準決勝戦SS・孤島その1


 馴染おさなの感情のスイッチは今、冷酷に振りきれていた。
 なんて無力なのだろうか。馴染おさなはそう思った。
 あとはこの対戦相手、撫津美弥子が殺されるのを待てばいい。
 もしかしたら後で良心が咎めるかもしれない。だが今はそんな感情は一切湧かない。
 勝つんだ。俺君の為に。

「……ごめんね、こんなこと頼んじゃって……でも……こうするしかないの、お願い―――」

 銃声が鳴り響く。心地よい曲が聞こえてきた。


―――――


「次の対戦相手、決まったでしたか?」
「うん……馴染、おさな……女の人かな?……場所は……孤島」
「孤島……大丈夫なの?」

 撫津美弥子は二人の友人、読小路麗華とシェルロッタ・ロマルティナと共に時計を眺める。
 ちょっと窮屈になりながらも二人の温かさが少し心地いい。
 孤島、ということはまたサバンナの時のように気候で大変な目に遭うかもしれないと美弥子は考えた。
 寒かった時の為にカイロや、逆に暑かった時の為に氷嚢が必要かもしれない。

「孤島で生活する事になりもうした時の為に釣竿が必要ですのか?」

 シェルロッタが問うが、あいにくと釣竿など美弥子の家には存在しない。

「美弥子が負けるのなんてありえないから釣りなんて必要ないの」

 麗華にもこのようにたしなめられ、釣竿は必要ないという結論に落ち着いた。
 結局、この程度の場数で本来の戦闘に何が必要なのかという答えが彼女達に出せるはずもなく、幸い明日は日曜ということでまた集まって相談をするという事になった。
 明日の12時00分、再び戦いへと身を投じる事になる。美弥子はそう思っていた。
 しかし、美弥子達は……やはりまだ知らなかったのだ。
 戦いというものが、そんな生易しいものではなかったのだということを。


―――――


「あぁ……が、ふァ……ッ!!」
「……シェルロッタ!!」

 シェルロッタは壁に激突し、呻きながら倒れる。
 男は恍惚とした表情を浮かべ自らの光り輝く拳をさする。

「いい……小学生女児の悲鳴!もっといい声で鳴けよォッ!!」

 その男は簡素なシャツとジーンズ、そこから細身でありながらもそれなりの筋肉が見え隠れしている。
 そして体からは、さらに一回り大きな人型の光り輝くオーラを身に纏っている。

「……なに光り輝いてんのよッ!光が当たっただけで吹っ飛ぶなんておかしいでしょうがッ!!」

 美弥子が男の拳を眺めてびしりとツッコミをする。
 男は何を馬鹿な事を、と言いながら下卑た笑いを浮かべる。

「これは俺の魔人能力、『オールライトオーラ』!光り輝く俺のオーラは自由自在に……あれ?」

 男は違和感を感じ、掌を握っては開く。先程まで出ていた眩いばかりに輝いていたオーラがまるで出てこない。
 直後、男の体に強い衝撃が走る。体が吹き飛ぶ。痛みを感じる。
 彼は扉と共に男が大きく回転しながら向かいの家の壁にぶつかった。


―――――


「……だからなめるなって言ったのに」

 家の扉と共に吹き飛ぶ男を少し離れた位置から眺め舌打ちをする一人の女……馴染おさな。
 彼女は次の戦場が孤島であると知り、再び対戦相手を転送前に黙らせるという手段に出ていた。
 まず彼女が行った事は撫津美弥子について調べる事。
 夜通し調べる、といきたいところであったが寝不足は美容の大敵だ。ここで怠るわけにはいかない。
 調査の為に幼馴染みにした盗撮能力所有者である薩摩藤(さつま とう)は、俺はロリコンじゃないんだけどなあ、とのたまっておきながらいざ情報を得る段階になると調査を忘れて勝手にデレデレする役立たずでしかなく、あまりにもキモかったので思わず殺してしまった。
 結果としてわかったことはせいぜい他にも魔人らしき友人が二人存在しているという事だけ。
 しかし、おさなにとってこの二人の友人は非常に面倒な存在であった。

 能力によって幼馴染みにする事が出来るのは同一世界上に一人のみ。
 ただでさえやや幼く、幼馴染み感の初期値が低くなりがちな相手だというのに、さらに近くに本来の幼馴染みがいる状況では例え幼馴染みにしてもボロが出るのが早くなってしまう。
 誰かが一人でいるところを狙って一気に幼馴染み感を高め奇襲を仕掛けさせる事も考えたが、彼女達は一度も家に出ることなくいつのまにか全員が美弥子の家に集合していた。
 これは読小路麗華が『貴女の元へ(好きな場所へワープ出来る能力)』によってシェルロッタの家、そして美弥子の家へと直接移動してしまった為である。
 目論見を外したおさなは一人の男と連絡を取る。
 それが先程の男、兵戸南世李(へいど なより)。おさなは彼に素早く来るように頼みこんだ。

