本編B-11

校長室前。
それぞれが緊張の面持ちで佇んでいた。
ただ一人、事情の飲み込めていない植村が無邪気に宮崎にちょっかいを出していたが、
「やめなさいってば、あーりー。」
叱られてほっぺをぷーっと膨らましたきりそっぽを向いてしまった。
そんな光景を横目に生田はひとり気合を入れ直し独り言のように告げた。

「よし、行くとよ。」

まるで冥界への入口のような重々しい校長室の扉を開ける。
「失礼しま!校長せお願いがあって来たとよました!」
緊張からかおかしな日本語を口走る。
椅子に座り書類に目を落としていた校長はこちらを一瞥し再び目を落とす。
「生田さん。落ち着きなさい。そんなに慌てていたら言いたいことは伝わらないわ。さあ、一度深呼吸でもして。」
校長の言葉に素直に従い深呼吸。すーはーすーはー。
あらためて、
「校長先生、お願いがあってうかがいました。お話を聞いていただけますか。」
生田にとっては珍しく正確な言葉遣いでやり直した。深呼吸がきいたらしい。
「いいわよ。じゃあそこに座りなさい。」
示されたソファーに順番に座りはじめたが、どう見ても六人しか座ることは出来ない。
最後になった植村が動転したのか宮崎の膝上に座った時、
それまで表情を崩さなかった校長がちょっとだけ笑ってくれたので少し場の空気が和んだ。
「そっちにも椅子があるから持ってきて座りなさい。で、お願いっていうのは?」
「はい、校長先生、実は…」
生田は道重から聞いたハロプロヘッポコ部の話をかいつまんで説明した。
そして自分たちもやってみたいと道重に伝えたが断られた。
しかしどうしても諦めきれない。部員だってこうして七人集まった。
高校生活を充実させるため、その先の人生においての道標を見つけるため。
もちろん勉強だってちゃんとする。進路のこともきちんと考える。
だからハロプロヘッポコ部をやらせてほしい。
息をするのも忘れるほどに熱く熱く校長へ想いを伝えた。
他の六人も同じ気持であることを示すために校長を見つめ続けた。
「お願いします校長先生、ハロプロヘッポコ部やらせてください!」
七人が食い入るようにさらに校長を見つめる。
しばしの沈黙の後、校長が口を開いた。
「お話はよくわかりました。あなた達の熱意も伝わりました。
でも道重先生のおっしゃるとおりです。この件に関しては許可できません。」
一瞬全員が唖然としたが、
「どうしてっすか!こんなにまじめにお願いしたのに!」
今にも泣き出しそうな勢いで工藤が食って掛かる。
「今伝えたとおりです。許可できません。」
あくまで冷静に校長が答える。
皆それぞれに抵抗しようとするが、こんな時相手を納得させるような言葉をまだ誰も持ちえていなかった。
結局その後、促されるまま揃って校長室を後にした。


 

翌日、朝一番で道重は校長に呼び出された。
個人的に呼び出されることなど殆ど無い。嫌な想像ばかりを抱えて校長室へと向かう。
「おはようございます校長先生、道重です。」
「どうぞ、お入りなさい。」
窓の外を眺めていた校長は姿勢を変えることなく、感情のはっきりしない口調で言う。
「昨日、あなたのクラスの生田さんが私のところへ来ました、七人連れ立ってね。」
ピンときた。あの子達、直談判に来たのね。まさかそんな方法を取るとは…。
校長の次の言葉を待つまでもなく道重の方から先手を打った。
「申し訳ありません校長先生。ハロプロヘッポコ部の件ですね。
私が軽々しく昔話をしたばっかりに、彼女たちがあの部をやりたいなどと言い始めてしまいました。
再創部は不可能である旨しっかりと伝えたつもりだったのですが、今一度きちんと指導させて頂きます。
大変申し訳ありませんでした。」
校長に言葉を挟まれる隙を一切与えずに話しきった。
「理解されてるなら結構です。ではそのようにお願いします。」
「承知しました。」
聞こえないようにため息を付いた次の瞬間、くるっと校長はこちらを向き直した。
一瞬緊張したが、その表情はとても優しく穏やかなものだった。

「…ええ生徒達やな。重ちゃん。」
「はい。中澤…さん。」

中澤裕子。葉廊高校校長。
40代にして校長の職につく。周囲からはやり手との評判が高い。
実際、就任以来わずか数年にして葉廊高校を進学校へと押し上げた豪腕の持ち主である。
そんな彼女であるが、実はハロプロヘッポコ部初代部長でもあった。
高校卒業後もなにかと後輩たちを気にかけており、道重が高校在学中もOGとしてよく顔を出していた。
道重達が「アイドルになる。」と宣言した時、周囲の大人達が嘲笑するなか、心の底から応援してくれた人物でもある。


「…やらしてあげたいけどなあ。けどわかるやろ、今のこの状況じゃ無理なんや。うちだけの一存で決められる事でもない。
他の教師たちにPTAの幹部連中、反対されるのが目に見えとる。」
「わかってます、中澤さん。お手間かけてスイマセンでした。」
「ええんや。ええんやで、重ちゃん。こっちこそ何もしてやれんくてすまんなあ。」
「そんなことありません。」
「今度、また呑み行こな。」
「絡んで来ないんでしたら。」

ケラケラ笑う中澤の表情に佇む寂しげな瞳に気づいていたが、道重は何も言い出せなかった。

 

 


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最終更新:2014年07月12日 02:20