プロローグ

拳闘士(けんとうし)前奏曲(プレリュード)
  (あるい)はファンとライバル
   (あるい)はミスター・チャンプはいかにしてオマケ能力を得たか』



|XX月X2日 08:16|Mr.チャンプさんが書き込みました|
『吾輩のページに告知文を掲載した。毎度の協力に感謝する。』

|XX月X2日 08:16|†漆黒の堕天使†田吾作さんが書き込みました
『礼はお前のチャンピオンベルトで勘弁してやるΨ( `▽´ )Ψ』

|XX月X2日 08:18|Mr.チャンプさんが書き込みました|
『その台詞はリングの上で聞こう。できる限り早く戦えるよう力を尽くす。』

|XX月X2日 08:18|†漆黒の堕天使†田吾作さんが書き込みました
『俺と()りあう前に死ぬんじゃねーぞ ボーイΨ( `▽´ )Ψ』

|XX月X2日 08:19|Mr.チャンプさんが書き込みました|
『吾輩は死なん。死んでは吾輩の腰という特等席がなくなったベルトが泣くからな。』

|XX月X2日 08:20|†漆黒の堕天使†田吾作さんが書き込みました
『その台詞 王座戦で首だけになった後にでも言いな 笑ってやるぜΨ( `▽´ )Ψ』



スマートフォンをいじる指先を止め、ミスター・チャンプは大きく鼻を一つ鳴らした。
チャット画面に表示された文字に、思わず口の端が吊り上がってしまう。
顎鬚(あごひげ)をなでながら、なんと言葉を返そうかと視線を宙に泳がせる。

憎まれ口を叩き悪役を演じるのが得意なこのチャット相手は、それでいて面倒見がよい。
ミスター・チャンプがこうしてスマートフォンを扱えるのも、チャットができるのも、
その道の先達(せんだつ)であったこの男――アークエンジェル平井に手ほどきを受けたからである。

携帯端末の青白く光る画面を見つめながらミスター・チャンプはあらためて思う。
自分はよき先輩、よきライバルに恵まれた。

ここ二ヶ月、ミスター・チャンプは並々ならぬ窮地に立たされていた。
だが、頼もしいライバルに多く助けられて今も戦えている。

今回のインターネットを利用した提言作戦もアークエンジェル平井の案であった。
今の時代、戦う相手の名前を知ったならば一度はネット検索をするだろうという予測、
そしてミスター・チャンプ自身のネームバリューがあって成功の見込める作戦――。

視線を手元に戻したミスター・チャンプは、岩のような指先で小さな機械の画面に触れる。
チャットアプリを一度消し、自身の所属する代々木ドワーフ採掘団のWebサイトを表示し、
トップページから所属レスラー一覧の項目をタップする。画面に見知った名前が列挙された。

『“ダブルダガー”アークエンジェル平井』
『“愛の伝道師”ジュテーム益男(ますお)
『“原宿の刺客”エルフ小林』
『“採掘団頭領(とうりょう)毘沙門天(びしゃもんてん)のツネ』

世界規模の団体であるここで活躍する彼らは、そうそうたる顔ぶれと言ってよいだろう。
その中に並ぶ『“双頭(そうとう)のバズーカ”ミスター・チャンプ』の文字に触れる。
画面が一瞬暗転し、自分の来歴(らいれき)やレスラーとしての活躍を紹介するページが表示された。

ミスター・チャンプ、年齢37歳、身長200cm、体重140kg、得意技、王座遍歴(へんれき)……。
そういった情報の下にある、先ほど更新したばかりの緊急告知欄を見返す。
そこには目立つ字体で、ミスター・チャンプと同じ境遇にある者達への提言が載っていた。




 吾輩と戦う、『迷宮時計』に選ばれし者へ

 吾輩は代々木公園特設リングにて諸君らを待つ。24時間を待たず勝負を(けっ)そうではないか。
 諸君らもすでに知っているだろうが、この闘いの敗者は異世界に取り残される(さだ)めだ。
 しかし、その定めをくつがえす提案を吾輩はここに記す。

 吾輩の所属する団体には優秀なメディカルスタッフやイタコ、介錯人(かいしゃくにん)がいる。
 勝負の敗者は介錯人の手にかかるものとし、そこで時計所有権を勝者へ譲渡する。
 その後に敗者を蘇生施術(そせいせじゅつ)によって蘇らせる。これならば敗者もこの世界に(とど)まれるだろう。