 おさなが彼にこだわったのには理由がある。
 いくら彼女の能力が強力とはいえ、小学生を襲えなどと言う幼馴染みを人はどう思うだろうか。
 幼馴染み自身が疑問に思わなかったとしてそれの取り巻き等が少しでも戸惑ってしまえばそこから面倒なことに陥る可能性も存在する。
 時間がないとはいえ、いや時間がないからこそ、後々の事を考えて無用な不信感を持たれる事態は避けておきたかった。
 故に殆ど友人が存在せず、多少の事では敗北しないだけの強さを持ち、小学生を襲う事に躊躇せず、そしてこの場で捨てても問題ないであろう幼馴染みを求めた。
 南世李はその条件にぴったりだったというわけだ。
 しかし彼は旅行に出ているから等とのたまい、ここまで連れてくるのに決して短くない時間を労してしまった。
 その結果、現在の時刻は11時30分。戦闘開始まであと30分しかない。
 もう時間がない。確実に排除してほしい。そう言ったにも関わらずこの体たらく。
 南世李は美弥子のツッコミによって無傷の状態へと戻ったシェルロッタのバネ突進(彼女の能力は自らの体の形を作りかえる『Metamorphose(メタモルフォーゼ)』である)による反撃を喰らったのだ。
 おさなは携帯で南世李に連絡をとる。

「南世李君!大丈夫?」
「ち、ちくしょう……しかし、小学生からの頭突きは悪くねえ……」

 思わずぶん殴りにいきたくなったがそれはおくびにも出さない。
 この程度の幼馴染みに出すような反吐はもはやおさなには存在しない。

「ちょうどいい小学生教えてあげたんだから、感謝してよね……南世李君にぴったりな、嬲り甲斐のある女子小学生を、さ」
「あぁ……ありゃ三人ともぴったりだ……ドアを開けた時、用心のかけらもなかったぜ……ああいう子がいい……たっぷり殴ってから悦ばせてやる……」
「……時々は、私の相手もしてくれたらいいのに……」
「……え……」
「う、ううん、なんでもない!さあ、あの小学生達をなんとかして!南世李君!」
「お、おう!」

 再び撫津美弥子の家の中に入っていく南世李を冷めた目で見送りながらおさなは時計を眺めた。残り時間は既に25分を切っている。
 例えこの場で殺しきれずとも、少しだけでも弱らせてさえくれれば勝率はグンと上がる。
 そして戦いが終わった後ここで起こった事件の全ての責任は南世李が被ってくれる。その為に今、積極的に関わる事はしない。
 おさなはこの場から離れて戦闘開始時間まで待つことにした。


―――――


「……ドア、さらに壊しちゃってごめんなしてです……」
「う、うん……まあ、もう、仕方ないよね……」

 美弥子の家のドアは、南世李が侵入した際に既に破壊されてしまっていた。
 その音に驚いた三人が二階から玄関へと降りた所、南世李とはちあわせる形となり、ドアの事にツッコミをする余裕などなかった。
 もし仮にドアが壊れた原因が今のシェルロッタの攻撃だけだったとしても、ツッコミをすればドアが直ると同時にあの男に与えたダメージもなかった事になってしまうだろう。
 両親はちょうど外出中。出来る事なら心配はかけたくなかった。だが、もうどうしようもない。

「今のうちに外に逃げましたるな」
「……任せて、裏から逃げるの」

 三人は再び二階へと戻る、麗華が窓から外を眺め二人と手を繋ぐ。
 彼女のワープはしっかりと飛ぶ場所を思い浮かねば機能しない。
 逆に言えば自分が今、眺めている場所であれば簡単に飛べるということだ。

「れ、麗華、三人で飛んで大丈夫なの?」
「ちょっと心配だけど……これくらいの距離なら、大丈夫のはずなの……」

 麗華の魔人としての力はあまり強くない。
 自分を含め二人程度ならば、近所程度の距離は殆ど苦は無く移動する事が出来る。だが三人同時となると一気に消費する体力が多くなってしまう。

「……みやタン、れいタン、あたしはここで食い止めるでしてす」
「シェルロッタ!?何言ってるの!?」
「その方がみやタンもれいタンも安全であったので」
「シェルロッタが危険だよ!!」
「みやタンはこれからもっと危険であるでしたもの」

