裏準決勝戦SS・ディスコその1


『あの日見た君のおっぱいを、僕は永遠に忘れない』


 背の高い彼が、真っ直ぐに立って私のことを見つめている。
 私のことを全て受け止めてくれる筋肉質の大きな手を広げて、私のことを待っている。
 大きなおっぱいの奥で激しく高鳴る心音。
 彼の瞳を意識して、私の身体は焼き尽くされそうに熱くなっている。

(いくよ、ケンちゃん!)

 大好きな人の名前を心の中で呼んで、おっぱいから地面に倒れる前受け身。
 そして、地面からのおっぱい反作用による高速移動で、大好きな人の胸に飛び込む。
 左手でケンちゃんの右袖を掴む。
 右手でケンちゃんの右襟を掴む。
 ケンちゃんが特訓に協力してくれてるんだから、絶対にモノにして見せる。
 必殺技『山嵐』。
 そして、それを上回る奥義――


††††


 僕は、君を苦しめることしかできない。
 たぶん、もう会わない方がいいに決まってる。
 日に日に弱っていく君は、やつれた姿を僕に見られることすら苦痛だと思う。
 そんな君に、僕がしてあげられることなんて、ほとんどない。
 会わずに君の回復を祈ることこそが、本当の優しさなのかもしれない。

 でも、どうしても君に会いたくて。

 僕はまた、君の病室に来てしまった。
 衰弱しきった君は、一日のほとんどを眠って過ごすようになっていた。
 その瞳が、二度と開かなくなるのも時間の問題かもしれない。
 だからこそ僕は、君の姿をこの目に焼き付けておきたいと思ってしまう。

 今日は、寝顔を見るだけにしておこう。
 そう考えた僕は、何重にも愚か者だった。
 君を起こしてしまわないように、病室の扉をそっと開き――


††††


戦闘空間――【過去】ディスコ


††††


 天井から吊られた直径1mを超える巨大な球体の表面には無数の鏡が貼り付けられていて、四方から七色の光を浴びながらゆっくりと回転している。
 鏡面で反射した光は、暗い室内の壁に小さな丸い円を何個も何個も描き出し、それがぐるぐると水平に移動する。
 まるで、銀河の中心から星々を眺めているようだ、と本葉柔は思った。
 だが、この銀河は騒々しい。
 空気を震わせるユーロビートの激しいリズムに合わせて瞬く原色のストロボ閃光。
 もし遮光ゴーグルを外せば強烈な光の渦に飲み込まれて、真の姿となる前に意識を失ってしまうだろうと思われた。
 フワフワしたファーの付いた鉄扇が降り下ろされるのを緩やかなステップで躱し、襲撃者の右腕を捻って肩を外す。
 おっぱい質量を載せた掌底をこめかみに撃ち込んで脳を揺らし意識を奪う。
 手強い敵ではないが、数が多い。
 次の襲撃者のボディコンシャス衣服を掴み、脚を払っておっぱい遠心力を作用させて投げる。
 投げ技の軌道上にいた数人の襲撃者が、巻き込まれて倒れる。
 本葉柔の衣服も襲撃者達と同じく、体のラインがはっきりと判るボディコンシャス。
 ストロボ閃光で照らし出される大きなおっぱいが眩しい。

 室内の中央に設けられた“お立ち台”と呼ばれるステージを挟んだ反対側では、日下景もまたボディコンシャス襲撃者に囲まれて立ち回りを演じている。
 室内に響き渡るディスコサウンドの重低音に、更に低く重い音が混じり空気を揺らす。
 景の発勁が襲撃者をとらえた音だ。
 あてがった手をそっと離す。
 一拍間をおいたのち、襲撃者は赤いルージュで彩られた口から血を吐きながらゆっくりと倒れた。
 お立ち台の上で踊っていた女性たちが、手に持った扇子を一斉に景へと投げ付ける。
 旋回しながら飛ぶ七つの扇子の弧は鋭利な刃物となっていた。
 右から来る襲撃者にカウンターで発勁を撃ち込み沈黙させる。
 左後方からの扇子打撃を紙一重で避けながら、手の甲を相手の頬に当てて勁力を流し込む。
 回転する扇風機に指を差し込むような緻密な精度で七度、拳を振るい飛来する刃の扇子を叩き落とす。
 左右のボディコンシャス襲撃者が血を吐いて倒れる。
 アップテンポのサウンドに惑わされず深く緩やかに呼吸して、次の襲撃者を撃つための勁力を練る。
 暗い室内に飛び交う光と音楽。

