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裏第二回戦SS・原生林その1


――都内某所 総合病院

「ね、景。最近さ、何か悩みでもあるの?」

 彼女と二人、病院の中庭を散歩していたとき、不意にそんなことを聞かれた。

「……急にどうしたの?」

 真っ直ぐな彼女の瞳を向けられて、僕の心臓がドキリと高鳴る。あまり望ましくない緊張感だ。
 『時計』を巡る戦いのことは彼女には伝えていない。
 当然だ。彼女にそれを伝えたところで、不必要に心配させるだけだ。
 あるいは、そんなことをする必要なんてない、なんて言われるかもしれない。
 けれど……たとえ彼女になんと言われても、僕はこの戦いから降りることなんて出来ない。
 だから、彼女に話すことは出来ない。

「だって、最近の景ちょっとおかしいじゃん。思い詰めてる、っていうか。張り詰めてるっていうか……」

 彼女は手に持っていた荷物を置いて、僕の手を両手で掴む。僕は思わず目を逸らしてしまう。
 こんな露骨な反応をしてはバレてしまうかもしれない。
 でも、真っ直ぐな彼女の目に見つめられていると、そのまま僕の心の底まで見透かされてしまいそうだったから。

「……言えないこと、なんだね」

 彼女の声には悲しみが混ざっている。
 締め付けられるような胸の痛みに息が詰まって、ただ僕は、辛うじて頷くことしかできなかった。
 彼女はどうしているだろうか、僕に対して失望しただろうか。

 ……もしかして、嫌われてしまったかも知れない。

 そんなことになってしまうぐらいなら、いっそ彼女の記憶を……
 身体が勝手に勁力を練り始める。彼女が握っているのは僕の左手、だったらこの右手で撃てば彼女の記憶を消せる。
 そんな僕に対して、

「もう、仕方ないな」

 仕方なさそうにため息をついて、彼女は僕の手を離した。
 その声に多少の呆れは含まれているけど、でも、僕に向けられる暖かさは変わらない。

「分かった!じゃあこの話は詳しく聞かない!何を悩んでるのかも、なにしてるのかも!だけどね」

 彼女は地面においていた荷物を持ち上げ、ぽん、と拳ごと僕の胸に叩きつける。

「私は景のこと心配してるし、力になりたいとも思ってるの!景が私を気づかってくれるのと同じくらい!ううん、それよりもっと!」

 ぶつけられた拳は痛くない。だけど、彼女の言葉は僕の心に突き刺さった。
 強く、そして深く。

「言えないことはさ、無理には聞かないよ。だけど、それだけは覚えていて」
「……ありがとう。それで、あの、これは……?」

 辛うじて僕の口から出てきたのは、そんな間抜けな言葉だった。
 彼女の手には荷物が握られている。何かが入った包みだ。

「お守りだよ」
「お守り?」
「そう。君の悩みが解決されるように。だから受け取って」

 渡された包みを受け取ると、ずしりとした重みを感じた。
 ……何も聞かないでくれて、それでも、僕のことを心配していてくれる。
 彼女のためにも、全てを取り戻すためにも、僕は勝ち残らなければならない。

 次の相手は、真野海人と補陀落とろろの二人。

 きっと容易い相手ではないだろう。

 それでも、彼女の思いに応えるためなら僕はなんでも出来る。
 思いの込められたお守りをだきしめながら、僕はそう、心に誓った。


日下景第二回戦SS「君の気持ち」

――古代 原生林

 真野海人の眼前に白い膜が迫ってくる。固体ではない、粘性を持つ液体だ。
 ここまでの交錯で、それが肌に触れれば恐るべき痒みと快感をもたらしてくる物質であることを真野は把握していた。
 鬱蒼と茂る木々の中、移動できる方向は限られている。動いて避けることは不可能だ。
 前に進んでも後ろに引いても命中は必至、だが真野海人に焦りはない。
 彼女は白い粘液へと掌を向ける。何も握られていなかった掌から、突如として水が噴き出した。
 水流は螺旋を描いてうねり、白い粘液を霧散させる。
 わずかに数滴、粘液がが真野の肌へと付着した。だがすぐに彼女の体表を水が這い、粘液はあっという間に洗い流されていった。

