生徒会SS1




SS


【ひめサバ! デストロイザモー! #1】




ブッシュの中に身を低くして潜む。眼鏡の上には、サバゲー用ゴーグルを装着。迷彩柄のウェアは草木に紛れて視認しにくい。手にした狙撃武傘『ぺトータルレイン』をしっかりと構え、敵軍の想定進攻ルートを睨む。瞳に涙が滲み、視界がぼやける。いけない、こんなことでは。

ああ、なんて楽しいんだろう。初めての実戦形式。こうして敵を待ち受けているだけで幸せで幸せで涙が出てしまう。いけないいけない。集中しなきゃ。8m横で潜伏中のエリカの方を見る。エリカは「がんばろうね」のハンドサイン。私も「がんばろうね」を返す。

私たち副部長チームは、攻撃力の高い副部長中心にほぼ全員が攻勢に回り一気に敵フラッグを落とす作戦だ。自軍フラッグの守りは、初心者の私と、中学生時代からサバゲーをやっているエリカの二人だけ。速攻が決まれば私たち二人の出番は無いが、副部長たちの攻撃ラインをすり抜けた敵アタッカーがいれば……

視界の先。草が微かに揺れたのを、眼鏡の力で飛躍的に高まった私の視力は見逃さなかった。(敵襲……!)緊張で全身にじっとりと冷や汗が滲む。茂みや樹木を遮蔽物にしながら、軽快な足取りで近付いてくる小柄な敵……これは間違いない。進藤部長だ!

(……金星いただき!)功を焦った私はぺトータルレインのトリガーを引いた。ばしゅう! ガンランス機構が作動し、圧搾空気が傘の石突き部分に取り付けられた突剣を高速射出する。だが、サバゲー用にしつらえられたゴム製の突剣は、風圧に負けてあらぬ方向へ逸れた。……進藤部長がこっちを見た。

うわああ、ヤバイ楽しいっ! 突剣の再装填は間に合わない。私は涙目で左脇のホルスターから副武装のマカロフPMを抜いて闇雲に連射する。しかし、木の陰に隠れながら近付いてくる進藤部長には当たらない。ヤバイ楽しいっ! 進藤部長がジグザグに迫る。マカロフの連射は当たらない。

ふとエリカの方を見ると、エリカはマスケット風突撃銃を構えて進藤部長に狙いを定めていた。引き付けて撃つ。基本だ。エリカはできる子! タン! エリカの銃が小気味良い射出音を上げる。しかし、進藤部長は突然伏せて回避。そのままごろりと回転して向きを変えると、タタンと二発発射。

エリカは悔しそうに挙手し「ヒットしました」と自己申告した。すごい。やっぱり部長はとってもスゴイ! 鮮やかな進藤部長の技をしっかりと眼に焼き付けた私は、感動で涙ぐんだ。タタン!(あっ……)私の胸に、部長が撃った二発の弾が当たった。「あ……ヒットです……」私はおずおずと手を挙げた。

こうして、私たち副部長チームのフラッグは進藤部長の単機速攻によって落とされ敗北したのだった。……楽しかった!

(【ひめサバ! デストロイザモー! #1】おわり)



【ひめサバ! デストロイザモー! #2】

全寮制魔人女子高等学校妃芽薗学園サバイバルゲーム部、通称「ひめサバ」は部員数約30名で、屋外文化系部活連合に所属している。以前はミリタリー趣味の少女たちが集まってモデルガンを愛でながら和気あいあいとお茶を飲むのが主な活動だったらしい。

“サバゲーの申し子”と呼ばれる進藤部長が入部してから、ひめサバの雰囲気は大きく変わったそうだ。今では体育会系の部活並みにトレーニングもするし、今日みたいに野外で実戦形式の紅白戦もよく開かれる。新入生である私は、基礎訓練を終えてようやく今回から紅白戦に参加できるようになった。

同級生の岡林エリカさんは以前からサバゲー経験があったので、紅白戦の参加はこれで四度目だ。「ウルメちゃん、今度はがんばろうね」陣地を入れ換えての二戦目、今度は私とエリカのツーマンセルは攻撃陣だ。「うん。がんばろう」エリカの暖かい励ましの言葉にちょっとウルっと来ながら私は答えた。

空は曇り模様。木々に覆われて昼間なのに薄暗い斜面を、音をなるべく立てぬよう慎重に進む。私が先行して斥候役。エリカは斜め後ろから身を隠しながらついてくる。私たち二人は谷回りで敵フラッグを狙うルートを担当する。左手にマカロフPM、右手に武傘『ペトータルレイン』。

そして、眼鏡によって飛躍的に高まった私の視力は捕捉した。前方で動く黒い影を。こちらの姿は見られてない。私は草陰に身を隠してエリカにハンドサイン(前方に敵発見)。エリカの応答(了解、これより挟撃)。私は右へ、エリカは左へ散開し、密やかに敵へとアプローチする。

射撃可能距離まで接近に成功。未だにこちらは発見されていない模様。私とエリカは90度角の位置で身を隠して銃を構え、息を殺して敵が姿を見せるのを待った。くううー、緊張する。まさに生きてるって感じがする! 私の目にまた涙が滲んだ時、ガサリと樹を揺らして敵が巨大な姿を現した……!

鋭い角を備えた牛の頭部。黒い剛毛に覆われた二足歩行の逞しい胴体。え、えええ? こんな人、ひめサバにいらっしゃいましたっけ?「ギャアアアーッ!? 怪物ーッ!!」エリカが叫ぶ。うん、そうだね。怪物だね。こいつは、ゴリロクス。魔界(にいがた)の生物が何故ここに!?

うわー。ゴリロクスがこんなところで見られるなんて、なんてラッキーなんだろう! 思わぬ幸運に瞳が潤む。「ンモオオオオオ!!」ゴリロクスが嘶く。「に、に、逃げるよウルメちゃん!!」エリカが震え声で叫んで走り出す。ああそうか、逃げなきゃ! 私も走り出す。

「エリカ、召喚は?」斜面を走りながらエリカに能力発動の打診。「ンモオオオオオーッ!」ゴリロクスはゆっくりとこちらに向かってくる。奴が本気で走り出したら一瞬で追い付かれる!「ダメ。アレが相手じゃ敵を増やすだけにな…きゃあっ!」エリカが木の根か何かに躓いて転んだ!

(ふーん、なるほどね)ここでエリカを庇って命を散らすのは悪くない死に方だ。絶好の“泥なんて”チャンスかもしれない。つまり、ゴリロクスが現れたのも『あいつ』の差し金ってことか。ありがたいね。(でも)ゴーグルと眼鏡を外す。武傘とマカロフを構える。(今の私の命は、そんなに安くない!)

(【ひめサバ! デストロイザモー! #2】おわり)



【ひめサバ! デストロイザモー! #3】


眼鏡を外す。世界にガウシアンぼかしがかかる。私は昔の自分に戻る。敵は牛頭の巨猿ゴリロクス。怪物は倒れたエリカに、のしのしと歩み寄る。さあ楽しもう、非日常の戦いを。私は目を細める。多分とっても可愛くない表情。それでいい。大切な友達を、助けるんだ。

エイミングもそこそこに、左手に構えたマカロフ拳銃からBB弾を撃ち出す。BB弾には紫色のオーラが纏われている。私の能力だ。エアソフトガンから放たれる弾丸の飛行速度は遅い。それを能力でPKの如く誘導する。狙いはゴリロクスの牛面。弾丸を追うように駆け込む。

弾丸がゴリロクスの鼻に命中。物理ダメージは微々たるものだが……能力発動!「干物になれっ!」「ブモオオオーッ!?」鼻に生じた異変にゴリロクスが苦し気に呻く。ザアッ。ゴリロクスから奪われた水分が恵みの雨に変化し、周囲に降り注ぐ。鼻を強制乾燥されたゴリロクスはよろめき片膝をつく。

牛の鼻は、人間よりも遥かに鋭い感覚を持つ。その嗅覚はむしろ犬に近い。つまり、鼻を突然乾燥させることは、フラッシュバンの閃光を浴びせるのに等しい効果を生む。右手に武傘『ペトータルレイン』。左手にエアソフトガン『マカロフPM』。ゴリロクスに急接近。インファイト距離。

必殺……トライ・ペゾヘドロン! 武傘から刺突が来ると思う? 拳銃から能力弾が来ると思う? 私はゴリロクスの膝を踏み台にして跳んだ。「ドスコイッ!」相撲シャウトと共に、飛び膝蹴りをゴリロクスの顔面に叩き込む! 暗黒相撲技、シャイニング・ウィザード!「ブモオオオーッ!?」

ずしーん! 地響きを立てて倒れるゴリロクス! 見たか! これが傘術、サバゲー、相撲の三択攻撃『トライ・ペゾヘドロン』だ!「さあ逃げるよエリカ!」着地を決めた私は、大切な友達の手を取って助け起こす。そして、二人で暗い斜面を走り出す。「グモオオーッ!!」後ろでゴリロクスの咆哮。

走る。走る。エリカと共に走る。ミシミシ。メキメキ。背後から木々を薙ぎ倒しながら迫り来る怪物ゴリロクス。その走る早さは、およそ時速60kmだっけ? 私たちが逃げ続けられる時間はあとほんの僅かだろう。ふふふ、なんて楽しいロマンチックな逃避行!

