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準決勝戦SS・開拓地その2


雪が降っている。

その日、僕は高熱を出して寝込んでいた。エゾ風邪だ。
全身がだるい。大分こじらせてしまった。
母さんが葛湯を飲ませてくれる。葛湯は北海道では目が飛び出るほどの高級品で、そして唯一のエゾ風邪特効薬でもあった。
この年になって「あーん」されるのは恥ずかしかったが、手を動かすのも叶わないほどに全身がだるく、僕は素直に葛湯を飲み込む。

寡黙な父さんまでも心配そうに僕を見つめている。
デコボコしたその手で頭をぽん、ぽんとされた。
これもかなり恥ずかしかったが、やめてと言う気にはなれなかった。

ありがとう、少し寝るから一人にして。そう言ったつもりだったが、うまく声にならない。
だけど、母さんも父さんも察してくれたようで、そっと退室してくれた。
我が家は他の家よりもかなり広く、特に天井が高かった。
だから、ふと窓の方に目を向けると、一面が雪の降る情景となる。

ボンヤリと雪が降るのを眺め続けていた。
今日は、一段と強い雪だ。
そのままずっと降雪を見つめていると、今度はまるで自分が上へ上へと飛んでいくような錯覚に襲われる。
それはまるで、天国に向かっていくような。
でも僕は天国にたどり着くことはなく、気づくと夢の中に落ちていた。



◆ 向かい合わせの人デナシ ◆


「しかし、やっぱり納得がいかない‥‥」
そうボヤくのは山口祥勝である。

潜衣花恋との戦いに敗れ、時ヶ峰健一と共に『新世界』に取り残された彼は、お金を稼ぐために思い切ってワク生の放送の路線を変えたのだ。
それが『魔人ヒーロー・ブラストシュートと希望崎最強が行く!新世界創世記!!』であった。
「迷宮時計の戦いに巻き込まれ、対戦相手の少女を基準世界とかえし、自分はこの世界で時ヶ峰と共に世界を創りながら子供たちを救う」という体である。
実際に、時ヶ峰が創世しているシーンは非常にインパクトがあり、ヒーロー活動時よりも人気が出るようになってしまっていた。

『まぁ、小さな子たちを地道に助けるのもヒーローっぽいしいいじゃん』『子供たちへのw炊き出しもw好感度がってるってw』『ロリコンヒーローww』『前と違って嘘つく必要ないしなww』『最近私、時ヶ峰の後光を薄めるぐらいしかしてない』

黙れA子、誰のために路線変更してまでPVと金を稼いでると思ってるんだ。山口はそう思ったが言葉にはしなかった。

『実験終わった』『あ、デンデラ』『クソババア!』『おいおい、このやり取り毎回やる気かよ!』『クソアマ』『ちょっと、A子さん!?』
「ほら、お前ら黙れ。で、どうだったんだ潜衣?」

今は潜衣のための作戦会議中である。

『結論から言うと、今の私の「欠片の時計」は[再生型]だな。壊しても壊しても元に戻ったよ』
「なるほど。俺の時計は元の持ち主の奴を壊したらヒーロースーツの方に憑依したんだが、お前の方の元の性質が残ったって感じかね」
『だろうな。基本は集めるほど性能が増えていって、矛盾する性能は元のが残るって感じかな。』
潜衣の迷宮時計は菊池徹子や山口の迷宮時計の性質も手に入れて、ルールや戦闘領域の情報を細かく教えてくれるようになっている。
(時ヶ峰の迷宮時計は、特別な性質のないシンプルなものだった)

『あ』
「どうした?」
『ちょうど、次の対戦が決まった。相手は「蛎崎裕輔」。誰か知ってるか?』

誰からも有用なコメントは流れず、山口も知らないな、と呟く。
『有名人、って訳じゃなさそうだな。戦闘地帯は、過去の開拓地、【オレゴン・ヴォルテクス】だ』

 †

やあみんな、また会ったね!ミスター解説だ!
今回の戦闘空間となる【オレゴン・ヴォルテクス】について解説させてもらおう!!