 美弥子は言葉に詰まる。
 これが今回の対戦相手である馴染おさなの妨害である事ぐらいは、流石に美弥子達にもすぐに理解出来た。
 今回の対戦相手はこれくらいの事を平気でするような人間なのだ。
 美弥子が勝利する為には、ここで彼女が怪我を負ってはいけない。だから。でも。

「みやタンは荷物も持ってかないといけないですな?れいタンの負担は少ない方がいいでして……」
「タロマルのくせにれいかの心配なんて……」
『どこだァ幼女達ィ……フヘヘ、たっぷりかわいがってやるぜェ……!』
「もう時間がないのでありまして!あたしはいくでしたか!」
「シェルロッタ!!」

 二人の制止を振り切り、シェルロッタは美弥子の部屋を飛び出した。
 追おうとする美弥子の腕を麗華は強く握る。
 そしてそのまま能力を発動―――
 二人は麗華の部屋の大きなベッドの上に飛んでいた。

「れ、麗華……!」
「ごめん、美弥子……咄嗟だったから、ランドセル、忘れてきちゃったの……」
「そ、それより……シェルロッタが……!」
「美弥子、タロマルは強い子だから、大丈夫なの……」

 麗華がぜえぜえと息を切らしながらも美弥子に言う。
 美弥子を無理矢理に連れてきた事、そして移動場所を考えている余裕がなかった為に咄嗟に思いついた自分の部屋に飛んだ事が負荷になったのかもしれないと麗華は思ったが口には出さなかった。
 そして今度は腕の代わりに両肩を掴み、彼女の目を見る。

「美弥子、今、れいかが……ランドセル、ちゃんと取ってくるから」
「……麗華……」
「タロマルも、無事だったら、ちゃんと連れてくるの……心配、いらないの……だから、少し、待ってて」
「…………」
「……ごめん、美弥子」

 何かを言いたげな美弥子の唇に麗華は一瞬だけ口付ける。そして手を離した。

「えっ、ちょ……っ!?」
「……ふふ、れいかだけ仲間はずれは、いやだった、だけだから……ごめん、ね」

 慌てる美弥子に麗華は少しだけ微笑むと、再び能力を発動する。
 麗華の部屋には一人、美弥子だけが残った。
 美弥子は麗華の言う通りに大人しく隠れて待つことにした。

 11時40分。二人は戻ってこなかった。美弥子は不安な気持ちを抑えた。
 11時50分。二人は戻ってこなかった。美弥子は今すぐ探しに行きたい気持ちを押し殺した。
 11時55分。二人は戻ってこなかった。美弥子はこの部屋にあった物を少しだけでも持っていくことにした。

 そして二人が現れる事がないまま……迷宮時計は12時00分を知らせた―――


―――――


「……全く、使えない奴ばっかり」

 目の前に広がる木々を眺めながら、おさなは呟いた。
 結局南世李は美弥子を殺せなかった。
 あの二人に長々と妨害され続けた挙句、あれほど美弥子を狙えと言ったにも関わらず残りの二人で十分に満足してしまっていたらしい。
 流石に頼んだ仕事すらろくに出来ないような無能だとは思わなかった。今回の幼馴染み選びは失敗続きだ。

 幼馴染み選び、か。

 こんな風に彼らを消耗品のように扱う事に抵抗を覚えなくなったのは一体いつの頃からだっただろう。
 幼馴染み(秘密基地夫)を殺した時からだっただろうか。幼馴染み(種人光)を使い捨てた時や幼馴染み(子作太陽)を殺した時にはもう抵抗はなかったはずだ。
 幼馴染み(身体強化百姉妹)を利用する事にもはやためらいはなく、幼馴染み(LOVE彩の国☆埼黒ンの頭領)と出会った時も便利な存在だとしか思わなかった。
 ……今更引き返せはしない、全ては幼馴染み(久坂俺)の為に。

 まずは次の手をどうするか。撫津美弥子を幼馴染みとするか。しかし流石に南世李が自分の差し金であるということはバレているだろう。既に彼女の幼馴染みとなるには幼馴染み感が下がりすぎてしまっている。
 やはり最初から自分が手を下しておくべきだったか、いや、今更考えても仕方のない事だ。
 彼女が戦闘に強いタイプの魔人でなければ、力押しで容易く勝てるはず。ここまで来てしまったらそうであることを願うしかない。

