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裏準決勝戦SS・神社その1


 ***

銀の衣が私を護る。
これにくるまって眠っているときは、悪夢にうなされることはなかった。
まるで、あの人がそばで見守ってくれてるみたい。
って、それはちょっとヤかも、なあんて。

咎を忘れたわけじゃない。
ただ、戦う理由を、もういちど確かめられただけだ。
私は私を貫く。
……私が、殺してきた人たちのぶんまで。

 ***



 《1》

夕暮れの茜空が宵闇に染まる頃。
篝火が桜を赫々と照らしていた。
ここは京が神域の一、平野神社。
時は明治の中頃、今日は神幸祭。
文明開化の足音は、一方で神妖を白日の下に晒すには未だ至っていなかった。
ほぼ真四角の境内はおよそ二町四方と狭く、南側は桜が所狭しと咲き誇っている。
北側にある本殿の中では神事が執り行われている最中であり、参道にいる人はふたりだけだった。

黄昏刻は逢魔が刻。
没前の陽が、残光を彼女たちに儚く届ける。

ひとりはセーラー服の上に銀色のマントを羽織っており、顔は狐面で隠されている。
もうひとりは大剣を携えた背の高い女。機能的な服装に身を包んだ彼女の、表情は長い黒髪に隠されている。
対峙するふたり。
すると突然、背の高い女の姿が消えた。
次の瞬間、狐面の少女の背後に現れる。
少女の背中に剣が突き立てられる!

しかし。
剣先は砕けて地に落ちた。
一瞬狼狽した女は、すぐに気を取り直すと、剣を捨てて少女の腕を取った。
再び女の姿が消える。

剣から少女を守ったのは、彼女が温泉旅館で菊池一文字に託された『シールドマント』。
時空間研究者である潜衣花恋の、50年以上にわたる研究の成果であるそれは、無機物の攻撃を無効にする。
もちろん襲撃者はそれを知る由もない。

大鳥居の向こう、神社へと続く道の上に登場する。
そこは戦闘領域の外。
剣がダメなら場外に追い出してしまえばいい。
どうやって殺すかは後で決めよう。女はそう考えた。
けれども少女の姿は女の目論見に反してそこには無く。
彼女の手首から先は、赤が滴り落ちるのみだった。

「偽名使いは場外狙いと。またさあ、しゃらくさい真似してくれるじゃん」

止血を施した後にもう一度戻ってきた女に向けて、刻訪結は紅に染まった瞳を向けて嗤う。
右腕には小さな紅く麗しい華が咲いており、その先の手には女の掌が握られていた。
彼女の操る『操絶糸術』が、剣を破られた後に場外勝ちに切り替えようと手を取った女の手首を瞬断し。
手首から流れ落ちる鮮血が特殊能力『赫い絲』の発動条件を満たしていた。
彼女の『赫い絲』は認識すなわちココロを結わえる能力である。
得られる情報は能力のみに限定されず、それにまつわるバックボーンも赤は教えてくれるのだ。

「テレポートなんて厄介な能力ねぇ。『仔猫の道(キティ・ウォーカー)』の読小路麗華さん?」

真名を告げられた麗華はいささかも動揺する素振りを見せず、地面に突き立てた剣を引き抜いた。
包帯で縛られた腕の先からは血が零れているが、額に汗も浮かべず平然とした様子である。
冷ややかに結を見つめて言い放つ。

「私は刻の辻斬り。その名は捨てた」
「だあれ、刻の辻斬りさんって? 血はね、嘘をつけないの」

対する結は掌を地面に投げ捨てると、狐面をくるくると弄びながら楽しげに返した。
麗華の眉が不快そうに顰められる。

「得体のしれないお前に言われたくないな。そのマントは何なんだ」

指をさして問う。
彼女の目には、ただただ殺意しかない。

菊池一文字とは正反対だと結は思った。
彼の目には一片の殺意もなく、あるのはひたすら闘志のみだった。
上毛早百合は半々ぐらいだったかな、などと思い出しつつ……。

「ふっふっふ、これはね、己の道をまっすぐ突き進んで行くためのもの」

マントの裾をつまむと、くるりと一回転して。

「てめーの曲がった刃じゃ貫けないのだ!」

高らかに宣言した。
自信満々の表情だ。

ため息をついた麗華は剣の柄の宝石に向けて一言語りかける。
すると。
剣は液体金属よろしくドロドロに溶け、やがて人の形をとった。
現れたのは、金髪碧眼巨乳の美女だった。
体が数箇所抉れて出血しており、地面の剣の欠片を見れば、いつのまにやらそれらは肉片と化していた。