 六本木の高層ビル最上階にに位置する会員制秘密ディスコテーク『バビロン』は、ダンスによる人類支配を目論む邪悪な宗教『ズンタタ教』の日本支部であった。
 時と空間を支配し、あらゆる願いを叶えるという伝説の迷宮時計を持つ者がディスコに現れたと知った東京支部長『エンプレス』は配下の者達に強奪を命じたのだ。
 しかし――

 ひときわ耳障りな断末魔の不協和音を上げ、室内の喧騒が静まった。
 暗い宇宙を星々は静かに巡り、強烈な閃光が瞬き続けるが、音楽と争いの音はもう聞こえない。
 本葉柔の投げ飛ばした教団戦闘員がDJシステムを破壊し、日下景が発勁で弾いた戦闘員が音響装置を薙ぎ倒し、50名以上いた教団構成員は全員が意識を失っていた。
 一部始終をロフトのVIP席から見届けた『エンプレス』は、不甲斐ない部下のありさまに嘆息すると、その肥満巨体に似合わぬ敏捷な動きで手摺を飛び越え、お立ち台の上に降り立った。
 身長2m、体重350kgの巨体が地響きを立てる。
 歌舞伎のような隈取りメイクを施した巨大ボディコンシャス怪人は、マリオネットを操るような仕草で不気味に指を蠢かした。

「迷宮時計を持つ者達よ。動かぬほうがよいぞ」

 本葉柔と日下景に、『エンプレス』が警告する。
 いつの間にか、フロア内には縦横無尽に鋼線が張り巡らされていた。
 彼女の能力『アルケネスト』によって構築した切断不能の蜘蛛の巣である。

(――六十四度目の告白で君が仕掛けたワイヤートラップは、もっと美しかったよ)

 あらかじめ景がフロア各所に仕掛けておいた『お守り』を起爆する。
 旅立つ前に彼女がくれたお守りは、プラスチック爆弾コンポジションC-4だった。
 ディスコフロアのあちこちで爆発が起きる。
 天井から吊られたミラーボールが傾き、光を歪に乱反射させる。
 そして、支点構造物を爆破された蜘蛛の巣が、だらりと弛緩した。
 想定外の事態によって生じた『エンプレス』の動揺を、本葉柔は見逃さなかった。

(――ケンちゃんは策が破られたって、そんなにみっともなく狼狽えない!)

 前受け身からの高速移動で肉薄。
 左手で『エンプレス』の右腕を掴む。
 右手で『エンプレス』の胸ぐらを掴む。
 身体を捻り『エンプレス』を背中に担ぎながら、右腕を引き寄せておっぱいに押し当て――

「ボンバー!」

 M44エナジーを解き放つおっぱい発勁で『エンプレス』の右腕を破壊する。
 発勁のおっぱい反作用を右足に載せたおっぱいキックで『エンプレス』の脚を蹴り折りながら払い上げ、その巨体を背負い投げる。

おっぱい柔術奥義・ν(ニュー)山嵐!

 宙を舞う『エンプレス』の巨体を日下景が待ち受けている。
 全身の勁力を練り上げ、拳に載せて『エンプレス』の真中線から僅かに左にずれた経絡に撃ち込む。
 打撃はその肥満体の奥深くまで浸透し、肺腑と心臓を撃ち血液を逆流させる。

絶招・七孔噴血爆塵掌!

