プロローグ


さあ、さあ、御立会いの紳士淑女の皆様方。お目にかかり恐悦至極。
僕は折笠ネル。これより始まる、活劇の御案内を致す者。主演の一人でもございます。
どうぞ、そのまま御観覧をお願い致します。
では、本日の演目を御紹介致しましょう――




折笠ネルプロローグSS『わたしこそが、その陽気な夜の放浪者なのです』


対戦レギュレーション
【戦場】 劇場
【時代】 過去
【戦闘領域】 劇場内
【勝利条件】 対戦相手の殺害、戦闘不能、降参、または戦闘領域離脱

対戦キャラクター:折笠ネル
【破壊力】 B+ 【運動能力】 B 【攻撃射程】 A 【耐久力】 C+ 【知力】 B+ 【精神性】 B+
【特殊能力】 『廬斉夢蝶折据』:折紙で折った造形の具現化
対戦キャラクター:サンプル太郎
【破壊力】 A+ 【運動能力】 A 【攻撃射程】 D 【耐久力】 A 【知力】 C 【精神性】 A
【特殊能力】 『サンプル・パワー』:接触物に自身のパワーを注入強化





帝都近郊、吟河モダンホール。
客席は馬蹄形の三層構造。席数は1000席に近い。
舞台と客席の距離を限りなく詰め、臨場感を徹底的に追求した設計。
特筆すべきはその頑強さで、魔人同士の戦闘にも耐える徹底的な強度設計がなされているという。
魔人建築家の作とも噂されるが、そちらは推測の域を出ない。

豪奢で瀟洒な造りのその建物の中で、一人の男が、舞台の袖に降り立っていた。
均整の取れた筋肉を有する偉丈夫。
両手には重厚な鈍色に光る、ボクシンググローブのような籠手が嵌められている。
その男――名前も持たぬ男は、周囲を見渡す。緞帳が降りている。開演前の劇場といった風情か。

明かりは点いていない。暗闇の中、非常口の明かりが、かすかに場内を照らしている。
その中に男は、先客の気配を認めた。
パチン、と小さく音が鳴り、照明のスイッチが点けられる。
スイッチに手を伸ばした状態の人影が、シルエットを露わにする。

軍帽を被り、裾の長いミリタリーコートを羽織った女性。
前を開いたコートの中には軍人然とした服飾と軍刀のような者が垣間見えるが、かっちりとフォーマルばった上半身と比較して、下半身の太もも覗くミニスカート姿は、いささかミスマッチに見える。

だが、だからこそ。彼女がこの世界の住人ではなく、並行世界より迷宮時計の力により導かれた対戦者であることは明白であった。
彼女の名前は、折笠ネルと言った。
それを男は知っている。男の所持する迷宮時計が、闘うべき者たち、自分と相手の名を告げているからだ。

男には名がなかったが、自分の名が、サンプル太郎などという名に落とし込まれていることを知った。
呼び名に特に不満があるわけではない。そもそも必要がない。
男――サンプル太郎はただの作られた戦士。戦以外のことなど、殆どと言っていいほど興味は無かった。

サンプル太郎の許へ歩きながら、折笠ネルが滔々と語りかける。

「大和の狗まで、こんな戦いに介入してくるとは。
日本政府生体調査局試製強化魔人刺客被験体サンプル001“太郎”……噛みそうな名前だ。
迷宮時計は僕に優しいね。呼びやすいよう、サンプル太郎って名前を提案してくれるんだから」

「その見てくれは……アンタ、藤原の手芸師かあ」

折笠ネルは目を細める。

「温室育ちの君が知っているのか。よくも狗にまで教育熱心な親を持った」

サンプル太郎は、凶暴に笑う。
――あの退屈なお勉強も、役に立つ日が来るとは。

「よーく知ってるとも。戦についてはみっちり鍛えられたからなあ。歴史の授業でな」
「……科目を訂正させてやる、僕に学ぶべきは道徳だ。礼義の示し方を躾けてあげよう」
「ならばそうすればいいだろうが。アンタが頭を垂れることで、よお!」

サンプル太郎が一瞬低く屈み込み、直後、その肉体が一気に前方へ跳ぶ。
絶大な筋肉量と肉体強度が生み出す、猛烈な突進力。
それに対し折笠ネルが取った行動は、防御でも回避でもなかった。

「ちょっと待ったストップ!ストップ!血の気が多すぎるだろっ!」
両手を上げて静止する折笠の眼前で、サンプル太郎の強撃が止まる。
風圧で帽子が飛び、くしゃくしゃと髪が乱れた。

