野試合SS・厨房その2


人はパンのみにて生きるにあらず、人は神の口から出るすべての言葉によって生きる。 ――マタイによる福音書より


「……」

痩身の男は起き上がると、辺りを見回した。いや、見回したというのは不適切な表現かもしれない。
その両の目は未だに閉じられていたからだ。

「……存在するものは毅然としてあり、空間の中に一点の消滅を生み出す……」

己の座右の銘とも言える一文を呟きながら、肩や膝、関節部をほぐす。
少なくとも、致命的な負傷や筋力の低下は見られない。

「……はて」

男は思わず首を傾げる。
自分の記憶が確かであれば、自分は大都会の真ん中で希望崎学園最強の男の手によってビルごと吹き飛ばされ、
地面に叩き付けられ――自らが描いた白黒の芸術の最後に、紅い染みを残したはずだったからだ。

「……あるいは、存在を失ったものは異界へと流れ…… 考えるだけ無駄か」

男は嘆息すると、芝居がかった口調を止めてその眼を開く。
穴の空いた眼帯はその視線を一切遮ることなく、周囲の視覚情報を男に明け渡す――色だけを除いて。

その目に映るのは、巨大な灰色の森だった。

「さて、ここは果たして天国なのか地獄なのか――異界であることは、確かだろうが」

男の名は、ストル・デューン。
色盲の画家にして、色彩を侵す者である。


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「……What?」(一体何が、という意味の英語)

初老を過ぎた外国人の男は周囲の風景に戸惑いを覚え――懐中時計を取り出す。
時計には、本来なら彼がもう目にすることはなかったであろう情報が表示されていた。
全てを無に還すものによって心を折られ、敗れた彼には最早与えられるはずのない情報。

対戦相手と、対戦場所。
対戦相手は自分を除いて二人、ストル・デューンと――もう一人の人物。
対戦場所は【現代】厨房。

だが、目の前に広がるのは――“森”である。
長い芝を敷き詰めたような地面、どこか無秩序に生える色鮮やかな草木。
見覚えがないはずなのに、何故か既視感を感じる風景であった。

「これが、Mr.Sikiの言っていた“Bugってハニー”という奴でしょうかー……
 ンン、少々Styleを変える必要があるかもしれませんネ」

事前に知り得た情報――現代社会における厨房での戦闘を想定していた彼は、意識を切り換える。
『TAI-kansoku』。 彼の“能力”は、五感を操作する力である。
事情は不明だが、屋内ではなく屋外であるならばまずは索敵。聴覚と視覚を引き上げて、周囲の状況の把握力を上げる。
『リスニングは要点を聞き逃さず、リーディングは要点を見逃さないことが肝心』、英検3級参考書にもそう書いてある。

「とはいえ、流石にこの柔らかいGrass fieldでは、足音もしないでしょうガ…… Hum?」

そんな彼の耳が、奇妙な物音を捉えた。
何か液体を吸い込むような、それでいて固形物も諸共に吸い込むような……

「……Udon?」 (うどんを食べる音だろうか? という意味の英語)

外国人の名は、リークス・ウィキ。
またの名を、ウィッキーさん――英検の完全熟練者(オーバーアデプト)である。

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「……こりゃまた、妙げなとこじゃのう」

手にした丼から乳白色の太い麺を啜りながら、青年が独りごちる。

彼の最後の記憶は、全身を駆け巡る塩辛さと、冷たい水の感触――自らの命が消える感覚。
だが、気付けば――この奇怪な樹海にいた。

「じゃったら、ここが彼岸っちゅうことかいの…… っと、ごちそうさん」

うどんを食べ終え、食後の一礼を済ませると周囲を改めて確かめる。
地元“四国”でも、辿り着いた希望崎でも見かけなかった植物群。少し肌寒い外気。
鬱蒼とした森はその全容を見通すことは難しいが、一つ奇妙な点がある。

他の生物らしき気配が、一切ないことだ。
小動物や鳥はおろか、虫一匹すらいない。

「こんばあの森やったらもうちっと、動物がおるろうに……」

青年の名は、善通寺眞魚。
“四国”88結界の管理人である。

「人の気配は、微かにするけんど……ん?」

善通寺が辺りの捜索を一通り終えた――その時。

上空から、青年の目の前に巨大な塊が落ちてきた。
人間の頭ほどもある、黒い物体――

「!? 何じゃあ!?」

すんでの所で衝突を免れた青年は、慌てて空を見上げる。
――巨塊が、次々と落下してきている!

(誰ぞの攻撃か、何らかの現象か――わからんが、こうしちゃおれん!)

