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プロローグ


飴石英プロローグSS『痒い所はありませんか?』


「硝子が割れる音が聴こえるんです」

目の前に座った少女はそう言った。
少女はキリコと名乗った。

「そう、ですか。他には?」
「少し足が痛みます」

清潔感のある白い部屋には僕と少女と看護師が居る。
消毒液の匂いがする。

「とても怖い思いをされましたからね。その時に感じた事が頭に蘇るというのは不思議な事ではありませんよ」

暴走した大型トラックが買い物客で賑わうショッピングモールに突っ込んだのは数時間前の事だった。
運転手は即死、多数の死者と怪我人がでた。
少女はその事故の只中に居たのだ。
幸いな事に少女は擦り傷だったが目の前で多くの人が死んだ。
見た目は落ち着いているが心に傷を負ってしまっても不思議はない。
硝子、ショーウィンドは粉々に砕けそのガラス片が突き刺さって死んだ人も居たという。
トラックのフロントガラスを突き破るように運転手が死んでいたとも。
無理もない。
硝子の割れる音が心に深く残ってしまったのかもしれない。
慎重に時間をかけて癒していくしかないだろう。

「怪我は大したことはありませんでしたから、痛みが引いてきたら包帯は外していただいて結構です。それと薬を幾つか出しておきましょう。青い錠剤のほうは怖くなったり不安になった時に一錠だけ飲んでください。不安を和らげる薬です。少し眠くなるかもしれませんが問題はありません。白い方は寝付きが良くなるお薬です。もし眠れないようでしたら一錠飲んでください。」
「はい、わかりました」
「ご家族の方に連絡などは」
「いえ、両親はもういません。妹弟と一緒に暮らしているので早く帰らないと心配するかも」
「そうですか。受付の所には市のサービスセンターも併設されていますから。市では福祉や支援のサービスを実施していますので。悩みなどカウンセリングも僕のほうでできますから、何かお困りでしたらいつでもいらしてください。」
「ありがとうございます、先生」
「お大事に」

少女は椅子から立ち上がり看護師に促されて部屋をでる。

「あ、そういえば」

部屋を出る寸前に少女はこちらを振り返った。
白いワンピースの裾がふわりと回った。

「なんでしょう?」
「いえ、少し気になったのですけれど」
「構いませんよ、何でも言ってみてください。」
「先ほど待合室で一緒だったお爺さんがしきりに頭を掻いていたのが気になって」
「ん、入院患者さんかな。病気によっては風呂に入る期間が空いてしまう人もいますから」
「それで、辺りを見てみたんですけれど、そういう方が何人かいらっしゃったので」
「そうですか、うーん」
「それで、少し気になったんです。それだけです。なんかどうでもいい話でした」
「いえいえ。そういう些細な事でも人に話しておくと気持ちが楽になりますよ」
「ありがとうございます先生。やっぱりちょっと怖かったんです。だから気になったのかもしれません。話して楽になりました。また来ます」

そう言って少女はにこりと微笑んだ。
前髪で表情は見え辛かったが、笑顔は悪いことじゃない。


仕事は早く終わった。
昨日は当直だったが事故ということでそのまま診療に駆り出されると思っていた。
しかし大きな事故の割にこちらへ回ってくる患者の数は少ない。
地域医療の連携という施策は上手く機能してたらしい。
政治というものにそれほど興味はなかったが、新しい市長は中々やり手のようだ。
午後の診察を待つ患者の間を通って出口へと向かう。

「…ゆ…」

患者を呼び出す声、待合の雑談。
そんな中、何かが聴こえた気がした。
声のした方を振り向くと一人の中年の患者が頭をぽりぽりと掻いている。
少女の言葉が頭に蘇った。

患者は僕の方を見ると曖昧な笑みを浮かべた。
瞳に艶のない何処を見ているかも判らない。
そのまま、その人は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