「……何のつもりだ?」

「そう怖い顔をしないでくれよ。……うわっ、髪の毛噛んじゃった」
彼女は帽子を拾い、埃を払いながら被り直す。

「……今普通にやり合って、か弱い僕が格闘魔人様に勝てるわけがないだろう」

「ならば、アンタは何をしに来た?」
サンプル太郎は訝しむ。

「君は、巻き込まれたわけではないんだろう?時計に触れる機会があるようには思えない。
大和の連中によって、調査のために送り込まれた内の一人。そんなところだと思っているんだけど」

サンプル太郎は答えない。折笠ネルはそれを肯定と捉える。

「そして、君自身の望みは他にある。僕はそう見立てているんだけど。
どうかな?僕に準備の時間をくれないか?まだ終わり切ってないんだよ」

「んなもん、わざわざ目の前に出てこず、コソコソ進めりゃあいいだろうが。
それをノコノコ出てきて見逃せ?舐めてんのか?」

「違うんだよ、僕は無駄な殺しが嫌いなんだ。
これでも平和主義者だからねえ……君もそうだろう?見ろよ」

袖から少しだけ、舞台の幕を開いてみせる。サンプル太郎に客席を覗かせる。
客席には、人がひしめいていた。開演前の喧騒が、こちらにまで聞こえてくる。

「これは……」
「そ。僕達の活劇を見にきた観客。迷宮時計とやらがお膳立てしたんだろうさ」

「――あの観客方、誓約書まで書いてるらしい。巻き込まれて死亡しても構いませんって。
筋金入りの狂人方だろう?そいつらを少しは楽しませたいじゃあないか」

「それにせっかくの劇場なんだ。この戦場設定を無駄にせず、有効に使わせてくれよ」
「君だって万全に準備した僕を倒したほうが楽しめるはずだろう?30分ほど時間をくれ」




客席の照明が落とされる。放送が始まる。

〈さあ、さあ、御立会いの紳士淑女の皆様方。お目にかかり恐悦至極。
僕は折笠ネル。これより始まる、活劇の御案内を致す者。主演の一人でもございます。
どうぞ、そのまま御観覧をお願い致します。
では、本日の演目を御紹介致しましょう――〉

演目:『わたしこそが、その陽気な夜の放浪者なのです』


対戦規約
【戦場】 劇場
【時代】 過去
【戦闘領域】 劇場内
【勝利条件】 対戦相手の殺害、戦闘不能、降参、または戦闘領域離脱

演者:折笠ネル
【破壊力】 B+ 【運動能力】 B 【攻撃射程】 A 【耐久力】 C+ 【知力】 B+ 【精神性】 B+
【特殊能力】 『廬斉夢蝶折据』:折紙で折った造形の具現化
演者:サンプル太郎
【破壊力】 A+ 【運動能力】 A 【攻撃射程】 D 【耐久力】 A 【知力】 C 【精神性】 A
【特殊能力】 『サンプル・パワー』:接触物に自身のパワーを注入強化


そして開演の幕は開く。


舞台に立っているのは、サンプル太郎ただ一人だ。スポットライトに照らされている。
「どこだ……どこに居る!」

周囲を見回す彼の頭上、舞台上から、何かが大量に降ってくる。
身構えるサンプル太郎の目に映ったのは、大量の白い紙片。

「……紙吹雪か?」

その紙吹雪の一つ一つが、サンプル太郎の眼前で雪に変じる。
その場を猛烈な吹雪が襲う!気温も急激に低下する!

「折形『関扉(せきのと)』!」

折笠ネルの能力『廬斉夢蝶折据』は、具現化の力。紙吹雪は本物の吹雪と化す!

吹雪で視界が乱れる中、折笠ネルは舞台袖のマイク台を発ち、舞台へと飛び込む。
次の攻撃準備が、すでに完了している。

「折形――『将門(まさかど)』!』

指の間に挟まれているのは、3枚の手裏剣の折り紙。
それが本物の手裏剣へと変じ、サンプル太郎へと正確に襲いかかる!

その投擲を、サンプル太郎は避けきれなかった。
手裏剣が額に突き刺さら――ない!

「そんなもんで、決まりと思ったかあ?」
哄笑するサンプル太郎!額には切り傷がかろうじて見えるのみ。

「そんなヘボい鈍らじゃあ、やられてやるわけにゃあいかねえさ」

彼の肉体強度は、格闘魔人並みにまで鍛えあげられていく。
刃一つで、容易く傷つけられるそれではない!


「まさか、これが必死こいた本気の策だったのかあ?興ざめだ」

拳を振りかぶる。グローブに仕込まれた『フルメタルボンバー』が突出される。
相手に触れた瞬間に内臓火薬で発火。ライフル弾の直撃並みの威力を発揮する代物だ。

それを折笠は、抜刀して受け止める。

「馬鹿か?」
サンプル太郎は嘲った。この衝撃が剣で止まるものか。

彼女の刀、『加州折笠信文』は、紙を巻いただけの代物である。
本質的には、新聞紙を巻いて拵えた剣と何ら変わりはない。
だが、それを折紙の真髄に迫ったものが行えばどうか?
その強度は、そのしなやかさは。鋼鉄の剣をも凌駕する!

