翌朝、珍しく生田は早起きをした。昨日聞けなかった話、ハロプロヘッポコ部に対する興味が抑え切れなかったようだ。娘が早く起きたことに驚いた母が、「今日は雪かしら…」と呟いたのを聞かなかったことにして、早々に家を出る。登校途中に出会う顔見知りのほとんどが怪訝な顔をしたのも多分気のせいだろう。とにかく学校へと急いだ。教室に着くと既に飯窪の姿。「おはようございます、生田さん。」「おはよう、はるなん。今日は早いっちゃね、どうしたと?」「私はいつもこんな感じですけど、生田さんこそどうしちゃったんですか?…今日は雪でも降るのかしら。」またかよ。出来るだけ笑顔を崩さぬように答える。「ハロプロヘッポコ部の話が気になってしょうがなかったけん、道重先生に朝から聞きに行こうと思ったと。」「あら、生田さんもですか。私も今から聞きにいこうと思ってたんです。やっぱり気になって。」本音なのか、それとも工藤が言う様に道重に取り入りたいだけなのか、生田には判断がつかなかったが一人で行くよりは心強い。早速2人で職員室へと向かった。職員室では道重が物憂げな顔で手元にあるものを見つめていた。なんとも美しすぎて目を奪われた男性教師達があっちへぶつかりこっちへぶつかりしていたが、道重の目に止まることはない。彼女もまた、昨日の事について漠然と考えていたのだ。思考はまとまることなく、お茶でも入れようと席を立ちかけた時、職員室の扉が開き甲高い声が耳に入ってきた。「失礼しまーす!おはようございます、道重先生いらっしゃいますか!」声の方向に視線を向けると、いつもはこの時間に学校へ来ていることなどまずありえない生田の姿。隣には飯窪もいる。雪でも降るのかしらと思いながらも2人のそばへと歩を進める。「おはよう、2人とも。どうしたのこんな早くに。」「おはようございます先生。ちょっと先生に聞きたいことがあるっちゃ!」あまりにも興味津々な生田の顔に良い予感はしない。「どうしたの?私、フライデーにでも撮られたかしら?」「ハロプロヘッポコ部って何ちゃ!」「…!」あまりの驚きに声が出なかった。もちろん道重自身もさっきまで同じことを考えていたからだ。なんとか持ち直し傍目からはわからないだろう精一杯の作り笑顔で聞きかえした。「ハロプロヘッポコ部?何だろうそれ?」「何だろうってことはなかろう!この前先生が言っとっちゃろう!」この前。。。ははーんこいつ清水との会話を立ち聞きしたな。ちょっと意地悪な顔でさらに聞き返す。「この前っていつかしら。私そんな話した?どこで?」「それは…その。」明らかに狼狽する生田。流石に先生たちの話を立ち聞きしてましたとはいえない。頭のなかで精一杯の言い訳を考えるが即座に思いつかない。切羽詰まった生田が「魔法っちゃ!」と答えようとしたその時、ちらりと生田を見やった飯窪が、観念した方がいいわよと言う顔で助け舟を出す。「ごめんなさい先生。先生方が音楽室でお話ししてるの聞こえてしまったんです。それでどうしても興味が出てしまって。ハロプロヘッポコ部のお話、聞かせていただけませんか。」生田も仕方なく謝る。「ごめんなさい。でもはるなんは悪くないっちゃ。聞いとったのはうちやけん。」こう言っとけば多少印象はいいだろう。しかし道重の方が何枚もうわてである。下手な計算は見破られる。「今、こう言っとけば印象いいやなんて思ったでしょう。趣味悪いわよ立ち聞きなんて。」「…ごめんなさい。…でも、でも先生の人生を変えた部活っていうのには本当に興味があるっちゃ!話聞いてみたいっちゃ!」道重にしたって、別に理由があって話さなかったわけでもない。今存在しない部活動の話を生徒達にして変な期待を持たせることに躊躇をしていただけである。昔話としてする分には何も問題ないだろう。「わかったわ。でも今ここでじゃ時間がないから、放課後音楽室に来なさい。そこでお話ししてあげる。」「やったー!」無邪気に喜ぶ生田。対照的にうっすらと目に涙を浮かべる飯窪。なぜここで泣くのか飯窪。「ほらもうすぐ授業が始まるわ。二人共教室に戻りなさい。」「はーい!」明らかに浮かれた足取りの生田の後ろ姿を眺めながら、苦笑を浮かべる道重。始業のベルに促され、いそいそと授業の準備をし彼女もまた教室へと向かって行った。←本編B-7 本編B-9→
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