「さすが、『刻訪』はやり口がえげつないでありましたの」

金髪女は蔑むような視線で吐き捨てる。
結は腰に手を当てて、足を踏みならし言った。

「はん、二対一なんてありえないことしてるやつらに言われたくない。てゆーかこの血、スズハラ臭いんですけど……薬漬けな訳? あなたたち」

お返しとばかりに二人を睨みつける。
しかし、金髪女……シェルロッタ・ロマルティナはまるで意に介す様子もない。

「2戦目ぐらいに時計を『渡して』くれたでしたトキトウさんも、ふざけたヤツでありましたね。右手が手刀で、左手が火器? まったく、バカにしてるんですか」

特殊能力『メタコムメルモル』で剣に変身していた彼女が他人と会話するのは、能力で自身の原型を保つ必要がなくなった5年前からは一度も無かった。
知らず知らずのうちに、彼女は高揚していたのだ。

「会話が成立してないし、だいたいその話はなに? 詳しく訊きたいな」

腕を組んで問いただす結。
シェルロッタは無視した。
麗華がにべもなく告げる。

「お前に語る言葉は無い」

シェルロッタとは対照的に、麗華の表情はどこまでも氷のように冷え切っている。
一切の感情を捨ててしまったかのようだ。

「あっそう。私だって別に、お兄ちゃんを殺した奴に復讐したい訳じゃない。私たちの両手は赤で塗り固められてるんだから……」

淡々と結が話す。
彼女の表情も麗華と同じように移ろっていった。

「でもね、最期の死に方ぐらいは選ばせてくれてもいいんじゃないかなって思うの……私のお兄ちゃんは、どんな終わりだった?」
「バラバラの、グッチャグチャでしたの!」

シェルロッタが大げさな身振りで伝えた。
死者への敬意は基準世界に置いてきたようだ。

「ふーん。だったら、あなたたちも無惨に殺してあげよう……魔女はね、樹に磔にされて、釘で躰を留められて、地獄の業火に焼かれる……今日は“コロシアイ”じゃない。涙を流して死の刻を訪え」

結の瞳の紅が強くなる。
緊迫感は臨界点に迫っている。
互いにまさに飛び込んで行かんと、一歩足を踏み込んだところで……。
破顔する結。

「なぁんちゃって♡ あなたたちの瞳、好きだよ!」

怪訝な顔をするふたり。
続ける結。

「たとえ元が碧でも一緒。私やお兄ちゃんと同じ、孤独に圧し潰された、夜の闇より真っ黒な……『人殺し』の瞳だ」
「「黙れ!!」」

ついに麗華も感情を露わにして叫んだ。
臨戦態勢に入った次の瞬間、神事が終わったのか、本殿の扉が開いた。
中からどっと人があふれてくる。
着物の人に紛れて洋装の人もちらほら見受けられる。

「あはははは!! ――さあ、宴を始めましょう」

結は狐面をかぶり直すと、人ごみへと姿を消した。
太陽は完全に沈み、夜の帳が下りている。
篝火が闇を照らす。
桜が、舞い散る。





 ***

ふたりは、私と遊んでくれた。
ふたりは、私と友達になってくれた。
ふたりは、もういない。

プール。
映画館。
遊園地。
キャンプ。
ピクニック。
コンサート。
謎の無人島。

どこに行くにも一緒だった。
どんなときでも一緒だった。
ふたりは、もういない。

私たちが助けに行くから。
邪魔する奴は、皆殺しだ。
『迷宮時計』も、皆殺しだ。
だからもう少しだけ、待ってて。

殺して。
殺して殺して殺して。
殺して殺して殺して殺して殺して。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して。

――また、4人で遊ぼう。

 ***



 《2》

境内の桜苑の始原は寛和の頃に遡るという。
木々はどれも花満開で、まさに狂い咲きの様相だ。
夜店も多く出ており、小道は花見客でごった返している。
そこかしこに広げられた敷物の上で、思い思いに食べて飲んで大騒ぎだ。
子どもも多くいる。
ひとつ目を引くのは……彼や彼女たちが、みな狐の面を被っているのだ。