直ぐに看護師や警備員などが駆けつけてきたので僕の仕事にはならなかった。
脳卒中による突然死だと帰宅後に連絡を受けた。


ガス爆発事故だったのだという。

翌日の昼を少し過ぎた頃、急に患者が増えた理由を聞くとそういう事らしい。
僕は精神ケアをメインの業務とする医者であるが、緊急の際は他の科を手伝うこともある。

「先生、お疲れですか?」

目の前に座った少女がそう尋ねた。

「ええ、少し忙しかったので。それでも大変でしたね」
「いえ、私は。たまたま店を出た直後だったので爆発の勢いで転んでしまっただけですから」
「犠牲になった方には申し訳ないけれど、運が悪かったと思うしかないですよ。貴女のせいじゃない」
「そう言っていただけると、少し楽な気持ちになれます」

少女が病院に来る途中に立ち寄ったカフェで事故が起きたのだ。
運が悪いというしかない。

「先生」
「なんですか?」
「こんな事を考えてしまうのはおかしいと思われるかもしれませんが」
「いえ、気にせずに言ってください」
「私、命を狙われているのではないでしょうか」

思わず、否定したくなるが。
まだ、17歳。少女だ。

「考えすぎですよ」
「そうでしょうか?」
「では、怖がらずに聞いてくださいね?」
「はい」
「本当に貴女の命を狙ったとするなら、もっと確実な方法があるということです。トラック事故にガス爆発。こんな大規模なことを装って貴女を狙うほどの理由がありますか?」
「でも」
「仮に誰かがあなたの命を狙っていたとして、ここまで大規模な事を起こす連中が貴女に怪我らしい怪我すら負わせられていない。それは非現実的です」
「そう。そうですよね」
「そうですよ」

僕の言葉に少女は胸を撫で下ろす。
得てして想像力逞しい少年少女はこの手の妄想に囚われることはある。
そういった子供たちの中には大人の言葉を受け入れない子も少なくはない。
だけれども、彼女は冷静だった。
少し不安になっただけなのだ。

「申し訳ありません、先生。お忙しいのに」
「いえ、これも仕事ですから。患者さんに安心してもらえるのが僕の喜びです」
「本当に疲れているようにみえたので」
「そんなに疲れてみえましたか?確かに昨日の今日で忙しかったけれど」
「はい、先生がしきりに頭を掻いてらしたので。イライラしているのかな、と」

え?
ふと気づくと僕の右手が頭に伸びていた。

「ああ、そんな気はなかったんですが。無意識のうちに手が伸びていたのかな。不安にさせてしまったかもしれませんね」

昨日は夜勤明けで自宅に帰った、風呂には入ったと思うが疲れていたのでそのまま眠っていたのかもしれない。
カウンセリングを行う者は清潔感が大事だという恩師の言葉が蘇った

「でも、安心しました。今日は昨日より頭を掻いている人が多くて。何か病気が流行っているのかと心配したんです。でも先生はそんな事ないみたいだし。」
「あ、ああ。そうですね」

頭を掻いている?

「では先生、ありがとうございました」
「はい、お大事に」

少女が席を立つ。
考えすぎだろう。

「あっ」

部屋を出ようとした少女が何かに躓いたのか前のめりにしゃがみ込む。

「あ、大丈……」

咄嗟に僕は少女に手を差し出した。
ガシャン…。

「あ、あ?」

窓ガラスが割れる音。
何が起きたのか判らないといった顔で呻き声をあげて倒れる看護師。
どさり、と大きな音がした。

看護師の額には小さな穴があいていて。
そこから血と脳が流れだしていた。

直ぐに警備や警察がやってきて大きな騒ぎになった。

看護師の居た場所は、少女のすぐ後ろだった。
少女が転ばなければこうはならなかった。
彼女と一緒に仕事をするのは今日が初めてで名前も知らないが。

殆ど話す機会もないままに死んでしまった。
狙撃されたのだ。


がりがりがり。
頭を掻いている人が、多い。


「やはり命を狙われているのではないでしょうか」
「気にしすぎですよ」

このやりとりが続いている。
病室には僕と少女しかいない。
昨日は警察からの事情聴取もあり、とても疲れている。
かりかりかり。

「やはり、世界的な陰謀が」
「貴女がそれに関わっている事があるんですか」

無意味な会話だ。
だけれど無理はない。
確かに命を狙われたとしか思えない。
警察の話によると看護師の女性はヤクザと関わりがあり、恋愛関係のもつれから殺されたのだという。
かりかりかり。
それを少女に話したところで信じないだろう。
現実味のなさでいえば少女の話と大差ないからだ。

