本葉柔 vs 時ヶ峰堅一(その4)


川沿いに植えられた桜の花もあらかた散って、葉桜の季節になろうとしている。
連休を間近に控え、誰もが浮き足立っている四月下旬。
私は交差点の角の塀の陰にこっそりと隠れて、あいつが来るのを待ち受ける。
(遅刻遅刻ー、ってね)
左手には、こんがりキツネ色に焼けた美味しいバタートースト。
誰が見ても一切怪しくない遅刻しそうになって慌ててる美少女だ。
尾行を重ねることによって、時ヶ峰堅一の通学ルートは完全に把握した。
偶然を装って角から飛び出して、激突する。完璧な計画。

塀の向こうから、時ヶ峰の足音が聞こえてきた。
足音だけでも、はっきりと彼だとわかる。
歩幅が広く、力強い足音を聴いてるだけで、背の高い彼が真っ直ぐに背筋を伸ばして姿勢よく歩く姿が目に浮かぶ。
バタートーストを口にくわえて突撃準備。
自分のおっぱいに手を当てる。
緊張で早鐘のように鼓動が鳴り響いている。
おっぱいに当てた手に、ぐっと力を込める。
弾力のあるおっぱいに、手がふんわりと包み込まれる。
更に手に力を込める。
おっぱいがふにゃりと押し潰されて変形する。
更に更に力を込める。
時ヶ峰が近付いてくる。
曲がり角まであと3歩、2歩、1歩……今だっ! 突撃っ!

「ボンバーッ!!」
私は叫んだ! バタートーストが宙に舞う!
角から飛び出し、時ヶ峰に突っ込む!
射程距離内! 右腕をおっぱいから解き放つ!
おっぱい弾力により急加速した拳が時ヶ峰を襲う!
バヅン! 拳が音の壁を突き破る破裂音!
おっぱい柔術奥義・スーパーソニック当身!!
超音速アンブッシュで死ね! 時ヶ峰! 死ねェーッ!
私の正体を見た奴は生かしておくものかァーッ!

マッハ5の拳が時ヶ峰の筋肉の鎧を貫き、右肩を貫通する!
赤い血を撒き散らしながら千切れ飛ぶ、丸太のように太い右腕!
クリティカルヒットォオーッ!
希望崎に入学して以来、最大のダメージを与えてやったぜェェェーッ!
衝撃波がゴウと広がり、桜の小枝をへし折り残り少なくなった花弁を全て吹き飛ばす。
民家の窓ガラスがビリビリと震えて砕け散る。

もちろん私も無傷では済まない。
右拳はグシャグシャに複雑骨折し、撓骨尺骨は解放骨折して前腕から突き出し、右肩は完全に外れた。痛い。
だが、時ヶ峰のダメージのが大きい!
好機を逸さず追い打ち!
左のおっぱいから左腕を解き放ち、トドメの左スーパーソニック当……ゴボォーッ!?

時ヶ峰の左ショートフックが、私の脇腹に叩き込まれる方が先だった。
私は桜並木を飛び越え、鮮血混じりのゲロを吐きながら川の向こう岸を目指してキリモミ飛行。
おのれ時ヶ峰、手加減しやがってー!
右腕一本を失ってなお、内蔵破裂で済む程度の優しいパンチであしらってくる余裕が憎たらしい!
桜の花弁が散らばった川の土手に突き刺さるように華麗な着地を決める私!
これで一勝三敗! 入学してからは三連敗! おのれおのれー!

一敗目は人気のない学園の森の奥に呼び出して、“真の姿”に変身して戦ったが勝てなかった。
二敗目は東京湾の海上で船ごと沈めて水中戦に持ち込んだが、それでも駄目だった。
基本的に時ヶ峰が油断してなければ“真の姿”でも全く勝ち目は無いと言って間違いなかった。
こいつ人間じゃねえ。
だから今回は不意打ちで一気に殺すつもりだったが、それでも届かなかった。
強い……。

