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刻に奉げるカプリッツィオ


とても――とても遠くまでやってきた気がする。
距離はそこまで離れていない。自転車を使えばすぐそこだ。
けれど、ここまでの道のりは目の前の巨大な橋を見たときに感じる気持ちと同じ――ただ、長かった。

希望崎学園の正門へ続く、東京湾に架かった巨大で力強い、そして無骨な希望崎大橋。
まっすぐ続く橋のずっとむこうに、冬の白みがかった空をバックに希望崎学園が見える。
ここまで来て、それでもこれ以上は近付こうと僕には思えない、遠い遠い場所。

そんな場所へ、彼女は悠々と歩いていった。
自分の居場所ではないこと。自分の想い人は居ないこと。残酷な事実を知るだけの行為を、平然と。
そして今、彼女は橋を渡り、再びこちら側へと帰ってきた。

「あの……どうでした?」
「何処の馬の骨とも知らん男が生徒会長をやっていた」
「ええと……その、残念でしたね……やっぱり……」
「阿呆が。初めから分かっていたことだ。私の目で確認したかっただけだ」

異国の地で、異なる時間軸の旅先で巡り合った時と同じ――彼女は凛々しく強かった。
僕が怖くて近寄れなかった場所へ行き、僕が見ることのできなかった事実をしっかりと見る。
いつか、僕も彼女のように歩くことが……いいや、できれば、彼女と共に歩くことができれば……。

「あの! 斉藤さん!」

あの日――
たとえ同じに見える希望崎があっても、そこは自分の求める場所ではない。
そうだろうが、少なくとも何百年も前の外国に置き去りよりは百倍マシだと、僕達と共に来た彼女を。

せめて、この世界に来て良かったと思わせられたならばと、精一杯に心意気だけは格好つけて、
僕は、なけなしの声量を振り絞った。
続く言葉は……これから考える!



――――――



その時、聴き馴染みのあるテーマソングが脳内に鳴り響いた。



***

人喰みの陽炎を倒しても、この世界の不穏な空気は変わらなかった。
泥濘の不知火を倒しても、この世界の焦げ臭い瘴気は消えなかった。
怨嗟の黒潮を倒し、吸魂の雪風を倒し、落命の初風を倒し、足切りの親潮を倒し、
獄炎の夏潮を倒し、沈降の早潮を倒し、致死の天津風を倒し、悲哀の磯風を倒し……
陸を走る『世界の敵』を、『世界の敵』の一部を倒し続けた。

――キュア・フレンドシップ!

あの日の沖縄旅行で見た夏の青空をイメージさせる、自慢の髪色を魔力で黄色く染め上げて、
飛行機を一つ拝借し、魔力回路のリンクによって精神操作。己の足場として使い……
烈火のティーガー、極光のセンチュリオンなど、空を暗雲に染め上げてきた、
空翔る『世界の敵』の一部を倒し続けた。

――キュア・ビクトリー!

皆で一緒に素潜りした夏の海をイメージさせる、自慢の髪色を魔力で赤く燃え上がらせ、
手にした剣で一刀両断。噴き上がる魔力をまとわせた武器は、この世で最も切れ味が良い。
魔法使いの全力疾走による水上走行を邪魔する過飾のヘルキャット、虚栄のアベンジャーを切り落とし、
波に潜む『世界の敵』の一部を倒し続けた。

――キュア・テンカウント!

辿り着いたのはヨーロッパの奥地。『世界の敵』の頭である“白い家”。
“白い家”は強かった。空に浮かび自転を続けるこの敵は、自身の回転により世界を回す。
“ふとっちょ”、“のっぽ”のサブユニットが全ての存在を白く塗りつぶす。
だが、それでも私は負けはしない。漆黒の髪色で白を黒く塗り替えて、彼の物語に終止符を打つ。

十週間で全てを終えて、闇の晴れた世界に一人、私はゆったりくつろいでいた。
ここ、ハワイのオアフ島の、ラジオが陽気な音楽を奏でるビーチで、常夏の空と海を堪能する。
とにかくずっと笑い続けて、お腹が痛くて仕方なかった沖縄旅行。
次はハワイだ! ――言い出したのは、誰だったろう。

「……かつ!」

全身を満たす達成感に揺らされながら、空と海から切り取られたような青髪を、
ちょこんと白い砂浜に広げ、大の字になった。
目をつぶり、ただ、ラジオパーソナリティーが語る言葉に聴き入っていた。

『Yeah! もう1941年も残すところあと僅かとなったが皆は今年もハッピーだったかい?
 そんな本日12月7日! ここパールハーバーは最高の晴れ空で俺は実にハッピーさ!
 さて、最高にハッピーな俺がお届けする次なる曲は最高にエキサイティングなナンバー――』



―――――――



その時、聴き馴染みのあるテーマソングが脳内に鳴り響いた。



***

ドアを押し開けると、チリンと小さな鈴の音が鳴った。
見れば、花を象った可愛らしいドアベルがくっついていて、なるほどと思う。
店内は壁にも、席と席との間取りにも、山ほどの生花が飾られた店内にふさわしい意匠だ。