「宇宙からの侵略が」
「飛躍のしすぎです、そんなに不安にならないでください」
「きっと、頭に寄生されて」
「お薬を出しておきますから、不安な気持ちになったら飲んでください」

少女は部屋をでていく。
かりかりかり。
頭が痒い。

もう夕暮れか。
今日は早く眠ろう。
http://www.music-note.jp/bgm/mp3/0801/darkshadow_loop.wav

目の前で女性が頭を割られて倒れている。
なんだ、これは。

「先生、危ないところでしたね」

少女は微笑んだ。

「何をしているんだ?!君は!!」


昼前になって誰もこなくなった。
予約待ちの患者が遅刻することは珍しくはないが。
それなら、その事を看護師が知らせてくれるはずだ。

おかしいと思って廊下に出ても誰もいない。
妙に静かだ。
受付ロビーの方へ歩いていくと途中で看護師に出会った。
あまり面識がない看護師だが確か一度一緒に仕事をしたように思える。
頭をぽりぽり掻きながら歩いている。

「あ、君。ちょっと聞きたいんだけど」

声をかけると看護師はこちらを振り返り。
口を開こうとしたところで、頭を割られて死んだ。

倒れた看護師の向こう側で。
キリコと名乗った少女が微笑みながら立っていた。
手には透明な斧を持っている。
斧には血がついていた。
少女の白いワンピースも、少女の手も、少女の顔も血で染まっていた。


「危ないだって?何を言っているんだ!!」

僕はポケットに手を入れる。
使い慣れた手袋の感触。

「だってその人…、もうダメです」
「何?」

倒れたはずの看護師が立ち上がる。
ああ、思い出した。
誰かと思えば、二日前に頭を撃ち抜かれて死んだはずの看護師だった。

「し、あ、ら、ら、る、ら」

割れた顔面から黒い触手のようなものを生やして意味のわからない言葉を発する彼女は。
確かにもうダメだった。

両腕にはめた手袋の感触を確かめて僕は構えをとる。
手袋は瞬時に膨らみボクシンググローブ状の形態をとった。
重金属性のグローブの名は「フルメタルボンバー」。
僕の愛用する武器である。
二、三度のステップを踏んだあと軽いジャブを放った後の右ストレートが触手にまみれた看護師の頭を粉砕した。

キィン。
横薙ぎに振るわれた斧をフルメタルボンバーを使ったブロッキングでガードする。
この強度はただのガラスの類ではない。
少女は少し驚いた顔で僕を見た。
白いワンピースの裾がふわりとひらめく。
戦いに慣れた動き、魔人である事は疑いようもなかった。

「やっぱり、先生も私の命を狙っているんですね、だからこんな」
「この事態がなぜ起きたのかはわからないが、僕に敵対するなら患者といえども容赦はしないつもりだ」
「あの薬、あの薬ですね?私に飲ませようとしたあの薬が」
「君は狂っているのか?」
「そんな事はないです先生。狂っているのはきっと世界の方」

若い頃から僕は力を求めてきた。
自分の肉体を鍛える為にも医師となり薬品とトレーニングで力を磨いた。
精神の強さも戦いには必要だとのアドバイスから精神医学も学び結果としてこの仕事に就いている。
だが、やはり戦いとなると話は違う。
深く考えすぎるのはだめだ。
まず反射で動くべきなのだ。

