プロローグ

注:このプロローグは戦闘時のキャラクターの立ち回りをアピールする為の物なので、本編では使われない戦闘空間『樹海(現代)』を利用します。
あくまでも本編と被らないようにする為ですのでご勘弁お願いします。

緑、どこまでも続く密林。どこから出られるのか、出た先に何が有るのか、何も分からない森の中、対峙する2人の男女がいた。
女は作務衣にウエストポーチ、背中に紐で縛り付けた一升瓶を背負うという妙な姿をしていた。年齢は若いが、学生には見えない。
女の名は 「飴 びいどろ」。今この場に転送されたばかりであったが、男の事を見るなり驚きと怯えと敵意を交えた目を見せて、彼から距離を取った。

男の方はというとこちらも妙な姿をしている。いや、厳密に言うと、服装は着崩した上下グレーのスーツという街を歩いていても違和感が無い物だったが、手に持っている剣のような物が妙な存在感を醸し出していた。それは、稲妻を模したようなジグザグとした刃を持ち、黒色の柄には金色の文字で『爆』と刻まれていた。
男の名は 「轟 フールミネ 雷公」。彼も又、この場に転送されたばかりだったが、女の顔を見るなり、驚きの他に好奇と劣情を入り混じらせた笑顔をそちらに向けた。

2人は既に戦いのルールを知っていた。ある日突然現れた時計の為にここに呼び出された事、元の世界に帰る為には戦いに勝利しなくてはいけない事、勝利条件、戦う事になる敵。全て24時間前から脳内に情報が入り込んでいた。
まるでそれを既に知っていたかのように。

「降参してくれない?」轟が飴に話し掛けた。「君、戦闘なんてしたこと無いっしょ?怪我したく無かったらさっさと時計を渡せよ。」
「私は、帰らなくてはならないので。」飴は刀を持った相手に平然と返す。帰らなくてはならないというのは事実であった。家にいる弟妹達にはまだ夕食を作って居ない。それどころか金もそこまで残っていない今、家に彼らを置いたままにしておけば、自分は最低な父と同じになってしまう。否、金をほとんど残していない事を考えればそれ以下だ。
「じゃあ俺が勝ち進んで優勝すれば君を元の世界に帰してやるよ。だからさっさと時計出せよ。」
嘘だ。飴は理解していた。轟の表情に見え隠れする劣情と、時計を渡したとして無事に元の世界に戻すつもりが無い彼の陰惨な性格を、彼の発する空気から肌で感じ取っていた。時計を渡したとして、きっとそれ以上の物を要求される、最悪の場合自分を弄んでおきながら元の世界にも戻してくれないだろう、という確信があった。
「良ーい?最後に俺の能力見せてあげるからちゃんと理解してね?時計を渡した方が良いって事を。」
イライラした様子で轟が剣で自分の横にある木を切りつけると、木は縦に真っ二つに分断された。
そして数秒遅れ、木は断面から轟音と閃光を発して、四方八方に吹き飛ぶ。
「これが俺の能力、『ゴールデンボマー』。俺が剣で切った物は切って3秒が経つと切り口から爆風を発する。人間だったら指に傷を付けるだけで手を吹っ飛ばせるし、胸に突き刺せば、全身がミンチになる。これを見てまだミンチになりたいのか?ん?」
イライラが募り、次に断ればその次の瞬間に飛びかかって来るような雰囲気を散らして轟が聞く。

