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裏第二回戦SS・原生林その3


迷宮時計の戦いが始まる、ほんの少し前のこと。

その日、病院には雨が降っていた。
雨足は決して強くはなかったが、空を覆う雲は分厚く、真っ黒で、空の色は、
病室に居る二人の未来を暗示しているかのようであった。

その内の一人。酷く痩せこけて、青白い顔をした少女が口を開いた。
「お見舞いありがとう、景ちゃん。この前はごめんね。途中で倒れちゃって。折角、景ちゃんが来てくれたのに。」
彼女の手術は成功し、何とか一命を取り留めた。今は病状も安定し、こうして話すことができるまでに回復した。だが、それも長くは続かないだろう。

「毎日毎日、こんな雨の中でも来てくれて。伝えたいことも有ったんだけどな……。」

そんな顔をしないでくれ。君の感じている苦痛に比べれば、僕の感じているものなんて……。僕はただ、君が横に居てくれれば、それでいい。それで幸せなんだ。それだけが僕の望みなんだ。だから、そんな顔をしないでくれ。

彼女の頬が緩み、微笑みが浮かんだ。昔と変わらないかわいらしさと、昔にはなかった悲哀を湛えた笑みを。
「景ちゃんはやさしいね。昔から……。覚えてる?中学校……小学校の時だっけ。あの時もこんな雨が降ってたな……。」
彼女が昔の、まだ元気だった頃の思い出話をする。もう今では取り戻せない、あの、取り留めのない日々の話を。

「……お医者さんが言ってるのを、聞いちゃったんだ。私の病気、原因がわからないのに、どんどん悪くなってるって。……このままじゃきっと、治る見込みは、無いだろうって。」

彼女の声が震え、段々と小さくなっていく。なのに言葉の一つ一つは、突き刺さるように僕の心へ、深く、深く入ってくる。

「か、体のほうも……もう、限界が、来てるって……。この前みたいな、発作が来たら、もう……」

「もしかしたら、景ちゃんと話せるのも、これが最後かもしれない。……だから。その前に。」

「伝えたいことがあるんだ。景ちゃんにとっては、迷惑なだけかもしれないけど、それでも。」

「私は、ずっと前から、日下景君。貴方の事が……」
君の覚悟も、全てなかったことにするのか?できるのか?

「す……!」
『ん………何?』
雨が急に強くなり、雨音が彼女の声を掻き消した。
そう。できてしまう。僕の能力と、この発勁があれば。そして何より、変わらぬ日常を望む、僕の心があれば。

彼女の記憶を消すために、発勁を打ち込もうとする。依然とは比べ物にならないほど痩せこけた、彼女の顔を狙って。
しかしその作業も、簡単ではない。発勁の為に射ち出した腕が絡めとられ、そのままベッドに引き倒されそうになる。
動きを察し、腕を引き戻すのが一瞬遅かったなら、そのまま関節技で腕を圧し折られていただろう。

彼女は既にベッドの上に居ない。宙を舞い、既に目の前で、構えを終えている。日下は、その構えに見覚えがあった。
様々な兵器を用い告白してきた彼女が、1000回目の告白で選んだ武器。それはこれまで彼女を負かし続けてきた物。彼女の体をここまで蝕んできたもの。
見覚えがあるのも当然である。なぜならそれは、日下景と同じ、陽派八極拳の構えだったからだ。

その構えを見たとき、日下はえもいえぬ緊張感に包まれた。
突き出された二つの腕は、まるで木の枝のようで、日下の薄い筋肉に包まれたそれに触れれば、堪らず折れてしまうだろう。
体を支える二つの足は、立っているのもやっとで、放って置いても膝を付いてしまいそうなほど脆く見える。
何処を見ても、彼女に日下より勝っている所は無いだろう。

なのに、何故だろう。
119回目のトラックよりも、300回目の装甲車よりも、572回目の戦車よりも……

素手(ありのまま)の君は、何故こんなにも驚異的(みりょくてき)に見えるのだろう……!

裂帛の気合と共に、二つの拳が交差する。迷宮時計の戦いが起こる、その前に。彼女にとっての、最後の戦いが始まった。

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「アハッ!アハハ!アハハハハハハハハーッ!」
補陀落とろろが迫るのを背中で感じながら、真野海人は、原生林の中をひたすらに走っていた。もっと正確に言うならば、必死に逃げていた。
そうしなければ、追いつかれてしまう。そして追いつかれれば、もうとろろのセックスから逃れることはできない。そう感じていたからだ。

逃げ惑う真野の制服は所々が破れ、とろろの能力のせいであろう、そこから覗く肌は赤くかぶれていた。
唇は何かをかみ殺すように、きつく閉ざされ、氷のようだと言われた顔には赤みが差している。
その手には刀は握られておらず、体は今までにないほど火照り、とろろが笑い声を上げるたび、僅かに反応してしまう。まるで自分の物ではないかの様である。

そう、客観的に見て、真野海人は快楽墜ち寸前だった。

何故こうなったのか?最初の時点では、真野海人のほうが優勢だった。海人にとって、とろろは愚かな獣と同じであった。
彼女はとろろ汁を撒き散らし、姿を隠そうともせず、動植物をレイプ殺しながら進んでいた。先手を取ったのは無論海人であった。
奇襲で放たれた攻撃は僅かに致命傷を逸れたが、問題はなかった。二手目も三手目も海人が取った。この時点で、とろろは右腕を失った。

