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プロローグ

「あれ~、意外だな。てっきり紅井の家の名ハンターが来ると思ってたのに」

波の音が響く。
海に面した断崖の上に立った小さな小屋。
その一室で、一人の少女が佇んでいる。年の頃は11、12歳といったところか。
ツインテールに結んだ髪に大きな瞳が愛らしい。

「あたしもね。案内人はお爺さんだって聞いていたけど」

その少女と、小屋の出入り口の近くで対峙しているのもまた少女であった。
小屋の中の少女より大きく、こちらの年の頃は15~16歳といったところか。
髪は無造作に首筋の辺りまで伸ばしたままであり、あまり整えられてはいない。
きているセーラー服や履いている靴にはところどころ汚れが見られる。
おそらくこの小屋までかなりの距離を徒歩できたのだろう。
だが、彼女を見たときに一番目を引くのは、おそらく服装ではない。

「お爺ちゃんはね~。ちょっと体調を崩しちゃったの。だから今は私が変わりの案内人」

話しながら、女の子は小屋の入り口へと近づく。

「お互い代わりの人同士だね~。よろしく~~。」

そして、入り口に立つ少女の腰の周囲をくるくると回った。

「刀だ。刀~。刀使うんだ~。それも二本~。」

そう、その少女の最も特徴的なのは左右の腰に一本ずつ、二本の刀を差していることだった。
学生服のスカートに、長い刀が無造作に二本括られているその姿は、どんな人間が目にしても真っ先に注目するであろう。

「ああ、これが私の流儀さ。先生でなくて残念かもしれないが、期待には応えてみせる」
「ふ~ん、腕には覚えがあるんだね~~。これ、どんな風に使うの?」
「そいつは見てのお楽しみだな」

少女は刀に手をやりながら、自身を持って微笑む。

「前置きはもういいだろう。早速案内してくれよ。その巨大な"蟹"のところに」
「うん、オッケーオッケー。ちょっと待ってね。色々と準備があるから~。」

言って、女の子は少女から離れ、部屋の奥へあるドアの方へと向かった。

「待っている間、漫画でも読んででよ~。お爺ちゃんの持ってた漫画が色々あるからさ~」

女の子はドアに向かいながら、部屋の隅にある本棚を指差す。
その本棚に収められた本は、少年○ャンプで連載されている漫画の単行本ばかりであった。
どうやらここの本来の管理人である老人は、随分若い趣味を持っていた様である。

「少年漫画は嫌いだな」
「へえ~どうして?」
「話が嘘くさい。戦うシーンが多いくせに、戦うやつらの頭が悪すぎる。私が戦えば、奴らがおかしな行動をしている時に多分10回は殺せてる」

そして、本当に興味が無い、とばかりに本棚の方には見向きもせず、少女は近くの椅子にスッと腰かけた。

「私はここで待たせてもらう。ゆっくりと準備をしてきな」
「若いのに頭が固いんだな~~。漫画ってもっと気楽に読むもんじゃない。」

女の子はドアを開けつつ、椅子に座った少女に声をかける。

「それに全部が全部そうじゃないよ。ほら、本棚の一番上に並んでいる、その作品。それなんかは他の少年漫画とは、ちょっと違うんだな~。読めば多分気に入ると思うよ」

本棚の一番上には、○unter×○unter という題名の単行本が30冊程ならんでいた。

「お爺ちゃんの一番のお気に入りみたいだよ」
「悪いが、あれは読みたくない」

少女は、急に不機嫌になった。

「あれ、なんか良く分からないけど、怒らせちゃった?」
「いや、今のは私の事情だ。気にしないでくれ」
「そう。でももし気が向いたら、読んでみてよ」

屈託の無い笑顔のままの女の子とは対照的に、少女の顔は酷く憂いたものに変わった。
女の子はドアの向こうへと進もうとし、ふと立ち止まった。

「あ、というか、肝心なことがまだだったね」
「ん?」
「名前~~。まだお互いに話してなかったでしょ」
「ああ、そうだったな」
「私は永久野 挟子。 挟は挟むって書く字の挟ね。お姉さんは~?」
「私は右野 斬子。斬は、そのまま斬ると書く字の斬だ」