 がさり、不意に背後から音がした。
 何かが間違いなくこちらに向かってきている。撫津美弥子か、それとももしかしたら、猛獣か何かかもしれない。
 おさなは懐の銃をさすり、いつでも取れるように準備をした。撫津美弥子や猛獣であれば即座に撃つ。
 だが、おさなにはもうひとつ取れる戦術がある。

「あー、くっそ……はぐれちまったな……どうしたもんか」

 人、しかも、撫津美弥子ではない。
 馴染おさなは、心の中でにこりと微笑んだ。

「……ん?人……?」

 年齢は、二十歳くらいか。カウボーイハットを目深に被りワイシャツの上から皮のジャケットを身につけている。この孤島にやってきた冒険家、といった風体だ。

「あ、あの……」
「ん?君は……?」
「助けてください!私……今、追われてるんです!!」
「おおっ!?」

 話の通じる相手と判断した瞬間、おさなは助けを求める。

「あの、私、その……あの」
「お、おう、オーケーオーケー、まずは話を聞こうじゃないか」
「は、はい、その……あの、私……えと、でも……あなたは……?」
「俺?俺はトレジャーハンターさ」
「……えと、そうじゃなくって……名前……聞いても……?」
「あ、ああ、名前ね、俺は―――」


―――――


「……」

 この空間に現れた美弥子の目に飛び込んだのは鬱蒼とした木々、無造作に生えた雑草、辺りからは鳥の鳴き声らしき異音が響き渡り、じめじめとした不快な空気がある。
 それはまるで以前に四人で迷い込んだ樹海のようであった。
 勝たなくては、この場に取り残される。おそらくその際の死亡率はサバンナ以上だろう。

「……麗華、シェルロッタ。」

 何より美弥子は、麗華とシェルロッタが心配で仕方がなかった。
 ここに来るまでは、きっと戻ってきてくれるだろうという気持ちでずっと待っていた。
 しかし、結局二人は戻ってくることはなかった。
 二人は……無事なのだろうか、それすらわからない。

「……どうして、こんなことになっちゃうのさ……」

 美弥子は思わずその場にしゃがみこんでしまった。
 今までは最悪でも、苦労するのは自分だけだと思っていたのに。
 麗華も、シェルロッタも、きっと今回の事でお父さんとお母さんにも心配をかけてしまうだろう。

「私はただ……眞雪に帰ってきてほしいだけなのに……」

 ……しばらくしゃがみこんでいた美弥子だったが、やがて両頬をぱしんと叩いて自分を奮いあがらせ、立ちあがった。

「大丈夫、二人は、きっと無事だから……だから……すぐ、戻って助けに行くから」 


―――――


「で、だ、これが『クロックワークブランダーバス』って言ってな。一見オルゴールだけど本当に弾が撃てるんだよ」
「へえ!すごいすごい!そんな武器があるんだぁ!!」

 おさなはその銃型のオルゴールを興味深げに眺める。これは当たりかもしれない。おさなはそう思った。
 腕はまだわからないが、少なくともなかなかの数の武器を所持している。もしこいつ自身が役立たずでもいざとなれば自分が扱ってしまえばいいのだ。

「……それでね、私はその子と戦わなくちゃいけないの……見た目は小学生だから、私も、その、出来れば戦いたくないんだけど……」
「ふぅーむ、なるほどね」

 本来の世界と違ってここでは先の事は考えなくてもいい。ある程度無理にでも言いくるめて疑問に思われる前に相手を殺してしまえばいい。
 もちろんその為に細やかな幼馴染み感を増やす努力も忘れない。

「助けてほしい……なんて、あはは……そんなこと急に言われても困るよね」
「……いや、俺も戦うよ、やってみるさ」
「……本当に?へへ、そういう優しいとこ、変わらないね」
「よせって、昔の話はさ!」

 さて、撫津美弥子は一体どこにいるのだろうか。
 勝手に野たれ死んでくれるなら結構な事だがそういうわけにもいかないだろう。
 探しに行くべきか、それともあちらから来るのを待つべきか。

「よし、じゃあ行くか!その子はこっちにいそうな気がするぜ!」
「え、ちょ、ちょっと……」
「大丈夫だ!俺のトレジャーハンターとしての勘がそう言ってる!」

 なんて無茶苦茶な。トレジャーハンターの勘って。
 これで見つからなかったらどうしてくれようか。おさなはそんな事を考えながらも無駄に抵抗したりせず、手を引かれて走り出す事にした。