 地面に叩き付けられた『エンプレス』は、二度咳き込んだのちに、その目、鼻、耳、口からおびただしい血液を噴出し、意識を失なった。
 恐るべき邪宗『ズンタタ教』が、日本から駆逐された瞬間である。
 そして――平和が訪れた日本に、真のディスコ文化が花開くのはこれより数年後のことであった。


††††


 静まり返ったディスコホール。
 傾いたミラーボールが旋回することは最早なく、空回りする低いモーター音を微かに響かせるのみ。
 壁を巡っていた星々は運行を止めて、暗闇の壁に張り付いている。
 床には意識を失なった何十人ものボディコンシャス女性と数多くの扇子、破壊された器材と血痕が散らばり、星の光とストロボ閃光がそれを照らす。
 立っている者は二人だけ。

 赤いボディコンシャス衣装を纏った、背の高くおっぱいの大きな女性、本葉柔が話し掛ける。
「あなたは、優しい人なのですね。あれだけの乱闘で、誰一人として命を落とした人はいないようです」
 身体を半身に開き、両手を体の前にやや広げて差し出して、おっぱいはフリーな状態で相手の出方を伺う。

 彼女よりも更に背が高く、細身ながら筋肉質の精悍な男性、日下景が答える。
「優しいのは君の方だよ。僕は、臆病なだけさ。殺すことが――彼女達の人生を決定的に変えてしまうことが、怖いんだ。でも、迷宮時計の戦いならば違う。もし君が最後まで諦めないのなら、僕は君を殺すこともためらわない。僕には、他のすべてを犠牲にしてでも守りたい物があるんだ」
 やや腰を落とした自然体で、前後に揺れるような歩法で相手との距離を慎重に測る。

「私も同じです。貴方の願いは切実なものなのでしょう。でも、それを踏みにじってでも帰りたい場所が、私にはあるんです」
 摺り足でじりじりと距離を詰める。
 先程までの戦いで、お互いの武術特性と実力はおおよそ把握できた。
 どちらも至近距離または密着状態で本領を発揮する接近戦タイプ。実力は伯仲。一瞬の隙が明暗を分けるだろう。
 そして、どちらもまだ奥の手を隠していることは容易に推察された。

 ここで、日下景は警戒態勢を一旦解除した。
 背筋を伸ばし、踵を揃え、右拳左掌の敵対的包拳で一礼する。
「挨拶が遅れました。陽派八極拳、日下景です」

 本葉柔も、両手を腰の脇に下ろして深く頭を下げる。
「おっぱい柔術、本葉柔です」
 上体を屈めることによって、ボディコンシャス衣装から覗くおっぱいの谷間がベストアングルで景の目に飛び込んできた。

 挨拶を終えた二人は、再び臨戦態勢に入る。
 景は脳裏に焼き付いたおっぱいの谷間の幻影を振り払い、左手に隠し持った遠隔起爆スイッチを操作した。
 ドン。
 背後で小さな爆発音を聞いた柔は、反射的に一瞬だけ振り向く。それは、八極拳士にとって十分過ぎる時間だった。
 鋭い踏み込みで一気に距離を詰め、腰を低く落として勁力を載せた右拳を突き出す。馬歩衝捶。
 柔が視線を戻した時には、既に拳撃が決まる寸前だった。
 咄嗟に左上腕でショルダーブロック気味の不十分な防御を行う。
 だが、日下景の発勁に相対して通常の防御は意味をなさない。
 相手が甲冑を身に付けていようと、分厚い筋肉の鎧を纏っていようとお構いなしに、彼の発勁は敵の体幹を直撃するのだ。
 勁力がブロックした上腕に浸透し、その後ろにあるおっぱいに浸透し、その奥にある柔の体幹へと作用する、はずであった。
 だが、現実としては柔のおっぱいが大きくぷるんと波打ち、発勁を無効化したのだ。
 発勁は防御力を無条件で貫通する魔法の如き能力ではなく、防御を無効化して勁力を浸透させる技術体系である。
 M44エナジーを蓄えた柔のおっぱいは、片方のおっぱいだけで質量1t以上。
 そのような常軌を逸した防壁を貫通させるような鍛練を、景は重ねていない。

