「負けたまんまじゃいられねぇ」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

負けたまんまじゃいられねぇ」(2015/04/05 (日) 22:12:25) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

***負けたまんまじゃいられねぇ◆BATn1hMhn2 「どうだ纏、紅月たちには追いつけそうか? ……ちくしょう、あのバイクは結構気に入ってたのによぉ」 「いーや、見失っちまった……街中を本気で走り回りゃあ見つけられるかもしれねーけど、元々あたしたちのモンでもねえだろ。  どうせあいつらとはまた会うことになるだろうしよ、それまで貸しときゃいいじゃねえか」 「それもそうだな。んじゃ一度こっちに戻ってきてくれ。纏も含めて三人で話したいことがある」 己のサーヴァントである纏流子との念話を終えた夜科アゲハは、彼の背後で立ちすくんでいるクラスメイト――人吉善吉のほうへと向き直った。 善吉の表情から察することが出来る彼の感情は、怒りと悔しさだった。 善吉が強く握りしめた拳が震えていることからも、それは間違いないだろう。 ならば、その感情の理由はなんだろうか。アゲハはその理由に薄々感づいている。 善吉は上空から落下してきた。軌道と勢いから予想すると、おそらく屋上から落ちてきたのだろう。 常識的に考えれば一般的な男子高校生が屋上から落下することなど、そうそうないことだ。 だが、もしも人吉善吉が一般的な男子高校生ではないとしたら? そう、例えば善吉がアゲハと同様に聖杯戦争に参加しているマスターだとするなら、あり得ない話ではない。 先ほど屋上から再び聞こえてきた戦闘音――善吉がそれに巻き込まれていたとすれば、辻褄は合う。 しかし、善吉が聖杯戦争のマスターだとすれば、彼には足りないものがある。 マスターを守護し、聖杯を勝ち取る力となる従者――サーヴァントが、ここにはいない。 霊体化し、魔力の消費を抑えるというサーヴァント運用の基本に従って姿を消しているのかとも考えたが、屋上から落下するような激しい戦闘に巻き込まれていながら姿を現していないのは不自然極まりない。 (それに、人吉の憔悴したこの様子――もしかしたら天戯弥勒が言っていた最初の脱落者っていうのは――) 「ようアゲハ、待たせたな。で、そいつは……お前の知り合いってことでいいんだな?」 アゲハの思考は流子の到着によって打ち切られる。 流子の問いに頷きを返したアゲハは、そのまま善吉の紹介をする。 「こいつは人吉善吉。俺のクラスメイトで――」 「そいつがお前のサーヴァントか……そうか、お前『も』マスターだったんだな、アゲハ」 ぽつりと善吉がこぼした言葉を聞いて、アゲハも流子も固まった。 今、流子は実体化しており、誰の目にも見える存在になっている。 だが、一目見ただけで流子がサーヴァントで、アゲハがマスターであるということまで見抜けるのは、同じく聖杯戦争に与する者以外あり得ない。 善吉は今確かに、お前『も』と言ったのだ。つまり、善吉もまたマスターであるということだ。 流子は即座に己の獲物である片太刀バサミを取り出し戦闘態勢に移行。 周囲にいるはずのサーヴァントの襲撃に備える。 しかし、血気盛んに逸る流子を諫めたのはアゲハだった。 「待ってくれ、纏。……きっともう、人吉はマスターじゃねぇよ」 「あぁ!? どういうことだよアゲハ」 流子が戦闘態勢に入ったというのに未だに己のサーヴァントを呼ばない善吉の姿を見て、アゲハは己の推測が正解だったことを確信した。 先ほどの天戯弥勒の放送で脱落が通達されたアサシンのサーヴァント――恐らくそのマスターこそが、人吉善吉なのだろう。 「……アゲハの言うとおりだ。俺は自分のサーヴァントを殺しちまった――クソッタレのマスターだ」 「自分のサーヴァントを殺した? そりゃいったいどういうことだよ、人吉」 善吉は、自分がサーヴァントを殺すに至った過程を話した。 アサシンとしばらく離れている間に他のキャスターに洗脳されてしまったこと。 与えられた令呪を用い、己のサーヴァントに自害を命じてしまったこと。 今は亡きアサシンの仇を討つためにキャスターを討伐するつもりだが、キャスターによる洗脳の結果、キャスターやアサシンについての情報を思い出せなくなっていること。 「なるほどな。まったく、虫酸が走る話だぜ」 戦闘態勢を解いた流子も話に加わる。 流子は正々堂々とした、真正面からの戦いを好んでいる。 互いが全力を出して闘えるからこそ、その勝敗に意味が生まれるのだと考えている。 だからこそ、善吉から伝え聞くキャスターの戦法は好きになれない。 これが戦争であり、ルール無用のデスマッチだということは理解している。 しかしそれでも、こそこそと卑怯な真似をするキャスターは流子にとって許せない存在だ。 「なぁアゲハ、コイツがキャスターを倒したいってんなら手伝ってやればいいじゃねえか。  話を聞く限りじゃ随分といけ好かないやつみたいだしよ、どちらにしろあたしたちの敵になる可能性も高い。だろ?」 流子の言う通りである。 アゲハたちの目的は聖杯ではなく、天戯弥勒の真意を問い質し、それが悪であるならば天戯弥勒ごと叩きのめすというもの。 しかし天戯弥勒に接触する具体的な方法が見つからないために、聖杯戦争を勝ち抜くことで天戯弥勒に近づこうとしていたのだ。 ならば天戯弥勒だけではなく、他の陣営の動きにも注意を払っておくべきである。 キャスター陣営が早くも戦争を仕掛けてきているのは明らかだ。 いずれ他の陣営と接触し、戦闘になる可能性も高い。 キャスターの持つ洗脳能力と、令呪というシステムの組み合わせは強力だ。 何の対策もしていなければ出会った瞬間にサーヴァントを殺され、一方的な展開になってしまうことだろう。 出来ることならば早期に決着をつけておきたい相手でもある。 だがアゲハは、すぐに頷くことが出来なかった。 「人吉の気持ちもよく分かる。俺だって人吉の立場だったらそうしてただろうしな。  だけどよ、人吉をこれ以上戦いに巻き込むわけにはいかねぇだろ。  持ってるだろ、赤いテレホンカード。……それを使えば元の世界に戻れる。  帰れよ、人吉。お前の世界に……お前の帰りを待ってる人たちのところに」 聖杯戦争は命の奪い合いでもある。今回はアサシンだけが殺され、マスターである善吉は生き延びることが出来た。 