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無題(幕間スレ6-7)


※ この幕間SSは、実質的なプロローグとして作成しました。本編では使われない戦闘空間『無人街(現代)』を利用しています。 また、登場キャラクタではないキャラクタが登場します。ご了承下さい。



「存在するものは毅然としてあり、空間の中に一点の肖像を作り出す……」
 韻律を刻みながらストル・デューンは闊歩する。空の手を真っ黒にキメたスーツにInして、カツカツカツっと擬音を刻みながらストル・デューンは闊歩する。空の手を律する手首には真っ白に染めた時計が88:88の時刻を刻む。デジタルの時計は文字盤の文字を現在時空と合一することなく闊歩するストル・デューンの腕に巻かれている。そのような散文の中を、ストル・デューンは韻律を刻みながら、そのように闊歩していた。
「存在するものは毅然としてあり、空間の中に一点の肖像を生み出す……」
 ストル・デューンの両眼(りょうまなこ)は深く閉じられており、その深く閉じられているところの視界には、閉じられた世界があり、世界は無数の原因から無数の結果が生じ、万能の神が認可しない領域においてストル・デューンはゆっくり、しごく単純な動作により生命活動を黙認されていたと言っても良い。
「存在するものは――」
 ストル・デューンが右目を開いた。
 直後、街中から、噴火のような黒炎が、天蓋まで吹き上がった。

 女が毅然として存在していた。
 だが彼女の絶対性は存在においてのみであり、彼女自身は毅然としちゃいなかった。本当にパニック寸前をキャリーオーバーしており、あたふた、あたふた、なにこの時計。偶然拾ったこの時計。私に強要する戦い。あまり近づきたくない世界。はるか昔やはるか過去の世代。歴史に学び無害に行きたい。でもどうすることもできない。だから闘うしかない――!
 女は自分自身のチャンネルをゆっくり、しごく単純な動作により変質化させていった。まず、ぺったんこの胸をオリハルコンに変えた。握りこぶしをつくり左肘から先を、オリハルコンに変えた。体内の骨を、硬いオリハルコンに変えた。彼女は肉体のおよそ4割をオリハルコンに変えた。言うまでもなく、これは彼女の魔人能力である。
 肉体をオリハルコンに変える魔人能力。自分自身の一部であれば、血液や小便だってオリハルコンにできる。だが、たとえば眼球をオリハルコン化すると、目が見えなくなる。心臓をオリハルコン化すると、心臓は鼓動しなくなり、死ぬ。また、オリハルコンの質量を考えると、あまりオリハルコン化しすぎると自重で死ぬ。逆に言うと、彼女は肉体の4割をオリハルコン化しても、「動きが鈍くなる程度」といえるほど、身体能力が高い。これは恒常的に、肉体のいくらかをオリハルコン化しているためである。
 これは興味深いポイントである。もともと、怖い男たちから自身を守るために目覚めたこの能力によって、彼女の身体は、ひそかに、オリハルコンを砕いてしまうほどの筋力を備えていた。だが、自らを縮こまらせてしまう性格のため、その殻を破れずにいた。
 自信。
 自分を信じること。
 非情なバトルロワイヤルの渦中に巻き込まれ、様々な苦難と克服と逆境と達成により、彼女は自らを信じる力を得るだろう。
 彼女は圧倒的な敗北感に打ちのめされる六話で、コーチの言葉を思い出すはずだ。
「自分から逃げて、あきらめてあきらめて、あきらめ続けた先にあるのは何だと思う?」
(コーチの言葉を、床に伏せた彼女は沈黙で答える。聞いているのか聞いていないのか、曖昧な表情だ)
「あきらめることを、あきらめるのよ。……さ、いつまでもうじうじしない! 時計は青春を待っちゃくれないわ!」
 光り輝く未来。笑顔。輪唱。無限の愛。
 存在するもの全てが愛おしい大団円に存在するものとして君臨し、完全な栄光と信頼する仲間に彩られた結末。
 そんな物語の終わりを、彼女は夢想だにしていない。
 いまは、まだ、体をオリハルコンにして、死角から現れる敵に怯えていた。
 戦闘は既に始まっている。
 突如転移された空間は、無人であったが、現代と変わらないようであった。
 そう思ったの束の間。街中から黒い炎が、どぉん、どぉんと上がっていく。1,2,∞! 辺り一帯が黒! ひょえー。彼女はもはや自分が動けないほどまでに自らをオリハルコン化した。完全な守り――精神的逃避を求めた。黒柱は水しぶきをあげる。どぉん、どぉん、と。黒は空まで飛び上がる。街中から噴き上がった、マグマのような黒炎が、天蓋にぶつかった。青のキャンバスはどんどんと黒く染まる。天に、墨の滝壺が生まれた。地表は、以前の閑静な無人街に戻っている。滝壺のゆるやかな渦は、最初はゆるくたゆたっていたが、だんだんと、機械の卵のように、ひとつに統一化し、その黒はなによりも濃くなる。
 女は呆然として、その成り行きを見、自の身を守った。この天変地異が敵対する相手の能力によることは、間違いがなかった。可能な限りオリハルコンの彼女の殻の中で、様々な色の感情が激しく波打つ。思考停止状態の彼女は、ただただ、天空に描かれる芸術作品に――。
 龍! 黒龍が空に! 地上から零された墨液は天で龍と成り鬣黒爪白夢在天一無想

 天黒龍浮 流風歌炎
 波打振動 日遮月陰
 白眼睨汝 白牙闇深
 山高空広 不若震撼

 天空で暴虐を尽くす黒龍。業態の限りはたとえようもないほどの恐怖――そして感嘆を彼女に与えた。
(彼女? なぜ僕は彼女を代名詞で書き続けるのだろう。答えはすぐに分かる)
 黒龍は決定付けられた行動として、彼女を見た。彼女は見られた。黒龍はこれまで牧歌的2D動作を繰り返し第四の壁(主観の存在するところ、この場合は彼女)へ、その白い牙を剥き、一直線、無限の加速度をもって襲いかかる。
 眼をかっぴらいて仰天させる彼女。龍は近づいていく。彼女の背中に刃物が立てられる。背はオリハルコン化しているため感触はない。かつん、という高い音も、パニックの極みにある彼女は気付きもしない。不幸にも。
 ストル・デューンは背後から彼女の眼球を、その長い指でぶち刺した。
 彼女は、貫く痛みと永遠の闇を、黒龍に噛まれ、腹の中にいるのだと誤解した。ストル・デューンは、何のためらいもなく、指をさらに押し込み、柔らかいところを押し進めていった。彼の指は、眼球から脳みそを撹拌するのに最適な形をしていた。
 くちゅ、くちゅ、くちゅ……、無人の街に響きわたる半固体の音色。
 やがて戦闘終了を告げる合図がなり、ストル・デューンは一言もなく、その姿を消した。
 龍は、彼女を襲おうとした構図のまま、永久に固定された。
 死体となった彼女は、とっさの判断からか、可能な限りをオリハルコン化していた。
 無人の街に、オリハルコンの耐久年数400000億年、絶叫した表情のまま、彼女は存在し続けるだろう。

「存在するものは毅然としてあり、空間の中に一点の肖像を映し出す……」