背中に背負った大筆を抜き、構える。
降り注ぐ塊は無差別に降り注いでいる――少なくとも自分だけを狙っている様子はない。
だが、決して自分に当たらないというわけでもない。

「セイッ!」

頭目掛けて飛んできた礫を、筆の“払い”で逸らしながら――近くの木陰へと逃れる。
幸いにも、木々を貫通するほどの破壊力はないらしく、避難は容易に済んだ。

「まったく、なんじゃありゃ……」
「ワカリマセン。ですが今Checkするのはsuicidal act,自殺行為でショウ」
「ほーじゃな、雨霰が止むまでは動けん……ん?」

漏らしたつぶやきに答える声あり。
思わずそちらを見るが――誰もいない。
と、次の瞬間。

「How (把 ――掴むという意味の英語)」
「!」

振り向いた逆側から、何者かが善通寺の襟首を掴み、身体を強引に向き直らせる。そして。

「Do(胴)!You!(有)Do!(胴) ――胴体に有効打!そしてもう一回胴!と言う意味の英語)」
「がっ……!」

正拳の二連撃が善通寺の鳩尾を捉え、その身体を吹き飛ばす。
しばし苦悶の表情を浮かべる善通寺だったが、即座に筆を取ると“払い”で受身を取って体勢を立て直す。
筆は流れる様に、相手の追撃が来れば“止め”が刺さる真正面を向いていたが――襲撃者はそれ以上動かず、名乗りを上げた。

「ドーモ、My name is Wicky.ハジメマシテ、Mr.善通寺。手荒なAISATSUにて失礼します」
「うぃっきー……なんじゃ、外人さんかいの。ちゅうか、いきなりコレはないじゃろ」
「ソーリー。噂に聞く“ショドー”のワザマエを見たくてTAWAMUREてしまいました。
 ですがこれ以上危害を加えるつもりはありまセンのでご安心ください」

ウィッキーが深々とお辞儀をするのに合わせ、善通寺も会釈を返す。警戒は解いている。
敵意や害意を発してはいないことを、すぐに感じ取ったからだ。

「貴方に一つ、Questionがあります。できれば正直にアンサーを頂けるとうれしいのですが」
「くえす……ああ、質問か。わしがわかることでよけりゃかまんけんど」
「Okay,簡単な質問です。 貴方は“迷宮時計”を巡る戦いで負けましたネ?」
「ああ……そのはずじゃ。夜雀のにいちゃんに、塩漬けにされた……はずじゃ」
「Thank you very much for asking me.(答えてくれてありがとう、という意味の英語)」
「おまさんも負けてここへ来た、っちゅうことでええんかい?」
「Nmm……負けたのは確かですが、少し事情がありまして。その辺りを説明しますので……

 ……そちらに隠れている、Mr.Sutolも是非聞いてくれませんか?」

ウィッキーがくるりと振り向き、森の奥の方を見る。
そこには暗闇しかなく、とても人影などあるように思えなかった――が。

その暗闇が、ほどけるようにかき消え――男の右目へと吸い込まれていく。
ストル・デューンその人である。

「……やれやれ。英検使いというのは、騙し絵を解さないのかね」
「いえいえ、Trick artは大好きですよ。尤も、DAMASHIUCHIは嫌いですがね」

肩を竦める画家に、英検使いが気さくに返す。
こうして、三人の敗者は集められ―― 迷宮時計に起きた“異変”を知ることとなる。

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『ウィッキーさん、グッドモーニング!』
「Good morning,Mr.Siki. どうしました?」

話は少し前――おおよそ二十四時間前に遡る。
ウィッキーが『転校生派遣サービス』へと、ミッション失敗の報告をしてから数日。
既に迷宮時計の件はウィッキーの手を離れ、『彼』へと引き継がれた――筈だった。
故に、こうして向こうから連絡が来ること自体がイレギュラーである。

『んー、ちょっと困ったことになりまして。ウィッキーさん、お暇ですか?』
「暇……と言えるかどうかはワカリマセン。ですが、復旧作業も一段落して手は空いてます」
『それはよかった! ……実は、迷宮時計の件で一つ気になることが出てきまして』
「Hum? ……ですが、私はMission Failedしてます。あまりお役には立てないかと」
『いえ。負けた貴方だからこそ、手を貸して貰いたいんですよ。
 ……迷宮時計が、どうもBugってハニーしちゃったみたいで』
「アーハン……つまり、何かErrorが起きた、と?」
『ええ。現状では、深刻な影響は与えないとは思うのですが……今から説明しますけど』