だが、この幸運がいつまでも続くとは限らない。この世界にはキャスターの他にも殺し合いを厭わない者が多く存在している。 サーヴァントという戦闘力を持たないマスターが、殺意に満ちた他の陣営を相手にして生き残る可能性は、極めて低いと言わざるを得ない。 アゲハが確認しているだけでもこの学園の周辺にはセイバー、ランサー、キャスターの陣営がいるのだ。 さらに昼休みに起きた一連の騒動は、他のマスターが聞きつければ聖杯戦争に関連したものだとすぐに気付くはず。 情報を得るため、漁夫の利をさらうために学園に近づいてくる陣営は増えるはずだ。 これだけ危険度が高いところに、善吉を置いておくわけにはいかなかった。 しかし、善吉も生半可な覚悟でキャスターの討伐に挑んでいるわけではない。 今はもう名前すら思い出せないアサシン――彼の最期の叫びは、今も善吉の耳に残っている。 彼の無念を晴らすためにも、ここは退けない場面だった。 それに、なにより、善吉にだって聖杯を求めた理由はあるのだから。 「悪いけどよ、アゲハ――俺にだって諦められない理由はあるんだ。  どうやらお前は俺なんかよりここの事情に詳しいみたいだな。  そういや、一番最初に天戯弥勒ってやつに集められたとき、あいつの名前を叫んでたのはお前だった。  どこかで聞いたことがある声だとは思ってたんだ――ああ、そうか、お前は物語の始まり――オープニングから誰よりも目立ってた『主人公』ってわけか。  それに比べりゃ俺は一番最初の脱落者、サブキャラの中でも一番地味なポジションだろうよ。  バトルロワイアルなら天堂真弓、仮面ライダー龍騎ならシザースだ。  だけどよ、だけど……カッ、こんなの俺というより球磨川先輩が言いそうなことだけどな――」 「『主人公』じゃなくたって、『主役』じゃなくたって。  『普通(ノーマル)』にだって格好つけたいときはある、やらなきゃいけないときがある!  俺の帰りを待ってる奴らに、おめおめと泣き顔晒すわけにはいかねぇだろうがよ!  ちっぽけな意地とプライドまで捨てちまうわけにはいかねえんだ。  だって俺は……俺は、めだかちゃんに見合う男にならなきゃいけないんだから」 善吉の願いは一貫している。 この聖杯戦争に呼ばれる以前、箱庭学園に入学する以前、そう、黒神めだかに初めて出会ったあの日からずっと。 善吉は、彼女の背中を追い続けてきた。彼女の助けになろうと生きてきた。 そして、少しだけ彼女よりも前を進んでみたいと思ったのだ。黒神めだかという存在を引っ張ってやりたくなったのだ。 彼女が道を間違えそうなら、自分が正しい道まで抱き戻してやる。 そのための聖杯だ。そのための聖杯戦争だ。だが――その道は、絶たれようとしている。 「分かってるのか。どちらにしろ、サーヴァントを失ったお前は六時間以内に元の世界に帰る必要があるんだぞ。  キャスターに拘れば、失う必要のない命まで落とすかもしれないんだぜ」 自らのサーヴァントを失ったマスターは、六時間以内に赤いテレホンカードを用いて元の世界に帰還しなければならない。 そうしない場合、マスターの身体は灰へと変わり、聖杯へ至る道の礎となるのだ。 善吉がサーヴァントを失ってから、既に一時間弱が過ぎている。善吉に残された時間は五時間ほど。 たったそれだけの短い時間にキャスターを討伐し、公衆電話に赤いテレホンカードを挿し込み元の世界へ帰る。 一度は完膚無きまでに敗北した相手だ。相手の圧倒的な能力の全容さえ掴めておらず、具体的な対抗策はまったく思い浮かんでいない。 そんな相手に再び挑むというだけで自殺行為だというのに、時間制限まで設けられている。絶望という二字が相応しい状況だ。 今すぐに帰るなら天国。なおも残るというのなら地獄。 百人に選ばせても誰一人として後者を選ぶことはないだろう。 だが――善吉は、後者を選ぶと即答する人物を知っている。 世界に住む七十億人のうち、六十九億九千九百九十九万九千九百九十九人が天国を望んだとしても、たった一人だけ地獄を選ぶ人間がいる。 それが黒神めだかだ。だから善吉は、地獄を選ぶ二人目になる。 「御忠告ありがたいけどよ、俺はもう決めたんだ。誰が何と言おうと、これだけは曲げられねぇな」 「そうか――なら、しょうがねぇな」 善吉の固い意志を前に、アゲハは嘆息した。どうやら人吉善吉は相当な頑固者なようだ。 いくらアゲハが言葉を重ねたところで、善吉の決心が揺らぐことはないだろう。 だから―― 「――暴王(メルゼズ)」 アゲハは、言葉ではなく力で善吉をねじ伏せることを選んだ。 アゲハの周囲にPSIの力が変化した暴力の渦が発生し、善吉へと照準を合わせる。 宙に浮かぶ黒球は、一つ一つは野球ボールほどの大きさしかない。 だがその球体に秘められた力は触れたもの全てを喰い荒らす嵐に喩えられるほど強大である。 特殊な防御策を持たない善吉のような一般人が暴王の顎に喰われれば無事ではすまないどころか、命すら落としかねない。 「おい、アゲハ! 何のつもりだよ!」 「黙ってろ纏。言って分からない奴にはこうするしかねぇだろ。  安心しろ、命までは取らねーよ。だが手足の一本や二本は覚悟してもらおうか、人吉」 流子の制止を無視して、アゲハは善吉を睨みつける。 元々アゲハは武闘派だ。言葉を用いての説得は得意ではない。 それよりも、拳という共通言語のほうがよほど分かりやすいと考えている。 「それにしたってそいつはやりすぎだろうが!」 「いいや、大丈夫だぜサーヴァントさん。どうやらアゲハは、そいつを俺にブチ当てる気なんてさらさらなさそうだからな」 「ただの威嚇だと思ってるのか? 俺は本気だぞ」 「本気じゃないさ。生憎だが、お前ほどじゃないにしろ俺にも能力があってな――お前のことはよーく『見えてる』ぜ、アゲハ」 『欲視力(パラサイトシーイング)』――それが善吉が持つ異能の力だ。 善吉はこの能力によって、他人の視界を見ることが出来る。 目は口ほどに物を言うという言葉の通り、人の目には多くの情報が詰まっている。 視線や視界は、思考と密接に関連している。人の視界を覗き見ることによって、人の思考を推測、予測することも可能になるのだ。 善吉はアゲハの視界を覗いた。そこからは善吉を傷つけようとする意志はまったく見受けられなかった。 つまりアゲハが暴王を見せつけたのは、善吉の決心を挫くためのブラフに他ならない。 「カッ、そんな見え透いた嘘で俺を騙せると思ってたのかよ?  