「よろしくな」

***********

「そろそろかな~」

二人の少女が海岸沿いを歩いている。
岩だらけで凸凹としと道を、小さな少女は軽快そうにステップを踏みながら進み、その後ろをもう一人の少女が静かに歩く。
一見のどかな光景だが、彼女たちの周囲の様子は徐々にただならぬものに変わっていった。

「成程。確かにどんどん血の匂いが濃くなってるきてるな」

そう、彼女たちの進む道には、ところどころに赤い色……人間の血が染みついたものが見られるようになっていた。
それだけではない。中にはその血の元となったであろう、人間の部品が見られた。

「足、腕、下半身そのもの……ってのもあるか。随分凶暴な奴みたいだな」
「お姉さんの前にもね~。何人か退治しにきようとしにきた魔人もいたけど、皆ああなっちゃった。」
「随分と平気なんだな。ああいうものを見て」
「まあ、伊達にお爺ちゃんの代わりに案内人をやってませんからね~」
「ふうん……」

斬子は、少女の後を追いながら、注意深く周囲に視線を向ける。

(それにしても……随分と綺麗だな……)

斬子は自分の経験上、『斬る』事にかけての知識は多い。
その彼女の目からして、この周囲に転がる人間の欠片達の『斬られた』跡は実に不自然だった。

(こんな丁寧な斬り方……。とても獣の仕業とは思えない)
(いや、人間でも闘いの中でこんな斬り方ができる奴なんて……)

「ついたよー」

目の前には大きな砂浜。そして、大海が広がる。

「ふうん、ここが蟹の住処ってわけか」
「そ、今は悪魔の海岸とか言われてるね~」

海岸へ続く道に打ち捨てられていた人体の部品は、その砂浜では更に数を増していた。
繰り返す波の潮流によっても洗い流せなかったのか……赤い色が白い砂の半分ほどを占めていた。
更に砂浜には『斬られた』こと以外を想起させる人間の欠片、引きちぎられ、食いちぎられたかのようなものも散見された。
道を降りた二人の少女は、その砂浜の中心へと向かっていく。

「斬ることに比べて、食べる方は随分汚いみたいだな。ま……獣にマナーや掃除を求めても無駄か」
「あははー。ごめんねー。まあ、子供の食事だからさー」
「子供……? なんだ? 聞いた話じゃあ、巨大な奴だってことだったが……」
「えへへ、大きい……ってのは人間の目で見てでしょ? ここに住んでいるのはとってもピュアな良い子だよ~~」
「へえ、肩を持つな」
「うん、正直、お姉さんみたいな可愛い人が来たのは始めてだからね……」

「きっと、とても喜んでいると思うよ……」

突然、彼女たちの目の前の水面が大きく揺れた。
無数の大きな泡が、激しく浮かび上がってくる

(くるか……)

斬子は腰の二本の刀に手をかける。
そして遂にその怪物が、海面からその姿を現わ……さなかった。
海面の揺れは、突然にして音もなく消えた。

(何っ……?)

