山城・槇嶋城


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槇島城(まきしまじょう)


槇島城は、京都府宇治市槇島町に築城された城郭で、「槙島城」「填島城」とも呼ばれる。

概要


南山城宇治近緑には、巨椋池という巨大な池沼が存在し、槇島はそこに浮かぶ島であった。
この地には真木島氏が槇島城を築いたと言われている。
1573年(天正元年)
足利義昭は織田信長に対して兵を挙げ、幕府奉行衆であった真木島昭光を頼り槇島城へ籠城したが、織田信長は即座に入洛、槇島城を包囲し槇島城の戦いが発生した。
織田信長が足利義昭を屈服させた後、足利義昭は河内若江城へ退去させられ、名実ともに足利幕府は滅亡した。
足利義昭退去後、塙直政、井戸良弘らが城将となったが、指月伏見城築城後はその戦略的価値を低下させ廃城となった。

通称・別名 槙島城、填島城
所在地 京都府宇治市槇島町
城郭構造 平城
天守構造 不明
築城主 長瀬左衛門
築城年 1221年
主な改修者 不明
主な城主 長瀬左衛門、細川政元、足利義昭
廃城年 不明
遺構 なし
指定文化財 なし
再建物 なし
移築物 なし
石碑 有り
説明板 なし

遺構


遺構は完全に失われており、石碑を残すのみである。

所在地


京都府宇治市槇島町大幡

アクセス


最寄駅 - JR奈良線 宇治駅

地図


外部Link