「アハハーッ!ねえ、なんで邪魔するんですか!?」

 真野の目の前では白い袖なしドレスを着た少女――おそらく、対戦相手の一人である補陀落とろろだろう――が両手に粘液を溜めて笑い声を上げていた。
 だが、その目に笑みはない。
 路傍の石でも見るような興味のない視線を真野に向け、とろろはカラカラと笑い声を上げる。

「あなたの時計をもらわないと、ナマ子先輩が手に入らないんですよ!だから邪魔しないでぐげっ!」

 とろろの言葉を遮るように、真野は水の弾を撃ちこむ。
 額に弾が命中しとろろはのけぞる。その隙をついて追撃のナイフ。
 急所を狙い投げられた5本のナイフは、ドレスの下、とろろの体表にへばりついた粘液に滑らされ肌を薄くきるにとどまる。

「さっきからこの繰り返しばかりだな」

 鋭い攻撃は白い粘液で滑らされて有効な攻撃とはならない。しかし水弾による鈍い打撃では即効性はない。
 だが、距離を詰めて戦うには粘液が厄介だ。いくら水で洗い流すことが出来るとはいえ、至近距離から大量にかけられては対処しきれない。
 真野はとろろの攻撃を受けない、だが、同時に有効打を与えて状況を打破することもできない。

「しかし海人。僅かとはいえ確かにダメージは与えられている。彼女との戦いに関しては問題ないだろう」

 真野海人の懐から声がする。男性の声。
 彼女の持ち物である魔人フリスク「フリスクネオ」の声だ。

「むしろ、警戒すべきは……」
「もう一人、だろう?そちらへの警戒は任せたからな。何か気づいたらすぐ言ってくれ」
「……気安く言ってくれるな」

 もう一人。
 そう、この戦いは三つ巴の戦いだ。
 だが最後の一人である『日下景』は未だ姿を表さない。
 何かを企んでいるのか、あるいは不運にも遭遇できていないだけなのか。
 どちらにせよ、目の前の相手との戦いの手を抜くことはできない。
 こういう時のために真野海人はフリスクネオを持ち込んでいる。所詮はフリスクであるネオは戦闘能力に期待することは出来ない。
 だが、ネオは聡明だ。交渉や警戒、そういったことを任せるには充分に信頼できる。
 ネオに些事を任せ、海人は戦闘に専念する。それが真野海人のスタイルだ。

「アハハハ!無駄ですよ!」

 水の打撃から立ち直ったとろろが、笑い声を上げながら粘液を投げつけようとする。
 粘液を溜めた右手を振りかぶり、真野に向かってぶちまけようとしたところでとろろの足元が大きく滑った。
 当然である。ここは原生林。とろろの粘液と真野の放つ水を吸った地面はぬかるんでいるのだ。無為に動き回ればいつかは足を取られるのは自明だ。
 べちゃりと泥を跳ねさせながらとろろは地面に倒れた。
 その隙をついて真野はナイフを取り出し、とろろに駆け寄る。能力発動。とろろの体表に水を這わせる。
 粘液でナイフが逸らされるなら真野の能力で洗い流してやれば良い。
 距離があると水の操作がうまくいかないなら接近すれば良い。
 近づくと反撃されるなら、反撃されない状況を作れば良い。
 膠着した状況を維持しながら、辛抱強くまったチャンスがついにやってきたのだ。これを逃す理由はない。
 二人の距離はあと数メートル。ここからならやれる。真野は両手に構えたナイフを振りかぶった。

「海人!不味い、右上方!」

 ネオの叫びと同時、視界の端、暗い原生林を飛ぶ何かの影が過った

―――――

「もう、始まっているんだ……」

 景が体術を駆使して樹の上に登ると、林の中に不自然に騒がしい場所があることに気づいた。
 原生林の中は様々な生き物の動きや鳴き声で騒がしい。だが、その箇所だけ獣の気配がしない。
 代わりに聞こえるのは水音と人の笑い声。誰かがいて、恐らく戦っている。
 ここには本来、人間は居ないだろう。ならば考えられる可能性は一つ。『時計』を巡る戦いの参加者だ。
 補陀落とろろと真野海人。この場所で『時計』の所有権を巡って戦う対戦相手の二人。
 補陀落とろろの素性はわからなかったが、真野海人の名前は聞いたことがあった。景の通う高校、希望崎学園の生徒会役員だ。
 事情がなければ役員の能力は秘される傾向にあるため詳しく能力は知らない。クラスも違うし関わりもない。
 彼女は何のために戦っているのだろうか、求めるものがあるのか。

