裏第二回戦SS・田園その1


> 一仕事を終えた農民達が夕焼けの中で鐘塔へ祈りを捧げる。
> ここはフランスのバルビゾン村。ミレーやテオドール・ルソーなどの有名な画家達が都市の喧騒を避けて活動を続けた長閑な村だ。
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> 鐘の音が鳴り終わり、農民は瞑っていた目を開け、身体を動かそうとする。
> ーーーシャラララ…
> 微かな鈴の音が鳴る。農民達は自らの身体にぶら下がる紐と鈴、インドの楽器『グングル』に気がつく前に、音楽家の支配に陥っていた。
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> 「随分せせこましい事をするのね、狂気の音楽家さん。一般人を駒にするの?」
> 背後から声が掛けられる。そして同時に6発の銃声。
> 意識を無くした農民が廃糖蜜ラトンの背後へ飛び込み、身体を仰け反らせた。
> 「安楽椅子探偵、古沢糸子か…私が彼らを盾にすると分かっているだろうに君も容赦なく撃つじゃないか。」
> ラトンは少し遅れて振り返る。
> 返事は無い。ピストルの銃口をこちらに向けて微笑む探偵の視線は別の方向を向いていた。
> 次の瞬間、ラトンの身体に小さな衝撃があった。それは左胸を背中から正確に撃ち抜いている。
> 「効いてないの?身体を楽器に改造しているという噂は本当のようね。」
> エンジンの音を轟かせて探偵は姿を消した。今のは最初で最後のチャンスをラトンへ与えたつもりだったのかもしれない。
> 『サヴォイ・トラッフル』
> 糸子の能力があれば、ラトンに近付くことなく倒す事は可能だ。
> そして250km/hで移動可能な安楽椅子。これは相手の射程内への接近を許さない。
> この平坦な土地で、ラトンの逃げ場所、隠れる場所はほとんど存在しない。これが2人の戦いであれば勝負はついていただろう。
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> ーーーーー
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> 廃糖蜜ラトン、古沢糸子。彼らはインターネットの検索エンジンで名前を打ち込めば、多少の情報を引き出すことが出来た。
> 一方は世界的に名の知れた音楽家。
> もう一方は事務所を持つ探偵。
> 彼らはお互いの事を調べられるだけ調べていた。
> 勿論探偵という職業柄、調べられる情報量は糸子の方が多い。
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> 2人が懸念した事は一つ、ここにいる最後の対戦者、飴石英の情報は1年以上前の物は出てくるが、それ以降は失踪したという情報だけが残されただけだった。
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> ガラスの割れる音は大きな鐘の音に隠されながらも、幾度となくその音を響かせていた。
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> ーーーーー
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> ラトンの目に見えないようなスピードで安楽椅子を動かし、藁で出来た小屋の陰に身を隠した糸子は次に取る行動を考えた。
> 牽制してみて分かった。廃糖蜜ラトン、奴はいつでも倒すことが出来る。問題は飴石英だ。
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> 迷宮時計がこの試合の情報を私に知らせた後、石英の家と彼が最近訪れたらしい病院、古い友人の元へ行ってみた。
> 彼が失踪した訳、彼の病気などについてはなんとなく予想出来る。だが、彼の能力は依然謎のままだ。
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> ふと耳をすますと、ガシャン、ガシャンと小さな音がした。
> 小屋から離れて音のする方向を見ようとすると、先程まで居なかったはずの少女が目の前に現れた。その少女優しげな口調で言う。
> 「私、キリコと申します。」
> 手には透明な斧、先の方が赤黒く汚れている。
> 前髪を書き上げて琥珀色の瞳を見せると、その斧を振り上げた。
> 「姉さんの為です。その時計、頂きます。」
> 振り下ろされる斧を避け、キリコとの距離を取る。脚に向かってチョコレートの弾丸を撃ち込む。今持っているチョコレートの殆どには中に鉛を詰めてある。当たった時のダメージは本当の銃撃と殆ど変わらない。
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> しかし少女は避けた。弾道を操作しても避けている。
> 少しずつ近づいてくる少女から離れながら次々に発砲する。
> 少女の姿が消える。糸子が辺りを見回すと少女は背後に回っていた。250km/hを追い越すとは何事か、移動能力を持っているのかだろうか。
> 「ああ、そうか。あなたも私を狙ってる人ですものね。」
> 息切れする様子もなく手元の斧が振られる。
> 「しっかり殺さなくては」
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> 少女の斧を持っていない方の手には先程まで持っていなかった、緑色の液体が詰まった瓶が握られていた。少女はそれを糸子に向かって放り投げ、ガラス斧で粉砕した。
> ーーーガシャン
> 避けるには時間が足りない。糸子は顔を両腕で覆い、全身でガラスの破片と緑色の液体を浴びた。
> 「この匂いは…アルコールね。」
> 探偵である糸子も少量の酒は嗜んでいる。
> アルコールはエネルギーとしても有能である他、チョコレートにも含まれるGABAという物質の分泌が脳内で促進され、鎮静作用を及ぼす。
> 推理に頭を使った後のクールダウンには重要な探偵の友なのであった。
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> 糸子の移動速度が落ちる。飲酒運転の危険は多くの事件を見てきた探偵だからこそよく知っている。
