プロローグ

『花いっぱいの街には、もう帰れない』

祝薗盛華(ほうそのせいか)は、脳内がお花畑の魔人だった。
どのぐらいお花畑かというと、能力対象が半径20キロの全ての植物。あきれた広さである。
効果は、植物をちょっとだけ元気にする。それだけだ。
常時発動のパッシブで、出力の調整も効かない垂れ流し状態。
お陰様でわが町は緑と花の溢れる素敵な街だった。
植物が元気になるのは良いことばかりではなく、雑草は延び放題だし、花粉症シーズンは毎年大惨事だ。
だから、密かに彼女のことを恨んでいる人間は意外に多かったかもしれない。

たぶん盛華のFS名は「脳内お花畑」。少なくともFS15点以上。下手すると20点の極振り。
彼女の身体能力は普通の人間と全く変わりなく、いや、むしろ並以下だった。
そして、彼女は朗らかで、花と緑とこの街の人々を、心から愛していた。
そんな彼女だから、俺は守りたいと思ったんだ。結婚しようと思っていた。

――できなかった。守れなかった。

背後から殴られ、意識を取り戻した時には、俺は全身をきつく縛られて全く身動きが取れない状態だった。
そして奴は。
そして奴は俺の目の前で、盛華の四肢を切り落とした。
奴は、盛華が絶命するまで何度も陵辱し、絶命してからも何度も陵辱した。
俺は叫ぶことすらできず、猿轡の中へ嘔吐を繰り返しながら悪鬼の所業を視ていることしかできなかった。
やがて奴は、四肢を失った盛華の亡骸をぶら下げて立ち去った。

――遺された盛華の手足を見つめ続けること一週間。
新築間もない庭付き一戸建て。周囲に異臭が漂い始めるか、実家の両親が異変に気付くか、いずれにせよもう少し時間が掛かりそうだ。
もはや、戒めを解こうともがく体力すらなく、涙を流すための水分も失われた。
もうすぐ俺は死ぬのだろう。

ああ、神様。
俺はどうなっても構いません。
だが、罪もない盛華を残忍に殺めた奴にだけは、彼女以上に凄惨な死を与えてください。
そして盛華の魂が、安らかに天に召されますように。

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意識を取り戻すと、目の前にシシキリの顔があった。
これから私は、またシシキリに殺されるのだ。
シシキリの能力によって私の死体は達磨に変えられ、何度も蘇生され、何度も殺された。
これからも永遠に殺され続けるのだろう。

四肢と能力を失った状態で蘇生されるので、抵抗することはできない。
シシキリが殺し飽きるのを願いながら、ただ苦痛に耐える以外の道はない。
正気を失えたらまだマシだったろう。
実際、残虐な拷問によって私は何度も何度も発狂した。
しかし、蘇生される度に精神状態も健康な状態に引き戻され、再び責め苦に苛まれるのだ。

祝薗盛華に対するシシキリの執着は、異常そのものだった。
何百回犯され、何千回殺されたのか、私はもうわからない。

ああ、神様。
私が罪ひとつない人間であったとは申しません。
ですが、これほどの仕打ちを受ける理由があるのでしょうか。
どうか、シシキリを殺してください。
そして私に、安らかな本当の死を与えてください。

廃墟の地下室に、シシキリが振るうナタが肉を裂き、骨を砕き、臓物を潰す音が無惨に響く。
もし盛華の能力が使えたとしても、日の差さぬこんな場所に花が咲くことはないだろう。
二人の過ごした花いっぱいの街には、もう二度と帰れない。

最終更新:2014年10月06日 02:47