(……彼女の戦う理由がなんだろうと、僕が諦めていい理由にはならない。彼女を踏みにじることが許されていい理由にも)

 現実世界に戻れるのは勝者一人のみ、敗者はこの原生林に残される。それはほとんど死と同義だ。
 言い訳をしてはいけない。景は景と彼女の日常のために、二人を踏みにじるのだ。
 荷物の中からあの子から渡されたお守りを取り出し、強く、強く握りしめる。

 心配している、と彼女は言ってくれた。
 力になりたい、と彼女は言ってくれた。

 お守りから手に伝わってくるのはひやりとした冷気だ。でも、僕はそこに込められた思いの暖かさを知っている。
 僕は一人じゃない。
 彼女の力が、勝利を導いてくれるんだ。
 片手はきちんとお守りを握ったまま、もう片方の手で少し強めに撫でる。準備は万端だ。

 ふっ、と軽く息を吐き。僕は二人が戦う場所へとおもいっきり『お守り』を投げつけた。

――――

「海人!不味い、右上方!」

 ネオが警告した方向に視線を向けると、薄暗い原生林の中こちら目掛けて飛んでくる何かが見える。
 この場所に似つかわしくない金属の質感を帯びた球体、上部にはレバーがついており、表面は切れ込みで均等な大きさの四角形に分けられている。これは

「手榴弾!?」

 驚愕は一瞬、その後の対処は早かった。
 真野は水を召喚し、地面に染み込ませる。
 土を水ごと持ち上げると、土中から水分を抜いて硬質化、壁を作る。 

「あははは!何をやってるんですか!?」

 手榴弾に気づいていないのだろう。とろろは笑いながら、目の前に現れた土壁を叩いている。
 鈍い音。硬いものが肉に食い込む音。土壁を叩く音が止まる。
 そして爆音。強固なはずの土壁が苦しげに軋む。壁一面に縦横無尽にヒビが。
 ヒビからは赤い液体が滲んできている。とろろの血液か。
 壁の向こうの気配は薄い。とろろは死んだか、よくて瀕死か。

「海人、手榴弾の飛んできた方向は確認してある。そちらに向かおう。このままでは狙い撃ちだ」
「ああ」

 両掌から水を発生せると、左右を大きくなぎ払う。
 水の鞭は鈍い音を立て木々をなぎ倒していく。
 倒れた木の幹が、枝が、舞い散る木の葉が相手の視界を遮ってくれる。
 狙われないように警戒しながら、真野は手榴弾の飛んできた方向へと駆ける。

「海人、左前方!樹上で何かが動いた!」

 ネオに指示されると同時に水の刃を一閃。
 左前にあった木をなぎ倒すと、ゆっくりと倒れていく樹の枝から何者かが飛び降りた。
 背の高い男性だ。服装は希望崎の学生服。間違いない、日下景だ。
 着地に合わせて水弾を撃つ。日下は空中で身を捻り水弾をかわした。だが、もとより当てる必要はない。
 水弾は日下の着地点にあたり水たまりを作る。地面は腐葉土と木の葉、ぬかるみやすく滑りやすい。勢い良く着地するのなら尚更だ。
 それでも日下は転倒を避ける、よろめきながら、それでも何とかバランスを取って踏みとどまる。
 その一瞬、バランスを取るためそちらに集中が向いた瞬間に真野は踏み込む。
 左手にはナイフ、右手には抜身の刀。
 バランスを取り戻した日下が慌ててカバンから新たな手榴弾を取り出し、投げてつけてくる。
 確かに手榴弾は強力な武器だ。殺傷力が高く、取り扱いが簡便で、持ち運びやすい。
 だが、真正面から正直に投げて問題なく相手を倒せるかと言うとそうとも言い切れない。
 真野が左手を振るうと、投げられたナイフが手榴弾とぶつかった。
 正面から力を加えられた手榴弾は元来た方向、日下景の元へと向かって弾き返される。
 少しでも手元が狂えばナイフはズレて手榴弾を弾くことはできなかっただろう。だが真野海人に躊躇いはない。
 彼女には『一度覚えた技術を二度と忘れない』特殊体質がある。
 応用の利く能力と、特殊体質を活かした『忘れない』ことによる対応性の広さ。これらを十全に活かした真野に対応できない状況は殆ど無い。
 弾き返された手榴弾を見て日下が逃げ出す。
 手榴弾の殺傷半径から離脱しようとすれば、自ずと退避方向は限られてくる。
 その限られた方向に向けてナイフを連投。さらに水で地面をぬかるませて木を倒し、離脱範囲をさらに制限する。
 投げられたナイフまでは弾いた、倒れてくる木にも巻き込まれなかった。だが、それで