一体何が起こったというのか。
その解答は、息をつく間もなく斬子の元に訪れた。
巨大な影が、斬子の左右を突如覆ったのだ。

刹那。

左右の影は、即座に斬子に迫った。
斬子は急に走った悪寒に、反射的に左右の刀を引き抜いた。

静寂。

斬子は二本の刀を胸の前で交差させ、左右から迫る物体を何とか防ぐ態勢になっていた。
影が閉じるよりも、斬子の抜刀術の速度の方がわずかに勝っていたのだ。
だが、不思議と手ごたえが無い、それはとても奇妙な感覚であった。

「ぐっ……」

とにかくこのまま押しつぶされるわけにはいかない。斬子は腕に力を入れて、脱出を試みようとする。
が、斬子を覆っていた影は、何故かひとりでに斬子から離れた。

「うわっ……」

勢い余った斬子はそのまま前方に転がる。
だが、斬子はすぐに受け身を取り、体制を整えると、後ろを振り向いた。
そして、遂に自分を襲った怪物の姿を見た。

(あれが……デビルキャンサー)

それは、まさに巨大な蟹としか形容のしようがなかった。
全身を覆う赤い甲羅。
その硬い全身を支える四対八本の節足。
そして、前方へと突き出す巨大な二本の鋏。

どこから見ても蟹である。その巨体を除いて。
全長は、10メートルほどもあろうか。
高さは、2メートル以上はある。斬子の身長を大きく上回る。
そして、彼のシンボルたる鋏の大きさは1メートル以上! あれがこれまで斬子を切り裂かんとしていたものの正体である。

(なるほど、確かにでかいな……。だが……)

そう、だがただ巨大な蟹、ならば斬子にとって恐れることは無い。
斬子は相手が『生物(いきもの)』であれば、負けることのない必殺の技を持っているのだ。
斬子は己が持つ二本の刀の先端を確かめる。

(刃こぼれはまったくしていないな……かなりの勢いだった気がしたけど)

斬子にとって気になったのは、先ほどの激突の後の刀の状態であった。
幸い、刀に傷は無かった。まったく不自然な程に。
一瞬そのことが気になるが、今はそのような場合ではない。
なにしろ目の前の相手は唯の『巨大な蟹』ではないのだ。先ほど見せた不自然な登場の仕方。
あれはまさに得体の知れない"狂怪"である。ならば……。

(先手を取る!)

斬子は猛然と目の前のデビルキャンサーへと向けて駆け出した。
同時に刀を持ったまま、両腕を大きく広げる。
その斬子の動きに呼応し、デビルキャンサーもまた、右の鋏を振り上げ、斬子へと突き出した!

「無駄だあーーーっ!!」

斬子は向かってくる鋏に対し、二本の刀を交差させるようにぶつけた!

ガキッ!!

再び、砂浜に大きく響く激突音。
二本の刀と、デビルキャンサーの巨大な鋏は大きな音を立ててぶつかった。
その勢いで斬子は再び砂浜を転がった。
だが今度はうまく受け身が取れない。勢いよく後方へ飛ばされていく。

(そ、そんな馬鹿な……!)

斬子にとって、今の結果は予想もしないものだった。
外から見ている人がいれば、今の攻防では単に斬子の刀が蟹の硬い鋏を切れず、お互いがぶつかり合って弾き飛ばされたようにしか見えないだろう。
だが斬子はある理由により、今の攻撃に絶対の自信を持っていた。例えデビルキャンサーの甲殻がどれだけ硬かろうと切り裂ける自信が……。

(くっ……)

戸惑いながらも、何とか身を持ち直す斬子。
今ので多少の擦り傷を負ったが、まだ動作に支障はない。
だが、それ以前に今の自分の攻撃を防がれたことによる動揺が大きい。
一体目の前の怪物はどれだけの摩訶不思議を備えているというのか。

ザシュザシュザシュ……

更にそんな斬子の戸惑いを見逃すほど、この蟹の知性は甘くないようだ。
デビルキャンサーは八本の脚を操り、砂を大きく削る音を立てながら斬子の眼前へと迫る。
そして振り上げられる、デビルキャンサーの巨大な右腕!

(ちっ……!)

その腕はそのまま斬子を薙ぎ払うべく、斬子の右側から勢いをつけて迫った!
今の態勢では身を引いて躱すことは叶わない。咄嗟に右腕を延ばして、刀で何とか防ごうとする。
だが、蟹の鋏はちょうど斬子の目前を通り過ぎ、空を切った。

(何……!?)