「狐面の子、いっぱい……」
「探すの、徹底的に。銀色マントが目印」

前回の戦いで戦闘空間に他人がいるかもしれないことを知った結は、狐面をたくさん作って持ち込んでいた。
意味があるかどうかは微妙だと思ったが、後攻め型の彼女にとって時間稼ぎの駒は多いに越したことはない。
そして結果的にこの作戦は功を奏していたといえるだろう。
苛立ちを隠せないふたり。
こんなところで子どもと遊んでいる場合ではなかった。

『迷宮時計』の戦いの結果、友人である撫津美弥子を失った彼女たちはその後、下手人である馴染おさなからもうひとりの親友、森久保眞雪の死についての仮説を聞かされた。
その内容は俄かには信じがたいものだったが、美弥子はそれに絶望して死んだという。ならば信じるほかはない。
そうして敵と『迷宮時計』の対戦相手を全て殺すことを決意したふたりは、しかして『スズハラ機関』に加入した。
理由はふたつ。
……力を手に入れるため。
……敵を知るため。

しばし物思いに耽っていた視界の端に銀が映った。
この時代でもよく目を引く。
手持ちの武器ではあの不思議マントは破れないかもしれない。
騒ぎになったら人が集まってきて面倒だ。
ならば。
さっさと場外に放り出すべく首根っこを捕まえる。

「みーつけた」

シェルロッタが可愛く言う。
ちょっと彼女のテンションがおかしい。久しぶりに人間に戻ったんだからわからないこともないけど。
それにしたって敵に話しかけてどうするんだ。
しかし、彼女の思考は狐面の少女が叫び声を上げたことで中断される。

「きゃ! なにすんの!」

声がさっきまでとは全然違う。
慌てて面を外したら顔も違う。
小賢しいことしやがって……。
とりあえず、話を訊いてみる。

「これなー、ハイカラなカッコしたねえさんがウチに貸してくれはったんよ」
「お駄賃やって銀貨も、ホラ!」
「これ着てふらっとしとけってゆーてはったけど」

事情は分かった。
しかし喫緊の手がかりは無い。
頭を抱える麗華の服の裾を、別の狐面の女の子がそっとつまんだ。

「あーもう、ちょっとあっちに行っててくださいの!」

大きな声を出してしまった。
女の子の肩がビクッと震える。
呆れたようにシェルロッタが麗華の頭をこずく。

「こら。れいタンは相変わらず怖いのでした」
「うるさいの」

シェルロッタを黙らせる麗華。
ふたりでいると、昔の喋り方に戻ってしまう。
あの時の名前や生き方は捨てたはずだったのに。
無意識が4人でいた頃に戻ることを望んでいるのかもしれない。

「ちょっとイライラしてましたの。ごめんなさい」

膝を折って女の子に謝る。
女の子は頷くと、そっと狐面を外した。
そうして麗華を見上げる。
面の下の顔は。


「み、美弥子……? 美弥子なの……!?」


気の強そうな目。
儚く揺れるツインテール。
あの日から一秒だって忘れたことはない。
記憶の中の撫津美弥子がそのままそこにはいた。

「嘘、でしょ……。みやこぉ……」

10年間叶わなかった再会がまさか果たせるなんて、と、麗華の瞳に涙が浮かぶ。
ぎゅっと抱き合う二人は心の底から幸せそうだ。
マントの少女もよくわからないままに拍手している。
対してシェルロッタは不審そうに美弥子によく似た女の子を見やる。
『迷宮時計』が起こした奇跡? こんなところで、こんなに都合よく、あの忌々しい『迷宮時計』が?
そう考えてもう一度女の子を見てみると、ああ、なんということだろう。
麗華やマントの少女からは影になって見えていないが、女の子の右腕が刃に変化しているではないか!