「チェックメイトだ」

 いつの間に這い寄らせていたのか、日下の足元まで忍び寄っていた水が地面をぬかるませた。
 泥に足を取られ、彼は立ち止まる。
 動きが封じられた日下に真野の刀が迫る。首筋、皮一枚を傷つけたところで真野の刃は止まった。

「よくやる、と言っておこう」
「お褒めいただきありがとうございます……!」

 日下は勁を通した両手で真野の刀を握っていた。刃が食い込んだ掌から血がにじむ。
 少しでも力を緩めれば、引くか圧すかで刀を握る日下の手を切り捨てることができよう。
 かといって刀にばかり気を取られれば刀を手放しての格闘か、あるいは水を用いた攻撃かで日下の命をとっておしまい。日下景にとって絶体絶命の状況だ。

「降参する気はあるか、日下景?」
「冗談、きついですよ……!!」
「だろうな」

 もとより今回の試合は交渉の余地がない。敗北と死はほとんど同義だ。
 ならばこれ以上の問答は無用だろう。日下の足元に染み込ませた水を操作し、ぬかるみの度合いを変える。
 それでバランスを崩せばこのまま刀を掴んでいることは出来まい。
 真野は足元の水に意識を向ける。能力で水の周囲の状況を読み取ることが出来る。
 当たりには土と草、そして……

(……他に何か、粘性の、液体?)

 日下から意識を逸らさぬまま、視界の端で足元の状況を捉える。

――そこには、白い粘液が広がっていた。

 なぜ気付かなかったのか。
 原生林での戦いに備えて長靴を履いていたため、足元の感覚がわずかににぶっていたからか。
 日下景との戦いに集中していたからか。

 いや違う。

 これの発生源は、既に死んでいるはずだったからだ。手榴弾に、半身を吹き飛ばされて。

「しまった!海人!後ろだ!」 

 ネオの警告は、しかしごく僅かな時間ありえぬ状況への混乱にとらわれてしまった海人にとっては遅すぎた。
 ボタリ、と背後から飛んできた粘液が首筋に付着する。猛烈な痒みが海人の身体を襲い、思わず刀から手を離す。

「あははは!ダメですよォ、痛いのとか熱いのとか冷たいのとか、ナマ子先輩でもないのに私をレイプしようとなんてしないでくださいよォ!」

 粘液の付着した部分を水で拭おうとした両手が、粘液まみれの誰かの手で掴まれる。
 痒い、もはや真野海人にはそれしか考えられない。
 真野の手首を握る手の一方は垢と泥に、もう一方は加えて血にまみれて焼けただれている。
 両手ごと身体を引き寄せられると、真野の手首を握っている誰かの顔が目に入った。
 顔は焼けただれ、鉄片が食い込んでいる。だが傷口は白い粘液で覆われていて血は流れていない。
 それはまさしく先ほどまで戦っていた相手、そして日下の手榴弾で死んだはずの相手。

 補陀落とろろで、あった。

「あなたも邪魔なんですけど!あっちの人の手榴弾がもっと邪魔なんですよォ……だからちょっと、協力してください」

 とろろは一方的にそう告げると、真野の口に唇をあわせる。歯列を割って舌が潜り込み、開いてしまった口中に粘液が流し込まれる。
 真野の身体を快感が貫く。手首は既に解放されている。だが、自分の意思で動くことができない。
 真野海人は『一度覚えた技術を二度と忘れない』特殊体質を持っている。経験したことのあるあらゆる状況に対しての対応方を熟知している。だが。