こっちは毎日のように大嘘つきの先輩と、何考えてるのか分からない親友と、嘘か本気か分からない大言壮語を吐く幼なじみに付き合わされてるんだ。  いまさらお前のハッタリなんて効くわけないだろ」 これまでキャスターや朽木ルキア、ランサーに好き放題やられてきて溜まっていた鬱憤を、善吉はここぞとばかりに吐き出した。 やれアゲハは単純でやることが分かりやすいだの、目つきが悪すぎて不良にしか見えなかったぜだのとぺらぺらとまくしたてる。 「お前がトイレに行ったきり帰ってこないからよっぽどデカいのが溜まってたのか心配だったんだぜ!」 あまりに気持ちよく調子よくしゃべり散らしていた善吉は、アゲハの変化を見逃してしまっていた。 ――夜科アゲハは、キレやすい現代の若者なのだ。 「……暴王の流星(メルゼズ・ランス)ッ!」 善吉に向かって一直線に放たれた黒球の矢は、善吉のわずかに横を掠めるだけにとどまった。 しかし善吉が反射的に身をよじっていなければ、間違いなく直撃していたことだろう。 「えっ、ちょっ、洒落にならねぇだろそれはっ!?」 「”屋上”へ行こうぜ……久しぶりに”キレ”ちまったよ……」 「俺はさっきそこから落ちてきたばっかりなんだけど……おわぁっ!」 暴王の流星の二撃目もまた、善吉を狙っていた。 しかし欲視力によって事前に攻撃を察知していた善吉は、余裕を持って回避をこなす。 「ったく……! アゲハぁ! ケンカはいいが、もうそれを使うのはやめとけよ!  ――男の喧嘩はステゴロってのが決まりだろ!」 「よっしゃ! こいつは俺と人吉の喧嘩だからな! お前はそこで黙って見とけ!」 流子ももはやアゲハと善吉の争いを止めるつもりはなさそうだ。 これは戦闘ではなく喧嘩だ。喧嘩慣れしたアゲハならこれにPYI能力を使うようなやり過ぎな真似はしないだろう。 一度キレてしまったなら、さっさと発散させてしまったほうがいい。 特に今回は、アゲハをキレさせた善吉にも責任がある。 「……しっかし男ってのは、どうしてこう単純なのかねぇ」 「流子を見ていると女もそう変わらないように見えるがな」 「あたしのこたぁいいだろ別に! ……って鮮血、起きてたのかよ」 「うむ。私がいると場が混乱すると思って黙っていた」 「はぁ……そうかい」 「それとだな、流子。男は、単純なだけではない」 「ん?」 「男は胸の内に様々なものを抱えているものだ。単純なようでいて、その奥は複雑。  ……あの二人にも、溜めこんでいるものがあるのだろうよ」 鮮血の視線の先で、アゲハと善吉は拳を交えていた。二人の攻防はほぼ互角。 アゲハの戦闘スタイルは喧嘩殺法。年がら年中喧嘩にあけくれ、我流で鍛え上げたもの。 それに加えPYI能力を肉体強化に用いることで身体能力は大きく底上げされている。 勿論暴王の破壊力とは比べるまでもないが、一撃は重く、直撃すれば一発でダウンしかねない。 それだけの威力を秘めた拳が、目にも止まらぬほどの拳速で迫ってくるのだ。 対する善吉は、日々の鍛錬は欠かしていないものの身体能力は一般人の域を大きくは超えず、単純な力比べならアゲハには劣っている。 しかし善吉は正規の格闘術を多く学び、自分のものにしている。一つ一つの技のキレならアゲハを圧倒していた。 欲視力による先読みもあり、パワーとスピードに勝るアゲハに対して、手数と初動の速さで対抗している。 「なかなかやるじゃねぇか!」 「お前もな!」 己が非力であるということを自覚している善吉が、少しでも強くなるために選んだのがサバットという格闘技だ。 拳撃の三倍の威力を持つと言われている蹴撃をメインに立ち回ることで、パワーの差を埋めることが可能だ。 善吉の繰り出した蹴りが、アゲハの身体を捉えた。足先から返ってくる感触が、善吉に直撃を知らせる。 だが――アゲハは、善吉の蹴りを物ともせずに猪突。 PYIにより防御力を上げているアゲハは、生半可な攻撃をいくら当てられたところで止まらない。 「そんなもんかよ人吉ィ! 力もない……サーヴァントもいない!  それで戦おうだなんて自殺行為だってことは自分でも分かってるんじゃねぇのか!?」 「そんなもん、テメェに今さら言われなくても分かってるさ!  だけどよ……理屈じゃどうしようもねぇことがあるだろうが!  だいたい何なんだよ、テメェのその上から目線は!  俺の心配してくれるのはありがたいけどやりすぎだっつーの! お前は俺の母さんか!」 「きもちわりぃこと言うなよ! 仮に俺に息子がいたとしても、そんなクソだせぇファッションセンスには絶対しねえからな!」 「なっ……! このデビルかっけぇセンスがわからねぇのかよ!」 「わからねぇよ!」 アゲハの拳が宙を切り裂いた。欲視力によってタイミングを読んでいた善吉は身を翻してこれを回避。 しかしアゲハの攻撃は、そこで終わりではなかった。 殴りつける勢いをそのまま回転の力に変え、後ろ回し蹴りを放つ。 たとえ欲視力で先が見えていたとしても、善吉の反応速度を超える攻撃がくれば回避することは出来ない――アゲハの蹴りは、善吉の脇腹に突き刺さった。 「ぐぅっ……!」 痛みに耐えかね、善吉は呼吸を乱した。結果的に生じた隙を見逃さずアゲハは追撃を繰り出す。 顔面への右フック。腹部への膝蹴り。痛烈な二撃を受けた善吉はその場へ崩れ落ちる。 「終わりだな」 「終わりじゃ……ねぇよ……ッ!」 「『終わり』なんだよ。もし俺が他の陣営のサーヴァントだったら、今のでお前は死んでたんだぞ。  ……後の始末は俺たちに任せとけ。  お前は元々、天戯弥勒や聖杯とは何の関係もない人間なんだろ。ここで死ぬような危険に晒させるわけには……」 「そこまで聞いちまったら、もう無関係じゃいられねえだろうがよ……!  よぉアゲハ。お前は元の世界でも、たった一人で天戯弥勒と戦ってたのか? 違うだろ?  俺にはよーく『見えてる』んだ――お前は誰かと一緒に戦って、強くなってきた奴なんだろう?」 善吉の指摘は当たっている。夜科アゲハはかつての天戯弥勒との戦いを多くの仲間と共に乗り越えてきた。 だが――今ここに、アゲハの仲間たちは誰一人として呼ばれていない。 それがアゲハの精神を追い込んでいた。ここでアゲハは、一人で戦わなければいけないのだと。 この聖杯戦争は、アゲハが一人で天戯弥勒と戦う物語なのだと、思いこんでしまっていた。 だからこそ善吉がこの世界に残ることに必要以上に拒否反応を示してしまったのだ。 