外呪の「虚」拾の段


「とーりょー。話があるのだ」

迷宮時計の調査任務が命じられるより前のこと。上毛早百合は、上毛衆頭領に相談を持ちかけた。

「……なんだね」

静謐さを携えた厳かな声で、頭領は答える。

「私の外呪『虚』についてなのだ。『虚』が拾の段になったらどうなるのだ?」

呪術師は他の呪術師に自身の呪法について秘匿するのが基本。しかし、それはあくまで対等な相手との間にある暗黙の掟だ。師や上司に関しては例外である。
そして、早百合にとって頭領は師でありまた上司でもある。

「拾の段とは一種の極地だ。『虚』であれば、透過時間は無限に等しくなるであろう」
「無限に、か。玖の段の時点で一秒しか全身透過できないのに、一つ等級が上がるとそんなに違うのだな?」
「左様。玖と拾ではそれだけ大きな溝がある。故に、拾の段の修得は難しいだろう。話とは、拾の段へ到達できないという相談かね」
「そうなのだ。なぜ拾の段へ上がれない? 確か等級を上げるのには呪法の使用頻度、つまり経験値が必要なのだろう? それならば、毎日修練しているぞ」
「……ふむ。私から見ても早百合は熱心に己を磨きあげている呪術師だからな、そう思う気持ちは分からなくもない。もしかしたらほんの僅かの経験値が足りないだけで、あと数回の実戦で拾の段を身につけられるかもしれないな」
「なるほど。つまり実戦中に修得出来る可能性もあるのだな?」
「そうだ。まぁ、そう都合良く実戦中に覚醒できるとは思えないがな。現実は都合の良い奇跡などそう簡単には起こらん。そして先程言ったように拾の段は他の等級とは修得難度が格段に違う。玖の段までは、等級が上がった瞬間その等級の力を十全に使えるが、拾の段は段階的にしか力を解放できないだろう。まぁ、いずれにしても修練次第だな。今後も励むが良い」
「うむ。とにかく頑張ればいいのだな。単純明快なのだ! ありがとうなのだ!」

そう言って、早百合は頭領の部屋から元気よく出て行く。

「――ふん。あいつなら、本当にすぐに拾の段に上がれるかもしれぬな」

頭領は、独りごちた。

【END】

最終更新:2014年11月24日 23:10