息が切れる。足がもつれる。すぐ背後にゴリロクスの気配。振り向く。目の前にゴリロクス。思ったより近くて驚く。ゴリロクスが巨大ハンマーのような腕を振り上げ、降り下ろす。武傘『ペトータルレイン』を広げ、角度を付けて回転させながらガード。雨竜院流防御術『雨流』。

華奢な私の武傘と、華奢な私の体ではゴリロクスの打撃を止められない。武傘がへし折れる。バスン! ガンランス機構の圧搾空気シリンダーが破損して小さな爆発音。ゴリロクスの剛腕が私とエリカをまとめて殴り飛ばす。「ぐぶぁっ……」「きゃああーっ」二人は斜面を数メートル転げ落ちる。

エリカは私の下敷きになって気絶している。(どかなきゃ……)でも、私の体も動かない。辛うじて動く右腕で、私は胸ポケットから眼鏡を取り出して掛けた。暗い森の中、木々がざわざわと揺れている。世界は綺麗だ。ゴリロクスがのしのしと迫ってくる。私は見た。うふふ、楽しい!

(【ひめサバ! デストロイザモー! #3】おわり)




【ひめサバ! デストロイザモー! #4】



私は笑った。妃芽薗ちかくの山の奥。私とエリカは折り重なるように倒れている。エリカは気絶。私の体も動かない。木々の隙間から微かに覗く曇り空。薄暗い灰色。風に葉がそよぐ。牛頭の魔獣ゴリロクスが、ゆっくりと坂道を歩いてくる。私は笑った。世界はこんなにも美しく、スリリングだ。

私は眼鏡に感謝する。この美しい世界を、こんなにも鮮やかに見せてくれるのだから。のしり。のしり。怪物が近付いてくる。荒い鼻息。黒い艶やかな剛毛に覆われた逞しい腕。その腕力で私たちをどうするつもり? 私は笑った。木立の向こうで、桜色に輝く蝶の翅が広げられるのが見えたから。

金満寺迦楼羅。妃芽薗サバゲー部、副部長。能力名『超多段跳弾』。背中に背負った桜色に輝く蝶の翅は、能力発動中の証。もちろん、サバゲー中の能力使用は禁止だ。つまり、金満寺副部長は私の能力によって降らせた雨の緊急コールに気付いてくれた! タタタタタタン! 無数のBB弾が跳ねる音!

金満寺副部長の能力は「跳弾の完全制御」。ゆえに、本来ならエアソフトガンでは届かない距離からも跳弾を繰り返して弾着させることができるし、狙いが外れることもない。「ブモモモモモッ!?」ゴリロクスの全身に四方八方から跳弾が命中! え? BB弾を当てて何になるのかって? まあ見てて!

ふと気づくと、ゴリロクスの前に小さな少女が立っていた。突撃銃は片に背負い、握った拳を構えている。進藤莉杏。妃芽薗サバゲー部、部長。サバゲーの申し子。能力名『ゾンビバスター』。「二人とも、怪我はない?」私たちを気遣いながら、進藤部長は拳を振り抜きゴリロクスの脇腹を打った。

巨大なゴリロクスに、小柄な進藤部長のパンチ。効果があると思う? 進藤部長は一発当てるとステップアウトして残心の構え。「グ……ガ……ギャモオオオオーッ!!」ゴリロクスが断末魔の咆哮。全身の至るところら赤い血が噴き出す! これが『ゾンビバスター』の効果!

『ゾンビ』とは、被弾したのにヒット宣言をせず、そ知らぬ顔で戦闘を続ける違反行為だ。サバゲーを愛する進藤部長はゾンビ行為を許さない。『ゾンビバスター』は対象に、それまでに受けたBB弾の分だけ実弾相当のダメージを与える。ゴリロクスの巨体は倒れ斜面を転がり落ちていった。

―□□―

怪物の出現により紅白戦は即中止。私とエリカは金満寺グループ傘下の総合病院に緊急搬送され入院措置となった。私の怪我は左腕脱臼と肋骨骨折と全身打撲。エリカは頭を酷く打ってでっかいタンコブを作った他は掠り傷程度。入院って楽しい! 珍しいものを色々見れるし、なにより本が沢山読める。

ゴリロクスの通ってきた魔界ゲートが何故開いたのかについては、区役所や魔人公安が調査中らしい。私はその理由について心当たりがあるけど……たぶん黙っておいた方が賢明だと思う。今度『あいつ』が現れたら、そんな方法では私は満足しないと厳しく言って聞かせなきゃ。

コンコン。私とエリカの病室の扉がノックされた。お迎えだ。「どうぞ」エリカが応えると「失礼します」金色の髪を二本のおさげに結った、清楚で可愛らしい女の子が入ってきた。雨竜院本家の末っ子で、私の大親友の金雨ちゃんだ。今日退院する私を迎えに来てくれたのだ。

「怪我の具合はどう?」金雨ちゃんの問いに私は、ギプスで固めた左腕をぺしぺしと叩いて「絶好調」と笑って見せた。エリカは軽い目眩が抜けないらしく、精密検査の結果が出るまでもう少し入院するそうだ。見た目は私の方が重体なのに変な感じだね。

「それじゃあエリカ、悪いけどお先に」主な荷物は金雨ちゃんが持ってくれたので、小さな手荷物と傘だけ持った私は、独り病室に残るエリカに声をかけた。「うん。ウルメちゃんも御大事にね」エリカはマスケット形アサルトライフルを掲げる。私はにっこりと笑って、狙撃武傘『ペトータルレイン』を掲げた。

高く掲げたマスケット銃と狙撃武傘をカツンとぶつけ合いながら、私とエリカは円陣チャントを小声で唱和する。「ひめサバ! デストロイゼムオール!」

【ひめサバ! デストロイザモー!】おわり ●登場人物紹介

【雨竜院愛雨(うりゅういん・めう)】
妃芽薗学園高等部一年。サバゲー部・傘部・相撲部。干物シューター。流血少女MMの黒幕候補。雨竜一傘流とサバゲー殺法を組み合わせた『ガン・カサ』を使う。眼鏡が似合う陽気な子だが、本気の殺し合いでは眼鏡を外す。感動屋さんで、すぐに目がウルウルするので“ウルメちゃん”と呼ばれる。能力名『リフメア・サーキュレーション』効果:脱水&降雨

【岡林エリカ(おかばやし・―)】(初登場)
妃芽薗学園高等部一年。サバゲー部。ウルメの級友で、渾名をつけた主犯。マナブーストからビートダウンする系の森ガールで、レインジャー技能が身に付くと勘違いして入部した。能力名『いいえ今は書けないわ・・・』効果:何らかの召喚能力?

【金満寺迦楼羅(きんまんじ・かるら)】
妃芽薗学園高等部三年。サバゲー部副部長。コングロマリット金満寺グループの令嬢で、四肢を義体化している。サバゲーによってヒューマンハント衝動を発散している限りは善良な人格者である。能力名『超多段跳弾』効果:跳弾の完全操作

【進藤莉杏(しんどう・りあん)】(初登場)
妃芽薗学園高等部二年。サバゲー部長。「サバゲーの申し子」と呼ばれる天才少女で、事実上の合コンサークルであったひめサバを一年間で変貌させた。能力名『ゾンビバスター』効果:仮想被弾の実体ダメージ化

【雨竜院金雨(うりゅういん・かなめ)】
妃芽薗学園高等部一年。傘部。雨を司る一族・雨竜院家(宗家)の末子。愛雨の親友である。破天荒な兄や姉を持つ影響か、気配りのできる良識的な性格。お菓子作りが得意。「黄色いお兄さん」と呼ばれる邪悪存在の加護を受けており、その能力は一族の中でも凶悪。能力名『神の雫』効果:失禁をトリガーにして尿の雨を降らせる

【ゴリロクス】(初登場)
Gorillox. 新潟に生息する牛頭のゴリラ。




【エリカは待つ。待ち人は帰らない】


こんどこそはと あなたは言った 信じてるわと わたしは言った
たぶん これが 終わりになると 予感だけがつのってた

暗い雨に 打たれながら こない あなたを待つ渚
せめて 空の太陽だけには 笑顔を見せて欲しかった

(『もしもわたしが蟹だったなら』より)


【エリカは待つ。待ち人は帰らない】


「ふう……行ったか……」私は病室のベッドにゆっくりと倒れこんだ。三日間、見事にウルメちゃんを騙し続けることに成功した。すごいぞ私。入院中にウルメちゃんに借りた本、実は読んだことがある本だったんだ。で、読んでる振りだけして、ウルメちゃんに話を合わせてたってわけ。

だって、目の前がぐらぐらして字なんか読めなかったんだもん。でも、ウルメちゃんには心配を掛けたくなかったんだ。そうしたらきっと、ウルメちゃんの大切な時間を奪っちゃうもん。目眩が酷い。吐き気がする。でも、もうウルメちゃんは退院したから、安心して部屋の流しに吐ける。

大丈夫。きっと手術は上手くいく。だから、ウルメちゃんが心配する必要は全然ないんだ。全快して、髪の毛がはえ揃ったら、また一緒にサバゲーやろうね、ウルメちゃん。

……独りぼっちになると、悲しいことばかり思い出す。私は、裏切られたことがある。君は私の元を去り、戻って来なかった。今でも、私は待っている。でも、君が戻ってくることはない。君を追いかけて『向こう』に行こうと思ったこともあるけど、怖くてできなかった。

もし手術が失敗したら……そう思うと背中の後ろから真っ黒な闇が現れて飲み込まれるような感覚に襲われる。対象の岡林エリカ1体を埋葬する。(岡林エリカは破壊され、再生できない)冷たいグレイブヤードが私を招いてる。死霧の猛禽ならざる私は、二度とそこから戻っては来れないだろう。