だが、飴の返答はやはりNOだった。帰る為に、こいつに気を許してはならない。

「生意気な小娘が。屈服させてやる!」轟は顔を歪ませて剣を振り回した。剣が周りの木に次々に傷を付ける。轟音が響くと、木が次々に倒れ始めた。それらは全て飴に向かって倒れて来ていた。轟はがむしゃらに剣を振り回しているわけでは無い。木が倒れる向きや時間、木の長さまで考慮していた。降り注ぐ木を避けながら飴は轟と反対方向へ走る。
しかし、彼女は逃げられなかった。
木は彼女を取り囲むかのように逃げ道を塞いでいた。
轟は地面を剣で突き刺すようにし、ゴルフでもしているかのように剣をスイングした。剣に弾かれた落ち葉が、石が、飴の目の前で爆発する。
「うっ…」熱風が皮膚を焼く。爆発の規模は小さくとも、石は弾丸となって加速し、彼女の腹を貫通した。
逃げる事を封じられた飴に残された道は降参するか戦うかの二つしか無かった。今降参しても、もう遅いだろう。轟は飴を傷付ける事自体に楽しみを感じ始めていた。降参しても、時計だけ奪われてその後気が済むまで嬲られる未来しか見えない。殺されることも充分考えられる。

なら、戦うしか無い。

飴はウエストポーチからガラスのナイフを取り出し、轟目掛けて投げつけた。剣で折られ、弾かれる。腹の痛みでスピードは殆ど出ない。
しかし続けて投げる。やはり弾かれる。残弾が無くなったら終わりなのに、何をしているのか。飴の目は1度剣に折られたナイフを見つめていた。
折れたナイフは地面に落ちると爆発して粉に変わっていた。
彼女はナイフを何本か手元に残したまま、ポケットからおはじきを取り出して投げる。おはじきであっても、轟の剣はそれを真っ二つに切り、地面に落として爆発した。
轟は飴の行動を追いつめられた小動物の抵抗としか見ていなかった。彼女が何かを投げつける度、それを打ち落とす事に快感すら覚えていた。
自分が他人より上にある。その事に快感を覚えずにはいられなかったのだ。


轟は中2の頃魔人として目覚めたが、これまで能力を使う事が出来たのは目覚めた直後だけ。それ以降は魔人警察の目に怯え、決して戦闘においては弱くない能力を使いたい衝動を燻らせていた。
轟は既に一人、他の時計所有者を殺していた。そいつは男だったから躊躇もしなかったし、そもそも先に襲って来たのは相手の方だった。気付いたら相手が死んでいたのだ。最初は魔人警察が来ることを恐れていたが、元の世界に戻ってから相手の男が死んだことはニュースにもなっていなかった。数日経っても何も無かった。彼は確信した、試合空間でなら好きなだけ能力を使えることを。
轟の能力、『ゴールデンボマー』は強い。もし産まれる時代が違かったなら彼は英雄だったかもしれない。
彼は能力を好きなだけ使い、それが富と名誉に変わる世界へ行くことを望んでいた。優勝すれば、出来る。優勝、しよう。彼の胸の中ではそのような思いが渦巻き、目の前には今回の戦闘の報酬と言ってもいいような女がいた。
「最高だーーー!!!ワハ、ワハハ、ワハハハハ」
大笑いしながら飛んでくる物体を次々に迎撃する。早く相手が屈服する様子が見たい、見下したい、泣いて謝る所を傷付けたい、犯したい、殺したい。


妄想しながら荒い鼻息を吐いていた轟の鼻が吹き飛んだ。いや、顔の表面全体が吹き飛んでいる。目はもう見えない。鼻も使い物にならない。
何が起こっているか分からず動きを止めた轟の顔面に無数の刃が突き刺さる。
「ギャアアア!何が、何が起こったんだぁ!?」

