お姉さんも負けていられないわね。フフ、綺麗でしょう?」

悪戯っぽく微笑みながら、これから始まる闘いが待ちきれないかのように、ワキワキと白磁の様な指をくねらせる。
フワリ、と翡翠の如く煌めく髪が風に舞い、好奇に満ちた眼差しが流子、そしてアゲハへと向けられる。
その時、アゲハとモリガン、二人の視線が重なる。
ドキリ、とアゲハの胸が高鳴った。

夜科アゲハは精神的にも現実離れした少年だ。
必要な事であれば、人一人を殺害するような決断でもやってのける、謂わば漆黒の意思を持っている。
だが、それでも青い春を謳歌し、魅力的な女性には恋をし、性欲も旺盛な極々一般的な10代男性の精神構造である事には変わらない。
結論を言うならば、彼にモリガンの魅了を回避する術はなかったという事である。

男に抱かれるために用意されたとしか思えない艶姿に否が応でも目が奪われる。
動悸が止まらない。
カアッと顔が熱を持つ。
魅了され、熱病に浮かされたかのように頭がぼうっとする。

「あらあら」

そのアゲハの変化に気付いたのかモリガンが艶っぽい笑みを浮かべ、ウィンクをひとつなげかける。
ぐらりとアゲハの心が大きく揺れる。
思考が覚束なくなり、一つの衝動に感情が染め上げられていく。

抱きたい。

あの豊満な身体に身を埋めたい。
白く滑らかな肌と自分の肌を重ね合わせたい。
本能の赴くままに、さながら獣の様に交わりたい。
ふらりと、一歩足が前に出る。
不意に、脳裏に悲しげな表情の眼鏡をかけた少女の姿がよぎった。

(……っ!? 雨、宮……!)

その少女を思い出し、アゲハが足を止め踏ん張る。
今、自分が何をしようとしていたのかを理解し、サッと血の気が引く。
同時に雨宮桜子に対して罪悪感が沸き出す。
だが、アゲハがその感情に浸る余裕はなかった。

不意に視界が陰る。
その正体が人影だと気づくのと右頬に衝撃を受けて吹き飛ぶのは同時だった。

「なに色ボケしてんだ馬ッ鹿野郎ォ!!」

響いた声で、アゲハは自分が流子に殴られた事を理解した。
恐らく、眼前のサーヴァントに対して前後不覚の状態になった自分を正気に戻すためにやった事だろうとアゲハは理解する。
実際、アゲハが雨宮の事を思い出さなければ、あのまま相手に向かってふらふらと歩み寄っていた。
アゲハが仮に流子の立場であれば、同じように殴ってでも止めていただろう。

だが。

「いってえだろうが!もう少し加減ってもんを知りやがれ!!」

ズキズキと痛む右頬を押さえ、非難の籠った雄叫びをあげながらアゲハが勢いよく立ち上がる。
流子のとった判断は正しい。
正しいが、それはそれとして今の一撃は痛かった。
その前に正気に戻っていたということもあり、恨み言の一つでも言いたくなるのが人情というものであろう。

「あぁ!? 様子がおかしくなったから喝いれてやっただけだろうが! さっきみたいに操られて余計な事されても迷惑なんだよ!
さっきも今も女のサーヴァントに操られるような色ボケはすっこんでろ!」
「色ボッ……!」

売り言葉に買い言葉。
モリガンと目が合った時とは別の意味で顔が熱くなる。
不覚をとった自覚があるばかりに、まともに言い返す事ができず、アゲハがぐぬぬと震える。
不意に痴話喧嘩を遮るように笑い声が響いた。
アゲハと流子、二人の視線が楽しそうに笑うモリガンへと向けられる。

「フフ、騒がしいのは好きだけど、ダンスの相手を無視しちゃダメよ?」
「だったら人のマスターに色目使ってるんじゃねえよ。もとはと言えばお前が原因じゃねえか。
……アゲハ、お前は下がってろ。こいつ相手じゃ分が悪い」

モリガンとアゲハを遮るように立ちながら、流子がアゲハに言う。
暴王の月でもダメージらしいダメージは与えられず、再度魅了される危険性もある事から今の自分が足を引っ張っている事はアゲハも理解していた。

「……ワリィ」
「気にすんな、もともとこれはこっちの仕事なんだからよ」

ボソリ、と呟いた謝罪に不敵な笑みで応えられる。
今、この場において自分に出来ることはない。
その無力感に苛まれながら、アゲハは不承不承頷き後退した。

改めてモリガンと流子、二人のサーヴァントが対峙する。
喜色満面の眼差しと敵意を顕にした眼差しとがぶつかり合う。

「そっちの坊やの事はごめんなさいね。でも態とじゃないのよ?
ちょっとお姉さんが魅力的過ぎたのがいけなかったかしら」
「テメェ、全然悪いとか思ってねえだろ」
「呼吸をするのが悪いと思う人間なんていないでしょう?」

苛立ちを隠す気のない流子の刺のある発言に、モリガンは悪びれることなく答える。
自分はからかわれている。
流子はそう確信する。
キャスターに一杯食わされ、闖入者により人吉をまんまと浚われ、そして人を食ったようなモリガンの対応。
もともと喧嘩っ早い質の流子のフラストレーションはぐんぐんと溜まっていく。
その顔に獰猛な笑みが浮かんだ。
笑うという行為が本来攻撃的なものであるとは、誰の言だったか。

「ああ、そうかよッ!」

仕掛けたのは流子。
全身のバネを総動員させ、一息にモリガンに向けて駆け寄る。
ここまでの鬱憤を晴らすかの様に横凪ぎに鋏を一閃。しかし、流子が鋏を振るうのと同時に羽音が響き、刃は手応えなく空を斬る。