―――――


「まさか……本当にいるなんてね」
「い、言った通りだったろ」
「なんで動揺してるのよ」

 思わず変なツッコミをしてしまったが、そこにいるのは間違いなく撫津美弥子。
 偶然でも何でもいい、今からなら奇襲を仕掛けられるだろう。

「よし、どうする!とりあえず撃つか!」
「いやいや待って待って、もうちょっとこう、ちゃんとした作戦をさ」
「しかしこういうのって先手必勝じゃないか?」
「それは確かにそうだけど……」
「さっそく『クロックワークブランダーバス』の威力を見せようか!それともナイフ投げるか!?そっちも得意だぞ俺は!!」
「いや、どっちでもいいってかそんな大きな声出したら気付かれる……!」

 撫津美弥子が明らかにこちらを睨みつけている。どうみても完全に気付かれている。

「気付かれたか……敵もなかなかやるな……」
「あんたのせいだ馬鹿!!」

 い、いけない、思わず口をついて出てしまった。
 しっかり幼馴染み感を高めておかないといけないというのに……変なボロが出る前に片付けるしかない。
 おさなはそう考えつつ懐の銃を確認する。

「……『クロックワークブランダーバス』……?」
「……?」

 美弥子はその名前……『クロックワークブランダーバス』という武器の名前に聞き覚えがあった。
 そして目の前にいる二人のうち一人のその特徴的な姿……それは彼女が迷宮時計を手に入れてから初めて戦った対戦相手……希保志遊世によく似ていた。
 しかし、違う。希保志遊世ではない。決定的に違っている。

「よっし!どうする!とりあえず撃つか!」
「ちょ、ちょっと落ち付いてくれないかな、とりあえず」

 その時、美弥子、おさなの両名は経緯やそこに含めた意味はやや違うものの、文章にしてしまえば概ね同じことを考えていた。

 ……一体なんなのだろうか、この女は。と。


―――――


「どうする?二対一だけど、降参する気はある?」
「……」
「まあ、そうよね」

 当然おさなも本気で相手が降参するだろうなどとは思っていない。その方が楽でいいなとは思っていたが。
 そもそも美弥子にとってはおさなは大切な親友にまで危害を加えた人間である。迷宮時計のルールがなかったとしても降参する気など起きるはずもない。

「うん、わかった。じゃあそろそろ撃ってもいいよ」
「任せとけ!」

 待ってましたと言わんばかりに女が素早く『クロックワークブランダーバス』を取り出し構える。
 しかし、そう、この銃は美弥子には効かないのである。

「いやそんなのが本当に銃として使えるわけないじゃんってッ!」
「いやいや、確かに俺もその辺は不思議だが実際にちゃんと……って、あれ?」

 女は『クロックワークブランダーバス』の様子がおかしいことに素早く気付く。
 それはただ『主よ人の望みの喜びよ』が優雅に流れるだけで銃としては一切使えない、何の変哲もないオルゴールへと変わっていた。
 これが美弥子の能力応用の一つ、『先読みツッコミ』である。その先にどういう結果が待っているかという事がわかっていれば、事前にツッコミをしても効果が表れる場合があるのだ。

「ちょ、ちょっとどういうこと?本当に撃てるんじゃなかったの?」
「……」

 女は信じられないと言った顔で『クロックワークブランダーバス』をただ眺めている。
 よほどそのガラクタの事が気になるのだろうか、おさなは訝しんだが迷っている暇はない。
 その銃が役立たずであるならば自前の銃で決着をつけるだけだ。
 おさなは銃を美弥子に向ける。美弥子はわずかな悲鳴を上げてその場から逃げようとする。
 先程と違って無効化しようとしない、彼女の能力には制限があるということがすぐにわかった。
 最も、おさなにとっては普通の銃が効くという事実がわかりさえすればその先の事を考える理由はなかったが。

「ごめんね、でも降参してくれないならこうするしかないの」

 おさなはそう言って銃の引き金を引いた。銃弾が美弥子の頬をかすめる。外したか。
 すぐさまもう一発、次は髪の毛にかすりツインテールの片方がほどけた。

「……(ちょこまかと)」

 この状況はおさなにとって少し想定外であった。『身体強化百姉妹』に強化された射撃の腕で二回も的を外すなんて。
 ……おさなは知る由もない事だが、このことについては美弥子のかつての日常が関係している。
 美弥子は親友である森久保眞雪の能力『兵器へっちゃら(どんな武器でも作り出せる能力)』によって度々銃やその他武器で狙われるという日々を繰り返してきていた。
 それに対してツッコミで対処していくということは当然の事なのだが、いくら無効化させているといっても命中すれば一時的には間違いなく痛い。
 彼女はその痛みを最小限に抑える為、無意識のうちに銃弾を上手く避けるスキルを習得していたのだ。