轟は慢心していた。自分の能力への過度な自信と、追い詰めた筈の相手を理解出来ていなかったのだった。飴が魔人であり、能力を使える事など、戦況の前で殆ど忘れていた。
『サラミ=トラミ』
ガラスを分解する能力。飴に攻撃の意思さえあれば、この能力は無限の応用性と可能性を見せた。
投げ続けたナイフやおはじきの殆どはブラフだった。轟の顔を吹き飛ばしたいくつか以外は。
何も難しい事では無い。何度も弱い投擲を続け、轟に自分が有利であるという感覚を植え付け、自らの能力を見せつけるように剣で飛翔物を切り落とすような行動を繰り返させた。
この行動がルーチンワークになった頃に、投擲した物を切られた直後に粉末状に分解。粉末状になったガラスは地面に落ちること無くフワフワと空気中を漂い、轟の顔の近くで爆発したのだ。轟が混乱すると、ガラスの串を何本か投げて轟の顔に突き刺したのだった。
「ぐうぅぅ…殺すぅ殺してやるぅ…いや、痛めつけてやる…俺の何倍もの痛み、何倍もの時間、何倍もの精神的苦痛を味合わせてやる…」
轟は剣を構えて先程まで飴が居た所まで駆け、剣を振るう。
しかし剣の先は彼女を捉える事無く、倒木の一つを切り裂いていた。
激しい爆発が起こるも、そこに飴が巻き込まれた様子は無い。彼の残された感覚器官である耳がそう告げている。飴は腹に怪我をして、遠くに動けそうな様子では無かった。
「どこだ、どこに」
轟の首から鮮血が飛び散った。
飴は彼の後ろでナイフを振るっていた。彼の首にはナイフの一部であったガラスの破片が食い込み、動く度に食い込んだ。
これも飴の能力で分解したガラスだった。ナイフが轟に刺さると、刺さった部分だけを身体に残してナイフから分解し、彼の体内で更に三つ程に分解したのだった。ガラス片は轟が動く度に周囲の細胞を傷付け、破壊する。

轟は飴の場所に気が付くと、思い切りその剣を振り下ろした。しかしこれを飴が受け流す。
轟の動きが怪我や動揺で鈍っていたにしろ、何故戦闘経験の無い彼女にこのような芸当が可能だったのか。
彼女は職人としての魂を、技を天性の物として授かり、ここ何年もの間それを磨いて来た。その時に養った覚悟、集中力、根気、手先の器用さの全てが「帰りたい」という思いによって戦闘能力へと昇華していたのだ。
彼女は続けてナイフを轟の肩に突き刺し、身体にガラス片を残して引き抜く。ナイフは先程よりも短くなったが切れ味は衰えない。『サラミ=トラミ』があれば、ガラスのナイフはいつだって一番鋭い状態を保持出来るのだ。
轟は肩の痛みで剣を取り落とす。意識して取った行動では無いが、これは彼にとって失敗では無かった。次に剣を振るえば、肩の中のガラスがその動きに応じて彼の右腕の筋肉を断裂させていただろう。彼は落とした剣を拾おうとせず、飴のいる方向へ手を伸ばした。そして彼女の首を掴む。剣が無くても首をへし折れば相手は死ぬ。
しかし、指に力を入れる前に、首に食い込んでいた全ての指が切り離されていた。もう剣も首も握ることは出来ない、彼は最後に突進を試みた。
それは太腿への攻撃を喰らって失敗に終わり、彼はそのまま痛みと失血で気絶した。
飴は彼の顔を一瞥すると、起き上がって来ない事を確認した。彼が生きていることを確認し、時計の場所を探っていると
酒の匂いがした。どこから?
轟の息は酒気を帯びていた。その匂いと先程までの歪んだ笑いは彼女に父親を思い出させた。

気付くと轟は全身を血に染めて息を止めていた。飴は自分の手が真っ赤になっている事に気が付いた。
殺人を犯した事に気が付き、自分が捕まった後の弟妹の事を考えて涙が溢れる。自分の腹から流れる血を見て、蹲る。気が遠くなり始めた。自分は死に、弟妹は殺人犯の家族呼ばわりされる。もうみんな終わりだ。

気付くと彼女は工房で寝ていた。怪我は無い。ただ、時計と戦闘準備としてかき集めた装備は目の前に置いてある。
「あれは、夢?」
違う。あの痛みや人を刺す感覚は本物だった。
又、戦闘が始まるのだろうか。だとしたら、何度でも帰って来てやる
私の他に誰があの子達を守るというのだ。
決意を固めて、彼女は夕食を作る為に台所へ向かった。

最終更新:2014年10月06日 02:49