私の名前は撫津 美弥子、どこにでもいるごく普通の小学六年生。
ちょっとおしゃれに興味がある本当にごく普通の小学六年生です。
ただ、そんな私の周りにごく普通ではないものが存在します。それは……
「みやちゃんみやちゃん!さっきさ!おばあちゃんが困ってたからさ!助けてあげたんだよ、んで、お礼にこれもらった!」
唐突に現れ唐突に全ての要素を言い切り唐突に私の手にほいと手渡された物を私は見る。
「おにぎりだと思うんだよね」
「おにぎり?……」
うん、確かに黒くて丸いよね。
でもね、ただのおにぎりに、危ない音を発しながら燃え尽きていく火のついた紐はついてないと思う。
そしてこういう時、私がすべきことは一つしかない。
「……って、これはどうみても……爆弾じゃないのー!!」
瞬間、辺り一帯が光と熱に包まれる。
死ぬとはこういう事なのだろう、やけに感覚が研ぎ澄まされ、全てがスローモーションに感じた。
そんな中、私は必死に叫ぶ。叫ぶしかない。
「なんで……爆弾なんてあるのよ……しかも……なんで火がついてるのよ……おかしいでしょう……があ……かはッ……!!」
大きすぎる音、まさに爆音。それが耳の中を引き裂くような感覚、腕が千切れて吹っ飛ぶような感覚、身につけている物が全て焼け焦げ、その後、肌どころか骨まで焼きつくされるような感覚。
平和な住宅街は次々と崩壊していく。ガラスは割れ、壁は崩れ、植木鉢は風圧で吹き飛び、花を散らせた。
こんなものを渡してきたというのに最後の最後まで彼女の満面の笑みが憎らしい。非常に憎らしい。
……そんな感覚が何十秒にも感じられた後、爆発が起きる前と後で変わった事は……
体が煤で真っ黒になった彼女と、私だけである。
耳は聞こえる、腕もある、服もランドセルも無事。
辺りの家には傷一つつかず、植木鉢も何も知らないような顔で花を育んでいる。
「……いやー、びっくりしたね!」
「びっくりじゃすまないでしょうが!!なんてもの渡すのよ!!」
すみません。私は嘘をつきました。
私はごく普通の小学六年生ではありません。
「魔人」……そう呼ばれている、特殊な能力をもった存在です。
もちろん彼女……森久保 眞雪も、そういった能力を持っている。
「おばあちゃん助けたってのも嘘でしょ」
「なんでばれたの!!あ、いや違う、本当だよ!」
「ばれたって言ってるし!」
煤だらけになった体は軽くはたいただけで何事もなかったかのように綺麗になる。
もはやこんな光景も見慣れてしまった。
その事について深く考え始めるとなんだか無意味に悲しくなるので、深く考えないようにしている。
「いや本当だよ、さっきもこの火炎放射機で全てを解決してきたところ」
「そんなもの持ち出さないで!燃やしつくす事は真の解決じゃないんだよ!!」
そう叫ぶと彼女がどこからともなく持ち出していた火炎放射機はあとかたもなく消える。
眞雪の能力は「どんな武器でも作り出せる能力」
4年生くらいの頃だったか、突如として何かの漫画に影響され武器マニアとなった眞雪は眺めるだけに飽き足らずとうとうこんな能力を手に入れてしまった。
その武器を消したのが、私の能力……
「ツッコミをすることで、異常な現象をなかったことに出来る能力」だ。
……自分でも言っていて残念な気持ちになる。どういう能力なのこれは。
私のこの能力と眞雪の能力によって、生き残るにはツッコミをするしかないという状況にかなり近い。
彼女が武器を取り出し私が消す。
この一連の流れによって私は、この辺りは一応の平和を保っているのではないかとさえ思う。
「朝から変なことばっかりやってないで!さっさと学校に行くわよ!」
「あーい」
こうして今日も私の騒がしくもいつも通りな一日が始まるのだ。
……始まるはずだったのだ。
「みやちゃん!このままじゃ遅れちゃうよ……どうする!?巨大なスナイパーライフルで学校の鐘を消し飛ばす!?」
「そんなことしても遅刻には変わりないし!大体なによ巨大なスナイパーライフルって!絶対それスナイプ出来ないでしょ!!というか鐘なんてないし!!」
このツッコミをした時点で、すぐそばに現れかけていた公園の遊具のように巨大なスナイパーライフルは瞬時に消えている。
もはやこの辺りは意識せずともツッコめるレベルに達してしまっているのだ。
理屈はよくわからないが、あまり規模が大きくない限りは、この程度のツッコミで十分消せる。
もしかしたら私が彼女の能力……いや、性格をある程度理解しているというのも関係があるのかもしれない。
こんなひどい目にあっているのに未だに彼女と友達なのも、腐れ縁とか、なんだかんだでいないと寂しいと思うから、というのはわかっている。
しかし、それはそれとして本当に毎日飽きもせずに武器を取り出し、危険な行為を繰り返すのは勘弁してほしい。
さっきだって私が咄嗟にしっかりツッコミが出来ていなければ本当に危ないところだったというのに。
「ほらほら!だったらやっぱり走るしかないって!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、そんな、私、眞雪みたいに足、速く……!!」
鈍い音が響いた。
突如宙に浮かぶ眞雪。
違う。
トラックだ。
トラックに、眞雪がはねられた。
そして、電信柱に強く打ちつけられ、動かなくなった。
まるでギャグ漫画のワンシーンのようだった。
「……は」
私の頭は真っ白になった。
何か言ったのか、ツッコんだのか、全く記憶にない。
ただ、いくらツッコミをしたところで無駄だったはずだ。
私の能力はあくまで「異常な現象をなかったことにする能力」
「トラックにはねられる」というごく普通にありえる事に対してツッコミをしたところで、なかったことには出来ない。
私には、どうする事も出来なかった。
……気付けば全ては終わり、はっきりした意識が戻ってきたのは家のベッドで目が覚めた頃だった。
「……」
こんな、こんなバカな事があるだろうか。
魔人が、武器を作り出すなんていう攻撃的な魔人が、トラックにはねられただけで、こんなにもあっけなく。
何故だか涙も出なかった。何も思いつかなかった。
ただ、辛く悲しい気持ちだけはとめどなく溢れてくる。
「……」
しばらく眠る事も出来なかった私は、ふとスカートのポケットの中に何かが入っている事に気付く。
……時計。それも、眞雪が着けていたデジタル腕時計だ。
はずみで外れた物を無意識に持って帰っていたのだろうか。
ぼんやりとそれを眺めていた私は、やがて時計に違和感を覚える。
「……?」
意味のわからない数字。前に自慢された時にこんな数字はなかった気がする。
表示されていたその数字が不意に減った。が、変化はそれだけ。そこからしばらく眺めていても数字が変わることはなく、あとは概ねただの腕時計だった。
しかし、その変わらない数字に不意に眩暈を覚えた私は、再び眠りに就いた……。
……私は知らなかったのだ。
その時計が、『迷宮時計』と呼ばれている事を。
所有者は命を懸けた戦いをしなければならないという事を。
そして、その時計のかつての所有者は眞雪だったという事を。
その時はまだ、何も知らなかった。