「アハハーッ!私ナマ子先輩がほしいんです!だからそのためにあなたもレイプしてあげますよ!アハハハハハハハハハハ!」

 その特殊体質は未体験の状況に対して何の効果も発揮しない。

 真野海人。処女であった。
 補陀落とろろにレイプされる、この時までは。

――――

 手榴弾で半身をボロボロにされたとろろが何故未だ立ち上がり、戦うことができるのか。
 それを理解するためにはセックスとはなにかを理解しなければならない。

 セックスとはなにか。

 あらゆる付随事項を排し、猟奇温泉ナマ子や補陀落とろろの用いる意味での『セックス』を定義するならば、それは『自己や対象の大脳辺縁系・報酬系を中心とした神経系を刺激し、脳内麻薬の分泌量を操作すること』にほかならない。
 脳内麻薬の分泌によって得られる快感。それを与え合う関係を愛と定義するものも居るかもしれない。
 過剰な快感に対する依存、あるいはそこから発生する死に対する恐怖。それを押し付ける関係を支配と定義するものも居るかもしれない。
 ここでその是非を問うことはしないが、どちらにせよ現象として起こっていることはつまり「神経系の反応の操作」である。
 この事実は同時に、セックスに熟達すれば自らの神経の反応を操作することが出来る。ということを示している。
 痛みや不安など負の感情を性的快感に転嫁する性癖の持ち主がいることからも明白であろう。

 「AI」の力によってセックスを強化されている補陀落とろろは、もはや完全に自分の神経が得る反応を操作することが出来る。
 彼女にとって世界で価値があるものとは「猟奇温泉ナマ子とのセックス」以外に存在しない。故に、とろろはナマ子とのセックス以外にはあらゆる刺激を必要以上に認識することはない。
 あらゆる痛みも苦しみも彼女を苛むことはなく、分泌されるとろろいもで止血さえしてやれば半身がミンチ寸前になろうと何一つ問題足り得ないのだ。

 故にとろろは、死ぬまで戦い続ける。
 ナマ子とのセックス、甘美な報酬を得るその日まで。

(……そのためには迷宮時計を集めなければならない。そのためには、目の前に居る奴らを殺さなければならない)
(けれどもこの二人は厄介だ。片方は水でとろろを洗い流すし、片方は爆弾でセックスの届かないところから攻撃してくる)
(けれども、水の方はセックス出来た。だから後は簡単だ)

 とろろは真野海人とセックスする。快感という快感を与え、正常な判断が出来ない状態まで攻め続ける。
 セックスで人を意のままに操る、それにはさすがに時間が必要だ。
 だが、理性を失わせ能力を暴走させるだけなら容易だ。
 快感の波に打ちのめされた真野海人は、絶え間なく水を噴出させる。
 能力により生み出された水は原生林の中をのたうつように暴れ回る。木々をなぎ倒す、土を抉る。そして日下景を追い立てる。
 真野海人がセックス死するのが先か、日下景が水に追いつかれてしぬのが先か。
 たとえ真野が先に死んだとしても、日下も無事では済むまい。そしたら消耗した彼をセックスで殺せばいい。
 勝利は目前だ。だからとろろはセックスをする。興味もない誰かと、興味もない誰かを殺すために。

―――

「海人!海人!ちくしょう、目を覚ませよ海人!」
「アハハー!無駄ですよ!セックスから逃れられる人なんていません」

 真野の懐からネオが声をかけ続ける。だが、真野はそれに反応できない。
 荒れ狂う水の猛威を前に、日下景は逃げることしか出来ない。
 補陀落とろろに蹂躙される真野海人は、全身を痙攣させながら無尽蔵に水を生み出し、暴れさせ続けている。
 もはや意識下の行動でないのか、狙いはないに等しい。
 だがいかんせん量が多すぎる。瀑布となって押し寄せる水を前に、日下は近づくことすら出来ない。
 彼女から渡されたお守り――手榴弾も残り僅かだ。
 無駄遣いをすることは出来ない。だが、他に状況を打破する手段もない。

