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プロローグ


■鈍亀の継嗣プロローグSS 叛逆のガールミーツヒューマノイド■


■1:ダイダラボッチ■
AD1944年2月24日。
首都に大型爆撃機の編隊が大挙して来襲した。
大本営陸軍参謀本部の「戦況手簿」によれば、迎撃部隊の高射砲師団による砲撃は大型爆撃機の飛行高度に到達せず、首都はなすがままに蹂躙されたという。

――――しかしそんな記述と並んで以下のような一文がその「戦況手簿」には記されている。

「B29(大型爆撃機)、11機の墜落を確認。墜落原因は墜落した機体を基に調査析中。現在のところ長距離航行の練度不足が有力。(現代語訳済)」

また、灼熱地獄と化したその日の首都から、幸運が重なった末生き残った者は後にこう語る。

「(前略)
もう、町中真っ赤でなぁーんも見えんかった。
焼夷弾はそれこそ雨みたいだったし、空気が全部燃えちまってるようだった。
息もまともに吸えなくてよぉ。
苦しくて、俺はそれですっかりまいっちまって、右も左も霞んで見えなくなって、ついには動けなくなっちまった。
しばらくすると体中焼けて痛いのも、うるっせぇのも、だんだんと感じなくなってきて、「あー死んじまうんだ」と思ったさ。
そん時だったなぁ。
B29のやつを、突然現れたでいだらぼっち(※ダイダラボッチとも。日本の各地で伝承される巨人のこと。)が叩き落したのは。
……ははっ、とんだ与太話さ。笑っちまうだろ?
そんなもんがいたら今頃戦争に勝ってるちゅーんになぁ。
いや、でもな……。
それでも、俺は見たんだ。
でいだらぼっちがハエでも掃(はら)うようにB29を叩き落すのをよ。
やつァ……悲しそうに鳴いてたよ」

B29の爆撃時の飛行高度はおよそ10000mである。
常識と照らし合わせるまでもなく、そんなサイズの人間が存在する道理はない。

――――そう、そんなサイズの「人間」が存在する道理はない。




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迷宮時計の秘密 その1

迷宮時計に選ばれた人間は迷宮時計に纏わる戦いに召集される。
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■2:兎と亀のマザーグース その1■
AD1934年。
とある田舎町に一人の娘がいた。

彼女はその土地の有力者の長女であり、将来の嫁入りに向け様々なお稽古を押し付けられる哀れな子供だった。
しかし、彼女を憐れむ必要は微塵もない。

彼女は奔放だった。
そして彼女は足が速かった。

親の決めた習い事など、嫌だと思えばすぐにその俊足で逃げ出したし、将来のことは自分で決めると言って憚(はばか)らなかった。

彼女はとんだはねっかえりだったのだ。
当時8歳。
名を、「若葉 卯月(わかば うつき)」といった。


AD1934年。
とある田舎町に一人の娘がいた。

彼女には苗字がなかった。
彼女には両親がなかった。

そのように立場の弱い存在は、他の子供たちにとって格好のいじめの対象だった。

彼女は変わり者だった。
そして彼女は足が遅かった。

どんなに苛められても、彼女は笑っていた。
そんな様子がいじめる側の人間達をイラつかせ、いじめは加速した。
それでも、彼女は笑っていた。

名を、「幸(こう)」といい、その名の通りいつも幸せそうな子供だった。


家の手伝いを終えた田舎の子供たちの自由時間は決まって夕方だった。
日が沈むまでのわずかな時間、山の端まで出向いて草木と戯れたり、子供たち同志でじゃれあったりするのが彼らの日課であった。
そのような純朴な彼らの最近の流行は、……――――

「おっ甲(こう)、ホレ、起き上がってみぃ」「ギャハハハハ」「どんがめー!」

3人の子どもたちは口々にそう言いながら思い思いの暴力を振るう。
軽く蹴る者、嘲り嗤う者、棒でつつく者。

その輪の中心に蹲(うずくま)っているのは「幸(こう)」という少女だった。

鈍亀というのは、彼女のあだ名だ。
「お幸(こう)」という名の響きから連想される「お甲(甲羅)」と、彼女のゆっくりとした歩みが、そのようなあだ名の由来である。

身寄りのない幸(こう)は、季節に合わせて土地を転々としながら自然の恵みにあやかり生きていた。
今の彼女は子供たちのテリトリーである山で暮らしていた。
山の端は大人たちの目の届かない無法地帯だ。

