幕間Ⅰ:シセン


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瞳の無い眼が、見つめている

――わたしを、みないで
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 ◆◇

あの日、あれからどうやってうちに帰ったのかはあまり覚えていない。
扉を開けてママの顔を目にしたとき、緊張が緩んだのか知らないけどママに駆け寄ったのは覚えている。
絆創膏だらけの私の手を見てママは心配したようだが、何も言わずに抱きしめてくれた。
パパが帰ってきた後で、私は迷宮時計の話をした。
二人とも驚いて、どうしてあなたがとか戦わないといけないのかとか言ってたけど、私がやるしかないんだと言ったらあきらめたようで、できる限りサポートしてくれるみたい。こういうとき、二人は本当に頼もしいな。

真実のことは言えなかった。
私がここでお仕事をする理由はもちろん二人も知っているから、話せば理解はしてもらえたと思う。
でも私は話したくなかった。
親友を、真実を殺したこの許されざる事実を、口にすることが恐ろしかったのだ。
現実から視線を逸らして、私は私の世界のリアリティを保っていた。



次の日の学校は大変な騒ぎになっていた。
あたりまえだ。生徒会長がバラバラになって殺されてたんだから。
真実の死体を見つけたのは、夜間の見回りに来た宿直の警備員さんだったらしい。
きっとこの人の心にも私は消えない傷を負わせてしまっただろう。……ごめんなさい。

これだけの喧騒の中にも、マスコミの姿はほとんどない。聖アークは都内で最も平和な学園の中のひとつだったけれど、それでも思春期の女子学生が集まる場所なのだ。突然覚醒した魔人による惨殺事件は皆無とまではいかない。今回の事件も、世間では日常の範疇を出るものじゃないのだろう。実際、朝のテレビは有名バンドメンバーの突然の自殺でもちきりだった。……あのバンドは、去年真実と一緒に見に行ったバンドだ。けっこう好きだったのに。

全校集会が開かれ、私たちは祈りを捧げた。泣いてる子もたくさんいる。
私の目から涙が零れることはない。でも、悲しそうに見えたんだろう。実際そうだ。
真実と一番仲が良かった私を心配して、皆が慰めの言葉をかけてくれた。



私は、学校には行かないことに決めた。

通学時間がかかるので、途中で何されるかわからないということはある。
パパは闇討ちの可能性があるから学校には行くなと言っていた。
しかしそれ以上に私は、私に向けられる視線に耐えられなかった。
この状況を作ったのは私。真実を殺したのは私。悪いのは私。
その私が、糾弾の視線ではなく憐憫の視線を送られる。そんなことを神様が、真実が許してくれるはずがない。
このまま学校に通い続けたら頭がおかしくなってしまう。

そう思った私は、うちで日課の鍛錬をしながら「対戦相手」が決まる日を待つことにした。
体を動かしている間は、余計なことを考えないでいられた。

そしてその日は、案外早く訪れた。

 ◇◆

都内の某所にある四階建てのビルの3階に、『刻訪』会員の共有スペースと、私たちの家がある。
ちなみに1階がカフェバー、2階が相談事務所、4階がトレーニングなどもできるスタジオになっている。
いま、時刻はあのときと同じ、16時半を回ったところ。空はもう赤を通り越して、黒に近づいている。
鍛錬から戻った私は共有スペースの隅においてあるお地蔵さんをソファの前に引っ張ってきて、話しかけてみた。

「これでお別れかもね。今まで守ってくれてありがとう。…………だいすきだよ、みんな。もっと一緒にいたいなあ」

このひとは刻訪守くんといって、れっきとした魔人だ。
彼は人としての生活を放棄することと引き換えに、自分の居る家の居住者に害を為そうとするものを消し炭にする能力『家の守り人』を常時発動している。
このビルがまだ掘っ立て小屋だった頃、パパのおじいちゃんの代からずーっと私たちを守ってくれているらしい。
一度だけうちにパンチパーマのおじさんたちがカチコミに来たことがあるけど、懐に手を入れた瞬間に消し炭になった。それ以来、うちにそういうお客さんがやってきたことはない。

「どんな人が私の相手なんだろ。意地悪な人じゃないのがいい。黙って時計をくれはしないと思うけど」

対戦相手は上毛早百合さん、場所は過去の闘技場だった。
上毛といえば上毛衆……グンマーの戦闘民族だ。早百合さんもたぶんそうだろう。
私はお仕事でぶつかったことはまだないけど、パパが会員の人から聞いた話では、相当の使い手揃いらしい。
県外に出ることがあまりない上に隠密性が高いので、情報がほとんどないという話だ。
探さんにきいたら色々もっと分かると思うけど、あの人はいま海外だし、私にはちょっと高すぎる。
まあ、私は私のできることをするだけ。
闘技場。開けた場所はあまり好きじゃないけど、闘技場には武器があるかもという話だし、やりようはいくらでもある。過去っていうのは気になる……いつ?

今朝パパとママに試合のことを言いがてらそのへんの話をしていたら、パパが部屋の奥からなにかを持ってきた。
ひとつは刻訪戦器ロ零捌『堕藍美〈たらんちゅら〉』。仰々しい名前がついてるけど、ゆびぬきのついた革の手袋だ。ゆびぬきのところは金属になっていて、操絶糸術を使っても痛くないようになっている。
もうひとつは、パパがお兄ちゃんの家から持ってきたらしい。形見だね。
消耗品の武器も少し買った。銃は持ってかないの?ってママにきかれたけど、手がしびれると糸がうまく使えないからやめにした。入る物はきういのポーチに忘れないようにいれておく。そういえば、このポーチも形見になっちゃったな。

「怖い、けど、だいじょぶ……。お兄ちゃんが一緒だから」

試合開始は明日の午前零時。
準備はバッチリだ。
ソファに丸まってママが作るちょっと早めの夕食ができあがるのを待つ。
カレーの匂いがする。
試合前だからカツカレーなんて、おばさんぽいからやめてよね。
でも、その気持ちはうれしい……ありがとう。



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瞼を閉じると、感じるシセン

その向こうにあるもの、それは――
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最終更新:2014年11月24日 23:14