「だめです、れいタン!」

叫ぶシェルロッタ。
けれど時すでに遅く、非情の刃が麗華を貫いていた。

「ああ゛っ」

刃はさらに形を変えて彼女を切り刻もうとするが、シェルロッタが飛びかかると女の子は距離をとった。
開放された麗華の傷口から血が噴き出す。
あわてて駆け寄るシェルロッタ。
女の子はぐねぐねと形を変えると、セーラー服の少女――刻訪結へとその姿を、戻した。

「あはっ。 あなたたちの認識(ココロ)、この子でいっぱいなんだもん」

その右眼は変わらず紅く染まっていたが、左眼は……蒼に染まっていた。
左腕には波線模様が刺繍されている。
先程能力を解除したシェルロッタの肉片を回収し、糸をその血で染めたのだ。
『赫い絲』で取得できる特殊能力の数はひとつには限定されていない。
ただし制限時間は最初のものが適用され、同時に全ての能力が解除されるという。
また、刺繍を重ねればそれだけ狂気へと近づいていく。

「サイズ縮めるの疲れる……よく剣なんかになれるね、『メタコムメルモル』のシェルロッタ・ロマルティナさん」

呟くと、腰が抜けて地べたに座り込んでいるマントの少女に近寄った。
歯をガチガチと鳴らして怯えている。

「ありがと。おかげで刺繍する時間が稼げたよ。さあ、それ返して?」

銀の衣を再び身に纏う。
一方、シェルロッタは必死で麗華に応急措置を施している。

「れいタン……」
「あなたは飲まなくていいの? スズハラGX」
「えぇ?」
「1錠飲めばだいたい戦闘訓練を積んだ魔人と同程度の身体能力に。 2錠一度に服用した場合で格闘魔人並の筋力、反射能力を得られるが、3分程度で筋肉の損傷と激しい頭痛、粘膜からの出血により行動不能に。 3錠以上だとほぼ確実に飲み込んだ瞬間即死することとなる。スズハラの秘薬だよ」

結は知らなかったが、スズハラGXは事前に設定した対象以外が服用しても効果も副作用も得られない。
10年にわたって闇市場売上ナンバーワンを誇る逸品である。

「れいタンがクスリを飲んでいたなんて知らざりましてです。でも……。そんなもの飲まなくたって、剣がお前を貫けなくたって! この体が、爪が、牙が! お前を切り裂きます!!」

シェルロッタは立ち上がると、自身の体を変化させた。
『メタコムメルモル』はひとつのものであるなら、質量のみを保存して何にでも形を変えることができる。
美弥子に再会するために、10年の間に強化された能力だ。

「うわああああああああアアアアアアアア!!!!!!」

絶叫は咆哮へと変わる。
サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビ。
見るもおぞましい化物が佇んでいた。

「ふうん、鵺か」

舌舐めずりをして糸が伸びる指を動かす。
やはり慣れ親しんだ武器が一番だ。
どの技でバラバラにしてやろうか。
鵺が体勢を深く沈め、今にも飛びかかろうとしている。
すると麗華が体を僅かに起こして、鵺に触れたように見えた。

次の瞬間、轟と春の風が吹く。
桜の花弁が桃色の奔流となる。
ふたりの姿が隠れる。
枝の打ち合う音がする。
そうしてすべての花弁が地に落ちたときにはもう、ふたりは忽然と消えていた。

「は?」

ひとり残された結。
月は激しい死闘がまるで春の夜の夢だったかのようにやわらかく境内を照らしている。
戦いは、終わった。





 ***

明るいブラウンのロングヘアに、ぱっちりした栗色の瞳の女、馴染おさなは、ふと腕時計に目を遣った。
シンプルだけど可愛いデザインのアナログ腕時計で、ずっと前から愛用しているものだ。
文字盤が虫のように動きまわっている。彼女の『迷宮時計』はそうしてこの戦争の情報を伝えるのだ。

残り6人、か。

胸騒ぎがして、時計を見たときはだいたいこうして何かが更新されたときだ。
またひとつ命が失われた。もしくは、永劫の彼方に放逐された。
胸がきゅうっと縮みあがった気がした。

思えばずいぶん遠くまで来たように感じる。
この間は和歌山で大雪になり、今日は青森で真夏日だ。
度重なる時空跳躍は世界に歪みを生じさせているようだ。
終わりが近づいている。

もっとも、私には世界のことなんてわからないし、どうでもいい。
私の心の中は幼馴染の『俺君』だけなんだからっ。
そう叫ぶ胸の中の私は泣いていた。
ごめんね。

 ***



 《3》

結はまだ茫然と立ち尽くしていた。
ケータイの着信音が鳴り響く。
3回勝ったからか、アラームがメロディーを奏でていた。
これは『時の旅人』だ。学校の合唱コンクールで真実の指揮のもとで歌うはずだった曲だ。
でも、そんなことは今はどうでもいい。

「嘘でしょ……?」

戦場から逃げられてしまった。
殺すべき相手はもういない。
ああ、この想いはどこに届ければいいんだろう!