一体どうしたことか。蟹が目測を誤ったのか。
しかし戸惑う間もなく、斬子は信じられない光景を目の前に見る。デビルキャンサーが……いないのだ。

(消え……た?)

あまりの事に、戦いにある程度慣れているはずの斬子の思考も追いつかなくなる。
右腕を突き出した体制のまま、立ちつくす斬子。
この様な状況下では無理のないことだが……それは余りに致命的な隙であった。
突如、巨大な影が、背後から斬子を覆った。

(……!!)

咄嗟に首を後ろに向けるが、もう間に合わない。
迫りくる巨大な鋏は……そのまま突き出されていた斬子の右腕を挟んだ。
斬子は……己の体の一部だった右腕が、今自分の体から離れ、飛び上がるのを見届けた、

「う……ああっ……!」

斬子は前方へと駆け出す。
右腕の行方は気になるが、今はそれを気にしている場合ではない。立ち止まっていてはやられる。とにかく距離を取らなくては。
斬子は何とか10数メートル程、デビルキャンサーから離れ、再びその巨体へと向きなおす。

(右腕は……不思議と痛みは無いな。それに……やはり綺麗だ)

斬子はここでようやく、斬られた腕に痛みが無いことに気づいた。
そしてその切断面は、やはり海岸で見た数多の死体たちと同様、とても美しかった。
それこそ、右腕の喪失をまるで感じさせないほどに。
しかし、痛みの無さとは対照的に、頭の中は冷静に"絶望"という文字が斬子を襲っていた。

(どうする……? ここは逃げるべきか? だが……)

今の斬子の状況は、まさに絶対絶命としか言いようがなかった。
まず右腕を失ってしまった。この時点で斬子は己の切り札を使うことが絶望的になったことを意味する。
加えて、相手のデビルキャンサーは、その切り札が使えたところで、先ほどの激突を見るに通用するかどうかも分からないのだ。
この時点でまともな思考であれば、撤退の二文字以外の選択肢は無いだろう。

しかし、デビルキャンサーには先ほど斬子の前で2回も見せた奇妙な移動術があった。
間違いない、あの怪物は空間を飛び越える術を持っている。
何故蟹がそんなものを持っているのか。そんな事は知る由もないが、問題はその術で移動できる距離が不明な以上、
背を向けて逃げ出す事もまた死となんら変わりないのではないかという思いが斬子を襲う。
斬子がこの砂浜に来る途中の道で見たいくつかの死体。
あれはこの戦闘空間から逃げ出しそうとした者たちの慣れの果ての一部ではないのか。
だとすれば、もはや斬子に残された道は……。

(ん……?)

その時、デビルキャンサーがゆっくりと動き出した。
遂に止めを刺しに行こうと思ったのか。身構える斬子。
だが、デビルキャンサーは斬子の方に向かわず、自分のやや右前方に進むと足を止める。
そこには……先ほど斬られた斬子の右腕があった。

デビルキャンサーは、左の鋏を突き出し、その右腕を挟んで拾い上げた。
そして、ひょいっという感じで自分の顔に向けて投げ出す。
かつて斬子の右腕だったものは、巨大な蟹の顔の中へと吸い込まれていった。

デビルキャンサーの顔が揺れる。
おそらく、ゆっくりと咀嚼しているのだろう。
何故かその顔がとても歪んだ笑みを浮かべているように斬子には見えた。

いや、気のせいではない……!
デビルキャンサーは両腕の鋏を天高く振り上げ、八本の脚で軽快にステップを踏んで飛び跳ねながら斬子の方を見つめている!
キューイキューイと笑い声まで響かせて。

(野っ……郎……!!)