「うわっ、またこいつ笑っとるぞ」「気持ち悪いのう」「うぎゃっ!!」

3人の子供のうち、一人が悲鳴をあげ、地面に転がった。
乱入してきた少女の捻り式ドロップキックがその子供を吹き飛ばしたのだ。

質の良い召し物を纏った少女はギラリと子供たちを睨み付けた。
それは過去に何度もあった出来事だ。
故に問答は必要ない。

「逃げろ逃げろ」「あーあ、浦島太郎のお出ましだ」「ふえぇ……いってぇよぉ……」

「泣くな泣くな」と蹴られた子供を励ましながら、子供たちは各々の家へと逃げ帰る。
いじめられていた少女は自らのみすぼらしい衣服についた泥を丁寧に払い、ゆっくりと立ち上がった。

「卯月(うつき)、ありがとう」

そう言ったみすぼらしい少女への返答は、大きな舌打ちだった。

「勘違いすんな。
俺はおめぇのことが大嫌いだ」

その言葉に嘘はない。
少女、若葉卯月(わかばうつき)は、お幸(こう)を嫌っていた。
抵抗もせずなすがままの彼女に苛立ちを覚えていた。

拳を握って立ち向かえとは言わない。
せめて「嫌だ」と、抵抗の意志を示せと、卯月は何度も少女を諭した。

しかし、何度言ってもみすぼらしい少女は困ったように笑うだけだった。

「おめぇより、徒党を組んで弱いモンいじめをするアイツらの方が嫌い。
……そんだけだ」

本当にそれだけ言い残して、正義感の強い兎は駆けて行った。
とり残された鈍亀は笑っていた。




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迷宮時計の秘密 その4

迷宮時計は破壊されても元に戻る。
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■3:ガールミーツヒューマノイド■
AD2044。深夜。

とある会社の展示場に一人の少女が“出現”した。
虚空からぼんやりとした光と共に彼女は現れた。

少女は目を閉じ、左の手首を自らの額に押しつけていた。
左の手首には、年季の入った腕時計が巻かれている。

おそるおそる目を開け、周囲の様子を確認した彼女は「良し」と、声を殺してガッツポーズをとった。
そうして「ありがとう」と心中で唱え、時計に軽く口づけをした。


(警備システムを把握しているとはいえ、ここに長居をするメリットはない)

少女は速やかに行動を開始する。

その会社は、とある警備会社の関連会社であった。
その会社の主力商品は警備ロボット、俗に「対魔人ヒューマノイド」と呼ばれるものだ。

――――約15年前に発生した魔人ボディーガードによる主人殺害事件以来、魔人が要人護衛のような職に就く際には厳正な審査が執り行われるようになった。
しかし、そのような審査を経て潔白が証明された魔人であっても、雇う側としてはどうしてもあの事件が頭をよぎってしまう。
そこで悩める金持ちや要人達は、魔人に拠(よ)らない防衛力の開発に着手した。
「対魔人ヒューマノイド」はそれに対する一つのアンサーだった。

(ええと……)

並び立つ商品を順番に物色していった少女は、7体目にしてようやく目標を発見した。

小さな背格好と可愛らしい外見、そしてそれと不釣合いなスーツ姿を確認してぶるりと、少女は震えた。
この幼女型ヒューマノイドを彼女は知っている。

(いたいた。……ううーっ)

かつての壮絶な戦いを思い出して、少しだけ体調が悪くなる。

(あの時は、よくも!)

少女は意趣返しの気持ちをほんのちょっぴりだけのせて、拳を幼女の額に軽くぶつけた。
人工皮膚の内のダンゲニウム合金が鈍い音を奏でる。
次の瞬間、

“Error. Do not correspond to this information input.”