善吉がここに残ると決めたのならばアゲハにそれを否定する権利などない――そのことを心の奥では知っていながらも、認めることが出来なかった。 「……無関係じゃねぇか。俺とお前は今日会ったばかりなんだぞ! 赤の他人もいいところだ!」 かつての天戯弥勒との戦いでは、多くの人たちが傷ついていった。 アゲハの仲間も、敵も、その他大勢の民間人たちも、傷つき、そして時には命を落としていった。 アゲハはもう、誰かが傷つくところを見たくはなかった。 自分はいくら傷ついてもかまわない。 だが、他の誰かが傷つけられるのは自分が傷つけられる以上に痛く、苦しかった。 「全部……終わったんだと思ってた! もう誰も傷つく必要なんてないんだと思った!  だけどまだ、終わってなかったんだ。だったらよ……俺がやるしかないだろうが」 「……俺はな、そうやって一人でなんでもやろうとしちまう人間をよーく知ってるぜ。  そいつは本当に一人でなんでも出来たんだ。他の誰かに手伝わせるよりそいつが一人でやるほうが間違いがなかった。正しかった。  だけどよ、その正しさは……あいつを縛りつける鎖になった。俺はずっとあいつを見てきたっていうのに、そのことにずっと気付かなかったんだ。  だから……アゲハ。お前のことも、もう見逃せねぇよ。無関係だなんて言うんじゃねーよ。  隣の席だろ! 社会の教科書見せてやっただろ! それじゃ足りねーのかよ!」 アゲハは何も言い返せなかった。 善吉の言っていることは間違っていない――認めるしかなかった。 諦めたように、アゲハは笑みを浮かべた。 「カッ、ようやく自分の頭の固さが分かったかよ、アゲハ」 「どうやら人吉のほうが俺より頑固者だったみたいだな」 倒れ込んだままの善吉に、アゲハが手を差し伸べる。 善吉がそれを握り返し、アゲハが引っ張り上げる。 その様子をじっと見ていた流子は一言呟いた。 「……やっぱり男ってのは、単純な生き物じゃねーか」 そう言う流子の顔にも笑みがこぼれていたのは言うまでもない。  ◆ そして三人は頭を寄せていた。キャスターに対抗する策を考えるためだ。 誰が言い出したのか定かではないが、有力な案が一つ浮かんでいる。 「要するに、キャスターってことは魔術なんだろ? なら対魔力を持っている流子には効果が薄いんじゃねーか?」 「となると、危ないのはアゲハと善吉ってことだな。特に危ないのはアゲハだ。  アゲハが操られて令呪を使えばあたしまで好き勝手にやられちまう」 「ならよ……」 提案されたのはコンビシャッフル。 キャスターと出会ったときにもっとも被害の拡大が予想されるアゲハは直接キャスター討伐には出向かず、善吉と流子の二人がキャスターを追う――というものだ。 これならばキャスターの能力の被害は最小限に抑えられるはず。 仮に善吉が操られることになっても、サーヴァントである流子ならば問題なく鎮圧可能だ。 キャスターとセイバーが直接対峙する状況を作れるなら、対魔力スキルを有するセイバーが圧倒的に有利。 「そんなこそこそとした戦法しか使わないやつなら、あたしが真っ正面から叩き斬ってやるさ」 「人吉と流子がキャスターと戦っている間に、俺は周囲の探索ついでに公衆電話を探しておこう。  どうやら学校の中には公衆電話はないみたいだからな。善吉の気が済んだらすぐに帰れるように準備しといてやるよ」 「そいつはありがたいぜ。俺に残された時間は――あと、四時間ってところか」 そして四時間後には、学園の下校時刻になる。キャスターのマスターの正体も不明だが、おそらく学園の関係者――生徒か教師だろう。 下校時刻までは学園の中にいる可能性が高いが、それを過ぎてしまえば所在は分からなくなってしまう。 タイムリミットは四時間後。 学園に巣食うキャスターを討伐せよ――! 【C-2/アッシュフォード学園敷地内/1日目 午後】 【人吉善吉@めだかボックス】 [状態]健康 [令呪]残り二画 [装備]箱庭学園生徒会制服、男爵風のおヒゲ(油性) [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:キャスターを討伐し、アサシンの仇を取る 1.流子と共にキャスターを捜索、討伐する [備考] ※アッシュフォード学園生徒会での役職は庶務です。 ※相手を殺さなくても聖杯戦争を勝ち抜けると思っています。 ※屋上の挑発に気づきました。 ※学園内に他のマスターが居ると認識しています。 ※紅月カレンを確認しました。 ※キャスター(食蜂操祈)を確認しました。 →加えて食蜂操祈の宝具により『食蜂操祈』および『垣根帝督』を認識、記憶できません。効果としては上条当麻が食蜂操祈のことを認識できないのに近いです。これ以上の措置は施されていません。 ※セイバー(リンク)を確認しました。 ※朽木ルキア、ランサー(前田慶次)を確認しました。 ※サーヴァント消失を確認(一日目午前)これより六時間以内に帰還しない場合灰となります。 【夜科アゲハ@PSYREN-サイレン-】 [状態]魔力(PSI)消費(中) [装備]なし [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜く中で天戯弥勒の元へ辿り着く。 1.学園の周辺を探索(公衆電話を優先) 2.何かあれば流子と念話で連絡 [備考] ※セイバー(リンク)を確認しました。 ※ランサー(前田慶次)を確認しました。 【セイバー(纒流子)@キルラキル】 [状態]魔力消費(中)疲労(中)背中に打撲 [装備]片太刀バサミ [道具] [思考・状況] 基本行動方針:アゲハと一緒に天戯弥勒の元へ辿り着く。 1.善吉と共にキャスターを捜索、討伐する 2.何かあればアゲハと念話で連絡 [備考] ※間桐雁夜と会話をしましたが彼がマスターだと気付いていません。 ※セイバー(リンク)を確認しました。 ※ランサー(前田慶次)を確認しました。 ※乗ってきたバイクは学園近くの茂みに隠してありましたが紅月カレン&セイバー(リンク)にとられました。 ---- |BACK||NEXT| |039:[[わが臈たし悪の華]]|[[投下順>本編SS目次・投下順]]|041:[[機械仕掛けの運命―回る歯車―]]| |039:[[わが臈たし悪の華]]|[[時系列順>本編SS目次・時系列順]]|041:[[機械仕掛けの運命―回る歯車―]]| |BACK|登場キャラ|NEXT| |039:[[わが臈たし悪の華]]|[[人吉善吉]]|043:[[裏切りの夕焼け]]| |039:[[わが臈たし悪の華]]|[[夜科アゲハ]]&セイバー([[纒流子]])|043:[[裏切りの夕焼け]]|
***負けたまんまじゃいられねぇ◆BATn1hMhn2 「どうだ纏、紅月たちには追いつけそうか? ……ちくしょう、あのバイクは結構気に入ってたのによぉ」 「いーや、見失っちまった……街中を本気で走り回りゃあ見つけられるかもしれねーけど、元々あたしたちのモンでもねえだろ。  どうせあいつらとはまた会うことになるだろうしよ、それまで貸しときゃいいじゃねえか」 「それもそうだな。んじゃ一度こっちに戻ってきてくれ。纏も含めて三人で話したいことがある」 己のサーヴァントである纏流子との念話を終えた夜科アゲハは、彼の背後で立ちすくんでいるクラスメイト――人吉善吉のほうへと向き直った。 善吉の表情から察することが出来る彼の感情は、怒りと悔しさだった。 善吉が強く握りしめた拳が震えていることからも、それは間違いないだろう。 ならば、その感情の理由はなんだろうか。アゲハはその理由に薄々感づいている。 善吉は上空から落下してきた。軌道と勢いから予想すると、おそらく屋上から落ちてきたのだろう。 常識的に考えれば一般的な男子高校生が屋上から落下することなど、そうそうないことだ。 だが、もしも人吉善吉が一般的な男子高校生ではないとしたら? そう、例えば善吉がアゲハと同様に聖杯戦争に参加しているマスターだとするなら、あり得ない話ではない。 先ほど屋上から再び聞こえてきた戦闘音――善吉がそれに巻き込まれていたとすれば、辻褄は合う。 しかし、善吉が聖杯戦争のマスターだとすれば、彼には足りないものがある。 マスターを守護し、聖杯を勝ち取る力となる従者――サーヴァントが、ここにはいない。 霊体化し、魔力の消費を抑えるというサーヴァント運用の基本に従って姿を消しているのかとも考えたが、屋上から落下するような激しい戦闘に巻き込まれていながら姿を現していないのは不自然極まりない。 (それに、人吉の憔悴したこの様子――もしかしたら天戯弥勒が言っていた最初の脱落者っていうのは――) 「ようアゲハ、待たせたな。で、そいつは……お前の知り合いってことでいいんだな?」 アゲハの思考は流子の到着によって打ち切られる。 流子の問いに頷きを返したアゲハは、そのまま善吉の紹介をする。 「こいつは人吉善吉。俺のクラスメイトで――」 「そいつがお前のサーヴァントか……そうか、お前『も』マスターだったんだな、アゲハ」 ぽつりと善吉がこぼした言葉を聞いて、アゲハも流子も固まった。 今、流子は実体化しており、誰の目にも見える存在になっている。 だが、一目見ただけで流子がサーヴァントで、アゲハがマスターであるということまで見抜けるのは、同じく聖杯戦争に与する者以外あり得ない。 善吉は今確かに、お前『も』と言ったのだ。つまり、善吉もまたマスターであるということだ。 流子は即座に己の獲物である片太刀バサミを取り出し戦闘態勢に移行。 周囲にいるはずのサーヴァントの襲撃に備える。 しかし、血気盛んに逸る流子を諫めたのはアゲハだった。 「待ってくれ、纏。……きっともう、人吉はマスターじゃねぇよ」 「あぁ!? どういうことだよアゲハ」 流子が戦闘態勢に入ったというのに未だに己のサーヴァントを呼ばない善吉の姿を見て、アゲハは己の推測が正解だったことを確信した。 先ほどの天戯弥勒の放送で脱落が通達されたアサシンのサーヴァント――恐らくそのマスターこそが、人吉善吉なのだろう。 「……アゲハの言うとおりだ。俺は自分のサーヴァントを殺しちまった――クソッタレのマスターだ」 「自分のサーヴァントを殺した? そりゃいったいどういうことだよ、人吉」 善吉は、自分がサーヴァントを殺すに至った過程を話した。 アサシンとしばらく離れている間に他のキャスターに洗脳されてしまったこと。 与えられた令呪を用い、己のサーヴァントに自害を命じてしまったこと。 今は亡きアサシンの仇を討つためにキャスターを討伐するつもりだが、キャスターによる洗脳の結果、キャスターやアサシンについての情報を思い出せなくなっていること。 「なるほどな。まったく、虫酸が走る話だぜ」 戦闘態勢を解いた流子も話に加わる。 流子は正々堂々とした、真正面からの戦いを好んでいる。 互いが全力を出して闘えるからこそ、その勝敗に意味が生まれるのだと考えている。 だからこそ、善吉から伝え聞くキャスターの戦法は好きになれない。 これが戦争であり、ルール無用のデスマッチだということは理解している。 しかしそれでも、こそこそと卑怯な真似をするキャスターは流子にとって許せない存在だ。 「なぁアゲハ、コイツがキャスターを倒したいってんなら手伝ってやればいいじゃねえか。  話を聞く限りじゃ随分といけ好かないやつみたいだしよ、どちらにしろあたしたちの敵になる可能性も高い。だろ?」 流子の言う通りである。 アゲハたちの目的は聖杯ではなく、天戯弥勒の真意を問い質し、それが悪であるならば天戯弥勒ごと叩きのめすというもの。 しかし天戯弥勒に接触する具体的な方法が見つからないために、聖杯戦争を勝ち抜くことで天戯弥勒に近づこうとしていたのだ。 ならば天戯弥勒だけではなく、他の陣営の動きにも注意を払っておくべきである。 キャスター陣営が早くも戦争を仕掛けてきているのは明らかだ。 いずれ他の陣営と接触し、戦闘になる可能性も高い。 キャスターの持つ洗脳能力と、令呪というシステムの組み合わせは強力だ。 何の対策もしていなければ出会った瞬間にサーヴァントを殺され、一方的な展開になってしまうことだろう。 出来ることならば早期に決着をつけておきたい相手でもある。 だがアゲハは、すぐに頷くことが出来なかった。 「人吉の気持ちもよく分かる。俺だって人吉の立場だったらそうしてただろうしな。  だけどよ、人吉をこれ以上戦いに巻き込むわけにはいかねぇだろ。  持ってるだろ、赤いテレホンカード。……それを使えば元の世界に戻れる。  帰れよ、人吉。お前の世界に……お前の帰りを待ってる人たちのところに」 聖杯戦争は命の奪い合いでもある。今回はアサシンだけが殺され、マスターである善吉は生き延びることが出来た。 だが、この幸運がいつまでも続くとは限らない。この世界にはキャスターの他にも殺し合いを厭わない者が多く存在している。 サーヴァントという戦闘力を持たないマスターが、殺意に満ちた他の陣営を相手にして生き残る可能性は、極めて低いと言わざるを得ない。 