この瞬間、斬子の頭から撤退という二文字が消えた。
売られた喧嘩は買う。それが悪党や変態ならなおのことである。
今のデビルキャンサーの邪悪そのものな挑発は完全に斬子をキレさせた。

とはいえ、怒りで勝てる相手ではない。
斬子は己の頭を総動員し、目の前の蟹を叩き斬る方法を探り出す。
今や頼れるのは己の左腕の刀と、あとは……。

(左腕、それに刀か……そういえばさっき……)

奴との戦いの中で感じた奇妙な違和感。
そして自分の左腕のこの綺麗な切り口の跡。

(もしかしたら……いや、間違いない。あれは私と同じものじゃないか?)
(なら……勝機はある。後はどうやって……)

斬子は冷静に思考を運ばせる。
失われた右腕を使わず、どうやって、二本の刃を敵に届かせるのか。
ふと思い出されるのは、今日ここにくるまでに見た、あるもの……。

(少年漫画か……確か、昔師匠が読んでいた中に……)
(やってみるか……!)

遂に意を決した斬子は、ゆっくりとデビルキャンサーへと向かった。

「なあ、あんた……凄いよ。私の負けた。降参だよ」

斬子は左腕に刀を持ったまま、手を広げだ。
もはや自分に抵抗の意志は無い、とばかりに。

「あんたみたいな凄いやつに、私みたいな未熟者が戦おうだなんて、おこがましかった」

デビルキャンサーはその斬子の動きにやや動きを止める。
しかし警戒は解かず、右腕の鋏は振り上げられたままである。

「あんたはまさに蟹様……いや、神様だ。悪魔だなんて酷い名を付けた奴がいたもんだ」

動かないデビルキャンサー。
斬子は自分の刀が届かず、しかしデビルキャンサーの鋏はギリギリ届く位置で足を止めた。

「もう抵抗する気はないよ。だから……いっそのこと、その鋏で私を斬ってくれ」

言って、斬子はその場に座り込んだ。
デビルキャンサーは、少し動きを止めた。
だが、斬子に動く気配が無いことを見ると、振り上げた鋏を広げ、勢いよく斬子の元へ伸ばした。

巨大な鋏が迫る。
そして斬子の腹部を覆い……その胴体を二つに……。

無音。

斬子の体は二つに分かれては……いなかった。
斬子は左腕の刀を横向きにして前に突き出し、鋏を防いでいたのだ。
右腕の刀こそないものの、最初の邂逅の際と同じ状況となる。

(やはりな……こいつは……『生物』以外を斬れない)

最初の時と違い、今ははっきりとわかる。
デビルキャンサーの鋏からは衝撃がまったく伝わってこない。
まるで手ごたえが無いのだ。
これがもし挟んだものが生物の細胞であるならば、音もなく斬り裂けるのだろうが……。

「……!!?」

急に鋏を防がれたことに、今度はデビルキャンサーが若干の戸惑いを見せる。
そして、その戸惑いを斬子は見逃さなかった。

「ふっ……!!」

斬子はすぐに身を翻して、鋏の間から抜けた。
そしてその右腕の鋏の付け根の上に、飛び乗る。

(いくぜ……!)

斬子はデビルキャンサーの大きな右腕の上を軽やかに飛び跳ねて駈け上り、彼の肩口へと向かっていく。
その途中、一度左腕に持った刀を腰の鞘へ差しなおす。
そして自分の服の中に手を入れ、そこに仕込んでいた短刀を取り出した。

「刃の備えあれば、憂い無し……っ!!」

斬子はその短刀を自らの口元へ運び……、そしてその柄の部分を喰わえこんだ。
その作業が完了すると同時に、デビルキャンサーの肩口へとたどり着く。

(うおらああああああーーーー!!)

斬子はそのまま倒れ込むと、その口元の刀を肩の付け根の右側から。
そして、腰の鞘から左手で引き抜いた刀を左側から。
デビルキャンサーの右腕を『挟み』こむように交差させる。

ザシュゥゥゥ!!