「ひゃっ!?」

無音だった室内に、綺麗な発音の英語が響いた。
それは、起動した幼女型ヒューマノイドによるものであった。

「しィーっ! 静かにして。 ええと、ええーっと。
アイドントスピークイングリッシュ、プリーズスピークジャパニーズ。
あんどっ プリーズサイレント!」

覚束ない英語を頑張って捻出する。

「日本語 を 感知 しました
基本言語設定 を 日本語 に 変更 します
はじめまして ゲスト 様」

幼女のよく知った言語を聞き、ふぅーと、少女は息を吐いた。

「本日 は どのような ご用件で しょうか」

「ちょっと静かにしてもらってもいい?」

「承知 いたしました」

(どうしよう、起動しちゃった!
オンライン監視システムの通報から警備員の到着まであと3分くらいのはず。
急がなきゃ。)

少女は手早く腕時計を外し、文字盤の裏面を見やる。
非常口の明かりを手掛かりに細かい文字がびっしりと書かれたそれを凝視する。

【上上下下左右左右BA】 違う、これじゃない。
【aigiscomic】 違う、これでもない。
【A5 B2 B4 C1 C3 C5 D4 D5 E2】違う!
【ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺ】 もっと違う!
【火曜日、資源ゴミ】 お幸(こう)、何書いてんの!?

しばらく時間をおいて、彼女は13個のアルファベットと数字を口にした。
それは、幼女型ヒューマノイドの強制リセットコードだった。
チープな電子音が鳴った。

「ユーザー名 を 登録して 下さい」

「急いでるんだけど、それ省略できない?」

「ユーザー名 を 登録して 下さい」

「うー、『ウツキ』。
『ワカバ ウツキ』」

「よろしくお願いします ワカバ 様」

「はいはいよろしくよろしく
さぁ、行くよ!」

「つづいて 私 の パーソナルネーム を 設定して 下さい」

「うううっ!急いでるんだけど!」

「私 の パーソナルネーム を 設定して 下さい」

「ああぁっ!もおおおおおおおっ!」

そう叫んだ少女は目を瞑り時計を額に当てて考えた末に言った。

「『コウ』! 君は『コウ』だ!」

「パーソナルネーム を 設定 いたしました
つづいて 起動パスワード を 設定して 下さい」

「ううううううううううううっ!!」

警備員到着のバットエンドまで、残り2分!




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迷宮時計の秘密 その8

迷宮時計所有者は所持物を戦闘空間に持ち込める。
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■4:孫子曰く■

ぐううと、正午を知らせる腹の音が鳴った。

「ううっ、お腹すいたー」

狭い畳張りの一室。
ちゃぶ台の上に置かれたノートパソコンから目を放し、少女は畳へと倒れ込んだ。

「コ~ウ~」

「ウツキ 呼んだ?」

待機状態だった幼女型ヒューマノイドが起動する。

「リンゴむくから一緒に食べよっ」

「いいよ」

ちゃぶ台の上の鉢からリンゴを一個とり、果物ナイフを鞘から抜く。

――――あれから一週間、本当に私は頑張った。
過去最大の鉄火場、「警備会社からの大脱出」をナントカ乗り越え、
そのあと事前に調べておいた「成金氏」に泣きつき、未来世界での居場所を確保した。
成金氏は表裏の無い底抜けのお人よしだ。
恐らく彼はコウが盗品であることに気付いているし、私の素性を怪しんでもいる。
しかしそれでも、彼は必要な衣食住を与えた上で私たちを匿ってくれるのだ。
彼の人柄は信用に足る。
それは後の歴史が証明してくれている。

――――拠点を確保した後は、迷宮時計に纏わる戦いに備えた。
準備期間は一週間。
コウにティーチングを施し、できる限りの物資を整え、対戦相手や戦闘フィールドについて調べあげた。
……本当は銃火器が欲しかったけど、魔人ヤクザや魔人公安を敵に回すリスクを考えると不可能な話だ。
「銃を用意して欲しい」なんて言ったら、さすがの成金氏にも助走をつけて殴られるだろう。

少女がそんなことを考えているうちに、8匹のうさちゃんリンゴが皿に並んでいた。
しゃくりと、瑞々しいリンゴを少女はかじった。
その様子を凝視するコウ。

「おあがりよ」

その言葉を受け、コウは1匹を手に持ち、かじった。
遠慮なく、頭からだ。
うさぎの耳にあたる部分がせん断され、畳に落ちた。

まだまだ教えることはありそうだと、少女は思う。

――――敵だった時はただただ恐ろしい存在だったが、こうして仲間にしてみるとこれほど心強い存在もない。
最大のリスクを負ってまで獲得した甲斐があった。

リンゴを豪快に咀嚼する幼女の頭を、少女はわしわしと撫でまわした。
それから、額に腕時計を当て、目を瞑る。

戦闘開始まで残り6時間。

机の上のノートパソコンは過去のニュースを示している。
「アメリカ合衆国大統領 プラチナ・ゴードン円満退任」