【オレゴン・ヴォルテクス】というのはアメリカのオレゴン州にある重力異常地域のことだ!
場所によって通常の重力の数分の一倍から数倍までばらつきのあるとても不思議な地域だ。

その特殊性からなかなか地元の人々も踏み入れていなかったんだが、勇気ある人々によって開拓された――それが今回の戦闘領域というわけだね!
潜衣花恋くんは、この地域の特性をうまく使って北海道有する蛎崎裕輔くんを倒すことはできるのかな?
それともこれまでの挑戦者のように蹂躙されてしまうのかな?
ドキドキだね!

それでは、本編再開だ。

 †

良く晴れた日だ。
空には雲一つない。

私は落とし穴の中で死んでいたシカ(筆者注:普通の方のシカ)を気を付けながら引き上げる。
ここ、【オレゴン・ヴォルテクス】は危険な土地だ。
慣れないうちはしょっちゅう体調を崩していたし、不慮の事故で亡くなった仲間たちもいた。
それでも、今の私たちにはここにしか居場所はない。
幸いにも私たちはここでの生きる術を学び、生活も大分安定してきたように思う。

戦利品であるシカを引きずりながら集落に戻ると、何やら騒動が起こっていた。
「どうしたの?」
「こんなところにお客さんが来てね。おまけにここは危険だから逃げろっていうんだよ」
「ふぅん?」

騒動の中心に目を向けると、見たことのない風貌、服装をした少女が片言で『ここは戦場になる』『危険だから逃げて』と叫んでいる。
冗談を言っているようには見えない。

「私たちはここ以外に行く場所はない。そんな簡単にこの地は捨てられない。事情があるならきちんと説明しろ」
彼女は意を決したようにコクリ、とうなずくと、とうとうと説明を始める。

こことは違う世界の住人同士の戦いであること。敵によってはその地にいる人間も巻き込みかねないこと。自分もどんな敵かまでは分かっていないこと。
一通りの説明のあとに、少女は『だから逃げてくれ』と締めくくった。

「なるほど、俄かには信じがたいが、ここはお前を信じることにしよう。
 ――つまり、今お前が死ねば、私たちが巻き込まれることもないんだな?」

私がそう言うのと同時に、仲間たちがそれぞれの得物を構える。
勿論、私たちは既に彼女を取り囲んでいる。
わざわざ危険を教えてくれた彼女にこのような仕打ちは酷いかもしれない。
それでも、リスクは極力減らす、それが私たち開拓民に染みついた思考回路である。
仲間たちと見知らぬ少女、天秤の結果は明らかだ。

私たちの敵意に対し、彼女はふぅとため息をついた。
残念だけど、仕方がない、という表情だ。
なるほど、この状況も想定したうえで、わざわざ私たちに危険を知らせに来たのか。
甘すぎる考えだが、嫌いではない。

「――危険を知らせてくれたこと自体は感謝する。
 さっきのお前の話なら、お前が降参してもこの戦いは終わるのだろう。
 今ここで、降参するのであれば、命を取ったりはしない。
 行く当てがないのなら、ここに住んでもいい」

彼女は苦々しげに、『それはできない』と答えた。
そうか。では死ね。

その時、私たちに影が落ちる。
思わず見上げると、さっきまで雲一つなかった空に、巨大な何かが浮かんでいた。
「Hokkaido‥‥」
少女が聞きなれない単語を発していた。
私はこの瞬間に少女を殺すべきだった。

空を飛ぶ魚が降りてきた。仲間が食い破られた。
聞きなれない言葉を発する武人が降りてきた。仲間が槍に貫かれた。
巨大な怪獣が降りてきた。仲間が放射熱線で蒸発した。
『無』が降りてきた。私は何もなくなって、そして死んだ。

 †

場所によって重力が変わるこの戦闘空間、最初は戸惑った。
それでも僕がやることは変わらない。
北海道を召喚して、敵が死ぬのを待つ。
開拓地というぐらいだから、対戦相手以外に人がいる可能性は高い。
それでも、この前の動物園での戦いほどは被害が出ないはずだ。
そう思ってしまった自分のことが、さらに嫌いになる。
浅ましい。
自分は浅ましい。
早く終わって欲しい。
今回はエリモもすぐに降りてきた。
あれに勝てる人など存在しない。
早く降参して欲しい。
そうすれば、すぐに終わる。
君だって死なずに済むだろう。
まだ会ってもいない潜衣花恋という子に、そう願う。