 ……






ミスター・チャンプが一週間おきに自分の命と居場所を()けて死闘をするようになったのは、
二ヶ月前のお台場興行(こうぎょう)最中(さなか)に拾った、一見、何の変哲もない懐中時計が原因であった。

『迷宮時計』――そのマジックアイテムはそう呼ばれていた。

欠片となってほうぼうに散ったというそれは所有者を異世界へと飛ばす力を持っていた。
異世界に飛ばされた者は、同じく異世界転送された欠片の所有者達と戦わねばならない。
この戦いに敗れた者は異世界に置き去りにされ、元の世界へ帰還することはかなわない。

その他、細々としたルールを所有者に強制するこの道具を拾ったミスター・チャンプは、
以来、おそらくはただの偶然により巻きこまれたであろうこの事態に悲嘆(ひたん)することもなく、
10度の死闘を繰り返してきた。

ミスター・チャンプは(さいわ)いにして屈強な拳闘士であった。

10度の死闘を経てなお、こうして自分の世界に健在であった。
だが、裏を返せばそれは、自分と同じく巻きこまれただけであろう無辜(むこ)の人間を、
無情にも異世界に10度置き去りにしてきたということでもあった。

ミスター・チャンプという男はそれをよしとする性格ではなかった。

英国系ヤクザが()を唱える代々木と大陸系マフィアが牛耳(ぎゅうじ)る原宿との国境(くにざかい)――最前線、
代々木六丁目のスラム街で生まれ育った少年は、皆、孤独の脅威が身にしみている。
それは、今や赤銅色(しゃくどういろ)の筋肉を身にまとう偉丈夫(いじょうぶ)へと成長した男にとっても例外ではない。

初めての死闘を生き延び元の世界へと帰還したミスター・チャンプはすぐに対策を練った。
その結果、考えだされたのが「現在の世界内で時計所有権を譲渡する」方法であった。
こちらの世界でも「所有権は死亡時に破棄される」点に着目したこれは、よい作戦に思えた。

無論、蘇生するといえど一度は人を殺さねばならないこの方法を(おおやけ)に行うのは難儀(なんぎ)であった。
警察や行政各所への申請が二ヶ月足らずで受理されたのは、ひとえに仲間達の尽力(じんりょく)である。
ミスター・チャンプはスマートフォンの画面に映しだされた自分の提言の文末へ目を落とす。




 各所への申請に際し幾度(いくど)もその身を実演の犠牲にしたジュテーム益男に謝辞(しゃじ)を述べる。



自分はよき仲間、よきライバルに恵まれた。

チャットアプリをもう一度起動し、ミスター・チャンプは文字をフリック入力する。
自分にプロレスを仕込んでくれた偉大な先輩であり、無二(むに)のライバルであるこの男と、
裏で支えてくれている仲間達の恩に報いるためにも、必ず王座戦を行うと決意を込めて。



|XX月X2日 08:24|Mr.チャンプさんが書き込みました|
『大口を叩けるだけトレーニングを積んでこい。万全のコンディションの貴様を倒す。』

|XX月X2日 08:26|†漆黒の堕天使†田吾作さんが書き込みました
『説教なんざ千年早ぇΨ( `▽´ )Ψ』

|XX月X2日 08:26|†漆黒の堕天使†田吾作さんが書き込みました
『時間か ファンをしらけさせんじゃねーぞΨ( `▽´ )Ψ』

|XX月X2日 08:26|†漆黒の堕天使†田吾作さんが書き込みました
『行ってきな』

|XX月X2日 08:28|Mr.チャンプさんが書き込みました|送信中
『もちろんそのつもりだ。ではさらば。┗(⌒)(`・ω・´)(⌒)┛』



好敵手(こうてきしゅ)へ最大級の敬意を払い、文末の顔文字の選定(せんてい)には40秒を費やした。
ミスター・チャンプは立ち上がり、スマートフォンをパイプ椅子の上へ(おごそ)かに置く。
これで心置きなくリングに上がることができる。

「さて。吾輩の出番のようだな」

白一色の四角い空間にパイプ椅子が置かれただけの仮設控室(かせつひかえしつ)は、外の喧騒(けんそう)がよく響く。
Webサイトの告知を見て、平日の通勤時間にもかかわらずファンが集ってきたらしい。
ありがたいことである。これで『迷宮時計』の対戦者も来てくれていればよいのだが。

腕をぐるりとまわし、控室の扉に手をかけ、ミスター・チャンプはもう一度振り返った。

目に映るのは急ごしらえの殺風景な景色のみ。腰のベルトには申し訳ないとも思う。
だが、今は。
王者には相応(ふさわ)しくない部屋だろうが仕方がない。今の自分は(いち)挑戦者の立場なのだ。