> 減速した探偵に斧の猛攻が降り注ぐ。ピストルバリツで応戦するも、少しずつ押され始める。
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> この少女の正体は掴めている。しかし、どこに飴石英がいるのか分からなくては推理光線を撃っても意味が無い。
> 「そろそろ、終わりですかね。」
> 斧が糸子の首筋をなぞる。弾丸を自らの周りを公転するように操作するが、斧はそれを撃ち落とす。弾丸の速度も落ちているようだ。
> 至近距離からの攻撃が外れ、斧が首に食い込む。
> 探偵の目に三途の川が浮かんで消えた。
> 少女の姿が消えている。代わりに目の前にいるのは廃糖蜜ラトンでは無いか。いや、その頭は割れて、触手の様な物を生やし、この世の物では無いような笑みを浮かべている。
> これは一体何事か。
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> ーーーーー
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> 自分の目の前から消えた時に分かった。古沢糸子が自分の背後に回ったのは鐘の音にエンジン音を紛れさせて移動したに過ぎない。しかし、それが分かった所で状況を打破した訳では無い。
> 体内の楽器が破壊され、アルモニカを使うことも出来ない。
> ラトンが溜息を吐き、目の前の風景を見直すと、田園は黒色に染め上げられていた。
> 一瞬で夜になった訳では無い。目の前に黒い触手が…
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> ーーーーー
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> 糸子はラトンの頭部へ銃弾を撃ち込んだ。
> 「1¥5=3々26ナーw(G?eim2々8乗ぞkvn6々4!!!」
> 謎の言語を吐き散らしながら近づいて来る。銃弾に怯む様子は無い。
> 他の農民も近づいて来る。彼らも頭部に触手のような物を生やして蠕動させていた。
> 相手がラトンでも良い。命を守るのが先決だ。
> 糸子は推理光線の構えを取る。そして叫ぶ
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> 「飴石英、この目の前の触手とキリコという少女は貴方の作り出した幻影です。」
> 指先に光が集まる
> 「貴方は2つの人格をその身に秘めている。もう一人の人格、それがキリコだ!」
> 光は大きくなり、指先から離れる。
> 光線は農民の頭部を吹き飛ばす。縦一列に並んだ農民の頭が次々に粉砕、貫通されていく。
> 廃糖蜜ラトンの頭にそれが当たる直前、光は一気に弱くなった。
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> 古沢糸子は頭を垂れ、意識を失った。
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> ーーーーー
> 廃糖蜜ラトンは相変わらず意味の分からない言葉を吐き散らしていた。
> 少し離れた所からボサボサの髪をした不健康そうな男が現れた。
> 「俺の…勝ちだ…」
> 飴石英本人である。
> 彼は古沢糸子に近付き、その生命が途切れている事を確認しようとした。彼は探偵の目を覗き込んだ。
> 探偵の目は見開かれ、石英をじっと見つめていた
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> 「推理の途中でした。」
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> 石英の体が掴まれる。
> 「キリコという人格は貴方が家を出るときに作られたようですね。幻影として、何度も貴方に話しかけたようです。」
> 「そしてキリコという幻覚が生まれた理由、それは娘、飴びいどろを襲った罪悪感から来たのでしょう。貴方はアブサン、幻覚を見せる緑色の酒を飲んでいた事が分かっています。酒の酔いが覚めた時に罪悪感が生まれ、再び酒を飲み始めると同時に幻覚が人格と一体化したのでしょう。違いますか?」
> 飴石英は何も言えない、硬直している。
> 「私は先程睡眠薬を混ぜた酒を浴びせられたようです。相乗効果が時間差で現れたため、意識を失いそうになった。」
> 彼女は意識を失いそうになった時、自分の身体にチョコの弾丸を何発も撃ち込んでいた。痛みで目を覚ますために。
> 「あの音楽家は脳に銃弾が埋め込まれています。。幻影の消滅と共にしぬでしょう。これで終わりです。」
> 探偵の推理光線が飴石英を粉砕した。
> 幻影のが靄のようになって消え去る。
> ラトンも倒れる。
> 探偵は目を閉じた。自分を撃った時の失血が激しい。
> しかし、自分が死ぬより他の2人が死ぬ方が先の筈だ。
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> 探偵と音楽家で先に死んだのは探偵だった。
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> 彼女は忘れていた。音楽家が狂気の音楽家である事を。
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> 彼の脳は物を考え、身体に指令を出す器官に非ず。
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> 彼の脳は狂気そのもの、改造されてオルゴールと成り果てていた。
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> その身体の中で生命の中枢を担っていたのは耳。
> 彼はそこにCPUを内蔵させ、脳と同じように扱っていたのだ。
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最終更新:2014年12月21日 20:04