能力を発動してから、10分が経過した。
まだ終わらない。
ということは、彼女もウィッキーさん並みに善戦しているのだろうか。
どんどんと、エリモは大きくなっている。
ふわり、と白いものが空へと登る。
それはどんどんと増えていき、エリモの動きが鈍くなっていく。
ああ、こんな時にか。
逝き祀り(ゆきまつり)が始まった。

 †

やあ、ミスター解説だ。
再び解説させてくれたまえ。
逝き祀り(ゆきまつり)についてだ。

北海道という場所は死の多い場所だ。
エリモなんかが最たるものだね。
前回の動物園戦では、「エリモは何で北海道を食い尽くさないんだよ!」と思った人も多いんじゃないかな。
その答えとなるのが逝き祀り(ゆきまつり)という現象だ。

逝き祀り(ゆきまつり)は「死」を世界へと還元する現象だ。
残留している魂や呪いを強制的に輪廻の輪に戻してやるわけだね。
だから北海道では幽霊やゾンビの類は長いこと存在できないんだ。
「死」の塊ともいえるエリモも例外ではなくて、
逝き祀り(ゆきまつり)が始まるとエリモにより『無』となったものすら世界へ還元されていくんだ。
毎年、あらゆるものを喰らって成長したエリモは逝き祀り(ゆきまつり)により元の大きさに戻っていたんだね。

北海道には珍しく、基本的に生きているものには影響しない。
けど微生物の死なんかも還元されるから、そこら中で逝き祀り(ゆきまつり)現象が起きるんだ。
死が世界へと還元される様は「逆さに降る雪」などと呼ばれて観光客にも親しまれているよ。
絶景だね!

 †

雪が逆さに降っている。

「‥‥やっと見つけたぜ。お前が蛎崎裕輔だな」
潜衣花恋はボロボロの姿でそう言った。
いや、正確に言えばボロボロの服装を纏ってそう言った。
「シチナンハックー!」
エゾジカの槍が彼女の腹を貫く。
その槍を彼女は無理やり引っこ抜く。
次の瞬間にはその傷は癒えていた。
「ぐぇ、い、痛ェ‥‥」

「‥‥なるほど、貴方も再生能力を持っているんですね」
「答える義理は‥‥ねぇな‥‥」

実際のところ、潜衣花恋の能力は「奪う」能力である。
ではどのように再生能力を得たか。その答えは身近にあった。
そう、欠片の時計である。

形見の時計などが欠片の時計化することなどからも分かるように、欠片の時計は時を刻むものに宿るものと言える。
『腹時計っていう前例もあるし、お前の能力なら「欠片の時計」っていう性質でも奪えるんじゃないか?』
この能力応用を考えてくれたのは掃き溜めコミュニティのなかでも能力考察に長けた内の一人、”大泥棒”だ。

「お前は、これまでもこういう戦い方をしてきたのか‥‥?これからも、こういう風に戦うつもりなのか‥‥?」
潜衣が、蛎崎を問いただす。
「僕の質問には答えてくれないのに、僕には質問するんですね。まぁいいですけど。答えはイエスです」
「そうか。じゃぁお前はもう、死ぬしかないな」
そういって、潜衣は蛎崎に近づく。潜衣花恋は、怒っていた。
その間にもエゾシャケに抉られ、エゾババアに射抜かれ、エリモに飲み込まれる。
それでも潜衣は顔を歪ませながら蛎崎に向かって走る。

欠片の時計そのものとなった潜衣花恋は、戦闘空間の情報を非常に鮮明に認識していた。
重力異常を利用し、敵の動きを減じながら、自分はできるだけ駆ける。
一瞬でいい。蛎崎に触れられさえすれば、勝利は決まる。
あと1m。これで終わり。
そのタイミングで、蛎崎は、放射熱線を吐いた。

 †

厳しい環境である北海道では、異種間で子をなすことは珍しくない。
が、さすがにヒトとエゾヒグマの組み合わせは史上初だったらしい。
僕はヒトを母に、エゾヒグマを父に持つハーフだ。