――見ていてくれ我がライバルよ、吾輩は『迷宮時計』の王者となって戻ってくるぞ。

物言わぬスマートフォンの黒い画面に強く念じ、再び扉へ向きなおる。
舞台袖(ぶたいそで)の全てを(はら)の底につめこんで、ここからは舞台上の全てに応える時。

気合とともに開け放った扉から、人混みの喧騒と歓声が豪雨のように吹き込んできた。






(かわ)したァーッ! チャンプッ! 川崎(かわさき)の斬り上げる手刀(しゅとう)()けたッ!』

空気を切り裂く猛烈なチョップがミスター・チャンプの顔面すれすれを通過した。
顎から唇の上にかけて髭に一本の縦スジが走り、バンダナが千切れて日差しの中に舞った。
これまでの攻撃とは明らかに違う、一撃必殺の気迫がこもった技であった。

身をかがめてチョップを避けたミスター・チャンプは、そのまま曲げた膝に力をこめた。
折り曲げた脚全体に発達した筋肉が膨れ上がる。
刹那(せつな)の後、伸び上がる下半身の力を乗せた愛刀『覇者の竹刀』が相手の首に叩き込まれた。

『そしてチャンプのォォォ! クローズライン(ラリアット)トゥヘブンッッッ!』

紫電一閃(しでんいっせん)。ミスター・チャンプの最も得意とする技、ラリアット(右首横薙(みぎくびよこなぎ))である。
軍神(いくさがみ)建御雷神(タケミカヅチノカミ)()とする鹿島神流(かしましんりゅう)のプロレススタイルが色濃く打ちだされたこの技は、
その圧倒的な爆発力でもってデビュー当時の国内プロレス団体を驚かせた逸話を持つ。

吹き飛んだ川崎の身体がロープにぶつかり、リング全体がきしみをあげる。
観客席がドッと()いた。唐突に始まった迷宮時計特設マッチも、これにて決着。
ロープをたわませ、バウンドした男の身体がマットに倒れこみ――いや。

会場の誰もが確信していたノックアウトの瞬間は、まだ(おとず)れなかった。
川崎は二歩三歩と前によろめき、おぼつかない足取りながらも、なお立ち続けていた。
そして対戦者であるミスター・チャンプの顔を見上げる。不敵な笑いを浮かべていた。

『アアーッとォ! 今の一撃をもらいながら川崎まだ倒れないッ! 凄い根性だッ!』
『先ほどの技はこれまでで一番の鋭さでしたね。速さ・威力共に申し分のないものでした』

代々木公園に(しつら)えられた特設リングの上。大勢の観客やリングアナに見上げられるそこで、
赤と黄色の派手なロングパンツに赤く()けた上半身をさらす筋肉の巨漢と、
ぼろのブルージーンズから(しぼ)り上げた精悍(せいかん)上裸(じょうら)を伸ばす長身の青年が互いに(にら)みあう。

いい面魂(つらだましい)だ。送り足で間合いを保ちつつ、ミスター・チャンプも鼻を鳴らした。

『あれが川崎の必殺技だったのでしょうか。それを避けられての川崎ッ! しかし倒れずッ!
 まだ何か策があるのかッ!? チャンプも迂闊(うかつ)には仕掛けませんッ!』
『どうでしょう。策はあるかもしれませんね。どうやら川崎選手は今の一撃を当てるために
 喰らっても問題ないと思わせる攻撃を布石(ふせき)として積み重ねてきたようですしね』
『オオ、なるほど』
『そうやって考えてみれば、最初に川崎選手がこの迷宮時計特設マッチを受けたのも、
 自分は正面から策を(ろう)さず戦う人間だと思わせるための作戦だったのかもしれません』
『つまり川崎はかなり計算高いタイプであると?』
『でしょうね。実際、チャンプもよく避けられたものです。
 私の見立てでは、あれに反応できたのは先日の護国十二天(ごこくじゅうにてん)マッチでの奇襲攻撃――
 あのダーティープレイヤー、アークエンジェル平井の体返逆風(たいがえしぎゃくふう)の経験があったからこそ。
 あれが活きていなかったら躱せたかもわからない、非常に見事な奇襲攻撃でしたよ』

リングの下で思い思いのことを喋る実況と解説の声が、スピーカー越しに会場へこだまする。
確かに、この川崎という男は最初から策を(ふところ)()んでこの場へ現れたのだろう。
だが、そうだとしても、そうだったとしても、今の川崎を支えているのはもっと別のものだ。