「いらっしゃいませ」

カウンターの奥から声をかけてきたエプロン姿の綺麗な女店主に導かれ、
席に着くと適当に女店主の勧める料理を頼み、一息つく。
店内の奥、視線は自然と蔦を絡ませ花に彩られたフラワーアレンジメントに吸い寄せられる。

「噂には聞いていましたが、綺麗な店内ですね。いや、実に。特にあの奥の花飾りは」
「あら、ありがとうございます。素敵でしょう?」
「しかし、これは全部、生花ですか。その分、下世話ですが維持費も大変そうだ」
「そうですねえ。それは苦労もありましたけれど、やっぱり私が花好きでして」

店内には私以外の客もいないため、女店主と適当な話をして過ごす。
全ての座席は事前に私が偽名を使い分けて予約済みであるだけに、遠慮なく話を続けられる。
来ない客に首をひねる女店主の様子を横目に、運ばれてきた料理を食べた。

「あの、もし違っていたらごめんなさい。……お客様はもしかして、エルフ小林さん?」
「ほう! メイクもしていないのに、よく分かりましたね」
「あら、まあ! やっぱり! 私、代々木ドワーフ採掘団のファンでして、声が同じだなって」

食後の紅茶を飲みつつ、いつ話を切り出そうかと考えていたところに、相手からの渡し船。
これは重畳、とティーカップをソーサーに置いた。
花柄の陶器がキンと高い音をたてた。

「先日は私共の応援メッセージコーナーに出演して頂いて、私からもお礼を述べさせて頂きますよ」
「いえ、お礼だなんてそんな。私、もう、あれからずっと気分が良くて、ねえ。
 あらごめんなさい。こんな一人で笑っちゃって」
「いえいえ、美人の笑顔を間近で見られるなんて、世の男共の嫉妬を買うくらいですよ」
「まあ、お上手で」

――それでは始めよう。

「今日はですね、実はプロレスの方ではなくて、二足の草鞋を履いている裏の仕事の最中でしてね」
「まあ、『裏』なんて、なんだか物騒な響き」
「実際は地味で地道な裏方作業ばかりですがね。ちょっと、ほら、私共の団体にイタコがいるでしょう?」
「はあ。ええ、ミスター・チャンプの一件で注目されていましたねえ」
「こう、ですね。死者の念だとか、そういったものまで辿って、まあ面倒な作業を続けてきた訳です」
「まあ! よく分かりませんけど、なんだか聞いているだけで怖そうなお話」

――裏の世界の魔法使いのお仕事。

「いや、しかし何度見ても素晴らしいですね。あの花飾りは」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。この店の自慢ですのよ」
「あの大きさでは飾り付けも大変でしょう? 人の身体が一つすっぽり入ってしまいそうですし」
「好きでやってますからどうってことないんですよ? 慣れもありますしね」
「生花を扱うのがお好きなんですねぇ。実に」
「ええ。好きなんです。生花」

――三人の犠牲を出したチームリーダーの、けじめという奴を。

「あら、何か落とし――」

コトリとスーツの裾から転がり出たものを見た瞬間、女店主が言葉を上擦った短い悲鳴に変えた。
絹を裂くような悲鳴とはまさにこのことか、などと暢気な台詞を頭に浮かべ、
ゆっくりとした動作で床に転がる手のひらサイズのダルマをつまみ上げた。

「おやおや、どうしました? ただのダルマですよ? 店主さんは何かダルマに怖い思い出でも?」
「いえ……その……」
「ああ、いいんですいいんです。思い出したくないようなことなら言われなくても結構ですよ。
 いやはや、すみませんねぇ。怖がらせてしまいまして。これも仕事の関係で持ち歩いていまして。
 ええ、いやしかし、店主さん。私はそれで幸いにも、初めて笑顔以外を拝むことができましたよ。
 店主さんの。はは、いや、美人は笑顔も良いですが、泣きそうな顔というのも実に趣きがある」

そして、ダルマをゆっくりとポケットの中に仕舞い込んだ。

「すみませんね。本当に。私は美人を見たらつい虐めたくなる性分でして」



――――――



その時、聴き馴染みのあるテーマソングが脳内に鳴り響いた。



***

「ほう? これは」――山奥で滝に打たれていた修行僧姿の男が。
「おやおやァ」――鬱蒼とした林の藪の中から、嗄れた男の声が。
「あっ! この音楽!」――都会のマンションの一室で、少年が。
「……ん」――コンビニ店員が、レジを打ちながら小さく呟いた。

その音楽を知る人々が、都会で、田舎で、楽しげに、忌々しげに、
老若男女、世界中の、世界中で、一瞬間――揃って耳を傾けた。
その曲は世界を股にかけるプロレス団体、代々木ドワーフ採掘団の一人――



ミスター・チャンプのテーマソング。




 皆様お待たせ致しましたッ!
 これより始まるは代々木ドワーフ採掘団のスーパーヒーローッ!!
 “双頭のバズーカ”ミスター・チャンプの命を懸けた闘いですッッッ!!!



ヒーローは、いつもファンの前に。



『刻に奉げるカプリッツィオ ~完~』