とろろの直線的な攻撃をいなしながら、海人は四太刀目を入れた。しかし四太刀目を入れても、とろろの動きは、僅かたりとも鈍らなかった。
人知を超えたビッチ力による止血術と、狂気に包まれた精神が作り出した、異常なまでの耐久力である。

五太刀目を入れたところで、とろろ汁が海人の肌に触れた。六太刀目を入れると同時に腕をつかまれ、大量のとろろと愛撫が海人を襲った。
ここで海人が持ちこたえたのは、彼女が優れた戦士である事を証明しているだろう。

七太刀目はとろろを引き離すために撃ち、この時に刀を失った。
制服はとろろ汁が染み付いていたため、破り捨てた。とろろ汁が触れた場所は、服が擦れるだけでもかなりきつかった。
能力とナイフにより足を止め、距離を稼ぎ、何とか逃げだすことに成功した。

「アハハッ!ハハハハハハ!セックス!セックスしましょうよセックス!」
走りながら、とろろが声を張り上げる。その声を聞くだけで、体が疼く。
「セッ!セックスすれば!貴女は気持ちいい!わっ私も!ナマ子せんぱいと速くセックスできる!うぃんうぃんですよ!何で逃げる必要があるんですか!?さあ!さあ!早く!セックス!セックスしましょう!セックス!!」

海人は昂ぶる自分を切り離し、残された部分で、冷静に思考する。
走りながらこんな勢いで話して、よくも息が続くものだ。この様子だと、先に与えた傷での失血死は望めそうもない。それよりも前に、こちらの心が折れるだろう。

「くあっ!?……っ!」
木の葉が肌を掠め、思わず声が漏れる。今の状態も、かなり無理をしている。何処まで持つかはわからない。
限られた武器とこのコンディションで奴を殺すには、隙を作らなければならない。大きな隙を。その為には場所が必要だ。

有るだろうか、その場所が。この500m四方の箱の中に。有ったとして、辿り付けるだろうか。それまで心は持つだろうか。
判らない。だが、やるしかない。やらなければ敗北し、死ぬだけだ。なら、やりきってから死ぬことにしよう。

「アハ!アハハ!アハハハハハハハハ!」
補陀落とろろが再び笑い声を上げた。その声は先ほどよりも大きく聞こえた。

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ここからのあらすじ!
ぶつかり合う二人の八極拳士!互角に見えた勝負だったが、やはり二人の差には肉体面での大きな開きがあった!
打ち込まれる発勁!白目を剥き倒れかける彼女!その時!

一陣の風が病室内に吹き、彼女は意識を取り戻す!ああ、私達はこの風を知っている!このさわやかさを知っている!
その名はフリスクネオ!真野海人の手を離れ、彼は今勝利のために、彼女と共に戦っていたのだ!
さわやかさとは空気の力!風の力!空っぽの肺に気が満ちる!今突き刺さる、渾身の双打掌(こくはく)!

吹き飛び崩れ落ちる日下。戦う目的を失った筈の彼の顔はしかし、曇りなく晴れた顔をしていた……。
雨は止んだ。光さす病室の中で抱き合う二人。これでよかった、これが正しい姿だった……そう確信し、二人は揃って眠りに付いた。
だが、おお、なんと悲しいことか。通じ合ったはずの愛は、彼女を救うための力だった迷宮時計によって引き離された。

戦闘開始時刻。日下の姿は消え、二度と彼女の元に返ってくることはなかった……。

一方そのころ!海人はとろろを沼地におびき寄せ、水を地面に浸透。転ばせ続けることでとろろの動きを止めることに成功した。
しかし無理がたたってか、海人の体は既に限界!よろける彼女に、とろろのとろろ汁塊弾が発射される!
だがそれこそが真野の狙っていた物だった!能力が攻撃に集中する一瞬を狙い、投げナイフがとろろののどに突き刺さる!

ビッチ止血術でもどうにもならない。なぜなら破壊されたのは血管ではなく気管だったからだ。喘ぎ声も嬌声も上げられなければ、ビッチ止血術は使えない!
もしも時間をかけていれば、先に折れていたのは真野の心だっただろう。だがそうはならなかった。最短距離でセックスに向かう、それが補陀落とろろの強さであり、弱さでもあったのだ……!
決着は付いた!最後に浮かんだのは、敬愛する先輩の顔だったのか、それとも……?補陀落とろろ死す……!

そして戦いを終えた真野の下に戻ってくるフリスクネオ。
真野の横顔を見ながら、今日、彼が殺したといっていい、二人の人間、彼女と日下の事を思い出す。
彼らは間違っていた。だが自分よりは正しいだろうと思うフリスク。
彼は知っている!真野がフリスクのことを道具としか思っていないことを!彼は知っている!彼女の戦闘本能を!
知ってなお彼女についていく。きっとこの先に幸福はないと知りながら、それでも。
彼女を死なせない。その為ならばいくらでも間違おう……。それがフリスクの覚悟だった!

日の光が二人を照らし、爽やかな風が吹いた。たとえ間違っていても、彼のその覚悟だけは、光と風が祝福しているようだった……。