君のいない環境にも飽きてきたし『向こう』に行くのもいいかな? 目眩の渦に包まれた頭を、そんな考えがよぎったりもする。とんでもない! 私は、強くならなきゃいけない。強くなれば、君が戻ってきてくれるはずなんだ。だからまだ、私は諦めない。

アンタップ。勇気を奮い立てろ。アップキープ。意識をしっかり保て。そして、ドローだ。引くのは治癒の軟膏か、はたまた命の川か。私は負けない。強く在り続ける。君が帰って来てくれる、その日まで。

(【エリカは待つ。待ち人は帰らない】おわり)


●エリカちゃんのイラスト

≪魔女跡追い/Witchstalker≫を見た感想
tp://pic.twitter.com/EqxsBjjP3A

≪死霧の猛禽/Deathmist Raptor≫を見た感想
tp://pic.twitter.com/KtvgCsed2B

魔法対決! エリカvsウルメ
tp://pic.twitter.com/aiRy4QtqWX



【投稿期間に間に合わなかった大鶴ぺたんエピソード#1】


 大鶴ぺたん、高等部三年生。一応水泳部のエース候補だ。
 そんなあたしの一日は常にささやかな怒りに満ちている。
 朝、高等部の廊下を歩いていたあたしは一人の男子生徒に声をかけられる。

「あ、君。ここは高等部の教室だよ」
「あたしは高等部です。というか三年です」

 あたしは溜息をついてから男子生徒をじろりと見上げるように眺めた。
 秘められた怒りに男子生徒はたじろいだらしく慌てて姿勢を正した。

「え、先輩!?す、すみません、てっきり」
「てっきり?なんですか?」
「い、いえ!申し訳ありません!!」

 男子生徒は逃げるようにその場から去っていく。
 その様子を見てあたしは再び溜息をついた。

「……」

 自分の体をぺたぺたと触る。
 何故あたしはこんな貧相な体型なのだろう。
 牛乳は毎日飲んだ。好き嫌いもない。
 運動も毎日のようにしているし規則正しい生活をしている。
 それなのに、体は一向に育たない。
 背はもちろんの事、胸まで。
 別に、別に気にしてはいない。
 ただこのように些細とはいえ必要のないトラブルがしょっちゅう起きるのが問題なのだ。
 そう、断じて子供っぽい体型を気にしているわけでも、胸が無い事を気にしているわけでもないのだ。
 そこを誤解しないでいただきたい。

 このようなトラブルは当然部活中にもある。
 希望崎学園、プールサイド。
 あたしの近くにこれみよがしな巨乳と見るからに貧乳が近付いてきた。
 そんなに揺らして喧嘩売ってるんですか?
 いけないいけない、取り乱すところでした。

「ぺたんせんぱいー、聞いてくださいー、実はまた水着がきつくなってきちゃってー」
「……そうなんですか」
「しっ!大鶴先輩にそういうのは禁句です!」

 なんですかその気の使い方は!!別に気にしてなんていませんし!!
 別にいいですよ成長の報告くらい!!水着の新調とかもしなきゃいけないでしょう!あたしだってします!!
 ……サイズが変わった事は、それはないですけど……!

「別に、禁句とかでは、ありませんから。水着のサイズが合わないのは、大変ですね」
「ああー……ぺたんせんぱいってずっとその体型だからサイズが合わなくなるってことなくて楽そうでいいですよねー」

 ああ!!?
 舐めてんのかこの巨乳野郎が!!口のきき方には気をつけろよ!!?
 ……こほん、いけないいけない、取り乱すところでした。

「ぺたんせんぱい、元気出してください!需要ありますって!」

 こ、このクソ巨乳のクソ脳みそのクソ女がァーーー……ッ!!
 胸も頭もプリンで出来てんのかこんのアマはァ……!!
 需要とかじゃねえんだよこのッ!!ふざけやがってッ!!!



【投稿期間に間に合わなかった大鶴ぺたんエピソード#2】



「……だ、大丈夫ですよ大鶴先輩、ほら、私だってそんなないですし……」
「……そうですか、そうですね」

 あたしはゆらりと立ちあがって、貧乳の方を見る。
 貧乳といっても、あたしよりは随分恵まれてるな?んん?

「乳なんて飾りですって!ね!」

 ほう?言ったな?乳なんて飾りだな?その言葉に偽りはないな?
 神に誓えるな?むしろあたしに誓えるな?ええおい、嘘ついたら針千本じゃすまねえぞ?

「ビィーッグ……(Big)」

 あたしは右手を構え、貧乳を見据える。

「バーストォ……(Bust)」

 貧乳は慌てふためき慌てて逃げようとするがもう遅い。
 お前の言った事が真実かどうか試させてもらう。

「ボィーーーーーーンムッ!!!!(Beam)」
「ひゃあっ!!」

 次の瞬間あたしの手からビームが放たれた。
 それが貧乳に直撃する。
 するとどうだ、貧乳の乳がみるみる膨れ上がり立派な巨乳に!
 これがあたしの忌まわしき魔人能力!
 他人の乳を大きくするだけの力……Big・Bust・Beam!!

「……わあ」
「おい、喜んだなお前?今喜んだなお前!!乳なんて飾りじゃなかったのかオラーッ!!!」
「ひ、ひぃっ!!」

 あたしは元貧乳の乳の間に水鉄砲を突っ込むと思いっきり揺らしてやる。
 こういうのか!?こういうのんが望みなんだろ!?おお!?

「や、やめてくださいぃー!大鶴先輩ー!!ゆ、揺れちゃ、あ、やあ、だめ、み、水着が、ずれちゃ……ひゃああっ!」
「気にすんじゃねえよぉ、飾りなんだろぉ?ああぁん!?」

 あたしは元貧乳の顔に何度も水鉄砲をぶっかけてやる。
 何故だ。何故この能力はあたしには一切効果がないのだ。
 ふざけている!何もかもがふざけている!!
 あたしは決めた。巨乳を全て倒してやる!
 貧乳は巨乳にしてから倒してやる!!
 全てあたしの敵だ!!覚悟しろ!!はーっはっはっはっはっはっ!!



 この後暴れすぎた事に対してぺたんは非常に後悔する事になる。
 しかし彼女の怒りはまた爆発する事となるであろう。そこに巨乳がある限り……



【たたかえ蟹ちゃんシリーズ「サイバネvsサバゲー、ローマ古代カラテvs相撲、魔法技術vs傘術」#1】



ラクロスの試合終了を告げる笛が鳴る。スコアは12-3。お忍びとは言え、一国の王女がゴーリーを務めているにもかかわらず容赦なく12点を叩き込んだ妃芽薗ラクロス部には拍手を贈りたい。一年の恵比原静穂と蝦保江瑠璃奈のコンビネーションが冴えていたことも記しておこう。

「うわー、負けたーっ! 静穂も瑠璃奈も上手くなっちゃって!」真木ハルコは悔しがる。「ふふ……、ハルコはあまり上達してないね……」静穂がからかう。「まあまあ、ハルコは公務が忙しいから下手でも仕方ない仕方ない」瑠璃奈がフォローになってなるようななってないようなことを言う。「ぐぬぬ」

ハルコは歯軋りして悔しがるが、とても楽しそうだ。真木ハルコとは世を忍ぶ仮の姿。その正体は魔法王国マジカニアの第一王女パルピューラ・マジカニア・レガリス。通称、パルプである。一年間の人間界修行を終えたパルプは異世界の王国に帰ったが、多忙な公務の合間を縫って時々こうして遊びに来る。

人間界での得難い親友である静穂と瑠璃奈たちと暫し談笑した後、ハルコはグラウンドを離れて妃芽薗の森へと向かった。本日来国した目的を果たすために。手に持ったラクロス・スティックをくるりと回すと、クロスは白い光に包まれ星を象った金色のロッドに姿を変えた。

「マジカニック☆……」ハルコは金色のラクティ☆ロッドを優雅な所作で高く掲げた。「ポリモルフ」変身だ! ロッドの先から幾筋もの光が放たれ、真木ハルコの……パルプの身体を包み込む。その姿が変わってゆく……蟹めいた巨大なサイバネ☆クローの両腕を持つ異様な姿に!

「ククク……まさか奴があの世から舞い戻って来るとはなぁ……雨竜院のメガネ……フン、霧雨といいコイツといい、眼鏡が似合う奴は気に入らねえ…………ブッ殺すッ!!」ああ、これは民から愛されしマジカニア王女の知られざる姿、通称「蟹ちゃん」だ! ※通称がある時点でめっちゃ知られてる……。

そして、蟹ちゃんは標的を見つけ出した。ミリタリーウェアに、紫の晴雨兼用武傘『ペトータルレイン』。左手にはマカロフ拳銃のエアガン。くるくるの癖っ毛は長く、大きな眼鏡に大きなツリ目が可愛らしい。彼女は――ウルメは瞳を潤ませながら挨拶した。「はじめまして。お会いできて光栄です」

「ハハハ、光栄に思いながら死ね!」ジャキン! 蟹ちゃんのサイバネ☆クローが開き火遁の炎が噴出する。「まだ死にませんよー!」ウルメは武傘を開いて回転。雨竜院流『雨流』! 火遁放射の切れ目にマカロフによる銃撃。タン! 紫のオーラを纏った弾丸が飛ぶ。

タン、タン、タタタン! マカロフ拳銃のダブルアクションで紫の弾が次々に射出される。しかし「効かねェーなァーッ!」蟹ちゃんはサイバネ☆クローの堅固な装甲を盾にして銃弾を防ぎながら前進する。ウルメの能力による干物効果は金属には効かない!