アゲハが確認しているだけでもこの学園の周辺にはセイバー、ランサー、キャスターの陣営がいるのだ。 さらに昼休みに起きた一連の騒動は、他のマスターが聞きつければ聖杯戦争に関連したものだとすぐに気付くはず。 情報を得るため、漁夫の利をさらうために学園に近づいてくる陣営は増えるはずだ。 これだけ危険度が高いところに、善吉を置いておくわけにはいかなかった。 しかし、善吉も生半可な覚悟でキャスターの討伐に挑んでいるわけではない。 今はもう名前すら思い出せないアサシン――彼の最期の叫びは、今も善吉の耳に残っている。 彼の無念を晴らすためにも、ここは退けない場面だった。 それに、なにより、善吉にだって聖杯を求めた理由はあるのだから。 「悪いけどよ、アゲハ――俺にだって諦められない理由はあるんだ。  どうやらお前は俺なんかよりここの事情に詳しいみたいだな。  そういや、一番最初に天戯弥勒ってやつに集められたとき、あいつの名前を叫んでたのはお前だった。  どこかで聞いたことがある声だとは思ってたんだ――ああ、そうか、お前は物語の始まり――オープニングから誰よりも目立ってた『主人公』ってわけか。  それに比べりゃ俺は一番最初の脱落者、サブキャラの中でも一番地味なポジションだろうよ。  バトルロワイアルなら天堂真弓、仮面ライダー龍騎ならシザースだ。  だけどよ、だけど……カッ、こんなの俺というより球磨川先輩が言いそうなことだけどな――」 「『主人公』じゃなくたって、『主役』じゃなくたって。  『普通(ノーマル)』にだって格好つけたいときはある、やらなきゃいけないときがある!  俺の帰りを待ってる奴らに、おめおめと泣き顔晒すわけにはいかねぇだろうがよ!  ちっぽけな意地とプライドまで捨てちまうわけにはいかねえんだ。  だって俺は……俺は、めだかちゃんに見合う男にならなきゃいけないんだから」 善吉の願いは一貫している。 この聖杯戦争に呼ばれる以前、箱庭学園に入学する以前、そう、黒神めだかに初めて出会ったあの日からずっと。 善吉は、彼女の背中を追い続けてきた。彼女の助けになろうと生きてきた。 そして、少しだけ彼女よりも前を進んでみたいと思ったのだ。黒神めだかという存在を引っ張ってやりたくなったのだ。 彼女が道を間違えそうなら、自分が正しい道まで抱き戻してやる。 そのための聖杯だ。そのための聖杯戦争だ。だが――その道は、絶たれようとしている。 「分かってるのか。どちらにしろ、サーヴァントを失ったお前は六時間以内に元の世界に帰る必要があるんだぞ。  キャスターに拘れば、失う必要のない命まで落とすかもしれないんだぜ」 自らのサーヴァントを失ったマスターは、六時間以内に赤いテレホンカードを用いて元の世界に帰還しなければならない。 そうしない場合、マスターの身体は灰へと変わり、聖杯へ至る道の礎となるのだ。 善吉がサーヴァントを失ってから、既に一時間弱が過ぎている。善吉に残された時間は五時間ほど。 たったそれだけの短い時間にキャスターを討伐し、公衆電話に赤いテレホンカードを挿し込み元の世界へ帰る。 一度は完膚無きまでに敗北した相手だ。相手の圧倒的な能力の全容さえ掴めておらず、具体的な対抗策はまったく思い浮かんでいない。 そんな相手に再び挑むというだけで自殺行為だというのに、時間制限まで設けられている。絶望という二字が相応しい状況だ。 今すぐに帰るなら天国。なおも残るというのなら地獄。 百人に選ばせても誰一人として後者を選ぶことはないだろう。 だが――善吉は、後者を選ぶと即答する人物を知っている。 世界に住む七十億人のうち、六十九億九千九百九十九万九千九百九十九人が天国を望んだとしても、たった一人だけ地獄を選ぶ人間がいる。 それが黒神めだかだ。だから善吉は、地獄を選ぶ二人目になる。 「御忠告ありがたいけどよ、俺はもう決めたんだ。誰が何と言おうと、これだけは曲げられねぇな」 「そうか――なら、しょうがねぇな」 善吉の固い意志を前に、アゲハは嘆息した。どうやら人吉善吉は相当な頑固者なようだ。 いくらアゲハが言葉を重ねたところで、善吉の決心が揺らぐことはないだろう。 だから―― 「――暴王(メルゼズ)」 アゲハは、言葉ではなく力で善吉をねじ伏せることを選んだ。 アゲハの周囲にPSIの力が変化した暴力の渦が発生し、善吉へと照準を合わせる。 宙に浮かぶ黒球は、一つ一つは野球ボールほどの大きさしかない。 だがその球体に秘められた力は触れたもの全てを喰い荒らす嵐に喩えられるほど強大である。 特殊な防御策を持たない善吉のような一般人が暴王の顎に喰われれば無事ではすまないどころか、命すら落としかねない。 「おい、アゲハ! 何のつもりだよ!」 「黙ってろ纏。言って分からない奴にはこうするしかねぇだろ。  安心しろ、命までは取らねーよ。だが手足の一本や二本は覚悟してもらおうか、人吉」 流子の制止を無視して、アゲハは善吉を睨みつける。 元々アゲハは武闘派だ。言葉を用いての説得は得意ではない。 それよりも、拳という共通言語のほうがよほど分かりやすいと考えている。 「それにしたってそいつはやりすぎだろうが!」 「いいや、大丈夫だぜサーヴァントさん。どうやらアゲハは、そいつを俺にブチ当てる気なんてさらさらなさそうだからな」 「ただの威嚇だと思ってるのか? 俺は本気だぞ」 「本気じゃないさ。生憎だが、お前ほどじゃないにしろ俺にも能力があってな――お前のことはよーく『見えてる』ぜ、アゲハ」 『欲視力(パラサイトシーイング)』――それが善吉が持つ異能の力だ。 善吉はこの能力によって、他人の視界を見ることが出来る。 目は口ほどに物を言うという言葉の通り、人の目には多くの情報が詰まっている。 視線や視界は、思考と密接に関連している。人の視界を覗き見ることによって、人の思考を推測、予測することも可能になるのだ。 善吉はアゲハの視界を覗いた。そこからは善吉を傷つけようとする意志はまったく見受けられなかった。 つまりアゲハが暴王を見せつけたのは、善吉の決心を挫くためのブラフに他ならない。 「カッ、そんな見え透いた嘘で俺を騙せると思ってたのかよ?  こっちは毎日のように大嘘つきの先輩と、何考えてるのか分からない親友と、嘘か本気か分からない大言壮語を吐く幼なじみに付き合わされてるんだ。  