父さんは人語を理解できなかったけれど、母さんや僕とはうまくやっていたと思う。
人と結婚するだけあって、父さんもエゾヒグマの中ではかなり変わり者だったのだろう。
母さんからもらったプレゼントの腕時計もひどく気に入っていた。
父さんの指に母さんが腕時計を巻くのが毎朝の日課だった。

そんな蛎崎家を、町は暖かく見守ってくれていた。
いや、今思えば、暖かく見守ってくれる町を探して住んでいたのかもしれない。
北海道猟友会をはじめとして、父さんと母さんの関係を快く思わない道民は多かった。
「エゾヒグマがマタギなんて、安心できない」
そんな心無い声も聞こえてきた。

そして、「あの日」が起こった。

北海道では毎年必ずエゾヒグマによる災害が発生する。
それがたまたま僕たちのところにきてしまったんだ、と僕は考えている。
でも、父さんが仲間を呼んだんだという人や、父さん自身が町を滅ぼしたんだという人もいた。

今、僕は北海道のブラックリストに入ってしまっていて、北海道に帰ることは叶わない。
叔母さんと叔父さんには僕がエゾヒグマ(父さん)の血を引いていることを伝えていない。
裏切りかもしれないけれど、本当のことを言った時の反応が怖かった。
それに僕は、姿かたちはヒトとして成長してきた。
放射熱線が出せるようになったのも、つい最近のことだ。

もしかすると、これからどんどんとエゾヒグマになっていくのかもしれない。
それはそれで悪い気分ではなかったが、北海道でないところでエゾヒグマになってしまったらおそらく僕は居場所を失うだろう。
叔母さんと叔父さんも、僕に隠し事をされていたと知ったら悲しむに違いない。

やはり僕は帰りたい。北海道に帰りたい。父さんと母さんと、あの町でもう一度暮らしたい。
北海道の摂理に反しているかもしれない。
世界を捻じ曲げる願いかもしれない。
それでも、僕は、父さんと母さんの子供だ。
僕が僕であるためならば、なんだってしてみせる。
そう、決めたんだ。

 †

雪が、逆さに降っている。

蛎崎と潜衣の戦いは泥試合の様相を呈していた。
蛎崎や北海道の攻撃は、欠片の時計と化した潜衣には無効化されてしまう。
一方で、持ってきた飛び道具をとっくにエリモに飲み込まれた潜衣には接触してからの能力発動か、分の悪い賭けしか手立てがない。
しかし、接触を試みれば蛎崎の放射熱線で吹き飛ばされる。
当たり所が悪ければ場外にすら飛ばされそうな勢いだ。
潜衣は、蛎崎に近づこうとしては放射熱線を受けて距離を取られることを繰り返していた。

しかし、この展開はいつまでもは続かない。
「潜衣さん、あなたの再生力には限界がありますね?」
潜衣の顔がかすかにゆがむ。
「無制限に再生できるにしては焦りが見えます。」
「仮にそうだとしたらなんなんだ?その時が来る前に、お前を倒すだけだ」
「いえ、無理ですよ。あなたもうすうす分かっているでしょう。だから降参してください。信じてもらえるかはわかりませんが、別に僕も殺したくて殺してるわけじゃないんです」
「――降参だけは絶対にない」
そう言うと、潜衣は再び接触を試み始めた。

潜衣の再生には限界があるという見立ては正しいが、正確ではない。
潜衣の能力『シャックスの囁き』は間をおかずに使用可能である。
「欠片の時計」としての性質を元の時計を返した瞬間に、「欠片時計」を奪いなおすことでほぼ連続して「再生力」を手に入れることができる。
が、もちろんこの瞬間に死んでいたら、その時点でお終いである。

何度も繰り返しているうちに、蛎崎はその「隙」に気付いていた。
潜衣は愚直に蛎崎にトライしているように見えて、蛎崎から距離を取ることがある。
おそらくこの時に「切り替え」をしているのだろう。

(殺し続けないといけないとなると、北海道任せにはできない。
 僕の放射熱線も無限に撃てるわけじゃない。)
試合の展開が変わる。
これまでは潜衣が追い、蛎崎が逃げていた。
しかし今は、相変わらず潜衣が蛎崎にトライしているように見えて、その実、近づいてくる蛎崎から距離を保つように逃げていた。

