裏準決勝戦SS・神社その2


 神のみぞ知る。
 進むべき道を、勝負の行方を、運命を、全てを知る事が出来る者がいるとするならば。
 それは神と呼ばれるべき存在なのだろう。

―――

 戦闘空間、神社。社前。
 迷宮時計に導かれた一人の少女、刻訪結がその神社に現れた瞬間"彼女"もまた、目の前に存在していた。
 彼女は結に時計を見せてくる。かわいらしいデジタル腕時計。
 だが、そんなかわいらしさを全て打ち消して余りあるほどの、強烈な殺意。
 結はその姿を見るなり彼女に交渉は通じないという事を悟った。
 それは彼女の裏社会に生きる者としての勘であったのかもしれないし、自分自身が時折見せる殺意に似ていたからだったのかもしれない。

「……」

 彼女……"刻の辻斬り"はその黒い瞳で結を見ていた。
 右手には辻斬りと言うにはやや不釣り合いな大きな剣。その名に反しそれは若い(といっても結よりは年上に見えたが)女性だった。
 当然偽名であろう。結は特に疑問は感じなかった。
 自らも本名(綾辻結丹)とは別の偽名(刻訪結)を使用している。そして、今までの対戦相手に伝わっていたのは偽名(刻訪結)の方であったからだ。
 最もこれは後付けの理由であり、実際は疑問に感じる暇などなかったというのが正解である。
 戦闘空間に現れたと同時に刻の辻斬りは既に結に肉薄し、その剣を突き刺さんとしていたからだ。

「……!」

 結にその剣は通らなかった。
 彼女が身に着けていたそのマントによって斬撃が弾かれていたからだ。
 それは、彼女が先日の戦場である"温泉旅館"にて手に入れた戦利品であった。


―――


 危なかった。
 もしも"お兄ちゃん"からもらったシールドマントがなければ私は成すすべもなく死んでいたかもしれない。
 お兄ちゃんが守ってくれた。そんな気がした。
 まあ……第5席だけど、お兄ちゃんには変わりないもんね。
 相手の能力は高速移動か、瞬間移動か……高速移動ならば、お兄ちゃんと同じだ。
 もしあの勝負、お兄ちゃんが問答無用で殺しにかかってきてたら何も出来ずに死んでいたんだな。
 そう思うと、少しだけ怖くなる。でも、だからこそ負けるわけにはいかない。このマントをくれた想いを、無駄にするわけにはいかない。
 私は"お兄ちゃん"の形見である狐の仮面を付け、閃光弾を地面に叩きつけた。
 強烈な光が刻の辻斬りを包む。このまま一気に終わらせる。

 消影糸術(シャドウハイドストリングス)

 なんのことはない。相手が光に包まれている間に糸を一気に巻きつけ、刻の辻斬りを縛りつけ、殺す。それだけだ。

「……ッ!!」

 糸を限界まで引く。しかし、既に彼女はいなかった。


―――


 社の中。
 厳かな空気が流れるその空間の中心には一人の壮年の男性。
 そしてその前に正座する一人の少女。
 少女はやや緊張した面持ちであった。
 それは儀式への不安もあったが、外で起きている"何事"かへの不安もあった。
 その少女の姿を見て、男性は少女に語りかけた。

「儀式を中断することはならん。"神"がお怒りになる」
「……」
「案ずるな、儀式になんら支障はない。掟通りに動け」

 少女が頷くと、儀式は再開された。



―――


 刻の辻斬りが姿を消した後も結は糸を引き続ける。仕掛けを張り巡らせる。
 そして" 消影糸術(シャドウハイドストリングス)"に仕掛けていた鋏でわずかに得た彼女の血を体に刺繍しはじめていた。
 それにより理解する。彼女の瞬間移動は既に存在している物を上書きして移動出来るタイプではない。
 こうして糸を自らの周りに張り巡らせておけば迂闊には手出しは出来ないはず。
 なによりこのシールドマントを利用すれば、相手の戦法である剣術はまず通じない。
 相手も慎重派であるのか、一旦身を隠してこちらの出方を窺っているのだろう。おかげで刺繍をする時間が生まれた。

(あの剣は能力とは無関係な所持品……私のマントと同じか)

 明らかに普通の剣ではない。それはわかった。
 結はあの剣にほんのわずか、消しきれない呼吸のようなものを感じていた。
 刻訪結の身体能力は普通の中学生と大差ない。
 それでも彼女が裏の社会で生きていけたのは、"操絶糸術(キリングストリングス)"の技術と、そのわずかな気配を察知する勘の鋭さによるものが大きい。
 彼女が戦闘の最中に自分の体を縫う、という隙だらけの行動を行える事も何より彼女の感覚が優れていてこそである。