「ねえ、大丈夫?ちょっとぼんやりしてるみたいだけど……」
「……お、おう!びっくりしただけだ!要するに普通の武器ならいいんだろ!」

 思っていたより状況判断はしっかり出来ているようだ。
 女は皮のジャケットの裏から投げナイフを数本取り出し、それを一度に素早く投擲した。
 ナイフは美弥子の足元を掠め、一本が美弥子の足首部分を切り裂いた。

「ぁあッ……!!」
「こうやって移動を制限してやればワナに当たる可能性も少なくなるって訳で……まあ、あの様子じゃあ多分何も仕掛けてないんだろうけどな」
「なるほどね……じゃあ、このまま……!」

 事実、美弥子には何一つ案はなかった。今この場で逃げなければ反撃することもできずに殺されてしまうだけだろうという直感に近い判断から逃げただけである。
 しかし、足に怪我を負った彼女はもはや素早く逃げる事は出来ない。まず、もう一度美弥子を撃ってみる。銃弾は再び美弥子の頬を掠めた。おさなは心の中で舌打ちをする。
 おさなはクラウチングスタートの姿勢から一気に駆け出した。身体強化はここでも有効だ。足場の悪さもまるで関係なく、高い跳躍で木の枝や蔓を利用して一気に追いつく。
 あとはこのまま組みふせて一発撃ち込んでしまえば、そう考えながら、おさなは美弥子へ距離を詰め……

「……な、なんでそんなに足速いのよ!?そ、そんな細い体で……そんな動きおかしいでしょ……ッ!!」
「!?」

 がくん。
 体の動きが突然鈍くなる。体から力が抜けていく。
 まるで突然背中に鉛を乗せられたかのように、動きが鈍くなる、足がもつれる。

「う、そ……ッ」

 油断した。銃を構えてみる。狙いが定まらない。『身体強化百姉妹』によって強化された身体能力が全て消えうせた。
 馴染おさなの素の身体能力は決して低いわけではない。しかし例えば、普段眼鏡を付けないような軽い近視の人間が視力ぴったりの眼鏡をつけ生活した後、急にその眼鏡を外されたらどうなるか。眼鏡をかける前よりも急激に目が悪くなったように感じるだろう。
 今の彼女は目だけではなく、ほぼ身体全体がそれに近い状態になっていた。強化が体に馴染んでいた分、反動も馬鹿にならず、すぐに起き上がる事が出来ないほどであった。

「おい、大丈夫か!」
「……あはは……あの子の能力って……思ったより、強力だったみたい……ごめんね、結局、あなたに頼ることになっちゃいそうで……」
「そんな事気にしなくていいって!」

 一方で撫津美弥子も足の痛みに耐えられず、すぐ近くに倒れ込んでいた。先程の無効化も悪あがきに近いものだったのだろう。
 なんて無力なのだろうか。馴染おさなはそう思った。
 足の痛みで倒れた美弥子も、そんな彼女に対して今すぐにとどめをさせない自分も。
 でも問題はない。この女がいる。後はこいつに殺してもらえばいいだけだ。幼馴染みは、自分の力だ。

「……お願い、私の代わりに……ごめん」
「……わかった、大丈夫だ」
「……ううっ……」

 あとはこの対戦相手、撫津美弥子が殺されるのを待てばいい。
 もしかしたら後で良心が咎めるかもしれない。だが今はそんな感情は一切湧かない。

「……ごめんね、こんなこと頼んじゃって……でも……」
「私は……ッ……私は……」

 撫津美弥子が泣きじゃくる。感情を抱いてはいけない。この場から二度と立ち上がれなくなってしまう。勝つんだ。俺君の為に。

「……ごめんね……助け、たかったよ……ッ……麗華、シェルロッタ―――」
「こうするしかないの、お願い―――」

「「眞雪」」

 銃声が鳴り響く。心地よい曲が聞こえてきた。『主よ人の望みの喜びよ』……『クロックワークブランダーバス』?
 ……撃たれたのは……私だった。その銃弾は、私の腹部を貫いていた。
 素早く振りかえった反動で女のカウボーイハットが外れる。彼女の顔はどこか寂しそうだった。

「……え……?……なん、で……?……なんで、私……?」
「……ごめん、おさな。私にとって幼馴染みってさ、こんな感じだったんだよ。……嫌な幼馴染みだろ?ははは……」
「……!!」