(……ダメ、なのか)

 にゃんこ師匠との戦いを思い出す。
 景は自分一人の力で戦おうとして、負けそうになった。
 けれども、彼女との思い出が、彼女のくれた力が景を救ってくれた。

(二人なら、勝てる、そう信じていたのに)

 けれども今回は、彼女の渡してくれたお守りがあっても状況は絶望的だ。

(二人でも、勝てないのか………)

 どん、と背中が木にぶつかる。下がることは出来ない。
 前方からは土や木々を巻き込んだ大波が迫ってくる。逃げられそうにない。

(……ごめん……無事に、帰れそうにない)

 絶望に包まれた景の脳裏に、ゆっくりと、あの日の光景が過った。

――――

「そう、一度ピンを抜いたら、投げるまで絶対レバーを離しちゃダメだよ。レバーを離す前ならピンを戻せば起爆しないけど、離しちゃったらもう爆発を止める手段はないから」

 病院の中庭で、僕は彼女から手榴弾の扱い方についてレクチャーを受けている。
 同じベンチ。肩が触れそうな至近距離。
 こんな話をしているのに、少しだけ、心臓が高鳴ってしまう。

「もう、景!ちゃんと聞いてるの!?」
「うん、大丈夫。聞いてるよ」

 唇を尖らせて不満を現す彼女。
 何気ない、二人だけの時間。いつ以来だろう、こんなに穏やかな時間は。
 ……いつから、こんな穏やかな時間すら、彼女から奪われてしまったのだろう。
 わかっている。奪ったのは僕だ。
 だから取り返さなくちゃいけない。僕と、彼女の日常を……

「もう!また変なこと考えてる!」
「変って!……そんなに、顔に出てたかな」
「出てるよ。わかりやすいぐらい」  

 まあ、教えなくちゃいけないことは全部教えたからもういいけど、と彼女は深くため息をついて手榴弾をカバンにしまう。

「もう一回だけ聞かせて。どうしても、何を悩んでるか、言えない?」

 その言葉に、僕は口ごもってしまう。
 話してしまえば反対されるだろう。不安にさせるだろう。巻き込んでだって、しまうかもしれない。
 ……それでも、打ち明けられたら。その欲求に、身を任せて仕舞いたくなる。
 けれども、そうは出来ないのだ。
 困ってしまった僕を見て、彼女はしかたないな、と困ったように笑う。

「あーあ、私はそんなに信頼できないかー」
「ち、違うよ!そうじゃないけど……」
「なんてね。わかってるよ」

 こつん、と彼女は指先で僕の額をつついた。

「景の悩みはさ、景のものだよ。私は心配してるし、打ち明けてもらえるならそうしてほしいって思ってるけど……でも、それは私の都合。結局、景の問題は景が解決しないといけないから」

 聞き様によっては突き放すようにも聞こえる言葉だ。
 なのに、なのに、

「だから、せめて手伝わせて。景が望んでさえくれれば、私はいくらでも手伝うから」

 なんで、こんなに、温かいんだ。
 なぜだか頬を涙が伝う。そんな僕の背を彼女がぽん、と柔らかく叩いてくれる。

「なんで、君は、そんな………!」
「当然だよ。だって、私は……君のことが、す……」
「『ん……何?』」

 しまい忘れたのだろう、中庭に転がっていた手榴弾がひとつ爆発する。
 君の声は、もう聞こえない。
 君はカバンに手を伸ばす。手が新しい手榴弾に触れるまえに、僕はその手をぎゅっと握り、彼女を抱き寄せる。

――これは、僕の我儘だ
――すべての責任は、僕にある
――なのに、どうして、君はこんなにも、温かいんだ。

 ゼロ距離からの発勁で、彼女は意識を失う。
 彼女の目が覚めるまで見守っていたいけれど、もう、次の戦いまで時間がない。
 あとは看護婦さんに任せて、僕は行かなければならない。