いまさらお前のハッタリなんて効くわけないだろ」 これまでキャスターや朽木ルキア、ランサーに好き放題やられてきて溜まっていた鬱憤を、善吉はここぞとばかりに吐き出した。 やれアゲハは単純でやることが分かりやすいだの、目つきが悪すぎて不良にしか見えなかったぜだのとぺらぺらとまくしたてる。 「お前がトイレに行ったきり帰ってこないからよっぽどデカいのが溜まってたのか心配だったんだぜ!」 あまりに気持ちよく調子よくしゃべり散らしていた善吉は、アゲハの変化を見逃してしまっていた。 ――夜科アゲハは、キレやすい現代の若者なのだ。 「……暴王の流星(メルゼズ・ランス)ッ!」 善吉に向かって一直線に放たれた黒球の矢は、善吉のわずかに横を掠めるだけにとどまった。 しかし善吉が反射的に身をよじっていなければ、間違いなく直撃していたことだろう。 「えっ、ちょっ、洒落にならねぇだろそれはっ!?」 「”屋上”へ行こうぜ……久しぶりに”キレ”ちまったよ……」 「俺はさっきそこから落ちてきたばっかりなんだけど……おわぁっ!」 暴王の流星の二撃目もまた、善吉を狙っていた。 しかし欲視力によって事前に攻撃を察知していた善吉は、余裕を持って回避をこなす。 「ったく……! アゲハぁ! ケンカはいいが、もうそれを使うのはやめとけよ!  ――男の喧嘩はステゴロってのが決まりだろ!」 「よっしゃ! こいつは俺と人吉の喧嘩だからな! お前はそこで黙って見とけ!」 流子ももはやアゲハと善吉の争いを止めるつもりはなさそうだ。 これは戦闘ではなく喧嘩だ。喧嘩慣れしたアゲハならこれにPYI能力を使うようなやり過ぎな真似はしないだろう。 一度キレてしまったなら、さっさと発散させてしまったほうがいい。 特に今回は、アゲハをキレさせた善吉にも責任がある。 「……しっかし男ってのは、どうしてこう単純なのかねぇ」 「流子を見ていると女もそう変わらないように見えるがな」 「あたしのこたぁいいだろ別に! ……って鮮血、起きてたのかよ」 「うむ。私がいると場が混乱すると思って黙っていた」 「はぁ……そうかい」 「それとだな、流子。男は、単純なだけではない」 「ん?」 「男は胸の内に様々なものを抱えているものだ。単純なようでいて、その奥は複雑。  ……あの二人にも、溜めこんでいるものがあるのだろうよ」 鮮血の視線の先で、アゲハと善吉は拳を交えていた。二人の攻防はほぼ互角。 アゲハの戦闘スタイルは喧嘩殺法。年がら年中喧嘩にあけくれ、我流で鍛え上げたもの。 それに加えPYI能力を肉体強化に用いることで身体能力は大きく底上げされている。 勿論暴王の破壊力とは比べるまでもないが、一撃は重く、直撃すれば一発でダウンしかねない。 それだけの威力を秘めた拳が、目にも止まらぬほどの拳速で迫ってくるのだ。 対する善吉は、日々の鍛錬は欠かしていないものの身体能力は一般人の域を大きくは超えず、単純な力比べならアゲハには劣っている。 しかし善吉は正規の格闘術を多く学び、自分のものにしている。一つ一つの技のキレならアゲハを圧倒していた。 欲視力による先読みもあり、パワーとスピードに勝るアゲハに対して、手数と初動の速さで対抗している。 「なかなかやるじゃねぇか!」 「お前もな!」 己が非力であるということを自覚している善吉が、少しでも強くなるために選んだのがサバットという格闘技だ。 拳撃の三倍の威力を持つと言われている蹴撃をメインに立ち回ることで、パワーの差を埋めることが可能だ。 善吉の繰り出した蹴りが、アゲハの身体を捉えた。足先から返ってくる感触が、善吉に直撃を知らせる。 だが――アゲハは、善吉の蹴りを物ともせずに猪突。 PYIにより防御力を上げているアゲハは、生半可な攻撃をいくら当てられたところで止まらない。 「そんなもんかよ人吉ィ! 力もない……サーヴァントもいない!  それで戦おうだなんて自殺行為だってことは自分でも分かってるんじゃねぇのか!?」 「そんなもん、テメェに今さら言われなくても分かってるさ!  だけどよ……理屈じゃどうしようもねぇことがあるだろうが!  だいたい何なんだよ、テメェのその上から目線は!  俺の心配してくれるのはありがたいけどやりすぎだっつーの! お前は俺の母さんか!」 「きもちわりぃこと言うなよ! 仮に俺に息子がいたとしても、そんなクソだせぇファッションセンスには絶対しねえからな!」 「なっ……! このデビルかっけぇセンスがわからねぇのかよ!」 「わからねぇよ!」 アゲハの拳が宙を切り裂いた。欲視力によってタイミングを読んでいた善吉は身を翻してこれを回避。 しかしアゲハの攻撃は、そこで終わりではなかった。 殴りつける勢いをそのまま回転の力に変え、後ろ回し蹴りを放つ。 たとえ欲視力で先が見えていたとしても、善吉の反応速度を超える攻撃がくれば回避することは出来ない――アゲハの蹴りは、善吉の脇腹に突き刺さった。 「ぐぅっ……!」 痛みに耐えかね、善吉は呼吸を乱した。結果的に生じた隙を見逃さずアゲハは追撃を繰り出す。 顔面への右フック。腹部への膝蹴り。痛烈な二撃を受けた善吉はその場へ崩れ落ちる。 「終わりだな」 「終わりじゃ……ねぇよ……ッ!」 「『終わり』なんだよ。もし俺が他の陣営のサーヴァントだったら、今のでお前は死んでたんだぞ。  ……後の始末は俺たちに任せとけ。  お前は元々、天戯弥勒や聖杯とは何の関係もない人間なんだろ。ここで死ぬような危険に晒させるわけには……」 「そこまで聞いちまったら、もう無関係じゃいられねえだろうがよ……!  よぉアゲハ。お前は元の世界でも、たった一人で天戯弥勒と戦ってたのか? 違うだろ?  俺にはよーく『見えてる』んだ――お前は誰かと一緒に戦って、強くなってきた奴なんだろう?」 善吉の指摘は当たっている。夜科アゲハはかつての天戯弥勒との戦いを多くの仲間と共に乗り越えてきた。 だが――今ここに、アゲハの仲間たちは誰一人として呼ばれていない。 それがアゲハの精神を追い込んでいた。ここでアゲハは、一人で戦わなければいけないのだと。 この聖杯戦争は、アゲハが一人で天戯弥勒と戦う物語なのだと、思いこんでしまっていた。 だからこそ善吉がこの世界に残ることに必要以上に拒否反応を示してしまったのだ。 善吉がここに残ると決めたのならばアゲハにそれを否定する権利などない――そのことを心の奥では知っていながらも、認めることが出来なかった。 「……無関係じゃねぇか。俺とお前は今日会ったばかりなんだぞ! 赤の他人もいいところだ!」 