(……痛い、痛い、痛い、痛い、痛い)

 刻訪結は痛いのが嫌いだ。
 故にこの能力を使用する際、尋常ではないほどの精神力を必要とする。
 普段ならば気が狂ってしまいそうになるほどの痛みを今、彼女はギリギリのところで耐える事が出来ていた。
 それはマントと共にもらった、貫く力。
 今は決して振り返らない。真っ直ぐに進む。そう決めた事で、彼女を正気を保ったまま刺繍を施せるようになっていた。

 再び気配を感じる。強い殺気。
 背後にいる!結はマントを翻す。

「ぐ……ッ!!?」

 刻の辻斬りが背後にいたことは間違いではなかった。
 しかしその剣の形は大きく変わり、背中側から回り込んでマントを避け、結の腹部を貫いていた。
 剣が蠢く。何かがまずい。
 そう察した結は"赫い絲"で結ばれた刻の辻斬りの力を発動させる。
 刻の辻斬りと向かい合う形となった結は、たった今逃れた剣の形を見て恐怖した。

 その剣先の形は、血によって赤く染まった人の手であった。
 殺意を持ったその手から結は、自らの内臓がその手によって潰される様を想像してしまった。
 しかし結はその恐怖をも振り払った。確実に彼女は成長していた。

「……」

 刻の辻斬りは、結を見ていないようであった。
 目こそ結の方に向いているものの、それはどこか遠くを見つめているようであった。
 結は糸を引く。刻の辻斬りは姿を消す。
 刻の辻斬りは剣を振るう。結は姿を消す。
 瞬間移動は想像以上に疲労が激しい。刻の辻斬りはどうかはわからないが、結にはそれほど何度も連続しては行えなかった。
 どちらにせよ結が能力を移しておけるのは約10分(酸素に触れた赤がやがて黒に近付くまで)。長時間の戦闘は不利。
 しかし決定打もない。糸を引いても刻の辻斬りはすぐに姿を消してしまう。
 結は覚悟を決める。そして、賭けに出た。結はマントを丸める。

「が、ふっ……!!」

 その隙を突かれ、結は剣に貫かれる。内臓が抉られる。
 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い。
 それでも、貫き通す!

「……ッ!!」

 結は直前に丸めていたマントを強く翻して広げた。中には手榴弾。
 骨を斬らせて肉を断つ。今までの結には思いついても実行には移せなかった作戦だろう。
 瞬間移動はしない。爆発はマントで防ぐ。それが出来るということは実験済みだ。
 爆発までの時間はもはや見てから移動出来るほど残されていない。

 爆風。

 流石にそれはマントでは防ぎきる事は出来ない。結はマントを握りしめたまま風圧で転げた。

「えほっ……げ、はぁあッ……ぐぶ……ッ!!」

 結は血を吐きだしつつも、爆発の跡を見る。
 戦いが終わったか否か、それがすぐにわかるのが迷宮時計の戦いの長所であるのかもしれない。
 どうやら死んではいないということがわかった。しかし少なくとも無傷ではいられないはずだった。

「……ッ……!!」

 黒い煙の中、彼女は立っていた。
 まるで何も見ていないように、何も感じていないように、何もされていないかのように、立っていた。
 しかし、その剣の刃は、爆発の影響で黒くくすんでいた。

「その剣、盾にもなるわけね……冗談じゃないわ……」

 いよいよ保ち続けてきた精神が限界に近くなった結はやや饒舌となる。
 一方の刻の辻斬りの方はそれを気にもせずただ結の目の前に再び現れると、剣を振るう。
 もはや結はかろうじて瞬間移動で逃れる、しかし。

「……!?」

 結が逃げた先、既に彼女は存在していた。
 逃げる間もなくマントを握りしめていた結の右腕は切り落とされる。

「あぁああッ!!」

 刻の辻斬りは結を蹴り飛ばし、大きな木の下へと追い詰める。
 結の戦意は、正気は、まだ消えていなかった。
 私は、お父さんを連れて帰る。お母さんを連れて帰る。
 このまま、真っ直ぐ貫いて。
 お兄ちゃんを連れて帰る。真実を連れて帰る。
 絶対に諦めたりなんかしない。
 結は糸を構えた。
 刻の辻斬りは、剣を構えた。
 結は、誰かの声を聞いた気がした。
 刻の辻斬りには、声は聞こえなかった。


