「なあ、あんたの『願い』……教えてくれよ」
「その『願い』さ、俺が叶えてやるよ。だからもうちょっとだけ……待っててくれないか」
そう言うと、『彼女』が微笑んだ気がした。
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『カーテンコールは誰がために』
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そこは不思議な空間だった。
舞台には巨大なスクリーン。
それを囲むように広がる観客席には顔のない観客。
唯一、隣の観客の顔だけが鮮明に見えた。
おそらく、この娘が『時計』に表示された『対戦相手(紅井景虎と言ったか)』なのだろう。
年は自分と同じくらい。若いながらも修羅場を潜ってきた眼をしている。
攻撃を仕掛けてくるかと思ったが、彼女は席を立とうとし……出来なかったようだ。
こちらも試しに立ち上がろうとするが……出来ない。
「これは。貴方の能力……ではないようね」少女が呟く。
「ということは、君の能力でもないのか。おいおい、マイッたぜ、こりゃ」
あきらめて椅子に深く座り直す。
すると舞台のスクリーンに光が灯った。
(なんだ?何が始まるんだ?)
画面に映るは異形の存在。
「何故……私が!こんなこと……、契約、違反……」
その存在は何者かに拘束され、消え入りそうな声で呟く。
だがその声は、別の声にかき消される。
「うるせえよ『転校生』。おとなしくその『力』を渡しておけば痛い目にはあわなかったんだよ」
その男は、見るからに禍々しい剣を構え――
「この『福本剣』ならば貴様がどれほどの化物であろうと必殺できる」
そして、振り下ろした。
「じゃあな。『時逆順』」
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時間を操る力。
それは強大な力。
間違った人間が持ってはいけない力。
(――だから私は、間違った人間が使わないように。最後の力で『迷宮時計』をばらまいた)
力の残滓は時を渡り、様々な世界に飛び散った。
(元は同じ力。時計同士は引き寄せ合う)
だが、無数に分かれたとはいえ強大な力だ。
その力に目を付け、悪用しようとするものも現れた。
(違う。私は――そんなことを望んではいない)
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(何だ、これは。何を見せられている)
紅井景虎は困惑した。隣に座る男(おそらく菊池一文字とやらだろう)も難しい顔をしている。
何者かの魔人能力か。しかしこの映像は――
(わからない。わからないが、なにか大事なことのような気がする)
彼女は、再びスクリーンに目を移す。
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「やれやれ、私の(迷宮)時計は気まぐれでね、持ち主の意志を無視して時間を標示するから困っているんだ」
「そうだなあ。人生は山あり谷ありだ。そういうこともたしかにあるだろう。
だがな、少年よ。吾輩からはこんな言葉を贈ろう。『探せば、ある』!」
「いいえ……、未来・過去、亜空間を含むすべての多次元並行宇宙に存在する善良な人々を……!」
「助けたいッ!!」
「果て無き闘争。強者との死合。俺の望みは未来永劫それッきりだ。納得したか?したな?
じゃあ戦ろうぜ。なあ闘ろうぜ」
「こんなに小さいのに、こんなに一生懸命に、こんなにボロボロになっても戦うなんて
その眞雪?ってヤツがよっぽど大切なんだなって思ったら似たもの同士なのかもなって、ま、俺の勝手な思い込みかもだけど」
「……私には……どうしても……叶えたい願い事があるんだ……
……だから、負けるわけにはいかないんだ」
「アーーーーーーー」
(到底、現実的じゃないわね。
けれど、じゃなきゃ勝てない。生き残れない……)
「だから茶番だ。ぜ~んぶ茶番だ」
「勝つにはお前らの力が必要だ。引き続き、分析頼む」
「盛華は天国に行かなければいけないんだ……だから俺は殺す……達磨にした連続殺人者を十三人積み上げて、盛華が天国に昇るための階段を作るんだ……」
「『わからない』」
「花恋。あんた。まっすぐじゃあないね。
――そんな拳じゃア、アタシを『貫けない』よ」
「そういうのをすぐにやろうって言えちゃう徹子はすごいと思うし、そういうところに憧れてたし、本当を言えばコンプレックスさえ抱いていたよ」
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めまぐるしく変わっていくスクリーンの画面。
その中に、知っている顔を見つけた。
「……おいおい、母さんじゃねーか。……両方共、かよ」
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「何考えてるのかわかんねえけどさ、それ止めといた方が良いと思うなッ!!」
「私と、デートして貰えませんか。」
「私が優勝したら元の世界に戻してやるさ」
「The Green, Green Grass Of Home」
「こいつが俺の筋力だ」
「存在するものは毅然としてあり、空間の中に一点の肖像を映し出す……」
「山禅寺ショウ子さん、あなたを優秀な能力を持った探偵と見込んで頼みがあります」
「――――タイムリミット」
「あなたは迷宮時計は持ち主に合わせて姿を変えるのだと言いました。そして、時計の持ち主になる事で、迷宮時計がどんなものであるかをも知る、と」
「こん世界のことは、こん世界のもんのものやきなあ……」
「懐かしいあの日に、会いにゆこう」
「私は貴方が何者であるは存じません。ただヒントは出せれると思いますよ。」
「詫びに、元の世界に戻してやるよ。最後に覚えてたら」
(この戦いで、あたしが出来る限りどんな犠牲も出させない。間違った人間に、迷宮時計の力を手に入れさせない)
「迷宮時計の使用者を/バトルロイヤルの優勝者を、わたしは許さない。
世界を荒廃へ導くものよ。
おまえを殺して、迷宮時計はこのわたしが破壊する。」
「……気にならない訳がないじゃない」
「ヒッヒヒャーーーーッ! 注射の時間ですよぉーーーっ!」
「もうこうなったら正面から……いや背面からテメーを叩き潰す!」
「動けば、セックスする――」
「僕は……戦闘空間に取り残された幼馴染を助けたいんです。ヒナを一人にしたくない、ヒナに伝えてないことがまだたくさんある――ヒナと一緒に居たい。それが、僕の願いです」
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いくつもの戦闘の風景が流れ、消えていった。
(この世界自体が、一つの『劇場』)
再び、時逆順の声。
(誰かが言った。「茶番」と。そうなのかもしれない)
(だから私は、あなたに賭けたい。イレギュラーである、あなたに)
(あなたは枝分かれした未来の一つの可能性。『基準時間』とは異なる時間の住人)
(あなたなら、この茶番を終わらせることができるかもしれない)
「ちょっと待って!勝手に話を進めないでよ!……じゃあ、私の願いは?美鳥は?」
紅井景虎が声を上げる。
(……確かに迷宮時計の欠片をすべて統合すれば、時間を支配することもできる)
(でもそれは、『転校生』である私の能力。あなたが使いこなせるかどうかはわからない)
(願いが叶うなんて、所詮噂)
「……」
紅井は立ち上がり、スクリーンに飛びかかろうとして……できなかった。
「あんたはどうなんだ?」
菊池一文字が問う。
「なあ、あんたの『願い』……教えてくれよ」
そいつはこの世界を茶番といった。
それを終わらせてくれといった。
ならば。『最初の適合者』である時逆順にも、叶えたい願いがあったのだろうか。
(……)
(……たすけて)
無表情だったスクリーンの顔が、涙をこぼす。
「その『願い』さ、俺が叶えてやるよ。だからもうちょっとだけ……待っててくれないか」
そう言うと、『彼女』が微笑んだ気がした。
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かくして劇場の幕は降りる。
そして二人の戦いの幕が上がるのだ。