 心の中のスイッチが壊れる音がした。
 私にとって、幼馴染みを裏切る事はあっても、幼馴染みに裏切られるのは初めてのことだった。
 薄れる意識の中、幼馴染みが、幼馴染みが、幼馴染みが、幼馴染みが、幼馴染みが、幼馴染みが、幼馴染みが、幼馴染みが、幼馴染みが、幼馴染みが、幼馴染みが、幼馴染みが、幼馴染みが、頭に浮かぶ。
 ああ、死ぬんだ。幼馴染みに会えないまま。死ぬんだ。なんだったんだろう。今までやってきたことは。巡る幼馴染みの顔を思い浮かべながら。私は絶望の闇へと堕ちていく。
 幼馴染みに、幼馴染みに、幼馴染みに、幼馴染みに、幼馴染みに、幼馴染みに、幼馴染みに、幼馴染みに、幼馴染みに、幼馴染みに、幼馴染みに、幼馴染みに、幼馴染みに、幼馴染みに、謝った。
 秘密基地夫に、種人光に、子作太陽に、子沢山力乃に、子沢山感奈に、子沢山瞬佳に、子沢山シノに、台漠走に、彩国台風に、薩摩藤に、兵戸南世李に、メリー・ジョエルに、山禅寺ショウ子に、

 ―――俺君に謝った。


























「……いや……!!そんなおもちゃみたいな武器で……人が死ぬわけないじゃない!!大体、どこから出したのよそれ!!」
「……!」

 撫津美弥子が泣きながら叫んだのが聞こえた。『クロックワークブランダーバス』が消える。腹部の痛みも消える。薄れていた意識が瞬時にはっきりとする、命が繋がれる。しかし、何故。何の為に。

「あ……その……降参、して、ください……!……私は……私は、友達を、生き返らせたいだけで……!……その為に、誰かが死んだり、そんなの、嫌で……!……だって、そんなの、嫌、だから……」
「……ッ」
「お願い、します」
「馬鹿じゃ、ないの……」

 なんて、なんて甘いのだろう。
 このまま放っておけば撫津美弥子は間違いなく、そのまま勝利出来たのに。
 それに、私は、彼女だけでなく、彼女の友人まで殺そうとして、それを、それなのに。

「……それに、私は……私は、眞雪が、人を殺すとこ、見たくない」
「……」
「ねえ、眞雪でしょ?眞雪、なんでしょ?いろいろ言いたい(ツッコミたい)事はあるけど……眞雪、なんだよね?」

 彼女は、私に銃口を向けたままカウボーイハットを拾い上げ、再び被る。

「俺はただのトレジャーハンターだよ、大体、君の幼馴染みはこんな汚れた女じゃない。もっとかわいいはずだろう」
「えっ」
「えっ」
「いや、かわいくは、ないよ……」
「そんなことは……じゃなくて、その、つまり俺は君の幼馴染みとは違って……」
「見た目大人っぽいのに嘘下手なとこ全然変わってないし」
「下手じゃないし!あ、いや違う嘘じゃないし!」
「てか眞雪って呼ばれてたじゃん!!」
「あっ、いや、それは、こ、コードネームだし……!」

 二人がやりとりをしていくうちに、撫津美弥子の涙が少しずつ消えていく。
 ああ、そうか。そりゃ勝てないや。私は思わず笑ってしまっていた。
 スイッチが壊れてしまった私には、もう撫津美弥子を殺す気力も湧かなかった。
 何よりこの女はこんなやりとりをしながらもこちらに対する警戒を一切怠っていない。身体強化も消えた私にもう勝ち目はないな。

「……ねえ、一つだけ聞かせて」
「……?」
「迷宮時計を全部手に入れたら、どうするつもり?」
「……」

 撫津美弥子はその問いに対して、まっすぐに答えてくる。

「……みんなを、助けたいです」
「みんな?」
「眞雪だけじゃない。迷宮時計で大変な事になってる人の事、みんな、助けたい、です」
「……私の事も?」
「はい」
「……私、たくさん人を殺してきたよ?そんな私を助けたら、執念深い探偵とかに恨まれるかもよ?」

 少しいじわるをする。しかし、撫津美弥子の答えが変わる様子はない。

「……だったら、その人たちも、過去に戻ってみんな助けます」
「……そんなこと、出来るの?」
「……わ、わかんないです、けど、やります」
「あんたを盗撮してた男とか、あんたたちをぶん殴った男とかも?助ける?」
「う……え、えと……た、多分……」

