新世界の神、始めました


「おい、こら、時ヶ峰。目を逸らしてるんじゃねえ」

 山口祥勝は激しく唾を飛ばしながら、時ヶ峰健一に詰め寄った。泥だらけのランニングシャツに作業用ズボンというラフな身なりで、肩に担いだ鍬を今にも時ヶ峰に振り下ろさんとばかりに睨みつけている。

「何をそこまで怒っているのか、さっぱり分からんな」

 対する時ヶ峰は相も変わらず2m50cmの偉丈夫に神々しい後光を纏わせながら、しかしどこかバツの悪そうな表情を浮かべている。希望崎最強にして創世神・時ヶ峰健一。どこまでも我を通す強さを持つがゆえに、嘘や誤魔化しの下手な男であった。

「バレバレだ。マントの下に隠してるもんを、見せてもらおうか」

「断る。そんな義理はない」

「今日からお前のメシは三食全てもやしにするぞ」

渋々といった顔で、時ヶ峰はマントを払う。兄妹と思しき幼い少年と少女が、身を寄せ合って震えていた。

「まぁ~~~~~~~た人に相談もなく連れてきやがって。アレか? ゴリラ優しさか? 見た目だけでなく心根まで優しいゴリラ・ゴリラ・ゴリラになってしまったのか? クソッタレ」

「ちゃんと俺が面倒を見る」

「そのセリフを聞くのももう三度目だ。お前は捨て犬を拾ってきて毎日散歩するって約束したくせに翌週にはもうゲームに夢中になる子供か? 俺はお前の代わりに犬の世話をするお母さんか? あーん?」

「捨て置けば良かったと? まだ食糧の貯えには余裕があるだろう」

「せめて相談してから連れてこいって話だよ! あとお前もたまには修行とかなんとかいって出かけずに畑仕事なりなんなりしろ。世界創世したからには責任を取れ、主犯!」

 それから小一時間ほどの説教が続いた後、結局山口も幼い兄妹の面倒を見ることを了承した。時ヶ峰は何かぶつぶつと呟きながら、また早々にどこかへ出かけてしまった。

(……自由人か! 全く面倒見てねえじゃねえか。言ったそばからなんて野郎だ)

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「ほら、お前ら。勢いだけで農具を振り回そうとするな。まずはしっかり足をついてだな」

「ヨシカツのおっちゃんがいじめる」「トキガミネサマのほうがやさしくて好きー」「そーだそーだ」

「クソガキども、畑の養分にしてやろうか」

元『世界の最終処分場』こと新世界は、人が住むにはなかなか過酷な環境である。建造物の一部やら、機械部品、瓦礫の山――中途半端に切り取られた文明の欠片はほとんどその意味を成さない。しかも、気候や地形の形質を無視してそこかしこに氷河や砂漠、サバンナや湿地や火山地帯などが点在している。環境が落ち着くまでにはしばらく掛かるだろう、というのが時ヶ峰の言だった。

 加えて自然界には、時に魔人をも食い殺す危険な猛獣が存在しうる。山口は勿論、時ヶ峰にとってすら例外ではない。このサラダボウルのように乱雑で無秩序な世界は、基準世界以上にそういった危険を孕んでいた。

 当然のことではあるが、子供たちの仕事ぶりは拙い。開墾にせよ狩りにせよ建築にせよ。教えながらの作業になる分、山口一人でやった方がまだ効率が良いほどに。
 それでも、親鳥から口移しで餌を受け取る小雀のように育てるつもりはなかった。そう簡単にくたばる気はないが、何せ花恋が優勝するなり他の手段が見つかるなりすれば、山口は元の世界に帰るつもりなのだ。

『基準世界に連れてくればいいじゃない』

「それが出来るとは限らねーだろ。誰か一人しか帰れないとかなら俺は自分を選ぶぞ。それに、どっちにしろ甘やかすとお前みたいに育つからダメだ」

『あなたって本当に最低のクズね。いっそそっちに永住したらいいのに』

「俺は慈善家じゃねえ。ただの配信者だ」

『そう』

『A子メシ食いながらスマホいじんな』『行儀わるいやつらめ』『オマエモナー』『無限ループってこわくね?』

「お前ら、人がひもじい思いをしてる間にオフ会してんのか? いい度胸だな」

『タンうめぇwwwwwww』『祥勝の不幸でメシが美味い』『#雑草で糊口を凌ぐ祥勝に励ましの肉画像を送ろう』

“掃き溜め”のクズどもは、山口が死なない程度に酷い目に合う展開が三度のメシよりも好きな連中である。

『私達が我慢したって、恵まれない子供たちにおいしいごはんが届くわけじゃないし』

 そういう事を言っているんじゃない。言い返そうとした時、足元が大きく揺れて思考を遮られた。

 地震――にしては、揺れが小刻みで規則的だ。それに、少しずつ大きくなって……震源が、近づいてきている?

 子供の一人が、あっ! と声を上げて指差した。時ヶ峰だった。全長80mはある巨大な何かを、素手で引き摺っている。

「すごーい!」「トキガミネサマ、かっけー!」「この世界、あんなのもいるんだ!」

「貴様の言う通り仕事をしてきた。これで文句はないだろう」

「Grrrrrrr……」

 巨獣は、まだぴくぴくと震えていた。時ヶ峰が今一度腹を殴ると、完全にその動きも止まった。

「今日は熊鍋だ」

(もう嫌だこの世界。早く帰りてえ。潜衣、お前だけが頼りだぞ……)

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 基準世界、某所。

「なんか悪いな。成り行きで協力してもらってるのに、こんな歓迎会まで開いてもらっちゃって」

「堅い事言いなさんな」「そーそー」「酒飲める口実みたいなもんだし」

 その日は”掃き溜め”のメンバーのうち、希望崎圏内に在住し都合のついた10名ほどによる新歓オフ会であった。

「本当に私はお金出さなくていいのか? ここ、結構いい店じゃないのか」

「良いのよ。っていうか、今日は誰もお金出さないし」

「えっ?」

 花恋の疑問に、庄司愛子はメニュー票を捲りながらこともなげに応える。

「祥勝の武器の補充とか、興信所に払う調査費とかが浮いてるから、今日の支払いはそこから出すの。すいません店員さん、一番高いお肉ってどれですか?」「祥勝のカネで食う肉がうまい!」「生ビールの奴挙手!」「ヘイ!」「はーい!」

(あいつも結構大変なんだなぁ……)

同情半分、呆れ半分に思いながら、花恋は塩ホルモン焼きに箸を伸ばした。

最終更新:2014年12月12日 21:18