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探偵を巡る別世界からの反応(その3)


某世界妃芽薗学園・某時間にて

 「花撰集;枝折(アンソロジー;ブックマーク)」
 菖蒲(あやめ)が校門を背中合わせにして梅枝(うめがえ)を折ると、周囲は仄かな芳香に包まれた。
 それも、冬の風に攫われて長続きしない。息を吐くと白い。留め置けた気がした。夏の花は、遠い。
 栞は本に挟む標(しるべ)。持ち主に居場所を知らせる花撰集(アンソロジー)の一頁は、
 花鶏から貸し与えられた能力のひとつを意味した。

 「……様」
 菖蒲は呟く。待ち合わせは花鶏様、此度の顛末を報告せねばならない。
 日車は死んだ、死んだのだ。その一助を担ったのは自分だと言うのに、何を。
 「向日葵は、枯れましたか?」
 何を聞いているのだろう。わたくしが見送ったというのに、死出の出立を。
 「いいえ、枯れていませんよ。それも長くは持ちませんが」
 ま・た。枯れるでしょうね。
 ぽんとかじかむ手にからめられる、大きく。意図不明の慰めを聞いて、理解しようと脳を働かせる。
 振り返らない、そこに答えがあるのに、これは矜持だ。解答編を読むのは答えを出してからだ。

 どうしてだろうか?
 数多の探偵を殺めてきた菖蒲はその体温の在処を知らない。学園と外界を挟んだ境界線は、揺らぐ。

 「ええ、時計草はまた現れたそうですよ。このままでは幾らの探偵が無駄に枯らされることか?」
 日車がその役目のいくばくかを担ってもらえるなら、それは嬉しいことですね。
 第一級探偵は心の中で呟いた。
 これが漏れ聞こえることはないだろう。ははは、何の意味があるかは知らないけどね。
 だって……?

 「時計草は、”彼女”の意志は伊藤日車と名のつく、魂を同じくするすべての人工探偵に
 憑いて回ります。お前は、その一翼を担ったのだから、感謝しなければいけませんね」
 お前が、下らない下心を出したばかりに数多の伊藤迷路は未亡人ですよ。

 事実だ。
 伊藤迷路は泣いている。菖蒲の知る迷路もまた、日車の無残な姿を見て泣いていた。
 女の身で女型(めがた)の探偵を押し付けられた、そう思っていた。
 あわよくばと思ってしまった淫らな私を咎めるように、葬列の場でもいたたまれなくなり菖蒲は逃げ出した。

 「それは……何を、どんな意味でおっしゃられたのですか? わたくしはそのような――」
 菖蒲は努めて平静を保ったが、声の調子でようやく感づいたらしい。
 横恋慕をしていたと言うのは正確ではない。だが、良からぬ気持ちを僅かなりとも
 抱いてしまったと言うのは正しかった。
 いや、気付いたところで遅いのだが。振り向こうとする間にも言葉は放たれた。
 天から降り注ぐ言葉は上の言葉であり、神の声に似ていた。

 「そう言うなら這いつくばるのは止めにして、真冬の太陽を仰ぎ見てはどうか?
 ササニシキは泥砂とキスをして生きるのでなく、人と探偵、顔を突き合わせることを選んだのでは?」
 気が付くと、菖蒲は仰向けになっていた。
 草履の裏が視界を占めて、太陽が、見えない。

「さて、地の文はここで終いにしましょうか」 
 ……それは、
 「黙りなさい。何かを変えたいのなら口に出して言うのです。
 私、工藤之新本格月宮ヶ雷花(くどうのしんほんかくつきみやがらいか)が言っているのですよ。
 木様の友人が無様に敗れたために、私の存在が泡沫の如く、語られる機会が消え失せてしまったのですよ?
 責任を取りなさい。伊藤日車はこれからも、どこかで死に続けます。
 遠藤之本格古笹ヶ菖蒲(えんどうのほんかくふるざさがあやめ)、木様には敵を討つことも、
 迷宮時計の謎を解くことも叶いません。そこで足の裏を舐めながら、口を噤んで私の推理を黙り聞け。

 時計草は『欠片の時計』と一体化した参加者です。
 いや、むしろ。どこからが卵で鶏なのか? 死ぬために生まれる彼女達は相方たる人工探偵が
 何度死のうと乗り換えて復活します。
 双子のきょうだい藤原京と、何度この戦いに挑んで散っていったか、私は面倒なので数えていません。
 しかし、そこまで際限のない問題ではありませんでした。
 何故なら、はじまりがあっておわりがなければ――時計ではないからです。
 藤原京を見失った時計草は日車を手に入れました。二歳児を言い包めること、容易かったでしょうね。

 花鶏が木様に何を目的として、この戦いの観測を言いつけたのか?
 分かる気がしますよ。迷宮時計の副産物、繋がり続ける平行世界の発見と時計草の破壊です。

 迷宮時計はね、部外者が関わること自体が時間の無駄なのですよ。
 あれはね、エゴを貫き通すための小道具なのですよ。参加者の皆様も理解しているでしょうが、
 個々人が主張する『迷宮時計』の正体など、最後の一人が確定させるまでは妄想に過ぎないのです。
 たとえ、ループしていようが一つの世界を現実に破滅に導こうが、そんなものは大河から弾き出された
 飛沫のひとつに過ぎない。ふふ、滑稽、滑稽!
 そんなもののために、みんなが泣いて笑って怒って、散らすなんて! 
 馬鹿の集まりですね、なぜ時計そのものが願いを叶えてくれると思いました?
 願いを叶えるのはどうあったって、その者の意志に違いないじゃないですか? 
 全能足り得ても、全知足り得ない、己の手の届く範囲しかどうこう出来ない、そんな不完全な魔法のランプ!

 どうして信じられないんでしょうね?
 百人、千人、百万人にも、チャンスを与えてくれたのですよ? 時逆順は、優しいじゃないですか?
 それなのに、どうしてみんな、幸せになろうと思わないのでしょうね?
 迷宮時計を残酷なものにしたがって、みんなを不幸にしたかった魔法少女は、だから消えたのかな?

 結局、思いの強いものが生き残って、真実(エゴ)を押し付ける。
 時を遡り、設定を書き換える。糸目の正体ひとつとっても、千差万別。
 けれど、生き残る。真実は収束する。
 誰も、この戦いの中でひとりひとりが求める世界、そこに基準世界が近づいていることに気付いていない。
 一度でも勝った時点で自分の世界はより強固なものになっているというのに。

 ん? もごもごと口を動かしてどうしましたか?
 ええ、地の文が否定された以上は会話文がすべてですからね。

 勝手に解釈しますよ。
 『時だってぶたれちゃたまらない』と、気違い帽子屋は言いました。
 藤原京と時計草、ふたりについて調べなさい。

 人間の方々は魂の在処を知りたがっていますが、
 人工探偵のそれはもうどこにあるのか確立されているのだから。

 私は一つしかいない。魂は一探偵に一つだから。
 木様も一つしかない。魂は一探偵に一つだから。
 ふたりはひとつのところにしかいない。

 だから、これを読んでいるすべての参加者に、決勝戦に歩を進めようと言う者に告げましょう。
 時計草を破壊せよ! 彼女を永久に眠らせよ! さもなくば――、痛い!」

「――随分、好き勝手やってくれたものだ。
 木君の言い分を借りれば、参加者でも何でもない雷花が喚きたてている。
 語るべき言葉を持つは日車、あの子だけだとなぜわからない?
 先に言っておこう。私、遠藤花鶏は愚妹『雷花』の首を完全にきめて、あと一歩で落とす状態にいる。
 足を動かすことは出来ない。
 ジメジメと、やかましい。キノコ栽培でもしていなさい」
 「ぐ――、花鶏。木様――」
 「姉様(あねさま)と呼びなさい、と言いながら更に極めます」
 「が――、三十路越えの若ブリっ子が、私よりチビッ子なくせにお姉さんぶるんじゃねーよ……」
 「……、いつも座っている木身に合わせるためにわざと背を縮めてあげているのですよ……」
 「ぎ、ぇ……」

 落雷!

 地の文が戻って来た時、そこに電気椅子探偵の姿はなかった。
 この雷は何ら物理的に影響を与えるものでは無いと言えど、菖蒲の目を晦ませるには十分で。
 菖蒲が視力を回復させた時、背中合わせに立たされていた。
 果たして、今度は上手くやれるだろうか? 菖蒲にはわからなかった。
 振り返った時、そこにあるのは圧倒的な過去そのもの、自らの手で時代を築き上げた先人の姿だ。

 菖蒲は第一級探偵を見たことは今まで一度もない。
 振り返り、見たのは小さな自分だった。過去はいつだって、小さく美しく見える。
 非正規の、望まれぬ人工探偵の正体がはじまりの人工探偵のクローンだったとはどんな皮肉だろう?

 「雷花は馴染おさなにも先の話をしているかもしれない。
 日車には悪いけれど、彼女に優勝してもらった方が丸く収まる、そういうこともあり得ると覚悟して。
 あの女なら時計草を破壊してくれるかもしれない。なら、日車が人柱になった甲斐もあると言うもの」
 菖蒲は首肯の言葉を吐いた。
 「はい、お母様……」