精神を戦闘に適したものに切り替える。
こうすることで元々強化された肉体が更に強靭に変化する。

少女が舞うように飛び上がり斧を振り下ろす。
フルメタルボンバーでガード。
すかさずカウンターを放つ。
しかし、これを少女は受け止めた。

「ほら、やっぱり。気絶させるとかそういう攻撃じゃないじゃないですか」

すかさず放った蹴りを少女は奇妙に体を曲げて避ける。

「ずっとずっとずっと命を狙われていました」
「姉が居なくなってから、ずっとです」

僕のパンチと少女の斧が何度も火花を散らす。

「きっと、姉は世界の真実に触れてしまったんです」

きわどい一撃も少女は時に避け、時に受け流した。

「避けたりするのは得意なんです」

余裕、戦闘にもっとも無駄な物。

「だから助けないといけないんです」

僕は右腕に力を込める。

「ぬんっ!!」

僕のパンチを少女は斧で受ける。
だが、その瞬間、斧もろとも彼女は粉々に吹き飛んだ。
ガラスの割れる音が響く。

フルメタルボンバーには秘密の仕掛けがあった。
内部に一発きりの火薬と発火機構が仕込まれていて、拳の直撃の瞬間に起動することで爆発するのだ。
もちろんそれだけでこの威力は出せはしない。
さらに僕には魔人能力がある。
数々の実験によってデータを算出したことから『サンプル・パワー』と名付けた魔人能力は、僕の触れている物体の性能を飛躍的に高める効果を持つ。
フルメタルボンバーをサンプル・パワーで強化する事によって大砲並みの威力を得たのが必殺の右ストレート「カノン」である。

心を落ち着け僕はロビーに向かった。
予想したくない事だったが、予想通りロビーも血の海だった。
ガリガリガリ。

「くそっ」

なんてことだ。
ガシャン…。
ロビーを蠢くいくつかの影は頭からうねうねとした黒い触手をはやしている。
そのうちの一体が窓ガラスを叩き割ったのだ。

ゴンゴンゴンゴン。
患者服を着た誰かが壁に頭を打ち付けて、そのうちに動かなくなった。
しゃがみこんで頭をガリガリ掻いている人もいる。

くそ。
がりがりがりがり。

「とにかく、ここはダメだな」
「何がダメなんです?」

声のした方を見ると少女が立っている。

「君は」
「ねえ先生、何がダメなんですか?」
「この病院と君だ」
「ねえ先生」
「もう喋る必要はない」
「先生、さっきから何をイライラしているんですか?」

僕は構えをとる。
フルメタル・ボンバーの爆裂機構は左右に仕込まれている。
もう一発撃てるのだ。

「先生、さっきから頭を頻りに掻いていますけれど、大丈夫ですか?」

その声は唐突だった。
前にいたはずの少女の声が後ろから聴こえた。

振り向きざまに「カノン」を放つ。
しかし、その一撃は回避され。
僕の腕は斧で切断された。

「ダメなのは先生なんじゃないんですか?」

僕の意識は途切れた。
ガラスの割れる音が耳に残った。


静かな病室だった。
壁も床も赤く染まっている、とても静かだ。

僕は椅子に座っている。
目の前に女の人が座っている。
どこかで見たことがある顔だった。
頭が痒い。
今すぐにでも掻き毟りたい。
でも腕は動かなかった。

「ねえ、先生」

女の人は言った。
女の人、というより少女と言ったほうがいい容貌だった。
髪は黒く、瞳は琥珀色をしている。
少女の足元には人が寝ている。

「その砂時計を私が貰ってもいいですか?」

構わない、どうせ僕にはもう必要ない物だ。
何に使うものだったっけ。
そうだ、ここは僕の病室だ。
少女は僕の患者だった。

ぶつぶつと誰かが何かを呟いている声が聴こえる。
室内をウロウロと蠢く影がある。

「ねえ、先生」
「これは夢かい?」
「いいえ、先生。これは現実です、この悪夢こそが私にとっての現実」
「君は狂っているのだね」
「そうかもしれませんね」
「ねえ、先生」
「なんだい?何でも言ってみてごらん。些細な事でも人に話すと楽になる。」
「先生、先生はもうダメです。頭の中に入り込んでしまってはもうダメなんです」

頭がとても痒いのに腕が動かない。

「ねえ、先生」
「頭が痒いんだが腕が動かないんだ」

少女は悲しそうに微笑んだ。
そして、斧を振り上げる。

「痒い所はありませんか?」

目や鼻や耳から何かが這い出てくるのを感じながら僕は目を閉じた。
意識が途切れる前にガラスが割れる音が聴こえた。
僕の現実は砕け散ったのだ。

~~~~~~

終わり

関連するものとして
飴びいどろ のキャラ説を読むと良いと思います
飴びいどろの作者さんにはキャラの使用について一応許可を取っています
BGMはフリーの音楽素材をしようしました