「ミスター川崎! まだやるかね!」

聞くまでもないことであった。まだヴィクトリーマイクが手元に現れないのだから。
『迷宮時計』に見初(みそ)められたもう一人の男、川崎情次(じょうじ)血反吐(ちへど)()らしつつ、また笑った。

「来いよチャンプ……。まだ技有り一つだろ……?」

二人を包む歓声の渦の中、シンと耳に響くように、ミスター・チャンプはその声を聞いた。
その声、その決意の表情に胸の内側が熱く燃え上がる。
この川崎という男もまた、熱い男なのだ。筋肉を見ればわかる。

「エイイイイイイ!!!」

大型バイクのエンジン音を思わせる、腹に響く低音でミスター・チャンプは()えた。
構えは全日本プロレス連盟の表記に(なら)うならば正眼(せいがん)。決める気である。
激闘の終幕を予感した観客達の歓声が、ミスター・チャンプの挙動と一体となる。

「ウオオオオオオオオオ!!!」

直後、(たい)を捨て草原の肉食獣がごとく跳び込んだ川崎の伸びた右手、『伝家の宝刀』は、
手首に当てられた竹刀の切っ先(きっさき)によって完全に止められていた。出小手(でごて)であった。

即座、息つく暇も与えることなく、ミスター・チャンプは足を()ぎ、風となる。

――たとえ策があってこの試合を受けたにせよ、この男には大勢の前に立つ矜持(きょうじ)があった。
――万策(ばんさく)尽きたところで、(みじ)めに取り乱すことも、諦めて放り出すこともしない。
――最後まで大勢の前で格好をつけてやろうという、清々しく熱い男気があった。

最後の瞬間、二人の男の目がかち合った。
川崎は満足気な笑みを、ミスター・チャンプは敬意をその眼差(まなざ)しにたたえていた。

――ミスター川崎! 君はまごうかたなきナイスガイであったぞ!



『さあッッッ!!! 皆さんご一緒にッッッ!!!』



( ( ( ( (ウィー!) ) ) ) )

ミスター・チャンプの右(踏込胴薙(ふみこみどうなぎ))!

( ( ( ( (アー!!) ) ) ) )

左(跳込逆胴(とびこみぎゃくどう))!!

( ( ( ( (チャンプ!!!) ) ) ) )

右アッパー(右アッパー)!!!



ファンの大合唱と共に放たれた渾身(こんしん)の拳が、抜けるような青空に突き上げられ――
試合終了のゴングが高らかに打ち鳴らされた。



【試合結果】
勝者:“双頭のバズーカ”ミスター・チャンプ
敗者:“コンビニ(FC加盟店)店員”川崎情次

決まり手:ウィーアーチャンプ

12分56秒 一本勝ち






『――お帰りの際は物販コーナーにて本日の特設マッチ収録DVDをお買い求めください。
 お客様のニーズにお応えしてビデオテープや8mmフィルムなども取り揃えております。
 魔人能力により作られたこれらは100年経っても大丈夫! 非常に優れた耐久性を――』

『――吾輩は医者ではないから君の病気がどうなるかわからないが、日々の特訓があれば、
 君は病気に打ち勝った生き方ができるのは間違いないぞ。吾輩と共にチャンピオン――』

『――五年前、初めて王座に着いた時もミスター・チャンプは病気の子供と交流を――』

売り子の声や物販コーナーの宣伝ばかりが大きく響く閑散(かんさん)としてきた会場跡を見ながら、
写真撮影など一通りのファンサービスを終えたミスター・チャンプは顎鬚をなでていた。

ゲリライベントながら事故なく終わった今回の特設マッチではあるが、
提言作戦の成果はどうかといえば――結果として成功したのは三割方であった。

結局、今回の『迷宮時計の戦い』の対戦相手は三人中一人しか現れなかった。
残りの二人は人混みを嫌ったのか、絶対の自信があるのか、提言に気づかなかったか。
いずれにせよ、また異世界に(おもむ)くことになりそうだとミスター・チャンプは(うな)った。

代々木公園から遠方に見えるオフィス街のビル群を遠目に眺める。どうせならばあそこから
狙撃でもしてきてくれた方がまだ有難いなどと物騒なことも考えてしまう。
こちらの世界で事態が全て収まるならば、異世界がどうしたなどと考える必要もなかった。