「まだ磔も火あぶりもまだだよ」
「お兄ちゃんの話も聞いてない」
「二対一のひとりだけしか倒してないのに」
「操絶糸術も今日はまだ技を出してないし」

ぶつぶつぶつぶつ呟いている。
それを聞く人はもういない。
ああ、滾る感情をどこにぶつければいいんだろう!

「ねえ」

その瞳は紅く怒りに震えている。

「ねえ」

その瞳は蒼く嘆きに震えている。

「逃げてんじゃねえよおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

慟哭が境内に響き渡る。
花弁が撒き上がり、結を中心に吹き飛んだ。
遠巻きに見ていた花見客たちが恐怖に慄いている。


――明治二十二年、京都に鵺が出たという。
それは桜の舞う夜に神事の隙間をぬって現れたかと思うと、女をひとりかふたり食って帰って行ったそうな。


後の語り草になるとは露知らず、ひとしきり叫んで満足したところで制限時間が到来し、結の瞳から彩が引いた。
途端に正気に還る彼女。
もっとも、これも菊池一文字が彼女の心を癒し、平時の精神の均衡が保たれているからなのだが。

「……帰ろっ」

これ以上ここにいてもどうしようもない。
あっけらかんと帰途につくことを宣言して、ケータイに触れる。
すると次の瞬間にはもう、彼女の姿も消えていた。
あとに残されたのは桜のみ。
900年間変わらず在り続けた風景が、静かに夜を呑み込んでいる。


 ◇ ◇ ◇


殺風景な部屋のベッド。
麗華とシェルロッタが横たわっていた。
『仔猫の道』は一度行ったことがある同時空間軸の場所はもちろん、『鍵』があれば時空間の超越すら可能である。
『鍵』のひとつは麗華の部屋にあり、もうひとつはシェルロッタが持っている。

「どうして帰りましたでした? まだ戦えるですよ!」

起き上がったシェルロッタが麗華を詰問する。
麗華はまだ起き上がれないようだが、言葉ははっきりしていた。

「タロマルの能力じゃあいつには勝てないの。剣だって砕けたんだもん。獣になっても私の右手と同じ運命なの……」

タロマルというのはシェルロッタ・ロマルティナのあだ名である。
……美弥子の姿を目にして、固く保ってきた心が脆くも揺らいでしまった。
10年ぶりにその顔を見ることができたとはいえ、まったくもって情けない。
あそこでスズハラGXの2錠目を飲んでも、テレポートでまた逃げられたら活動限界の3分に間に合わないかもしれない。
そうなったら犬死にだ。それだけは避けたかった。
強すぎる能力は時に自らの首を絞める……それは、彼女たちがここまで強くならなければ分からないことだった。
なおも食い下がろうとしているシェルロッタに、麗華はぴしゃりと言う。

「私たちはなんのために戦ってるの?」
「……4人で、また遊ぶため……」

人指し指を突き合わせてしゅんとするシェルロッタ。
そんな彼女をやさしく抱きしめる。

「でしょ? また機会は来るの……生きてさえいれば」
「ほんと?」
「10年待って私たちは力を手に入れた。体が治ったら、また私たちの戦場へ行くの……そうねえ、あいつのいない『第1回』なんてどうかしら」

シェルロッタの顔がパッと輝くと、麗華から離れて三つ指をついた。

「私、れいタンの腕になります」

無くなってしまった右手を見て、麗華は困ったようにくすりと笑う。

「ありがとう。でもいまはまだ、『ふたり』でいさせて……?」

5年ぶりの逢瀬を、もう少し味わっていたかったのだ。
ずっとずっと、片時も休まず走り続けてきた。
少しぐらい、傷を舐めあう時間があってもいいじゃないか。
どちらからともなく唇が触れあう。
ふたりの夜は、まだ始まったばかりだった。



 [了]

※スズハラGXの効果については、天樹ソラのキャラクター説明ページを参照しました。