彼らの戦っている場所は、いつの間にか周囲一帯が高重力の窪地となっている。
「潜衣さん、いくらなんでもバレバレです。僕を戦闘領域の境界付近に誘導しています」
「おいおいおい。万策尽きたかなぁ。‥‥あきらめないけどな」
そう言うと、潜衣は蛎崎から逃げるかのように走り出すと、突然大きくジャンプをする。
彼女の踏み込んだあたりは低重力となっていたのだろう。

突然の動きに、北海道勢もすぐには対処ができない。
潜衣は弧を描き、蛎崎の元へと向かう。
(いくらなんでも破れかぶれすぎる。けど、これで終わらせよう)
蛎崎の放射熱線を撃てる回数も残りわずかだ。それほどまでに、体力を消耗している。
だから、蛎崎は多少のリスクを覚悟の上で、潜衣に最後の一撃を繰り出した。

 †

雪が、逆さに降っている。

潜衣は、仰向けとなった蛎崎に覆いかぶさるような体勢だ。
そして、その胸には蛎崎の腕が突き刺さっている。
エゾヒグマの血を引く蛎崎の腕は、少女一人を貫くほどの強度を誇る。

「潜衣さん、僕の勝ちです」
「‥‥ま、まだ、おわって‥‥ない」
「あなたの再生力は時間制なんでしょう。さっき『その時が来る前に』とか言ってましたよね。『その時』まで僕はあなたの心臓を貫き続けます。」
潜衣は、蛎崎の腕を掴むがびくともする気配はない。
「‥‥そうだな、その時がきたら‥わたしの‥‥まけだ」
「降参してください、そうしたらこの腕は抜きます」
「‥‥それはできない」
「‥‥なぜ、ですか」
「こうさんするなら‥‥、私はもっとはやく‥するべきだった‥。私は、ここの人たちを‥、お前に降参せずに殺したんだ‥‥」
「‥‥」

潜衣の言っていることが、蛎崎には理解できない。
ここの人たちを殺したのは北海道で、僕だ。
何故、彼女が罪を感じ、死の道を選ぼうとしているのか。

「「ネガワクバー!」」「「アタエタマエー!」」「「シチナンハックー!」」
エゾジカの槍が次々と潜衣を貫く。
再生能力が続いている間は、それでも問題なく生きていられるのだろう。
だが、能力が解除された瞬間のことは、あまり考えたくない。

「‥‥あなたの能力、痛みは消えないんですよね?」
「めちゃくちゃ‥‥いてーよ‥‥クソヤロウ‥‥」
「‥‥そうですか」

雪が、逆さに降っている。
仰向けになっている蛎崎の視界には、すぐ近くにはいくつもの槍を生やした潜衣が、遠くには自分が召喚した北海道が入っている。
潜衣は既に意識を手放していた。

ああ、酷い光景だ。
めまいがしてくる。
いつかのエゾ風邪をひいて寝込んだ日を思い出す。
あの時は、
雪が降っているのではなくて、
自分が上へと登っているかのような錯覚に襲われた。
今は、
雪は逆さに降っている。
自分が、
下へ下へと沈んでいく。
やめてくれ、
北海道が、
遠くなっていく。
吐き気がする。
僕は、僕が悪人なことを知っています。
僕は、僕が浅ましいことも知っています。
だから、ねぇ、お願いだから、もう死んでくださいよ。
僕は、
北海道に、
帰るんだ。
あれ、
おかしいな。
何でこんなに眠いんだ。
流石に放射熱線を出しすぎたかな。
でもお父さん、お母さん、見てよ、
綺麗な放射熱線出せるようになったよ。
動悸が激しくなる。
雪が、
逆さに降っている。
意識が遠くなっていく。
ああ。
北海道も、
遠くへ。
嫌だ。
あそこへ
帰りたい。

 †

二酸化炭素と呼ばれるそのありふれた気体は、高濃度となると無味無臭の毒ガスとして働く。
ヒトであれば、20%を超えると数秒で死に至る。
空気より重く、通常重力化でも窪地などに貯まり死亡事故を起こすことがある。
高重力下ではそこで暮らす人々が狩猟に用いるほどありふれた自然の罠である。