プロローグ

希望崎学園の遙か西方の地、“四国”。
88カ所に張り巡らされた結界で護られた、謎の多き土地。
ある者は『黄金と暁の地』と語り、ある者は『“新潟県”以上の魔境』と語り、
『白亜の宮殿が聳えていた』『鰹の頭部を持った奇怪な生物に襲われた』
『水という水が茜色に輝いていた』『三日三晩踊る奇祭に参加した』……
様々な文献、証言が飛び交いながら、どれが真実でどれが虚構か未だに解明されぬまま
噂が噂を呼び続ける、不可思議な土地である。

“四国”について、今の段階で確実に言えることは――
88の結界に、綻びが生まれつつあるということ。
その結果――トラブルが発生しているということ。
この二点である。

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「シャアアアアア……」

「まったく、どーなっちゅーがぜよ……
 随分“アヤカシ”どもが騒ぎゆうが」

とある山中にて。
熊と狸と猪を混ぜた様な奇怪な獣を前に、青年が独りごちる。
白衣を羽織ったその姿は、僧侶の様にも見える。
しかし、その下の衣服は僧侶にはおよそ似つかわしくない、
どころか山歩きにすら適さないカジュアルな服だった。
さらにその背には、巨大な筆が背負われている。

「シャアアアアアッ!!!」

そんなデタラメな姿の青年を見てか、それとも単に人間を『獲物』として認識しているのか。
“アヤカシ”と呼ばれた獣は、威嚇の姿勢を見せても退かない青年に、遂に実力行使に出た。
筋肉と毛皮で覆われた、鋭い爪を目の前に振り下ろす!

「おっと。ちくと大人しゅうしいや」

しかし、青年は慌てず騒がず。
背中の筆を手にとり、アヤカシの一閃よりも速く動かす。

空中に、墨で『鎮』の字が浮かび――
その文字が、アヤカシの身体に叩き付けられる。

「シャアアア…… アア…… ……」

途端に、唸り声が穏やかに変わり――獣が大人しくなる。

「早う山ん中へ帰りよー」

獣の頭を一撫でし、そのまま青年は立ち去っていく。

青年の名は善通寺 眞魚(ぜんつうじ まお)――
“四国”の88結界を護る管理人であり、自由人である。

最終更新:2014年10月06日 02:48