「ソウルフィスッ!」

紙一重で上空に回避したモリガンがお返しとばかりにその手から魔力を迸らせた。
光輝く蝙蝠を模した魔力の塊が流子を捉えんと襲いかかる。
直撃の刹那、刃が閃く。
逆袈裟に振り上げられた刃に両断された蝙蝠は忽ち輝きを失い霧散した。
だが、間髪を入れずに上空からモリガンが飛来する。
重力に任せるままに落下しながら、背中から生えていたビロードのような黒い羽根が瞬時に鋭い鉤のついた複数のワイヤーめいた形状に変化し、流子を突き刺し、あるいは絡めとろうと襲いかかる。
対する流子は手にもった鋏でまた一閃。
ワイヤーが纏めて斬られた事によって出来た攻撃の僅かな隙を利用して飛び退り、後続のワイヤーの連撃をかわす。
切断され地に落ちたワイヤーが無数の蝙蝠へと姿を変えモリガンの元に集うなか、流子は再度駆け出す。
狙うのはモリガンの着地際の一瞬。
だがそれはモリガンも予測していた。
ワイヤーを統合し翼へと再構成。高度的に再浮上は無理と判断し、その翼を硬質化させて自身を庇うように重ね合わせる。
ワイヤーを纏めて寸断した切れ味の良さを鑑みて、より硬度をました翼。これで着地際の一撃を凌ぎきれるとモリガンは判断し、次に起こすべくアクションへと思考を巡らし始める。
が、結論から述べればその思考はまったくの無駄となった。

刃が閃く。硬質化していた筈の両翼が、まるで布が鋏で裁断されたかのように、いとも容易く引き裂かれた。
流子の持つ片太刀バサミは魔力供給のブーストさえあれば魔術的な要素をもったものさえ裁ち切る力を持っている。
それが魔力によって変形・硬質化をさせていたモリガンの羽根には特効として作用した結果であった。
もっとも、モリガンがそのような事実を知り得る筈もなく、その表情に驚きの色を見せる。
その一瞬の動揺を流子は見逃さない。
横に振り払った片太刀バサミを持ち変え一歩踏み込み、切り裂かれた羽根の向こうに見えるモリガンめがけ刺突を放つ。
モリガンが身をよじる、が、数瞬遅い。
肩口から紅の飛沫が舞った。

「――痛ゥッ……!」
「理屈はわかんねーが、どうやらテメエとアタシは相性がいいみたいだ、なッ!」

致命傷こそ避けられたものの、熱を持って走る痛みにモリガンの顔が苦痛に歪む。
肩の傷口を抑え、モリガンがバックステップで距離をとる。
それをさせじと距離を詰めるべく流子が跳びかかるが、それを阻止する為に地面へと伸びていた羽根が槍のように尖り、真上を通過しようとする流子目がけて勢いよくせりあがる。
咄嗟の攻撃、加えて跳躍状態でまともに体を動かせなかった流子は片太刀バサミを盾替わりに攻撃をしのぐ。
結果は無傷に終わったものの、せりあがる槍に弾かれ、流子は後方へと飛び退る。
状況は振り出しに戻る、が、防御行動がほぼ封じられた分だけ戦況は流子へと傾いた。

「いいのをもらっちゃったわね」

肩口から流れる血が付着した指をペロリと舐め、その口角を釣り上げる。
自分が不利な状況に置かれたというのに、モリガンの顔に浮かんでいたのは喜色の笑み。

「なに喜んでんだよ、ひょっとして変態か?」
「あら、別にマゾヒストじゃないわよ。スリルがあった方がより燃えるだけ。
緑の剣士さんも、お髭のチャーミングなお爺ちゃんも楽しめたけど、貴女もいいわ。
とってもスリリングで楽しめそう」

緑の剣士という単語に、昼にやりあったもう一人のセイバーを流子は連想する。
あのサーヴァントと戦ったのかと、口から出そうになるが、それを飲み込む。
今の彼女の目的は邪魔をする眼前のサーヴァントを撃破し、浚われた人吉の元に急行すること。
敵と呑気におしゃべりをしている暇はない。

「へっ! マゾじゃなくてもな、そういうのは変態って言うんだよ!」

勝機は十分、しかし相手に撤退する気配はなく、むしろこの状況を楽しんでいる事が流子を苛立たせる。
掛け声と共にモリガンの手から放たれた牽制のソウルフィストを切り裂きながら急接近する。

袈裟がけに振り下ろす。
サイドステップで回避される。
横薙ぎに一閃。
上空に回避される。
着地際を狙う。
モリガンの翼がジェットスラスターへと姿を変え距離を離される。
無数の槍と化して突き出される翼を切り払い、カウンター。
切り落とされた槍の先端が蝙蝠へと姿を変え、流子の視界を封じる間に距離を開けられる。
モリガンの闘い方が受けから避けへと代わり、思うように致命打を与える隙が作れない。

焦りが流子の心に這いよる。
一分一秒さえも無駄にできない状況が焦りに拍車をかける。
こちらの気も知らずに、愉しげに戦うモリガンに苛立ちが増す。
攻撃のペースが上がる。
一撃、それが決まれば終わる。
より速く、片太刀バサミを振り抜く。
より強く、片太刀バサミを打ち放つ。
それは正に当たれば必殺と呼べる一撃。
だが、焦りと苛立ちに心を蝕まれ、一撃を当てることに傾注し始めた流子は気づかない。
その一撃が放たれるごとに、速度と威力を代償として攻撃の隙が増えて来ている事に。
勢いあまった横一閃が大きく空を切り、流子が気づく頃には既に手遅れだった。

「浚われた坊やが心配なんでしょうけれど――」

獲物を狩る雌豹のようにその目を光らせたモリガンが、滑り込む様に流子の懐に入り込む。
流子が反応するよりも早く、身動きが取れない様に両の腕ごと流子の肢体を抱きしめるように絡めとる。

「さっきも言ったわよ、ダンスの相手を無視しちゃダ・メ」

今眼前で戦っている自身でなく、浚われた少年の救出へと流子の意識が向いてきていたのをモリガンは見抜いていた。
抱き留めた流子の耳元に艶っぽい囁きが響く。
女性同士だというのに、ドキリとした感情に一瞬だけ背筋が震え、思考が停止する。
刹那、強力なGが流子の体を打った。

『まずいぞ流子!持ち上げられて空を飛んでいる!』

状況の把握できない流子に代わって鮮血が今の彼女の状況を伝えられる。
持ち上げられた。
宙に浮かされた。
では次に待っているものは?
重力の法則に従って地面へと落ちる、否、落とされる事だ。
かつての記憶の中から、ある男との戦いで不覚をとり、頭から地面に勢いよくめり込んだ思い出がフラッシュバックする。
ぐるりと景色が反転し、地面と空が逆になる。
それが意味するのは落下。
受け身を取ろうにも流子を抱きしめたまま急降下を開始したモリガンのせいで腕も満足に動かせない。
文字通り手も足も出ない絶対絶命の状態。

だが、流子は尚も抗う。
手が出なくても、足が出なくても、まだ出せるものがある。
グっと自身の頭を振りかぶった。

「墜ちろッ!」
「墜ち――るかぁ!」

流子の頭突きがモリガンの額を捉える。
不意に受けた衝撃と痛みに流子を捉えていた腕の拘束が緩む。
強引に腕を振りほどく、が、受け身を取るには間に合わない。
もんどりうって地面を転がるが頭から落下する事はどうにか防ぐ。

落下の衝撃で軽い脳震盪を起こし、ふらつく体を懸命に立ち上がらせる流子。
その視界に映ったのは羽根をジェットスラスターに変えてこちら目がけて空を駆けるモリガンの姿。
不味い。
咄嗟に片太刀バサミを前方に構え防御体制を取る流子。
しかしその横をモリガンが通りすぎ、すれ違いざま、スラスターの轟音と衝撃の煽りを受けて流子の体がそこに押し留められる。
何が起こったのか、視線を後方へと向けた流子が見たものは下半身を蝙蝠の羽根でドリルのように変形させたモリガンの姿。
無防備な背中にそれを食らえばどうなるかは言うまでもない。
急接近するモリガンに対応するには致命的なまでに時間が足りない。
まさに絶体絶命の危機。
その時、黒い流星がモリガンの肩、流子が傷をつけた箇所に着弾した。
不意の衝撃と傷口への攻撃にモリガンの顔が歪む。
攻撃を中断するまでは行かなかったが、一瞬狙いがぶれ攻撃の手が止まる。

「纏ィ!!」

アゲハの声が響く。
流子は今の攻撃がアゲハによるものだと理解する。
作り上げられた一瞬の猶予。
回避する程の余裕ではないが、命運を繋ぎ止める為に全神経を動員して体を動かす。
モリガンのドリルは素肌が露出した部分ではなく、鮮血に守られた部分へと当たる。
ギャリギャリと耳障りな音が響き、鮮血越しに断続的に襲い掛かる衝撃が流子の内臓を容赦なく揺さぶる。
衝撃を殺しきれずたまらずに流子が地を転がる。だが、鮮血に守られたお蔭で致命傷は防がれた。

『流子!』
「大、丈夫だ、そこまで酷くはねぇ。それより……グッ!?」

土と擦り傷に塗れながらも立ち上がろうとした流子が掴みあげられる。
その細腕のどこにそんな力があるのか、モリガンは片腕で流子の首を掴み持ち上げていた。
空気の通りを阻害され顔を歪めて流子がもがく。

「テ、メッ……!」
「愉しい一時をありがとうね、お嬢ちゃん。でも、そろそろ終わりにしましょうか」

サディスティックな笑顔を浮かべながらモリガンはその羽根を矢の形に変え、流子の柔らかな腹部へと添える。
黒い流星が再度モリガン目がけ放たれるが、形を変えていない方の羽根が展開し再度の傷口への着弾を防ぐ。

「それじゃあ、サ・ヨ・ナ・ラ」
「纏ィィィィィィィィィ!!!」

射出された矢が流子を貫き、背後にあった街路樹へと縫いとめる。
ごぽりと流子の口と腹部から血が噴出し、衝突の衝撃を受けハラハラと木の葉が舞う。
身じろぎする事もなく、流子の両腕がだらんと力なく垂れる。
ガラン、と片太刀バサミが地面に転がる音とアゲハの絶叫が響いた。

「さて、と。メインディッシュといきましょうか」

クルリと、モリガンがアゲハの方を向いた。
自分がまるで肉食動物に狙われた草食動物のような錯覚にアゲハは襲われる。
暴王の月を放つ。
だが、強力なPSIであっても、対魔力のスキルを持つモリガンには効果はない。
背中から生える羽根であるものは防がれ、あるものはいなされる。

「そんなに怖がらなくていいのよ坊や。痛くなんてしないわ、むしろとっても気持ちいいのよ。さあ、私と一つになりましょう?」
「う、あ……」

モリガンの媚態が近づく度に、アゲハに抗いがたい情欲が再び燃え上がる。
だが、暴走をしかける本能を理性が留める。
この戦いの発端は元はといえばキャスターの能力で相手を誤認した自分にある。
言い換えれば流子がこんな目にあった原因はアゲハ自身なのだ。
いいように操られ、仲間を窮地に追いやった自分が許せない。
その自責の念がアゲハを踏みとどまらせている。
キッ、とモリガンを睨みつけ抗戦の意志を露わにする。

「……さっきは私の魅力に呑まれかけてたのに、面白い坊や。いいわその瞳、ゾクゾクしちゃう」

モリガンの顔に浮かんだ喜色が更に強まる。
自身の魅了に靡かない程の強い意思を持った魂。
紛れもなく当たりの部類にあたるものだとモリガンは確信する。
対して追い込まれたアゲハはこの状況におかれてもなお、心は折れてなどいなかった。
ここから助かる見込みは万か億か兆に一つか。
だが諦めればその見込みすら0になる。
複数の暴王の月をアゲハを軸に回転させる。
どこまで有効かはわからないが、微かでも時間を稼ぐためにアゲハは足掻く。
その足掻きすら好ましいものとして、モリガンが一歩一歩進んでいく。

その時、蒼い炎がモリガン目掛けて飛来した。
モリガンの足元に着弾して土煙を巻き起こす攻撃は、モリガンには有効打はあたえられなくとも、警戒させ、アゲハから距離を遠ざける事には成功した。

「なにやら事情はわからんが――」

アゲハ達が乗ってきた車の方角から凛とした声が響く。

「悪いが今、そやつとは手を組んでいる身だ。手を出す真似は控えてもらおうか」

アッシュフォード学園の制服に身を包んだ死神・朽木ルキアの姿があった。


時は少し遡る。
ズキリ、と痛む頭に顔をしかめながらルキアの意識が覚醒した。
何故、気絶していたのか記憶を辿る。
キャスターとの同盟破棄、麦わらのサーヴァントの乱入、混乱する状況の中、キャスターの口角がつり上がり――。

「あの女狐にしてやられたという訳か」

どのような指令を送られたかはわからないが、気絶させられたということは、そうせざるを得ないだけの事をさせられたのだと結論づける。
周囲を見回すが、慶次の姿が見当たらない。
令呪を見ると消えてはいない。どうやら脱落していないらしい事は確認できた。
が、一画分の令呪が消えていた。操られ何らかの指令をさせられた事は明白だった。
慌てて念話での会話を試みる

「ランサー、聞こえるか?」

返事がない。
まさか、自身が操られている時に慶次が念話すらも出来ない状態にさせられたのではないかと、焦燥感が沸き上がる。

「おい!ランサー!聞こえぬのかランサー!返事をしろ!」
「……ん? おお! ルキアか、大丈夫か?」

何度か呼び掛けると起き抜けのような調子の慶次の声が響く。
気になる事はあるが、健在のようであることを確認し、安堵のため息を吐く。

「『大丈夫か』はこっちの台詞だランサー。
すまん、迷惑をかけたようだが、今の状況はどうなっている?」
「キャスターが麦わらのマスターを浚って逃げた。
俺達はセイバーと組んでキャスターを追っていたところだ」

闖入者を巻き込んで事態は更にややこしくなってきている事に、先程までとは別の意味で頭が痛くなってくる。
加えて、その原因の一つが自分の不覚であることが、責任感の強い彼女に重くのしかかる。

「で、麦わらのマスターにも仲間がいたみたいでね、そいつらにキャスターを任せて、俺はチラチラとこっちに探りを入れてた爺さん、キャスターって呼ばれてたか。
そいつを相手にしてたんだが……、すまん。不覚をとった」
「負傷したのか!?」

流子との戦いで、慶次の実力の高さは認識していた。
だからこそ、その慶次がよりにもよってキャスターに不覚を取ったという事実に驚愕した。

「足をやられた。今治療してたんだが、まだ治ってねえなこりゃ。そっちに駆けつけるのは時間がかかりそうだ。
それよりそっちはどうなってる?」

慶次の言を受けてルキアが車の窓から周囲を確認する。
橋から少し先に対峙する人影が見えた。

「セイバーと夜科アゲハが破廉恥な衣装の女と対峙している。
キャスターや麦わらのサーヴァント、お前の言う老人のキャスターは見えんな」
「人吉の姿は?」
「いや、見当たらんな」
「逃げてるか隠れてくれてりゃいいんだが、浚われた可能性もありそうだな。
見事にしてやられたと考えた方が良さそうだ」

その言にルキアの顔が陰る。
キャスターをあの場で倒せていれば、ここまでの事態にはならずに済んでいた。
無意識の内に、ギュッと手を強く握る。

「すまん。私の落ち度だ」
「別にアンタのせいじゃないだろ、それよりもこれからどうするかだ。流子達はどうなってる?」
「先ほどは向かい合っていたが……、あ、夜科が殴り飛ばされた」

ルキアの視界にふらふらと前に出ようとしたアゲハが急停止したこと、そしてそれに気付いた流子が勢いよくアゲハを殴り飛ばしている光景が映る。

「おいおい、仲間割れか?」
「わからん、いや、仲間割れではないな、アゲハが後ろに下がった、戦闘が始まるようだ」
「そうか、悪いが傷が治るまでまだ時間がかかる。今は見に徹してもらっていてもいいかい?」
「……そうだな、今の私が出ても何ができるかという話だしな」
「そんなに腐るなよ、それより戦いをよく見ておいてくれ、今後の足しになる」
「了解した」

そして始まる剣士と弓兵の戦い。
飛翔する魔女と荒々しい剣姫による攻撃の応酬。
そのバランスが、僅かに傾いた。

「セイバーが押し始めたな」
「おっ、やるねえ」
「ああ、これなら私たちが手を貸すことも……、いや、まずいな」
「なにかあったのか?」
「セイバーの攻撃が雑になり始めた。恐らくだが、勝ちを急いでいる」
「それは……確かにまずいな」

流子が攻撃し、モリガンが避ける。
端から見れば流子が一方的に攻撃を加えているように見えるが、一太刀振るう度にその動きが大雑把になっている。
ついに、流子が致命的な隙を晒し、モリガンに抱きすくめられて宙を舞った。
落下の直前に流子が頭突きを放った事で地面への衝突は避けられたものの、地面を転がる流子に対しモリガンが追撃を仕掛ける。
その時、戦いを見守っていたアゲハが黒い球体を生み出し、モリガンへと攻撃を放った。
着弾、僅かな隙を作り上げるも攻撃を阻害するまでには至らない。
追撃を受けて倒れ伏す流子をモリガンが掴みあげた。
トドメを刺すつもりだと、ルキアは直感的に悟った。

「いかん!このままではセイバー達が……!」
「おいおい!アンタが行ってどうなる、みすみす殺されに行くようなもんだぞ!?」

逸って飛び出そうとしたルキアの気配悟り、慶次が止める。

「しかし、あやつらとは協力関係にあるのだろう!?
このまま見捨てる訳には……!」

制止を振り切ろうとしたルキアが見たのは、変形した翼に打ち付けられ、街路樹へと縫い止められた流子の姿だった。
流子を仕留めたモリガンがアゲハへと狙いを定める。
抵抗を試みるアゲハだが、放った攻撃は悉くが無効化され追い詰められていく。
ルキアはたまらず車の扉を開けて駆け出していた。

そして現在に至る。

「まぁったく、どうして考えなしに死地に飛び込むかねぇ」

ルキアの脳内に呆れた調子の慶次の声が響く。
失態の上にこの自殺行為では愛想をつかされても仕方がない。
それでも、一時的なものとはいえ、仲間を見殺しにする選択肢は選べなかった。

「すまぬ、叱責ならばあとでいくらでも受ける。だが……」
「だけどまあ、それがいい、ってね。そういうの俺は好きだぜ?」

だからこそ、どこか嬉しそうな慶次の声は予想していないものだった。
思わず、謝罪の念話を中断する。

「とにかく時間を稼ぎなマスター、それまでになんとか戦えるくらいには回復してみせる。
ただ、そこに俺を呼び出すなら令呪が必要になる。それは構わないな?」
「構わん、必要なことだ」
「よく言った。それじゃあ俺が間に合うまで、生き延びててくれよ?」

そう言って慶次が念話を終わらせる。恐らくは回復に専念し始めたという事だろう。
問題は、マスター二人で慶次を呼び出せるようになるまでどうやって時間を稼ぐかだ。

「あら、随分とゆっくりとした到着ね。
キャスターのお嬢ちゃんはどこかに逃げちゃったし、坊やのお友達は人形を連れたお嬢ちゃんに浚われちゃったわよ?」

新たな乱入者を興味深げに眺めながらモリガンがルキアに語りかける。
慶次の想定していた悪い状況通りの結果に、ギリ、と奥歯を噛み締める。

「それで? お嬢ちゃんもマスターみたいだけど、サーヴァントはどこかしら?
わざわざマスターが姿を見せたって事は近くにいるんでしょう?」

そのモリガンの発言に、ルキアはしめた。と光明を見出だす。

「それをお前に言う必要はあるか?
既に私のサーヴァントはお前に照準を定めている。
ここは退け、出なければ痛い目を見ることになる」

この場に慶次がいない事を利用して、隠れてお前を狙っているとブラフを仕掛ける。
相手方のクラスに確証はない、が此度の聖杯戦争では既にセイバーとキャスターが2人存在していた事から、相手がどのクラスであろうとも言い逃れは可能だ。

「……そうか、あいつが間に合ってくれたか」

ランサーの存在を知っているアゲハはルキアの意図を察し、そのブラフに乗る。
別れてから音沙汰がないのは気になるが、ランサーが駆けつけるまでの時間稼ぎである、というところまでは検討がついた。
その考えを肯定するかのようにルキアが口許に笑みを浮かべて頷く。
運に任せた一つの賭けに、二人のマスターが命運を託す。

「ふぅん」

対するモリガンはこの状況にあって、思案するかのように口許に人差し指を添える。
まるで値踏みするかのようにアゲハとルキアを見つめ、沈黙が周囲を支配する。
バクバクと、ルキアとアゲハは自身の鼓動が強く脈打っているのを聞く。
一分一秒でも多く時間を稼げなければ、例え慶次を呼び出せたとしても状況は変わらない。

仮初の拮抗を破ったのはモリガンだった。
口角が上がりその手に魔力が宿る。

「じゃあ、試してみましょうか」

ルキアに向かって魔力を纏った蝙蝠が放たれる。
しかし、それはルキアの放った炎とアゲハの暴王の月によって相殺される。
二人は追撃を警戒するがモリガンはその場から微動だにすらしなかった。

「わざわざ動かないであげたのに攻撃してこないなんて、あなた、余程サーヴァントに嫌われてるみたいね」

悪戯っぽく笑いながらモリガンが告げる。
無論、本気でそう思っている訳がないことはアゲハ達も十分に理解している。
つまるところブラフだと見破られてしまったという事だ

「時間があればあなたのサーヴァントを待っててあげても良かったんだけど、流石にライダーの坊やにタダノを任せっぱなしにするのは悪いし……覚悟はいいかしら?」

モリガンの目に殺意が宿る。
このままでは全滅は必至。
ルキアが令呪を使用する決意をする。
その時であった。

「オォォオオォオオオォオオオォオオオ!!」

獅子の如き雄叫びが、流子が縫いとめられていた筈の街路樹から響いた。

『りゅ……! ……こ……!』

昏い微睡の中、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。
とても馴染みのある相棒の声。

『流子!しっかりしろ、流子!』
(せん、けつ……?)

沈んでいた意識が覚醒する。
意識が途切れる前に覚えているのは、サディスティックな笑顔を浮かべるサーヴァントの女と吹き飛ばされた自分。
そして一人、残され対峙する羽目になったアゲハの姿

(そうだ!アゲハはっ……ぐう!)

身体を動かそうとして腹部を中心に激痛が走る。
何事かと腹部を見れば、そこには一本の大きな矢が深々と貫通し、後ろにある街路樹に突き刺さっていた。
ああ、そういえばこれを撃ち込まれたのだったか、と頭の片隅で思い出す。
霞む瞳で周囲を見渡す、捉えたのはアゲハとルキア、そして自分が相手をしていたサーヴァント。
敵サーヴァントに対峙するはマスターが二人のみ。
このままでは殺されてしまう、そう思い体を動かそうとするも、杭のごとく撃ち込まれた矢がそれを許さない。

(おい、やめろよ。そいつらに手を出すな、まだアタシ達にはやらなきゃいけない事があるんだ)

浚われた善吉を助けなければならない。
キャスターに落とし前をつけなければならない。
自分を鮮血と再び出会わせてくれた男を、天戯弥勒の元に連れて行ってやらねばならない。
震える手が矢を掴む。
引き抜こうとする度に激痛が走る。
それでも、引き抜くことを諦めはしない。

「グッ、アァ……!」

痛む体に、悲鳴を上げる心に負けぬ為に、自然と口から声が絞り出る。

「オォォオオォオオオォオオオォオオオ!!」

痛々しくも猛々しい雄叫びがあがるのと、流子の体から矢が引きずり出されたのはほぼ同時だった。

その場にいた3人の視線が流子へと向けられる。
ふらつく体で地に落ちた片太刀バサミを手にし構える。
ペッと口に溜まった血を吐き出し、戦意の衰えない瞳が自分の戦うべき相手を捉える。

「纏、お前……」
「アゲハ、魔力をくれ。もう無様は晒さねえから」

その力強い言葉と覚悟に、アゲハは二の句が告げられなくなる。
お互いの視線がぶつかる、その瞳の中にある意地が、誇りが、アゲハにも痛い程に感じられた。
深く、一つ、呼吸をする。
ニッ、とアゲハの顔に力強い笑みが浮かぶ。

「いいぜ纏。俺達の命はお前に預けた!」

その返事に待ってましたとばかりに流子が笑みを浮かべる。
それに対してモリガンは何のアクションもしない。
いや、明らかに流子が行う事を待っていた。
その瞳には紛れもない好奇の色を湛えている。

「本当に退屈させないのね、あなた達って。いいわ、お姉さんに見せてみなさいな」
「余裕こきやがって、ほえ面かいても知らねえからな!」

流子の体に魔力が満ちる。
巻き起こる魔力の奔流が流子の、一つの世界を救った英雄の真なる姿を作り上げる。

「鮮血――更衣!!」

轟、と烈風が巻き起こる。
腹部に開いていた痛々しい傷が瞬時に再生する。
学生服を思わせる濃紺から一転、燃え上がるような赤い装束が体を包む
その身に収まりきらないほどの膨大なエネルギーが体から迸しる。
両の手にいつの間にかもう一振り増えたのハサミを手にし、纏流子が立っていた。

流子が駆ける。
否、流子が飛ぶ。
牽制で放たれた光る蝙蝠の弾丸を意にも介さずに一閃し、引き絞られた弓矢の様に、ただただ一直線にモリガンへと飛翔する。
羽をジェットスラスターに変え距離を取ろうとするモリガンだがその判断は何手も遅い。
既にそこは流子の距離、二振りの刃から逃れられぬ決死の間合い。
後はこのままその両腕を振るうだけで勝負は決する。

「闇より出でし幻影の半身(アストラルヴィジョン)――!!」

モリガンがいつになく真剣な声で切り札を切る。
流子の背後に魔力の気配。
しなやかな腕が伸び、流子の体を羽交い絞めにし、動きを強制的に止める。
だが、その攻撃に流子は迅速に対応する。
頭を勢い良く後ろに振る。
顔らしき箇所に当たった硬い感触と衝撃、緩んだ拘束を強引に振りほどき、振り向きざまに一閃。
胴体を横に両断され、モリガンと瓜二つの幻影が四散する。
バサリ、と遠くから響く羽音。
上空を飛翔しながらモリガンが次第に距離を離していく

「びっくりしたわ、タダノが気絶しちゃったから宝具を使う気はなかったのに、咄嗟に使う羽目になるなんて」
「テメェ、逃げるのか!」

流子が吼える。
追撃はできる、が、先程の宝具でまた妨害される可能性がある。
自分が狙わられるならまだしも、アゲハ達が狙われたら。
その可能性を考慮してしまい、動くことができない。

「違うわ、タダノを攻撃したのを許してあげるの。
あなたの宝具は見せてもらったし、私も楽しめたし、それでチャラにしてあげる」

優しいでしょう? とからかう調子で続けながら、モリガンは戦線からの離脱を開始する。

「そうそう、自己紹介がまだだったわね。私の名前はアーチャー。
この決着は今度つけましょう纏ちゃん。また会うのを楽しみにしているわ」

一方的な自己紹介を終えると同時に、蝙蝠の群れがモリガンの姿を隠していく。
高笑いを響かせ、モリガンはその姿を消す。
流子達はそれをただ眺める事しかできなかった。

「……チッ、言うだけ言って逃げやがった」

モリガンが消えるのを見届けて、流子が宝具を解除する。
何から何までいけすかない相手だった。
そして、次こそはあの余裕ぶったすまし顔を叩き潰すと心に誓う。
踵を返し視線を移すと、丁度アゲハ達が駆けてくるところだった。

「……ワリィなアゲハ。格好つけた事いっておいて、無様なところ見せちまった」

開口一番、バツが悪そうに流子が俯く。
"下がっていろ""こっちの仕事"と見栄を切った手前、不覚をとりアゲハを危険な目に合わせてしまった事に自責の念が胸中を渦巻く。

アゲハは今までこの勝ち気な少女が見せたことのなかったしおらしい一面に一瞬面食らう。
どんな言葉をかけるべきか。
言葉が詰まる、頭を回転させる。
ややあして言うべき言葉を思いつく。

「もう無様は晒さねえんだろ? ならそれでいいじゃねえか」

プイ、とそっぽを向いてできるだけ素っ気なくそう告げる。
ガラじゃない。
しゅんとする流子も、それを慰める自分もお互いに。
そんな気恥ずかしさが、アゲハの頬をほんのり朱に染める。

「……ありがとよ」

そんな意図を読み取ったのか、礼を述べて顔をあげた流子の顔に、弱気な色は欠片たりとも見られなかった。
それに答えるようにアゲハも笑みを浮かべる。
その時、咳払いが響いた。

「あー、すまんが詳細な状況を説明して貰えないか?
ランサーのマスター、朽木ルキアだ。学園で気絶させられてからそこの橋にいたる経緯まではランサーに大まかだが聞かされた。
だがその後どうなったかまでは詳しく知らんので教えてほしい」

咳払いをした主、ルキアが二人に尋ねる。

「っと、悪いな。俺は夜科アゲハ、こいつのマスターだ。取り合えずそっちのランサーと別れた後からでいいな?」

アゲハの口から聞かされたのは彼らがアーチャーと去り際に名乗ったサーヴァントとの顛末。
ライダー・アーチャー陣営とともにキャスターを追い詰めたものの、対象をキャスターに誤認させられたアゲハの攻撃がアーチャーのマスターに直撃。
更に人形を連れた少女がアーチャーのマスターの名を呼んだかと思えばそのマスター諸とも全員に攻撃を行い人吉を浚っていった事だった。

「人形、さっきランサーが言っていたキャスターの特徴と合致するな」
「もう一人のキャスターが人吉を浚ったって何のために?」
「そこまではわからん、だがろくでもない事は確かであろうな」
「そういや慶次の奴はどこに行ったんだ」
「キャスターの召喚した人形達との戦闘で不覚をとった。足を負傷したらしく今は治療に専念してもらっている」

慶次負傷の報に流子の顔が驚愕に見開かれる。
あの男がキャスターが呼び出した人形たかだか2体に苦戦するなど信じがたい事だった。

「とにかく、一刻も速く人吉を探さないと手遅れになるな」
「そうは言っても場所に心当たりはあるのか、その戦いからはかなり時間が経過してしまっているのだぞ」

夕方だった空は既にその9割が青黒く染まり、星々が煌めき出している。
慶次が橋へと向かった事から橋よりも東側にいるということくらいしかわからない現状、人吉と人形遣いのキャスターの現在値の特定は不可能だ。

「少なくとも橋からこっちには渡ってきてねえ、ならまだ探し様はある筈だ」

流子に車に乗るよう促し、アゲハもまた助手席に乗り込む。

「俺達は善吉を探す、流石になり行きで同行してくれたあんたらにまで着いてこいとは言わねえ、でも――」
「皆まで言うな。女狐のキャスターも気になるが、かといってこちらのキャスターも放置するには危ない匂いがする。
私はランサーと合流してから独自に調べてみる」

そう言って、ルキアは懐からメモ帳をとりだし、何事かを書いてアゲハに手渡した。

「私の連絡先だ。何か分かれば連絡する」
「ありがとな、ならこれが俺の連絡先だ。こっちも何かあれば連絡する」

お互いに連絡先を交わしあい、視線を向ける。
いずれ敵対する身ではあれども、捨て置けない存在の為、夜科アゲハと朽木ルキアの同盟が今ここに成立した。

「じゃあまた後でな! 慶次の奴に『次は不覚なんて取るんじゃねー』って伝えておいてくれ」
「……ああ、しかと伝えておこう」

エンジンの廃棄音が鳴り響く。
どこからかパトカーのサイレンの音が聞こえ、ざわざわと人の声と気配が集まってくる。
タダノからの連絡が途絶えた事やここで起こった騒動を聞きつけ、動き出した警察も直に駆けつけるだろう。
それに気付いたアゲハ達は慌てて車を出し、ルキアもその場所を後にする。
大きな祭の起こった場所に当事者達はもう誰もいない。

【C-6/橋近辺、車内/一日目・夜】

【夜科アゲハ@PSYREN-サイレン-】
[状態]魔力(PSI)消費(中)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜く中で天戯弥勒の元へ辿り着く。
1.善吉と人形使いのキャスターを見つけ出す
2.キャスター(食蜂)も気にかかるが、善吉を急いで助けに行きたい
[備考]
※ランサー(前田慶次)陣営と一時的に同盟を結びました
※セイバー(リンク)、ランサー(前田慶次)、キャスター(食蜂)、アーチャー(モリガン)、ライダー(ルフィ)を確認しました。
※ランサー(レミリア)を確認しました。
※キャスター(フェイスレス)の情報を断片的に入手しました
※『とある科学の心理掌握(メンタルアウト)』により、食蜂のマスターはタダノだと誤認させられていました。
※アーチャー(モリガン)と交戦しました。宝具の情報を一部得ています

【セイバー(纒流子)@キルラキル】
[状態]魔力消費(大)疲労(大)
[装備]片太刀バサミ、鮮血(通常状態)
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:アゲハと一緒に天戯弥勒の元へ辿り着く。
1.人吉と人形使いのキャスターを見つけ出す
2.キャスターと、何かされたアゲハが気がかり
3.アーチャー(モリガン)はいつかぶっ倒す
[備考]
※セイバー(リンク)、ランサー(前田慶次)、キャスター(食蜂)、アーチャー(モリガン)、ライダー(ルフィ)を確認しました。
※間桐雁夜と会話をしましたが彼がマスターだと気付いていません。
※キャスター(フェイスレス)の情報を断片的に入手しました
※乗ってきたバイクは学園近くの茂みに隠してありましたが紅月カレン&セイバー(リンク)にとられました。
※アゲハにはキャスター(食蜂)が何かしたと考えています。
※アーチャー(モリガン)と交戦しました。宝具の情報を一部得ています

【C-5/橋近辺/一日目・夜】

【朽木ルキア@BLEACH】
[状態]魔力消費(微量)
[令呪]残り二画
[装備]アッシュフォード学園の制服
[道具]学園指定鞄(学習用具や日用品、悟魂手甲や伝令神機などの装備も入れている)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を通じて霊力を取り戻す。場合によっては聖杯なしでも構わない
1.ランサーと合流し、人形使いのキャスターと善吉を捜索する
2.キャスター(食蜂)に何を命令されたのか気になる。早めに対処したい
[備考]
※犬飼伊介&キャスター(食蜂操祈)と同盟を破棄しました。マスターの名前およびサーヴァントのクラス、能力の一部を把握しています。
※夜科アゲハ、セイバー(纏流子)と一時的に同盟を結びました。
※紅月カレン&セイバー(リンク)と交戦しました。
※人吉善吉を確認しました
※ライダー(ルフィ)を確認しました。
※キャスター(フェイスレス)の情報を断片的に入手しました。
※外部からの精神操作による肉体干渉を受け付けなかったようです。ただしリモコンなし、イタズラ半分の軽いものだったので本気でやれば掌握できる可能性が高いです。
 これが義骸と霊体の連結が甘かったせいか、死神という人間と異なる存在だからか、別の理由かは不明、少なくとも読心は可能でした。
※通達を一部しか聞けていません。具体的にどの程度把握しているかは後続の方にお任せします。
※キャスター(食蜂)から『命令に従うよう操られています』
 現在は正常ですが対峙した場合は再度操られる可能性が高いです。
※アーチャー(モリガン)と交戦しました。宝具の情報を一部得ています

【共通備考】
※夕方から現在までの騒ぎを受けて、C-5の橋近辺に野次馬と警察が集まってきています


【B-5/北東の川辺/一日目・夜】

【ランサー(前田慶次)@戦国BASARA】
[状態]魔力消費(小)右脚へのダメージ(中)、『休息・眠りの一時 誘うは魅惑の夢心地(ゆめごこち)』発動中
[装備]朱槍
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:この祭りを楽しむ
1.回復に専念し、マスターの指示を待つ。
2.マスターが用済みとなって消される前に勝負を決める。
[備考]
※犬飼伊介&キャスター(食蜂操祈)と同盟を破棄しました。マスターの名前およびサーヴァントのクラス、能力の一部を把握しています。
※紅月カレン&セイバー(リンク)と交戦しました。
※人吉善吉を確認しました。
※ライダー(ルフィ)を確認しました。
※キャスターとの同盟を破棄する強い決意を持っています。
※キャスター(食蜂)を装備と服装から近現代の英霊と推察しています。
※読心の危険があるため、キャスター(食蜂)対策で重要なことはルキアにも基本的には伏せるつもりです。
※中等部の出欠簿を確認し暁美ほむらの欠席、そのクラスにエレン・イェーガーが転入してくることを知りました。
 エレンについては出欠簿に貼ってあった付箋を取ってきたので更新された名簿などを確認しないかぎり他者が知ることは難しいでしょう。
※令呪の発動『キャスターの命令を聞くこと』
※キャスター(フェイスレス)、カピタン、ディアマンティーナと交戦しました。

「――ああ、楽しかった」

先程の場所からそう遠くない川縁を歩く影が一つ。
アーチャーのサーヴァント、モリガン・アーンスランドである。
服装をタンクトップとホットパンツ姿に変え、悠々と病院に向けて歩みを進める。

鮮血更衣を纏った流子と手合わせをしてモリガンには一つの確信があった。
あれと相対するには全力で望む必要がある。
タダノが気絶し、宝具を満足に使えない今の状況では、勝つことは不可能であると。

(そう考えると、あのキャスターはつくづく余計な真似をしてくれた事になるわね)

その瞳にキャスターに対する明確な敵意が宿る。
タダノに重傷を負わせただけでなく、全力で楽しむ機会まで奪われた。
タダノが回復するまでは当面戦闘は控えねばなるまい。
モリガンにとっては楽しみの一つを奪われた状態だ。

加えて、キャスターが他人のマスターを操れるという危険性。
操られたマスターが自害を命じるだけで、どれだけ屈強なサーヴァントであっても脱落は免れない。
今戦った流子と呼ばれていたサーヴァント、自分が戦ったサーヴァント達すらも簡単に殺害せしめる異能を持っている。

(タダノを攻撃させた事といい、私の楽しみを奪うかもしれない悪い子にはお仕置きが必要よね?)

この聖杯戦争においてモリガンが初めて明確な敵意を抱く。
だがそれは義憤の感情やこの聖杯戦争を勝ち抜く上での脅威を感じたからではない。
彼女の抱く敵意はそんな複雑なものではなく単純なもの。
目の前にあるご馳走を味わう前に台無しにされそうになったとあれば、その相手をまず排除しにかかるのは自然の摂理。
生き物としての本能がキャスター達を最優先で排除すべき敵として認定した。
モリガンの影からキイキイと鳴き声をあげながら無数の蝙蝠が湧き出す。

「キャスターの顔は覚えてるわね? そう遠くにはいってないだろうから最優先で見つけ出しなさい」

暗がりに溶け込むように蝙蝠達が飛翔し街に散っていく。
夜が来る。
ここからは華々しい英雄達の時間ではなく、暗い夜を跋扈する闇の住人達の時間だ。
月夜を映すモリガンの瞳が妖しく光る。
狩るべき獲物を見出して夜の住人は闇夜に消えた。

【C-6/川辺/一日目・夜】

【アーチャー(モリガン・アーンスランド)@ヴァンパイアシリーズ】
[状態]魔力消費(中) 、右肩に裂傷
[装備]タンクトップ、ホットパンツ
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を堪能しマスターを含む男を虜にする
1.タダノ達がいる筈の病院に向かう
2.キャスター(食蜂)を最優先で始末する
3.タダノが少し心配だが、ライダー(ルフィ)に任せる
[備考]
※セイバー(リンク)、カレンを確認しました。(名前を知りません)
※リンクを相当な戦闘能力のあるサーヴァントと認識しています。
※拠点は現段階では不明です。
※NPCを数人喰らっています。
※現在の外見はポイズン@ファイナルファイトシリーズ(ストリートファイターシリーズ)に近いです。
※ライダー(ニューゲート)、刑兆と交戦しました。(名前を知りません)
※C-4の北東部から使い魔の蝙蝠を放ち、バーサーカー(一方通行)を探させています。
 タダノから指示を受けたため、他の用途に使うつもりは今のところありません。
※まどか&ライダー(ルフィ)と同盟を結ぶました。
 自分たちの能力の一部、連絡先、学生マスターと交戦したことなどの情報を提供しましたが、具体的な内容については後続の方にお任せします。
※人吉、セイバー(纒流子)、ルキア、ランサー(慶次)、キャスター(食蜂)を確認しました。
※学園から拝借(事後承諾)した車は近くに止めてあります。
※アゲハの攻撃はキャスター(食蜂)が何らかの作用をしたものと察しています。
※セイバー(纏流子)と交戦しました。宝具の情報と真名を得ています。
※C-6を中心に使い魔の蝙蝠を放ち、キャスター(食蜂)を捜索しています



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最終更新:2016年01月01日 00:30