事実、その刀はサンプル太郎の『フルメタルボンバー』を耐え切っていた。

「馬鹿か?だよ、ほんっと。腕が痺れそうだ」
折笠は刀を正眼に構える。

「防ぐのか!それじゃあもう一撃やってみるかあ!」

サンプル太郎は、逆の手で再び『フルメタルボンバー』を突き出す。

「愚直に二撃目を叩き込む?いや、まさかそんなはずがない――」

「ご名答。『サンプル・パワー』」





肉の焼け焦げる臭いが、舞台に充満している。
大砲の直撃に匹敵する一撃。耐久振りの魔人でもなければ、確実に絶命するはずの必殺技。
サンプル太郎は警戒を解かない。能力使用直後は、一番の隙があるからだ。
注ぎ込んだパワーが戻るまでは、常人並みの身体能力となってしまう。

「千羽じゃ足りなかったか……威力が高過ぎるっての」
胸を押さえながら、立ち上がる女性の姿がある。
手に握られているのは、柄だけになった加州織笠信文。
刀身は千羽鶴へと変じており、そのどれもが焼け落ちて悪臭を呈する。

身体を押さえた手の回りに、焼け跡が覗く。
千にもおよぶ鶴の肉壁をもってしても、軽減しきれないほどの威力。
これがサンプル太郎の魔人能力『サンプル・パワー』と、兵装『フルメタルボンバー』の合わせ技だ。

「……胸元ばかり見ないでくれるかい、男の子」
「板に欲情する趣味はねえ」
「殺すぞ」


服から覗く肌を折り紙で塞ぎ、折笠ネルは距離を取る。

「まあいいさ。君の最強は見せてもらった……そろそろこちらも見せる頃合いだろう」

両手を広げ、観客席に向き直る。

「貴卿らの手元、事前にお渡しした小冊子(パンフレット)を御取りませ!」
「裏表紙を御覧じよ!その指示の通りに折りなさいませ」
「折り目は抜け目なく付けさせて頂いた。
貴卿らでも富む者の如き仕上げと――わっととと危なっ!口上の途中に攻撃するんじゃない、お馬鹿!」

蛙と風船の折り紙を同時展開する。踏み潰れる蛙と踏み割れる風船で、足元を少しでも乱す時間稼ぎ。
のらりくらりと躱す。鶴をどんどん盾にして、拳撃をとにかくいなし続ける。
折り鶴を駆使し、空中にも逃れる挙動を取る。とにかく距離を、距離を!

舞台の中央で、タン、っと靴音を響かせて停止する。
にやりと笑んでみせる。サンプル太郎は距離を少しおいたまま、その様子をうかがう。

「完成しましたね?ではこの様に構えて、スポットライトの差す方へ向け下さい」

対象を焼くかの如き強烈な露光が、舞台の中心へと集中している。
スポットライトに照らされているのは、折笠ネルの背中。影になったその先には、サンプル太郎の姿。
観客の全員がそちらに向けて、折り上げたパンフレットの角を向ける。

「佳く、佳く御覧じよ。これが僕の用意した最終幕(フィナーレ)
はい、の合図とともに、一斉に手を振っていただきたい!では――」

折笠ネルの体が、舞台の外に身を投げる。

「はい!」


乾いた破裂音が、ホールに無数に反響した。





「――モチーフは、紙鉄砲。これが、折形『椿説(ちんぜい)』にございます」

殺到した千の射線の先は、サンプル太郎のみとなった舞台中央部。

ナイフに耐える表皮も、具現化した千の紙鉄砲による一斉射には持ちこたえない。
着弾のたびに、サンプル太郎の体が小刻みに躍る。無数の銃創が穿たれていく。

「もう一度、はい!」折笠ネルに容赦はない。千の紙鉄砲による二撃。
最早立つことすら叶わず、サンプル太郎の身体は舞台に倒れ伏した。

舞台の外から、よじ登る影があった。折笠ネルの姿。
少女は舞台の中央に戻ると、帽子を取りながら恭しく一礼をする。

「それでは皆さん。これにて失礼」

照明が落ちていく。紙吹雪が舞う。
紙吹雪が、再び本物の吹雪へと変じる。
暗闇と吹雪が舞台を覆っていく中、緞帳は徐々に降りていった。





『わたしこそが、その陽気な夜の放浪者なのです』 劇終

最終更新:2014年12月07日 21:32