 発勁を凌いだ柔は、景の袖口と襟を捉えるべく両手を延ばす。
 密着状態から発勁を撃ち込む方法は多々有れど、おっぱい柔術で動きを制されれば不利は必至。
 掴まれるわけにはいかない景は、柔の顎を狙った蹴りを放ちながら後方宙返り。
 蹴りを回避するために柔は前進を止め、その間に景は距離を離すことに成功する。
(あのおっぱい……勁力を浸透させるのは難しそうだ。ならばおっぱいでは防御しにくい四肢を撃ち、弱らせる他あるまい。長い戦いになりそうだ)
 打撃と離脱を繰り返す、持久戦を挑むことを景は選択した。

 柔の選択は短期決戦だった。
 飛び離れた景を追いかけて距離を詰める。
 その両拳は、おっぱいに強く強く押し当てられている。
 打撃射程距離内。おっぱいに秘められたM44エナジーを解放し、両拳を高速射出する。

「ボンバーっ!!」

おっぱい柔術奥義・ダブルスーパーソニック当身!!

 超音速の打撃と衝撃波が景を打ち抜く。
 あまりの速さに景は回避も防御もできず、咄嗟の練勁で衝撃を床へと受け流して致命傷を避けるのが精一杯だった。
 衝撃波がディスコホール全体をビリビリと震わせる。傾いたミラーボールが揺れ、壁に張り付いていた星々が出鱈目な動きを見せる。瞬くストロボ閃光。
 柔の左手は景の右袖を、柔の右手は景の右襟を掴んでいた。
 おっぱい柔術の質量移動で景の態勢を崩し、体の下に潜り込みながら右袖を引き寄せておっぱいに押し当てる。

「ボンバーっ!!」

 M44エナジーを解放して景の右腕におっぱい発勁を撃ち込む。
 だが、勁力の扱いに於いては八極拳士である景が数段上だ。
 右腕に撃ち込まれた勁力を、練勁を駆使して床へと逃がしダメージを無効化する。
 柔は景の右腕を背負いながら、右足で景の脚を払い上げる。
 既にν山嵐を見ている景は、脚への衝撃も練勁で受け流そうとするが、そこにおっぱい発勁の反作用は載っていなかった。
 おっぱい発勁の反作用は、軸足である左足に。
 おっぱい発勁の反作用と、景が床へと受け流した勁力を合わせ、柔は景を背負って高く飛んだ。

 空中で一回転。
 ズシリと重い音が響き、空気を震わせる。
 勁力を受け流す場所の無い空中で、おっぱい発勁を撃ち込んだのだ。

 さらに一回転。
 ズシリと重い音が響き、空気を震わせる。
 おっぱい発勁が、景の体幹深くまで浸透する。

超 奥 義 ・ 震 空 ν 山 嵐 !!

 三回転目。
 総重量2tを越えるおっぱい質量で景は床に叩き付けられながら、おっぱいから三段目の発勁を叩き込まれた。
 景の鼻と口から鮮血が噴き出す。

 しかし、景はまだ死んではいなかった。
 床に叩き付けられた最後の衝撃は、練勁による受け身で軽減することができたのだ。
 だが、それになんの意味があるだろうか。
 既に、景の頸は柔の右腕で抱え込まれ、景の右腕は柔の左腕で制されている。
 目前にあるのは、二つの大きなおっぱいと、その谷間。
 袈裟固が、完全に決まっていた。

 景の鼻血が更に噴出する。
 おっぱい発勁を何度も撃ち込まれ、視界のほとんどをおっぱいで埋め尽くされた景の脳は、最早おっぱいのことしか考えることのできない状態になっていた。
 僅かに残った理性が危機を訴え、景はおっぱい固めから脱出しようともがいている――つもりだ。
 だが、本心で脱出を望んでいるわけではなかった。
 実態は、必至で脱出を試みる体裁を取ることで僅かに残った理性を納得させつつ、動くことによって伝わってくる柔らかいおっぱいの感触を味わっているだけであった。

 ここで、日下景に天才的ひらめきが訪れる!!