かつての天戯弥勒との戦いでは、多くの人たちが傷ついていった。 アゲハの仲間も、敵も、その他大勢の民間人たちも、傷つき、そして時には命を落としていった。 アゲハはもう、誰かが傷つくところを見たくはなかった。 自分はいくら傷ついてもかまわない。 だが、他の誰かが傷つけられるのは自分が傷つけられる以上に痛く、苦しかった。 「全部……終わったんだと思ってた! もう誰も傷つく必要なんてないんだと思った!  だけどまだ、終わってなかったんだ。だったらよ……俺がやるしかないだろうが」 「……俺はな、そうやって一人でなんでもやろうとしちまう人間をよーく知ってるぜ。  そいつは本当に一人でなんでも出来たんだ。他の誰かに手伝わせるよりそいつが一人でやるほうが間違いがなかった。正しかった。  だけどよ、その正しさは……あいつを縛りつける鎖になった。俺はずっとあいつを見てきたっていうのに、そのことにずっと気付かなかったんだ。  だから……アゲハ。お前のことも、もう見逃せねぇよ。無関係だなんて言うんじゃねーよ。  隣の席だろ! 社会の教科書見せてやっただろ! それじゃ足りねーのかよ!」 アゲハは何も言い返せなかった。 善吉の言っていることは間違っていない――認めるしかなかった。 諦めたように、アゲハは笑みを浮かべた。 「カッ、ようやく自分の頭の固さが分かったかよ、アゲハ」 「どうやら人吉のほうが俺より頑固者だったみたいだな」 倒れ込んだままの善吉に、アゲハが手を差し伸べる。 善吉がそれを握り返し、アゲハが引っ張り上げる。 その様子をじっと見ていた流子は一言呟いた。 「……やっぱり男ってのは、単純な生き物じゃねーか」 そう言う流子の顔にも笑みがこぼれていたのは言うまでもない。  ◆ そして三人は頭を寄せていた。キャスターに対抗する策を考えるためだ。 誰が言い出したのか定かではないが、有力な案が一つ浮かんでいる。 「要するに、キャスターってことは魔術なんだろ? なら対魔力を持っている流子には効果が薄いんじゃねーか?」 「となると、危ないのはアゲハと善吉ってことだな。特に危ないのはアゲハだ。  アゲハが操られて令呪を使えばあたしまで好き勝手にやられちまう」 「ならよ……」 提案されたのはコンビシャッフル。 キャスターと出会ったときにもっとも被害の拡大が予想されるアゲハは直接キャスター討伐には出向かず、善吉と流子の二人がキャスターを追う――というものだ。 これならばキャスターの能力の被害は最小限に抑えられるはず。 仮に善吉が操られることになっても、サーヴァントである流子ならば問題なく鎮圧可能だ。 キャスターとセイバーが直接対峙する状況を作れるなら、対魔力スキルを有するセイバーが圧倒的に有利。 「そんなこそこそとした戦法しか使わないやつなら、あたしが真っ正面から叩き斬ってやるさ」 「人吉と流子がキャスターと戦っている間に、俺は周囲の探索ついでに公衆電話を探しておこう。  どうやら学校の中には公衆電話はないみたいだからな。善吉の気が済んだらすぐに帰れるように準備しといてやるよ」 「そいつはありがたいぜ。俺に残された時間は――あと、四時間ってところか」 そして四時間後には、学園の下校時刻になる。キャスターのマスターの正体も不明だが、おそらく学園の関係者――生徒か教師だろう。 下校時刻までは学園の中にいる可能性が高いが、それを過ぎてしまえば所在は分からなくなってしまう。 タイムリミットは四時間後。 学園に巣食うキャスターを討伐せよ――! 【C-2/アッシュフォード学園敷地内/1日目 午後】 【人吉善吉@めだかボックス】 [状態]健康 [令呪]残り二画 [装備]箱庭学園生徒会制服、男爵風のおヒゲ(油性) [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:キャスターを討伐し、アサシンの仇を取る 1.流子と共にキャスターを捜索、討伐する [備考] ※アッシュフォード学園生徒会での役職は庶務です。 ※相手を殺さなくても聖杯戦争を勝ち抜けると思っています。 ※屋上の挑発に気づきました。 ※学園内に他のマスターが居ると認識しています。 ※紅月カレンを確認しました。 ※キャスター(食蜂操祈)を確認しました。 →加えて食蜂操祈の宝具により『食蜂操祈』および『垣根帝督』を認識、記憶できません。効果としては上条当麻が食蜂操祈のことを認識できないのに近いです。これ以上の措置は施されていません。 ※セイバー(リンク)を確認しました。 ※朽木ルキア、ランサー(前田慶次)を確認しました。 ※サーヴァント消失を確認(一日目午前)これより六時間以内に帰還しない場合灰となります。 【夜科アゲハ@PSYREN-サイレン-】 [状態]魔力(PSI)消費(中) [装備]なし [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜く中で天戯弥勒の元へ辿り着く。 1.学園の周辺を探索(公衆電話を優先) 2.何かあれば流子と念話で連絡 [備考] ※セイバー(リンク)を確認しました。 ※ランサー(前田慶次)を確認しました。 【セイバー(纒流子)@キルラキル】 [状態]魔力消費(中)疲労(中)背中に打撲 [装備]片太刀バサミ [道具] [思考・状況] 基本行動方針:アゲハと一緒に天戯弥勒の元へ辿り着く。 1.善吉と共にキャスターを捜索、討伐する 2.何かあればアゲハと念話で連絡 [備考] ※間桐雁夜と会話をしましたが彼がマスターだと気付いていません。 ※セイバー(リンク)を確認しました。 ※ランサー(前田慶次)を確認しました。 ※乗ってきたバイクは学園近くの茂みに隠してありましたが紅月カレン&セイバー(リンク)にとられました。 ---- |BACK||NEXT| |039:[[わが臈たし悪の華]]|[[投下順>本編SS目次・投下順]]|041:[[機械仕掛けの運命―回る歯車―]]| |039:[[わが臈たし悪の華]]|[[時系列順>本編SS目次・時系列順]]|041:[[機械仕掛けの運命―回る歯車―]]| |BACK|登場キャラ|NEXT| |039:[[わが臈たし悪の華]]|[[人吉善吉]]|043:[[裏切りの夕焼け]]| |~|[[夜科アゲハ]]&セイバー([[纒流子]])|~|

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: