「真夜中の狂想曲」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

真夜中の狂想曲」(2016/07/24 (日) 22:17:39) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

***真夜中の狂想曲◆lb.YEGOV.. 天戯弥勒からの通達は銀のキャスターから余裕の表情を奪うのに十分な内容だった。 月の落下。 1日とはいえ落ちるまでに猶予はある。町中に蟲と自動人形を展開しマスターの排除を優先させれば、何とかなるだろう。 比較的人間の姿に近い自動人形や銃人形達を各所に配置し始めている。 アサシンの脱落。 競合相手が減ったのは喜ばしいことだ。 加えてキャスターの強みである無数の人形達を無視して自身やマスターを狙ってくる可能性があるアサシンが揃って脱落したのは都合がいい。 マスターが一人帰還した。 脱落したマスターの報が流れていないという事はアサシンのマスターなのだろう、大して問題ではない。 だが、帰還以外で脱落したマスターの報が流れなかったという事がフェイスレスにとって一つの可能性を提起させた。 暁美ほむらの生存。 自身の元マスターであり、昼の大混戦で謀殺したとばかり思っていた女。 確かに魔力を根こそぎ奪って殺害した。 契約も切れている以上、一度は確かに死んだ筈なのだ。 だというのに死んだマスターについて触れられなかったということは、彼女が生存している可能性があるという事だった。 弥勒が脱落したマスターの情報をどのような意図かは知らないが流さなかったという線も考える事もできる。 しかし、キャスターの頭脳はそのような都合のいい解釈を信じ込める程、楽観的ではない。 どんなに綿密に作られた機械であっても見逃した小石が歯車に挟まれば忽ちに機能を停止させる。万全を期した計画を練っても些細な事から覆される事は十分にありえるのだ。 フェイスレス、いや白金という名の反英雄の人生は200年以上の時の中でそれを繰り返し繰り返し味わってきた。 だからこそ、この通達で生じた些細な可能性を無視する事など出来る筈がない。 アポリオン、そして監視用の自動人形を使い、ほむららしき姿がないか探す。 学校・繁華街・公園・住宅街とくまなく探すが、それらしい人物は見つからなかった。 屋外ならばまだしも、民家やマンション、宿泊施設の中まで調べ尽くすには時間も労力も足りない事に加え、先刻起こったアシュフォード学園での騒動にて現れた巨人と吸血鬼の戦闘に監視の目を注いだ結果、近隣の監視に穴を開けてしまっていた事は痛恨だった。 もしも暁美ほむらが生きており、この放送を聞いていたとしたら。 キャスターのサーヴァントが脱落していない事からまず自分の生存に気がつき、そして嵌められたのだと気付くだろう。 次にどのようなアクションを取るか。 キャスターの脳裏に浮かぶのはピンク髪の少女と青髪の少女の姿。 「おいおい、大丈夫かよキャスター」 人形に呼びに行かせていた人吉善吉の声が聞こえてくる。 その声色に含まれているのは緊張の色。 「今ちょうど手を打ってるところさ。良ければ君もほむら探しを手伝ってくれないかい?」 「カッ、後手に回ってるみたいじゃねえか。もし、暁美ほむらが生きてるっていうんなら鹿目まどかか美樹さやかって奴と接触してくるんじゃねえか? お前が悪巧みしそうなところは読まれてるんだろ」 人吉の言う通り、キャスターもその可能性には行き当たっていた。 鹿目まどかに何やら思い入れのあるほむらがこの状況で自分の魔の手から彼女を守らない訳がない。 その為にもほむらが同盟を提案し、こちらに利用される可能性のある美樹さやか主従か鹿目まどか、そのどちらかに接触を試みる確率は高い。 「まどかちゃんに関しては相変わらず病院の中だよ。 さやかちゃんにはアプ・チャーを向かわせて撹乱させる予定だったんだけど、通達を受けてほむらが接触してる可能性があるから戻らせているところ」 キャスターが指差したモニターにはさやかの家から遠ざかるアプ・チャーの姿が映っている。 ほむらの姿をしたアプ・チャーを使い、悪魔のバーサーカー陣営を引き離す腹積もりではあったが、既にさやかがほむらと接触していれば彼女達主従を遠ざけるという当初の思惑は水泡に帰すどころか、完全な敵対関係となってしまう。 模倣する為の観察期間が少なかったアプ・チャーとほむら本人がかち合ってしまえば騙し通せる可能性は低い。 その上でまだ使い道のあるアプ・チャーを悪戯に消費するような真似は避けたかった。 「で、どうするんだよ。相性の悪い相手をむざむざ敵にしたまま放置するっていうんじゃないだろうな?」 「まさか、しっかりと手は打ってあるさ」 キャスターが指したモニターには空を飛ぶ人形に担ぎあげられたピンク髪の少女の姿があった。 「あれは……!」 「まどかちゃんの人形。急ごしらえだけどよくできてるでしょ?」 先ほど病院にいると告げられた筈の鹿目まどかが自分達の手に落ちていた事に驚愕の声をあげた善吉を見て、キャスターが悪戯に成功した子供のように意地の悪い笑みを見せる。 よく目をこらして見ても遠目には人形と気づかせない程の精巧な出来栄えだった。 「ほむらで騙すことはできなくてもさ、まどかちゃんを使えば騙せるって訳。 きっとあいつ、さやかちゃんと接触してたらまどかちゃんが僕に何かされるかもって相談してると思うんだよねー。 そこにまどかちゃんらしき女の子を抱えた人形がいたら、そりゃあ釣り出されちゃうって僕はふんでるんだけど、どう思う?」 「釣り出すって作戦は悪くないとは思うけどよ、どこに釣り出す気だ?俺達の所にもほむらの所にもまどかの所にもぶつける訳にはいかねーんだろ?」 「うん、だからね、もう一人のキャスターいるでしょ? あそこまで連れて行ってマスターを操ったキャスターを始末してもらおうかなって」 モニターを見ながらキャスターが自身の作戦を伝えた。 善吉からすると金のキャスターを銀のキャスターが脱落する前に殺害されてしまうのは自己の死活問題となる。 だが、それをおくびにも出すつもりはない。 弱みを見せれば自身のサーヴァントが是が否にも金のキャスターを落としにかかるのはわかりきっている事だ。 「確かに俺がまた操られてお前の自害を命じられたらたまったもんじゃないもんな」 「そうそう、わかってるじゃないか。正直あのキャスターを生かしておいても僕らにメリットなんてないからねぇ、偽まどかちゃん誘拐の犯人に仕立て上げてさ、この機に始末しちゃおうって腹積もりだよーん」 「とはいえバーサーカーやさやかが操られたら不味くないか? いたずらに敵のキャスターの戦力を増やすだけだぜ?」 「温泉街の方にも人形を何人か向かわせているから、そうなる前に乱戦でも起こしてどちらかを始末するさ。 最悪、マスターさえ始末しちゃえばいい話だしね。ほかに何かいい手があるっていうなら聞いてあげるけど?」 「……いや、浮かばないな」 キャスターへバーサーカーを向かわせることのリスクを伝えるも、それもキャスターが計画を思い直すまでには至らなかった。 事実、敵対するであろうほむらと関係を持っており、こちらの本拠を把握しているバーサーカーを放置しておく事は論外であり、二番目に厄介な金のキャスター陣営と潰し合わせる手をキャスターが取らない理由はなく、善吉が断る理由もない筈なのだ。 ここで不自然に反対をすればキャスターに怪しまれるだけで一部の利も生まれない。 キャスターを相手に一方的な戦闘を仕掛けられる可能性がある自動人形の大軍を差し向けられるよりは、まだ生還の目はあると思い直し善吉はおとなしく従う以外の手を打つ事ができなかった。 「なら決まりだね、運頼みってのは好きじゃないけど、上手く潰しあってくれるように祈ろうか。 ああ、それと他にも色々動いておこうと思っていてね」 その時、計器の光がカチカチと点滅をする。 キャスターと人吉がそちらに視線を映す。 別のモニターには半壊した民家が映されている。 「おい、あの家って……」 「色々と状況が変わって僕一人だとしんどそうだからね。とれる手はなんでもとっておいた方がいいだろう? 急な方向転換になってしまって悪いけど、君にも働いてもらうよマスター」 モニター越しに映る表札には『間桐』という字が書かれていた。 ◇ 「うっわ、なにあの月、気味悪い」 悪魔のバーサーカーとそのマスター、美樹さやかは通達を受けて夜空に浮かぶ月を見上げていた。 空に浮かぶ月には、つい数時間前に見上げた時にはなかった筈の顔が浮かんでいた。 鬼面の如き表情を浮かべる月にさやかは生理的な嫌悪感を覚える。 「あれが落ちてくる事を知れば、早ければ夜の内、遅くとも朝には他の陣営も積極的な動きを見せるだろうな」 「やっぱり、私たちが聖杯がどういうものか調べてたのが原因? あれって『余計なことはしないで戦争に集中しろ』って事でしょ?」 「さてな、昨日の調査だけではロクな事がわからなかった俺達の為だけに、こんな釘を刺す真似をするのはあまり考えづらい。 1日でサーヴァントが2騎も落ち、学校や橋での騒ぎも考えれば戦争そのものが停滞している為のテコ入れという線も恐らくは薄いだろう。そうなると……」 「あたし達以外にも聖杯の調査をしてる陣営がいて、そいつらに対しても牽制してる可能性?」 「ああ。聖杯の存在に対して懐疑的な陣営が多ければ、それが他の陣営に伝播する事も充分にありえるだろう。 誰だって願いを叶えるためにこの戦争に臨んでいるのだというのに、聖杯自体に裏があり望みを叶えることができなかったのだとしたら、徒労に終わってしまうからな」 「疑いを持たせない為には時間制限を設けて考える時間を与えさせないって訳ね、性格悪い」 眉根を寄せ、さやかは不機嫌な表情を浮かべる。 それと同時に、内心でバーサーカーが傍にいてくれた事に感謝する。 限定的な狂化によって理知的な一面を残したこのサーヴァントと意見を交換し、時には諌められる事でなんとかここまではうまくやってこれたという自覚があった。 バーサーカーに後から聞かされた事ではあったが、インキュベーターの思惑に乗せられ思考のできない本来のバーサーカーを宛がわれていたならば、 自身一人の考えで行動する状況に陥り、最悪の場合は通達で呼ばれていたアサシン達の次に自分達が呼ばれていた可能性もあり得たのだ。 現に今もバーサーカーと話をしていなければ時間制限をかけられた焦りから軽率な行動に出ていたかもしれない。 思い込むと熱くなりやすい彼女にとってブレーキと相談役を兼ねてくれるバーサーカーは理想的なパートナーだと言えた。 「そこで、俺達のとるべき行動だが、まずはマスターの知人である暁美ほむらとの協力についてだ。 状況が変わった以上、あちらが共闘を蹴ってくる可能性がある」 「そこに関してはあいつを信用していいと思う」 「ほう?」 昼に遭遇し、共闘するかどうかの話し合いをした暁美ほむらとキャスター陣営。 信用のおけないサーヴァントに浅からぬ因縁を持つマスター。 聖杯狙いの姿勢は勿論、時間をかけて自陣営を強化し、他のクラスへの対抗手段を増やす事がセオリーのキャスターというクラスにとって、この時間制限は明確に不利益と言える。 一応は協力姿勢を見せたとはいえ、友好を装って騙し討ちされる可能性をバーサーカーは懸念していたが、さやかが迷いもなくほむらを信じると答えた事に興味深そうな表情を浮かべる。 「正確には、あいつのまどかへの思いを信用するって感じかな。多分あの月を見たらあいつは月が落ちる前になんとしてもまどかを帰そうとすると思う。 私も危険な事が起きる前にまどかを帰してあげたいから、ここに関してあたしとあいつの目的は一致してる。 あの胡散臭いキャスターだって一時的にバーサーカーを仲間にできるうえに、1つの陣営が脱落してくれるっていうなら、邪魔をする理由はないと思うんだ」 「だから、そこまでは彼女達が裏切る心配はないと?」 「そういうこと、そこから先は多分あっちもなりふり構ってこないだろうから準備しなきゃいけないだろうけどね」 そう言って苦笑を浮かべた後、さやかは「ごめん」と一言バーサーカーに謝罪をした。 「正直なところ、まどかを助けたいっていうのは私のわがまま。多分あいつに協力してたら聖杯の調査なんてしてる暇はなくなるだろうし、苦労もいっぱいすると思う。 でもね、その為に友達を見捨てるなんてことだけはしたくないんだ」 さやかの決断は彼女達の推察する弥勒の思惑にむざむざと乗ってしまう行為だった。 鹿目まどかの救出が完了すれば暁美ほむらは牙を向く。 ほむらが一人の少女と自分の願いの為だけに世界を敵に回せる人間だということをさやかは身をもって理解している。 まどかの救出とほむらへの対処に時間を割けば、聖杯の調査に充てられる時間は殆ど残っていないだろう。 このような強行手段に出る以上、この聖杯戦争には何か裏があることは間違いはない。 それでも、さやかの希望を優先するのであれば、その裏からは目を背けて弥勒の掌の上で踊ることを承知しなければならない。 その申し訳なさが、さやかの頭を下げさせた。 「気にするな、マスター」 優しい声と共に暖かな手がさやかの両肩に当てられた。 面をあげたさやかの目に映ったのはバーサーカーの力強い笑みだった。 「友人を助けたいと思う気持ちは俺だってわかるつもりだ。 それに、まだ全てが手遅れと決まった訳じゃない。最後まで望みを捨てるものじゃないさ」 獰猛で不敵で、それでいて暖かみを感じる笑みだった。 人の為に戦い、人に理解されず、人に絶望し、それでもなお足掻き続け、文字通りその身が朽ちるまで戦い抜いた不屈の英雄にとって、この程度の苦境は心を折り望みを絶つまでには至らない。 その姿が弱気を見せていたさやかの心に自然と活力を与えてくれた。 「……ありがと」 感化される様に、気丈な笑みを浮かべてさやかが応える。 その姿を、バーサーカーは暖かさと憧憬のこもった瞳で見つめる。その眼差しは間違いなく悪魔<<デーモン>>ではなく、人間のものだった。 「しかし、こうなるとキャスター陣営との接触を昼にしてしまったのはまずかったかもしれないな。 正式に手を組むのが遅れれば、その分他の陣営に対しても出遅れてしまうことになる」 「そうだね、あいつの事だからこの放送を聞いたら人形の1つや2つ寄越してきそうだけど。 連絡先だけでも交換しておかなかったのは失敗だったなあ」 その時、さやかの家の電話が鳴った。 聞こえた音に一瞬身を強ばらせる。 こんな夜更けだというのに電話の着信音が止む気配はない。 「マスター、君の知り合いのNPCでこの時間に電話をかけてくる人物に心当たりはあるか?」 「ううん、全然。悪戯電話か間違い電話かも」 「プログラムに忠実なNPCがそんなバグめいた行為を進んでやるとはあまり考えられないな」 「NPCがあまり考えられないならさ、他の参加者って事になるよね」 この家の電話番号を知っている人間はそう多くはない。 敵か味方か、それとも別のなにかか。 取るべきか悩むさやかの前にバーサーカーが進み出た。 「アサシンが脱落したとはいえ電話越しにマスターを攻撃するサーヴァントがいないとも限らない、ここは俺が出よう」 「ごめん、お願いできる?」 さやかの問いに無言で頷き、バーサーカーが受話器を取る。 「もしもし?」 『……その声、美樹さやかのサーヴァントね』 それはごく最近に聞いた覚えのある声だった。 「暁美ほむらか? 返事なら昼に……」 『今はそれどころじゃないの、貴方がいるってことは美樹さやかはいるのよね? 代わってちょうだい』 ぴしゃりとバーサーカーの言を無視して彼のマスターを希望するほむらに対し、視線でさやかの返事を伺う。 バーサーカーの言葉が途切れた事と向けられた視線からおおよそを察したさやかは溜め息混じりに頷き、電話を代わる事を了承する。 「もしもし、代わったけど急にどうしたのよ。そもそもあたし、あんたに家の電話番号なんて……」 『説明してる時間が惜しいから単刀直入に言うわ。 キャスターに裏切られた、このままじゃまどかの身が危ない』 微かに焦りの混じったほむらからの告白に、さやかは一瞬思考が停止する。 「は!? あんたと会ったの数時間前だよ? 仲悪そうだとは思ったけどなにやってんのさ」 『詳しい経緯は合流できたら説明する。とにかく今は力を貸して、お願い』 (どうしたマスター?) (さやかの奴、理由はわかんないけどキャスターに裏切られたって。まどかが狙われてるみたい) (……それはまた随分なトラブルだな) 念話でバーサーカーに状況を伝える。 ほむらから告げられたキャスターの背信というバッドニュースによって大幅な行動予定の変更をせざるを得なくなってしまった事に軽い頭痛を感じながら、さやかは会話を続ける。 「力を貸すのはこっちとしてもいいけどさ、ならあんた今はサーヴァントがいない訳で、キャスターだってマスターがいないんじゃないの?」 『キャスター、真名はフェイスレスと言うのだけど、あれのマスターは恐らく最初の通達で天戯弥勒が言っていた元アサシンのマスターよ。 通達で帰還したマスターがいると言っていたでしょ? 私は彼女からセイバーを譲り受けた。 だからあの元アサシンのマスターはまだ帰還していないのよ』 自分のサーヴァントだった存在の真名をほむらが告げる。 それは彼女とキャスターの仲が決裂した事が真実であるのだと何よりもに物語っていた。 さやかがすかさずバーサーカーにキャスターの真名を念話で伝える。 果たしてバーサーカーの記憶の中、正確には聖杯から与えられた知識の中に、間違いなくその名を冠した人形遣いの男は存在した。 『それに、私が裏切られたと思う場所にそのマスターも居合わせていたわ。 強引に私の魔力を吸いとって殺す事で契約を無効にさせて、サーヴァントのいない彼を自分のマスターに据えたんでしょうね』 その言葉の節々に隠しきれない苛立ちをさやかは感じる。 まんまと一杯食わされたのだからその怒りは推して知るべきだろう。 「真名まで言うって事はマジみたいね。わかった、信用する。それで、まどかがどこにいるか心当たりはないの?」 『彼女の家に電話したけど、こんな時間じゃ怪しまれて当然ね、どこにいるかは教えてもらえなかったわ。 さっき言ったところにまどかもいたのだけれども、彼女を攫ったマスターと私が会った時には離れ離れになっていたから恐らくは無事な筈』 「ちょっと待って、まどかが攫われた!? なんであんたあたしにその時連絡しなかったのよ!」 『緊急事態だったのよ。フェイスレスにまどかの事が知られてしまえばそこにつけ込まれる。あいつの目を盗んであなたに連絡する術がなかったの。 ……話を続けるわ。まどかには一応協力しているらしい他のマスターがいた、見た目は警察官。恐らくはその人と行動を共にしていると思うわ』 まどかの身に起こった一大事を隠していた事に腹立たしさを覚えつつも、ほむら自身にも余裕がなかったことを理解し、さやかはほむらへの糾弾を踏みとどまる。 『フェイスレスにはバレないように動いていたつもりだけど、私と貴方の関係を見てまどかに何かあるのかもしれないと考えたかもしれない。 そしてさっきの通達で私が生きている事や私が貴方に連絡してあいつの敵になる可能性くらいあいつも考えていると思う』 「それでまどかを狙うかもって事ね、まったく立て続けに色々と聞かされて頭が混乱しそうだよ。 とりあえずまどかがどこかにいるかわからない以上、一旦合流しよ。場所は……」 (マスター、悪いが電話はそこまでだ) (え?) (歯車の軋む音が複数、さっそく始末に動きだしたようだな) 周囲を伺っていたバーサーカーが念話で語りかけてくる。 悪魔の優れた聴覚がさやかの家を取り巻くように動く人形たちとの駆動音を捉える。 その姿をデビルマンへと変え、一足先にベランダから外へと飛び立つ。 「ごめん、さっそくフェイスレスだっけ? そいつが手を打ってきたみたい。 また後で電話する、連絡先は今電話に映ってる番号にかければいいでしょ?」 『そうだけど待って、せめて合流場所を……』 「なら病院でどう? 目印にはなるでしょ」 『わかったわ』 電話が切れ、切り際に一言もなしにそっけなく電話切ったほむらに対してさやかは苦笑を浮かべる。 先ほどまでナンバーディスプレイに映っていた番号をメモを終えると、屋外から爆音が響いた。 何事かと魔法少女へとその姿を変えてさやかがベランダへと駆け出す。 彼女に視界に映っていたのは眼下でバーサーカーに破壊されていく人形、そして上空に浮かぶ二つの人影。 天使のような姿をした人形と、昼に彼女へとほむらへのメッセージを伝えにきた人形。 その人形が何かを抱えている事に気づく。 目を凝らし、抱えている何かを正確に理解し、さやかは目を見開いた。 「まどか……!!」 ◇ バーサーカーが地に降り立つと同時に複数の銃人形が彼への攻撃を開始する。 しかし、人間の姿を模した銃人形程度の銃撃では悪魔の体に傷一つさえつける事は能わない。 烈風の如く駆け抜けるバーサーカーにある物は頭部を拳で打ち抜かれ、またあるものは胴体を剛力で引き裂かれて機能を停止する。 不意に、悪魔の聴覚が上空からこちらへと直進するジェット音を聞きつけた。 傍らにいた銃人形を掴み音の来る方向へと無造作に投げつける。 投げ飛ばされた銃人形が矢の形をしたミサイルに直撃し、爆炎に飲み込まれた。 「いい反応だなサーヴァント」 情報から聞こえる声にバーサーカーが首を上げる。 彼の視界に映ったのは天使だった。 その純白の羽根にかつての敵の影を思い出し、バーサーカーは不愉快そうに顔をしかめる。 「やはり悪魔というものは天使を嫌悪するものなのだな。醜い皺が出ているぞ」 「悪魔には天使とでも言いたいのか? 生憎と姿を模した人形風情で俺をどうにかできると思うなよ」 その時、バーサーカーの視界にもう一体の空を飛ぶ人形の姿が映る。 ぐったりとして動く気配のないピンク色の髪の少女を抱えて離れた距離からこちらを伺っていた。 「あれは!」 「その反応、やはりお前たちも知り合いである可能性は高いようだ。 ケニス、貴様は手筈通り温泉に向かいあちらのキャスターにその女を差し渡して来い」 「あいよぉ!」 バーサーカーの反応に笑みを浮かべ指示を出した天使型人形に従い、まどからしき人物を背負ったケニスが北西の空へと飛翔していく。 そうはさせじと飛翔して追跡を試みたバーサーカーに向けて、天使型人形は手にもったハープを弦代わりに矢を模したミサイルを複数射出する。 舌打ちを一つ、翼で全身を包みミサイルの直撃を防ぐが爆風に煽られ、ケニスの追撃は中断させられる。 「悪魔のバーサーカー、君の相手はこのクピディアーだ。我が矢からそう易々と逃げられると思わない事だな」 「チッ、見た目から何までムカつく奴だ、とっととガラクタに変えさせてもらうぞ」 「そうか、それは恐ろしい、な!」 好戦的な炎を瞳に宿らせるバーサーカーとは対照的に冷笑を浮かべたクピディアーがミサイルを放ち、それを援護する様に残った銃人形が銃撃を開始する。 対してバーサーカーが口から炎を吐き出し、ミサイルを爆破させる事で銃弾を諸共に吹き飛ばす。 だがミサイルと銃撃の雨は止む事がなく、バーサーカーは攻めあぐねてしまう。 その時の青い影が駆け抜け銃人形の一体を串刺し、両断する。 影の主は美樹さやか、隣にいた銃人形が反応するよりも早く返す刀で袈裟懸けに斬りつけ機能を停止させる。 「そこのあんた! まどかに何するつもりよ!」 「ふふ、バーサーカーのマスターか。マスターを一人さらったのだから、有効に利用させてもらうに決まっているだろうう。 そして、今から死ぬ君にそこから先を知る必要はない!」 「しまった、狙いはマスターか!」 さやかが戦場に現れると同時に遠巻きに銃撃をしていた銃人形達が行動を変え、一斉にバーサーカーへと躍りかかる。 バーサーカーにとってそれらをスクラップに還すのに要する時間は数十秒程、だがそれだけの時間があればクピディアーがさやかに狙いを定め、ミサイルを射出するには充分過ぎた。 さやかの退路と進路を塞ぐように放たれた10発のミサイルが牙を向く。 バーサーカーが飛翔する、いくら魔法少女といえ、これだけのミサイルの直撃を受ければただでは済まない。 間に合え。 脳裏に親友だった少女と想い人の姿がフラッシュバックする。 バーサーカーとさやかの影が重なるのと路地を爆炎が包むのはほぼ同時だった。 「これを受ければ一たまりもあるまい、これで造物主様の憂いも一つ……」 「もう勝ったつもりとは随分と気が早いな」 もうもうと上がる煙を眼下に勝利を確信したクピディアーに地獄の底から聞こえてくるかのような暗い声が聞こえる。 声を聴き、クピディアーがハープを構えるよりも早く、煙の中から弾丸の様な速さで何かが彼目がけて飛び込んでくる。 黒い弾丸を紙一重で交わし、そのまま彼の上空に飛び出してきたものの正体を視界に収める。 そこにあったのは満月を背景に羽根を広げたバーサ―カーの姿。 身体の各所に焦げた跡がみられるものの、それは致命傷とは程遠く、みるみる内に再生していく。 夜の闇の中にギラリと光る双眸が、敵意と殺気を込めてクピディアーを見下ろす。 耳まで割けんばかり開いた口から鋭い牙と紅い舌が覗き、怒気の籠った息が漏れる。 それは正に悪魔と呼ぶに相違ない出で立ちであった。 咆哮を上げ自分目がけ急降下する悪魔に対し、クピディアーはハープに弓を番えることもなく、「ヒッ」と短くひきつった悲鳴を上げる。 「デ、悪魔<<デモン>>……!!」 クピディアーの顔が歪む。 かつての人形使いとの闘いとは異なり、その顔に刻まれた感情は恐怖。 絶対的な破壊者と相対した事によって生じた感情は、彼が忌み嫌っていたシワとなって表出する。 「そうだっ! 貴様らが俺のマスターやその知り合いに手をかけると決めた以上、俺は貴様らにとっての悪魔<<デーモン>>だっ!」 勢いよく振り下ろされた手刀がクピディアーの左肩から斜め下までを両断する。 恐怖に歪みシワが刻まれた表情のまま、機能を停止した天使が地面へと墜落した。 周囲に敵がいなくなった事を確認し、バーサーカーが地面にいるさやかを抱え再度飛翔する。 「怪我はないか、マスター」 「だ、大丈夫。それよりあたしのせいで……」 「気にするな、それに君が来なければもう少し足止めを食っていたんだ。結果的には悪くない」 眼下が次第にざわつき始める。 騒ぎが収まったらしい事を理解した住人達の悲鳴や戸惑いの声。 そう遠くなく通報を受けた警察がやってくるだろう。 「マスター、あのクピディアーとかいう人形は仲間に温泉にいるキャスターの元に向かうよう指示を出していた。罠の可能性もあるがどうする?」 「あれがまどかの可能性があるなら、罠かもしれなくても放ってはおけないよ。フェイスレスを倒したってあっちのキャスターが何するか分かったもんじゃないし」 「了解した、飛ばしていくぞ」 温泉へと進路を変更し、バーサーカーはさやかを抱え夜闇の空を行く。 夜風を受けながらさやかは思い出したように携帯番号を取り出し、先ほどメモしておいた電話番号を打ち込んでいく。 しばらくして、電話が繋がった。 「もしもし、あたし。まどかが攫われて、今温泉にいるらしいもう一人のキャスターのところに運ばれてるみたい。合流は麒麟温泉に変更よ」 ◇ 「奴は人を操る力を持ってる危険なサーヴァントよ。特徴は金髪で白い手袋をつけた女子学生。 見つかったらまずいから極力それらしき人間の前には出ないことをお勧めするわ。 マスターの方は紫の長髪、目立つ色だからすぐわかると思う。ええ、そちらも気をつけて」 セイバーのバイクに乗りながら、電話の主、美樹さやかからの報告を受け、ほむらは病院から麒麟温泉へと目的地を変更する。 完全に後手に回ってしまった。 その事が彼女の心の中で自己嫌悪と怒りに変換されていく。 他者を利用してでもまどかを守ると決めた自分が、まんまと切り捨てようとしていたキャスターにいいように利用され、そして今まどかを危険に晒している。 彼女のサーヴァントが何をやっているのか、疑問に思わなくはないが、それはそれとして、なんとしてでもまどかを助けなければならない。 さやかからは罠の可能性も指摘されたが、ほむらが出した答えは彼女と一緒だった。 「電話も終わったし飛ばしていいわ、セイバー」 背中にしがみつくほむらの声に応える様に、バイクの速度がグンと増す。 もしも警察と出くわせば追いかけられても仕方ない速さにまで達するが、幸いにもパトカーや巡回には出くわしていない。 この調子ならば温泉まで残り数分とほむらが予測をつけた時、遠方、バイクの進路上に人影を発見した。 車道の真ん中に老人が一人。 黒い外套と山高帽を被り、杖に両手を添えて佇んでいる。 ヘッドライトがグングンと老人へと近づく。 爆音をあげて疾走するバイクはこのまま行けば老人を轢いてしまうだろう。 危ない、そう叫ぼうとしたほむらは不意に浮遊感に襲われた。 宙を舞う視界の中、無人のバイクが老人に向かってひた走る。 セイバーが自分を抱えて飛んだのだと理解した刹那、突撃するバイクに対し白光が閃いたのを確かに捉えた。 老人にぶつかるよりも速く、バイクが左右に開き、丁度中央にいた老人を避けるように素通りし、金属とアスファルトが擦れる耳障りな音を立てて道路に転がった。 と、浮遊感が薄れる。彼女を抱えて跳躍したセイバーが地面に着地したのだ。 だが、ほむらの視界は老人に釘付けになっていた。 先程まで杖をついて立っていた筈の老人が何かを振り抜いた体制で止まっていた。 視線が振り抜かれた左腕へと移る。 老人が左手に持っていたものは右手だった。 精巧に作られた右手を持ち手に、手首から先は日本刀やサーベルを思わせる細く鋭利な刀身が伸び、月夜を受けて鈍い光を見せる。 「フェイスレスの自動人形……!」 「シルベストリという。造物主様の命により貴様らをここで始末することになった」 シルベストリと名乗った人形の言葉を待っていたかの様に、町の至るところからキリ、キリ、と歯車と繰り糸の軋む音が響き始める。 「酷いなシルベストリ、まるで造物主様からの刺客が君一人だけみたいではないか」 「そうそう、俺たちだっているんだからな」 上等そうな白いスーツに身を包んだ人形達と共に一人の腹話術師が姿を表した。 いや、その異様な風貌、そして聞こえる人外の駆動音が彼らもまた人形である事を言外に告げている。 「やあ、元マスターのお嬢さんとそのサーヴァント。私の名前はパウルマン、こちらはアンゼルムスという」 「造物主様はあんたを念入りに殺しとておきたいんだとさ、運がなかったな!」 アンゼルムスがけたたましい笑い声をあげると同時に、ほむらとセイバーを包囲するよう形でスーツを着た人形が一斉に飛び出す。 腕、胴体、首、体の各所からせりだした凶悪なギミックでもって二人を血祭りに挙げるべく駆け寄る人形達。 彼らの凶器がほむら、そしてセイバーへと肉薄せんとした刹那、不意に二人の姿がかき消えた。 人形達の攻撃が何もない中空を空振りする。 何が起こったのか。だが状況を確認する暇は与えられなかった。 対象を失った人形達の眼前には漫画にでも出てきそうな形状をした爆弾が複数。 彼らが疑問に思う間もなく爆音と爆炎があがる。 ごろごろと吹き飛ばされ、人形達が転がっていく。 ロケット弾の爆発にすら耐え抜く装甲を誇るパウルマンの"生徒"と呼ばれる人形達だが、当たりどころが悪かったのか何体か頭が吹き飛んだまま、動かないものがいる。 それを尻目に、ほむらとリンクが包囲外に降り立つ。 ほむらの時間停止能力を用いてリンクともども包囲から脱出し、代わりに爆弾を設置していたのだ。 「おいおい見たかよパウルマン」 「ああ見たともさアンゼルムス。あのサーヴァントの能力かな」 「あちらの少女が何かした可能性もある。造物主様からは不思議な力を持っているであろう事を聞いているしな」 3体の人形が興味深く観察している中、生徒達が再度の追撃のためにじりよってくる。 それに合わせるように、ほむらが少しずつ後退する。 (私の手持ちの武器ではあいつらを壊しきる事はできない) 昼、まだフェイスレスがサーヴァントであったときに銃器を使って自動人形の耐久性を調べた事を思い出す。 現在手持ちの武器は拳銃程度、当然の事ながら自動人形達を殺すには足りない。 (セイバー、ここに私がいたら貴方の足手まといになる。しばらくは身を隠すわ) ほむらの問いに、セイバーは剣と盾を構え人形達から彼女を遮るように立ちはだかる事で応える。 それに頷き、ほむらが時間停止を利用して近隣の路地裏に逃げ込む。 時間停止の魔法を知らない自動人形達の視点では、急に姿を消したほむらを追跡する事は不可能だった。 「また姿を消したか。どうやらサーヴァントの力ではなさそうだ」 「なに、周囲には銃人形を潜ませている。そうそう簡単に逃げおおせる事などさせんよ」 「それよりも早くあのサーヴァントをやっちまおうぜパウルマン」 「そうだなアンゼルムス。あの女が如何に不思議な力を持っていようとも共に戦うべきサーヴァントがいなければ終わりなのだからね」 やれ、とパウルマンが号令をかけると、再び生徒達が攻撃を開始する。 腕から刃をつきだした人形の攻撃をセイバーは盾で受け止める。 そのまま力強く盾でもって押し返し、体勢を崩した人形の胴を薙ぐ。 人間ならば致命の一撃であっても人形を破壊するには至らない。 斬撃の勢いで吹き飛ばされながらも、むくりと立ち上がった人形を飛び越え2体目、3体目、次々と人形達の猛攻が繰り広げられる。 それでも剣の英雄が膝をつく事はない。 いなし、かわし、弾き、切り払う。 多対一の戦いを繰り広げ続けて来た英雄にとって、この程度はまだ苦境の内にすら入らない。 このままでは有効打を与えられないと見た人形達はセイバーがほむらといた時と同様に、彼を包囲するように陣形を変える。 退路を塞ぎ1枚の盾と一振りの剣では凌ぎきる事さえ許さない全方位攻撃。 かつて周囲を高速回転する刃の輪を用いたしろがねOを打ち破った攻撃でもある。 一糸乱れぬ同時攻撃がセイバーの頭蓋を叩き割らんと迫る。 だがそれよりも速くセイバーが動いた。 両手で掴んだ剣を振りかぶり、遠心力に回せて体ごと360°1回転。 それは先のランサーとの戦いでも見せたセイバーの剣技の一つ。 見事にカウンターを合わせられた人形達は魔力を上乗せされた回転切りによって突き出した拳はもちろんのこと、その体までを粉砕され宙を舞った。 どしゃりと人形だったのものの成れの果てが道路にぶち撒かれる。 「ご自慢の生徒達は全滅したようだなパウルマン」 「そのようだシルベストリ、人間とはいえ、やはりひとかどの英霊。どうやら私が出なければならぬらしい」 そう言うやパウルマンは自身の頭部を外す。頭を失った体からは折り畳み式の大きな刃が姿を現した。 同時にアンゼルムスが地面へと降り立ち、異様としか言えない程に長い両手でパウルマンを担ぎ、回転を加えながら投擲する。 刃を外向きに高速で回転するパウルマンがセイバーへと迫る。 間一髪、盾で受け流すことには成功したが、成人男性一人分程の質量を受け流しきる事は難しく、セイバーは体勢を崩す。 受け流した盾についた真一文字の傷がパウルマンのブレードの切れ味の良さを物語っていた。 だが、そこに注視している暇はない。 体勢が崩れたセイバーを狙いアンゼルムスとシルベストリがセイバー目掛け駆け寄る。 ブーメランの様に旋回するパウルマンがセイバーを切り裂くまでの足止めであることを察し、剣からフックショットへと装備を持ち変え街路樹へと射出、そのまま自身を樹の方へと引き寄せる事でパウルマンの一撃を回避する。 フックショットを外し着地する間際を狙いシルベストリの剣閃が走る。 一刀目を盾で弾き、その隙に取り出した剣で二刀目と打ち合う。 剣撃の音が響き、火花が散り続く三刀目、今度は弾かれる事なく鍔競り合う形となる。 「その得物から剣の英雄と見受けるがなるほど、そう名乗るだけの実力のようだ」 シルベストリが呟くように喋る。 セイバーの瞳と人形の無機質な瞳がぶつかる。 「このような場で無ければ、かつてある少年から答えを得た問いを君にも問うていたのだがな」 不意にシルベストリが力を抜き、後方へと飛び退る。 拮抗していた力の内、片方がなくなった事で勢いあまって体勢が崩れたセイバーの視界には宙を舞いながら巨大な口を開き、今まさに食いつかんとするアンゼルムスの姿。 間一髪、直撃する刹那に盾を使ってアンゼルムスを上へと跳ね上げる。 「ひひ、それで凌いだつもりかよ~~~!!」 跳ね上げられながらもアンゼルムスの長い腕がセイバーの盾を持った腕へとしがみつく。 人形の握力で腕を締め付けられ、セイバーの顔に苦悶の色が映る。 セイバーの腕を軸に重力に従い降下するアンゼルムスが再度セイバーを食い破らんとその咢を開いた。 それに対してセイバーは空いた腕にもった剣でもって迎撃を試みる。 「ふひひひ、無駄だぜ~? 俺の歯は硬度10、ダイヤと同じくらい硬いのさ。そんなチャチな剣なんて噛み砕いてやるさぁ!」 勝ち誇った笑みを浮かべながら大きく開いた口がセイバーの剣の腹を砕かんと打ち付けられた。 硬い金属が砕ける音が響く。 「へ?」 間の抜けた声をあげたのはアンゼルムス。 気付けば彼はぼろぼろの歯が生えた口から裂けるような形で上下に両断されていた。 アンゼルムスを切り裂いたセイバーの剣には傷らしい傷の一つすらついていない。 確かに硬度10を誇る彼の歯で砕けないものなど、この現代の世には殆どないだろう。 だが、それは人が作り出した物の中での話に過ぎない。 女神ハイリアが残し、伝説の勇者によって鍛え上げられた、かの名剣エクスカリバーにも劣らぬ聖剣が、たかだか硬いだけが自慢の人形の歯如きで折れるなどという事があろう筈もないのだ。 もっともその様な武器であったことを知るはずもないアンゼルムスはただ驚愕の表情を浮かべながら地面に転がりその機能を完全に停止させる。 「アンゼルムス!? 貴様ァ!」 相棒が破壊され激昂するパウルマンが飛びかかる。 が、アンゼルムスとのトリッキーな連携こそが持ち味だったパウルマンが単独で向かった所で結果は明白だった。 駆け寄るセイバーに向けて胴体からスパイクギミックを打ち込もうと試みるがそれは盾によって阻まれる。 出がけを潰されたたらを踏んだパウルマンの視界は大上段に剣を構えたセイバーの姿。 まともな反応すらできなかった彼へ向けて縦一閃に衝撃が走る。 遅れて、切断面から血の代わりの銀色の体液が溢れ出た。 「これが、英霊の力か」 目を見開き左右に割れていくパウルマンが呟く。 まだ喋れるだけの気力があったところで結果は変わらない。既に勝敗は決まっていた。 「つ、強い……」 どしゃりと、音を立ててパウルマンだったものが転がり、セイバーは最後の相手へと視線を向ける。 シルベストリは逃げも隠れもせず、ただ右手に左手をそえ佇んでいた。 「よもやあの二人をこうも容易く破って見せるとはな」 無感情な声が響き、すっ、と構えを見せる。 東洋に伝わる居合と呼ばれるものだった。 応えるようにセイバーもまた、剣を構える。 勝負は一瞬の内、一撃の元に決まる、そう二人は認識した。 風がヒュウと吹き、セイバーの金髪とシルベストリの外套を揺らす。 どこからか猫の鳴き声が響く、それが合図となった。 互いが互い、ほぼ同時に駆け出す。 交差は一瞬、二条の銀閃が走る。 二者はピタリと止まり動く気配を見せない。 「見事だ、サーヴァント」 沈黙を破ったのはシルベストリ。 からん、と彼の握る右腕の中ごろから折れた刀身が落ちた。 アンゼルムスの歯すら容易く砕いた剣とまともに打ち合った刀はセイバーの盾に触れた段階で限界を迎えてしまっていた。 次第に、シルベストリの体の上半分が斜めにズレていく。 「だが、我々の本来の目的は達成できた」 淡々とシルベストリが告げる。そこに負け惜しみのような感情は感じられない。 不意に、周りの空気がざわつき始めた。 何かが、自動人形とは比べ物にならない存在がこちらに向かってきている。 セイバーの勘が警鐘を鳴らす。 「せめて武運を祈るぞ、緑のセイバー」 その声を最後にシルベストリの機能は停止する。 だが、そのような事は既にセイバーの意識から漏れていた。 一歩一歩。確実にプレッシャーが強まっていくのを肌で感じ取る。 (セイバー!) 異常を感じたのかほむらがセイバーへと念話で声をかけてきたのと、その男が現れたのはほぼ同時だった。 痩身の少年が車一つ走らない車道をかつかつと歩いてくる。 不健康そうな肌の色。 白くぼさぼさの髪。 そして理性を失った瞳が際立たせる凶相。 口角を釣り上げ狂暴な笑みを浮かべた狂戦士の姿。 (あれは、バーサーカー!?) 「■■■■■――!!」 轟、と痩身のバーサーカーを中心に衝撃波が周囲を薙ぎ払う。 どこか笑っているような狂った咆哮が深夜の街に木霊した。 「まずい……!」 セイバーと共有した視覚に映ったバーサーカー。 昼、さやかと悪魔のバーサーカーがあのバーサーカーと一戦交えたのを映像越しにほむらもまた見ていた。 あらゆる攻撃を反射し、あの強力な悪魔のバーサーカーを吹き飛ばす程の力の持ち主。 セイバーが強力なサーヴァントと言えど、物理攻撃が主体の彼では致命的なまでに相性が悪い。 道路に白いペンキで書かれた"一方通行"という文字の上に立つバーサーカーは『ここから先は一方通行だ』と言外に語っているかのようだ。 さやかの頭に逃避の二文字が浮かぶ。 一度身を隠してセイバーに霊体化の指示を出すことで行方を眩まし、多少遠回りをしてでも温泉を目指すルート。 あれだけの力を誇るバーサーカーを、映像で見た半死半生のマスターが長時間使役できるとは思い難い。 どうにか撒く事さえできれば……。 (いえ、それは不味いかもしれないわね) 何故、このタイミングでバーサーカーが襲撃を仕掛けてきたのか。 その意味をほむらは考え、逃避という方針を否定する。 自動人形の戦闘に狙ったように介入してきたバーサーカー。 まるで足止めの為に出てきたかの様な自動人形。 アンゼルムスと呼ばれていた人形の、キャスターは自分を念入りに殺したがっているいう言葉。 もし本当に自分を厄介な存在だとあの悪辣なキャスターが思っているのならば、自動人形ではなく宝具である『最後の四人』を派遣し、確実に始末しようとする筈だ。 それをしないという事は、する余裕がないか、する必要がないか。 例えば 、自分の宝具よりも遥かに強力なサーヴァントが味方につけば、態々自分の魔力を使い、あまつさえ宝具が破壊されるリスクを背負うまでもなく、その味方に何らかのリターンを約束した上で始末に向かわせればいいだけの話だ。 そして今しがた起こったシルベストリと名乗った人形たちとの戦いを思い出す。 待ち構えていたシルベストリ、包囲するように現れたパウルマン達。 不意な遭遇戦ではなく、明らかに計画的な待ち伏せだ。 という事は、アポリオンによって既にほむらは監視されていると見ていい。 ならばどれだけ逃げたところで人形も、そしてバーサーカーのマスターもこちらの追跡をやめないだろう。 このまま、温泉まで行けばどうなるか。 まず間違いなくまどかにもバーサーカーの牙は向けられる。 仮に温泉へと向かわず、別の場所に逃げたとしてももう一人のキャスターの手にまどかが渡ってしまえば状況が好転する筈がない。 美樹さやかに賭けるという手も考えられなくはないが、セイバーと対峙しているバーサーカーが自分ではなくさやかを標的にしてしまえばそれも難しくなる。 さやかのバーサーカーは一対一の戦いでこのバーサーカーを相手に不覚を取っている上にキャスター達の介入が入れば、最悪の場合さやかとバーサーカーが脱落してしまう可能性もありえるのだ。 そうすればまどかの救出は絶望的になる。 それは避けなくてはいけない。これ以上、自分の手落ちでまどかを危機に巻き込む真似をほむらはしたくなかった。 (そう、だから私にこいつを差し向けたのね、フェイスレス) チッ、と忌々しげに舌を打つ。 ほむらがまどかを危険に晒す選択肢を取るわけがない。 ならば、ここから逃げ出すという手は取れない。 たとえ相性が悪くとも、戦況が不利だろうと、ここでこのバーサーカーを下さなければ、自身に未来はないのだ。 不愉快な笑顔を浮かべるキャスターの姿がありありと想像できた。 (セイバー、倒さなくて構わない。だから一分一秒でも多く時間を稼いで) セイバーに念話で語りかけながら手持ちの武器を確認する。 手榴弾が1つにオートマチックの拳銃。 人形を殺すことはできなくとも、人一人を殺害するには充分過ぎる装備だ。 (恐らく、貴方の攻撃は全て跳ね返される。だからここは私の出番) 時間停止にかけられた制限、そしてバーサーカーのマスターを殺させない為に配備されているであろう自動人形。 それはあまりにも大きな壁。 しかし、乗り越えねばならぬ壁。 さやかが電話を取り出し、発信ボタンを押す。 ディスプレイに表示された名前は美樹さやか。 『もしもし?』 「もしもし、私よ美樹さやか。悪いけど問題が発生したわ。今もう一人のバーサーカーと戦っているところ」 受話器の奥で息を呑む音が聞こえた。 当然だろう、白髪のバーサーカーの強さは戦った彼女が誰よりも理解しているのだから。 『今どのあたり? 私も……』 「駄目よ、貴方はまどかを助けに行って。もし私を助けに来てまどかに何かあったら私が貴方を許さない」 『そんな事言ってる場合!? バーサーカーって白髪の奴でしょ? そいつにはあたしのバーサーカーだって……』 「なにもバーサーカーを倒すだけが道じゃないわ。マスターを仕留めればあれはそう長い間は現界出来ない筈よ。 私の力を使えば、それも不可能じゃない筈」 『……殺すの?』 受話器越しに、堅い声が聞こえる。 微かに沈黙する。 答えは既に決まっている。それでも改めて口に出し、誰かに意思を表明するという事には躊躇いが生じるものなのかと今更ながらに認識する。 小さく、息を吐き出す。 「殺すわ」 冷たく響いた呟きに、躊躇も怯えも後悔もない。 「殺さないですむならそれに越したことはない、でも、恐らくあのマスターはフェイスレスと手を組んでいる。 生かしておけばまどかだって危険に晒されるかもしれない。だから、殺すわ」 『……わかった』 受話器越しから聞こえる声はまだ堅い。 正義の味方になるといって魔法少女になったさやかならば、多少なりとも反論されるかと予想していたほむらには肩透かしな反応だった。 『ここは、そういう場所だってわかってるし、あんたも命を狙われてるんだから、あたしからは何も言えない』 微かに沈んだ声、分かってはいても納得はしていないのだろう。 甘いことだとほむらは思うが口には出さない。 受話器越しに深く息を吐く音が聞こえる。 『先に行ってるからあんたも必ず来なさいよ。 結構まどかって頭堅いところあるからさ、もし助けても私だけじゃ言うこと聞いて大人しく帰ってくれるかわからないし』 「……そうね、まどかは何度言ってもこうだと決めると譲ってくれないから」 巡り返す時の中で聞きなれた明るい声が帰ってくる。 さやかが出したまどかの話題にほむらが同意して返す。 彼女がフッ、と吹き出すのと受話器の向こうでさやかが吹き出したのはほぼ同時だった。 「まどかをお願いね、美樹さやか」 『そっちこそ、しっかりやりなよ。……待ってるからね』 「ええ、必ずそっちに行って貴方と一緒にまどかを元の世界に送り返すわ。約束よ」 再会の約束をしてほむらは電話を切る。 「"貴方と一緒に"だなんて、ガラにもないわね」 自然と口に出た言葉を思い出し、可笑しそうにほむらが笑う。 繰り返されるループの中、衝突する機会も多く、持ち前の性格から災いの種になることが多かった美樹さやかに対して、ほむらはあまりいい感情を持っていない。 それでも、今この時だけは彼女が味方にいてくれた事が、少しだけ、ほんの少しだけではあるが嬉しかった。 複数の足音が聞こえてくる。恐らく、アポリオンによって自分のいる場所が把握されたのだろう。 時を止め駆け出す。 狙うは一人、バーサーカーのマスター。 ◇ 「あれが敵のセイバーか」 あるビルの一室から、眼下で自分のサーヴァントであるバーサーカーと対峙するセイバーを、間桐雁夜が見つめる。 視覚情報から見てとれるパラメーターは、セイバーを名乗るだけあって相応に高い。 だが、それでも自分のバーサーカーには敵わないだろうという確固たる自信はあった。 麦わらのライダーや悪魔のバーサーカーと相対した時にまざまざと見せつけた、文字通り他者を寄せ付けない固有の超能力。 高水準のパラメーターと強力な攻撃宝具を使って相手を打ち倒す、正攻法を得手とするサーヴァントにとってこれ程に相性の悪い相手もいないだろう。 その最優に相応しい能力とここに至る前に微かに確認できた自動人形との戦いを見る限り、雁夜が今ここで倒すべきサーヴァントはバーサーカーにとって非常に相性のいい相手だ。 どれだけその剣が歴史に名を馳せし名剣であろうとも、その剣技が精妙であろうとも関係ない。 バーサーカーは全ての力を相手に向けて跳ね返す、一方通行の暴風だ。 「ではあっしはここの警護にあたりますんで、何かあったら呼んでくだせえ」 「ああ、わかったよ」 彼の後ろで自動人形が声をかけ、雁夜が返答する。 自動人形の名はアノス、この戦場まで彼を運んでくれた、同盟を結んだキャスターが使役する人形だった。 (余計な事をしないための監視も兼ねているだろうに) バタン、と扉を閉めて退出したアノスを尻目に、雁夜が内心で毒づく。 キャスターのマスターを名乗る人間から同盟を持ちかけられたのは、通達があって少ししてからだった。 あと一昼夜もすれば聖杯戦争は勝者の有無を問わずに終了する。 その知らせに何よりも心を乱されたのは雁夜であっただろう。 残ったサーヴァントは12騎、それを半死半生の体を引きずり、魔力消費の激しいバーサーカーを伴って戦い抜かなければならないと知った彼の心境は如何ばかりか。 このままでは勝つ目は絶望的だった。 どうすればいい。 何ができる。 ぐるぐると答えの見えない思考のループに囚われる。 そんな時に、バサリと羽音を立てながら一羽のカラスが窓辺へと降り立った。 こんな夜更けに本来昼行性である筈のカラスがいる事に雁夜は疑問を覚える。 そのカラスの首から上が左右に開き、少年のような声を発した。 『手を組まないか、バーサーカーのマスター』 自分の正体がバレている。 焦った雁夜はバーサーカーを呼ぼうとして思い止まった。 あのカラスは察するところ使い魔の類、それを攻撃しても相手に打撃はないどころか、自分の居場所まで把握している相手を敵に回すというデメリットしかない。 そして何よりも不用意に騒ぎ立てる事で、桜が騒ぎに気付いてこちらに来てしまうのを避けたかった。 彼女の存在を第三者に知られればそれは即ち彼の弱みとなる。 そして何よりも、願いのために人を殺すことをも厭わない聖杯戦争に参加した者達の悪意に、仮初めの存在とはいえ彼女を晒す訳にはいかなかった。 大人しく話を聞く姿勢を見せた雁夜に対しカラス越しにキャスターのマスターが同盟の詳しい内容を話す。 同盟の終了条件は一先ず半数のサーヴァントが脱落するまで。 提供して欲しいのは、その強力無比なバーサーカーの戦力。 提供するものは町全体に広がったキャスターの監視の目と彼の作り出した自動人形、そして移動手段。 情報網も、バーサーカーを温存する為の戦力も、速い足も雁夜が望んだところでこの聖杯戦争では得られなかったものだ。 断る理由はない、が。ふってわいた様な美味しい話が雁夜に警戒心を抱かせる。 記憶の片隅にしまった筈の出来事が思い浮かぶ。 時臣に会わせると言った神父に協力し、言われて向かった先に待っていたのは、もの言わぬ死体となった憎むべき男。 何故、どうしてと狼狽える自分を見つけてしまったのは最愛の人にしてその男の妻。 自分の無実を訴えるも聞き入れて貰えないどころか、彼女から浴びせられる罵倒。 "誰かを好きになった事もない癖に" その決定的な言葉を聞いて箍の外れた自分は彼女の首をーー 頭を抑える、理性と本能の両方が強制的にその記憶を排除する。 その出来事を受け入れるには雁夜の心はあまりにも弱すぎた。 逃避し甘い夢に浸ることしか出来ない男は、今は目の前の事に集中しろともっともな理由をつけ、起こしてしまった現実から再び目を背ける。 『大丈夫か?』 急に様子のおかしくなった自身に向けて問いかけてきたキャスターのマスターに対し、頷く事で問題ないことを告げる。 息を整え、どうして俺達なのかと雁夜が問うた。 死に損ない故に御しやすいとでも思われたか。 もっとも死に損ないなのは事実ではあるし、雁夜としても同盟を断れば数少ない勝利の目を放棄する事になるのは分かりきっているのだが。 『あんたには後がなさそうだったからな』 しばしの沈黙の後、キャスターのマスターは答えた。 ハッキリと言ってくれるものだと、ひきつった表情筋が微かに上につり上がる。 『そんな状態でもあんたはまだ勝つことを諦めていない、キャスターはどう思ってるか知らないが、だからこそ俺個人としてあんたと協力したいと思うよ』 キャスターのマスターが続けて答える。 それは今までの中で一番熱のこもった言葉だった。 同情かと自嘲を浮かべて雁夜が問う。 同調さ、とキャスターのマスターが答える。 『一目見てわかるくらいに身体はボロボロなのに、それでもあんたには叶えたい願いがあるんだろ? どれだけ自分がヤバくなったって、ここで全部放り投げて帰る訳にはいかない願いがさ。 俺とあんたは別人だ。かける願いだって、思う事だって、何もかもが違う。 だけど、どれだけ自分の体がヤバくなったとしても、全てを諦めて帰ることより願いを叶える事を優先したいって気持ちは一緒だ。 だから俺はあんたと組もうと思う』 それは青臭い理想なのだろう。 破滅的な思想なのだろう。 願いの根元、あるいは叶えるための道程は、歪みと矛盾に溢れたものなのかもしれない。 それでも、抱いた想いは本物だ。 雁夜にはキャスターのマスターがどのような願いを持っているのか知るよしもない。 今、彼がどのような状況にあるのかもわからない。 ただ、彼も自分と同じ、極限の状況の中で足掻いているのだということだけは理解ができた。 黙考の末に、雁夜は同盟を呑む事を決めた。 断る事など出来ない同盟ではあったが、それでもどこか似た境遇の相手と組むというのであれば、自然と抵抗も薄れた。 えたいの知れないキャスターに信はおけなくとも、恐らく本音で話してくれたであろうこのマスターにはある程度の信をおこう。 そう、思うことにした。 そうして、雁夜はキャスターの使いという人形に運ばれこの場所にやってきた。 緑のセイバー、そして彼のマスターである黒髪の少女。 奇しくもそれは昼、そして朝に襲った少女達と同じくらいの年齢だと見受けられた。 ひょっとしたら友人か知り合いかとも考えたが、そんな馬鹿げた偶然があるものかと、笑い混じりに否定する。 それと同時に、そんな年端もいかない少女達が願いを叶えるための殺し合いに身を投じている現状に悲しさと薄ら寒さを覚えた。 後ろめたさがないと言えば嘘になる。 だが、もはや雁夜に躊躇はない。 躊躇をしていれば助けるべき少女ですら助けることができなくなる。 もたれるように建物の壁に寄りかかる。セイバーとの戦いであれば、態々身を乗り出さずとも、バーサーカーの視界を共有すれば事足りる。 不用意に姿を見せて狙撃されるような間抜けな真似は避けたかった。 (きっと、君にも人を殺してでも叶えたい願いがあるんだろう) 暗がりに座り込み、今から自分が殺さなければならない少女へと想いを馳せる。 サーヴァントを殺害すれば帰ってくれるかもしれないとは考えた。 だが、キャスター達からこの少女はアサシンが脱落した後に別のマスターを強制的に帰還させ、セイバーを強奪した危険人物と聞いている。 そこまでの覚悟を決めているのであれば、ここで確実に始末をつけなければならない。 (ここで、君の戦いを終わらせる。俺にも叶えたい願いがあるから) 雁夜の目に強い光が宿る。 悲痛な光だった。 だが迷いのない光だった。 ◇ 夜の闇の中で聖杯戦争は加速する。 譲れないものがあった。 守らなければいけないものがあった。 銃声が、轟音が、咆哮が響く。 恐ろしい形相を浮かべる月が、その光景を黙って見下ろしていた。 【B-5/上空/二日目・夜】 【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語】 [状態]健康、魔力消費(小) [令呪]残り三画 [装備]ソウルジェム [道具]グリーフシード×5@魔法少女まどか☆マギカ、財布内に通学定期 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯が信用できるかどうか調べる 1:温泉街に向かい、まどかを助ける(罠の可能性を考慮) 2:ほむらと合流してまどかを元の世界に返す 3:まどかを帰還させた後はほむらの動向に警戒 [備考] ※浅羽直之、アーチャー(穹撤仙)を確認、フェザーと名乗られました。 ※暁美ほむらが昔(TV版)の存在である可能性を感じました。 ※暁美ほむらが何かしらの理由で時間停止に制限が掛かっていることを知りました。 ※まどかへの連絡先を知りません。 ※ほむらと連絡先を交換しました。 【不動明(アモン)@デビルマン】 [状態]魔力消費(小) [装備]なし [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯が信用できるかどうか調べる 1:さやかに従い行動 2:金のキャスター、銀のキャスターへの対処 3:マスターを守る [備考] ※穢れの溜まったグリーフシードを『魂喰い』しました。今のところ影響はないですが今後何らかの影響があるかは不明です。 ※キャスター(フェイスレス)に不快感を覚えています。 ※世界改変の力を持った、この聖杯戦争の原因として魔法少女(まどか、ほむら、さやか)とサタンを想定しています。 [共通備考] ※マップ外に出られないことを確認しました。出るには強力な精神耐性か精神操作能力、もしくは対界宝具や結界系宝具が必要と考えています ※マップ外に禁人種(タヴー)を確認しました。不動明と近似した成り立ちであるため人間に何かがとりついた者であることに気付いています。NPCは皆禁人種(タヴー)の材料として配置されたと考えています ※間桐雁夜(名前は知らない)、バーサーカー(一方通行)を確認しました。 ※セイバー(リンク)陣営との同盟を結びました ※キャスター(フェイスレス)の真名を獲得しました。 ※学園の事件を知りました。 ※聖杯戦争の会場を作ったのも、願望器自体も世界改変の力と予測しています。 ※キャスター(食蜂操折)の外見と能力、そのマスター(犬飼伊助)の外見の情報を得ました。 【B-3/市街地/二日目・夜】 【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】 [状態]疲労(中) [令呪]残り3画 [装備]ソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ [道具]グリーフシード(個数不明)@魔法少女まどか☆マギカ(二つ穢れが溜まりきっている)、オートマチックの拳銃、手榴弾(1個) [思考・状況] 基本:聖杯の力を以てまどかを救う。 1:バーサーカーのマスター(間桐雁夜)を殺害する。 2:温泉に向かいまどかを助け、帰還させる。 3:キャスター(フェイスレス)を倒す。 [備考] ※自分の能力の制限と、自動人形の命令系統について知りました。 ※『時間停止』はおよそ10秒。連続で止め続けることは難しいようです。 ※アポリオン越しにさやか、まどか、タダノ、モリガン、アゲハ、流子、ルキア、慶次、善吉、操祈の姿を確認しました。 ※明、ルフィのステータスと姿を確認しました。 ※美樹さやかの存在に疑問が生じています(見たことのない(劇場版)美樹さやかに対して) ※一瞬ソウルジェムに穢れが溜まりきり、魔女化寸前・肉体的に死亡にまでなりました。それによりフェイスレスとの契約が破棄されました。他に何らかの影響をもたらすかは不明です。 ※エレン、さやか、まどかの自宅連絡先を知りました。 ※さやかと連絡先を交換しました ※ジャファル、レミリア、ウォルターを確認しました。 ※天戯弥勒と接触しました。 ※巨人を目撃しました。 ※キャスター(フェイスレス)のマスターは最初の通告で存在が示唆されたマスター(人吉善吉)と予想しています。 【セイバー(リンク)@ゼルダの伝説 時のオカリナ】 [状態]魔力消費(小)、疲労(小) [装備]なし [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:マスターに全てを捧げる 0:カレンの意思を引き継ぎ、聖杯戦争を勝ち抜く。 1:暁美ほむらに従う。 2:バーサーカー(一方通行)に対処する。 3:アーチャー(モリガン)に対する強い敵意。 [備考] ※アーチャー(モリガン)を確認しました。 ※セイバー(纒流子)を確認しました。 ※夜科アゲハの暴王の流星を目視しました。 ※犬飼伊介、キャスター(食蜂操祈)を確認しました。 ※人吉善吉、アサシン(垣根帝督)を確認しました。 ※垣根帝督から食蜂操祈の能力を聞きました。 ※朽木ルキア、ランサー(前田慶次)を確認しました。 ※ウォルター、ランサー(レミリア)を確認しました。 ※巨人を目撃しました。 ※バーサーカー(一方通行)を確認しました [共通備考] ※バーサーカー(不動明)陣営と同盟を結びました 【間桐雁夜@Fate/zero】 [状態]肉体的消耗(小)、魔力消費(小)、PSIに覚醒 [装備]なし [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を取り、間桐臓硯から間桐桜を救う。 1:間桐桜(NPCと想われる)を守り、救う。 2:セイバー(リンク)とそのマスター(ほむら)を殺害する。 [備考] ※ライダー(ルフィ)、鹿目まどかの姿を確認しました。 ※バーサーカー(一方通行)の能力を確認しました。 ※セイバー(纒流子)の存在を目視しました。パラメータやクラスは把握していません。 ※バーサーカー(不動明)、美樹さやかを確認しました。 ※PSI粒子の影響と一方通行の処置により魔力量が増大しました。 ※PSI粒子の影響により身体能力が一般レベルまで回復しています。 ※生活に不便はありませんが、魔術と科学の共存により魔術を行使すると魔術回路に多大な被害が発生します。 ※学園の事件を知りました。 ※セイバー(リンク)の存在を目視し能力を確認しました。暁美ほむらの姿を写真で確認しました。 ※キャスターのマスター(人吉善吉)と残り主従が6騎になるまで同盟を結びました。善吉に対しては一定の信用をおいています。 【バーサーカー(一方通行)@とある魔術の禁書目録】 [状態]健康 [装備]なし [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:■■■■─── 1:───(狂化により自我の消失) 2:セイバーを倒す [備考] ※バーサーカーとして現界したため、聖杯に託す願いは不明です。 ※アポリオンを認識し、破壊しました。少なくとも現在一方通行の周囲にはいませんが、美樹さやかの周囲などに残っている可能性はあります。 [全体備考] ※C-6で爆発騒ぎが発生しました。NPCの通報で警察が向かっています ※A-4の温泉地帯に向けて、鹿目まどかに似せた人形をかついだケニス@からくりサーカスが飛行しています ※B-3にて多数の自動人形が暁美ほむら殺害の為に行動しています ◇ 街を奏でる狂想曲の舞台裏、仕掛人たる二人の男は少女達と男が映るモニターを満足げに見つめている。 「とりあえずは無事うまくいったようで何よりだね」 「ああ、怖いくらい上手く嵌まったな」 美樹さやかと暁美ほむらは偽のまどかに釣り上げられた。 間桐雁夜はこちらと手を組み、暁美ほむらとの始末を受け持ってくれた。 金のキャスターは彼らに架空の罪を擦り付けられ、悪魔のバーサーカーの脅威が迫る。 この舞台は彼らの脚本通りに回り続けている。 「けど良かったのかよ、パウルマンとアンゼルムス、シルベストリにクピディアーだったか? 一点物の奴らがかなりやられちまったが」 「元々戦闘型のサーヴァント相手じゃ時間稼ぎが関の山な奴らさ。アサシンやキャスター、アーチャーみたいな直接戦闘がそこまで得意じゃない奴ら相手ならそれなりに期待はできるけど、アサシンはもう全滅してるし、もう一人のキャスターに至っては普通の人形でもなんとか出来そうだしね。気にしない気にしない」 任を全うして破壊された人形達に哀悼も悔恨も賞賛も浮かべない。 銀のキャスターにとって自身が作り出した人形達など代わりの効く消耗品以外の何物でもないのだ。 おどけてみせる自分のサーヴァントに改めて善吉は不快感を覚える。 「そうそう、そういえばマスターも上手くやったじゃないか。"同情じゃなくて同調"だっけ? 同じ考え、似たもの同士って偽って相手を騙したのは僕もやった事あるけどさ。なかなか堂に入った演技だったじゃないか」 キャスターが先の雁夜と善吉の会話を持ち出す。 にたぁ、と普段の彼を知るものであれば目を疑うほどの悪辣な笑みを浮かべて、善吉が答える。 「そりゃそうだ。サハラの時のだろ? 俺だってお前の記憶を転送<<ダウンロード>>してるんだ。これくらい訳ないぜ」 キャスターがその笑みを濃くする。 それは善吉の中にいるキャスターの侵食が進んでいる事を確信してか。 「何としても暁美ほむらには消えてもらわなきゃいけないからね、白髪のバーサーカー君には期待しておこうか」 「そうだな、俺にもお前にも、あいつの存在は邪魔すぎる」 カツ、カツと廊下を部屋に向かって歩いてくる音が聞こえる。 二人が揃って入り口を見ると、そこには暁美ほむらの姿。 正確には暁美ほむらに変装した、アプ・チャーの姿があった。 「よう、帰ってきたか」 「お帰りアプ・チャー、帰ってきたところで悪いけどもう一仕事だ。一緒に来てもらうよ」 「また悪巧みか?」 善吉の問いに、キャスターがよりいっそう人の悪い笑みを浮かべる。 「まあね、釣り出しちゃった彼女達には悪いことしちゃったからさ、今度は本物のまどかちゃんに会わせてあげようかなって。 誰だって偽物よりも本物の方がいいだろう?」 その両手で顔を捏ね回し始めながら、愉しそうにキャスターが答える。 本物に会わせる。 その言葉だけで、善吉は次に自身のサーヴァントが起こすアクションを察する。 「誘拐か、できるのか?」 「ほむらちゃんを使えばあの子を誘い出すのは簡単だと思うよ。 ……変にのっぺりしてて真似しづらいなぁ、あいつの顔」 次第にキャスターの顔が別の誰かに変わっていく。 顔に刻まれたシワが無くなっていき、精悍な成人男性の顔へと変わっていく。 直接の面識はなかった筈だが、どこかで見た顔だと善吉は気づく。 「まあ駄目だった時は宝具を使うかもしれないから覚悟だけはしておいてよ。そうならないようには立ち回るつもりだけど。 ……うんうん、こんな感じかな。ランサーといい特徴的な顔つきの奴が多くて困るよまったく」 キャスターの整形が終了し、そこで漸く善吉もその顔を思い出す。 夕方、金のキャスターの追撃戦でたまたま遭遇した男。 その時は警官の制服を着ていた為、そこまで顔に注意がいかず思い出せなかったが、キャスターが完璧な変装を終えた今ならわかる。 「アーチャーのマスターか」 「ご名答、同盟相手にお友だち、あのライダーも頭は良さそうに見えないからさ 、上手く騙されてくれると思うよ?」 ニッ、とタダノを模した鉄面皮を喜悦に歪ませる。 どこで調達したのか、人形が持ってきた警官の衣装にキャスターが着替えを始める。 「俺はどうすればいい?」 「万が一があっても困るからここにいていいよ。護衛の人形はおいておくし、今回は結構魔力も使うかもしれないからね、栄養ドリンクでも飲みながら観戦しててよ」 人形に命じて買ってこさせていたのだろう。キャスターが指差す先にはビニール袋に包まれた大量の栄養ドリンクが置かれている。 これだけの量があれば、多少無茶な魔力の使い方をしても疲弊こそすれ、命を落とすことはないだろう。 「ああ、あとね、もし僕の留守中に誰かが遊びに来たとき様に」 パチリとキャスターが指をならすと暗がりの奥からもう一人のキャスターが姿を現した。 まったくの瓜二つ、その顔に浮かぶ悪意に満ちた笑みまで寸分違わぬ作りだった。 「これはお前か?」 「そう、良くできてるでしょ。自爆人形って類いの自動人形でね、ちょっとの刺激でボン!と大爆発。一点物の奴らに時間をかけてたせいで1体しか拵えられなかったから使いどころはよーく考えてくれよ?」 「という訳さ、僕を有効活用してくれるよう頼むぜマスター」 ステレオで喋るキャスターに善吉が鼻じらむ。 デコイを兼ねた自身の監視役なのだろう、と当りをつけるが、その思考はおくびにも出さないでおいた。 「それじゃあ留守は任せたよマスター。吉報を期待して待っててね」 警官の制服を着こんだキャスターがアプ・チャーを伴い廊下へと消える。 足音が消えたことを確認し、善吉が自爆人形に下がるよう伝えると、自爆人形はあっさりと引き下がり闇のなかへと消えていく。 もっとも、どこかで人知れず監視を行うのだろうと思考しながらも、善吉は座椅子に崩れるように座り、漸く一息をついた。 (状況は依然として最悪、一応通達までは乗りきって6時間は猶予が出来た訳だから、ここでキャスターの奴が退場してくれたら一番なんだけどな) いっそ今キャスターが向かっている病院にいるマスターに情報を流してやろうかとも思ったがやめる。 自動人形を使って伝達するのは論外であるし、自動人形以外の手段を使うにしても監視の目を潜り抜ける自身はない。 今はただ、金のキャスターが銀のキャスターよりも早くに脱落しない事を願うばかりである。 (流石にバーサーカーに加えてセイバーにまで来られたらもう目はないだろうからな、頼むぜ白髪のバーサーカーのマスターさん) 銀のキャスターの真名も手の内も知り、また金のキャスターの殺害にも意欲を見せているほむらの存在は善吉にとってもっとも邪魔な存在だ。 うまく脱落してくれるよう、モニターに映る間桐雁夜に望みを託す。 (ようやく手を組めた相手な訳だしな。できれば約束した同盟の終了まで、一緒に戦ってくれる事を願ってるぜ) 雁夜を見る善吉の瞳に悪意の光はない。 キャスターは交渉の際に転送で得た知見と演技力を利用して善吉が雁夜を協力的にさせるように仕向けたと考えているが、真実は異なる。 雁夜との交渉で善吉が言ったことは全て善吉の本心だ。 100年を優に越す年月の中、しろがね達を欺き続けた話術と演技力を用いれば雁夜をその気にさせる事など造作もないだろう。 だが、善吉はその技術に頼ることを良しとしなかった。 よりキャスターに近づくのではという恐れもある。 だがそれ以上に誰かと触れ合うのであれば、人吉善吉として接そうという強い意志があった。 流石に暁美ほむらがキャスターの元マスターで、今はキャスターに裏切られてセイバーのマスターやってると言えば、裏切りを犯し、マスターを乗り換えたこちらの信頼が地に落ちるのでやむなく嘘をついたが、それ以外は全てが本音でのやり取りだ。 (にしてもなれない表情なんて作るもんじゃねえな) キャスターから妙な勘繰りを避けるために、とびっきり底意地の悪い笑顔を作りあげ、自身の本音を雁夜をうまく丸め込む為の方便と思い込ませる。 キャスターが才賀勝という少年にやり込められた記憶を元に演じてみたが、欲視力でキャスターの視点を盗み見た限りでは、善吉の演技に対する疑念らしき感情は見られなかった。 とりあえずは、そうそうバレる事もないだろう。と人心地をつく。 キャスターは己が主の人となりを知らない。正確にはいずれ自分になる以上、知る必要はないと考えている。 もしも、善吉という人間を理解していたのであれば、雁夜とのやり取りが演技などではなく、本心からのやり取りである可能性に気付いていただろう。 だからこそ善吉がつけ入る隙がある。 侵食が進んでいると見せかければ、猶予が無くなってきたキャスターは遠からず善吉よりも他の主従へと注意を向けはじめる筈だ。 その時が来るまでひたすらに堪え忍ぶ。 (そろそろ、あいつらに対してもどうするか決めねえとな) 夜科アゲハ。 朽木ルキア。 昼に行動を共にした彼らも通達を受けてまた動きを見せはじめるだろう。 善吉は聖杯戦争の勝利を望んでいる。 それでも、苦しいときに力を貸してくれた二人の恩人をこのキャスターの毒牙にだけはかけたくないという思いがあった。 座ったまま天井を仰ぎ、息を吐く。 孤独な戦いの行き先はまだ見えそうにない。 【B-6/遊園地/二日目・夜】 【キャスター(フェイスレス)@からくりサーカス】 [状態]魔力充填(小)、タダノヒトナリの顔と警官の制服 [装備]特筆事項無し [道具]特筆事項無し [思考・状況] 基本:聖杯を手に入れる。 1:アプ・チャーを使って鹿目まどかを拉致し、暁美ほむらと美樹さやかに対する切り札にする。 2:アポリオンを巡らせ、キャスターと鹿目まどかの動きに目を配る。 3:まどか人形で美樹さやかを釣り出し、キャスター(食蜂操折)と潰し合わせる 4:バーサーカー(一方通行)を利用して暁美ほむらを始末してもらう 5:もし陣地を訪れる者がいた場合、自身を模した自爆人形で吹き飛ばす。 6:善吉に強い警戒心。裏切られる前に何か手を打つ。少し侵食が強まってきたかな? [備考] ※B-6に位置する遊園地を陣地としました。 ※冬木市の各地にアポリオンが飛んでいます。 ※映像越しにサーヴァントのステータスを確認するのは通常の映像ではできないと考えています。 ※ほむらから伝聞で明とルフィのステータスを聞いています。明についてはある程度正確に、ルフィについては嘘のものを認識しています。 ※バーサーカー(不動明)を己の目で確認しました。 ※暁美ほむらは何か隠し事をしていると疑っています。 ※美樹さやかと暁美ほむらの関係を知りたがっています。 ※ピンク髪の少女と暁美ほむらには繋がりがあると確信しています。 →アプ・チャーの報告から親しいものと認識。 ※ランサー(慶次)と交戦しました。 ※セイバー(流子)、アーチャー(モリガン)を確認しました。 ※ほむらとの契約を破棄、善吉と契約しました。ほむらは死んだと思っています。 ※善吉の精神が乗っ取れなかった事に対して、何らかの要因で生命の水による侵食が阻害されている事が原因であると推察しています。 ※流子、慶次の真名を知りました。 ※バーサーカー(一方通行)にアポリオンが破壊されたことを確認、強く警戒。 ※バーサーカー(明)は真性悪魔に近い存在と推察。悪魔という存在と、なによりデモンであるため警戒。 ※流子の来歴から人形遣いの天敵になるのでは、と警戒。 【人吉善吉@めだかボックス】 [状態]軽度のしろがね化 [令呪]残り二画 [装備]箱庭学園生徒会制服 [道具]ゲコ太の描かれた箸、銃人形のリボルバー(6/6) [思考・状況] 基本行動方針:キャスター(操祈)とキャスター(フェイスレス)を討伐し、最後には優勝する 1.瞬くは様子見。モニター越しに戦況の確認 2.アゲハ達にどう接するべきか…… 3.キャスター(操祈)が討伐される前にフェイスレスをどうにかして脱落させたい [備考] ※アッシュフォード学園生徒会での役職は庶務です。 ※相手を殺さなくても聖杯戦争を勝ち抜けると思っています。 ※屋上の挑発に気づきました。 ※学園内に他のマスターが居ると認識しています。 ※紅月カレンを確認しました。 ※キャスター(操祈)を確認しました。 →加えて操祈の宝具により『食蜂操祈』および『垣根帝督』を認識、記憶できません。効果としては上条当麻が食蜂操祈のことを認識できないのに近いです。これ以上の措置は施されていません。この効果は未だ続いています。 ※セイバー(リンク)を確認しました。 ※朽木ルキア、ランサー(前田慶次)を確認しました。 ※ライダー(ルフィ)を確認しました。 ※フェイスレスと再契約しました。 ※フェイスレスの血液を飲んだことでしろがね化が進行、記憶や知識も獲得しています。 ※『とある科学の心理掌握(メンタルアウト)』による操作と『欲視力』により得た他者認識力により、フェイスレスの乗っ取りに抵抗しています。現状精神は乗っ取られていませんが、キャスター(操祈)が脱落し、宝具の効果が消滅した場合は精神が乗っ取られる確率が極めて高くなります。 [共通備考] ※バーサーカー(一方通行)陣営と残り主従が6騎になるまで同盟を結びました。 『皆様、お楽しみ頂いておりますでしょうか?』 『夜の帳はすっかりと降りてしまいましたが、舞台では新たな幕があがったようでございます』 『第一幕は超常の能力を扱う少年少女達の追跡劇』 『第二幕は巨人や化け物、闇の住人達による血の狂宴』 『そしてこれより始まりました第三幕は、魔法少女と魔術師達が絡繰り仕掛けの舞台にて奏でる狂想曲にございます』 『思惑と願いが錯綜する舞台の行く末は語り部たる私にもまだ知る由はございません』 『運命という地獄の機械に翻弄されし彼ら彼女らの結末は、どうぞご自身の目でお見届けくださいませ』 『それでは改めて第三幕、"魔法少女達の夜"』 『開演に、ございまぁす』 ---- |BACK||NEXT| |057:[[翼をください]]|[[投下順>本編SS目次・投下順]]|059:[[心波のトランス]]| |057:[[翼をください]]|[[時系列順>本編SS目次・時系列順]]|059:[[心波のトランス]]| |BACK|登場キャラ|NEXT| |052:[[Surgam identidem]]|[[暁美ほむら]]&セイバー([[リンク]])|059:[[心波のトランス]]| |054:[[MEMORIA]]|[[間桐雁夜]]&バーサ―カー([[一方通行]])|~| |~|[[美樹さやか]]&バーサーカー([[不動明]])|| |051:[[Masquerade]]|[[人吉善吉]]&キャスター([[フェイスレス]])|061:[[Dはまた必ず嵐を呼ぶ/嵐の中嬉しそうに帆を張った愚かなドリーマー]]|
***真夜中の狂想曲◆lb.YEGOV.. 天戯弥勒からの通達は銀のキャスターから余裕の表情を奪うのに十分な内容だった。 月の落下。 1日とはいえ落ちるまでに猶予はある。町中に蟲と自動人形を展開しマスターの排除を優先させれば、何とかなるだろう。 比較的人間の姿に近い自動人形や銃人形達を各所に配置し始めている。 アサシンの脱落。 競合相手が減ったのは喜ばしいことだ。 加えてキャスターの強みである無数の人形達を無視して自身やマスターを狙ってくる可能性があるアサシンが揃って脱落したのは都合がいい。 マスターが一人帰還した。 脱落したマスターの報が流れていないという事はアサシンのマスターなのだろう、大して問題ではない。 だが、帰還以外で脱落したマスターの報が流れなかったという事がフェイスレスにとって一つの可能性を提起させた。 暁美ほむらの生存。 自身の元マスターであり、昼の大混戦で謀殺したとばかり思っていた女。 確かに魔力を根こそぎ奪って殺害した。 契約も切れている以上、一度は確かに死んだ筈なのだ。 だというのに死んだマスターについて触れられなかったということは、彼女が生存している可能性があるという事だった。 弥勒が脱落したマスターの情報をどのような意図かは知らないが流さなかったという線も考える事もできる。 しかし、キャスターの頭脳はそのような都合のいい解釈を信じ込める程、楽観的ではない。 どんなに綿密に作られた機械であっても見逃した小石が歯車に挟まれば忽ちに機能を停止させる。万全を期した計画を練っても些細な事から覆される事は十分にありえるのだ。 フェイスレス、いや白金という名の反英雄の人生は200年以上の時の中でそれを繰り返し繰り返し味わってきた。 だからこそ、この通達で生じた些細な可能性を無視する事など出来る筈がない。 アポリオン、そして監視用の自動人形を使い、ほむららしき姿がないか探す。 学校・繁華街・公園・住宅街とくまなく探すが、それらしい人物は見つからなかった。 屋外ならばまだしも、民家やマンション、宿泊施設の中まで調べ尽くすには時間も労力も足りない事に加え、先刻起こったアシュフォード学園での騒動にて現れた巨人と吸血鬼の戦闘に監視の目を注いだ結果、近隣の監視に穴を開けてしまっていた事は痛恨だった。 もしも暁美ほむらが生きており、この放送を聞いていたとしたら。 キャスターのサーヴァントが脱落していない事からまず自分の生存に気がつき、そして嵌められたのだと気付くだろう。 次にどのようなアクションを取るか。 キャスターの脳裏に浮かぶのはピンク髪の少女と青髪の少女の姿。 「おいおい、大丈夫かよキャスター」 人形に呼びに行かせていた人吉善吉の声が聞こえてくる。 その声色に含まれているのは緊張の色。 「今ちょうど手を打ってるところさ。良ければ君もほむら探しを手伝ってくれないかい?」 「カッ、後手に回ってるみたいじゃねえか。もし、暁美ほむらが生きてるっていうんなら鹿目まどかか美樹さやかって奴と接触してくるんじゃねえか? お前が悪巧みしそうなところは読まれてるんだろ」 人吉の言う通り、キャスターもその可能性には行き当たっていた。 鹿目まどかに何やら思い入れのあるほむらがこの状況で自分の魔の手から彼女を守らない訳がない。 その為にもほむらが同盟を提案し、こちらに利用される可能性のある美樹さやか主従か鹿目まどか、そのどちらかに接触を試みる確率は高い。 「まどかちゃんに関しては相変わらず病院の中だよ。 さやかちゃんにはアプ・チャーを向かわせて撹乱させる予定だったんだけど、通達を受けてほむらが接触してる可能性があるから戻らせているところ」 キャスターが指差したモニターにはさやかの家から遠ざかるアプ・チャーの姿が映っている。 ほむらの姿をしたアプ・チャーを使い、悪魔のバーサーカー陣営を引き離す腹積もりではあったが、既にさやかがほむらと接触していれば彼女達主従を遠ざけるという当初の思惑は水泡に帰すどころか、完全な敵対関係となってしまう。 模倣する為の観察期間が少なかったアプ・チャーとほむら本人がかち合ってしまえば騙し通せる可能性は低い。 その上でまだ使い道のあるアプ・チャーを悪戯に消費するような真似は避けたかった。 「で、どうするんだよ。相性の悪い相手をむざむざ敵にしたまま放置するっていうんじゃないだろうな?」 「まさか、しっかりと手は打ってあるさ」 キャスターが指したモニターには空を飛ぶ人形に担ぎあげられたピンク髪の少女の姿があった。 「あれは……!」 「まどかちゃんの人形。急ごしらえだけどよくできてるでしょ?」 先ほど病院にいると告げられた筈の鹿目まどかが自分達の手に落ちていた事に驚愕の声をあげた善吉を見て、キャスターが悪戯に成功した子供のように意地の悪い笑みを見せる。 よく目をこらして見ても遠目には人形と気づかせない程の精巧な出来栄えだった。 「ほむらで騙すことはできなくてもさ、まどかちゃんを使えば騙せるって訳。 きっとあいつ、さやかちゃんと接触してたらまどかちゃんが僕に何かされるかもって相談してると思うんだよねー。 そこにまどかちゃんらしき女の子を抱えた人形がいたら、そりゃあ釣り出されちゃうって僕はふんでるんだけど、どう思う?」 「釣り出すって作戦は悪くないとは思うけどよ、どこに釣り出す気だ?俺達の所にもほむらの所にもまどかの所にもぶつける訳にはいかねーんだろ?」 「うん、だからね、もう一人のキャスターいるでしょ? あそこまで連れて行ってマスターを操ったキャスターを始末してもらおうかなって」 モニターを見ながらキャスターが自身の作戦を伝えた。 善吉からすると金のキャスターを銀のキャスターが脱落する前に殺害されてしまうのは自己の死活問題となる。 だが、それをおくびにも出すつもりはない。 弱みを見せれば自身のサーヴァントが是が否にも金のキャスターを落としにかかるのはわかりきっている事だ。 「確かに俺がまた操られてお前の自害を命じられたらたまったもんじゃないもんな」 「そうそう、わかってるじゃないか。正直あのキャスターを生かしておいても僕らにメリットなんてないからねぇ、偽まどかちゃん誘拐の犯人に仕立て上げてさ、この機に始末しちゃおうって腹積もりだよーん」 「とはいえバーサーカーやさやかが操られたら不味くないか? いたずらに敵のキャスターの戦力を増やすだけだぜ?」 「温泉街の方にも人形を何人か向かわせているから、そうなる前に乱戦でも起こしてどちらかを始末するさ。 最悪、マスターさえ始末しちゃえばいい話だしね。ほかに何かいい手があるっていうなら聞いてあげるけど?」 「……いや、浮かばないな」 キャスターへバーサーカーを向かわせることのリスクを伝えるも、それもキャスターが計画を思い直すまでには至らなかった。 事実、敵対するであろうほむらと関係を持っており、こちらの本拠を把握しているバーサーカーを放置しておく事は論外であり、二番目に厄介な金のキャスター陣営と潰し合わせる手をキャスターが取らない理由はなく、善吉が断る理由もない筈なのだ。 ここで不自然に反対をすればキャスターに怪しまれるだけで一部の利も生まれない。 キャスターを相手に一方的な戦闘を仕掛けられる可能性がある自動人形の大軍を差し向けられるよりは、まだ生還の目はあると思い直し善吉はおとなしく従う以外の手を打つ事ができなかった。 「なら決まりだね、運頼みってのは好きじゃないけど、上手く潰しあってくれるように祈ろうか。 ああ、それと他にも色々動いておこうと思っていてね」 その時、計器の光がカチカチと点滅をする。 キャスターと人吉がそちらに視線を映す。 別のモニターには半壊した民家が映されている。 「おい、あの家って……」 「色々と状況が変わって僕一人だとしんどそうだからね。とれる手はなんでもとっておいた方がいいだろう? 急な方向転換になってしまって悪いけど、君にも働いてもらうよマスター」 モニター越しに映る表札には『間桐』という字が書かれていた。 ◇ 「うっわ、なにあの月、気味悪い」 悪魔のバーサーカーとそのマスター、美樹さやかは通達を受けて夜空に浮かぶ月を見上げていた。 空に浮かぶ月には、つい数時間前に見上げた時にはなかった筈の顔が浮かんでいた。 鬼面の如き表情を浮かべる月にさやかは生理的な嫌悪感を覚える。 「あれが落ちてくる事を知れば、早ければ夜の内、遅くとも朝には他の陣営も積極的な動きを見せるだろうな」 「やっぱり、私たちが聖杯がどういうものか調べてたのが原因? あれって『余計なことはしないで戦争に集中しろ』って事でしょ?」 「さてな、昨日の調査だけではロクな事がわからなかった俺達の為だけに、こんな釘を刺す真似をするのはあまり考えづらい。 1日でサーヴァントが2騎も落ち、学校や橋での騒ぎも考えれば戦争そのものが停滞している為のテコ入れという線も恐らくは薄いだろう。そうなると……」 「あたし達以外にも聖杯の調査をしてる陣営がいて、そいつらに対しても牽制してる可能性?」 「ああ。聖杯の存在に対して懐疑的な陣営が多ければ、それが他の陣営に伝播する事も充分にありえるだろう。 誰だって願いを叶えるためにこの戦争に臨んでいるのだというのに、聖杯自体に裏があり望みを叶えることができなかったのだとしたら、徒労に終わってしまうからな」 「疑いを持たせない為には時間制限を設けて考える時間を与えさせないって訳ね、性格悪い」 眉根を寄せ、さやかは不機嫌な表情を浮かべる。 それと同時に、内心でバーサーカーが傍にいてくれた事に感謝する。 限定的な狂化によって理知的な一面を残したこのサーヴァントと意見を交換し、時には諌められる事でなんとかここまではうまくやってこれたという自覚があった。 バーサーカーに後から聞かされた事ではあったが、インキュベーターの思惑に乗せられ思考のできない本来のバーサーカーを宛がわれていたならば、 自身一人の考えで行動する状況に陥り、最悪の場合は通達で呼ばれていたアサシン達の次に自分達が呼ばれていた可能性もあり得たのだ。 現に今もバーサーカーと話をしていなければ時間制限をかけられた焦りから軽率な行動に出ていたかもしれない。 思い込むと熱くなりやすい彼女にとってブレーキと相談役を兼ねてくれるバーサーカーは理想的なパートナーだと言えた。 「そこで、俺達のとるべき行動だが、まずはマスターの知人である暁美ほむらとの協力についてだ。 状況が変わった以上、あちらが共闘を蹴ってくる可能性がある」 「そこに関してはあいつを信用していいと思う」 「ほう?」 昼に遭遇し、共闘するかどうかの話し合いをした暁美ほむらとキャスター陣営。 信用のおけないサーヴァントに浅からぬ因縁を持つマスター。 聖杯狙いの姿勢は勿論、時間をかけて自陣営を強化し、他のクラスへの対抗手段を増やす事がセオリーのキャスターというクラスにとって、この時間制限は明確に不利益と言える。 一応は協力姿勢を見せたとはいえ、友好を装って騙し討ちされる可能性をバーサーカーは懸念していたが、さやかが迷いもなくほむらを信じると答えた事に興味深そうな表情を浮かべる。 「正確には、あいつのまどかへの思いを信用するって感じかな。多分あの月を見たらあいつは月が落ちる前になんとしてもまどかを帰そうとすると思う。 私も危険な事が起きる前にまどかを帰してあげたいから、ここに関してあたしとあいつの目的は一致してる。 あの胡散臭いキャスターだって一時的にバーサーカーを仲間にできるうえに、1つの陣営が脱落してくれるっていうなら、邪魔をする理由はないと思うんだ」 「だから、そこまでは彼女達が裏切る心配はないと?」 「そういうこと、そこから先は多分あっちもなりふり構ってこないだろうから準備しなきゃいけないだろうけどね」 そう言って苦笑を浮かべた後、さやかは「ごめん」と一言バーサーカーに謝罪をした。 「正直なところ、まどかを助けたいっていうのは私のわがまま。多分あいつに協力してたら聖杯の調査なんてしてる暇はなくなるだろうし、苦労もいっぱいすると思う。 でもね、その為に友達を見捨てるなんてことだけはしたくないんだ」 さやかの決断は彼女達の推察する弥勒の思惑にむざむざと乗ってしまう行為だった。 鹿目まどかの救出が完了すれば暁美ほむらは牙を向く。 ほむらが一人の少女と自分の願いの為だけに世界を敵に回せる人間だということをさやかは身をもって理解している。 まどかの救出とほむらへの対処に時間を割けば、聖杯の調査に充てられる時間は殆ど残っていないだろう。 このような強行手段に出る以上、この聖杯戦争には何か裏があることは間違いはない。 それでも、さやかの希望を優先するのであれば、その裏からは目を背けて弥勒の掌の上で踊ることを承知しなければならない。 その申し訳なさが、さやかの頭を下げさせた。 「気にするな、マスター」 優しい声と共に暖かな手がさやかの両肩に当てられた。 面をあげたさやかの目に映ったのはバーサーカーの力強い笑みだった。 「友人を助けたいと思う気持ちは俺だってわかるつもりだ。 それに、まだ全てが手遅れと決まった訳じゃない。最後まで望みを捨てるものじゃないさ」 獰猛で不敵で、それでいて暖かみを感じる笑みだった。 人の為に戦い、人に理解されず、人に絶望し、それでもなお足掻き続け、文字通りその身が朽ちるまで戦い抜いた不屈の英雄にとって、この程度の苦境は心を折り望みを絶つまでには至らない。 その姿が弱気を見せていたさやかの心に自然と活力を与えてくれた。 「……ありがと」 感化される様に、気丈な笑みを浮かべてさやかが応える。 その姿を、バーサーカーは暖かさと憧憬のこもった瞳で見つめる。その眼差しは間違いなく悪魔<<デーモン>>ではなく、人間のものだった。 「しかし、こうなるとキャスター陣営との接触を昼にしてしまったのはまずかったかもしれないな。 正式に手を組むのが遅れれば、その分他の陣営に対しても出遅れてしまうことになる」 「そうだね、あいつの事だからこの放送を聞いたら人形の1つや2つ寄越してきそうだけど。 連絡先だけでも交換しておかなかったのは失敗だったなあ」 その時、さやかの家の電話が鳴った。 聞こえた音に一瞬身を強ばらせる。 こんな夜更けだというのに電話の着信音が止む気配はない。 「マスター、君の知り合いのNPCでこの時間に電話をかけてくる人物に心当たりはあるか?」 「ううん、全然。悪戯電話か間違い電話かも」 「プログラムに忠実なNPCがそんなバグめいた行為を進んでやるとはあまり考えられないな」 「NPCがあまり考えられないならさ、他の参加者って事になるよね」 この家の電話番号を知っている人間はそう多くはない。 敵か味方か、それとも別のなにかか。 取るべきか悩むさやかの前にバーサーカーが進み出た。 「アサシンが脱落したとはいえ電話越しにマスターを攻撃するサーヴァントがいないとも限らない、ここは俺が出よう」 「ごめん、お願いできる?」 さやかの問いに無言で頷き、バーサーカーが受話器を取る。 「もしもし?」 『……その声、美樹さやかのサーヴァントね』 それはごく最近に聞いた覚えのある声だった。 「暁美ほむらか? 返事なら昼に……」 『今はそれどころじゃないの、貴方がいるってことは美樹さやかはいるのよね? 代わってちょうだい』 ぴしゃりとバーサーカーの言を無視して彼のマスターを希望するほむらに対し、視線でさやかの返事を伺う。 バーサーカーの言葉が途切れた事と向けられた視線からおおよそを察したさやかは溜め息混じりに頷き、電話を代わる事を了承する。 「もしもし、代わったけど急にどうしたのよ。そもそもあたし、あんたに家の電話番号なんて……」 『説明してる時間が惜しいから単刀直入に言うわ。 キャスターに裏切られた、このままじゃまどかの身が危ない』 微かに焦りの混じったほむらからの告白に、さやかは一瞬思考が停止する。 「は!? あんたと会ったの数時間前だよ? 仲悪そうだとは思ったけどなにやってんのさ」 『詳しい経緯は合流できたら説明する。とにかく今は力を貸して、お願い』 (どうしたマスター?) (さやかの奴、理由はわかんないけどキャスターに裏切られたって。まどかが狙われてるみたい) (……それはまた随分なトラブルだな) 念話でバーサーカーに状況を伝える。 ほむらから告げられたキャスターの背信というバッドニュースによって大幅な行動予定の変更をせざるを得なくなってしまった事に軽い頭痛を感じながら、さやかは会話を続ける。 「力を貸すのはこっちとしてもいいけどさ、ならあんた今はサーヴァントがいない訳で、キャスターだってマスターがいないんじゃないの?」 『キャスター、真名はフェイスレスと言うのだけど、あれのマスターは恐らく最初の通達で天戯弥勒が言っていた元アサシンのマスターよ。 通達で帰還したマスターがいると言っていたでしょ? 私は彼女からセイバーを譲り受けた。 だからあの元アサシンのマスターはまだ帰還していないのよ』 自分のサーヴァントだった存在の真名をほむらが告げる。 それは彼女とキャスターの仲が決裂した事が真実であるのだと何よりもに物語っていた。 さやかがすかさずバーサーカーにキャスターの真名を念話で伝える。 果たしてバーサーカーの記憶の中、正確には聖杯から与えられた知識の中に、間違いなくその名を冠した人形遣いの男は存在した。 『それに、私が裏切られたと思う場所にそのマスターも居合わせていたわ。 強引に私の魔力を吸いとって殺す事で契約を無効にさせて、サーヴァントのいない彼を自分のマスターに据えたんでしょうね』 その言葉の節々に隠しきれない苛立ちをさやかは感じる。 まんまと一杯食わされたのだからその怒りは推して知るべきだろう。 「真名まで言うって事はマジみたいね。わかった、信用する。それで、まどかがどこにいるか心当たりはないの?」 『彼女の家に電話したけど、こんな時間じゃ怪しまれて当然ね、どこにいるかは教えてもらえなかったわ。 さっき言ったところにまどかもいたのだけれども、彼女を攫ったマスターと私が会った時には離れ離れになっていたから恐らくは無事な筈』 「ちょっと待って、まどかが攫われた!? なんであんたあたしにその時連絡しなかったのよ!」 『緊急事態だったのよ。フェイスレスにまどかの事が知られてしまえばそこにつけ込まれる。あいつの目を盗んであなたに連絡する術がなかったの。 ……話を続けるわ。まどかには一応協力しているらしい他のマスターがいた、見た目は警察官。恐らくはその人と行動を共にしていると思うわ』 まどかの身に起こった一大事を隠していた事に腹立たしさを覚えつつも、ほむら自身にも余裕がなかったことを理解し、さやかはほむらへの糾弾を踏みとどまる。 『フェイスレスにはバレないように動いていたつもりだけど、私と貴方の関係を見てまどかに何かあるのかもしれないと考えたかもしれない。 そしてさっきの通達で私が生きている事や私が貴方に連絡してあいつの敵になる可能性くらいあいつも考えていると思う』 「それでまどかを狙うかもって事ね、まったく立て続けに色々と聞かされて頭が混乱しそうだよ。 とりあえずまどかがどこかにいるかわからない以上、一旦合流しよ。場所は……」 (マスター、悪いが電話はそこまでだ) (え?) (歯車の軋む音が複数、さっそく始末に動きだしたようだな) 周囲を伺っていたバーサーカーが念話で語りかけてくる。 悪魔の優れた聴覚がさやかの家を取り巻くように動く人形たちとの駆動音を捉える。 その姿をデビルマンへと変え、一足先にベランダから外へと飛び立つ。 「ごめん、さっそくフェイスレスだっけ? そいつが手を打ってきたみたい。 また後で電話する、連絡先は今電話に映ってる番号にかければいいでしょ?」 『そうだけど待って、せめて合流場所を……』 「なら病院でどう? 目印にはなるでしょ」 『わかったわ』 電話が切れ、切り際に一言もなしにそっけなく電話切ったほむらに対してさやかは苦笑を浮かべる。 先ほどまでナンバーディスプレイに映っていた番号をメモを終えると、屋外から爆音が響いた。 何事かと魔法少女へとその姿を変えてさやかがベランダへと駆け出す。 彼女に視界に映っていたのは眼下でバーサーカーに破壊されていく人形、そして上空に浮かぶ二つの人影。 天使のような姿をした人形と、昼に彼女へとほむらへのメッセージを伝えにきた人形。 その人形が何かを抱えている事に気づく。 目を凝らし、抱えている何かを正確に理解し、さやかは目を見開いた。 「まどか……!!」 ◇ バーサーカーが地に降り立つと同時に複数の銃人形が彼への攻撃を開始する。 しかし、人間の姿を模した銃人形程度の銃撃では悪魔の体に傷一つさえつける事は能わない。 烈風の如く駆け抜けるバーサーカーにある物は頭部を拳で打ち抜かれ、またあるものは胴体を剛力で引き裂かれて機能を停止する。 不意に、悪魔の聴覚が上空からこちらへと直進するジェット音を聞きつけた。 傍らにいた銃人形を掴み音の来る方向へと無造作に投げつける。 投げ飛ばされた銃人形が矢の形をしたミサイルに直撃し、爆炎に飲み込まれた。 「いい反応だなサーヴァント」 情報から聞こえる声にバーサーカーが首を上げる。 彼の視界に映ったのは天使だった。 その純白の羽根にかつての敵の影を思い出し、バーサーカーは不愉快そうに顔をしかめる。 「やはり悪魔というものは天使を嫌悪するものなのだな。醜い皺が出ているぞ」 「悪魔には天使とでも言いたいのか? 生憎と姿を模した人形風情で俺をどうにかできると思うなよ」 その時、バーサーカーの視界にもう一体の空を飛ぶ人形の姿が映る。 ぐったりとして動く気配のないピンク色の髪の少女を抱えて離れた距離からこちらを伺っていた。 「あれは!」 「その反応、やはりお前たちも知り合いである可能性は高いようだ。 ケニス、貴様は手筈通り温泉に向かいあちらのキャスターにその女を差し渡して来い」 「あいよぉ!」 バーサーカーの反応に笑みを浮かべ指示を出した天使型人形に従い、まどからしき人物を背負ったケニスが北西の空へと飛翔していく。 そうはさせじと飛翔して追跡を試みたバーサーカーに向けて、天使型人形は手にもったハープを弦代わりに矢を模したミサイルを複数射出する。 舌打ちを一つ、翼で全身を包みミサイルの直撃を防ぐが爆風に煽られ、ケニスの追撃は中断させられる。 「悪魔のバーサーカー、君の相手はこのクピディアーだ。我が矢からそう易々と逃げられると思わない事だな」 「チッ、見た目から何までムカつく奴だ、とっととガラクタに変えさせてもらうぞ」 「そうか、それは恐ろしい、な!」 好戦的な炎を瞳に宿らせるバーサーカーとは対照的に冷笑を浮かべたクピディアーがミサイルを放ち、それを援護する様に残った銃人形が銃撃を開始する。 対してバーサーカーが口から炎を吐き出し、ミサイルを爆破させる事で銃弾を諸共に吹き飛ばす。 だがミサイルと銃撃の雨は止む事がなく、バーサーカーは攻めあぐねてしまう。 その時の青い影が駆け抜け銃人形の一体を串刺し、両断する。 影の主は美樹さやか、隣にいた銃人形が反応するよりも早く返す刀で袈裟懸けに斬りつけ機能を停止させる。 「そこのあんた! まどかに何するつもりよ!」 「ふふ、バーサーカーのマスターか。マスターを一人さらったのだから、有効に利用させてもらうに決まっているだろうう。 そして、今から死ぬ君にそこから先を知る必要はない!」 「しまった、狙いはマスターか!」 さやかが戦場に現れると同時に遠巻きに銃撃をしていた銃人形達が行動を変え、一斉にバーサーカーへと躍りかかる。 バーサーカーにとってそれらをスクラップに還すのに要する時間は数十秒程、だがそれだけの時間があればクピディアーがさやかに狙いを定め、ミサイルを射出するには充分過ぎた。 さやかの退路と進路を塞ぐように放たれた10発のミサイルが牙を向く。 バーサーカーが飛翔する、いくら魔法少女といえ、これだけのミサイルの直撃を受ければただでは済まない。 間に合え。 脳裏に親友だった少女と想い人の姿がフラッシュバックする。 バーサーカーとさやかの影が重なるのと路地を爆炎が包むのはほぼ同時だった。 「これを受ければ一たまりもあるまい、これで造物主様の憂いも一つ……」 「もう勝ったつもりとは随分と気が早いな」 もうもうと上がる煙を眼下に勝利を確信したクピディアーに地獄の底から聞こえてくるかのような暗い声が聞こえる。 声を聴き、クピディアーがハープを構えるよりも早く、煙の中から弾丸の様な速さで何かが彼目がけて飛び込んでくる。 黒い弾丸を紙一重で交わし、そのまま彼の上空に飛び出してきたものの正体を視界に収める。 そこにあったのは満月を背景に羽根を広げたバーサ―カーの姿。 身体の各所に焦げた跡がみられるものの、それは致命傷とは程遠く、みるみる内に再生していく。 夜の闇の中にギラリと光る双眸が、敵意と殺気を込めてクピディアーを見下ろす。 耳まで割けんばかり開いた口から鋭い牙と紅い舌が覗き、怒気の籠った息が漏れる。 それは正に悪魔と呼ぶに相違ない出で立ちであった。 咆哮を上げ自分目がけ急降下する悪魔に対し、クピディアーはハープに弓を番えることもなく、「ヒッ」と短くひきつった悲鳴を上げる。 「デ、悪魔<<デモン>>……!!」 クピディアーの顔が歪む。 かつての人形使いとの闘いとは異なり、その顔に刻まれた感情は恐怖。 絶対的な破壊者と相対した事によって生じた感情は、彼が忌み嫌っていたシワとなって表出する。 「そうだっ! 貴様らが俺のマスターやその知り合いに手をかけると決めた以上、俺は貴様らにとっての悪魔<<デーモン>>だっ!」 勢いよく振り下ろされた手刀がクピディアーの左肩から斜め下までを両断する。 恐怖に歪みシワが刻まれた表情のまま、機能を停止した天使が地面へと墜落した。 周囲に敵がいなくなった事を確認し、バーサーカーが地面にいるさやかを抱え再度飛翔する。 「怪我はないか、マスター」 「だ、大丈夫。それよりあたしのせいで……」 「気にするな、それに君が来なければもう少し足止めを食っていたんだ。結果的には悪くない」 眼下が次第にざわつき始める。 騒ぎが収まったらしい事を理解した住人達の悲鳴や戸惑いの声。 そう遠くなく通報を受けた警察がやってくるだろう。 「マスター、あのクピディアーとかいう人形は仲間に温泉にいるキャスターの元に向かうよう指示を出していた。罠の可能性もあるがどうする?」 「あれがまどかの可能性があるなら、罠かもしれなくても放ってはおけないよ。フェイスレスを倒したってあっちのキャスターが何するか分かったもんじゃないし」 「了解した、飛ばしていくぞ」 温泉へと進路を変更し、バーサーカーはさやかを抱え夜闇の空を行く。 夜風を受けながらさやかは思い出したように携帯番号を取り出し、先ほどメモしておいた電話番号を打ち込んでいく。 しばらくして、電話が繋がった。 「もしもし、あたし。まどかが攫われて、今温泉にいるらしいもう一人のキャスターのところに運ばれてるみたい。合流は麒麟温泉に変更よ」 ◇ 「奴は人を操る力を持ってる危険なサーヴァントよ。特徴は金髪で白い手袋をつけた女子学生。 見つかったらまずいから極力それらしき人間の前には出ないことをお勧めするわ。 マスターの方は紫の長髪、目立つ色だからすぐわかると思う。ええ、そちらも気をつけて」 セイバーのバイクに乗りながら、電話の主、美樹さやかからの報告を受け、ほむらは病院から麒麟温泉へと目的地を変更する。 完全に後手に回ってしまった。 その事が彼女の心の中で自己嫌悪と怒りに変換されていく。 他者を利用してでもまどかを守ると決めた自分が、まんまと切り捨てようとしていたキャスターにいいように利用され、そして今まどかを危険に晒している。 彼女のサーヴァントが何をやっているのか、疑問に思わなくはないが、それはそれとして、なんとしてでもまどかを助けなければならない。 さやかからは罠の可能性も指摘されたが、ほむらが出した答えは彼女と一緒だった。 「電話も終わったし飛ばしていいわ、セイバー」 背中にしがみつくほむらの声に応える様に、バイクの速度がグンと増す。 もしも警察と出くわせば追いかけられても仕方ない速さにまで達するが、幸いにもパトカーや巡回には出くわしていない。 この調子ならば温泉まで残り数分とほむらが予測をつけた時、遠方、バイクの進路上に人影を発見した。 車道の真ん中に老人が一人。 黒い外套と山高帽を被り、杖に両手を添えて佇んでいる。 ヘッドライトがグングンと老人へと近づく。 爆音をあげて疾走するバイクはこのまま行けば老人を轢いてしまうだろう。 危ない、そう叫ぼうとしたほむらは不意に浮遊感に襲われた。 宙を舞う視界の中、無人のバイクが老人に向かってひた走る。 セイバーが自分を抱えて飛んだのだと理解した刹那、突撃するバイクに対し白光が閃いたのを確かに捉えた。 老人にぶつかるよりも速く、バイクが左右に開き、丁度中央にいた老人を避けるように素通りし、金属とアスファルトが擦れる耳障りな音を立てて道路に転がった。 と、浮遊感が薄れる。彼女を抱えて跳躍したセイバーが地面に着地したのだ。 だが、ほむらの視界は老人に釘付けになっていた。 先程まで杖をついて立っていた筈の老人が何かを振り抜いた体制で止まっていた。 視線が振り抜かれた左腕へと移る。 老人が左手に持っていたものは右手だった。 精巧に作られた右手を持ち手に、手首から先は日本刀やサーベルを思わせる細く鋭利な刀身が伸び、月夜を受けて鈍い光を見せる。 「フェイスレスの自動人形……!」 「シルベストリという。造物主様の命により貴様らをここで始末することになった」 シルベストリと名乗った人形の言葉を待っていたかの様に、町の至るところからキリ、キリ、と歯車と繰り糸の軋む音が響き始める。 「酷いなシルベストリ、まるで造物主様からの刺客が君一人だけみたいではないか」 「そうそう、俺たちだっているんだからな」 上等そうな白いスーツに身を包んだ人形達と共に一人の腹話術師が姿を表した。 いや、その異様な風貌、そして聞こえる人外の駆動音が彼らもまた人形である事を言外に告げている。 「やあ、元マスターのお嬢さんとそのサーヴァント。私の名前はパウルマン、こちらはアンゼルムスという」 「造物主様はあんたを念入りに殺しとておきたいんだとさ、運がなかったな!」 アンゼルムスがけたたましい笑い声をあげると同時に、ほむらとセイバーを包囲するよう形でスーツを着た人形が一斉に飛び出す。 腕、胴体、首、体の各所からせりだした凶悪なギミックでもって二人を血祭りに挙げるべく駆け寄る人形達。 彼らの凶器がほむら、そしてセイバーへと肉薄せんとした刹那、不意に二人の姿がかき消えた。 人形達の攻撃が何もない中空を空振りする。 何が起こったのか。だが状況を確認する暇は与えられなかった。 対象を失った人形達の眼前には漫画にでも出てきそうな形状をした爆弾が複数。 彼らが疑問に思う間もなく爆音と爆炎があがる。 ごろごろと吹き飛ばされ、人形達が転がっていく。 ロケット弾の爆発にすら耐え抜く装甲を誇るパウルマンの"生徒"と呼ばれる人形達だが、当たりどころが悪かったのか何体か頭が吹き飛んだまま、動かないものがいる。 それを尻目に、ほむらとリンクが包囲外に降り立つ。 ほむらの時間停止能力を用いてリンクともども包囲から脱出し、代わりに爆弾を設置していたのだ。 「おいおい見たかよパウルマン」 「ああ見たともさアンゼルムス。あのサーヴァントの能力かな」 「あちらの少女が何かした可能性もある。造物主様からは不思議な力を持っているであろう事を聞いているしな」 3体の人形が興味深く観察している中、生徒達が再度の追撃のためにじりよってくる。 それに合わせるように、ほむらが少しずつ後退する。 (私の手持ちの武器ではあいつらを壊しきる事はできない) 昼、まだフェイスレスがサーヴァントであったときに銃器を使って自動人形の耐久性を調べた事を思い出す。 現在手持ちの武器は拳銃程度、当然の事ながら自動人形達を殺すには足りない。 (セイバー、ここに私がいたら貴方の足手まといになる。しばらくは身を隠すわ) ほむらの問いに、セイバーは剣と盾を構え人形達から彼女を遮るように立ちはだかる事で応える。 それに頷き、ほむらが時間停止を利用して近隣の路地裏に逃げ込む。 時間停止の魔法を知らない自動人形達の視点では、急に姿を消したほむらを追跡する事は不可能だった。 「また姿を消したか。どうやらサーヴァントの力ではなさそうだ」 「なに、周囲には銃人形を潜ませている。そうそう簡単に逃げおおせる事などさせんよ」 「それよりも早くあのサーヴァントをやっちまおうぜパウルマン」 「そうだなアンゼルムス。あの女が如何に不思議な力を持っていようとも共に戦うべきサーヴァントがいなければ終わりなのだからね」 やれ、とパウルマンが号令をかけると、再び生徒達が攻撃を開始する。 腕から刃をつきだした人形の攻撃をセイバーは盾で受け止める。 そのまま力強く盾でもって押し返し、体勢を崩した人形の胴を薙ぐ。 人間ならば致命の一撃であっても人形を破壊するには至らない。 斬撃の勢いで吹き飛ばされながらも、むくりと立ち上がった人形を飛び越え2体目、3体目、次々と人形達の猛攻が繰り広げられる。 それでも剣の英雄が膝をつく事はない。 いなし、かわし、弾き、切り払う。 多対一の戦いを繰り広げ続けて来た英雄にとって、この程度はまだ苦境の内にすら入らない。 このままでは有効打を与えられないと見た人形達はセイバーがほむらといた時と同様に、彼を包囲するように陣形を変える。 退路を塞ぎ1枚の盾と一振りの剣では凌ぎきる事さえ許さない全方位攻撃。 かつて周囲を高速回転する刃の輪を用いたしろがねOを打ち破った攻撃でもある。 一糸乱れぬ同時攻撃がセイバーの頭蓋を叩き割らんと迫る。 だがそれよりも速くセイバーが動いた。 両手で掴んだ剣を振りかぶり、遠心力に回せて体ごと360°1回転。 それは先のランサーとの戦いでも見せたセイバーの剣技の一つ。 見事にカウンターを合わせられた人形達は魔力を上乗せされた回転切りによって突き出した拳はもちろんのこと、その体までを粉砕され宙を舞った。 どしゃりと人形だったのものの成れの果てが道路にぶち撒かれる。 「ご自慢の生徒達は全滅したようだなパウルマン」 「そのようだシルベストリ、人間とはいえ、やはりひとかどの英霊。どうやら私が出なければならぬらしい」 そう言うやパウルマンは自身の頭部を外す。頭を失った体からは折り畳み式の大きな刃が姿を現した。 同時にアンゼルムスが地面へと降り立ち、異様としか言えない程に長い両手でパウルマンを担ぎ、回転を加えながら投擲する。 刃を外向きに高速で回転するパウルマンがセイバーへと迫る。 間一髪、盾で受け流すことには成功したが、成人男性一人分程の質量を受け流しきる事は難しく、セイバーは体勢を崩す。 受け流した盾についた真一文字の傷がパウルマンのブレードの切れ味の良さを物語っていた。 だが、そこに注視している暇はない。 体勢が崩れたセイバーを狙いアンゼルムスとシルベストリがセイバー目掛け駆け寄る。 ブーメランの様に旋回するパウルマンがセイバーを切り裂くまでの足止めであることを察し、剣からフックショットへと装備を持ち変え街路樹へと射出、そのまま自身を樹の方へと引き寄せる事でパウルマンの一撃を回避する。 フックショットを外し着地する間際を狙いシルベストリの剣閃が走る。 一刀目を盾で弾き、その隙に取り出した剣で二刀目と打ち合う。 剣撃の音が響き、火花が散り続く三刀目、今度は弾かれる事なく鍔競り合う形となる。 「その得物から剣の英雄と見受けるがなるほど、そう名乗るだけの実力のようだ」 シルベストリが呟くように喋る。 セイバーの瞳と人形の無機質な瞳がぶつかる。 「このような場で無ければ、かつてある少年から答えを得た問いを君にも問うていたのだがな」 不意にシルベストリが力を抜き、後方へと飛び退る。 拮抗していた力の内、片方がなくなった事で勢いあまって体勢が崩れたセイバーの視界には宙を舞いながら巨大な口を開き、今まさに食いつかんとするアンゼルムスの姿。 間一髪、直撃する刹那に盾を使ってアンゼルムスを上へと跳ね上げる。 「ひひ、それで凌いだつもりかよ~~~!!」 跳ね上げられながらもアンゼルムスの長い腕がセイバーの盾を持った腕へとしがみつく。 人形の握力で腕を締め付けられ、セイバーの顔に苦悶の色が映る。 セイバーの腕を軸に重力に従い降下するアンゼルムスが再度セイバーを食い破らんとその咢を開いた。 それに対してセイバーは空いた腕にもった剣でもって迎撃を試みる。 「ふひひひ、無駄だぜ~? 俺の歯は硬度10、ダイヤと同じくらい硬いのさ。そんなチャチな剣なんて噛み砕いてやるさぁ!」 勝ち誇った笑みを浮かべながら大きく開いた口がセイバーの剣の腹を砕かんと打ち付けられた。 硬い金属が砕ける音が響く。 「へ?」 間の抜けた声をあげたのはアンゼルムス。 気付けば彼はぼろぼろの歯が生えた口から裂けるような形で上下に両断されていた。 アンゼルムスを切り裂いたセイバーの剣には傷らしい傷の一つすらついていない。 確かに硬度10を誇る彼の歯で砕けないものなど、この現代の世には殆どないだろう。 だが、それは人が作り出した物の中での話に過ぎない。 女神ハイリアが残し、伝説の勇者によって鍛え上げられた、かの名剣エクスカリバーにも劣らぬ聖剣が、たかだか硬いだけが自慢の人形の歯如きで折れるなどという事があろう筈もないのだ。 もっともその様な武器であったことを知るはずもないアンゼルムスはただ驚愕の表情を浮かべながら地面に転がりその機能を完全に停止させる。 「アンゼルムス!? 貴様ァ!」 相棒が破壊され激昂するパウルマンが飛びかかる。 が、アンゼルムスとのトリッキーな連携こそが持ち味だったパウルマンが単独で向かった所で結果は明白だった。 駆け寄るセイバーに向けて胴体からスパイクギミックを打ち込もうと試みるがそれは盾によって阻まれる。 出がけを潰されたたらを踏んだパウルマンの視界は大上段に剣を構えたセイバーの姿。 まともな反応すらできなかった彼へ向けて縦一閃に衝撃が走る。 遅れて、切断面から血の代わりの銀色の体液が溢れ出た。 「これが、英霊の力か」 目を見開き左右に割れていくパウルマンが呟く。 まだ喋れるだけの気力があったところで結果は変わらない。既に勝敗は決まっていた。 「つ、強い……」 どしゃりと、音を立ててパウルマンだったものが転がり、セイバーは最後の相手へと視線を向ける。 シルベストリは逃げも隠れもせず、ただ右手に左手をそえ佇んでいた。 「よもやあの二人をこうも容易く破って見せるとはな」 無感情な声が響き、すっ、と構えを見せる。 東洋に伝わる居合と呼ばれるものだった。 応えるようにセイバーもまた、剣を構える。 勝負は一瞬の内、一撃の元に決まる、そう二人は認識した。 風がヒュウと吹き、セイバーの金髪とシルベストリの外套を揺らす。 どこからか猫の鳴き声が響く、それが合図となった。 互いが互い、ほぼ同時に駆け出す。 交差は一瞬、二条の銀閃が走る。 二者はピタリと止まり動く気配を見せない。 「見事だ、サーヴァント」 沈黙を破ったのはシルベストリ。 からん、と彼の握る右腕の中ごろから折れた刀身が落ちた。 アンゼルムスの歯すら容易く砕いた剣とまともに打ち合った刀はセイバーの盾に触れた段階で限界を迎えてしまっていた。 次第に、シルベストリの体の上半分が斜めにズレていく。 「だが、我々の本来の目的は達成できた」 淡々とシルベストリが告げる。そこに負け惜しみのような感情は感じられない。 不意に、周りの空気がざわつき始めた。 何かが、自動人形とは比べ物にならない存在がこちらに向かってきている。 セイバーの勘が警鐘を鳴らす。 「せめて武運を祈るぞ、緑のセイバー」 その声を最後にシルベストリの機能は停止する。 だが、そのような事は既にセイバーの意識から漏れていた。 一歩一歩。確実にプレッシャーが強まっていくのを肌で感じ取る。 (セイバー!) 異常を感じたのかほむらがセイバーへと念話で声をかけてきたのと、その男が現れたのはほぼ同時だった。 痩身の少年が車一つ走らない車道をかつかつと歩いてくる。 不健康そうな肌の色。 白くぼさぼさの髪。 そして理性を失った瞳が際立たせる凶相。 口角を釣り上げ狂暴な笑みを浮かべた狂戦士の姿。 (あれは、バーサーカー!?) 「■■■■■――!!」 轟、と痩身のバーサーカーを中心に衝撃波が周囲を薙ぎ払う。 どこか笑っているような狂った咆哮が深夜の街に木霊した。 「まずい……!」 セイバーと共有した視覚に映ったバーサーカー。 昼、さやかと悪魔のバーサーカーがあのバーサーカーと一戦交えたのを映像越しにほむらもまた見ていた。 あらゆる攻撃を反射し、あの強力な悪魔のバーサーカーを吹き飛ばす程の力の持ち主。 セイバーが強力なサーヴァントと言えど、物理攻撃が主体の彼では致命的なまでに相性が悪い。 道路に白いペンキで書かれた"一方通行"という文字の上に立つバーサーカーは『ここから先は一方通行だ』と言外に語っているかのようだ。 さやかの頭に逃避の二文字が浮かぶ。 一度身を隠してセイバーに霊体化の指示を出すことで行方を眩まし、多少遠回りをしてでも温泉を目指すルート。 あれだけの力を誇るバーサーカーを、映像で見た半死半生のマスターが長時間使役できるとは思い難い。 どうにか撒く事さえできれば……。 (いえ、それは不味いかもしれないわね) 何故、このタイミングでバーサーカーが襲撃を仕掛けてきたのか。 その意味をほむらは考え、逃避という方針を否定する。 自動人形の戦闘に狙ったように介入してきたバーサーカー。 まるで足止めの為に出てきたかの様な自動人形。 アンゼルムスと呼ばれていた人形の、キャスターは自分を念入りに殺したがっているいう言葉。 もし本当に自分を厄介な存在だとあの悪辣なキャスターが思っているのならば、自動人形ではなく宝具である『最後の四人』を派遣し、確実に始末しようとする筈だ。 それをしないという事は、する余裕がないか、する必要がないか。 例えば 、自分の宝具よりも遥かに強力なサーヴァントが味方につけば、態々自分の魔力を使い、あまつさえ宝具が破壊されるリスクを背負うまでもなく、その味方に何らかのリターンを約束した上で始末に向かわせればいいだけの話だ。 そして今しがた起こったシルベストリと名乗った人形たちとの戦いを思い出す。 待ち構えていたシルベストリ、包囲するように現れたパウルマン達。 不意な遭遇戦ではなく、明らかに計画的な待ち伏せだ。 という事は、アポリオンによって既にほむらは監視されていると見ていい。 ならばどれだけ逃げたところで人形も、そしてバーサーカーのマスターもこちらの追跡をやめないだろう。 このまま、温泉まで行けばどうなるか。 まず間違いなくまどかにもバーサーカーの牙は向けられる。 仮に温泉へと向かわず、別の場所に逃げたとしてももう一人のキャスターの手にまどかが渡ってしまえば状況が好転する筈がない。 美樹さやかに賭けるという手も考えられなくはないが、セイバーと対峙しているバーサーカーが自分ではなくさやかを標的にしてしまえばそれも難しくなる。 さやかのバーサーカーは一対一の戦いでこのバーサーカーを相手に不覚を取っている上にキャスター達の介入が入れば、最悪の場合さやかとバーサーカーが脱落してしまう可能性もありえるのだ。 そうすればまどかの救出は絶望的になる。 それは避けなくてはいけない。これ以上、自分の手落ちでまどかを危機に巻き込む真似をほむらはしたくなかった。 (そう、だから私にこいつを差し向けたのね、フェイスレス) チッ、と忌々しげに舌を打つ。 ほむらがまどかを危険に晒す選択肢を取るわけがない。 ならば、ここから逃げ出すという手は取れない。 たとえ相性が悪くとも、戦況が不利だろうと、ここでこのバーサーカーを下さなければ、自身に未来はないのだ。 不愉快な笑顔を浮かべるキャスターの姿がありありと想像できた。 (セイバー、倒さなくて構わない。だから一分一秒でも多く時間を稼いで) セイバーに念話で語りかけながら手持ちの武器を確認する。 手榴弾が1つにオートマチックの拳銃。 人形を殺すことはできなくとも、人一人を殺害するには充分過ぎる装備だ。 (恐らく、貴方の攻撃は全て跳ね返される。だからここは私の出番) 時間停止にかけられた制限、そしてバーサーカーのマスターを殺させない為に配備されているであろう自動人形。 それはあまりにも大きな壁。 しかし、乗り越えねばならぬ壁。 さやかが電話を取り出し、発信ボタンを押す。 ディスプレイに表示された名前は美樹さやか。 『もしもし?』 「もしもし、私よ美樹さやか。悪いけど問題が発生したわ。今もう一人のバーサーカーと戦っているところ」 受話器の奥で息を呑む音が聞こえた。 当然だろう、白髪のバーサーカーの強さは戦った彼女が誰よりも理解しているのだから。 『今どのあたり? 私も……』 「駄目よ、貴方はまどかを助けに行って。もし私を助けに来てまどかに何かあったら私が貴方を許さない」 『そんな事言ってる場合!? バーサーカーって白髪の奴でしょ? そいつにはあたしのバーサーカーだって……』 「なにもバーサーカーを倒すだけが道じゃないわ。マスターを仕留めればあれはそう長い間は現界出来ない筈よ。 私の力を使えば、それも不可能じゃない筈」 『……殺すの?』 受話器越しに、堅い声が聞こえる。 微かに沈黙する。 答えは既に決まっている。それでも改めて口に出し、誰かに意思を表明するという事には躊躇いが生じるものなのかと今更ながらに認識する。 小さく、息を吐き出す。 「殺すわ」 冷たく響いた呟きに、躊躇も怯えも後悔もない。 「殺さないですむならそれに越したことはない、でも、恐らくあのマスターはフェイスレスと手を組んでいる。 生かしておけばまどかだって危険に晒されるかもしれない。だから、殺すわ」 『……わかった』 受話器越しから聞こえる声はまだ堅い。 正義の味方になるといって魔法少女になったさやかならば、多少なりとも反論されるかと予想していたほむらには肩透かしな反応だった。 『ここは、そういう場所だってわかってるし、あんたも命を狙われてるんだから、あたしからは何も言えない』 微かに沈んだ声、分かってはいても納得はしていないのだろう。 甘いことだとほむらは思うが口には出さない。 受話器越しに深く息を吐く音が聞こえる。 『先に行ってるからあんたも必ず来なさいよ。 結構まどかって頭堅いところあるからさ、もし助けても私だけじゃ言うこと聞いて大人しく帰ってくれるかわからないし』 「……そうね、まどかは何度言ってもこうだと決めると譲ってくれないから」 巡り返す時の中で聞きなれた明るい声が帰ってくる。 さやかが出したまどかの話題にほむらが同意して返す。 彼女がフッ、と吹き出すのと受話器の向こうでさやかが吹き出したのはほぼ同時だった。 「まどかをお願いね、美樹さやか」 『そっちこそ、しっかりやりなよ。……待ってるからね』 「ええ、必ずそっちに行って貴方と一緒にまどかを元の世界に送り返すわ。約束よ」 再会の約束をしてほむらは電話を切る。 「"貴方と一緒に"だなんて、ガラにもないわね」 自然と口に出た言葉を思い出し、可笑しそうにほむらが笑う。 繰り返されるループの中、衝突する機会も多く、持ち前の性格から災いの種になることが多かった美樹さやかに対して、ほむらはあまりいい感情を持っていない。 それでも、今この時だけは彼女が味方にいてくれた事が、少しだけ、ほんの少しだけではあるが嬉しかった。 複数の足音が聞こえてくる。恐らく、アポリオンによって自分のいる場所が把握されたのだろう。 時を止め駆け出す。 狙うは一人、バーサーカーのマスター。 ◇ 「あれが敵のセイバーか」 あるビルの一室から、眼下で自分のサーヴァントであるバーサーカーと対峙するセイバーを、間桐雁夜が見つめる。 視覚情報から見てとれるパラメーターは、セイバーを名乗るだけあって相応に高い。 だが、それでも自分のバーサーカーには敵わないだろうという確固たる自信はあった。 麦わらのライダーや悪魔のバーサーカーと相対した時にまざまざと見せつけた、文字通り他者を寄せ付けない固有の超能力。 高水準のパラメーターと強力な攻撃宝具を使って相手を打ち倒す、正攻法を得手とするサーヴァントにとってこれ程に相性の悪い相手もいないだろう。 その最優に相応しい能力とここに至る前に微かに確認できた自動人形との戦いを見る限り、雁夜が今ここで倒すべきサーヴァントはバーサーカーにとって非常に相性のいい相手だ。 どれだけその剣が歴史に名を馳せし名剣であろうとも、その剣技が精妙であろうとも関係ない。 バーサーカーは全ての力を相手に向けて跳ね返す、一方通行の暴風だ。 「ではあっしはここの警護にあたりますんで、何かあったら呼んでくだせえ」 「ああ、わかったよ」 彼の後ろで自動人形が声をかけ、雁夜が返答する。 自動人形の名はアノス、この戦場まで彼を運んでくれた、同盟を結んだキャスターが使役する人形だった。 (余計な事をしないための監視も兼ねているだろうに) バタン、と扉を閉めて退出したアノスを尻目に、雁夜が内心で毒づく。 キャスターのマスターを名乗る人間から同盟を持ちかけられたのは、通達があって少ししてからだった。 あと一昼夜もすれば聖杯戦争は勝者の有無を問わずに終了する。 その知らせに何よりも心を乱されたのは雁夜であっただろう。 残ったサーヴァントは12騎、それを半死半生の体を引きずり、魔力消費の激しいバーサーカーを伴って戦い抜かなければならないと知った彼の心境は如何ばかりか。 このままでは勝つ目は絶望的だった。 どうすればいい。 何ができる。 ぐるぐると答えの見えない思考のループに囚われる。 そんな時に、バサリと羽音を立てながら一羽のカラスが窓辺へと降り立った。 こんな夜更けに本来昼行性である筈のカラスがいる事に雁夜は疑問を覚える。 そのカラスの首から上が左右に開き、少年のような声を発した。 『手を組まないか、バーサーカーのマスター』 自分の正体がバレている。 焦った雁夜はバーサーカーを呼ぼうとして思い止まった。 あのカラスは察するところ使い魔の類、それを攻撃しても相手に打撃はないどころか、自分の居場所まで把握している相手を敵に回すというデメリットしかない。 そして何よりも不用意に騒ぎ立てる事で、桜が騒ぎに気付いてこちらに来てしまうのを避けたかった。 彼女の存在を第三者に知られればそれは即ち彼の弱みとなる。 そして何よりも、願いのために人を殺すことをも厭わない聖杯戦争に参加した者達の悪意に、仮初めの存在とはいえ彼女を晒す訳にはいかなかった。 大人しく話を聞く姿勢を見せた雁夜に対しカラス越しにキャスターのマスターが同盟の詳しい内容を話す。 同盟の終了条件は一先ず半数のサーヴァントが脱落するまで。 提供して欲しいのは、その強力無比なバーサーカーの戦力。 提供するものは町全体に広がったキャスターの監視の目と彼の作り出した自動人形、そして移動手段。 情報網も、バーサーカーを温存する為の戦力も、速い足も雁夜が望んだところでこの聖杯戦争では得られなかったものだ。 断る理由はない、が。ふってわいた様な美味しい話が雁夜に警戒心を抱かせる。 記憶の片隅にしまった筈の出来事が思い浮かぶ。 時臣に会わせると言った神父に協力し、言われて向かった先に待っていたのは、もの言わぬ死体となった憎むべき男。 何故、どうしてと狼狽える自分を見つけてしまったのは最愛の人にしてその男の妻。 自分の無実を訴えるも聞き入れて貰えないどころか、彼女から浴びせられる罵倒。 "誰かを好きになった事もない癖に" その決定的な言葉を聞いて箍の外れた自分は彼女の首をーー 頭を抑える、理性と本能の両方が強制的にその記憶を排除する。 その出来事を受け入れるには雁夜の心はあまりにも弱すぎた。 逃避し甘い夢に浸ることしか出来ない男は、今は目の前の事に集中しろともっともな理由をつけ、起こしてしまった現実から再び目を背ける。 『大丈夫か?』 急に様子のおかしくなった自身に向けて問いかけてきたキャスターのマスターに対し、頷く事で問題ないことを告げる。 息を整え、どうして俺達なのかと雁夜が問うた。 死に損ない故に御しやすいとでも思われたか。 もっとも死に損ないなのは事実ではあるし、雁夜としても同盟を断れば数少ない勝利の目を放棄する事になるのは分かりきっているのだが。 『あんたには後がなさそうだったからな』 しばしの沈黙の後、キャスターのマスターは答えた。 ハッキリと言ってくれるものだと、ひきつった表情筋が微かに上につり上がる。 『そんな状態でもあんたはまだ勝つことを諦めていない、キャスターはどう思ってるか知らないが、だからこそ俺個人としてあんたと協力したいと思うよ』 キャスターのマスターが続けて答える。 それは今までの中で一番熱のこもった言葉だった。 同情かと自嘲を浮かべて雁夜が問う。 同調さ、とキャスターのマスターが答える。 『一目見てわかるくらいに身体はボロボロなのに、それでもあんたには叶えたい願いがあるんだろ? どれだけ自分がヤバくなったって、ここで全部放り投げて帰る訳にはいかない願いがさ。 俺とあんたは別人だ。かける願いだって、思う事だって、何もかもが違う。 だけど、どれだけ自分の体がヤバくなったとしても、全てを諦めて帰ることより願いを叶える事を優先したいって気持ちは一緒だ。 だから俺はあんたと組もうと思う』 それは青臭い理想なのだろう。 破滅的な思想なのだろう。 願いの根元、あるいは叶えるための道程は、歪みと矛盾に溢れたものなのかもしれない。 それでも、抱いた想いは本物だ。 雁夜にはキャスターのマスターがどのような願いを持っているのか知るよしもない。 今、彼がどのような状況にあるのかもわからない。 ただ、彼も自分と同じ、極限の状況の中で足掻いているのだということだけは理解ができた。 黙考の末に、雁夜は同盟を呑む事を決めた。 断る事など出来ない同盟ではあったが、それでもどこか似た境遇の相手と組むというのであれば、自然と抵抗も薄れた。 えたいの知れないキャスターに信はおけなくとも、恐らく本音で話してくれたであろうこのマスターにはある程度の信をおこう。 そう、思うことにした。 そうして、雁夜はキャスターの使いという人形に運ばれこの場所にやってきた。 緑のセイバー、そして彼のマスターである黒髪の少女。 奇しくもそれは昼、そして朝に襲った少女達と同じくらいの年齢だと見受けられた。 ひょっとしたら友人か知り合いかとも考えたが、そんな馬鹿げた偶然があるものかと、笑い混じりに否定する。 それと同時に、そんな年端もいかない少女達が願いを叶えるための殺し合いに身を投じている現状に悲しさと薄ら寒さを覚えた。 後ろめたさがないと言えば嘘になる。 だが、もはや雁夜に躊躇はない。 躊躇をしていれば助けるべき少女ですら助けることができなくなる。 もたれるように建物の壁に寄りかかる。セイバーとの戦いであれば、態々身を乗り出さずとも、バーサーカーの視界を共有すれば事足りる。 不用意に姿を見せて狙撃されるような間抜けな真似は避けたかった。 (きっと、君にも人を殺してでも叶えたい願いがあるんだろう) 暗がりに座り込み、今から自分が殺さなければならない少女へと想いを馳せる。 サーヴァントを殺害すれば帰ってくれるかもしれないとは考えた。 だが、キャスター達からこの少女はアサシンが脱落した後に別のマスターを強制的に帰還させ、セイバーを強奪した危険人物と聞いている。 そこまでの覚悟を決めているのであれば、ここで確実に始末をつけなければならない。 (ここで、君の戦いを終わらせる。俺にも叶えたい願いがあるから) 雁夜の目に強い光が宿る。 悲痛な光だった。 だが迷いのない光だった。 ◇ 夜の闇の中で聖杯戦争は加速する。 譲れないものがあった。 守らなければいけないものがあった。 銃声が、轟音が、咆哮が響く。 恐ろしい形相を浮かべる月が、その光景を黙って見下ろしていた。 【B-5/上空/二日目・夜】 【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語】 [状態]健康、魔力消費(小) [令呪]残り三画 [装備]ソウルジェム [道具]グリーフシード×5@魔法少女まどか☆マギカ、財布内に通学定期 [思考・状況] 基本行動方針:聖杯が信用できるかどうか調べる 1:温泉街に向かい、まどかを助ける(罠の可能性を考慮) 2:ほむらと合流してまどかを元の世界に返す 3:まどかを帰還させた後はほむらの動向に警戒 [備考] ※浅羽直之、アーチャー(穹撤仙)を確認、フェザーと名乗られました。 ※暁美ほむらが昔(TV版)の存在である可能性を感じました。 ※暁美ほむらが何かしらの理由で時間停止に制限が掛かっていることを知りました。 ※まどかへの連絡先を知りません。 ※ほむらと連絡先を交換しました。 【不動明(アモン)@デビルマン】 [状態]魔力消費(小) [装備]なし [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯が信用できるかどうか調べる 1:さやかに従い行動 2:金のキャスター、銀のキャスターへの対処 3:マスターを守る [備考] ※穢れの溜まったグリーフシードを『魂喰い』しました。今のところ影響はないですが今後何らかの影響があるかは不明です。 ※キャスター(フェイスレス)に不快感を覚えています。 ※世界改変の力を持った、この聖杯戦争の原因として魔法少女(まどか、ほむら、さやか)とサタンを想定しています。 [共通備考] ※マップ外に出られないことを確認しました。出るには強力な精神耐性か精神操作能力、もしくは対界宝具や結界系宝具が必要と考えています ※マップ外に禁人種(タヴー)を確認しました。不動明と近似した成り立ちであるため人間に何かがとりついた者であることに気付いています。NPCは皆禁人種(タヴー)の材料として配置されたと考えています ※間桐雁夜(名前は知らない)、バーサーカー(一方通行)を確認しました。 ※セイバー(リンク)陣営との同盟を結びました ※キャスター(フェイスレス)の真名を獲得しました。 ※学園の事件を知りました。 ※聖杯戦争の会場を作ったのも、願望器自体も世界改変の力と予測しています。 ※キャスター(食蜂操折)の外見と能力、そのマスター(犬飼伊助)の外見の情報を得ました。 