――目が覚めたら、君はこのことを忘れてしまうんだろうか。
――僕を心配してくれたことも、こんな僕に優しいことばをかけてくれたことも

 それを考えると、なぜだか少し、ほんの少しだけ、胸が締め付けられるような気がした。

――――

――そうだ。間違っていた。僕はまた間違えてしまった。

 眼前には大波が迫る。このままでは、僕は飲まれて死んでしまうだろう。
 彼女の手榴弾だけでは、この波を、どうすることもできない。

――彼女は僕を手伝ってくれていた。でも、それに甘えちゃダメなんだ。

 手榴弾のピンを抜き、自分の足元に落とす。

――彼女だけに頼ってはいけない。僕の力だけで解決しようとしてもいけない。

 背後の木を蹴り飛び上がる。それだけで乗り越えられるほど波は低くない。
 でも……

――どちらが欠けてもいけない。『二人』の力で、勝つんだ!

 手榴弾が爆発する。爆風が僕を押し上げる。
 破片が飛ぶタイプではなく、爆圧で狭い範囲を破壊するタイプの手榴弾だから出来た芸当。
 だけどそれだけじゃない。
 彼女が手榴弾の使い方を教えてくれたから。
 告白の時、彼女がこの手榴弾を使ってきてくれたから。
 僕はこの手榴弾の爆圧をよく知っている。だから、出来たんだ。

「アハハー!なんですかそれ!」

 爆風で波を飛び越え、空中から補陀落とろろを睨みつける。
 彼女の顔には笑顔が張り付いている、だが、どことなく表情は硬い。
 接近されてしまえば不利だと悟っているのだろう。
 彼女がレイプしている真野は無差別に能力を使うだけだ、こちらを狙うことは出来ないのだろう。
 ならばここに至っては不要と判断したか、とろろは真野を離して逃げ出そうとする。

――だが、させない!

「『ん………何?』!!」

 逃がさない。逃がさない。絶対に逃がさない。勝って幸せを手に入れるのは僕達だ、お前たちじゃない。
 思いを込めた能力発動は、とろろの逃走を妨害する――――

「目を覚ませ……目を覚ましてくれよ、海人ォー!」

 それは、偶然の連鎖。
 逃げるためにとろろが真野から手を離したことで、真野海人はセックスから開放され。
 フリスクネオが自身の魔人能力でフリスクを食べさせることで、セックスの余韻から真野海人の意識を覚醒させる。

「……どこに……行こうっていうんだ?」

 真野海人が補陀落とろろの肩を掴む。

「アハハーッ!しつこいですよ!あなたはもういらない!邪魔するなら!ここで!セックス死してください!」

 とろろが真野海人の股間に手を伸ばす。滴る白濁したとろろ汁。これで愛撫されれ文字通り一瞬で昇天するだろう。
 だが

「いいや、違うね」

 その時既に、真野海人の手は補陀落とろろの股間に触れていた。

――真野海人は『一度覚えた技術を二度と忘れない』特殊体質を持っている。経験したことのあるあらゆる状況に対しての対応方を熟知している。

 先ほどまで真野海人は処女であった。だが、すでにどうすればいいかは嫌というほと体に刻み込まれている。

「死ぬのは、お前だ!」

 真野のセックスが、補陀落とろろの体を貫いた。
 補陀落とろろとてAIの補正を含めれば一流のビッチである。自分と同等クラスの愛撫にも耐える手段は、当然備えている。

 だが。

 真野海人の覚えたセックスは、補陀落とろろに叩きこまれたものである。
 そして補陀落とろろにとってセックスとは……憧れの先輩、猟奇温泉ナマ子にたどりつきたいがために、必死で模倣したものである。

「アハ……ハ………ハ………せん……ぱい……?」 

 ゆえにとろろが、この世で唯一彼女にとって価値のあるものを、
 猟奇温泉ナマ子の影を真野海人の中に見出して、動きを止めてしまったことも、無理からぬことであろう――――

 真野海人と補陀落とろろが、抱きあうようにして動きを止めた。
 好機だ、と日下景は考える。今なら二人まとめて倒せる。

 だが、手榴弾ではまた真野に落とされるかもしれない。
 接近しての七孔噴血爆塵掌では、一人しか殺せない。

 故に日下景は、第三の手段を取る。

 空中でもう一つ手榴弾を爆発させる。爆圧に身を削りながら、一気に間を詰める。
 左手を前に出し掌を構える。
 接近さえすれば、その瞬間右手を突き出し七孔噴血爆塵掌を撃ちこむことが出来る。