―――


「頭領……」

 不安げな少女に男は何も言わない。そのまま再び少女に向き直る。

「儀式の最終段階だ。これがお前に奉げる札。読み上げよ」
「……"力合わせる 二百万"」

 少女はその札に刻まれた一文字のひらがなから、その文章を読み取った。
 それは紛れもなく、彼女に確かな呪力が存在する証。
 男は力強く宣言する。

「今この時!そなたは"上毛早百合"の名を継いだ!グンマーと共にあらん事を!!」



―――



 戦闘空間、貫前(ぬきさき)神社。
 "ゆかりは古し 貫前神社"
 "上毛歌留多"の読み札の通り、その神社は古くから変わらず上毛衆の儀式の場として使われている神社である。

 もし、結がその事に気付いたのがこの瞬間でなければ、勝負はまだついていなかったかもしれない。ほんのわずかでも反撃の機会がまだ残っていたかもしれない。
 結にとっては誰とも知らぬ声。それを呼ばれたのが"彼女"であったのかなどわからない。
 だが、結の鋭い勘はそれを確信へと変えてしまった。彼女にはそれを聞き流す事が出来なかった。
 それによって生まれた一瞬の(振り返り)。それは彼女の肉と骨を貫き、蛙の木に縫い付け赫い刺繍とするに十分な時間であった。



―――



 ここは、どこだろう。
 暗い、ただ、暗い、そのかわり、もう痛くない。
 でも、誰もいない、何もない、見えない、聞こえない、感じない。

 死ぬって、こういうことなんだ。

「……いやだよ……誰か、返事してよ……」

 結はつぶやいた。すると、辺りが少し明るくなり始めた。
 森だ。私は森の中にいる。

――……結、なのか?
「……!」
――おお、やはり結なのだな

 その声は、かつて聞いた事がある。
 そう、それはつい先程、結がその"名"を聞いた一人の少女だった。

「……早百合……」
――今は早百合じゃないのだ、アタシは××
「……ここ、どういうこと……?」
――結も死んでしまったのだな

 そうか、やっぱり私は死んだんだ。
 でも、何故だか先程よりは辛くはなかった。

「……××、ごめん……私……あなたのこと……」
――ふふ、××と同じ事を言っていますね
「……?」
――ああ、彼女は**、アタシと同じグンマーの民なのだ。これからアタシ達はまたグンマーの民として生まれ変わるのだ
「……そっか……私は、これからどうなるのかな」
――何を言っているのだ?結もこれからグンマーの民として生まれ変わるのだぞ?

 ……ん?
 何だって?

――聞きましたよ結さん、その能力で一時的にグンマーの民になったんですってね?
――一時的にでもグンマーの民はグンマーの民なのだ。グンマーの民はまたグンマーの民として生まれ変わる運命なのだ
「……え?……ちょ、ちょっと待って、私は、え?」
――つまり、あなたのお兄さんとはお別れですね
――家族とも友達ともお別れなのだ
「え……?」

 結は後ろを振り向いた。
 そこには両親が、一文字が、真実が立っていた。

――君は確かに私達の娘だったよ
――体に気を付けてね、結丹
「パパ、ママ……何言って……!!」

――元気でやるんだぞ
――グンマーでもしっかりね
「お父さん、お母さん……!?……ま、待って……!」

――結ちゃん、いつかまた会えるといいね
「一文字……お兄ちゃん……ちょ、っと、やめてよ……!」

――結丹ちゃん、ボクは大丈夫だから、向こうでちゃんと幸せになってね
「真実……!私は……!!」

 守くんが、まっつんが、刻訪家の人間が、有為先輩が、学校の友人が、次々に私に別れのあいさつをしてくる。
 どうして、なんで、なんでこんなことになってるの?

「待ってよ、私、グンマーなんて行きたくないよ?冗談だよね?なにかの冗談だよね?」
――結丹

 "彼"は、結にとって今一番聞きたい声で、今一番聞きたくない言葉をささやいた。

――結丹、さよなら

「……あ……あ……ッ!!!」
――さあ、結、グンマーの神が待っているのだ
――大丈夫、グンマーの神はあなたを受け入れますよ
「やだ、やだ、やめて!来ないで!!」
――でもグンマーの神は
――裏切り者を許さない
――結には相応の罰が下るのだ
――でも大丈夫です。だって結さんはもう、グンマーの民なのですから
「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 その森にはもう、彼女達(グンマーの民)の他には、誰もいなかった。



―――



 刻の辻斬りは、殺す。
 かつての親友を救うために。
 刻の辻斬りは、殺す。
 迷宮時計の戦いを終わらせるために。

 刻の辻斬りは、殺すだけ。
 人を殺した者は誰かを救えるのだろうか。
 刻の辻斬りは、殺すだけ。
 人を殺した者は誰かに救われるのだろうか。

 その答えなど、知る由もない(神のみぞ知る)のである。

最終更新:2015年01月09日 18:25