(ひゃー、ヤバイ楽しいっ!)ウルメは窮地に瞳を輝かせる。(さあ近付いてこい!)マカロフを連射しながら、ウルメは蟹ちゃんを待ち受ける。蟹ちゃんは銃弾を防御しながら前進。(ハッケヨイ……)引き付けて撃つ。サバゲーの基本だ。「……ノコッタ!」ウルメのサマーソルトキック!

「サイバネvsサバゲー、ローマ古代カラテvs相撲、魔法技術vs傘術」#1 おわり



【「サイバネvsサバゲー、ローマ古代カラテvs相撲、魔法技術vs傘術」#2】



古来より相撲にふたつの流派あり。ひとつ、己の体躯を活かし、肉の鎧を纏って圧殺する野見宿禰の宿禰相撲。ひとつ、己の技巧を磨き、巧みな体捌きで蹴殺する当麻蹴速の蹴速相撲。華奢で体格に恵まれぬウルメは、小結であった股の富士より蹴速相撲のインストラクションを受けている。

マカロフ拳銃の連射によって蟹ちゃんのサイバネ☆クロー防御を高く誘導し、近接状態から相撲奥義サマーソルトキックを叩き込む。「グワーッ!」ウルメの策は見事に当たり、顎を蹴り上げられた蟹ちゃんの脳が揺れる。蟹ちゃんダウン! 後方宙返りを決めたウルメは再び距離を取り武傘と銃を構える。

「ペッ」素早く立ち上がった蟹ちゃんが、血と折れた前歯を吐き捨てる。「チィーッ、貴様もこの技を使うとはなァ。サマーソルトは古代ローマカラテだけの技じゃないってことか」「当麻蹴速の相撲は古代ローマカラテを修めていたという一説もあります」「なるほど、ローマが訛って当麻というわけか」

「だが所詮、蹴速は野見宿禰に敗れた負け犬よ! 負けキャラの技を使う貴様に勝ち目はない! イヤーッ!」蟹ちゃんは古代ローマカラテで鍛えた三倍脚力で跳躍! 空中で前方二回転! 蟹爪めいたクローを開き上空からのサイバネ火遁放射!「イヤーッ!」ウルメは側転で回避しながら銃撃応戦!

タタン! 空中の蟹ちゃんは十分な防御体勢を取れず胸部に被弾。BB弾の実体ダメージはほとんどないが……「干物になあれっ!」ウルメの能力『リフメア』が発動。蟹ちゃんの体から水分が奪われ、逆さまの雨となって天に昇ってゆく!「ぐがァッ……息が……ッ!」

収斂進化によって人類に似た姿ではあるが、マジカニア人は甲殻類。陸上生活に順応していても蟹ちゃんが鰓呼吸なのは変わりない。ゆえに、鰓の水分が奪われることは深刻な呼吸困難を引き起こす!「アバーッ! アババーッ!」着地に失敗した蟹ちゃんは、そのまま苦し気に地面をのたうつ。

「……サーキュレイション」ザアアーッ。突然の通り雨が、妃芽薗の森に降り注ぎ木々を潤した。これが、ウルメが新たに得た能力だ。天に昇った水は再び地に降る。それが繰り返される。人は生まれ死に、天に還り、そしてまた生まれ変わる。世界の理。

蟹ちゃんは血塗れの口を大きく開き、雨水を受け止めて喉と鰓を潤す。「ぜェ、ぜェ……助かったぜ」荒い息を吹き返す。ウルメはにっこりと笑う。「うふふ。じゃあそろそろ、殺す気で行きますね」ウルメは眼鏡をスッと外した。ウルメの眼が凶悪に細まる。戦いと殺しを楽しむ者の眼だ。

ガゴン。蟹ちゃんのクローが二つに裂け、上下に開く。「ならばこっちも、これからはブッ殺すつもりで行かせてもらうぜェーッ!」嘘である。蟹ちゃんは最初から殺す気満点だし、誰一人殺す気はない。開いたクローの中から細長いスティンガーミサイルが現れる。およそ対人に用いるべき武器ではない!

「サイバネvsサバゲー、ローマ古代カラテvs相撲、魔法技術vs傘術」#2 おわり



【「サイバネvsサバゲー、ローマ古代カラテvs相撲、魔法技術vs傘術」#3】



眼鏡を外したウルメは武傘を天地逆に構え、凶悪な目付きで蟹ちゃんを睨みながら邪神の名を呼んだ。「■■■れ、■■■■■■■■■■」それが、彼女の持つ武傘の真名であった。本来持ち手である場所のカバーが外れ、仕込まれていた死神めいた鎌状の刃が現れる。首刈りパラソル。モード『メア』。

「ククク……面白い武器じゃねェか」スティンガーミサイル発射準備の整ったクローを構えて蟹ちゃんは笑った。「だが、てめェはもう終わりだ。良いことを教えてやろう。このミサイルは赤外線マーカーで自動追尾する。てめェはもう逃げられないんだぜ?」「へえ。良いことを教えてくれてありがとう」

ばしゅう! クローから炎が噴き出し、スティンガーミサイルが射出される!「死ねェーッ!」一直線にウルメ目掛けて飛ぶミサイル。ウルメは、マカロフ拳銃を自分自身に向けた。タタタン! 干物ショットによるセルフファイア! ウルメの体から奪われた水分が、逆さまの雨となって天に昇る!

「ぐうっ……」全身から水分を失った苦痛にウルメが呻く。「馬鹿め! とち狂ったか!」蟹ちゃんが嘲る。ウルメに迫るスティンガーミサイル。「ぐ……イヤーッ!」死力を振り絞りウルメは側転!「愚かな! 赤外線マァーカァーッ!」ウルメの体温を追跡してミサイルが軌道を……

軌道を変えない! スティンガーミサイルは直進し、ウルメの横をすり抜けて後方で大爆発!「な、何だとーッ!? 何故誘導が効かない!?」ザアアーッ! 天に昇った水分が再び癒しの雨となって降り注ぎ、ウルメは失った体力を取り戻す。ウルメは蟹ちゃんへ急速接近! 近接格闘距離!

ウルメは『リフメア』による脱水の副次効果による体温低下を利用して赤外線マーカーを回避したのだ。「トライ・ペゾヘドロン!」右手に首刈りパラソル。左手にマカロフ拳銃。脚にみなぎる相撲の力。傘術・サバゲー・相撲の三択攻撃!「ぬうゥーッ!」蟹ちゃんは防御姿勢。読み切れるのか!?

ウルメの身体が一瞬沈む。それを蟹ちゃんは見逃さなかった。「ドスコイッ!」相撲シャウトと共に蟹ちゃんの顎を狙った蹴りが放たれる。「今だ! イヤーッ!」蟹ちゃんは上体を後方に大きく仰け反らせた。これは……! 古代ローマカラテが生んだ偉大なる回避ムーブメント、ブリッジだ!!

ウルメの蹴りは目標を見失って空を切る。ウルメの身体が宙高く跳躍する。「ハッハハーッ! それじゃあ着地の隙に超必を決めさせてもらうぜェーッ!」蟹ちゃんのクローが赤いサイバネ光を放つ!「ウルトラ☆スーパー☆……」ナムサン! ゲージ3本使用の超ハサミ☆コウゲキだ! ウルメ危うし!

だが、ウルメの態勢は崩れていなかった。空中で後方に一回転したウルメは首刈りパラソルを構え空対地攻撃の予備動作。「(サマソはフェイントだっただと!?)ビッグ☆マキシム☆グレート☆……」隙を作ったのは蟹ちゃんの方だった! 超必殺技シーケンスが間に合わない!「ウリューイン……」

「(あわわわわ……)ストロング☆ハサミ☆……」「ファストラッシュ!!」蟹ちゃんの上空から首刈りパラソルの連続斬撃が雨のように降り注ぐ! 雨竜院流の連続突き『篠突く雨』の、首刈りアレンジだ!「グギャアアアアーッ!!」断末魔の声を上げる蟹ちゃんを、白い光が包み込んだ……。

連続攻撃により、致死ダメージの4倍のダメージを受けてオーバーキルされた蟹ちゃんは血塗れで倒れた。だが、まだ息はある。それは、蟹ちゃんに掛けられた不死の魔法技術『ホーリーライト☆フォース』の加護によるものだ。蟹ちゃんは決して死なず、誰も殺さない。ウルメは眼鏡を掛けた。

ウルメは勝利と殺人の手応えによる歓びを圧し殺し、瞳を潤ませながら頭を下げた。「お手合わせ、ありがとうございました。……その……大丈夫ですか?」タン、タン。マカロフ拳銃で2発、セルフファイアする。ウルメから失われた水分が、癒しの雨となって蟹ちゃんに降り注ぐ。

暖かい白い光が蟹ちゃんを包み、変身が解除されてパルプの姿に戻った。「痛たたた……容赦ない攻撃だったなぁ……」「ごめんなさい。加減が良くわからなくて」「いえ、構いませんよ。その感覚を掴むための模擬戦ですから」体力を僅かばかり回復したパルプは笑顔を見せた。

「ホリラン、頑張ってくださいね」「はい!」パルプの言葉に、ウルメは力強くうなづいた。そしてウルメは寮にパルプを招き、彼女なりに丁重にもてなした。それは、一国の王女を迎えるのには、あまりにもささやかで庶民的な会食だったが、パルプは大いに満足したようだった。

「サイバネvsサバゲー、ローマ古代カラテvs相撲、魔法技術vs傘術」おわり



【仔狐クリスと鮫氷しゃち】


鬼の少女と虎の仮面の少女。
彼女らと出会った時、唐突に戦闘衝動に襲われた。
それは抗うことのできない程の凄まじい衝動で、「戦いたい」という思いが脳を支配し全身を突き抜けた。
何故そんな衝動が芽生えたのかは分からない。
分かることがあるとすれば、私は戦闘衝動の赴くままに彼女達と戦ったという事実だけだ。

