もし早百合と糸音が協力していたら


これは、もし早百合と糸音が協力して迷宮時計探索任務を請け負ったらという、「もし、たられば」の話である。

◇◇◇

とある深夜。
迷宮を無事手に入れた早百合達は、活動拠点である隠れ家で一休みをしていた。
早百合はストーブを前に腰掛け、手に入れた腕時計型の迷宮時計を手の中で弄んでいる。
糸音は手織り機で黒い布を織っていた。
ふと、早百合が口を開いた。

「……この時計を手に入れるまでの旅は、ひたすら長く感じたのだ」
「まぁ、実際苦労しましたからね。事前に調べていた欠片の時計があるであろう在り処、あるいは持ち主の情報が偽物だったり、既に誰かに取られたりしていて時間を結構費やしましたからね」
「でもそれだけの時間をかけてグンマーの外を動き回った甲斐もあって、素晴らしい外界の思想を学べたのだ。グンマーの様な全体主義ではなく、個人を大切にするという個人主義。この違いを学べたのは大きいと想うのだ」
「そうですね。全体主義に完全に染まっていた頃の早百合は、手を切ろうとしたりしましたもんね」
「うっ。それは恥ずかしい過去なのだ……」


◇~回想~◇

それは任務に出かける前日の夜のことであった。
用事があって糸音は早百合の部屋を尋ねた。

「早百合、明日の任務のことですが――」

しかし途中で糸音の言葉は止まった。
早百合が持っている物、そして早百合が今から行おうとしていることに気づいて言葉を無くしたからだ。

「なんだ? 用件があるなら早く言うのだ」
「『なんだ?』じゃないですよ! 貴方、今何をするつもりで裁断機なんかに左手を……!」
「見れば分かるだろう。今から切断するのだ」
「切断!? そんな、なんの為にそんなことを……!」
「それは――」

左手を使った策のことを、早百合は詳細に説明した。そしてそのために今から左手を切断するのだと。

「勝利の為に、これは致し方ないことなのだ」
「……」
「糸音……?」
「……ッ!」

パァン、と激しい音がした。

「いと、ね……?」
早百合は頬を押さえる。糸音に頬を打たれたのだ。

「やめて下さい……!それは、あなたの、大事な左手でしょう!!」

「だが、ハマればこの策はかなり有効に働くはずなのだ……グンマーの為には仕方のないことなのだ」
「策がどうこうではありません! 戦闘空間での戦闘ならいざ知らず、この基準世界で切断したら二度と左手は戻ってこないのですよ!?」
「そんなこと、分かっているのだ。でも」
「でもじゃない! そのハマるかどうかも分からない策なんかより、手の方が大事に決まってるでしょう!? お願いですから、そんな馬鹿げたことはやめて下さい……!」

縋りつくように早百合の左手を両手でつかむ糸音。
普段冷静な糸音の必死な訴えに早百合は。

「……分かったのだ。糸音がそこまで言うなら、しょうがないのだ」
「本当ですか? 後でこっそり切断したりしたら怒りますよ」
「そんな面倒なことはやらないのだ。でもなんでそんなに必死に止めたのだ……? 別に糸音の手を切断するわけでもないのに」
「それは……なんででしょうね? グンマーの教えに沿うなら、グンマー人はグンマーの宝。だから体も無闇に傷つけてはいけない、ということでしょうか。うーん、でも少し違う様な……よく分からないですけど、とにかく衝動的に止めなくてはいけないと思ったのですよ」
「ふーん。優等生の糸音にも分からないことはあるのだな。そういえば、ここに来た用件はなんだ?」
「あ、それはですね。集合時間を早めに変更しないかって話なんですけど――」

◇◇◇

「思えば、私のあの時の感情は『他人を想う』ということだったのでしょうね」
「うむ。グンマーに居た頃はそんな単純なことも知らなかったのだ。グンマーでは損得を第一に考えるよう教えられてきたからな」
「えぇ。他のグンマーの皆さんにも……他人を想うということを……教えたい……もの、です……」
「……糸音?」
「……」

早百合が無言になった糸音の方を見ると、糸音は眠ってしまっていた。
それを見て、思わず微笑んだ。

「まったく、しょうがない奴なのだ」

早百合は布団を持ってきて、糸音の肩に掛けてやった。

この任務を受けてから得たもので一番大きかったもの。
それは糸音との強い絆だろう、と早百合は思う。

糸音の隣に椅子を持ってきて、早百合も布団に包まって眠り始めた。

【END】

最終更新:2015年01月17日 20:15