 もがきながらおっぱいを観察していた景は、柔のボディコンシャス衣装が徐々にずり落ち始めていることに気付いたのだ。
 このままもがき続ければ、衣装は完全にずり落ちて柔のおっぱいは露出することになるだろう。
 景の中で悪魔が囁いた。
「上手いことおっぱいを丸出しにして、生おっぱいをじっくり拝んでやろうぜ!」
 それに対して天使が言った。
「それはなりません。これはおっぱいを丸出しにして羞恥心で抑え込みが緩くなった所を突いて脱出するための作戦であり、けして生おっぱいが見たいわけではなく猥褻な気持ちは一切ないです」
 景は決断した。そう、これは猥褻心ではなく、勝利のために手段を選ばぬ無慈悲な行為なのだ。

「えっ、ちょっと、何を……やだ、やめて!!」

 体の下で、ぐりぐりと頬を擦り付けて服をずり下ろしておっぱいを露出させようとする動きに気付き、柔が慌てて静止の言葉を発する。
 だが、景は動きを止めない。
 勝つためには命を奪うこともためらわないと誓ったのだ。
 おっぱいを露出させることをためらう理由など、ない。

「やめてってば! やめないと殺すよ!! 脅しじゃなくて本当に殺すからね!!」

 もちろん、景は止まらない。
 おっぱい柔術の抑え技が恐ろしい点は、おっぱいによって対戦相手の意識を支配して抵抗する意思を奪い去ることである。
 本来、人間である以上はおっぱいに勝つことはできない。
 だが、おっぱいに打ち勝ち、抑え込まれた状態から抵抗するための方法がひとつだけある。
 それは、より強いおっぱいへの想いで自分自身を律することだ。
 ボディコンシャス衣装をずり下ろして生おっぱいを見たいという景の真っ直ぐな気持ちは、いかにおっぱい柔術でも抑え付けることは不可能である。
 ずり落ちてきた衣装は、最後の難関であるおっぱい先端の突起に差し掛かっていた。
 ここを越えれば勝利までは一瞬だ。

「やっ……駄目っ、やだああああああっ!!」

 頬を真っ赤に染めた柔の懇願も虚しく、最後の難関を越えたボディコンシャス衣装はつるりとおっぱいから去った。
 そして、柔の大きく美しいJカップおっぱいが、ぷるんと全貌を現した。
 それは、大きさも、柔らかさも、何もかもがあの日に景が見たおっぱいとは違っていた。
 そして、最も違っている点は、おっぱいの先端が乳白色の光を帯びていることであった。


††††


 君を起こしてしまわないよう、ノックもしなかった僕が悪かった。
 静かに扉を開けた先に僕が見たものは、上体をはだけて清拭する、君の姿だった。
 僕の目は、君のおっぱいに釘付けになった。
 長い闘病生活で弱り果てた君の身体は、手を触れたら折れてしまいそうな程に細くて。
 そのおっぱいにも肉はほとんど付いてなくて、あばら骨が浮き出るばかり。
 それでも僕は、君のおっぱいのことを美しいと思ったんだ。
 咄嗟の出来事に言葉も出ない君は顔を真っ赤にして、金魚のように口をぱくぱくさせていた。

「ご、ごめん。寝てると思って……」

 慌てて出ていこうとする僕を君は引き止めた。

「待って、行かないで」

――いけない。この先の言葉を僕は聞いてはいけない。

「景くんにだったら、見られてもいいの。だって、私は君のことが――」

――駄目だ。
だから僕は能力を発動した。
「ん……何?」

 ガシャーン!
 廊下で激しい金属音が響き、君の言葉をかき消した。
 うっかり者の看護師が医療器具を満載したワゴンを転倒させてしまったのだろう。

 問題はここからだ。
 能力発動後、30秒のインターバル。
 今回は何を仕掛けてくる?

 僕は君のおっぱいから目をそらすことができない。
 病に蝕まれ、やつれてはいても、君のおっぱいは僕の理想そのものだ。
 視界の端で、君がシーツの中から何かを取り出すのが見えた。
 これは――医療用レーザー装置を改造した光線銃!?
 だけど、君が銃の引き金を引くよりも早く。
 僕は君のおっぱいに手を伸ばして――

絶 招 ・ 七 孔 噴 血 爆 塵 掌 !!


††††


――違う!! 僕の好きなおっぱいはこれじゃない!!
 君との気恥ずかしい想い出が、僕に正気を取り戻させてくれた。
 君のおっぱいへの強い想いで、おっぱい柔術の魔力に打ち勝てたのだ。

「ん……何?」

 僕は能力を発動した。
 天井にあったミラーボールを支えていた最後のボルトが『偶然に』重量に負けて破断した。
 床に落ちた巨大ミラーボールは砕け散り、無数の小さな鏡が四方に飛び散った。

「ボンバー!」

 本葉柔が叫び、そのおっぱいの先から乳白色の破壊光線が放たれる。
 その瞬間、僕とおっぱいの間にミラーボールの破片が『偶然に』飛び込んできた。
 鏡面がおっぱいレーザーを反射する。
 ディスコの壁面がレーザーで穿たれ、切り取られた東京の夜空が小さく覗く。

 さあ反撃だ。
 君のおっぱいを脳裏に浮かべる。
 もう、他のおっぱいには惑わされない。
 あの日見た君のおっぱいを、僕は永遠に忘れない。

 発勁は無からエネルギーを生み出す魔法ではない。
 だから、抑え込まれた姿勢では普通ならば十分な勁力は得ることができず、有効な反撃はできない。
 だけど君と僕の力を合わせれば、不可能なんかない。

 肘に仕込んだ、君のくれたお守り「コンポジションC-4」を起爆させて得た勁力を、僕の練勁によって導き叩き込む!
 受けてみろ!
 これが二人の力、真七孔噴血爆塵掌!!


††††


 震空ν山嵐を完成させたあの日。
 空中回転しながらのおっぱい発勁と、おっぱい質量を載せた地面への叩き付けに耐えたケンちゃんを袈裟固で抑え込んでいた時。
 脱出しようと試みるケンちゃんの動きによって、偶然に道着の胸元がはだけ、おっぱいが丸見えになってしまった。
 恥ずかしさのあまり、私はついうっかり、即死効果のおっぱいレーザーを撃ってしまう。

 うわああああっ、殺しちゃったああああっ! と焦ったのはつかの間、流石はケンちゃん。
 おっぱいレーザーはケンちゃんの体を貫通していたけど、急所からは逸れていて無事だった。
 ケンちゃんの手には、綺麗な水晶の剣。

「これは……マジックアイテム?」

「いや、ただの装飾品さ。実用性は無いが、レーザー光線を屈折で逸らすことはできる」

「なるほど! さっすがケンちゃんスゴイ! ……というか、おっぱいレーザー撃っちゃってごめんなさい。殺しちゃうとこだった……」

「そんなの気にするな。俺は簡単には死なない。それよりも、俺の方こそ、その、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ」

「え、あ、ああうん、いいの。ケンちゃんにだったら見られても……」

――だって私はケンちゃんのことが好きだから。
 そう言ってしまおうかと思ったけど、迷って言いよどんでいるうちに、ケンちゃんが真剣な顔になって言った。

「レーザーの連続発射可能回数は、制約を満たした対象の数に等しい。一度撃ち尽くせば、再発射可能になるまでのインターバルは約2分。今みたいに回避された場合の対策を考えないといけない」

「必要ないよぉ。こんなの避けられるのはケンちゃんだけだってば」

――結局、この日も告白はできずじまいだった。


††††


 景が肘のC-4爆弾を起動するよりも一瞬早く、柔のおっぱいレーザーが景の心臓を撃ち抜いた。
 おっぱいは、二つあった!
 即死能力を回避する術を持った相手への対策として、本来は左右同時発射であったおっぱいレーザーを片方ずつ発射できるように、柔は訓練してきたのだ。

 日下景の全身から力が失われ、四肢がぐったりと投げ出されたのを確認してから、本葉柔は抑え込みを解いて立ち上がり、おっぱいをしまった。
 胸に穿たれた孔から血が流れ出し、景の衣服とディスコの床を赤く染めてゆく。

「君の勝ちだ……おめでとう……」

 震える唇で、景が勝者を讃えた。
 柔は返すべき言葉がわからず、ただうつむいて景を見つめるだけだった。

「ひとつだけ……僕の願いを聞いてくれないだろうか……? 僕は、世界でたった一人の、大切な女性のために戦ってきた……彼女にずっと伝えたかった言葉があるんだ……」

 暗闇にストロボ閃光が瞬き、景の顔を映し出す。
 その顔は、願いを果たせなかった悔し涙に濡れていた。

「伝えてくれ……『僕も、君のことが好きだった』と。そして『守ってあげられなくてごめん』と。彼女は希望崎の二年生で、名前は――」

 その名前に、柔は聞き覚えがなかった。
 日下景という名前の男性も、柔の世界の希望崎学園にはいなかった。
 おそらく、日下景は柔とは別の平行世界の人間だろう。
 景の言葉を伝えることは、柔にはできない。
 だが、柔は景の手を取って握りしめ、優しい嘘をついた。

「はい。必ず伝えます」

「ありがとう……頼むよ……」

 景は目を閉じた。
 薄れゆく意識の中で、景は愛する彼女の姿を思い浮かべていた。
 痛々しいほどに痩せこけて、ほとんど膨らみらしい膨らみもないおっぱい。
 だけどそれは、景にとって世界で最も美しい、最高のおっぱいであった。
 もう一度、彼女のおっぱいを見たかったな――それが、彼の最後の思考となった。


††††


 戦闘終了。我が家の庭に、無事帰還。
 景さんの言葉を、彼女に伝えることは私には出来ない。
 そのことを思うと、おっぱいの奥の方がしくしくと痛みを訴える。
 言葉は、できる時に伝えておかなければ、永遠に伝えられないかもしれない。

 ダイニングキッチンに戻ると、パパとママとケンちゃんが、私のことを待っていた。
 パパもママも、私が帰ったことに安心して泣き出しそうな顔をしている。
 ケンちゃんも、冷静なフリをしてるけど、内心すごくほっとしているのが見てとれる。

 さて、やりますか!
 パパとママまでいるこんな場所で言うべきことじゃないのは解ってる。
 まったくもってチャンスでも何でもありゃしないし、ムードも何もあったもんじゃないけど、私は言うと決めたんだ。

「時ヶ峰堅一先輩! 私、先輩のことが好きです!」

 私の言葉は朗々と響き渡り、爆弾発言に我が家のキッチンは凍りついた。
 言ってしまった!
 もう後戻りはできない!
 お願いケンちゃん! どうか、いい返事を――!!


††††


 景くんが姿を消してから、半年の月日が流れた。
 病は気からと言うけれど、それはいつでも正しいことではないみたい。
 君を失って沈む心とは裏腹に、私の体調はこの半年で、魔法でも掛けたように回復していった。
 何が私の体を蝕んでいたのか、どうして回復できたのか。
 理由は全く解らない、奇跡が起きたとしか考えられない、とお医者さんは言っていた。

 リハビリも兼ねて、君の通っていた拳法道場に私も通いだしたんだよ。
 どうやら私には才能があったらしく、わずか三ヶ月で絶招を修めたので、師範もびっくりしていた。
 まるで、君の勁力が私の中で生きてるみたいなんだって。

 魔法なんて、存在しない。
 奇跡なんて、存在しない。
 実は、私は本当のことを知っている。
 全部、君の仕業だったということを、私は知ってしまったんだ。
 君のノートパソコンの奥深くに隠してあった、秘密の日記を見てしまったから。
 パスワードが私の誕生日だなんて、安直すぎてすぐに解っちゃったよ。

 君は迷宮時計の戦いに勝ち抜いて、原因不明の私の病気を治してくれた。
 でも、どういうわけか君自身はどこか遠くの世界から、戻れなくなってしまったんだね。

 私が拳法を始めた本当の理由。
 いつか、私の前に迷宮時計が現れたら、今度は私が君を取り戻す。
 そのために私は、もっともっと強くならなきゃいけない。

 そして、もし君に会えたら伝えたい言葉があるんだ。
 ずっと言いたくて、ずっと言えなかった言葉。

 切り立った崖の上に立ち、虚空に向けて絶招を放ちながら私は、その言葉を叫んだ。


「景くん! 私、君のことが――」

 放たれた七孔噴血爆塵掌の勁力で空気の震える音が轟と響き、私の言葉をかき消した。


(おしまい)

最終更新:2015年01月11日 17:23