電話の主、Mr.Sikiと呼ばれた人物が語ったところによると、異変は大きく分けて二つ。
一つは、迷宮時計の戦いに敗北した筈の人物の蘇生や再転移のような兆候が観測されたこと。

『もちろん、最後に勝った者が跳んで敗者の蘇生などをしているという可能性もありますが――
 少なくとも、今の段階ではまだ勝者は決まっていないことを観測しています。
 現地の人が通りすがりに、という線もまずないでしょう。そこで疑われたのが』
「迷宮時計の誤作動……Bug、ですか」
『ええ。といっても、その原因を探るのは『彼』の領分ですので、ウィッキーさんには
 URADUKE……もとい、裏付けを取ってきてほしいんです』
「アーハン……つまり、実際に敗者にInterviewしてきてほしい、と」
『イエース。InterviewはウィッキーさんのOHAKO、ですからね!
 行く方法は心配しないで下さい。こっちがなんとかしますから』
「わかりました。……もう一つのBug、というのは?」
『んー、実はそっちが本題です。その“もう一つ”が何か、を調べて欲しいんですよねー。
 前者に関連してなのか、また別の問題が発生しているのかでこっちも対応が変わりますし。
 あ、もちろんこっちも原因は構いません。何が起きてるかだけ調べてくれれば』

口調こそ軽いが、電話口の相手からはこの件に関する困惑が伝わってくる。
……“転校生”時逆順の能力が発端でありながら、既に“転校生”である彼らにも予測のつかない事態へと拡散している。
そのことが、少なからず不安なのだろう。

「……All right.引き受けましょう。では、何かあればまたYOROSHIKUお願いします。ハヴァナイスデ~ィ!」

こうして、リークス・ウィキは――自ら、この世界に飛ぶに至ったのだった。

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「……成程。やはり、私の芸術は……終焉という一点に収束を迎えていたのだな」
「ようわからんこと言いなや……ちゅうことは、やっぱりわしは死んじゅうのか」
「YesともNoとも言えます。おそらくは、何らかの形で“生き延びた”という形で迷宮時計に認識され、
 しかし既にDEADでなくてはならないのにALIVEしていることでエラーと見なされ、再度戦うことで
 そのErrorを正すようにした…… といったところでしょうかね」

敗者二人が、どこか諦観したような感想を漏らす中、ウィッキーが独自の推測を披露する。
もしここに探偵がいたならば、もう少し正鵠を射た推理をしたかもしれないが……
今のところ、この推測が当たっているかどうかはこの場にいる誰にもわからないことである。

「……それで。Mr.ウィッキー。貴方は我々に二度目のピリオドを打つのかね?」
「そうしたいならば、説明せずに攻撃してますヨ。……貴方方がどうしてもReviveしたい、のであれば
 全力を持って立ち向かう所存ではありますが……」
「いや。わしゃあいっぺん死んだ身じゃ。ほんならしゃあない」
「……同じく。私も、一度終わらせた芸術作品に加筆修正を施すほど蒙昧な画家ではない」

二人の割り切りの良さに、ウィッキーが拍子抜けして肩を竦める。

「Fmm,困りましたネ。力ずくで来るなら、撃退もやむNothing,でしたが……
 そうも素直に言われてしまうと、救いたくなってしまいます」
「……何、気にするな。私はこの森で、未発表作でも描いているさ」
「気持ちばあ受けとっちょくよ。 ほんなら、この森からわしらが出ていきゃええんじゃな」

ウィッキーの良心に、死者(?)の二人が笑顔で返す。
だが、善通寺の言葉でウィッキーが再び思案顔に戻った。

「……そういえば、それが気になってました。もう一つのBug……どうやら戦闘空間の設定が、間違ってるようですね」
「厨房じゃ言うとったな、そういや。……しっかし、どう見ても森にしか見えんぞね」
「……芸術家にとって万物がキャンバスであるように、食材の宝庫である森を広義の厨房と見なした、のだろうか」

三人が疑問を感じ、奇妙に一致したタイミングで空を見上げた。


三人は、思わず声を失った。


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「……」
「ありゃあ……ダイダラボッチかえ……?」
「……なるほど。Bugとは――こういうコト、でしたか……」

三人が見上げた先。そこには――“何か”がいた。
三人よりも遙かに、遙かに、遙かに巨大な“生命体”であるが故に“何か”という表現しかできない“何か”である。

善通寺やウィッキーが気配を感じ取れなかったのも無理はない。
あまりに巨大すぎて、それが生物であると――今の今まで、認識すらできなかったのだから。

視点をもっと引いて見てみれば、大きさ以外何ら変わることのない『人間』かもしれないし、
或いは古の伝承に記されるような『龍』かもしれないし、外宇宙より降り立った『古の神々』かもしれない。
だが、そのあまりな巨大さ故に、その全容を彼ら三人が知ることは出来ない。
どころか――この記述を読んでいる貴兄らにも、これを記している筆者にすら、それを知ることは出来ない。
それほどに巨大で、だが“生命体”であることだけは確実に分かる――そういう存在が、彼らの頭上にいるのだ。

最早、この存在が何であるかを解明する意義は存在しない。
それでも、ある程度の推測は――三人にも、出来た。

「つまり、今我々が居るPlaceは―― 

 “盛り付け中のサラダボウルの中”……」

この“何か”は――少なくとも、人間が料理・調理と呼ぶ行動を為し得るだけの知性らしきものがあるということ。
先程の巨塊は、おそらく何らかの香辛料をふりかけたのだろう――

「……成程。そして、そのサラダは現時点で“厨房”に毅然として存在している、と」
「Yes,Mr.Sutol――迷宮時計の“情報”には間違いは、なかった。
 間違っている、すなわちBugというのハ―― このような生物がいる世界に飛ぶこと自体が、デス」
「確かにの……いくら並行世界のどっかじゃ言うたち、こりゃてにあわんちや」

いかに迷宮時計といえど、ここまで異世界じみた並行世界に飛ぶのは――なるほど、想定外だろう。
バグと表現されるのも納得がいく話だが、納得したところで事態は解決しない。

「ほんで、どうするがじゃ。このままじゃ、みんな食われてしまうぞ」
「……あの巨大存在を倒すというのが、手っ取り早いだろう」

そう言うが早いか、ストル・デューンが両目を開き――白と黒の奔流を生み出す。
『赤×黒白』の黒化(ニグレド)と白化(アルベド)の同時発動による、モノトーンの暴力――

だが。その試みがすぐさま無駄であることを、画家は悟った。

「……全容を見渡すには、この空は狭く、そして描くべきキャンバスは広大……」
「つまり“相手の全身が見えんき塗りつぶせん”ちゅーことか?」

そう。知覚すらやっとな巨大な“何か”相手では――そもそも黒化・白化による攻撃が通じているかどうかも分からない。

「……おまさんはどうなんじゃ、英検とやらでどうにかならんか」
「Sorry……エゾヒグマ程度なら兎も角、あれはKIKAKUGAI過ぎます」
「そうじゃな……わしも歯が立たん」

ウィッキーの完全熟練者としてのワザマエを全力にしたとして――攻撃が通る保障がない。
善通寺の書道、そして能力“筆を選ばず誤りて帰る”でも同様だ。

「……だが、これがサラダならば、いずれ“食べる者”に供されるのではないかね?」
「! ほーか、流石にそんときは“厨房”から出て行くことになる!ほいたら場外やき、誰か一人が……あ」
「Yes……サラダボウルがどういう向きなのかが分からない限り、私が出られる保障がありません」

ストルの指摘は光明に思えたが、それではウィッキーを確実に帰すことができない。
仮に生き残った者が連絡する、という方法を選んだとしてもストル・善通寺は“転校生”に連絡することが出来ない!

――万策、尽きたか。
三人が諦めかけた、その時だった。


“眞魚!おんしの力じゃ!おんしの力を使うんじゃ!”

謎の声が、三人の元へと届いた。
神秘的なエコーがかかった不可思議な声だが、言っている内容はハッキリと聞き取れる。

「!? 誰じゃ……?」
「Mr.善通寺、心当たりは?」
「わからん……じゃが、いくらわしの力言うたち……」
「! ……だが、最早猶予はなさそうだな」

善通寺が戸惑う中、地響きと奇妙な浮遊感が三人を、サラダの森を襲った。
――サラダボウルが持ち上げられ、いよいよ出されようとしているのだ。おそらくは、客である“何か”に。

“早く!……の……物に――じて――”

がちゃり、がちゃり――声が、轟音に掻き消される。
厨房内の他の物音だろうか、その音の出所はようとして知れない。

「いかん……声がよう聞こえん……!」
「……Mr.善通寺、ちょっとKUSUGUTTAIですよ!」
「!?」

ウィッキーが咄嗟に動き、善通寺の胸へと手を当て――何かKIAIのようなものを送るような仕草を見せた。
その瞬間、物音に遮られていた声が再びハッキリと届く!

「『TAI-kansoku』……Mr.善通寺のhearingを強化しました」
「すまん、恩に着るぜよ!」

“早く!懐の巻物に二人を封じて――”

「封じる…… そうか!それじゃったら…… 二人とも、ちいとこらえてや!」

そう言うと、善通寺は筆を振るい字を中空に描き始める!
“封”の字を二つ―― 対象を絵巻物に閉じ込める、能力と書道の合わせ技!

書き上がった“封”の文字は、ウィッキー・ストル両名へと引き寄せられ――身体にそのまま張り付いていく!
そして、二人の身体が墨絵の如く溶け――善通寺が構えた巻物の中へと吸い寄せられる。
全ての墨が吸い込まれた時、巻物には――ストルとウィッキーの姿があった。



そして、善通寺は――二人が試合場から“消えた”ことで“勝者”と見なされ。
二人が描かれた巻物ごと、この世界から転移した。

~~~~~~~~~~~~

“動物園”の世界、N.Y――


朝日が差し込む公園の傍らで、善通寺はウィッキーとストルに頭を下げていた。

「すまん!本当ならわしと画家のおんちゃんが巻物になって、ウィッキーさんに持っていってもらえたら良かったんじゃが……」
「No problem,Mr.善通寺――巻物に封じた人を戻せるのは貴方だけ、である以上仕方ありません」
「……どのみち、説明している暇もなかっただろうからな」

さて。飛び先がなぜ此処になったか、蛇足ながら説明しておくと――
善通寺とストルの両名は“迷宮時計”を所持していなかったのだ。
それもまた、迷宮時計に発生したバグの一部……一度でも迷宮時計に関わった者に降りかかる、何らかの影響らしかった。
その為、“勝者”となった善通寺はウィッキーの持っていた迷宮時計――
厳密に言うならば、Mr.Sikiが用意した迷宮時計の“模造品”をそのまま引き継いだ格好となり。
その時計にとっての基準――即ち、ウィッキーが敗れたこの世界へと帰還することとなったのである。

その後、巻物から二人を解放して今に至る、というわけである。

「ともかく、私のMissionはひとまずの完了ですが…… 今後の結果次第では、また何かあるかもしれませーん。
 その際にSupportして貰えれば、Win-WinでCHARA-HEAD-CHARA!という奴です」
「そうか……そう言うてもろうたらありがたいちや」
「……しかし、私と善通寺君は……果たして此処に“戻って”良かったのだろうか?」
「ほうじゃな……本当ならもう死んじゅう筈じゃに」
「まあまあ。命あってのMONODANEですから! 早速ですがお二人とも、瓦礫撤去のボランティアお願いしますヨ!」

困惑する黄泉帰りの二人をよそに、ウィッキーさんは往年の気楽さで――再起に向けて、歩み出した。

「……ところで。あの声、結局誰だったんじゃろな?」




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――どこかの世界、“四国”――

“……どうやら、うまくいったようじゃの”

清浄な空気が張り詰めた、“四国”の中央に聳える霊山――中腹に穿たれた洞穴の奥に、二つの影。
一つは人、もう一つは――彫像である。

『いやあ、一時はどうなることかなあと思ったけどなんとかなったね!
 これも僕の日頃の行いの御陰だね!やっほう!』
“……お主の日頃の行いはともかく。お主の報せがあればこそ、
 我が声を遥か彼方の異界へと届けるに至ったのは紛う事なき事実よ”
『まあね。たまたまシキ君が電話してるの聞いて、なーんか面白そうだなって思ってね。
 僕がしゃしゃり出ると事態がメチャクチャになるから何もするなって言うから、貴方に動いて貰ったまでさ』

どこか空々しい響きではしゃぐ青年を窘めつつも誉めるように、彫像は念話で語りかける。

“しかし、珍しいこともあるものよのう。よもや、世を壊すのが望みのお主が世を護らんが如くに動こうとは、な”
『……やだなあ。僕はただ、ぐっちゃぐちゃにしたいだけだよ。
 今回の場合だってそうだよ。時逆ちゃんの企みを引っかき回したかっただけさ!
 だって、僕がしっちゃかめっちゃかにする前に――先に更地にされちゃたまらないからね』
“……ふん。数百年経とうというのに、相も変わらず本当の心音を語らぬ男じゃな”
『それでいいんだよ、僕は。何もかも、済し崩しに台無しにしていく――それが、僕だ』

そこまで言うと、青年はもはや会話を続けるのは無意味だ、と言わんばかりに彫像に背を向けて
洞穴の出入り口の方へ向かって歩き始めた。

『ま、今度僕が来るまで頑張って“四国”遺しといてね、“金剛大師”様』
“お主も、息災であれよ。 久万高原よ”

彫像――“四国”88結界の開祖“金剛大師”は、
青年――“転校生”の一人、久万高原戻の背中を静かに見送った。

最終更新:2015年01月17日 19:48