大きな血しぶきが上がる。
デビルキャンサーの右腕は肩口から外れ、取り付いていた斬子と共に崩れ落ちた。
砂浜に腕と共に打ち付けられる斬子。
デビルキャンサーは、激痛によって、脚を激しく動かしのた打ち回った。

(悪いな……私の斬り方は、あんたみたいに綺麗じゃないのさ……。だから、痛みもある)
(けど、理屈は同じだよ、『生物』なら、斬れないものは何もない)

そう、斬子の力もまた、二本の刀で『挟む』ことで効果を発揮するものであった。
しかし、その効力は斬子は『生物』と認識しているもののみに限定される。
ゆえに対『生物』に対しては絶対的な力を発揮するが、反面、それ以外のものに関しては効果を発揮しないどころか、
衝撃を伝えることもできない。
その特性を良く知っている斬子は、デビルキャンサーの持つ鋏が自分の能力と同じものではないかと思い、先ほどの賭けに出たのである。

(ぐうう……)

斬子はかなりの勢いで地面に落ちたが、何とかまだ口に短刀をくわえていた。
ちなみにこのやり口は言うまでも無く、少年漫画○ne pieceのものである。

(知識はあって、困るもんじゃないか……。馬鹿にせず読んでた方がいいのかな)

未だに短刀を何とかくわえているのは、これを落としては攻撃の手段を失うからである。
果たしてデビルキャンサーは、今ので戦意を失うのか、それとも……。

「……!!」

瞬間、斬子の目の前に巨大な鋏が迫る。
咄嗟に身をかわす斬子。だが、一瞬間に合わず、その鋏は、斬子の左目を掠めた。
斬子の左目からドクドクト血が流れる。

「くっ……!!」

斬子はすぐに身を転がせ、デビルキャンサーから大きく間合いを取る。
そして残った左目には、右腕を失い、左腕だけを勢い良く振り回して斬子を睨むように対峙するデビルキャンサーの姿があった。

(あー、なるほど……まだやる気ね)

斬子は左目に強烈な激痛が走るのを感じる。

(ふうん、左腕の方は普通なんだ……。てことはあいつの能力は多分、全部右腕によるものだな)

斬子は先ほどまで自分の傍にあった、デビルキャンサーの右腕に目を移す。

(もう、それはねえ……。てことは、まさに今のあいつはただの巨大な蟹……)

斬子は短刀をくわえた口元に力を入れ、更に左腕に持った刀を構えなおす。

(なら……こっからはお互いの意地のぶつかり合いだな!!)

デビルキャンサーは、八本の脚を動かし、斬子に向かう。
斬子もまた、デビルキャンサーへと向かっていく。

(さあ、決着つけようぜーー!!)


*************************************************


「う、ううん……」

斬子は目を覚ます。
あれからどれだけの時間が立ったのか。

「私……勝ったのか? 場所は変わってないようだけど……」

周囲を見回すと、まだ先ほどまで戦っていた砂浜であった。周囲の色はオレンジに染まっている。
どうやら夕暮れ時のようだ。

「一日はまだ過ぎていないみたいだな。あの蟹は……どうなった?」

何故か先ほどまで戦っていたデビルキャンサーの姿が見えない。斬子にはいくらか奴の体を切り落とした記憶があるのだが、それも見当たらない。

「なんだ? おかしいな……。うっ……?」

だが、斬子はデビルキャンサーが見当たらない以上の異常に気づく。
右腕の感覚があるのだ。
確かに切り落とされたはずの右腕が。
それだけではない。左目も失ったはずだが、周囲が良く見える。両目が揃っていた時と同じように。

「どうなってやがる……一体?」

まさかアレは全て夢だったというのか。いや、そんなはずは無い。
斬子は己の違和感を確かめるべく、海へと向かった。
そして、水面に己の姿を映しだした。
さらにあるのはずのない右腕を伸ばし、その姿を……。