 口ごもってるじゃない。私は再び少し笑ってしまった。

「……私の幼馴染みの事も、助けてくれる?」
「……はい」
「……あはは……出来るわけないじゃない」

 そんな甘い事、出来るわけがない。
 それはかつて私自身がそう結論付けて、諦めた道だ。
 撫津美弥子は、未だにそれをしようとしているのだ。甘いにも程がある。
 だから私は、撫津美弥子にもっといじわるをする事にした。

「もういいよ、降参」
「え……」
「納得したわけじゃないよ。ただこのまま死ぬ気もないの」

 私の迷宮時計の欠片が、美弥子の時計へと吸い込まれる。そして撫津美弥子の体が少しずつ消え始める。
 いい気味。私がまだ果たせていない幼馴染みとの再会を、じっくり味わわせてなどやるものか。

「あ……眞雪……!」
「……俺は……君の幼馴染みの眞雪ちゃんじゃない……違うんだ」
「……眞雪……」
「……きっとさ。君なら、君の知ってる眞雪ちゃんを助けられる。そんな気がする。だから」
「眞雪!!嫌な幼馴染みだなんて、そんな……そんなわけ」

 "またね、会えてうれしかったよ。みやちゃん。"

 その言葉が、撫津美弥子に聞こえていたのか聞こえていなかったのか。聞かせたかったのか聞かれたくなかったのか。
 幼馴染みではない私にはわかるはずもなかった。









―――――



「ないじゃない!!……」

 美弥子は麗華の部屋のベッドで目が覚める形となっていた。
 起き上がる。ほどけたツインテールも元通り、足の怪我も治っている。

「おお……みやタン……戻って、これたでしたな……」
「……当然、なの……」

 美弥子が振り向く。
 傷だらけでボロボロな麗華とシェルロッタがそこにいた。

「ごめん……戻ってくるの、間に合わなかったの……」
「でも、こっちも……なんとか、なりたです」
「……麗華……シェルロッタ……私……私、眞雪が……うわぁぁあん……ッ……!!」





 12時00分。三人は、戻ってきた。
 美弥子は、麗華とシェルロッタを抱きしめた。
 麗華とシェルロッタも、美弥子を抱きしめた。





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●第三回戦第三試合 結果

『木瓜殺手刀の美弥子』撫津美弥子
勝利(勝因:幼馴染み)

『俺君、久しぶり!へへへ、なんだか懐かしいね。元気にしてた?』馴染おさな
降参(敗因:幼馴染み)





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「……さてと、おさな」
「……」
「諦める気、ないんだろ?」
「……え」
「俺もさ」

 そう言うと彼女は『クロックワークブランダーバス』を消して、私を助け起こしてきた。

「俺も、まだ迷宮時計の事、諦めてないんだ」
「……あなたも、誰かに負けてたの……そりゃそうよね、じゃなきゃなんであなた"過去"にいるんだって話になるし」
「ま、俺みたいな優しいトレジャーハンターに昔な」

 私は体についた土を掃う。
 こういう時にこそ身だしなみを大事にしないといけない、というのが私の持論だ。

「あんたは、迷宮時計で何をしたかったわけ?」
「あの子と同じだよ、人を救い、世界を救い、そして未来へ……」
「本当に嘘が下手なのね」
「嘘じゃないって!……だからまあ、トレジャーハンターとして、この孤島にあるって言われてた迷宮時計を探しに来てたわけだよ、ハズレだったっぽいけど!」

 がさり、草が揺れて何かが近付いてくる音がする。私は思わず身構えた。

「ああ、大丈夫……きっと俺の相棒達だよ……なあ、おさな。俺達と一緒に迷宮時計を探さないか?」
「……殺そうとしてきたくせに」
「死んでないじゃないか」

 本当に嘘が下手な奴。殺す気はなかった、って言えばいいのに。
 本気で私を殺したいのであれば、一度彼女に無効化された『クロックワークブランダーバス』を使う必要はない。もっと確実に殺せる武器を使えばいい。彼女ならその方法もすぐに思いついたはずだ。
 わかってたんでしょ?これで撃てば撫津美弥子が無効化してくれるはずだってさ。


「このまま死ぬ気はないんだろ?」
「……見つけたら、あなた達を殺してでも奪うかもよ?」
「やれるもんならやればいいさ、迷宮時計を手に入れた時は恨みっこなしだ」

 私はふわりと髪をかきあげた。まだ少しでもチャンスがあるのなら、それを逃すわけにはいかない。
 さて、どう動こうか。向こうからやってくる筆を持った男と黒いドレスの女を眺めながら私は考える。

「……待っててね、俺君」

 薄笑みを浮かべて、私は木々の向こうから漏れる光へと進んだ。

最終更新:2014年12月07日 16:17