エピローグ雑文『ほりりん・さいりくす』


聖杯をもじるのなら素直に「ほりりん・ぐれいる」と名付ければ良いものを、更に捻って耳慣れない「サイリクス」などという単語を持ち出してしまう所に、ほりりん氏の人柄が偲ばれる。
“さいりくす”は、ほりりん氏がかつて開設していたウェブサイトの名である。
当時の雰囲気を一言で表すならば「ほめぱげ」と言えば伝わりやすいかもしれない。
もっとも、往時の彼に向かって「ほめぱげ」などという単語を使おうものなら、ホームページという呼称がいかに不適切かを述べた長文の電子メールが飛んでくるのがオチだろうが。

ほりりん氏は、雑文書きであった。
雑文書きとは、大雑把に説明するならば今で言うブロガーに近い人種である。
ブログ作成サービスが誕生する少し前の時代、雑文書き達は手書きのHTMLによるテキストを、各自のサイトで競うように発表していた。
雑文に、決まった型はない。
日記風フィクションであったり、正味日記であったり、エッセイ、小論文、ファンタジー、SF、何でもありだった。
共通点は、読み物として書かれていて、読者を面白がらせることを主題とした短いテキスト文書であること、だろうか。
画像が用いられることは稀で、フォントを大きくしたり着色したりする表現もあまり好まれなかった。
そういう意味では、ダンゲロスSSも一種の雑文と言っても良いかもしれない。

後に小説家となったジャッキー大西氏ほどの人気を博していた訳でもないが、ほりりん氏の雑文もそこそこの読者を集めていた。
読者という言葉を使ったが、その多くは私も含めて同業の雑文書きである。
雑文書き達は相互リンクによって緩やかなコミュニティを形成し、時折オフ会も開催されていた。
この辺もダンゲロスと似ているかもしれない。

当初、ほりりん氏の作風は、理知的でシニカルな、やや冷たい印象を受けるものであった。
だが、『タンポポを支える妖精に出会った』と題する短編ファンタジーを発表したことを境に、彼の作風は大きく変わった。
温かみのある日常の情景をユーモラスに描いた作品が増え、ネット越しにも「ははあ、こいつめ彼女ができやがったな」ということが伝わってきた。
だから、彼が「来年結婚します」とサイト上で発表した時には、手作りCGIで動作する掲示板は山のような祝福の言葉で埋め尽くされたのだった。

彼の訃報を聞いたのは、忘れもしない1998年12月13日、日曜日。
凄惨な殺人事件を告げるニュースに、オフ会で見慣れた顔が映されたのを見て、私は我が目を疑った。
堀町臨次という本名は、その時はじめて知った。
あまりの衝撃に私は、なるほど、堀町臨次を略して「ほりりん」なのか、と間抜けな感想しか抱けなかった。
その後、バラエティー番組で連日のように流された彼や婚約者の生活は、雑文越しに想像していた彼らの日常と寸分たがわぬものであった。

犯人は捕まらなかったどころか、噂話に尾ひれが付いて都市伝説化してしまう始末。
氏を忍ぶオフ会は、彼にゆかりの深いレストランで数回開催されたが、美しい花に囲まれながらも明るい話題もなく、その後開かれなくなった。

だが、それも終わりだ。
我らがミスター・チャンプが、やってくれたのだ。
皆さんは、チャンプの最新試合動画をもうご覧になっただろうか。
対戦相手は、あの煉鉄の元・魔法少女キュア・エフォートと、都市伝説の怪物・シシキリである。
ほりりん氏の命を奪ったシシキリが、まさか実在していたなんて。
そして、チャンプがそれを倒してしまうなんて。
例のコピペそのものだが、プロレスラーってすごい。改めてそう思いました。

先日、ほりりん氏を偲ぶオフ会が、件のレストランで十数年振りに開かれた。
かつて雑文の腕を競いあった戦友達。
今でも雑文を書き続けている者はほとんどいないが、同じ時代を生きたかけがえのない仲間達だ。
興奮がちにチャンプの戦いぶりを讃える我々は皆、長年の憑き物が取れたような顔をしていたと思う。

ほりりん氏と、婚約者さんの冥福を祈って杯が掲げられた。
故人を偲ぶ席だから、しめやかに黙祷を捧げるのが本来あるべき姿かもしれないが、今回ばかりは特別だ。
「ウィー! アー!! チャンプ!!!」
全員揃って景気の良い音頭を取り、ワイングラスをかち合わせて澄んだ音を響かせる。
花いっぱいの落ち着いたレストランに相応しくない騒ぎだが、店主の女性も微笑んでくれていた。
彼女の視線は、我々ではなく、我々の後ろに飾られていた美しい花々でもなく、綺麗な花の更に奥に注がれていたような気がしたが、その意味はよく解らなかった。

(おしまい)

※ダンゲロスSS4はフィクションであり、実在のダンゲロスプレイヤーやその配偶者と、堀町臨次、祝薗盛華およびDr.デイドリームはそれほど関係ありません。

最終更新:2014年11月30日 21:37