 陶酔した補陀落とろろは景の姿に気づかない。だが、真野海人は既に気づいている。
 さきほどまでとろろに盾にされそうになっていた真野海人は、今度は逆にとろろを盾にする。

 ここからではとろろの体に邪魔されず、真野海人を狙うことはできない。
 故に。

 右手に握った手榴弾を起爆させる。

――元来、発勁とは身体の生み出す力の方向性を制御することで、常を上回る力を生み出す技法のことだ。
――故に、故に景は確信する。手榴弾の爆発のエネルギー、その方向性を制御できれば、二人まとめて貫くだけの力を得ることが出来る。
――彼女の手榴弾だけでもない、景の発勁だけでもない
――両者を組み合わせた新しい技、これこそが

 真 七 孔 噴 血 爆 塵 拳 ! ! !

 とろろの体に叩きこまれた右手の中で、手榴弾が炸裂する。
 打ち込んだ景の右手は爆風で指を吹き飛ばされ、傷跡は熱で焼かれている。

 一方、とろろと真野の身体は無傷――否

 一拍の間を起き、とろろが、そして真野が、全身の穴という穴から爆風のごとき勢いで血を噴き出し、倒れた。
 そうして、最後に立っていたのは日下景一人。
 彼が、勝者となったのだ。

――――

「海人……大丈夫か」

 口の中に込められたフリスクの感触で、真野海人は目を覚ました。
 全身が痛い。刻一刻と命が失われていくのを感じる。

――ああそうか、負けたんだな。

 心の中で思い返してみて、思いの外すんなりと敗北を認めることができた。

「……すまなかった、海人。俺が……」
「いいさ。私の方こそ、すまなかった。お前まで元の世界に帰れなくなってしまったな」
「すまないと思うなら、一つ、頼みを聞いてくれないか」
「なんだ?手短に頼むぞ。私も……永くはなさそうだ」
「……キスして、くれないか。深い深い、ディープキス、って奴をさ」
「………お前」
「どうせこのままだったら俺も死ぬ。だったら、最後に少しぐらい。いいだろ」
「……しかたのないやつだ。私は動けない。勝手にしろ」
「分かった」

 口の中に、またひとつ、あらたなフリスクの感触が現れる。

「じゃあな、お前は知らなかったかもしれないけど。俺、お前のこと隙だったんだ」

 口の中から声がして、やがてそれは、喉の奥に消えていった。
 ファーストキスは、さわやかで、少し甘くて、そして、ほんの少しだけ
 涙の、味がした

――――


――そうして僕は、彼女の元に戻ってきた。

 病室の前、扉を開く前に、僕は一つ決心をした。
 もしも彼女が、あの時、僕に言ってくれたことを覚えていてくれたら。
 『時計』を巡る戦いのことを、全て打ち明けようと。
 心配させるかもしれない、巻き込んでしまうかもしれない、だけど、それでも
 僕は彼女と一緒に戦いたいと、そう、思ったから。

 深く息を吸い、吐く。できるだけ落ち着いて、病室の扉を開く。

「あ、景!今日は遅かったね」

 彼女が僕に笑顔を向けてくれる。僕の感覚で数時間、この世界では、一時間足らず、ホンの少し前と、なにも、変わらずに。

「えっと……あの……」
「ん、どしたの?」
「……さっきも、来たんだけど、覚えてないかな?」

 僕の言葉に、彼女は申し訳無さそうに笑う。

「あー……ごめんね。なんか私また倒れてたみたいでさ」
「……そう、なんだ」

 僕はぎこちなく笑顔を作る。
 何も間違っていない。これでいいはずなんだ。
 変わらない今を維持するために、こうするしか、ないんだ。

 ……でも、でも、ほんの少しだけ

 覚えていて欲しかったと思ってしまう。この気持は、なんなんだろう。

 告白してきた彼女に発勁を打ち込みながら、僕はそんな、矛盾する気持ちを抱えていた。 

日下景第二回戦SS「君の気持ち」了