だが、差し迫った命の危機はないらしい。
『H.M.P』の発動条件を満たしているのは、現状、12時間後に迫った異世界の戦いのみである。
発動可否によって命のやりとりを予知できるこの能力は、未だ不発だったことがない。

ヤクザの報復やマフィアの姦計(かんけい)、魔人同士の戦いであれば罠設置や狙撃能力者を考えれば、
能力発動中は発動のトリガーとなった危機が終決するまでこの予知の恩恵に預かれない以上、
発動待機中というべき普段の状態の方が何かと役立つのが『H.M.P』である。

自分の命を狙う存在がないことを確認し、ミスター・チャンプは小さく溜息をついた。

「よお、チャンプ」

そこへ声がかかった。
蘇生施術を終え、仮設処刑場の扉を開けて出てきた川崎であった。
その声にミスター・チャンプもすぐに姿勢を正し、威風堂々と川崎の方へ向きなおる。

ぼろのジーンズにTシャツ一枚のラフな格好。左手に私物と(おぼ)しきポスターが握られている。
その表情は、ややバツの悪そうな笑顔であった。

「ミスター川崎。元気そうでなによりだ。君の時計は確かに吾輩が頂いたぞ」
「ああ。……それなんだけどな」

試合を思い出したのか、首をおさえて顔をしかめ、しかしすぐに照れ笑いに戻り、
川崎は右手のポスターを差し出した。
受け取ったミスター・チャンプは、目を見開いた。

「あんだけマジにやっといた後なんだけどさ。負けたなら遠慮なく言えるって」

黒塗りのポスターには力強い金文字で剣鍬一如(けんしょういちにょ)の印が押されている。
ツルハシの一振りは剣の一振り。
見間違えようもない。代々木ドワーフ採掘団の興行宣伝ポスターである。

そしてそこに写っているのはミスター・チャンプとアークエンジェル平井。忘れようもない。




 ~~レトロスペクティブ・ガンリュージマ~~
 “ダブルダガー”アークエンジェル平井 VS “双頭のバズーカ”ミスター・チャンプ



世紀の一戦と銘打たれた、そして延期となった王座戦のポスターであった。
ミスター・チャンプは目を皿のように広げ、改めて対面の青年をまじまじと見つめた。

「俺、期待してるから。チャンプが時計集めてくるって。……ファンなんだ。チャンプの」

呟かれたその言葉に、ミスター・チャンプは身震いした。
これまで厄介な物とばかり思っていた『迷宮時計』が、こんなファンとの出会いを生むとは。
頭の中で鎖につながれていた何かが開放された気分であった。

晩夏(ばんか)の傾いた日が、公園の木々をオレンジ色に染め上げていく中。
迷宮時計が巡りあわせた戦いが終わり、そこに残ったのはヒーローとファン。
二人の男であった。

剣を構える仕草をして、ブンと右手の『伝家の宝刀』で空を切ってみせる川崎を前に、
ミスター・チャンプは燃え盛る胸の熱気を吐き出すように呵呵(かか)と笑った。

「吾輩に任せておけ! 必ず王座戦は実現させる!」

そして分厚い胸板を叩き、宣言する。

「異世界旅行も巡業のようなものだ! 向こうの人間に本場のプロレスを見せてこよう!
 ミスター川崎にも吾輩の能力で戦いの様子は届けられるからな! 期待していたまえ!」

――ヒーローはいつもファンの前に。



そのとき、『迷宮時計』の針がひとつ時を刻んだ。






|XX月X4日 04:11|†漆黒の堕天使†田吾作さんが書き込みました|未読
『試合見たぞ』

|XX月X4日 04:11|†漆黒の堕天使†田吾作さんが書き込みました|未読
『勝ってんのになんで帰ってこねーんだよ ボーイΨ( `▽´ )Ψ』

|XX月X4日 04:12|†漆黒の堕天使†田吾作さんが書き込みました|未読
『お前がそっち行ったきりじゃ提言作戦も使えねーじゃねーかΨ( `▽´ )Ψ』

|XX月X4日 04:14|†漆黒の堕天使†田吾作さんが書き込みました|未読
『まあいい そっちの世界でもしっかりファンを増やしてこいよΨ( `▽´ )Ψ』

|XX月X4日 04:15|†漆黒の堕天使†田吾作さんが書き込みました|未読
『帰ってきたら覚悟しておけよ お前のための線香ももう用意してあるぜΨ( `▽´ )Ψ』

|XX月X4日 04:18|†漆黒の堕天使†田吾作さんが書き込みました|未読
『待ってるぜ』

最終更新:2014年10月11日 21:24