「おーい、本葉ぁー、大丈夫かぁー?」
土手に刺さりっぱなしの私の所に時ヶ峰がやってきて、よいしょと引き抜いた。
大丈夫なわけないだろ。
私の耐久力を完全に把握した上で、きっちり行動不能になるだけのダメージを入れといて白々しい。
ほんとコイツむかつく!!
もう右腕が再生してやがるし!
腕と一緒に学生服の右袖も千切れ飛んだので、右腕は素肌が剥き出しだ。
ほんと、筋肉たっぷりで逞しい右腕。惚れ惚れするほど憎たらしい。

「こいつを持っとくといい。超再生能力があるエクスカリバーの鞘だ」
きらびやかな装飾の施された剣の鞘が、私のお腹の上に置かれた。
説明されなくても知ってる。
私自身には王の器はないのでエクスカリバーを使うことはできないが、時ヶ峰の側に居ればこうやって鞘による回復の恩恵を受けることができる。
剣の持ち主本人ほど超再生はしないけど、腕とお腹の痛みはずいぶん楽になったし、傷口も徐々に塞がってゆくのがわかる。

「そして、こいつがフラガラッハ。必中属性を備えた剣で、慣れれば手に持った感触で隠れてる敵の位置が判ったりもする」
「なっ! それじゃ私の不意打ちは完全にバレてたの!?」
「まあな。だが、思ってた以上に速かったんで、喰らっちまったよ。いいパンチだった」
「おのれー、そうだったとは。油断の無い奴めー!」
「本葉以外にも俺を狙ってる奴は多いからな。少しでも油断してたら、あの世行きさ」

そして、時ヶ峰は私のことをひょいと抱え上げると、いわゆるお姫様抱っこで運び出した。
こうやって時ヶ峰に医務室へ運ばれるのもたぶん三度目だ。
以前の二回は完全に気絶していたわけだけど、うっわー、こいつは恥ずかしいな!
私のおっぱいにはM44エナジーが沢山詰まってるので、見た目はおっぱい以外は細い体つきにもかかわらず、体重は2トン以上ある。
それをここまで軽々と運ぶとは、時ヶ峰やっぱりバケモノだ。

しかし、こうやってコイツの逞しい腕に抱えられて運ばれるのもなかなか……いや待て、私は今、何を考えた!?
なんということだ。私はついに気付いてしまったのだ。
どうしよう、顔が熱い。
一度気付いてしまうともう駄目だった。
坂道を転げ落ちるように、私の心はあっと言う間に決まってしまった。
熱い熱い。ほっぺたが燃えるように熱い。どうしよう。
私が時ヶ峰堅一に執着していた理由は、当初の殺意からいつの間にか摺り変わってしまっていたのだ。
スーパーソニック当身がたぶん通用しないことも、やる前からわかっていた。
父親にじゃれつく子供のように、受け切られることを期待して甘えていたのだ。
まさか私が、相手の腕を吹っ飛ばしてしまう程の重度のツンデレだったなんて!
うわあああ、恥ずかしいいい!
私の顔は、私の真っ赤な髪の毛よりも、もっともっと真っ赤だったことだろう。

恥ずかしいついでに、一番気になることをついつい訊いてみた。
「あのさ、時ヶ峰は私の“真の姿”を知ってるでしょ? アノ姿のこと、正直、どう思ってる?」
「あー、あのカニかぁ……」
時ヶ峰は、少し困った顔で考え込んだ。
うあああああ、しまった聞くんじゃなかったあああ!
何聞いてんだよ私のバカああああ!

そして、時ヶ峰の答えはこうだった。
「うーん、あれはあれで可愛いんじゃないか?」
ウソだっ! 変な気を使いやがってコイツめー!
……ん? “あれはあれで”って言った?
じゃあさじゃあさ、もしかしてもしかすると、普段の私は“これはこれで”ってことになる!?
もしかして両想いなのかも!?

冷静に考えてそんなわけ、なかったのだけれど、その時の私は天にも登るような気持ちで、幸せだったんだ。
そして、ケンちゃんの腕の中で揺られながら、いつまでも医務室に着かなければいいのに、とか思ってたんだ。

(おしまい)

最終更新:2014年12月14日 16:07