「な、なんじゃこりゃあああーーーーーーーーーーっっ!!」

そして斬子は見た。
己の右腕が、巨大な、蟹の鋏になっているところを。
それだけではない、左目には巨大な蟹の目玉がつけられており、そこから頭に向かって蟹の触覚らしきものまで伸びている。

「わ、私の……私の腕が……」
(えっへっへっ~キュートだよね~~)

突如、斬子の頭の中に声が響く。

「お、お前は……、挟子……?」
(そっ、これからよろしくね~~。お姉さん)
「な、なんでお前が私の頭の中に? ……いや」

「やっぱり、てめえが蟹だったんだな」

(あ、やっぱりバレてた?)
「そりゃ戦いが始まって急にいなくなったからな。それにあの蟹……確かに子供っぽかったな」
(そういうこと~~。負けちゃった。お姉さん、強いね~~)
「そりゃあな……って、そうじゃねえ!! なんであたしが蟹になってんだ!! こりゃあなんだ!?」
(そこは察しが悪いな~~。ほら、お姉さんも言ってたじゃない。蟹様、ならぬ神様を殺しちゃったんだよ。呪いがかかるってが相場でしょ?)
「何を言ってやがる!! ありゃ油断させるための嘘に決まってるだろ、この悪魔!! 戻せ!私の体を戻せ!!」
(そりゃあ、無理だよ。呪いだもの~~)
「ふ……ふざっ……ふざけんな!!」
(まあまあ、いいじゃない。その姿でもお姉さん、可愛いし~~。食べたくなるぐらい。それにその鋏は便利だよ~。さっきまでお姉さんも見たでしょ。色んなことができるんだよ。ハンター稼業をやるには、むしろ元に戻らない方が便利な……)
「ざけんな……こんな……こんな姿じゃ……」
(こんな姿じゃ?)
「お、お嫁にもいけないだろ!!」
(……………)

一瞬の間が空く。
ザザーと波の音が響く。

(え? お姉さん、お嫁さんにあこがれてたの?)
「そうだ! 悪いか!」
(いや、でもお嫁さんになるんなら、正直言動とか、性格とか、直したほうがいいところが他にもたくさん……)
「ばっ、馬鹿いうな……!! いいか、女の子にはな。清く、正しく生きていれば、いずれきっと格好良い……素敵な男が、その、無理やり……愛を告白しにきてくれる日が……」

顔を赤らめ、右腕の鋏と左で指をあわせる斬子。

(……え、何それ?)
「わ、私の呼んだ漫画にはそういうエピソードがいっぱい載ってたぞ!! 女の子には誰でもいつか素敵な出会いがあるって……!」
(それ、少年漫画より嘘臭いと思う……)
「そんなことは無い。出てくる女の子も皆、私と同じピュアな心の持ち主だった!!」
(……うわあ)

突っ込む気力も失せた挟子は押し黙る。
しばし、沈黙が流れる。

「と、とにかく……!!そういうわけだ。私を元に戻せ!! 右腕はいいから、とにかくこの蟹の手と目玉を外せ!!」
(だから無理だって。まあまあ、ここは前向きに行こうよ。そういうことなら、そんな姿のお姉さんでもお嫁に貰ってくれる人もいるかもしれないし)
「いるか!!」
(それに、私みたいな存在が出てくるような世界だもの。ハンターとして戦い続けてれば、いずれは元に戻る方法が見つかることだってあるんじゃないの? 私だって、できればちゃんと生き返る方法を見つ けたいし)
「お前はとっとと地獄へ行けっ!!」
(ということでこれからよろしく~~。お姉さんが死んだら、私も多分困るから、これからの戦いは陰ながら応援するね。まず私の能力の使い方だけど……)
「勝手によろしくするな~~!!」

かくして、新たな力と姿とパートナー?を得た斬子。
戸惑いをよそに、日はゆっくりと暮れていくのだった……。