私が戦った二人の少女達も、何らかの理由があって私に戦いを挑んでいるようだった。
戦闘中に分かったことは、彼女たちも私と“同等”の存在だということだ。
それすなわち、戦闘スタイルや身体能力は違えど、高い成長性を秘めた魔人であるということだ。
そしてもう一つ感じたことは、実戦経験など無いに等しい私だったが、思いの外渡り合えるということだ。

事実、私は鬼の少女と虎の仮面の少女に勝利した。

一人目は相手が隙の大きい攻撃を繰り出したところに私の大技である「エナジーフィスト」を当てて倒した。
二人目は他の“同等”の存在と戦ってかなり消耗していたようで、苦も無く二撃目で打ち破った。

そして私は、三人目の人影を見つける。
二戦終わって休息の間の無い状態だったが、まだまだ体力は有り余っている。
だから――

「――このまま三人目も倒せる、なんて思ってないでしょうね?」

私の思いを見透かすような言葉を口にして、その絶望は舞い降りた。
その矮躯から発せられる圧倒的な存在感に気力を削がれた。
そして迫る四連撃。
一撃だけ回避することには成功したが、反撃するだけの気力はなかった。
続く四連撃で、私は完全にノックダウンした。

戦って、身に染みて理解した圧倒的な戦力差。
あれは違う。
あれは何か“私達”とは違う“別”の存在だ。

意識が薄れていく中で、悔しさを噛みしめる。
凄い存在になるためには、もっと強くならなくてはいけない。
今負けた相手にも勝てるようになりたい。

――勝機はきっとあるはず。
何故ならアレは私達と違って、既に完成されている。
私はまだ成長性がある。いずれ成長すれば彼女を倒せるだけの強さを手に入れられるはず――

一縷の希望の光を見出して、私は意識を失った。

【END】



【レイニィ・ドラゴン・トゥ・アッシュ、ダス・エルステ・トゥ・ダスト】



無限の闇を湛え、怖いぐらいに深い藍色をした水平線の上に、無数の星が瞬く。夜空の空気は澄み渡り、都会では見えないような暗い星まで明瞭に見える。だが、星々の配置は我々が見慣れた空とは趣を異にしている。星座の所々が欠けているのだ。だが、その話は今の彼女には関係ないので割愛しよう。

(気持ちのいい風……)夜の砂浜に独り佇む少女は、冷たい夜の海風が乱した前髪をかき上げ、整えた。その髪は夜の闇の中にあってなお、星の光を映して桜色の光を放っているようだった。その名も一十(にのまえ・くろす)。一族中の魔人率が99%を超える戦闘破壊家族、一家(にのまえけ)の一員。

妃芽薗学園高等部三年に在籍する十は、海の幸が贅沢に使われた夕食を食べた後、宿泊先の『メロウズホテル』を抜け出して浜辺にやって来た。十は、ことさらに孤独を好むような人物ではない。だが、彼女のことを慕ってやって来る友人たち(友人たちです!)を遠ざけて考え事をしたい時もある。

十は、何故だか同性に好かれやすい。その理由は百合粒子の存在を仮定すれば説明できることだが、今の人類の科学力は百合粒子の確実な観測に成功してはいない。しかし、十は百合ではない。百合ではないのだ。大事なことなので何度も言うが、百合ではないのである。

まあ、十が百合かどうかについても今日の話にとってはあまり本質的でないのでこれぐらいにして、彼女の今の悩みは先日受け取った手紙のことである。差出人不明の手紙。すわ恋文か。残念、そうではなかった。手紙の内容は、不可解で不吉なものだった。それはまるで……

過去の(普通の意味で過去と言っていいものか疑問だが、ともかく過去の)辛い出来事を思い起こしそうになった十だが、夜の砂浜を踏み締めながら近付いてくる足音を耳にして思索を中断した。(あの子は確か……)大きな眼鏡。普段はくるくると跳ねている髪の毛は、風呂上がりのため幾分か大人しい。

「こんばんは、生徒会の一十さん。番長グループの矢達メアです」今は雨竜院愛雨(うりゅういん・めう)と名乗ることの多いウルメだが、今宵は敢えて昔使っていた名前を名乗った。「生徒会って、私はそんなに生徒会に関わっているわけじゃ……」十は、そう言いかけたところで気付いた。

「メアさん、もしかしてあなたも『あの』ハルマゲドンを知ってるの?」「やっぱり!」ウルメは瞳をキラキラと輝かせた。「十さんも『転校生』なんですね!」そう。彼女達は魔人を超えた魔人でありまさに魔人そのものの『転校生』なのである。わかりやすく言えばエクス魔人だ(それは違う)。

『転校生』と言ってもその実態は様々である。多くの場合、通常の魔人よりも遥かに強大な力を持っているが、そうでない場合もある。一十と雨竜院愛雨は、今の能力ならば普通の魔人と大差なく、むしろやや弱い方かもしれない。だが、彼女達は紛れもなく『転校生』なのである。

彼女たちは、久我原史香がリブートをかける前、『一周目』の記憶を持っている。その意味では正しく異世界からの『転校生』である。「敵陣営だったから全然お話できませんでしたが、私、十さんのことを素敵だなって思ってたんですよ」百合粒子に当てられたのか、ウルメは頬を染めながらそう言った。

「貴女は、あの頃と比べるとずいぶん変わったように見えます」十は、ウルメのことをそう評した。『一周目』の矢達メアは、厭世的でいつも暗い表情をしていた。「今の方が、ずっと素敵」十は華やかに笑った。「えへへ、ありがとうございます」ウルメは嬉しくて、瞳を潤ませた。波の音が静かに響く。

【レイニィ・ドラゴン・トゥ・アッシュ、ダス・エルステ・トゥ・ダスト】#1 おわり



【【レイニィ・ドラゴン・トゥ・アッシュ、ダス・エルステ・トゥ・ダスト】#2】


暗く静かな夜の砂浜に、穏やかな波が寄せては返し、返しては寄せる。膝を崩して座っている十の隣に、ウルメも並んで腰をおろした。近い。距離がやたらと近い。十は軽く危機感を覚えた。「私、向こうでは死んじゃったんですよ。知ってますよね」「ええ」「世界が、こんなに綺麗なことも知らずに、ね」

ウルメは水平線と、煌めく星を見て瞳に涙を滲ませた。十も、星を見た。今夜の星空はひときわ綺麗だ。十は、星座の中の欠けた星に、『あの』ハルマゲドンに散った妃芽薗の愛すべき仲間たちのことを想った。十の心に隙ができたのを、ウルメは見逃さなかった。

ウルメは素早く十に組み付いて唇を奪う。そしてそのまま砂の上に押し倒す。十の唇に伝わる柔らかな感触。眼鏡の奥のウルメの瞳は閉じられ、真意は掴めない。十の視線の先には満天の星空。ウルメの口付けは、不馴れで拙いものだった。(ちょ……積極的すぎ!)十の反撃が始まる!

相手は手練れではない。コンマ5秒でウルメの技量を測りきった十は、余裕を持ってウルメの唇を楽しんだ。「ん……」次第にウルメの吐息に甘い響きが混じりだす。ウルメが眼を細く開くと、満天の星空。十と目が合ってしまい慌てて眼を閉じる。いつの間にか体勢が入れ替わっている!

「ん……、う……」最早、ウルメは十の為すがままだった。十の唇が動く度、ウルメの躯がびくりと固くなる。それが女性同士のものであるならば……十は宇宙一キスが巧い! 念のため。一十は百合ではないので宜しくお願いします。十はウルメの控え目な胸に手を伸ばした。お願いしますよ!

(どういうつもりか知らないけど……貴女の心、見せてもらうよ!)ウルメの胸に当てられた十の手が、何かを掴んだ。百合粒子が収束して実体化してゆく。伝説のアーサー王がそうしたように、十はウルメの胸からひと振りの剣を引き抜いた。その剣は真っ直ぐで瑞々しく、どこか危うさを秘めていた。

十は輝く剣を手にして身を起こした。「なるほど……私に特別な想いがあるってわけじゃなくて好奇心なんですね」ウルメは超絶のキスから解放され、肩で息をしながら答えた。「へへ……宇宙一スゴいって聞いたから試してみたくて……」ウルメは、武傘を支えにして立ち上がった。「では、戦いましょう」


「メアさん……? 私たちに戦う理由なんて……」「あります」ウルメは懐から封筒を取り出した。「『転校生』の十さんの所にも、同じものが届いているはずです」それは、ホリランへの招待状。なさけむようのシングル・エリミネーション。ウルメは既に戦う覚悟を決めてここに来ている。

「正気なの? この招待状からは『あの』ハルマゲドンと同じ臭いがする! 貴女、自分がどんな目に遭ったのか忘れたの?」「覚えてる」ウルメの瞳が紫色に燃えた。「今度は、死なない。覚えてる。戦いを拒み、脱出を目指した“探索組”が、どんな最期を迎えたのかも。きっと今回も、逃げ場はない」

「だったら……」ウルメは瞳を輝かせて笑った。「楽しまなくちゃね! さあ楽しもう、『ペトータルレイン』!」ウルメが武傘の名を呼ぶと、傘先端の石突き部カバーが外れて鋭利な突剣が姿を現した。「やるしか……ないの……?」十はウルメから引き抜いた輝く心剣を構えた。

【レイニィ・ドラゴン・トゥ・アッシュ、ダス・エルステ・トゥ・ダスト】#2 おわり



【レイニィ・ドラゴン・トゥ・アッシュ、ダス・エルステ・トゥ・ダスト】#3



暗い夜の浜辺で、ウルメと十の戦闘が始まった。月はなく、星が二人を静かに見守っている。ウルメの武器は、武傘『ペトータルレイン』と、エアガン『マカロフPM』。マカロフの銃口からは、仄かに紫の光。ウルメの能力による、ネガ雨乞いエナジーの光だ。十の武器は、ウルメから取り出した輝く心剣。

両手に武器を持ち自然体で構えるウルメだが、その構えはやや覚束ない。先程のキスがまだ足に来ているのだ。「メアさん、やめませんか?」十は最後通告。「デストロイゼムオール!」ウルメは笑顔と共に、“よろしくお願いします”という意味の英語で応えた。

最早戦いは避けられない。それならば、ウルメの脚が回復する前に速攻で決める。十は砂を蹴って一気に距離を詰めた。心剣士の剣気によって周囲の百合粒子が結晶化し、百合の花弁の如くに宙を舞い踊る。光の剣の軌跡が縦横に二度、ウルメを刻んだ。必殺の百合十字剣『リーリエ・クロイツ』!

ミリタリー調迷彩柄のウルメの服が十文字に切り裂かれ、鮮血が滲む。手痛い損傷だ。だが、ウルメは笑った。戦いが楽しいから。「ぐっ……」十は苦しげな声を出してよろめいた。脇腹から砂の上に血がぼたぼたと落ちる。ウルメの武傘もまた、十を捉えていたのだ。

必殺『トライ・ペゾヘドロン』。傘術、サバゲー殺法、相撲の多彩な技から適切なものを選択することであらゆる状況に対応できるのがウルメの強みだ。『リーリエ・クロイツ』に対して完璧なタイミングで放った武傘の突きにより、十の傷は深い。だが、なぜウルメは初見の技に対応できたのだろう。

十の修めたドイツ流剣術は、失われた武術だ。だが、その技法の一部は伝承され……とある組織の暗殺術にも受け継がれていた。ウルメは、ドイツ流剣術と同様の歩法を身に付けた元暗殺者と何度も手合わせをしたことがあった。元暗殺者の名はクラウディア・ニーゼルレーゲン……あるいは、雨竜院霧雨。

互いに傷を負った両者が振り向く。傷の深さからか、十の動きが一瞬遅れた。ウルメは一瞬で間合いを詰める。密着距離。ウルメと十の顔が近い。右手には武傘。左手には拳銃。再び『トライ・ペゾヘドロン』。武傘で突くわけでもなく。拳銃を撃つわけでもなく。ウルメは両腕で、十を抱き締めた。

気中の百合濃度が高まり、飽和した百合粒子が結晶化して白い花弁となって二人の周囲を舞う。ウルメは十を強く抱き締め……そのまま押し倒した。暗黒相撲奥義『寄り倒し』だ! そして、仰向けに倒された十の豊かな胸の上に、ウルメは素早く馬乗りになった。十の額に、マカロフ拳銃を突きつける。

「フリーズ。干物にされたくなければ、降参してください」銃を額に当てながら、ウルメは宣言する。「うん。まいった」十は素直に投降した。かくして、『転校生』同士による戦いの宴『ホリラン』の緒戦はウルメの勝利で終わった。

雨竜院愛雨の身は、明日には灰になる定めかもしれない。一十の躯は、明日には塵と散るかもしれない。呪われしハルマゲドンの開戦が迫っている。だが今は。だからこそ。精一杯、この戦いを楽しもう。ウルメはそう考えている。互いの健闘を称え、二人はもう一度、軽い口付けを交わした。

【レイニィ・ドラゴン・トゥ・アッシュ、ダス・エルステ・トゥ・ダスト】おわり


【波に揺られて】


こころのスイッチをオフにする。
そう。私は、青く広い海の上に浮かんでいる。
ゆったりと躰を広げて、リラックス。リラックスしよう。
瞳を閉じればほら、綺麗な青空に眩しい太陽。
笑顔を忘れちゃいけない。ほら、スマイル、スマイル。
だって、辛そうな顔をしてたら、また殴られてしまうから。

ざぶり。ざぶり。
波のうねりに躰が揺れる。
私はとっても気持ちのいい海にいるの。
そう。気持ちがいいって言わなきゃね。スマイル、スマイル。
にっこり細めた瞳の端から、塩辛い水の流れがひとすじ、ふたすじ。
だってここは海だから、塩水はあたりまえだよね。
さあ笑おう。こころのスイッチをオフにして。
笑っていれば、そのうち終わるから。

心地よい海にゆらゆらと揺れる。
ちゃぷちゃぷと水の音がする。
でも、楽しい空想は、あまり長続きしない。

深く青い海の底から、やってくる。
大きな口に並んだ、鋭く光るたくさんの牙。
がぶり。私の右足に噛みつく。
私の足は、小枝のように簡単にぷつりと食いちぎられる。
おっといけない。スマイル、スマイル。
左足。右腕。左腕。とっても簡単に取れる。
怖くないよ。さあ、笑って。
だって、食べられてる私は現実じゃないから。

ああ、私のこと、本当に食べてくれたらいいのに。
そしたら、もう笑わなくていいから。
揺れる。揺れる。大きな海の上、大波小浪に躰が揺れる。
笑わなきゃ。気持ちいいって言わなくちゃ。
こころのスイッチ、オフにしなきゃ。
ねえ、お母さん、どうして助けてくれないの。
いけない。いけない。スマイル、スマイル。

私の躰は鮫に食べられてもうバラバラ。
だけど、波はお構いなしに私の躰を這い回り、揺らし続ける。
外は真っ暗な闇の夜。
家の中は、闇夜よりも真っ暗な、深い深い海の底。

(業ヶ深院シアクのモノローグ)


カランドリエ ~隣り合う月~



 フランスベッドは清潔なシーツを巻き取られ、寝床を取り上げられている。
 給湯器付きの電話ボックスはティータイムを開くには申し分ない。
 そして、不似合いなワイングラスを手に持たされた当世具足――。
 天井はくり抜かれており、雨露を遮るものなどないだろう。立て掛けられたカンバスはいつかの星座を描いていたその絵を支えていた。

 部屋の三隅を埋めるようにして置かれ、残された一角は一応の出入り口として残されている。
 カランドリエの部室は酷く殺風景だ。物がないと言うわけではないのだが空間を埋めてやろうと言う意志がまるで希薄な上、統一性が存在しなかった。
 部員の個性に由来したか様々なガラクタが辺りに散らばっているが、それにしたって足の踏み場を埋めるほどではない。

 私は芽月(ジェルミナル)リュドミラ。絵画の魔人。
 一応、カランドリエの中心メンバーとして頑張っているつもりだ。

 「芽月(めつき)ィ。俺が出向いてやったんだからよォ。新人ちゃんに顔見せさすんのがスジってもんじゃねェのかァ?」
 べらんめえ口調のドスの効いた声が部室に響いた。
 「花月(フロレアル)、来ていたのか。姿を見せてくれない?」
 私に知った口を利くのはアマリー、サビーネ、その新人ちゃんこと星座、もちろん部長――、知った中で候補は片手の指に足りる。槭 (かえで)に消えてもらったのはいつだったか。

 足元に勝手に生やされたサボテンを躱して走り、続きを言わせる前に面頬を取り上げる。そこに太歳はいなかった。
 「勝手に取ンのやめてくれる?」
 ワイン色のスライムのようなものがつるりと滑り落ちて、ワイングラスにすぽりと嵌まると刹那。
 「それと、何? そのファンシーな呼び方、普通にはなつきって呼べよな」
 少々の苦笑い。確かに我々に与えられたこの姓の読みは自由だが。
 それにしても一字の違いを物臭がるとは困った人だ。ちなみに我らの革命暦は月の並びに法則はなく月の定めに身の丈を合わせる必要もない。

 「油臭い手で触ンじゃねェ」
 何かの精霊か、今流行りのマスコットとでも言うべきか、ミニサイズの女の子がぴょこりと顔を出す。
 「水彩絵の具が何を言うのかな?」
 ゼリーのような弾力を持っているけれど、内側から赤く滲むような生々しさは血腥さを想起させるには十分だ。けれど、今はそれも愛しい赤い水だ。思わず、ひと呑みにしたいと妖として思うほどだ。 
 まぁ、それは戯言だが。

 「はいはい、随分かわいらしいけど、少しは話を聞いてくれるってことでいいんだね?」
 「少なくとも百分の一くらいはねェ。あの星座とか言う転校生について吐いてもらうぜ」
 どっちなんだか、拗ねた様子を可愛らしいと見るのは私だけでいいだろう。
 とは言え、私も十二ある月のひとつに過ぎない。この風来坊に教えてやれることなどさしてないということをわかってほしい。

 「やれやれ、説明しようにも今回探偵連中を動かしたアマリ―は不在。仮にも転校生を引っ張ってくるなんて無理した建前、しばらくは帰って来れそうにないんだよ。
 仮にも連中のスポンサーでゴタゴタを起こしてしまったのは確かだからね。
 それより口舌院家の鬼札が動いたよ、言語さんの身辺に異常はない?」

 「冗談はよしこさんだねェ。それよか知ってるぜ。善良な口舌院たァ、それだけでレアだからなァ」
 呆れながらもぷるりと揺れる細やかな音の響きが何とも愛おしい。でも、今は我慢だ、我慢。
 「そう言うこと、わざわざ言語さんが選んでよこしたってことはこっちとしても絶対に傷を付けて返すわけにはいかない。人質に妹をよこすなんて……本当に策士だよ、我らにとっても副部長は」
 恐らく口舌院通訳には一切の裏が存在しない。こちらの切り札である雉鵠(じかん)がいつ帰って来るかわからない以上、弱味を見せたら指揮権を一気に持っていかれることは必定。

 「で、霜月(サビーネ)のバカもいつの間にかあっちに持ってイカれてたと。ケッ。
 いいのかい? 口止めしとかねェと俺は言語のヤツに洗いざらい話すかもしれないぜ」
 「だからこそ中立で、部長――あの方にも忠誠を誓っていないあなたを話し相手に選んだんだよ」

 これでも信用してるんだけどね、ほら気がつけば目が潤んできたよ。どうかな、何か話してくれる気になった?
 ……じっと見る。
 「嘘泣きは止めろって話だ。
 ハイハイ、わかったよ。俺は今回の一件はノータッチで済ーまーすッ! はいっ、これいいだろォ?」

●  常に濡れてる私だけど、誠意ってものは案外通じる物だね。
 日和見を決め込んでいる部員が多いのは困りものだけど、絶対に敵に回らないと確認が取れたのは大きい。状況を整理してみましょう――。

 部長派、いや正確には私主導なのだけど明確に味方と言い切れるのは私と葡萄月(アマリー)だけ。
 雨月は部長のためなら動いてくれるでしょうけど、何しでかすかわからないし……、嵐とみた方がいいか。

 花月は今話した通り、必要以上に言語に便宜を図ることはないでしょう。
 熱月さえいてくれれば、いてくれるだけで何もしなくても睨みは効くんだけど……。
 風月は席としてまだ使えない。

 霜月もどう動くかわからないけど、少し脅し過ぎたか……。アレが離れることは考えづらい。
 雪月はあれで優しいお兄ちゃんに絆されてるから正攻法、それも短期間で攻略するのは骨が折れる。 
 霧月を引き込むのは問題外、その労力だけで計画が遂行できる。こんなことなら槭を殺さずにいればよかった……。

 他三人は私達に刃向うだけの我は無いけど、暦の方からアプローチを掛けられたらどうなびくかわからない。下手に裏を教えていないのが仇になったか――!
 この辺りなら別にいくらでも替えはいるけど、下手に動いて均衡が崩れるとあっち側に持っていかれる。ギリギリで過半数を回避できていたんだから、取り込むのも下策。 

 芽月、葡萄月、雨月:部長派
 花月:局外中立
 熱月:無関心
 風月:欠番
 霜月、雪月、霧月:副部長派
 牧草月、果実月、収穫月:日和見

 上の構図はカランドリエと暦、両方に通じる花月もよく知っているはず。
 別に副部長の率いる暦の傘下に入るのが嫌と言うわけではない。
 けれど、下手に使い潰されるのは御免と言う物だ。

 ……余程思いつめた顔をしていたのだろうか?
 ワイングラスから姿を消した代わりに、赤ら顔をした甲冑が動き出していた。
 私の肩をぽんぽんと叩く。

 「いや、もうさ。おめェの"令嬢"計画手放した方がいいんじゃね?
 てンでバラバラに動いているのが俺ら革命暦って連中なんだけどよ、まとめ役のお前さんまで好き勝手してどうするよ? 
 心配しなくても"探偵"連中とどっぷりな以上、あの腹黒だって必要以上にはどうにか出来ねェよ」
 「しかし……」

 いや、分かりきっていたことだ。カランドリエを暦に巻き込んだのも、同時に探偵を巻き込んでカウンターパートにしたのも朋友であるアマリーの功績だ。
 私のささやかな計画もつまらない嫉妬心から来る意趣返しに過ぎないと認めよう。 
 「あいわかった! 近日中に試作品をそっちによこすから手出しは無用と伝えて」
 「はいよッ。ただ霜月と雪月がどう動くかは気を付けろよ、アイツもそっちにまで手を回すつもりは毛頭ねェだろーからなァ」

 承知。
 だけど、それは同時に雨月がどう動くか手綱を取るわけではないということ。
 それを知ってか、ニヤリと獰猛な笑みを見せるのが太歳だ。この女とも伊達に長く付き合っているわけではない。互いの心中など手に取るようにわかる。

 「あ、そうそう。雨月だけど紅井と転校生同士の交戦に入ったらしいよ」
 「寅忍ねェ、結構前に滅んだって聞いてるけど?」
 「引き籠ってる割りには耳が早いのかもしれないね。ははっ」
 「へっ、百年の前もカビの生えた探偵に後れを取るようなマネはしねェよ」
 「華美の映えた探偵ね、まぁその通りだと思うよ。"令嬢"のモデルにいいんじゃないかな?」
 「知ってて垂れ流してンのざァ知らねェが、俺は賛成しないぜ?」

 なんだかんだで楽しいことが大好きな二人。
 結果を知ったところで、笑い方、その程度の変化で済まされるのかもしれない。

● 【登場人物紹介】
【花月太歳(フロレアル・たいさい)】(初登場)
カランドリエ所属。飲める吸血鬼。吸精鬼の家系「蛭神」に属するが、彼女がどのようにして精を得ているかについて謎は多い。部長には個人的な恩義を持っているだけであり、部の活動方針については口を挟むことは無い。太陽光が苦手らしく、狭いところに潜むのが好き。能力名:『血に潜る千の目』効果:自身が血液であること

【芽月リュドミラ(ジェルミナル-)】
カランドリエ所属。水辺の妖画。百年ほど前に東欧の無名画家によって描かれた。部長と顔を合わせたことのあるメンバーの一人。常に全裸に近い格好で、しかも濡れているので嫌らしい想像を掻き立てるが、絶対に同性しか相手をしてくれない。能力名:『隠れ画(エルミタージュ)』効果:写真や絵を通じて平行世界や異世界へ移動する

【葡萄月アマリリス(ヴァンデミエール-)】
カランドリエ所属。捨て続けてきた一世紀。電話BOXとティータイムをこの上なく愛する。リュドミラの盟友であり、部長のために全存在を賭けている。探偵との間に強いコネクションを有しており、星座を連れてきたのは彼女の仕事。能力名:『ポケット・ビスカッセ』効果:万物を1:2の比率で分割する

【霧月槭(ブリュメール・かえで)】
カランドリエ所属。語られることのなかった物語。かなり無理をした擬古調の話し方をする文芸者。旧「雨月」が迷宮時計の犠牲になった一件で芽月に粛清される。彼女について語るべき事由は特に存在しないだろう。


1T目星座VSタイガービーナスSS 虎よ、虎よ! わが赴くは星の群



 まえがきに代えて雨月星座から読者の皆様へご挨拶があるようです。

 僕は名前を雨月星座といいます。転校生です。
 あの天空を支配する星に代わり「星座」を号するのはこの僕であると自負しています。
 現に、輝きを失ったあの夜空を見上げる者は少なくなったと思いませんか?
 故に、人と言う極小の身に一等星を詰め込んだこの星座こそが、何よりも『星座』足り得るのです。
 もう誰も信仰していない色情狂の糞親爺の神話など、覚えなくて済むのですよ?
 (ここで星座は憎々しげに空をねめつけます)

 矮小な人間は己の似姿を象って作った偶像を今も崇めている。あの星々の持つ可能性を理解しきれず、この青い星すら塵芥に過ぎないことを理解できない古の人を憎んだ、そう言うことです。
 気に病む必要はないですよ、それが魔人と言う生き物なのですから。
 既存の星座に代わり、僕と言う星座を見上げてください。きっと黴の生えた神話には拠らない、そんな素敵な物語が生まれるでしょうから。
 (ここで星座は優しげに髪を撫でつけます)

 さて、少々話を戻しましょうか。
 転校生の定義とは多岐に渡ります。一義に定めるのも無粋でしょう。
 単に強い魔人に与えられる称号? いいえ、強さの定義こそ多岐ではありませんか。
 識家に属するワールドメーカーとその眷属? いいえ、対抗勢力はいくらでもいます。

 それとも――転び、校(くらべ)、生きる?
 これは僕たちの意見ですが、世界を回り、比べることが出来ればその人は違った認識を持てる。
 通常とは異なり、大きく広がった可能性、それを持てる魔人だからこそ、強いのかもしれません。
 (ここで星座は物憂げに息をつきます)

 魔人の他にも世界を定義づけられる自由(事由)は大量にあり、一個に定めるのは難しく思えますね。
 ここはひとつ、辞書を引いてみようではありませんか。

 確かに探偵も、ラーメンも、手芸者も。ここでは少々毛色が変わっていてですね……。
 何よりも、魔人、そして転校生は異能の力として広く衆愚に頒布された概念です。
 言葉の定義は時代と世界によって異なってきて、本来の意味を失ってしまうのでしょう。
 けれど、これらの異能の下敷きになっている以上は職能と、そこに込められた最初の意味は不変であると信じています。……だからこそ始末に負えませんが。

 ――「塩」をご存じありませんか? 


 珍妙な風体をした女が海坂を歩む。
 海坂とは海神と人との国を分かち、繋ぐ境界上の場所。
 期せずにして、彼女はそこに立っていた。外界から隔離されたことに気付きもせずにこの砂利道を辿っている。夕暮れ時、一人離れて熱気を帯びた風を避けるようにして歩き続け、ここにいた。
 ……想い人を置いてきたのはどう言った了見だろう?

 女の名を紅井影虎(あかい えいこ)、またの名をタイガービーナス。
 海からやって来た最新にして最悪の概念『塩』の眷属である。
 塩にどういった悪意を付け加えるか? などと言っても正気を疑われるだけだ。それを成し得てしまったのは人として有り得てはならない大罪である。塩十字団と言う意味不明な団体であった。
 そして、虎穴に手を突っ込んでしまった紅井はその力を一端を得てしまった。

 知らない、と言う事は時に罪になり得ると言う事を彼女は知らない。
 知らないと言う事すら知らなかった。

 切り立った崖道を進み、崩れかかった切妻破風の廃屋を横目にして進んでいくと。
 道の真中に、黒い闇が蹲っていた。声をかけようかと迷っていると闇は立ち上がる。
 それは空の色だった。体中に身に着けた光が舞った。残酷な西日さえ橙色に染まって恥じ入るように見えた。

 「やあ、きみも転校生なんて面倒な肩書を得て難儀しているクチかい?」
 夜空に似合うまるで死人のように真っ白な肌をした乙女であった。
 日の光を蓄えるわけでなく、自ずから光を放つその正体は星の光。天空から二十の星座を奪い取ったその人、星座と言う名の転校生。
 みるひと・みられるひと、人を二つに分かつとするなら紛れも無く後者に位置するそんな人でした。


 衝動に身を任せて戦いに臨む。双方ともに、理由などないのだろう。
 けれど、星座には衝動の正体がわかっていた。忍者と探偵の対立……なんて因縁めいたものでは無い。

 家から逃げ出したか、家が滅んだか、違いはあるけれど。
 家業が生き方を決定できるほど体に染みついてはいやしなかったから。

 新興の探偵財閥、砲茉莉(つつまつり)に生を受けながら、父を狂わせ己も狂い果てた。
 探偵等と微妙な関係であった内務省警察に星を献上し、百年後に追放された身になって気に病んでいないと言えば、嘘になるだろう。けれど、今は直近の怒りが身を焦がすようだった。

 死体が立ち上がる。
 足元に点々と散らばる星(骸)を繋げば、星座がどこに行こうとしているのかわかるのだろう。
 『私たちが星座を盗んだ理由』、星座の名を冠した魔人能力は紛れも無く破格の物である。
 けれど、それを一言で説明するのは難しく、今は起きた現象のみを追っていくのが精いっぱいだった。

 敵を敵とも認識しえぬような唐突な邂逅を経て、先手を取ったのはタイガービーナスであった。
 戦装束(?)に身を包んでいた時点で、これを予測していたのか。寅忍に誇りを持つべきか、それともと、複雑な思いを抱くには里の滅亡は早すぎた、それでも感謝と共に放たれる手甲の一撃はひらりと躱される。
 いいや、先程立ち上がった人影は輝きをなくして崩れ落ちる。

 そうして、代わるようにして立ち上がる死体のひとつは瞳に星の輝きを映す。
 ここで言う星とは犯罪者の隠語であり、天空に上がった命の喩え――つまりは魂である。

 魂を奪い、映し取る力。星座の魔人能力については、ひとまずそう理解いただければいい。
 意表を突き、一見すれば絶好の好機をして雨月は次々と己の命の在処を替えていく、まるで何が出来るかを試すように。きっと、光速で飛び回る星群のいずれかに星座と言う人本来の星(魂)がいるのだ。

 「不意を打つとは貴様、何者っ?」
 凛々しく誰何するその声は自身を鼓舞した。それに、答える声としてひとつ。
 「星座は、名を雨月星座と言います。百回前の催涙雨に生を受けたと言っておきましょうか?」

 同じ顔をした死体に気を取られていたが、その手には望遠鏡がひとつ。
 「僕(しもべ)達十二人は等しく惑い、同じ恒星を回る旅人なのです」
 謎かけめいた言葉、まるで答える気がないような、いいえ実際ないのでしょう。
 「故に号して『少女たちの羅針盤』。紅井影虎――勝ち星を頂きました」

 瞬間、紅井影虎の世界は揺らいだ――。
 ほうと吐き出される息は冷たい。星座はただの人ではない。
 その肌の青白さは、精神と肉体を支える魂魄の片割れを失ったかのように半死と半生の境目を行き来する。で、なければ星座を二十も盗み取るなどと言う暴挙はしない。
 「想い人を見捨て、一人逃げ出すような輩にはこれで二十分――」

 踵を返し、海坂から常世――『メロウズ』に帰ろうとする。
 あそこのポーチドエッグは絶品であると、どこかうきうきとした期待に鳴らない胸を高鳴らせた――
 ような気がした。
 魂を撫ぜられるような寒気を感じてなお、死神には遠い。転校生に準ずる者の力量がそうさせるのか。
 「真・幻影虎陣形」

 幻影と真なる影虎、合わせて数十の虎に背を向けた星は大きな痛みを受ける。結局、肉の檻から魂は逃れられないと当たり前のことを教えてくれる。星座は強い、けれど無敵ではない。
 それは、幽世(かくりよ)に半ば足を踏み入れた星座にとって久々の感覚であった。
 「何をしたかわかんないけど、敵に背を向けといて卑怯なんて言わないでよっ!」

 一斉に唱和をするかのように見せ、その実一人きりの声に星座は動揺を隠せなかった。
 それは力なき者の声ではない。それは、暴力だろうか? いいえ、愛の力である。

 幅広の砂利道に影法師が伸びる。
 西日が残酷に照り付ける中で立たされ、生と死の判別を付きにくくさせる。
 輝いているものが本物の星座だが、今は唇の動きを読むだけで精いっぱいだ。

 「星座の力なき輝きを誹るわけでなく……、愛ですか? 紅井、影虎様」
 「い、いやいや。影虎は寅忍なんかじゃなくて――、ってなんで愛!?」
 「存じておりますよ、タイガービーナス様。どうやら、あなたが美鳥様を見捨てるなんてことはあり得なかったようですね」
 ふふ、と常の余裕ある笑みに戻しつつ、算段が狂ったことを内心に溜め込む。
 翻って、随分のんきな返す言葉ですこと……いや久しく戦いから離れていたのは星座も同じことか。
 「ここで鍛え直せるなら僥倖、ですね」
 カランドリエの、あの御方の看板を背負っている以上負けは許されない。
 その上で、今起ころうとしている魂の収穫祭に乗り遅れるわけにはいかなかった。

 油断なく、星の光が飛び交う中で言葉を紡ぐのは探偵の倣いか、いいえ――違う。
 「さきほど、あまりにも腹が立ったもので――、ここは今現在外界との唯一の出入口になっていますが、通れるのは一人きりなのです。……勘違いにまず、謝罪しましょう」
 「閉鎖空間ってこと? 私が勝ったら洗いざらい教えてねっ!」
 幻影に混じる真実にしたたかに打たれ、砂利道に擦り付けた肌が血を流す。これが痛みであり生の実感かと、自然笑みがこぼれた。


 未来は刻一刻積み重なる過去によって作られるのか?

 「百年……、重いなぁ。それをひっくり返すのは中々骨が折れる。いいえ……見えない」
 「じゃあ、私の勝ちってことで洗いざらい吐いてもらうよ、塩十字団の刺客!」
 「は?」
 タイガ―ビーナスこと紅井影虎は転校生「雨月星座」に辛うじて勝利し、立ち上がりながらも荒い息を吐いていた。茜色の夕日はいまだ健在で星座の星を塗り潰すようだった。
 魂の入っていない器を作り出し、魂を自在に移動させる『私たちが星座を盗んだ理由』。
 手に掴める距離だと思ったから、幾光年を隔てた恒星はここにいる。魂を盗み取れる。
 酷く身勝手な能力だったが、今の彼女に関係はなかった。

 認識とは何を置いても"見る"ことからはじまる。
 聞く/触る/匂う/味わう=感じる
 人間本位に観測して現実を好き勝手に改変する彼女にとって、認識を阻害する分身の術は相性が悪過ぎた。ふふふ……、と精一杯の虚勢を張るかのように嗤う星座を見て、少し不気味に思った。
 「僕は……星座は、連中とは関係ありませんが、約束はしていない気がしますが約束は約束。
 今、この学園は魂の草刈り場になっているのですよ。死者は黄泉がえり、声を上げようとも奪われているから届かない、歩むたびに激痛が走るマーメイド……、僕らはそんな状況に置かれているんですよ?」

 「どういうこと……! ここは平和な学園じゃないの?」
 一笑に伏すことは出来ただろう。けれど、戦いの中で感じた真剣さは嘘と感じさせない。 
 「そう思うなら来た道をお帰りなさい。元いた場所に帰れるでしょう。大切な友人を見捨てて逃げ出すなら先に進むがいい。今なら蜘蛛の巣から逃げられるから――。
 繰り返すが、星座は、紅井さん、あなたがそう言う輩と勘違いしたから怒っていた」

 そこまで言うと、星座は崖に身を躍らせた。
 「それでは紅井さん、メロウズでまた会いましょう」
 止める間は無かった。慌てて駆け寄ったところで間に合いはしない。
 落ちながら放たれた言葉が印象に残ったのが救いだったか。
 「あ、それと。紅井さん、あなたが図書室に推薦図書で勧めていた探偵小説――凄くつまらなかったです。あそこでクレーンは無いでしょう。あんなもの、三毛猫ちゃんなら怒りますよ?」
 妙に余裕があるのが――救いだった。

 「……帰ろう」
 傷はなく、勝利することが出来た。自分の理想とする姿に近づけた。
 あの先輩の言葉に従うわけではなかったけれど、今はただ美鳥の無事を見たかった。
 それだけは、何重とブレている私にとってたった一人の真実だったから――。

 ……この帰路にタイガービーナスはもう一人の変身ヒロイン「仔狐クリス」に襲われてあえなく敗北する。
 それはまた別の話であるのだが。


終了




最終更新:2015年10月23日 12:41