【B-3/市街地/二日目・夜】 【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】 [状態]疲労(中) [令呪]残り3画 [装備]ソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ [道具]グリーフシード(個数不明)@魔法少女まどか☆マギカ(二つ穢れが溜まりきっている)、オートマチックの拳銃、手榴弾(1個) [思考・状況] 基本:聖杯の力を以てまどかを救う。 1:バーサーカーのマスター(間桐雁夜)を殺害する。 2:温泉に向かいまどかを助け、帰還させる。 3:キャスター(フェイスレス)を倒す。 [備考] ※自分の能力の制限と、自動人形の命令系統について知りました。 ※『時間停止』はおよそ10秒。連続で止め続けることは難しいようです。 ※アポリオン越しにさやか、まどか、タダノ、モリガン、アゲハ、流子、ルキア、慶次、善吉、操祈の姿を確認しました。 ※明、ルフィのステータスと姿を確認しました。 ※美樹さやかの存在に疑問が生じています(見たことのない(劇場版)美樹さやかに対して) ※一瞬ソウルジェムに穢れが溜まりきり、魔女化寸前・肉体的に死亡にまでなりました。それによりフェイスレスとの契約が破棄されました。他に何らかの影響をもたらすかは不明です。 ※エレン、さやか、まどかの自宅連絡先を知りました。 ※さやかと連絡先を交換しました ※ジャファル、レミリア、ウォルターを確認しました。 ※天戯弥勒と接触しました。 ※巨人を目撃しました。 ※キャスター(フェイスレス)のマスターは最初の通告で存在が示唆されたマスター(人吉善吉)と予想しています。 【セイバー(リンク)@ゼルダの伝説 時のオカリナ】 [状態]魔力消費(小)、疲労(小) [装備]なし [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:マスターに全てを捧げる 0:カレンの意思を引き継ぎ、聖杯戦争を勝ち抜く。 1:暁美ほむらに従う。 2:バーサーカー(一方通行)に対処する。 3:アーチャー(モリガン)に対する強い敵意。 [備考] ※アーチャー(モリガン)を確認しました。 ※セイバー(纒流子)を確認しました。 ※夜科アゲハの暴王の流星を目視しました。 ※犬飼伊介、キャスター(食蜂操祈)を確認しました。 ※人吉善吉、アサシン(垣根帝督)を確認しました。 ※垣根帝督から食蜂操祈の能力を聞きました。 ※朽木ルキア、ランサー(前田慶次)を確認しました。 ※ウォルター、ランサー(レミリア)を確認しました。 ※巨人を目撃しました。 ※バーサーカー(一方通行)を確認しました [共通備考] ※バーサーカー(不動明)陣営と同盟を結びました 【間桐雁夜@Fate/zero】 [状態]肉体的消耗(小)、魔力消費(小)、PSIに覚醒 [装備]なし [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を取り、間桐臓硯から間桐桜を救う。 1:間桐桜(NPCと想われる)を守り、救う。 2:セイバー(リンク)とそのマスター(ほむら)を殺害する。 [備考] ※ライダー(ルフィ)、鹿目まどかの姿を確認しました。 ※バーサーカー(一方通行)の能力を確認しました。 ※セイバー(纒流子)の存在を目視しました。パラメータやクラスは把握していません。 ※バーサーカー(不動明)、美樹さやかを確認しました。 ※PSI粒子の影響と一方通行の処置により魔力量が増大しました。 ※PSI粒子の影響により身体能力が一般レベルまで回復しています。 ※生活に不便はありませんが、魔術と科学の共存により魔術を行使すると魔術回路に多大な被害が発生します。 ※学園の事件を知りました。 ※セイバー(リンク)の存在を目視し能力を確認しました。暁美ほむらの姿を写真で確認しました。 ※キャスターのマスター(人吉善吉)と残り主従が6騎になるまで同盟を結びました。善吉に対しては一定の信用をおいています。 【バーサーカー(一方通行)@とある魔術の禁書目録】 [状態]健康 [装備]なし [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:■■■■─── 1:───(狂化により自我の消失) 2:セイバーを倒す [備考] ※バーサーカーとして現界したため、聖杯に託す願いは不明です。 ※アポリオンを認識し、破壊しました。少なくとも現在一方通行の周囲にはいませんが、美樹さやかの周囲などに残っている可能性はあります。 [全体備考] ※C-6で爆発騒ぎが発生しました。NPCの通報で警察が向かっています ※A-4の温泉地帯に向けて、鹿目まどかに似せた人形をかついだケニス@からくりサーカスが飛行しています ※B-3にて多数の自動人形が暁美ほむら殺害の為に行動しています ◇ 街を奏でる狂想曲の舞台裏、仕掛人たる二人の男は少女達と男が映るモニターを満足げに見つめている。 「とりあえずは無事うまくいったようで何よりだね」 「ああ、怖いくらい上手く嵌まったな」 美樹さやかと暁美ほむらは偽のまどかに釣り上げられた。 間桐雁夜はこちらと手を組み、暁美ほむらとの始末を受け持ってくれた。 金のキャスターは彼らに架空の罪を擦り付けられ、悪魔のバーサーカーの脅威が迫る。 この舞台は彼らの脚本通りに回り続けている。 「けど良かったのかよ、パウルマンとアンゼルムス、シルベストリにクピディアーだったか? 一点物の奴らがかなりやられちまったが」 「元々戦闘型のサーヴァント相手じゃ時間稼ぎが関の山な奴らさ。アサシンやキャスター、アーチャーみたいな直接戦闘がそこまで得意じゃない奴ら相手ならそれなりに期待はできるけど、アサシンはもう全滅してるし、もう一人のキャスターに至っては普通の人形でもなんとか出来そうだしね。気にしない気にしない」 任を全うして破壊された人形達に哀悼も悔恨も賞賛も浮かべない。 銀のキャスターにとって自身が作り出した人形達など代わりの効く消耗品以外の何物でもないのだ。 おどけてみせる自分のサーヴァントに改めて善吉は不快感を覚える。 「そうそう、そういえばマスターも上手くやったじゃないか。"同情じゃなくて同調"だっけ? 同じ考え、似たもの同士って偽って相手を騙したのは僕もやった事あるけどさ。なかなか堂に入った演技だったじゃないか」 キャスターが先の雁夜と善吉の会話を持ち出す。 にたぁ、と普段の彼を知るものであれば目を疑うほどの悪辣な笑みを浮かべて、善吉が答える。 「そりゃそうだ。サハラの時のだろ? 俺だってお前の記憶を転送<<ダウンロード>>してるんだ。これくらい訳ないぜ」 キャスターがその笑みを濃くする。 それは善吉の中にいるキャスターの侵食が進んでいる事を確信してか。 「何としても暁美ほむらには消えてもらわなきゃいけないからね、白髪のバーサーカー君には期待しておこうか」 「そうだな、俺にもお前にも、あいつの存在は邪魔すぎる」 カツ、カツと廊下を部屋に向かって歩いてくる音が聞こえる。 二人が揃って入り口を見ると、そこには暁美ほむらの姿。 正確には暁美ほむらに変装した、アプ・チャーの姿があった。 「よう、帰ってきたか」 「お帰りアプ・チャー、帰ってきたところで悪いけどもう一仕事だ。一緒に来てもらうよ」 「また悪巧みか?」 善吉の問いに、キャスターがよりいっそう人の悪い笑みを浮かべる。 「まあね、釣り出しちゃった彼女達には悪いことしちゃったからさ、今度は本物のまどかちゃんに会わせてあげようかなって。 誰だって偽物よりも本物の方がいいだろう?」 その両手で顔を捏ね回し始めながら、愉しそうにキャスターが答える。 本物に会わせる。 その言葉だけで、善吉は次に自身のサーヴァントが起こすアクションを察する。 「誘拐か、できるのか?」 「ほむらちゃんを使えばあの子を誘い出すのは簡単だと思うよ。 ……変にのっぺりしてて真似しづらいなぁ、あいつの顔」 次第にキャスターの顔が別の誰かに変わっていく。 顔に刻まれたシワが無くなっていき、精悍な成人男性の顔へと変わっていく。 直接の面識はなかった筈だが、どこかで見た顔だと善吉は気づく。 「まあ駄目だった時は宝具を使うかもしれないから覚悟だけはしておいてよ。そうならないようには立ち回るつもりだけど。 ……うんうん、こんな感じかな。ランサーといい特徴的な顔つきの奴が多くて困るよまったく」 キャスターの整形が終了し、そこで漸く善吉もその顔を思い出す。 夕方、金のキャスターの追撃戦でたまたま遭遇した男。 その時は警官の制服を着ていた為、そこまで顔に注意がいかず思い出せなかったが、キャスターが完璧な変装を終えた今ならわかる。 「アーチャーのマスターか」 「ご名答、同盟相手にお友だち、あのライダーも頭は良さそうに見えないからさ 、上手く騙されてくれると思うよ?」 ニッ、とタダノを模した鉄面皮を喜悦に歪ませる。 どこで調達したのか、人形が持ってきた警官の衣装にキャスターが着替えを始める。 「俺はどうすればいい?」 「万が一があっても困るからここにいていいよ。護衛の人形はおいておくし、今回は結構魔力も使うかもしれないからね、栄養ドリンクでも飲みながら観戦しててよ」 人形に命じて買ってこさせていたのだろう。キャスターが指差す先にはビニール袋に包まれた大量の栄養ドリンクが置かれている。 これだけの量があれば、多少無茶な魔力の使い方をしても疲弊こそすれ、命を落とすことはないだろう。 「ああ、あとね、もし僕の留守中に誰かが遊びに来たとき様に」 パチリとキャスターが指をならすと暗がりの奥からもう一人のキャスターが姿を現した。 まったくの瓜二つ、その顔に浮かぶ悪意に満ちた笑みまで寸分違わぬ作りだった。 「これはお前か?」 「そう、良くできてるでしょ。自爆人形って類いの自動人形でね、ちょっとの刺激でボン!と大爆発。一点物の奴らに時間をかけてたせいで1体しか拵えられなかったから使いどころはよーく考えてくれよ?」 「という訳さ、僕を有効活用してくれるよう頼むぜマスター」 ステレオで喋るキャスターに善吉が鼻じらむ。 デコイを兼ねた自身の監視役なのだろう、と当りをつけるが、その思考はおくびにも出さないでおいた。 「それじゃあ留守は任せたよマスター。吉報を期待して待っててね」 警官の制服を着こんだキャスターがアプ・チャーを伴い廊下へと消える。 足音が消えたことを確認し、善吉が自爆人形に下がるよう伝えると、自爆人形はあっさりと引き下がり闇のなかへと消えていく。 もっとも、どこかで人知れず監視を行うのだろうと思考しながらも、善吉は座椅子に崩れるように座り、漸く一息をついた。 (状況は依然として最悪、一応通達までは乗りきって6時間は猶予が出来た訳だから、ここでキャスターの奴が退場してくれたら一番なんだけどな) いっそ今キャスターが向かっている病院にいるマスターに情報を流してやろうかとも思ったがやめる。 自動人形を使って伝達するのは論外であるし、自動人形以外の手段を使うにしても監視の目を潜り抜ける自身はない。 今はただ、金のキャスターが銀のキャスターよりも早くに脱落しない事を願うばかりである。 (流石にバーサーカーに加えてセイバーにまで来られたらもう目はないだろうからな、頼むぜ白髪のバーサーカーのマスターさん) 銀のキャスターの真名も手の内も知り、また金のキャスターの殺害にも意欲を見せているほむらの存在は善吉にとってもっとも邪魔な存在だ。 うまく脱落してくれるよう、モニターに映る間桐雁夜に望みを託す。 (ようやく手を組めた相手な訳だしな。できれば約束した同盟の終了まで、一緒に戦ってくれる事を願ってるぜ) 雁夜を見る善吉の瞳に悪意の光はない。 キャスターは交渉の際に転送で得た知見と演技力を利用して善吉が雁夜を協力的にさせるように仕向けたと考えているが、真実は異なる。 雁夜との交渉で善吉が言ったことは全て善吉の本心だ。 100年を優に越す年月の中、しろがね達を欺き続けた話術と演技力を用いれば雁夜をその気にさせる事など造作もないだろう。 だが、善吉はその技術に頼ることを良しとしなかった。 よりキャスターに近づくのではという恐れもある。 だがそれ以上に誰かと触れ合うのであれば、人吉善吉として接そうという強い意志があった。 流石に暁美ほむらがキャスターの元マスターで、今はキャスターに裏切られてセイバーのマスターやってると言えば、裏切りを犯し、マスターを乗り換えたこちらの信頼が地に落ちるのでやむなく嘘をついたが、それ以外は全てが本音でのやり取りだ。 (にしてもなれない表情なんて作るもんじゃねえな) キャスターから妙な勘繰りを避けるために、とびっきり底意地の悪い笑顔を作りあげ、自身の本音を雁夜をうまく丸め込む為の方便と思い込ませる。 キャスターが才賀勝という少年にやり込められた記憶を元に演じてみたが、欲視力でキャスターの視点を盗み見た限りでは、善吉の演技に対する疑念らしき感情は見られなかった。 とりあえずは、そうそうバレる事もないだろう。と人心地をつく。 キャスターは己が主の人となりを知らない。正確にはいずれ自分になる以上、知る必要はないと考えている。 もしも、善吉という人間を理解していたのであれば、雁夜とのやり取りが演技などではなく、本心からのやり取りである可能性に気付いていただろう。 だからこそ善吉がつけ入る隙がある。 侵食が進んでいると見せかければ、猶予が無くなってきたキャスターは遠からず善吉よりも他の主従へと注意を向けはじめる筈だ。 その時が来るまでひたすらに堪え忍ぶ。 (そろそろ、あいつらに対してもどうするか決めねえとな) 夜科アゲハ。 朽木ルキア。 昼に行動を共にした彼らも通達を受けてまた動きを見せはじめるだろう。 善吉は聖杯戦争の勝利を望んでいる。 それでも、苦しいときに力を貸してくれた二人の恩人をこのキャスターの毒牙にだけはかけたくないという思いがあった。 座ったまま天井を仰ぎ、息を吐く。 孤独な戦いの行き先はまだ見えそうにない。 【B-6/遊園地/二日目・夜】 【キャスター(フェイスレス)@からくりサーカス】 [状態]魔力充填(小)、タダノヒトナリの顔と警官の制服 [装備]特筆事項無し [道具]特筆事項無し [思考・状況] 基本:聖杯を手に入れる。 1:アプ・チャーを使って鹿目まどかを拉致し、暁美ほむらと美樹さやかに対する切り札にする。 2:アポリオンを巡らせ、キャスターと鹿目まどかの動きに目を配る。 3:まどか人形で美樹さやかを釣り出し、キャスター(食蜂操折)と潰し合わせる 4:バーサーカー(一方通行)を利用して暁美ほむらを始末してもらう 5:もし陣地を訪れる者がいた場合、自身を模した自爆人形で吹き飛ばす。 6:善吉に強い警戒心。裏切られる前に何か手を打つ。少し侵食が強まってきたかな? [備考] ※B-6に位置する遊園地を陣地としました。 ※冬木市の各地にアポリオンが飛んでいます。 ※映像越しにサーヴァントのステータスを確認するのは通常の映像ではできないと考えています。 ※ほむらから伝聞で明とルフィのステータスを聞いています。明についてはある程度正確に、ルフィについては嘘のものを認識しています。 ※バーサーカー(不動明)を己の目で確認しました。 ※暁美ほむらは何か隠し事をしていると疑っています。 ※美樹さやかと暁美ほむらの関係を知りたがっています。 ※ピンク髪の少女と暁美ほむらには繋がりがあると確信しています。 →アプ・チャーの報告から親しいものと認識。 ※ランサー(慶次)と交戦しました。 ※セイバー(流子)、アーチャー(モリガン)を確認しました。 ※ほむらとの契約を破棄、善吉と契約しました。ほむらは死んだと思っています。 ※善吉の精神が乗っ取れなかった事に対して、何らかの要因で生命の水による侵食が阻害されている事が原因であると推察しています。 ※流子、慶次の真名を知りました。 ※バーサーカー(一方通行)にアポリオンが破壊されたことを確認、強く警戒。 ※バーサーカー(明)は真性悪魔に近い存在と推察。悪魔という存在と、なによりデモンであるため警戒。 ※流子の来歴から人形遣いの天敵になるのでは、と警戒。 【人吉善吉@めだかボックス】 [状態]軽度のしろがね化 [令呪]残り二画 [装備]箱庭学園生徒会制服 [道具]ゲコ太の描かれた箸、銃人形のリボルバー(6/6) [思考・状況] 基本行動方針:キャスター(操祈)とキャスター(フェイスレス)を討伐し、最後には優勝する 1.瞬くは様子見。モニター越しに戦況の確認 2.アゲハ達にどう接するべきか…… 3.キャスター(操祈)が討伐される前にフェイスレスをどうにかして脱落させたい [備考] ※アッシュフォード学園生徒会での役職は庶務です。 ※相手を殺さなくても聖杯戦争を勝ち抜けると思っています。 ※屋上の挑発に気づきました。 ※学園内に他のマスターが居ると認識しています。 ※紅月カレンを確認しました。 ※キャスター(操祈)を確認しました。 →加えて操祈の宝具により『食蜂操祈』および『垣根帝督』を認識、記憶できません。効果としては上条当麻が食蜂操祈のことを認識できないのに近いです。これ以上の措置は施されていません。この効果は未だ続いています。 ※セイバー(リンク)を確認しました。 ※朽木ルキア、ランサー(前田慶次)を確認しました。 ※ライダー(ルフィ)を確認しました。 ※フェイスレスと再契約しました。 ※フェイスレスの血液を飲んだことでしろがね化が進行、記憶や知識も獲得しています。 ※『とある科学の心理掌握(メンタルアウト)』による操作と『欲視力』により得た他者認識力により、フェイスレスの乗っ取りに抵抗しています。現状精神は乗っ取られていませんが、キャスター(操祈)が脱落し、宝具の効果が消滅した場合は精神が乗っ取られる確率が極めて高くなります。 [共通備考] ※バーサーカー(一方通行)陣営と残り主従が6騎になるまで同盟を結びました。 『皆様、お楽しみ頂いておりますでしょうか?』 『夜の帳はすっかりと降りてしまいましたが、舞台では新たな幕があがったようでございます』 『第一幕は超常の能力を扱う少年少女達の追跡劇』 『第二幕は巨人や化け物、闇の住人達による血の狂宴』 『そしてこれより始まりました第三幕は、魔法少女と魔術師達が絡繰り仕掛けの舞台にて奏でる狂想曲にございます』 『思惑と願いが錯綜する舞台の行く末は語り部たる私にもまだ知る由はございません』 『運命という地獄の機械に翻弄されし彼ら彼女らの結末は、どうぞご自身の目でお見届けくださいませ』 『それでは改めて第三幕、"魔法少女達の夜"』 『開演に、ございまぁす』 ---- |BACK||NEXT| |057:[[翼をください]]|[[投下順>本編SS目次・投下順]]|059:[[心波のトランス]]| |057:[[翼をください]]|[[時系列順>本編SS目次・時系列順]]|059:[[心波のトランス]]| |BACK|登場キャラ|NEXT| |052:[[Surgam identidem]]|[[暁美ほむら]]&セイバー([[リンク]])|059:[[心波のトランス]]| |054:[[MEMORIA]]|[[間桐雁夜]]&バーサ―カー([[一方通行]])|~| |~|[[美樹さやか]]&バーサーカー([[不動明]])|062:[[英雄たちの交響曲]]| |051:[[Masquerade]]|[[人吉善吉]]&キャスター([[フェイスレス]])|061:[[Dはまた必ず嵐を呼ぶ/嵐の中嬉しそうに帆を張った愚かなドリーマー]]|

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: