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幕間Ⅱ:あわい


「いち、に! さーん、し!」
「ここでまわって~」
「せーのっ」
「はいハイ!」

放課後、学園の屋上。
まだ陽射しは強く、踊り始めてから30分程でけっこう汗をかいてしまった。
『シスター』である真実が会長権限でゲットした鍵を使い、私たちは誰もいない屋上でダンスの練習をしている。
再来週に開かれる文化祭で披露するのだ。
なんでこうなっちゃったのかはよくわかんないけど、気がついたらそういうことになっていた。
ダンスなんてやったことないから大変……変な所が筋肉痛になるし。
でも、4人で踊っているときは、最高に楽しいのだ!

「さて、休憩にしましょうか」
「そうだねー」
「ノドが渇いたのだ」
「あっ、ボクのお茶飲む?」

モデルみたいに手足が長くて美人なのは、糸音ちゃん。
切れ長の目も凛としててかっこいい。
小麦色の肌が健康的な印象を与えているのは、早百合ちゃん。
ちっちゃくて元気がよくてかわいい。
見た目によらず気がきくボクっ娘は、真実。
私の幼なじみで、親友だ。

入学してすぐの新入生合宿で同じ部屋だった私たちは、1年半の月日が経った今もこうしていつも一緒にいる。
学園生活イコール4人でいる時間といっても過言ではない。
私たちが揃えばなんだってできる、そんな気さえしていた。

「うーん、やっぱり結丹の花飾りはカワイイのだ」
「でしょ? 真実が選んでくれたんだもんねっ」
「あらためてそう言われると恥ずかしい~…」

私が頭につけている花飾りを、早百合ちゃんが羨ましそうに見ている。
これは、真実がこないだ私にくれたものだ。
ずっと4人でいるとさっき言ったばかりだけど、真実からそれを渡されたときはふたりきりだった。
背中合わせでも真実がもじもじしているのがわかって、めちゃめちゃ可愛かった。
ツバキをあしらった花飾りは学校にしていくにはちょっと派手だけど、私は毎日必ずつけていく。
その髪よりも赤くなった真実をうりうりしていると、糸音ちゃんがおずおずと切り出した。

「あ、あの…早百合」
「なんだー?」
「え、えーと、その……」
「??」

うつむいて人指し指をつっつき合わせる糸音ちゃん。
きょとーんとしている早百合ちゃんをよそに、私たちは視線を合わせる。

(これはあれだね、真実)
(あれですな、結丹ちゃん)
(真実もあんなかんじだったのかな~ 見たかったな~)
(さ、さあね! 内緒だもん!)

ひそひそと私たちが会議している横で、糸音ちゃんも心が決まったようだ。
カバンに手を突っ込むと、中から綺麗にラッピングされた箱を取り出して、早百合ちゃんに差し出した。

「これ! あげますから!」
「おー、ありがとう。開けてもいいのか?」
「どうぞ!」

糸音ちゃんの絹のように白い肌が真っ赤っかになっている。
早百合ちゃんが箱を開けると、小さな白百合のイヤリングがちょこんと台に座っていた。
はっきり言おう。センス良すぎだよー!

「うわー!! かわいいねー!」
「これって百合の花だよね! 早百合ちゃんにぴったり!!」

きゃいきゃい騒いでる私たちをよそに、早百合ちゃんはいまだ無言だ。
じっとイヤリングを見つめていて、表情はうかがえない。
糸音ちゃんが不安そうに言う。

「ど、どうですか……? 早百合が結丹さんの花飾りをいつもじぃっと見てたので、買ってみたんですけど……。こんなプレゼントはイヤ、でしたか?? うう……」

緊張感が私たちの間に走る。
そして、早百合ちゃんがゆっくりと口を開いた。

「糸音……」
「は、はい!」

泣きそうな顔になっている糸音ちゃん。
はらはらしながら見守る私と真実。

しかし、早百合ちゃんは満面の笑顔を向けると、

「ありがとうなのだーー!!」

と叫びながら、糸音ちゃんに飛び込んでいったのだった。
ホッとする私たち。

「ちょっ、ちょっと早百合……!?」
「すっごいうれしい! 糸音だいすき!」

早百合ちゃんに抱きつかれててんやわんやになってる糸音ちゃんをみていると、私も真実も表情が緩んでしまう。

「いやぁ、青春ですねえ」
「うん、青春だね!」

満足したのか、早百合ちゃんが糸音ちゃんの上から起き上がった。
すっかり堪能したようだ。
ごきげんな様子の彼女の視線が、ふっと私の方を向いて止まる。

「あれ、どうしたのだ? 右腕」
「かさぶたになってますね」
「ほんとだー。 結丹ちゃん大丈夫?」

言われて見てみると、制服の袖をまくったことであらわになっている私の腕に、確かに黒いかさぶたのようなものができていた。
いつのまにこんなのできたんだろう?
記憶を辿ってみる。
チクリと傷跡が軋んだ。


その感覚を私はよく知っていた。
私はこのアトを見たことがある。
なぜ刻まれたのかももうわかる。
痛みはどんどん強くなっていく。


「でもそのかさぶた、不思議な形をしています」
「そうなのだ、これってまるで、黒い花――



 ******************************



――瞼を開けると、私のよく知っている天井が広がっていた。
ソファから起き上がって周りを見渡す。
テーブルは昨夜のままだった。

上毛早百合ちゃんを斃して闘技場から戻ってきた私を、パパとママはぎゅっと抱きしめてくれた。
それで気が緩んだ私は、そのあと泥のように眠った。
そして一夜が明け、昨日は祝勝会をしたのだ。
といっても、ちょっと夕食が豪華だっただけだけど。
迷宮時計の戦いに私が巻き込まれていることを知っているのはパパとママだけなので、宴会の名目は私の依頼達成祝いということになっていた。
でも、会員の人も結構来てくれて、嬉しかった。
いっぱい食べていっぱいおしゃべりして、いつの間にかソファで寝てたみたい。
毛布をかけてくれたのはママかな。ありがとう。

それにしても、久しぶりに良い夢が見れたと思ったらこれだ。
本当にうんざりする。
もう私には幸せになる権利はないけど、ちょっと疲れたな。
夢の中では真実も早百合ちゃんも元気で、もうひとりの子は糸音ちゃん? 早百合ちゃんがチラっと口にしてた名前だったと思うけど、その子も楽しそうだった。
私の腕が綺麗だったり真実と親友なだけじゃなくて幼なじみだったり微妙に現実と違ったけど、どこまでが現実でどこからが夢なのかも、もはや判らなくなってきている。

右腕がじくじくする。
刺繍した糸はいつも、お仕事が終わったらすぐに痛くないようにしながら解いてもらっている。
でも、今回はなぜかそうするのが躊躇われた。
あの子が私と同い年だったから?
あの子が真実に似てたから?
わからない。

とはいえ、これ以上刺繍したままにしておくのは良くない。
玉結びを切って、糸を少しずつ腕から抜いていく。
糸が肉にこすれる音がする。
ぽたぽたと血が、空いた穴から流れている。
けれどもその痛みが、私に今いる世界が現実であることを教えてくれた。
夢でないことを確かめるためによくほっぺをつねったりするって言うけど、私を夢と現実のあわいから引き戻すのは、腕から脳に伝わる感覚だったのだ。

糸をようやく腕から外し終えた私は、机の棚の中にしまってあるクロスを取り出す。
そこには、黒い刺繍がいくつもいくつも施されていた。

私は針を用意すると、早百合ちゃんと私の血が混ざりあった糸を通す。
そして、右腕のときと同じように、クロスに糸を刻みこんでいく。
ほどなくして、黒い百合の花が小さく咲いた。

ぱたぱたと栗色の小動物が飛んできて、刺繍に付いていた私の血をなめる。
この子はりすずめ。私の可愛いペット。
体つきやしっぽはシマリスのそれだが、肩からは羽が生えており、その柄はスズメのそれだ。
より正確に言うと、シマリスの体にスズメの羽が黒ずんだ糸で縫い付けられている。


私の特殊能力『赫い絲』は、血染めの糸を媒介に特性を移植する能力だ。
そして糸を私の血で染めたときは、その糸を使って生き物と別の生き物の一部を縫い合わせることで、主となるものにもう片方の特性を追加することができる。
たとえば羽を縫い付けられたリスは、スズメのように空を飛ぶことができるようになる。
私の血が黒に近づくまでに縫わないとダメだとか、それぞれの生き物の大きさが違いすぎたらダメだとか、糸の長さが1mを下回ると再現率が下がるとか、いろいろ条件はあるけど、一度成功したら主となった生き物が死ぬまで有効だ。
例外は魔人の特殊能力で、これは糸が黒になるまでしか効果が無い。
もっとも、自分の体に他の魔人の体をくっつけようなんて人はそうそういないから別に問題ないけど。
私は絶対にイヤだし。


りすずめは気が済むまで血をなめると、私の懐にもぐりこんできた。
くすぐったいけど可愛いから許してあげよう。
窓の外をみると、黒猫がベランダの柵の上を歩いていた。
久しぶりにこの子の仲間を増やしてあげてもいいかもしれない。
何とくっつけるのがいいかなあ。
そんなことを考えていたら。
ガチャリとドアが音を立てて開いた。

「あれ、お嬢だけか。久しぶりぃ。…………おいおい、なんて顔してるんだよ、まったく」

ドレッド・グラサン・色黒と、何がとは言わないが三拍子をそろえた、いかついニイチャンが私をみている。
これが街中なら悲鳴を上げて助けを呼んでもおかしくない状況だが、その人は私のよく知っている人だった。

「……まっつん」
「その呼び方はやめろって」

刻訪祀。魔人商工會『刻訪』の最高戦力。
私やお兄ちゃんがここに来たとき、とりわけ親身になって、家族のように支えてくれた人のひとりでもある。
約1年ぶりの帰還だった。